地下都市ディナリア──。 そこは、カンダータ軍が機械生命体『マキーナ』から取り戻した人類最西端の都市。そこは対マキーナの最前線だ。 しかし当然ながら、ディナリアはまだ人が住めるような状態ではなかった。ここに駐屯するカンダータ軍グスタフ連隊は、ロストナンバーの傭兵の力を借りて都市を取り戻したあとは、専らライフラインの整備に追われていた。 発電所は確保してある。軍は送電線の整備とともに重要な水の確保に取り組んだ。 元々地下水脈から得ていた水を引き込む水道管や浄水設備を整備し直し、駐屯地まで水を引く。 もう一月もすれば、軍属などの非戦闘員も定住できる環境が整うだろう。 事件はそんな矢先に起こったのだった。 * * * Q・ヤスウィルヴィーネは、ロストナンバーの仲間たちを連れてロストレイルに乗り込み、ディナリアに到着したところだった。「既に戦闘が起こっているようですなあ……」 勝手知ったる駐屯地の中、彼は仲間を引き連れ足早に司令部へと向かっている。建物の外、遠くの方から砲撃の音が彼の耳にも届く。 彼は世界図書館の司書を通じて、グスタフ連隊の危機を知り駆けつけたのだ。主力となる兵士たちが病気か何かで戦えない状態に陥っているという。 彼がこの地を踏むのはこれで三度目である。「皆さんのご協力感謝します」「いや……俺は、何度か来ているし、その……」 ヤスウィルヴィーネの礼に応じたのはコタロ・ムラタナ。彼もこの都市に来るのは三度目だ。 若き軍人は、この都市やカンダータ自体に強く惹かれている自分を自覚していた。だから志願したのだと説明したかったのだが、うまくいかず、一度開きかけた口をまた閉じる。「俺は二回目。軍の主力が戦えないんだって? 伝染病か何かかな。凄まじいね」 代わりにブレイク・エルスノールが口を開く。 彼は魔導師で、過去にこの都市で力を振るったことがあった。ガーゴイルを操り石像の軍隊を使役するブレイクは一人で一小隊に匹敵する戦力でもある。「そうですね。ウィルス性の感染症の疑いがありますね」 魔導師の言葉にジューンが相槌を打った。 一見場違いなメイド服の女性だが、彼女は人間ではなく女性型アンドロイドであった。ある意味最もこの世界に馴染む存在でもある。「本職ではないですけれど、私は看病のお手伝いをさせていただきますね。もし伝染病だとしても私は罹患しませんし」「そりゃ頼もしいな。じゃおまえが医療班な」 しんがりを歩いていたアルヴィン・Sが言った。「俺様もここ初めてだよ」黒のレザースーツを着崩した中年男は、大股に歩きながらなぜか偉そうだ。「ああ、ちなみにヤスは俺の部下だ。奴に何でも言っていいぞ」「隊長、オレはヤスウィルヴィーネです」 ヤスウィルヴィーネが訂正する。 彼らはチームS.S.S.のメンバーで、元の世界からの付き合いだった。世界の貧富の差を無くすために、世界征服をもくろむ地下組織パクス団の一員なのだが。……それは他の者には秘密なのである。 そうこうしているうちにロストナンバーたちは司令部に到着した。 室内に入ろうとする時、コタロはふと廊下にあった小さな窓に目を留めた。外の様子が見えたからだ。 まだまだ復興中のディナリア。廃墟のビルが立ち並ぶ街は薄暗い。 ポツッ。その窓に水滴が当たった。ポツッ。もう一粒。 コタロは目を細める。「──雨? まさか?」 * * *「よく来てくれたな」 連隊長のグスタフは、笑顔を浮かべてロストナンバーたちを迎えてくれた。椅子に背中を預けるように深く腰掛けていたのが、立ち上がって手を広げてみせる。「みなさんのご協力、痛み入ります」 同様に彼を補佐するセルガも、立ち上がりながらロストナンバーたちに会釈した。