ある日のことでした。 ゼロは、もふもふの雲に乗っていました。 モフトピアの雲がどこまで高くのぼれるのかを試してみようと思い、ゼロは空の空を目指して飛んでいたのです。 モフトピアの空は、どこまでいっても空でした。 とんで、とんで、とんで。 のぼって、のぼって、のぼって。 それでも、どこまでもどこまでも、空ばかりが続いているのでした。 ゼロがそうして遊んでいると、突然、強い風が吹きました。 ぐらりと身体が傾いて、ゼロは思わずあっと声をあげました。 たいへんです。 ゼロは風に押されて、乗っていた雲からころりと転がり落ちてしまったのです。 ゼロは巣から落ちてしまった小鳥のひなのように、ひゅうひゅうと風をきってモフトピアの空を落ちてゆきました。 どんどんと、どんどんと速くなって、風になったみたいでした。 目の前に広がるふかふかの雲をぽっふとつっきって、それでもゼロはまっ逆さまに落ちていきます。 まるで雲から零れ落ちた雨の雫のようでした。 ゼロは慌てて小鳥のように両腕をぱたぱたとさせました。けれどそれでも、落ちていく速さは変わりませんでした。 ゼロはひゅうひゅうと風のように空から落ちていきました。 けれどゼロはふと気がつきました。たくさん、たくさん落ちたはずなのに、どうしてか落ちる速度があまり変わらないように感じるのです。 それはちょうど、ゼロが走ったときの倍くらいの速さのようでした。 ゼロは目の前を通り過ぎていく真っ白な雲のかたまりを、幾つもいくつも見送りました。 この速さで落ちていくのなら、怪我をする心配もなさそうです。 ゼロはそのまま風に身を任せることにしました。 次第に落ちていく速度にも慣れてきたゼロは、空に浮かぶ雲にじっと目を凝らしました。 その大きな雲の上には、制服姿のアニモフさんがいました。 どうやら熊アニモフさんのようです。 熊アニモフさんは星図表とにらめっこをしながら、手に持った指揮棒をお空に向けて大きく振りました。 するとそれにつられたように、きらきらと輝くお星さまたちが、ふわふわとお空を泳ぎはじめます。 「ちがうちがう、一番星さんはもっと右ですよう」 「えぇ、きみはさっき、もっと左だといったじゃあないか」 「いえいえ、それは三番星さんですよう」 「ぼくにはもっと右の奥だといったね」 「いいえいいえ、三番星さんはもっとずうっと左の方ですよう」 熊アニモフさんは一番星さんに向けていた指揮棒を、すいすいと左へ向けました。 それをみた一番星さんが、むっとしたようにちかちか瞬きました。 「まったく、君の指示はまるでなっちゃあいないじゃあないか!」 「ふーっやれやれ、まぁた一番星さんと指揮者さんのけんかがはじまった!」 「こら、二番星さんもぼうっとしていないでお並びなさいったら」 「はーいはい、わかっていますよ、わかっていますったら」 熊アニモフさんが勢いよく指揮棒を振りますと、ぐうたら二番星さんも慌ててお空を泳ぎます。 そうしてお星さまたちが何となぁくそれぞれの位置へついたところで、お空のずうっと向こうからきらきらと、一際目映い光を放つお星さまが姿を現しました。 「あっまた彗星さんだ!」 「またきたよ! みんなはやく避けるんだ! 解散! 解散~!!」 「わぁ、ぶ、ぶつかる~!」 「ひゃあ!」 がっしゃーん! 三番星さんは彗星さんとぶつかりますと、ほんとうに生まれて初めて誰よりも目映い光を放ってお空の彼方を飛んでゆきました。 それをみた他のお星さまたちも、大慌てで星屑の光を散らして逃げてゆきます。 熊アニモフさんは両手で頭を抱えると、じっと蹲ってしまいまいました。 「大変だ、また最初からぜんぶやりなおしだよう」 「おっとっと、みんないつもごめんね!」 彗星さんはそういって明るく笑いました。 それでも彗星さんの勢いはとまりません。 「おっとっと、今日はそこの君もあぶないよ!」 