街の空気はいつの間にか変わる。 道端のショーウインドーの中からカボチャたちが姿を消し、きらびやかに飾られたモミの木が並ぶようになった。 彼らはようやく自分たちの季節が来たとばかりに、誇らしげに自分を彩る星や赤や緑のオーナメントを見せびらかすのだった。 クリスマスが近い。 皆が浮き足立って街をゆく中、ミルカ・アハティアラの足取りは重かった。 人並みに、この季節が楽しみだったことは間違いない。しかしその中はワクワクよりもドキドキに支配されていた。 つまり彼女は緊張していたのだ。 サンタクロースの見習いであるミルカにとって、クリスマスは一年のうち最も重要な時期で、晴れ舞台ともいえるイベントであった。 今年こそは──と、昨年のことを思い出しながらミルカは街を歩く。この時期はどうしても、今までの成功体験よりも失敗してしまったことの方を思い起こしてしまう。あの時はああすれば良かった。こうすれば良かった……。 ああダメダメ! ミルカは首をぶるぶると振る。サンタは楽しい思い出を届ける大事な役目を担ってるんだから! そうこうしているうちに彼女は自分と似た扮装で街を歩く、恰幅のいい老人とすれ違った。 あっ! と声を上げて振り向くミルカ。 サンタクロースである。絵本に載っているような、見事なサンタクロースの老人だ。「ディヴさん! ディヴさんじゃないですか!」「んん?」 相手は間延びしたような声を上げて振り返る。 そうだ。昨年のクリスマスの時に出会った、デイヴィットである。通称、ディヴ・ザ・サンタ。 彼は本物のサンタクロースだった。プロフェッショナルのサンタだ。 ミルカは思わず彼の元に駆け寄って。お久しぶりです! と元気にお辞儀してみせた。「あー、お前さんか。久しぶりだなあ。元気にやってっか?」ディヴは小柄な少女の頭を撫でながら、「えーと……」「ミルカです。ミルカ・アハティアラ。サンタクロースの弟子です」 きちんと名乗りながらもミルカは感嘆した。この頭の撫で方といったら! 手付きのさりげなさ、優しさ。なんと巧みなのだ。素晴らしい! さすがプロのサンタクロースだ。「ミルカか、そうだそうだ。悪かったなあ。わしゃサンタのくせに名前を覚えるのが苦手でなあ」「いいんです、そんなことより」 この時、ミルカの中には一つの考えが浮かんでいた。ロストナンバーになってから様々な経験をした。しかし彼女は修行中の身だというのに、自分の本業について学ぶ機会になかなか巡りあうことが出来なかった。 要するに、本物のサンタに会うことが少なかったのだ。この機会を逃すべきではない。その思いがミルカの口を開かせた。「今日、お暇ですか?」「ん? 暇……というか、分かんだろ? わしらこれから忙しくなるだろ。何だかモフトピアだか何だかに呼ばれててさ。その準備も──」 と、ディヴは言いかけて言葉を止めた。 彼はじっとミルカの顔を見つめ、何かに気付いたようだった。「そうか、そうだよな。うん。分かったよ。一日ぐらい何でもないさ。今日はお前さんに付き合うよ」「ありがとうございます!」 お礼を言ってから、はたとミルカは気付いた。 そうだ。ディヴのサンタとしての特殊能力は読心術。彼はきっと、ミルカの顔を見て、彼女が欲しがっているものに気付いたのだろう。 ──ありがとうございます! ミルカはもう一度、礼を言った。 =========!注意!企画シナリオは、便宜上、参加枠数が「999」になっていますが、実際には特定の参加予定者のために運営されています。この企画シナリオは下記のキャラクターが参加予定です。他の方のご参加はご遠慮下さい。万一、参加予定でない方のご参加があった場合は、参加がキャンセル(チケットは返却されます)になる場合があります。<参加予定者>ミルカ・アハティアラ(cefr6795)=========