二人とも軍人らしく動作は機敏だが、体調を崩していることが顔色に如実に表れている。「正直言って、一刻を争う事態だ」 挨拶もそこそこに、グスタフはいきなり本題に入った。「どうやら、俺たちは水にやられたらしい」「水に我々にとって有害な微生物がいたようなのです」 セルガは言うには、ここ二日ほどでバタバタと主力の兵士たちが腹痛と下痢に悩まされ、戦えない状態に陥っているそうだ。症状から言うなら、それは食中毒である。「浄水設備作ったんだろ? それが壊れたのか?」「そこなんだ」 アルヴィンの質問に、グスタフは身を乗り出す。「いつの間にか奴らの尖兵が、この都市に紛れこんでやがったらしい」「つまり、水に関する設備をやられたってことかい?」「そういうことだ。察しがいいな」 グスタフは口を挟んだブレイクに向かって小さくうなづいた。「ここからあとは映像を見たほうがいいでしょう」 セルガが後を引き継ぐ。彼は手元にあった小型端末を使って前面のプロジェクターに映像を投影した。ロストナンバーたちもそれに見入る。 まず画面に写ったのは、たくさんの小さなタンクが立ち並ぶ貯水施設であった。そこから画面がパンして、その施設に匹敵する体長を持つ巨大なマキーナを映し出す。 しかしマキーナの前に、ロストナンバーたちの目を捉えたものがもう一つあった。 黒い噴水である。 巨大なマキーナの横、まるで湧き出すかのように黒く汚れた水が地上から吹き出しているのだった。噴水の高さは5、6メートルにも達しており、それはみるみるうちに水溜りをつくり、池となり、周りへと広がっている。 マキーナは、自分のフィールドが出来たとばかりに、出来上がったプールにザバザバと足を踏み入れ歩き回っている。 巨大なマキーナは、ギラギラと輝く銀色の無数の足を束ねるように背中に大きな丸いコブを背負っている。おそらくは、コブは足を収納し守るためのものに見えた。 そう思えたのは、ロストナンバーたちが見たことのある生物に姿が似ていたからだ。 その姿はまるで……。 カタツムリだ、と誰かが言った。 ゴゴゴッ、と大きな音がして、また画面がパンする。カメラは別のマキーナを映し出した。 巨大なカタツムリの他に二体、比較的サイズの小さいマキーナが水溜りの中をうごめいていた。 サイズが小さいと言っても大型動物──ヒグマほどの大きさだろうか。その二体も三角形の貝のようなクローム色の殻を背負い、エビに似た身体を持っていた。ハサミにあたる部分の二本の腕は大きなドリルになっていた。 一体がそのドリルを地表に向けて、水の中を潜っていった。 そこまで見れば分かる。 このヤドカリに似たマキーナは、地表を掘削して水脈を広げているのだ。「この都市の地下には、豊富な水脈があることが分かっている」 映像はまだ続いていたが、グスタフが静かに言った。「連中をほっておけば、この都市は水没しちまうかもしれない」「敵はある程度の社会性を持ったマキーナのようです。我々が確認できているものは、最も大きな固体──コードネーム『キングスネイル』が1体。地表を掘削している中型の固体、コードネーム『ナイトシェル』が3体です」「他にもいる可能性があるということですな」 ヤスウィルヴィーネが察して、小さく言う。その通りです、とセルガ。「当然、今戦える者だけで対処している状態だが、正直言って俺たちの戦力は通常時の半分以下──いや」グスタフは首を振り振り、言い直した。「戦えているのは、たったの二個小隊だ」 二個小隊……おそらくは50人規模の小隊が二つという意味だろう。コタロはそう思ったが、口に出すタイミングを逃してしまう。「そいつらに加勢して欲しいんだが……お前たちの実力は分かってる。独立の部隊として動いた方がやりやすいだろう?」 