オープニング

 小暗い悪意うずまくインヤンガイ。しかしそんな世界にも、活気ある人々の暮らしは存在する。生きている以上、人は食事をする。実は、インヤンガイは豊かな食文化の花咲く世界であることを、旅人たちは知っていただろうか――?
 インヤンガイのどの街区にも、貧富を問わず美食を求める人々が多くいる。そこには多種多様な食材と、料理人たちとが集まり、香ばしい油の匂いが街中を覆っているのだ。いつしか、インヤンガイを冒険旅行で訪れた旅人たちも、帰りの列車までの時間にインヤンガイで食事をしていくことが多くなっていた。

 今日もまた、ひとりの旅人がインヤンガイの美味を求めて街区を歩いている。
 厄介な事件を終えて、すっかり空腹だ。
 通りの両側には屋台が立ち並び、蒸し物の湯気と、焼き物の煙がもうもうと立ち上っている。
 インヤンガイの住人たちでごったがえしているのは安い食堂。建物の上階には、瀟洒な茶店。路地の奥にはいささかあやしげな珍味を扱う店。さらに上層、街区を見下ろす階層には贅を尽くした高級店が営業している。
 さて、何を食べようか。

●ご案内
このソロシナリオでは「インヤンガイで食事をする場面」が描写されます。あなたは冒険旅行の合間などにすこしだけ時間を見つけて好味路で食事をすることにしました。

このソロシナリオに参加する方は、プレイングで、
・あなたが食べたいもの
・食べてみた反応や感想
を必ず書いて下さい。

!注意!
インヤンガイではさまざまな危険がありますが、このシナリオでは特に危険な事件などは起こらないものとします。

品目ソロシナリオ 管理番号949
クリエイター月見里 らく(wzam6304)
クリエイターコメント ソロシナリオを御送りさせて頂きます、月見里 らくです。食欲の秋ですね、食べ物が美味しいです。
 詳細はOP参照、食べたいものは西洋風でも構いませんので御自由に。御届けは諸事情により、少々掛かってしまうかもしれません。
 なお、このソロシナリオでは探偵の「シィファン」を同行させる事も出来ますので、希望の際はプレイングにて記載下さい。
 では、プレイングを御待ちしています。