ゼロは大きく瞳を瞬いて彗星さんをみました。 「ゼロもぶつかってしまうのです!」 彗星さんは明るく笑いながら、どんどんとゼロの方へ近付いてきます。 「おっとっと、ほんとうにあぶないよ、よけてよけて!」 ぶつかる、そう思ってゼロがぎゅっと目を瞑った瞬間、ゼロのおでこを掠めるようにぴゅうんと彗星さんが飛んでいきました。 風だけがゼロの顔にぶつかって、ふわふわと銀色の髪を靡かせました。 「おおい、そこの君、だいじょうぶかあい?」 熊アニモフさんに問いかけられて、ゼロは思わず瞳を瞬いて大きく手を振りました。 「ゼロは大丈夫なのです!」 「ほんとうに、ほんとうに、だいじょうぶかあい?」 「ほんとうに、ほんとうに、大丈夫なのです~!」 熊アニモフさんがとっても大きな声でいったので、ゼロもとびきり大きな声で答えました。 すると一番星さんはどこか誇らしそうに瞬いてみせました。 「なぁに、ぼくはちゃあんと見ていたけれど、あの子は彗星さんに頭をなでられただけさ」 「そうかい、それはよかったねえ。じゃあぼくたちは早く三番星さんを探さないとねえ」 熊アニモフさんがそういうと、二番星さんが面倒臭そうにあくびをしました。 一番星さんがゼロをみてきらきらと瞬いたので、ゼロもまた両手を大きく振ってお別れをしました。 熊アニモフさんやお星さまたちとお別れをしたゼロは、どんどん落ちていきました。 けれど突然、ゼロは背中を押されたようにふわふわと空を漂って、それからくるくるくるりとお空の上で回りはじめたのです。 風が渦を巻き、モフトピアの空をぐるぐると回りながら進んでいるようでした。 ゼロは瞳を瞬いて、少しでも前に進もうと両手をぱたぱたさせました。 あまりお空でのんびりしていると、ロストレイルの発車に間に合わなくなってしまうかもしれません。 ふと気がつくと、風の中を鳥アニモフさんたちがくるくると回りながら楽しそうに唄っていました。 「昨日も今日も風遊び♪」 「風の中には唄響く♪」 「さぁ君も一緒に唄ってごらん♪」 「唄って唄って♪」 「みんなで一緒に遊びましょう♪」 鳥アニモフさんたちの唄声が渦巻く風の中に響きます。 ぴっぴぴっぴと楽しそうに輪唱する鳥アニモフさんたちにまじって、ゼロも一緒に唄いはじめました。 「今日も明日も風遊び♪」 「風の中には唄響く♪」 「今日一番はどの子かな♪」 「明日も明後日も風遊び♪」 ゼロは競うように声を重ね合う鳥アニモフさんたちと一緒に唄いました。 一緒に唄っているうちにどんどんと楽しい気持ちになって、ゼロはくすくすと笑い声を零しました。 すると鳥アニモフさんたちはそれに応えるように、またぴっぴぴっぴと唄いはじめます。 けれどもうゼロは限界でした。 風の中でくるくると回るうちに、ゼロの目もくるくると回ってしまったのです。 ゼロがきゅーっと目を回していると、心配をした鳥アニモフさんたちが次々体当たりをしはじめました。 とんとんぽふぽふと体当たりされるうちに、ゼロは少しずつ外へ外へと押し出されてゆきます。 やがてゼロは、渦巻き風の外へぽーんと飛び出しました。 「さようならめまいさん♪」 「またねめまいさん♪」 「ありがとうなのです、さようならなのです!」 ゼロは大きく手を振って、鳥アニモフさんたちとお別れをしました。 渦巻き風に弾かれて勢いよく空を飛んでいったゼロは、ミルフィーユのように何段も重ねられた薄雲の中を、ぽふぽふぽっふりと突き抜けてゆきました。 ミルフィーユの雲を抜けた先には、大きなおおきな綿雲が広がっていました。 ゼロは何度も何度もその銀色の瞳を瞬きました。 ふかふかの綿雲の上では、大勢のアニモフさんたちがわたあめパーティーを開いていたのです。 「ふわふわ楽しそうなのです!」 鳥アニモフさんたちは、わたあめを小さく小さくついばみながら、綺麗なお花の形をしたわたあめを幾つも幾つも作って綿雲の上に並べています。 