そう問われ、コタロとヤスウィルヴィーネは顔を見合わせた。グスタフは面々を見渡して最後にアルヴィンのところで目を留めた。「指揮官はあんたがいいだろう。名前は?」「アルヴィン・Sだ。構わんよ」ニッと笑って即答するアルヴィン。「人を見る目があるなァ、あんた」 どうやらグスタフは、この短い間にロストナンバーたちの人間関係をある程度把握していたようだった。特にアルヴィンを指名したのは、ヤスウィルヴィーネとの関係によるものが大きいようだ。「私もアルヴィンさんが適任だと思います」 ずっと黙って話を聞いていたジューンもうなづいた。彼女は控えめにしながらも、グスタフに向かって口を開いた。「実は、私は皆さんがご病気で苦しんでいると聞き、その手当てをするために参りました。私は少々医療の心得もありますので、皆さんの看護をさせていただきたいのです」「なるほど、そうか。あんたみたいなのまで髪振り乱して戦うのかと思って、俺は正直ビビッてたのさ」冗談を言いながらグスタフ。「だが、俺としてはこっちよりもあっちさ」 と、画面の『キングスネイル』を親指を指し示す。「どこもかしこも人手が足りないのは確かさ。基地にいてくれても非常に助かるが、優先順位からいったら実戦の方だ。今、戦って負傷している連中をどうにかしてやって欲しい」 なるほど。理解したジューンが返事をしようとした時── ズシン、と建物が揺らめいた。「まさか!」 セルガが慌てて、画面を切り替えた。映し出されたのは『ナイトシェル』が地表を掘削している映像だった。 その見慣れた風景に、グスタフが血相を変えた。「ヤドカリ野郎が、この基地をファックしてやがる!」「三体のうちの一体がすぐそこを掘り出したようです」 セルガが上官の言葉を翻訳した。 =========!注意!企画シナリオは、便宜上、参加枠数が「999」になっていますが、実際には特定の参加予定者のために運営されています。この企画シナリオは下記のキャラクターが参加予定です。他の方のご参加はご遠慮下さい。万一、参加予定でない方のご参加があった場合は、参加がキャンセル(チケットは返却されます)になる場合があります。<参加予定者>Q・ヤスウィルヴィーネ(chrz8012)コタロ・ムラタナ(cxvf2951)ジューン(cbhx5705)ブレイク・エルスノール(cybt3247)アルヴィン・S(crpv2238)=========
「いやはや……隊長が指揮官では、普段と同じではないですか」 「なに不満そうな顔してやがんだ、ヤス。ここは喜ぶところだろーが」 「……隊長殿。思いついたことが……あるのだが……」 短いやりとりの後、面々はそれぞれの持ち場へと散った。コタロとヤスウィルヴィーネ、アルヴィンは司令部の外に飛び出し、ブレイクは文字通り窓から飛び立った。ジューンは人間の少女の数倍のスピードで走り去る。 異世界の傭兵たちは正規兵よりも遊撃兵として動くことを選んだ。 ひとつ、個人個人が自らの持ち場において出来うる最大のことを実行すること。 ひとつ、差し迫った障害への対処から始めること。 外に出たヤスウィルヴィーネの顔に大粒の滴が当たる。雨のように規則的なリズムを刻むそれは雨ではない。彼は滴を乱暴に袖で拭う。 目前には水しぶきを上げながら、泥水に潜水していくナイトシェルの背中が見えた。 この世界──カンダータにも子供たちがいる。 子供たちは常に命の危険にさらされながら、大人になる。そして一生をマキーナとの戦いに捧げるのだ。 ヤスウィルヴィーネは思う。彼らにとって自分が何をしてやれるのだろうか。こうやって戦局に加わることはできるが、この世界からマキーナを一機残らず殲滅させるなんてことはできないだろう。