空に浮かぶ島々にふかふかのアニモフ達が住む世界、モフトピア。 いつでも平和でどこかのんびりした世界は不思議なもので溢れている。「みんな、モフトピアに行かないかな?」 ピンクのおさげを揺らしながらエミリエ・ミイは笑顔でロストナンバー達を見た。「ロストレイルが停車する浮島から虹の橋をいくつか渡った所にある浮島で、今度面白そうな大会があるんだって!」 茶色の瞳をキラキラと輝かせて語る彼女は、楽しいことが大好きな子供の表情でウキウキと説明を始めた。「えっとね、そこにいるアニモフさん達はぱっと見はモコモコのひつじさんなんだけど、体を覆う毛を使って色んな変装ができるんだよ」 普段の姿ならふわふわモコモコの柔らかそうな羊型のアニモフ達だが、変装をするとその質感も変えることができるという。「浮島に住んでるひつじアニモフさん達は五十人くらいで、その日はみんなものまねしまくるらしいの!」 五十体くらいのアニモフのものまね大会。見渡す限りものまねしているアニモフが広がるとは中々見ごたえのある光景に違いない。 一日中開かれる大会では次はこれ、今度はこれ、とものまねするものが指定され、アニモフ達が指定されたものに変装する。つまりみんなで同じものまねをするのだ。「いつもの大会だとクマ型のアニモフさんとキツネ型のアニモフさん、それからウサギ型のアニモフさん達が近くの浮島から遊びに行ってるらしいから、最近はものまねのお手本がほとんどその三種類だけになってるみたいなんだよ」 だから、今回は新しいお手本としてものまね大会に行ってきて欲しい。 エミリエはいたずらっ子のような笑顔でロストナンバー達に言った。 せっかくだからものまねのレパートリーを増やしてあげたらアニモフ達も嬉しいだろう。「お手本だけじゃなくってものまねに一緒に参加してもいいよ」 アニモフ達は楽しいことが大好きだから飛び入り参加も大歓迎だ。自分そっくりに変装する五十体のアニモフを目にするのも楽しいだろうし、一緒にクマやキツネのアニモフに変装するのも楽しいだろう。「あ、そうそう一つお願いなんだけどね」 すっかり忘れていたことを付け足すようにエミリエが告げたのは大会の目的だった。「この大会、誰が一番ものまねが上手かって決めるのが目的なんだけど、いっつもお手本とものまね中のアニモフさん達が混ざっちゃって本物が誰か分かんなくなっちゃうんだよ」 だから優勝者なんて決まったことがない。 自分達で大会と言いつつ優勝者が決まったことがないのをアニモフ達の誰も気にしていないので、大会はなんとなく毎回続いている。大体、審査員もいないのに優勝者など決まるはずがない。「ものまねしてるひつじアニモフさん達自身も自分が本物だったかもって思っちゃうらしいから、帰る前にちゃんと本物をみつけてあげてから帰って来てね」 正直、自分が本物だったかもしれないと思える思考回路は理解できないが、これはアニモフたちの個人アイデンティティが掛かった重要な仕事と言えるだろう。「ものまねを満喫して帰ってきたら、詳しく教えてね」 モフトピアの変わった大会を調査に行くのだからちゃんと報告はしてもらわないと。エミリエの取ってつけたような理由に、旅行者達は快く頷いてモフトピア行きのチケットを手に取った。
●行き先も同行者もモフモフ! いつでもすっきり晴れた空。気持ちの良い風が周囲を優しく通り過ぎる。 鮮やかに萌えたつ緑の草原を歩きながら、こちらもまた違う意味で萌え滾っている一人の青年。 「もふもふ! もふもふ!!」 両手を何やらわきわきさせたポーズですぐ前を歩くティルスのふさふさした後頭部を注視し、ついつい脳内に留めておくはずだった本音を言葉にしてしまうのは今回参加するロストナンバー内で唯一の人型、小竹卓也だ。 こんな間近で本物の狼人と喋る鳥と竜型の機械とか、とにかく好きでしょうがないものばかりを見られる日が来ようとは。テンションが上がって押さえきれないのも仕方がないと言うもの。 「……失礼」 一応聞こえたかもしれない、というか絶対聞こえていただろう隣の幽太郎・AHI-MD/01Pに断りを入れる。前から顔見知りの幽太郎にはとっくにバレているような気もするが、そこはそれ。一応カミングアウトしているわけではないので、体面だけでも保ちたい。 背後からそんな視線を受けているとは知らず、ティルスは何度来てものどかなモフトピアの景色と空気に思う存分和んでいた。 