猫アニモフさんたちは、お花のわたあめをぺしぺしと猫ぱんちしながら遊んでいました。その傍らを、栗鼠アニモフさんたちがまあるい七色のわたあめを放りながらてとてとと走り、犬アニモフさんたちがぽふぽふとその後を追いかけてゆきます。そうして、七色わたあめを転がしておおきくしているのです。 兎アニモフさんたちは、犬アニモフさんたちが大きくした七色わたあめをころころと転がして、きれいに形を整えました。それから、銀色の棒に三つ並べてさしました。 熊アニモフさんたちは、ちょいちょいと棒にささったわたあめを突つきながら、お星さまの形を作っています。 ゼロは一番星さんたちを思い出して、くすくすと小さな笑い声を零しました。 綿雲の上に幾つも並べられたお花やお星さまのわたあめを、アニモフさんたちは皆でおいしそうに食べています。 わたあめの優しくてあまい香りが、風に乗ってゼロのところまで運ばれてきました。 あまりにも美味しそうな匂いがするので、なんだかゼロもあの七色のわたあめを食べてみたい気持ちになりました。 熊アニモフさんは空から落ちてゆくゼロを見つけますと、大きく手を振っていいました。 「君もわたあめが欲しいのかい?」 「ゼロもわたあめが欲しいのです!」 ゼロも大きく手を振っていいました。 「ここにはわたあめがたぁくさんあるから、君もたぁくさん食べておゆきよ」 「ありがとうなのです!」 熊アニモフさんが手招いています。 ゼロは懸命に手をぱたぱたさせました。 けれどゼロは、風と一緒にぴゅうぴゅうと落ちてゆきます。 「おおい、わたあめは食べないのかぁい?」 アニモフさんたちは不思議そうに首を傾げて、どんどんと落ちていくゼロに手を振りました。 ゼロは大きくおおきく手を振りました。 「食べてみたいのです~!」 そういいながらも、ゼロはどんどんとアニモフさんたちのわたあめパーティー会場から遠ざかっていきました。 「七色わたあめ、ゼロも欲しかったのです……」 ゼロは残念そうに呟きました。 ゼロががっかりとしながら落ちてゆきますと、やがてずっしりと重そうな、大きな雲がみえてきました。 雷雲です。 ゼロはどんどんと雷雲へと近付いていくと、そのままぽっふりと中へ飛び込んでしまいました。 雷雲の中は真っ暗で、もわもわとした靄のようなものが漂っていました。 「暗いのです……」 それでもゼロは、どんどんと落ちていきました。 不意に雷雲がぴしゃりぴしゃりと光を放ちました。 気がつくとゼロの周りには、ふよふよとした七色の珠が漂っていました。 「わぁ、すごいのです。きれいなのです!」 七色の珠は雷鳴が轟くたびきんきんと甲高い音を響かせました。 歌うように互いを弾き合い、雷鳴の中を縦横無尽に飛び交うのです。 ゼロはまるで音楽でも聴いているような不思議な気持ちになって、目の前をとんでゆく七色の珠にそっと手を伸ばしました。 七色の珠はふよふよと柔らかく、ゼロの手はぴりりとあまく痺れるような感覚に包まれました。 中で音が響き渡っているのがわかりました。 指先に伝わる震動が、ゼロの肌を伝って耳にまで響きました。 ぴしゃりぴしゃりと雷鳴が轟きました。 ゼロは弾き合う七色の珠の中で、じっと目を瞑りました。 柔らかい感触が腕に触れ、頬を包み、ゼロの背中を押しました。 あまく、あまく、ゼロのからだを包みこんでゆきました。 ――ぽふ。 柔らかい感触がゼロのからだを受け止めました。 ゼロが瞳を開くと、そこには見慣れた景色が広がっていました。 そこがゼロの不思議な空の旅の終着点でした。 そう。 ゼロが落ちてきたのはロストレイルの駅だったのです。 こうしてゼロは無事ロストレイルの発車に間に合ったのでした。
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