そう考えると自分がちっぽけな存在に思えてくる。 しかし結局、今、やれることをやるしかないのだ。それで一人でも多くのカンダータの子供たちが助かるのなら。 「行くぞ」 たった数秒のことだ。上司の声にヤスウィルヴィーネは無言で走り出した。アルヴィンはその背中を見て口端を緩める。 相棒でたった二人だけのチームなのに、アルヴィンは彼がこのカンダータ──特にこのディナリアに入れ込んでいる理由をよく知らなかった。 ヤスウィルヴィーネはここの戦局にのめり込んでいる……と言っても過言ではないだろう。だからアルヴィンの悪い虫が騒いだ。どうれ、ヤスウィルヴィーネの奴が何を必死になってるのか見てやろう。彼は部下の背中をニヤニヤと見つめた。 指揮官であるアルヴィンは的確に行動を起こしていた。 司令室でナイトシェルの姿を確認してから数秒後、まずはオペレーション名を設定し、小型無線機を皆に渡した後に言い放つ。 ──なあに俺はお前らの戦い方には口出ししねぇよ。好きなように暴れるといいぜ! 部下を生かすのが真の隊長だからな! とは言うものの、その後に出した指示は的確だ。俺とヤス、コタロはこの場に残って作戦を実行する。ブレイクとジューンはキングスネイルと交戦中のカンダータ軍の支援に回ってくれ。 「さて、と」 数メートル先でヤドカリ型マキーナ、ナイトシェルが誇らしげな轟音を響かせた。両腕のドリルである。地表から水がどくどくと溢れ出している。 めんどくせーことしやがって。アルヴィンはつぶやきながら軍の司令部の建物を振り返った。入口の脇に視線を走らせる。何を探しているのか──。 やがて、彼の視線は停めてあった一輪バイクで止まった。 † † † 「本件を特記事項Ω軍属、サイドB32連盟未加盟星系・現地民からの要請による未確認生物襲撃時の人命救助活動に該当すると認定。リミッターオフ、未確認生物に対する殺傷コード解除、事件解決優先コードB1及びB6、保安部提出記録収集開始」 ジューンは、戦場と化したディナリアの街をひた走っていた。目的地は浄水場。大型マキーナ、キングスネイルが陣取る敵の本拠地だ。 ──B1は軍上官命令優先、B6は上位命令に反しない範囲での自己保存優先です。私は皆様の指示に従います。 彼女はナニー(乳母)・アンドロイドだ。本来、戦闘行為は禁忌とされている。ただし守るべきものが危険に晒されている時は別だ。 彼女は自らのリミッターをオフにした。戦闘行為は確かに禁忌だ。しかし彼女にとって、それは決して不得手なものではない。 走りながら彼女は先ほどのことを脳内回路の中でリピートしていた。何か解析できないバグがあると感じたからだ。小さなバグが致命的なエラーにつながることもある。彼女は注意深く記憶を再生していく。 思い起こすのは、司令室でのことである。 「単独行動中のナイトシェル1体ならば私1人でも破壊可能と思われます。私の自重は300kg近くあります。近くの建物の上から壁を駆け下りる等加速して殻に蹴撃を加えれば殻の破壊が可能でしょう。そのまま電磁波で中の個体を焼き切る事が可能と思われます」 最初にモニターで彼の敵の姿を見たとき、ジューンは正確な状況分析を行い、仲間とグスタフたちにそう進言した。 アルヴィンが頷き、女の子が体重をカミングアウトしちゃ駄目だろと冗談を言った。 しかし仲間以外の反応は違った。 グスタフとセルガは無口になり、ジューンをじっと見た。彼女がそれを真っ向から見返すと、二人はそれぞれ視線を外した。 あの時、二人は何かを自分に言おうとしていたのか? だが二人が見せたあの目。ジューンにも分かる。あれは友好的とは言えないものだった。 なぜ。 なぜ、彼らがあのような目で自分を見たのか──。 