「何回か来たことがあるけど、変身出来ちゃうアニモフさんもいるんだ。面白い世界だね!」 元々研究者肌のティルスは職業学者だけあって好奇心旺盛で、もちろんモフトピアにも多いに興味があった。今回のものまね大会も良い機会だから目一杯楽しもうと思っている。 「ひつじさん、すごいとくぎもってるんだねー。たのしそー!」 ほてほてと軽い音をたててティルスの周りをあっちへ行ったりこっちへ行ったりしながら、チュイ・パッチはその小さな体を期待に膨らませていた。 「ロストレイルのなかでおはなしして、おしえてもらったものまね、がんばるぞー」 やったことのないものまねだって挑戦する気の二人は、目的の大会会場までの道のりでものまねに使えそうなものを物色している。 うきうきした足取りで向かうのは、ものまね大会の会場。ロストレイルの到着した浮島から少し先の浮島までは後ちょっと。ティルスには道中でやってみたいことがあった。 「頭の上は無理そうだけど、良かったら僕の肩に乗ってみないかな?」 三十センチ程の体長でふくふくっとした丸みを帯びているチュイなら、ティルスの肩に乗っても全然負担にならない。 「ありがとー。おじゃましますだよー」 乗せてくれるのなら遠慮なくと、ティルスの肩に乗せてもらってチュイはご機嫌で行く先を見るために伸び上がる。ちょこちょこと左右に揺れるチュイの胸元が、顔の横でふわふわしている感触にティルスは自然と笑顔になった。 そんなふかふかな両者の仲良く和む姿を見て、先ほどまで以上に悶える卓也は早くも緩みそうな顔を引き締め続けることが限界に近づいていた。まだ目的地にも着いていなければ目的のアニモフたちにもお目にかかっていないのに。 「ん? 幽太郎さん何してんの? ずっと黙ってるけど」 ふわふわモフモフの前方の楽園から張り付いて離れない視線をやっとのことで逸らした先にいた幽太郎はずっと黙っている。何かあったのだろうか? 「オ手本ハ、先ニ分析……。データ記憶スルヨ……」 卓也と一緒にティルスとチュイを注視して和んでいるのかと思えば、大会に備えてお手本候補のデータインプットに勤しんでいたようだ。 元々分析を得意にしている幽太郎には物質や空間を解析する特殊なセンサーが搭載されている。今のうちにお手本になる予定の全てに解析をかけておけば、本物と間違ってアニモフを連れて帰るような事態も避けられるだろう。 「絶対ニ間違エナイヨ」 何やら本物を探すことに並々ならぬ気合を感じる。機械の体を持つ幽太郎にとってはどんな原理で変身するのかが興味深く、彼なりに準備を万端に整えているようだった。 そして。それを張り付きで注視する男がまたも。 「え、異常なほどに注視なんてしてませんよ、はははー」 はっと気がつけば幽太郎から目を離せなくなっていた卓也は、慌てて視線を逸らせた。いかん、これはどこを向いても眼福過ぎて理性が飛んでいってしまう! 慌てるあまりやぶへびな言葉を口にしていまい、ことのほか白々しくなったことには思い至っていないあたり暴走も近い。 「卓也モ分析スルネ……」 事前にお手本になる予定ではないと聞いていたが、とりあえず解析しておいて損はないので卓也の分析も始めた幽太郎を見て、卓也の背中に大量の汗が噴出した。 「やめて検索かけないで! 何か色々ばれちゃう?!」 幽太郎さんをベタベタ触りまくったり、ティルスさんを撫で回したり、チュイさんを頬擦りしたりする、めくるめくモフモフ妄想ライフが見透かされてしまうかもー! 心にやましいことがあると、分子レベルといえど物質的方面からだけの分析でもとっても怖い。妄想ってきっと細胞とか見たら分かるんじゃないか、とか考えてしまう。 壱番世界の大学で理系の学部に所属しているくせに、理屈に合わない事に割りと柔軟な考えの卓也は、ロストナンバーとして別世界を旅するようになったことで更に、常識では測れないことに対しての柔軟さを手に入れたようだった。 「あの虹を渡った所みたいだよ」 焦りまくっていい加減理性を飛ばしてしまいそうだった卓也をはからずも救ったのは、前方に大会を開催する浮島を見つけたティルスの言葉だった。 「ついたねー。」 「あそこに羊のアニモフ達が……!」 うきうきしたチュイの声と、テンションが上がりまくって若干感情をコントロールできなくなってきた卓也の声が重なる。 虹の橋を越えた先に広がる夢のような光景を想像して、わくわくしながらロストナンバー達はその地に降り立った。 ●ほんもの? にせもの? 「あれー?」 大会の会場となる浮島へ着いたのは良いが、彼らが思い描いていたものまね大会の姿とは少し違うものが展開されていた。 「大会って言ってもステージとかないんだね」 「てかもう始まってるんけ?」 ステージとか大会開始の挨拶とかそんな雰囲気は全くなく、よく見れば既にクマ型アニモフのものまねが始まっているようだった。会場にいるアニモフ達は四十体程だろうか。三十体くらいがクマアニモフの姿をしていた。 「聞いていたより数が少ないね」 確か説明では五十体と言っていたはずだった。 「ねーねー。もうはじまってるの?」 大会が始まったら真っ先にお手本に名乗りを上げようと思っていたチュイは、通りすがりのウサギアニモフに声をかけた。 「はじまってるねー」 「そうだねー」 チュイが声をかけた二匹連れのウサギアニモフはのんびり答えた。ロストナンバー達の後ろから歩いて来たのだから、このウサギアニモフ達だって今この会場にやってきたのだろうに、全然慌てていない。 「コレハ何時カラ始マッテイルノ……?」 「さぁ? 知―らない」 「知―らない」 そういえば世界司書は時間には全く触れなかったな、とロストナンバーが思っていると、戻ってきた答えは非常にアバウトだった。 「いつもだよ」 「来たらものまねしてるのー」 話す度に右と左の耳を交互にぴこぴこさせながら、ウサギアニモフはロストナンバー達に教えてくれる。どうやらいつも来ている常連さん達らしい。 手を繋いでスキップしながらクマアニモフ達の中へ向かうウサギアニモフ達に続きながら、ティルスは周囲を見渡して気付いた。 「ヒツジさん達にも今から来る子がいるみたいだね」 自分たちと同じように会場に向かう白いモコモコの姿がちらほら。 どうやら思っていた以上にゆるい大会らしい。開始時間も特に設定されず、なんとなく集まって、なんとなく数が揃ったら開始して。きっとなんとなく終了するのだろう。 「さっそくさんかするんだよー!」 始まってしまっているのだから遠慮なく参加してしまうのが良いだろう。チュイはティルスの肩から飛び出した。 『おてほんだーれだ!』 「はーい!」 ものまね中と思われるクマアニモフの集団から掛け声と返事の声が聞こえると、次々にクマの姿が解けてキツネに変わっていく。 アニモフ達が体をぺたぺた触ると、触った所からどんどん変身していく。壱番世界の人間がイメージする変身と違ってぽんっという音と共に煙が上がってハイ変身、というわけではないようだ。 「質感モ変化可能ラシイケド……ドンナ原理ナノカ、トッテモ興味ガアル……」 普段なら少し人見知りする幽太郎だったが、どんどんキツネになっていくクマの群れに躊躇なく近づいて思う存分観察を開始する。 「げんり? ってなぁに?」 「なぁに?」 キツネアニモフに扮したヒツジアニモフ達は言われた言葉を捉えて、わらわらと幽太郎の周りに集まりだす。いつもとちょっと違う相手にこちらも興味津々だ。 「どういう方法でこうなっているのかっていうしくみのことだよ」 同じくアニモフ達に囲まれ、虫眼鏡を使ってこちらも観察の体勢に入っていたティルスが、できるだけ難しくないように説明する。 その横で、チュイは一緒にものまねをするべく木の葉を頭に乗せてキツネの耳を表現しようと奮闘していた。 「とんがってるほうをうえにしてー。みえるかな?」 ロストレイルの中でものまねをするにはどうしたら良いか相談したチュイは、同じくものまねに挑戦するつもりのティルスと同じ戦法で、モフトピアにあるものを使っての顔ものまねで勝負だ。 ふかふかの羽毛に覆われたチュイなら、小さな木の葉程度ならちゃんとささるし、ぴこんと立った耳に見えなくもない。ただしチュイの体は青いままだし木の葉は当然緑色だったが。 そして、今日何度目かの理性を試される瞬間を迎えた男が一人。もう何も言わなくても分かるだろうが、どっちを向いても楽園が繰り広げられる状況に軽くパニックを起こしている卓也だ。理性が焼き切れるから触ることは自重しようかとか考えていた彼に、ものまねアニモフ達は容赦がなかった。 「いかん落ち着けクールになれ!」 「くーるになれー!」 「いかーん!」 口の中で己への叱咤激励を呟いた卓也の言葉を漏らさず聞き取って、口々に真似しながら卓也にタックルをかましてきたのだ。 