いろいろ聞いてもらいたいことがあって──。 ミルカが言うと、それなら自分に任せて欲しいとディヴは道を歩き出した。 クリスマスで盛り上がる街を歩きながら、ディヴは鼻歌交じりだ。どこにも寄る気配などなく、ぶらぶら。近寄ってきて足にじゃれついてきた黒猫がいれば、抱き上げて撫でてやるなどしている。 もしや、このまま一日中彷徨って終わってしまうのではないか。ミルカが不安に思った時、ディヴはようやく振り返った。 「お前さんはせっかちだなあ、人生を楽しむコツは“焦らず、怒らず、悲しまず”だぞ」 「それはその──」 弁解しようとして思う。そうだ。このサンタは人の心を読むことができるのだ。続けてミルカの口から出たのは、すみませんという謝罪の言葉。 「冗談だよ。さあ、それじゃそろそろ準備も整ったことだろう。ミルカ、先ほどの猫のところにテレポートしてごらん」 「猫?」 「名前はキャサリンだぞ」 名前が分かれば、ミルカはその相手がいるところに一瞬で転移することができるのだ。猫のところ? と、訝りながらもミルカは言われた通りにした。 ディヴの腕を取り、一緒に飛ぶ。 そうして──着いた場所は、屋根の上だった。 目をパチパチやるミルカ。どこかの店の屋根の上だろう。三階建てのちょうど良い高さで、見晴らしも良い。 足下には先ほどの黒猫が丸くなって昼寝していた。 「いい場所だろう? わしゃ、サンタだからかな。こういう高いところにいると落ち着くんだ。それに、邪魔も入らないだろ」 と、片目をつむってみせるディヴ。彼は、黒猫を使って彼女のために場所を用意してくれたのだ。 「ありがとうございます!」 その気遣いに嬉しくなって、ミルカは笑顔になるのだった。 「以前から、あの……ゆっくりお話したかったんです」 緩やかな傾斜の屋根の上に並んで座る二人。にこにこと笑顔のままのディヴの隣りで、さっそくとばかりにミルカは切り出した。 「そりゃ、わしが本物のサンタだから?」 こくりとうなづくミルカ。 「わたしはまだ見習いのままだから……。わたしは元の世界で、サンタのおじいさんの跡を継ぐためにお手伝いをしていたんです」 「ほうほう?」 「テレポートもやっと覚えて使いこなせるようになってたんです。なのに、あのクリスマスイヴの夜。プレゼントを運ぶために転移をしたら、どういうわけか壱番世界に転移してしまったんです。そのまま元の世界にも帰れなくなってしまって──」 ミルカはロストナンバーになってからのことを思い出す。壱番世界に転移した夜に出会った小さな女の子のこと。 0世界にやってきて、他のロストナンバーたちに出会ったこと。サンタになるための修行の代わりに、様々な事件に関わり自分の力を使った。鉄仮面の囚人を追いかけたこと時もそうだった。 それだけでなく、壱番世界のサンタに会いに行ったり、女の子だけで集まってパジャマパーティしたり、様々な楽しいこともあった。 ミルカの話は自分でも意外なほど長くなった。それをディヴはうんうんと相槌を打ちながら静かに聞いてくれている。 「友達も出来たし、楽しいし、いろいろ勉強になることもありました。けど、わたしはずっとサンタのおじいさんの仕事を手伝えなくて……跡を継いで立派なサンタになりたいのに、このままじゃいけないって。でも、その」 「お前さんは、すごく真面目なんだなあ」 のんびり間延びしたような声で、ようやくディヴが口を挟んだ。 「つまり、お前さんは焦っとるわけだ。ロストナンバーになっちまったもんだから修行は中断だ。爺さんが一人で暮らせてるかどうかも気になる。それに覚醒した時にプレゼントをねだられたのに渡せなかった。こいつも気がかりだ」 「そうです、そうです」 必死そうなミルカに、フォフォフォとディヴはサンタらしく愉快そうに笑ってみせた。 「気にすることなんかありゃせんよ。だって全部、これから充分間に合うことだろう?」 間に合う……? ミルカは口に出して問う。 「何しろロストナンバーには時間はたぁくさんあるんだからなぁ。お前さんの爺さんだって、心配するこたぁ無いさ。やろうとは思えば人間どうにでもなるもんだ。何とかやっとるよ」 「でも……」 「むしろ、わしみたいなジジイにこそ時間がないよ」 言いかけたミルカを落ち着かせるように、その頭を撫でてやるディヴ。