バグの解析は終わらなかった。 それが済む前に彼女は交戦中のカンダータ軍に合流したからだ。 破壊された浄水場のゲートを飛び越えると、人間の腕──サイバー化されたそれが地面に落ちているのが目に入る。ちぎれた断面からジジ、と小さな電気のスパークが見えた。その近くには本体と思われる少年兵が倒れている。 二つの小隊は分かれて、管理施設のビルの影に陣地をつくり貯水タンクを包囲していた。 彼らは主力兵器の大きなレールガンを、前時代的な車輪駆動の車の上に乗せ操っていた。何とか隙をつくり巨大な敵──キングスネイルの本体に撃ち込もうとするが、背中の殻に阻まれてしまう。 近寄ろうにも、そこには泥水のプールとナイトシェルが邪魔をする。強化兵の個人力にも頼れない状態であるのは目に見えて明らかだ。 「──特記事項ΩサイドB68軍務医官指示下の医療活動に変更。リミッター限定解除に変更……医官の方は居らっしゃいますか。この軍の識別救急コードを教えて下さい。コード順に傷病者をベッドに搬送します」 吹き出す噴水から油のまじった泥水が撒き散らされ、傷ついた兵士たちに降り注ぐ。消毒も必要だろう。ジューンは手慣れた手つきで、傷ついた者たちの手当てから始めた。 † † † 「カタツムリにヤドカリか……。その“ベースになった生き物”は、今のこの世界のどこにいるんだろうね?」 『……』 「しっかし、今回のマキーナは病原菌をばらまくとはね。人がそういった事例に弱いことを知っていて、そこを的確に突いてくる機械か」 『正シクハ“機械生命体”ダ』 ナイトシェルが現れてからブレイクに休む時間は無かった。 「──汝、血と涙の祈りを忘れるな」 紋章『鍵の魔人』を発動し、巨大化したガーゴイルの従者ラドヴァスターの上に乗って現場へと飛来したブレイク。眼下にカンダータ軍の小隊が交戦している戦場が見えてきた。マキーナ達は二つの大きな貯水池の真ん中に陣取り、噴水は高く濁った水のプールは広がりを見せている。軍はビル影に潜みながら後退を余儀なくされているようだ。 一刻の猶予もない。一瞬にして戦場の構造を理解した彼は、矢継ぎ早に魔術を使うこととなった。 天を仰ぎ呪文を囁く。得体の知れない風が彼の背後から湧き上がり、ラドヴァスターと彼を取り囲み散っていく。ぞわり。ブレイクが悪寒のようなものを感じた瞬間、汚水のプールから黒い陰が次々と顔を出した。 『小悪魔の嵐』。ブレイクが召還したガーゴイルたちだ。次から次へと水から飛び出すその姿は、石くれで出来た小さな悪魔である。 彼らがキングスネイルの頭部めがけて一斉に襲い掛かった時、ブレイクは地上に降り立った。 ガーゴイルたちの攻撃によりキングスネイルが後退した。ナイトシェルはその動きに呼応してその場に留まり様子を伺っている。 満足し、少しだけ笑みをもらすブレイク。 「戦争は数だよ兄貴」 『誰ガ兄貴ダッテ?』 「冗談だよ、ラド」 それだけのやりとりの後、魔導師から表情と言葉が消えた。手に魔道具「戦の鍵束」を携え、プレイクは腕を振るい呪文を唱えた。 ビルの壁を突き破り、現れたのは三体の大型ガーゴイルだ。『バアル』と名付けられたそれらは、山羊の角を頭に生やした醜怪な悪魔は大鎌で武装している。 三体はブレイクの意を汲み、キングスネイルの方へと走っていく。そこにあったのは給水タンクである。これを破壊されては堪らないと、彼は守りに入る。 最後に、ブレイクは魔道具を持った手をかざし、指の隙間からキングスネイル、そして水中に潜伏していると思われるナイトシェルのいる方向を“看た”。口には呪文。魔術『賢者の瞳』である。 相手の能力を分析し、弱点を看破する術だ。 頭の中に様々な情報が流れ込み、しばしブレイクは瞳を閉じた。 † † † 視界がよく通っている。 黒い雨というより、これは水しぶきである。それが走る彼を迎え撃つように打った。しかしコタロにはよく見えている。ナイトシェルと呼ばれるマキーナの動きが。いくら潜水しようが影が見える。次にどのように動くかも分かる。全て、見える。 彼には分かっている。目の前の世界で起こっていること、それが手に取るように掴めるのはここが戦場だからだ。鼻先に迫るのは、敵。人の殺害を目的に侵入してきたマキーナ。それを倒し破壊するだけでいい。それだけだ。 だから心地よい。 ここは故国に似ているのかもしれない。 少し前から、コタロはそれを自覚していた。彼はマキーナたちと終わらない戦闘を続けているカンダータの兵士たちに、強い共感を抱いている。 グスタフが言っていた。彼の連隊は中央政府にとっての鼻つまみ者を集めた集団、ディナリアは掃き溜めだらけの最前線なのだと。 けれどもコタロは彼らが──羨ましかった。政治犯、思想犯に、落ちぶれた者、食い詰め者……。大いに結構ではないか。彼らには所属すべき軍がある。守るべき命や土地がある。今のコタロには無いものだ。 グスタフたちと共に戦いたい。このカンダータの世界のために戦いたい。 だから、自分は、ここに来た。 ナイトシェルの背から銃弾が放たれた。鉛の弾丸は、ムチがしなるように弧を描き、コタロに迫る。 軍人は水上に突き出た車止めのポールに跳び移り、避けるどころか前へとまた跳んだ。 「コタロー君!」 背後で誰かが叫んだ。だがコタロは意識を前方と──懐から引き抜いた二枚の符に集中させている。 銃弾は容赦なく彼の左耳の下をかすめ、鮮血を飛び散らせた。 しかし、同時にコタロも符を放っていた。 魔術符はナイトシェルが今までいた地点に吸い込まれるように消えた。轟音が響き噴水のように水が吹き上がったかと思った瞬間、そのまま凍り付いて固まった。 氷の塔が出来たのだ。 それは同時に水面下の地表に出来た穴を塞ぐ役目も担っていた。応急処置だが、マキーナを倒せば修繕する時間はいくらでもある。 コタロは、塔の出来栄えを確認しつつも、水没した車両の屋根でステップを踏み、さらに塔の後ろへと逃れた。すれ違うナイトシェルは機銃の掃射でそれを追いかけるものの、塔を少し破壊して終わる。 マキーナが追撃しようと方向転換したその時、かの前を一つの影がゆらめいた。 空間に刀筋が閃光をつくる。 機銃が一本、銃身を真っ二つにされて飛んだ。もう一つガキィンと大きな音をさせて、ナイトシェルが手のドリルで何かを弾いた。 ヤスウィルヴィーネが放った手裏剣だった。 彼は舞うような軽やかな跳躍を見せ、手近な街路樹の枝の上に飛び乗った。手応えに僅かに頬を緩める。 ナイトシェルはその動きに反応しようとして彼に目を向ける。 その時だ。 レディ、ゴー、と誰かが叫んだ。 ナイトシェルも驚いたようにその動きを止めた。殻に守られていない真正面に何かが物凄い勢いで突っ込んできたのだ。 マキーナが殻に身体を収納しようとした時、それが正面衝突した。ヤスウィルヴィーネは見た。突っ込んだのは、ありったけの火薬を巻き付けられた一輪バイクだった。彼がそれを確認した瞬間、水飛沫を高く上げマキーナの前で大爆発が起きる。 ひらり、と手近なポールの上に着地するのはアルヴィン。彼は爆弾付きの一輪バイクに乗って加速した後、無人になったそれをマキーナの顔面目がけて放ったのだった。 「魚介類は焼いて食べるのが一番だぜ」 「やりましたな、隊長」 煙がもうもうと立ち昇っている。二人のスパイは素早く目を合わせ、敵の様子を油断無く伺った。 突然、マキーナが甲高く鳴いた。視界が晴れれば、水面にちぎれた足が二、三本浮いているのが見える。