０世界――今では人も住むようになったターミナルには、ロストナンバー達を旅へ誘う世界図書館や「駅」の他に、多くの店も存在している。 ターミナル街の大通りより一本隣にある通りには、ちょっと変わった店が営まれていた。 『めるへんしょっぷ・なっつけーす』――ふわもこのフォントで文字が書かれた看板が掲げられているその店は、名前の通り可愛らしいファンシーグッズを取り扱っている。 しかし、ただ可愛いモノを取り扱っているというばかりではない。その店がちょっと変わっているという理由は、その商品はセクタンをモチーフにしていたり、それらの絵がプリントされていたり、はたまたペットショップの犬猫用の物よろしくとばかりに必要無いであろうにちょっとした服まで置いてあった。チャイ＝ブレの眷属とされるセクタン、フォームで似たような動物やら想起させるものはあるものの、０世界に存在する超生命体から生まれ出たもの故に他の異世界では見られず、明瞭にセクタン関連のグッズを取り扱っているのは此処くらいなものだろう。 店の中に入ると、外観に違う事無く内装も明るい色を中心に所狭しとメルヘンチックな小物雑貨がひしめいている。 白の花柄レースが掛けられた窓辺には数体の原寸大セクタンぬいぐるみが仲良く並び、少し休憩用にギンガム模様のテーブルクロスが掛けられた丸テーブルと二脚デッキチェアが傍に置かれていた。『いらっしゃいませ』 そう書かれたプラカードを持って来たのは、キャラメル色をしたデフォルトフォームのセクタン。名前は「なつ」といい、この店の看板セクタンであるらしい。 ドングリフォームセクタンの帽子を被った店長はややのんびりした性格なのか、買い物せずとも店でゆっくりしていても疎まれるどころか歓迎のスタンス。可愛い物が溢れ、尚且つ緩やかな空気についつい常連になっている世界司書も居るようで、出会えれば話も弾む事だろう。 接客に慣れているのか、看板セクタンのなつが次のプラカードを見せて来る。『なにかおさがしですか？ なんでもいってくださいね！』 セクタングッズに溢れたこの店、そこでどんな一時を過ごすのだろうか。
０世界に季節というものは存在しないが、世界図書館側の配慮か単に現在館長代理であるアリッサの趣味なのか月に沿った行事も多いらしい。 「こんにちは」 『いらっしゃいませ！』 のんびりとした声音でニワトコが店に入ると、プラカードを持ったセクタンの「なつ」と店長が出迎える。 店に入る前の看板は「OPEN」と書いてあったので営業中、プラカードを携えたなつはニワトコの足元へ擦り寄って来た。 「ねぇ、今何をやってるのかなぁ？」 なつと視線を合わせるようにしゃがみ込み、ニワトコは首を傾げながら尋ねる。すると、なつは少し身体を傾かせつつ、ニワトコを店の隅へ案内する。そこでは、店長が置かれた大きなモミの木に飾られた装飾物や店の飾り付けを外している最中だった。 モミの木の隣に並んだ人間大のポンポコフォームのセクタン――ではなく、店長もニワトコの方に気付くと手招きする。 「これって、クリスマスツリーだった？」 ニワトコがモミの木を指差しながら尋ねてみると、店長となつはその通りだと頷く。 そういえば、つい先日まではクリスマスだったように思える。日が過ぎるのは早く、今は何処もその面影はすっかり無くなっていた。 今は片付けの最中なのだろう。まだ半分程は飾り付けがされているモミの木とその片付けの様子をニワトコは暫く見ていたが、ふと思い立って店長となつの方へ振り返った。 「ぼくも手伝って良いかなぁ」 問うてみると、双方から快く了承が返って来る。その返答を受け、ニワトコは興味津々といった様子で手近なオーナメントを手に取った。店長の方はというと、クリスマスを過ぎて正月飾りらしいものを新たに飾っていた。横着と言えるかもしれないが、そういう発想もあるのだと思わず感心してしまう。 物を売る店らしく、モミの木を飾るオーナメントは種類がかなり豊富らしい。電飾に使った色電球以外にも靴下のような形やら、丸形など、見ているだけでもなかなか楽しい。手に取れるだけの大きさ程度なのもあり、ニワトコはそれを手の平でころころと転がす。 「うわぁ……この飾りは、何？ 何だかセクタンみたい」 笑顔で手に取ったのは、モミの木に飾られていた物の一つ。ニワトコの手の平に収まるほどの大きさで、デフォルトフォームをしたセクタンのように見える。ゼリーというかゴム状の弾力を持ったそれを指先で突っつき、なつがその飾りを入れる袋を持って来る。そこには、「ほんものそっくりセクタンオーナメント」と書いてあった。 なつが持って来た袋は既に開封済みだが、店長の横に置いてある箱には未開封。よく見るとそちらには値札が付いているので、この店の売り物なのだろう。セクタンに関連した物を取り扱う、この店らしいと言える。 「これもだけど、皆綺麗で可愛いね」 ファンシーショップなだけあって、飾り付けは可愛らしいものが多い。店長となつの手伝いをしながら、ニワトコはクリスマスの時の事を思い出す。 真理に目覚めてから、迎えたクリスマス。ニワトコが居た所ではそういった習慣は無縁だったので、何もかもが新鮮に見える。 特に記憶に残っているのは、今片付けを手伝っているクリスマスツリーだった。クリスマスに見たものは、これよりも大きく当日だったのでイルミネーションも鮮やかで派手な飾り付けだった。 『クリスマスは、どうでしたか？』 そんなニワトコの思考を読んだかのように、なつからプラカードを見せられる。なつの表情は、相変わらずセクタン独特の微笑んだようなもので意図はよく分からない。しかし、ニワトコは気にせずにこにこと微笑んで答えた。 「うーんと、ツリーにいっせいに灯がともって、まるで周りが星の海になったみたいだったなぁ。眠くても頑張って見に行った甲斐があったよ」 暗い所はどうしても眠くなるので、眼を擦りながら見ていたように思う。木を飾り付けるという発想も、ロストナンバーとなり０世界に来てから初めて知ったものでニワトコの眼には酷く新鮮に映ったものだった。 「なつや店長はどうかな？ 初めてじゃないと思うけど、楽しいものかなぁ？」 『楽しかったです』 店長が頷き、なつがプラカードを揺らす。そういえば、店長は今まで一度も言葉を発していないような気がするが恥ずかしがり屋とかその類なのだろうか。 些細な疑問は横に置きつつ、クリスマスでごく一部を除いては割合初めてであっても初めてではなくても皆楽しんでいたように思える。その様子を見ているだけでも、楽しく面白い気分になったのは、気の所為ではないだろう。 「うん。それなら、良いよね」 ニワトコは更に笑みを深め、モミの木のてっぺんにある星を取ってなつに手渡す。 これで片付け終了、という所だろうか。ちょっと一仕事終えた気分で、何となく気分が良い。 しかしながら、一体何をしに来たのだろうか。片付けを手伝いに来た訳でもなく―― 「そうだ。このちっちゃい花のコースター、買っていっても良いかなぁ？」 店の棚から花の形をした雑貨を手に取り、なつの方へ持って行く。花の形をしたマグカップのコースターで、中央にはセクタンのイラストが描かれていた。 そうして雑貨ひとつ買い上げ、ニワトコが店を出ると店長となつが共に見送っていた。 『お買い上げ、ありがとうございます！ また来てくださいね！』 了
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