ふと何か思いついたように、ニマッと笑う。 「そうさな。この話をしてやろう。わしがサンタになってから何年経っとると思う?」 「え、サンタに、ですか?」 急に話題を変えられ、ミルカはまじまじとディヴ・ザ・サンタを見つめた。 長い髭と赤い帽子の間から人懐っこい目が覗いている。典型的な高齢男性のサンタクロースだ。何となく分かるのは、彼は60代後半ぐらいでサンタにしては若い方だということぐらいである。 「さあ……20年ぐらい、ですか?」 「ブー、5年だよ」 5年!! 驚くミルカ。それであんなに巧みな頭の撫で方や、サンタらしい振る舞いが身につくものなのか。 「ま、確かに年の功ってのはあるわな。わしはな、50代半ばまでつまらん役人をしとったんだよ」 肩をすくめてみせるディヴ。「そろそろ退職かなんて思っとったら、ある日、メン・イン・ブラックがやってきて──あー、つまり謎の黒服の連中だわな。そいつらにサンタにならないかって誘われた」 「それって……?」 「WCS(国際サンタクロース協議会)の連中さ。わしの能力に気付いておったんだな。わしは力をたまに使ったりはしてたが、あんまり人の心を覗くのは気持ちのいいもんじゃない。目立たないように波風立てずに生きてきた。サンタにならんかと言われても悪い冗談としか思えなかった」 ディヴの顔に影が差したが、それはほんの僅かのことだった。 「でも、残りの僅かな人生をさ、ワケ分からんが面白そうなことに注いでもいいかなって思ったんだよ。だからわしはサンタになった。わしの力は、プレゼント選びですごく力を発揮してな……。最初の年、わしはWCSの『サンタ満足度レポート』で何と3位に食い込んだ」 「子供たちにとっても喜ばれたってことですね」 ミルカの脳裏に、はしゃぎ回る子供たちの様子が鮮明に浮かび上がる。 「要らない力だったものが、こんなに人の役に立つなんて思わなんだ。わしは嬉しくて、ただサンタらしくあろうといろんな同業者に話を聞いたよ。プレゼントを渡す時のコツやスマートな入退室の技やら。そうそう、腹が出すぎて煙突に入れないってんで、ダイエットもしたっけなあ」 「あ、分かります。うちのおじいさんも同じようなこと言ってました」 「そうだろう、そうだろう。小さな煙突ってのもけっこうあってな」 ディヴが笑えば、ミルカもつられて笑い出した。 「そうですよね。ディヴさんの能力はすごいです。サンタになるべくして身についた能力ですよね。でも、わたしはまだテレポートできるだけ、です」 「──わたしは立派なサンタになれるでしょうか」 ぽつり。真顔になって呟くミルカ。 ディヴは、何か言いたげな顔をするものの、ただ静かに彼女の顔を見た。 「子供たちが欲しいプレゼントをちゃんと間違えずに用意して、夜明け前までにきちんとプレゼントを配り終えて。子供たちから尊敬されて、感謝されるようなサンタに」 しん、という間が屋根の上に広がる。 「わたしは、声を掛けてきたあの女の子に──。プレゼントを頂戴って言われたのに、渡すことができなかった。どうしてサンタらしく振る舞えなかったんだろうって、後悔ばかりしてしまって。素敵なサンタになりたいんです。でも、わたしは転移先も間違えてしまいました。うちのおじいさんも年だし、早くわたしが一人前になっておじいさんに無理させないようにしたいのに、わたしったらドジばっかりで──」 「ミルカ」 言葉が止まらなくなったミルカにそっと声をかけるディヴ。 握った拳をひょいと彼女に見せる。ミルカが首を傾げると、彼は勿体ぶった仕草で手を開いてみせた。 そこには──ピンクの包み紙のキャンディがちんまりと載っていた。 「まあ、ほら甘いものでも」 ミルカの気分を落ち着かせてくれようと思ったのだろう。彼女はそれに気づいて感謝の気持ちで胸がいっぱいになった。礼を言ってキャンディをもらって口に入れると甘いイチゴの味が広がっていく。 