ナイトシェルは、方向転換すると、こちらに背を向け水のプールから出て塀を破壊し、移動していこうとする。 一体での体制の不利を悟ったのか、明らかな退却行動である。 親玉のキングスネイルの元へ向かうのか──。 三人は顔を見合わせた。 † † † キングスネイルは大きな身体で体当たりを繰り出し、ガーゴイルたちを跳ね飛ばし粉々に破壊していた。その間を縫うようにカンダータ軍の砲撃が巨大カタツムリを撃つが、命中するも殻に当って効を成さない。 ブレイクは呪文を唱え新たな下僕たちを呼び出すが、それが善戦するも次々と破壊されていく。 『めたるノ方ガ、すとーんヨリ固イカ?』 ラドヴァスターが言う。が、ブレイクは無口だ。雨あられのように降り注ぐ弾丸から逃れるために、彼はガーゴイルたちの背後を走り抜けた。弾ける石像の、その隙間から術を放つ。 発動したのは『魔鍵砲』だ。ブレイクが手に掲げた鍵束から純粋なエネルギーの塊が生まれ、真っ直ぐにキングスネイルへ飛ぶ。 スピードは早くはない。しかしそれは銃弾を跳ね飛ばし敵の頭部を正確に狙い撃った。『賢者の瞳』でも見抜いていた。弱点は頭部だ。 マキーナの頭で、魔法が花火のように美しく散った。白熱色の爆発が辺りを照らす。 やったか? ──いや、まだだ。 キングスネイルは、ゆらりとこちらへ顔を向けた。直撃を避けたのか、頭部の角は健在だ。 こちらにもたげた首の両脇から、膿が吹き出すように数発のミサイルが生まれた。それは一斉に放たれ、ブレイクを包囲するように丸く軌跡を描いて彼に迫る。 一方、ジューンは傷ついた兵士たちの搬送に追われていた。 「右五指全損、右上腕貫通射創、右大腿貫通射創」 死闘が繰り広げられるプールの脇が彼女の主戦場だ。彼女の役目はマキーナに特攻し負傷した強化兵を助け出すことだった。彼女は素早く彼らに駆け寄ることができたし、どんな者でも軽々と持ち上げることが出来た。 管理ビルの一階に陣取った医療班の元へと、怪我人を次々に運んでいく。 「腹部盲管射創、腸内大量出血、肝臓及び腎臓にも損傷」 「──嬢ちゃんは、例の異世界の傭兵さんか?」 何人目かの兵士を背負って運んでいると、当人がジューンに話しかけてきた。両腕を強化外骨格で固めた大柄な兵士だ。 「ったく、情けねえな。こんなの生まれて初めてだぜ」 どうやら彼女の搬送行為が、彼の自尊心を傷つけたらしい。それでもジューンは優しく彼に声を掛けた。 「大丈夫ですよ、すぐに医官が診てくださいます」 医療班に到着し彼を地面に寝かせると、電磁斧の柄を握り締めたままの指を一本一本ずつ剥がしていく。 「最初はビックリしたけどよ、あんたが何人も俺らの仲間を助けてるのを見た。さっき運んでた小せえヤツは俺の弟なんだ。本当に助かった、ありがとよ」 ジューンは困ったように眉を寄せた。なんと答えてよいか分からなかったのだ。 メイドとして働いていた頃にも礼を言われたことがある。しかしそれと今の“ありがとう”は全く別のもののように聞こえたのだ。なぜだろう──? 「俺らの中には、あんたらを“得体の知れねえ連中”と思ってるのも少なくないさ。けど、ディナリアはあんたらを歓迎するぜ」 男は流れ落ちてきた自らの血に片目をつむる。その口端に浮かべて見せたのは、微かな笑みだ。 「ここはロクデナシで“得体の知れねえ連中”の集まりだからな。つまり、あんたらも俺たちの仲間ってわけさ」 「仲間、ですか?」 「そうさ。──ヘルゲン、だ」 相手が右手を差し出している。握手を求めているのだ。ジューンはその大きな手を握り返しながら、ヘルゲンというのが彼の名だと認識した。 「ジューンです」 彼女が名乗った時、彼女の背後でひときわ大きな爆発が起こった。