参加者
リエ・フー(cfrd1035)コンダクター 男 13歳 弓張月の用心棒

ノベル

 喧騒に近い賑やかさに溢れるインヤンガイの街区。世界図書館の方で託された依頼をこなした後、ロストレイルの発車時刻まで時間があるのでそれまでの時間潰しがてらにそこを歩いてみる。
「ふん……ったく、このインヤンガイてぇ場所は上海そっくりで血が騒ぐぜ」
 通りを行き交う人々の流れを器用に掻き分け、寧ろ擦り抜けるように歩きながら、リエ・フーは不敵に口唇を歪めて呟いた。
 飛び交っているのは酷く猥雑な喧騒、貧富の所為もあるのか雑多な人通りは、このインヤンガイという世界を表現していると共に嘗て居た場所を想起させた。既に嘗て居た所に未練は無い、けれども偶然なのか重なる光景は知らずと気分を左右させてくれる。
 両脇に立ち並んでいるのは、好味路名物の屋台群。もうもうと湯気が立ち上っているそれらの店の内、ひょいと気紛れのように屋台に立ち寄ってみる。
 この通りでは然して珍しくもない、蒸し物を扱った屋台のようだ。竹製の籠からは、蒸し立ての饅頭が並んでいた。鼻腔に届く湯気と共に、その具であろう肉の匂いも届いて来る。
「親父、饅頭くれ」
「あいよ」
 手慣れた注文の仕方は、本当にこの街区に溶け込んでいて違和感が無い。申し訳程度の薄い包み紙と共に渡されたそれにかぶり付くと、弾力のある皮と同じくしてじわりと肉汁が染み出して来る。
 まだ、然程長く蒸釜の中に入れられてはいなかったのだろう。余計な水気も無く、若干舌火傷しそうな温度がちょうど良い。中の具は多分豚の挽肉に筍と椎茸、それから玉葱と春雨の微塵切りで味付けは薄醤油ベースといった所だろうか。
「ふん、結構イケるじゃねぇか」
 こういう場所は当たり外れも大きいのだが、それなりの当たりを引いたらしい。そう零すと、リエは先程から居た探偵のシィファンへ振り返る。
「おい、おごってくれよ、おっさん。捜査協力のお礼にさ。きっちり解決してやっただろ?」
 言うと、シィファンのただでさえ不機嫌そうな面に益々皺が寄る。年傘はまだまだ中年差し掛かっていない頃であろうに、如何にも表情の所為で見た目よりも年食っているように感じてしまう。尤も、リエからしてみれば確実に十は離れているであろう為に呼び方自体は仕方の無い事だろうが。
 答えを返さない事に意味は「否」と判断し、リエはつまらなさそうに肩を竦めた。
「……んだよ、ケチだねえ。他の所の探偵も、皆そうなのかよ? ……まあいいや。親父、もう一つ取ってくぞ」
 言うや否や、リエは蒸釜からもう一つ饅頭を無造作に手掴みで取ってシィファンに投げ寄越す。唐突な所作で落としたらそれまでだったが、その辺りは心配無いらしい。
「遠慮せずあんたも食えよ、貧乏人に恵んでやる」
「……施しでもあるまいに」
「何言ってんだ、その通りだろ?」
 意地悪く言ってやると、探偵の眉間の皺が更に深まる。その様子にリエは跡に残らないのだろうかと面白半分に眺めて饅頭を頬張っていたが、ふと店主がその肩を叩いた。
「何? 食い終わったんなら銭払え?」
 店の前でぐだぐだとしていると、店主からそう声が掛かる。確かに道理ではあるだろう、生活の為に商売をしているのだから品代を求めるのは権利の内。しかし、リエは眉を潜めた後、にやりと口唇を歪めてそっぽを向いた。
「やなこった。銭なんか持ってねーよ最初から。残念だったな、親父」
「……!」
 白々しく大胆に放たれた発言に、店主とシィファンが二人同時に仰天する。
 ――ああ、こういう顔だ。
 捻くれている事は、とっくに分かっている。嘗て見て来た顔に重なり、益々悪戯心が擡げて来た。
 さて、とリエは腹の中に饅頭を収め、指先に付いた食べ滓を舌で舐め取る。それから、些か乱暴であるのを承知でシィファンの脇腹を肘で突いた。
「ちんたらやってんなおっさん、あんたも食い逃げの共犯だ、とっ捕まったら殺されるぞ」
「……は?」
 良い迷惑だろうが関係無い。些か理解の遅れている言葉を聞いていると、驚いた顔をしていた店主が震えている。経験から察するに、限界が来るのは直ぐだろう。
「探偵なら抜け道や逃げ道に詳しいだろ、案内してくれ」
「……迷子になるなよ」
「はっ、年端も行かねぇガキじゃあるまいし。こう見えて上海じゃ愚連隊率いた食い逃げのプロ、逃げ足にゃ自信がある。――上等だ」
 常連犯か。溜め息に合わせ、そう言いたげな視線は敢えて知らぬ存ぜぬを通す。言ったら言ったで後が面倒臭い。
 それから唐突にシィファンが近くの狭い路地に身を翻したので、リエのそれに素早く続く。この辺りの地理はよく分からないが、人目を晦ます手段や方法は充分に知っているので苦にはならない。似ているが微妙に違うインヤンガイの街並みに、懐かしさは無くも昔の感覚が戻るようで沸き立つ。
 一般に逃げ道、抜け道というものは一見通れないと思える所を通るものから、最早道ではない所も含まれる。年齢から比較的小柄であるのと、この手の事は慣れっこであるリエからしてみると見失う事は無かったが、選ぶ道は確かに人避けするのに適した道行きらしい。上海と似たような雰囲気のインヤンガイなら、こういった複雑な場所が幾つもあるのだろう。
「よく付いて来られるな」
 撒くからには、人待ちするような事はしていなかったらしい。少し行った所で振り返ったシィファンに、リエは事も無げに返答する。
「あぁ、俺? まぁな……ただのガキだと舐めてかかったら火傷すんぜ? あんたも相当修羅場潜っているみたいだけどな……」
「……褒めもしないし、褒めても何も出さんぞ」
「うわ、ほんっとケチだな。……っと、ここまでくりゃ安心だな」
 如何やら上手く撒けた模様。周辺に此方を追って来たような人間も見当たらないので、恐らく大丈夫だろう。そう判じ、リエは短く言葉を零す。
 どの道、ロストレイルに乗ってしまえばトラベラーの事など現地の人間は忘れてしまう。探偵の方はまぁ、如何か知らないが。
 若干他人事のように満足げに、そして楽しげに笑みを浮かべるのは年相応のようでもあり、不釣合いにも見える。
「久しぶりにいい汗かいた。昔に戻ったみたいで楽しかったよ」
「待て」
 一仕事やり終えたという様子で煙草を咥えるリエに、その火が点く前にシィファンは煙草を取り上げる。空いている方の手でコートのポケットを探ってみると、煙草が無い。知らない内に、すられていたらしい。
「ンだよ、怒ってんのか? 大した事じゃねぇだろ……タダで抱かしてやるから許せって」
「冗談なら上手く言え。……その内、八方塞がりになっても知らんぞ」
「俺は狼少年かよ。心配しなくたって、上手くやるさ。……にしても、そっちの趣味はねえってか。はっ、お堅いねえ。男どころか、女すら抱いた事無いんじゃねぇのか」
 ちょっとの讒言で、直るような性格は生憎としていない。逆に揶揄ってみると、最早見慣れた仏頂面が返された。
 口に突っ込まれた煙草を吐き出すかのようにシィファンが離した所で、リエは愉快そうに笑う。
 依頼以外に、こういう事があったって良い。
「御客さん、代金払って貰わないと困るんだがね」
「親父、すげぇしつこいなってか何処から沸いて来た!?」
 代金自体は結局シィファンが払ったという事は、恐らく余計な後話だろう。

クリエイターコメント 御待たせ致しました、ソロシナリオを御届け致します。大変御時間頂きまして、誠に申し訳ありません。探偵の御指名有難う御座います。
 制限の関係で充分に書き切れなかった部分ばかりで所々散じる形になってしまいましたが、楽しい遣り取り此方も楽しませて書かせて頂きました。オチの方は、一つ御容赦をという事で。
 最後に、この度はソロシナリオに御参加頂き誠に有難う御座いました。
公開日時2010-10-28(木) 22:20

 

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