キツネアニモフに扮したアニモフ達は卓也の腰くらいまでの身長しかない。腰や足にくっついてくるふわふわの塊を見下ろす形になった卓也は本気で眩暈を感じた。眩暈を感じながらも、後から充血が心配なほど見開いて見えるもの全てを目に焼き付けようとする。そろそろ手がわきわきするのは止められなくなってきた。 抱きついてくるアニモフ達をもふる。ふわふわの体をふかふかするのは本当に気持ち良くて、癒される。理性も癒されて落ち着いてくれれば良いのに。 『おてほんだーれだ!』 何がきっかけで起こる掛け声なのか謎だが、どうやらこの掛け声が起こると次のものまねに移るらしい。自分をものまねしてもらう機会にチュイが反応する。 「はーい、チュイがやるよー!」 いち早く羽を広げたチュイにアニモフ達の視線が集まる。さあ新しいお手本だ! アニモフ達がぺたぺたと自分の体を触っていく度に一メートル位の体長だったキツネアニモフの姿は消え、三十センチ程の青い鳥が増える。 「このビレビレもちゃんとまねしてね」 首に巻いたマフラーもちゃんと真似してもらわないとね。トラベルギアを気に入って常に首に巻いているチュイは、自分を真似してもらうなら絶対ビレビレもしてもらうと心に決めていた。はしから放電しているから、ちょっと真似しづらいかもしれないけれど。 「わぁ、すごいね。チュイさんそっくりだ」 さっそく虫眼鏡で手近なものまね済みアニモフを注意深く見て、ティルスは弾んだ声を上げた。 「触らせてもらって良いかな?」 「いいよー」 何の断わりもなく勝手に触るわけにもいかないから、ちゃんと確認すると快く許可してくれる。ついでに周囲のアニモフが全員、輪唱のように次々といいよ、と続ける。 ころころと転がったり、眠くなってきたらしくものまねしたままうとうとしているアニモフ達を撫でると、ふかふかの羽毛の感触とあいまってほんわかとした気持ちになってくる。 「凄イネ……。初メテ見タノニ」 見てすぐにそっくりな姿にものまねできる技術は感心するばかりだ。細かいところまで凝っている。 「あれ?本物のチュイさんは?」 ものまねするアニモフ達に気を取られている内に、本物のチュイがどれだか分からなくなってしまった。ころころした三十センチ前後の青い鳥たちの中に必ずいるはずなのだが、ちょっと見ただけでは全く分からない。 「チュイさーん?」 見回すティルスと卓也。見ただけでは判別がつかないが、本物が呼びかけに応えてくれれば万事解決。 しかしチュイは名乗り出なかった。なぜならばれないように自分からアニモフ達の中にもぐりこんだのだから。 『ティルもオタもあわててるー』 アニモフの間に埋もれながら、チュイは上機嫌だった。ちょっとしたイタズラ心なのだが、かくれんぼのような気分だ。 アニモフ達を触らせてもらいながら本物のチュイを探すティルスと卓也。卓也の顔が真剣というよりは笑み崩れて見えるのは、あまり触れないであげた方が良いだろうか。 「ドンナニ物真似ガ上手イ羊サンデモ、DNA情報マデハ変化不可能ダト思ウ……」 対照的にアニモフ一体一体をじっくりと解析しているのは幽太郎だ。チュイの情報は事前に解析済みだから、周囲のチュイに見えるアニモフ達全部をそのデータと一体一体照合していけば、絶対に見つかるはず。 「君ノ羽ハ本物サンヨリ13.76ミリメートル長イヨ……」 遺伝子情報から作られるクローンなどではなく、ただのものまねのアニモフ達だ。地道な作業だが、こうやって一体一体解析と照合を繰り返していけば必ず本物に行き当たる。 実際、アニモフ達のものまねが本当にただのものまねであるのは、紛れているおかげで間近で見ているチュイにも分かった。ちゃんとものまねしてね、とわざわざお願いしたビレビレの端が放電していないのだ。 見た目を真似るだけの只のものまねだから、トラベルギアの特殊な効果や力は似せられない。あくまでアニモフ達は自分の毛を使ってものまねしているだけ。表面の質感は変えられても、中身は全部ひつじの毛なのだ。 だから、今はふかふかの羽毛に覆われたチュイのものまねだからわからないが、ふわふわではないものをものまねしてもらった時に触れば、ティルスや卓也にもすぐに違いが分かるだろう。 「君ハ胸囲ガ48.31ミリメートル足リナイネ……」 「はーい」 幽太郎の分析はアニモフ達の楽しいポイントをくすぐったらしく、次々とチュイの姿をしたアニモフ達を分析照合していく幽太郎の前にはいつの間にか順番待ちの列ができていた。