「一つ聞いてもいいかな」 頃合いを見計らうようにディヴがそっと口を開く。 「お前さんは、そもそもなぜサンタクロースになりたいのかな。自分が立派なサンタになりたいから?」 「なぜ? えーと……」 「もう一度聞くぞ。お前さんは自分が成長したいから、サンタになりたいのかい」 ディヴの言葉の意味が分かってきた。ミルカは首を横に振る。 「そうじゃないです。わたしはみんなに笑顔になってほしくて──その」 ディヴは優しく、ミルカの言葉を待っている。 「プレゼントを渡してみんなに楽しくなって欲しいから。幸せになってもらいたいから……」 「……だよなあ」 プロのサンタは、またフォフォフォとらしく笑った。 「お前さんはたぶん、自分の足元や目の前を見過ぎてただけさ。サンタは子供たちに喜んでもらえてこそサンタなわけでさ。見るべきは自分じゃない、ってことだよ」 ディヴはゆっくりと言葉をつむぐ。 「なんてことない。お前さんはちゃあんと分かっとる。これからはプレゼントを渡す子供たちを真っ直ぐ見ればいいだけさ。ミスなんか誰にでもあることさ。気にするこっちゃない。それよりも」 ディヴはミルカを見る。「どうやったら彼らに笑顔になってもらえるのか、そっちの方が大事だって、もうお前さんは知ってるだろ? そんなことばっかり考えて頑張ってりゃ、いつの間にか立派なサンタになっとるよ。わしゃそう思うね」 そうなのだろうか。 ミルカは自分の両手を見る。 本当に? 目で訪ねれば、ディヴは優しい目でうなづいた。 本当だとも。 「その女の子を探せばいい。そしてプレゼントを渡せばいい。シンプルだろ? でも、それがお前さんの探しとった答えのはずだ」 「そう──ですね」 ミルカはうなづく。 彼女の瞳には光が戻っている。きらきらと輝く夜空の星のような明るい輝きが。 「そうです。わたし、やってみます!」 「その子の写真があれば、わしも手伝ってやれるぞ」 言いながらディヴは微笑む。 「他人の手をうまーく借りるのも、サンタの技量の一つだぞ。全部一人で抱え込んじゃいかん。友達だっていっぱいおるだろ? 手伝ってもらえばいい」 もう一度、ディヴはミルカの頭を撫でてくれた。 何か見えてきたような気がする。ミルカは思わず立ち上がり、ペコリとお辞儀をしてみせた。 「本当にありがとうございます。わたし、何か出来そうな気がします!」 うんうんと頷くディヴ。 その様子を見ていて、ミルカはもっと感謝の気持ちを伝えねばと思い、彼が言っていたことを思い出した。 「そうだ、ディヴさん、モフトピアでお仕事って言ってましたよね。今日のお礼もあるし、お手伝いします!」 え? と彼も立ち上がり、頭をぽりぽりと掻いた。 「わしゃ何もしてないぞ。ただ話し聞いとっただけだろう。モフトピアはさ、お前さんも忙しいだろうし、悪いよ」 「そんなことないです!」 「ほんとに沢山あるんだよ。モフトピアのアニモフたちにもプレゼントがあってさ、とんでもない量なんだ」 ディヴは悪気なく言う。疎んじているのではなく、本当に申し訳ないと思っているのだ。 「……全部一人で抱え込んじゃいかん」 そこでミルカはとっさに口真似で応酬した。それはもちろん目の前の人物の真似だ。 「他人の手をうまーく借りるのもサンタの──」 「わーかった、分かった」 お手上げとばかりに両手をあげるディヴ。「一本取られたよ」 埃を払い、すっくと立ち上がるディヴ。 ん、と差し出すのは右手だ。 「よろしく。小さな相棒どの」 ミルカは、ぱぁっと笑顔になった。差し出された右手を両手で握って、ぶんぶんと降りながら握手を返す。 「こちらこそよろしくお願いします!」 と、勢い良く下げた頭から帽子が飛んで、ディヴの顎にヒットした。 「グゲッ」 「キャーすみません!」 こうして、巡り会ったサンタ二人はペアを組むことになったのだった。 二人の活躍はモフトピアでの、あの顛末につながる──。 (了)
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