アニモフ達が自発的に並んだ結果だ。しかも、律儀に違いをアニモフに教えてあげるものだから、アニモフは教えてもらったところを修正してまた最後尾に並んでしまうので、いつまでたっても列は短くならない。 「モウ五十体分析シタハズナノニ、本物ノチュイガ見ツカラナイ……」 分析して照合しているのに理屈に合わない事態だ。分母が限りなく増えるというかリサイクルされていく状況ではそれも当たり前なのだが、見た目で違いが直ぐに見つかる程度の物真似だったので、さすがに遺伝子情報の解析までしていなかった幽太郎には、違いを修正してきたアニモフは別のアニモフとしか見えない。 「五十体以上イルノ……?」 あれ? 世界司書からは五十体と聞いてきたはずなのだが。 ●おてほんだーれだ! アニモフ達に囲まれてこの世の楽園をかみしめている卓也は、幽太郎の状況を見てまたも幸せな光景にうっとりしていた。彼にはアニモフも幽太郎も全部が輝いて見える。 「いやぁ眼福眼福」 三十センチ程の青い鳥がマフラーを巻いているだけで目の保養なのだが、そんなチュイと同じ姿のアニモフ達が五十体も周囲にいるのだ。ころころしていたり、羽ばたく真似をしていたり、幽太郎と遊ぼうと列を作っていたり、地面に座ったティルスの膝を枕にして寝ていたり。卓也にとっての天国がここにあった。 「お手本の入れ替えってタイミングは決まってるの?」 機械の体をしている幽太郎にも興味があるティルスは、ちゃっかり隣に陣取って分析の様子を見ながら、周囲に群がるアニモフ達に聞いた。ティルスもお手本になることを楽しみにして来ていたので。 「誰かがせーのって言ったら」 「みんなでおてほんだーれだって言うの」 別に持ち時間とかそんなものではないらしい。とにかく掛け声があればそれを合図に次のものまねにかかるのだ。せーのという掛け声もなんとなく誰かが言い出すのが常で、深く考えていないようだ。 チュイのものまねが始まってから結構時間が経っているので、そろそろ誰かが言い出してもおかしくない。 「じゃあ、それ僕が言ってもいいのかな」 自分の号令でも聞いてくれるのだろうか。ちょっと楽しそうではないだろうか。 「ようし、せーの!」 少しドキドキながら、声を張り上げて聞いたばかりの言葉を口にしてみる。 『おてほんだーれだ!』 見事に揃った掛け声がアニモフ達から上がる。 金属の体でもお手本になれるのか、ものまねできるのか楽しみにしていた幽太郎はこの機会を逃さない。 「ボク、ノヨウナ機械ニモ、ナレル……?」 さっと手を挙げて名乗り出た幽太郎に対し、ティルスは自分が掛け声の音頭をとったために出遅れてしまうが、機械の幽太郎を真似するアニモフを考えると好奇心が疼く。 「機能モ模倣可能カナ……?」 ぺたぺたぺた。一斉に体を撫でたり叩いたりしだすアニモフ達。一体どういう理屈なのか、自毛が成形されるにつれて金属のような光沢を持った滑らかな表面が出来ていく。 「よいしょー」 一体のアニモフが翼を作るのに背中を引っ張ると変幻自在な毛がぐにゃんと伸びた。それを微調整しながら成形していく様子は、まるで飴細工を作っている過程のようだ。 「できたー!」 さっきまで体長三十センチ程度のチュイの姿をしていた五十体のアニモフ達は、次々と参加者達の中でも一番大きな幽太郎の姿へ変身していく。 形だけでなく大きさも自由自在とは理屈にあわないような気もするが、実際に原寸大でものまねしている姿を目の当たりにしているとそんなことは同でも良くなってくるから不思議だ。 「……本当ニ何ニデモ変身可能ナンダネ……」 次々に自分と同じ姿が完成していく光景に、感動と共に喜びが湧き上がる。元にいた世界でも試作機だった幽太郎は自分と同じ姿をしたものに出会ったことがない。自我が目覚めてから初めて見る自分と同じ姿をした他のもの。嬉しくないはずがない。 幽太郎が差し出した手をアニモフ達は何の躊躇もなく握る。交代しつつ何体ものアニモフ達と握手して、幽太郎は次のお願いをしてみた。 「抱キツイテモイイカナ……?」 快く握手してくれたアニモフ達なら、許してくれるだろうか。普段なら人見知りして中々言い出せないが、ここのアニモフ達ほどフレンドリーなら。 「いいよー」
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