ブレイクが戦っていたあたりである。 思わずジューンは立ち上がっていた。 ブレイクは鍵束を手にしながら息を吹き返した。先ほど居たところから数メートル後ろに跳ばされている。 四方八方をミサイルに囲まれたブレイクは二つの魔術を発動させていた。『ゾムの嗜虐的悪戯』で瓦礫を爆破してミサイルの威力を弱め、自身を守る障壁を張る。 しかし爆発で弾き飛ばされることは防げなかった。 叩きつけられた背が痛みを持つ。ラドヴァスターも身体のあちこちを欠けさせて、ブレイクの元に駆け寄ってきた。 前方にそびえ立つキングスネイルは水の中を滑るように近付いてきた。無数の足が不気味に蠢いて魔導師に向かってくる。直接切り裂くつもりなのだ。この場から逃れなければ、とブレイクは従者の背中に跳び乗った。 その時だ。 衝撃を受けて、ブレイクはまた地面に投げ出された。振り返って見たのは、ラドヴァスターの腹から突き出した無骨なドリルの先端だった。 ナイトシェルである。背後のプールに潜伏していたのだ。 まさか、こんなに接近されていたとは──! 崩れ落ちる従者を見、ブレイクは背中と膝の痛みをこらえ立ち上がろうとした。 「ブレイクさん!」 稲妻のように白い影がブレイクの頭上を超えナイトシェルの頭に突き刺さった。 それは蹴りを繰り出したジューンの姿だった。 彼女は宣言した通り、高い建物から飛び降りてナイトシェルの殻の中心に蹴りを繰り出したのだ。 ジューンがこちらを向いた。ナイトシェルの殻に彼女の足がめり込んでいく。マキーナはよろけ背後のプールへと落ちていった。 魔導師は思い出した。 彼女もマキーナと同じ機械生命体だ。水の中で電磁波を浴びれば無事ではいられまい。 ブレイクは鍵束を高く上げ、命令を叫んだ。彼女の姿が水に飲み込まれたと思った瞬間、黒い影が水に飛び込んでジューンを救い出した。近くにいたガーゴイルである。 驚いたようなジューンを見、ブレイクは安堵したように微笑んだ。 その彼を、背後に迫っていたキングスネイルの無数の足が飲み込んでいった。 † † † ブレイクのいた場所で大きな水しぶきを上げて潜水しようとしたキングスネイル。その上空を白い影が跳び符を放った。 しかし──間に合わない。 コタロは水面に目をやり、左手の符で水面に触れ、凍らせて作った足場に着地する。 「遅かったか」 駆けつけたアルヴィンは、傍らにいたヤスウィルヴィーネと目を合わせた。無言だったが、部下は彼の意志を正確に理解する。 ヤスウィルヴィーネは、素早く手を上げた。その袖から伸びたのは操りの術に使う強靭な糸だ。狙わずとも糸はこちらに向かってこようとしていたもう一体のナイトシェルの足に絡みついた。 足止めにはなるだろう。 彼はマキーナの様子を確認し、躊躇なく濁ったプールの中へと飛び込んだ。 「問題ない。作戦続行だ」 アルヴィンはコタロにそう言い放つと、カンダータ軍の方へと走った。二つの小隊と砲台が見えてくる。 「残るはナイトシェル一体と、親玉だけだ。俺に考えがある。協力してくれ!」 大きくよく通る声で言うアルヴィン。すると大柄な兵士が身体を起こした。負傷しており、長い柄の電磁斧によりかかるようにしているが、この場を預かる者であろう。 「分かった。あんたらに協力しよう。だが、いくら撃っても殻で守られてビクともしねえぞ」 「ハン、身持ちの堅い女みてえってか?」 アルヴィンは彼の横に立つ。アルヴィン、と名乗れば、向こうもヘルゲン、と名乗り返してくる。 「あんたらの策ッてのは?」 「女に足を開かせる作戦さ」 「どうやって?」 「要は、銃で何度もアタックすりゃいいだけよ」 「ちげえねえ」 ヘルゲンはプッと吹き出すように笑った。 一方、コタロはヤスウィルヴィーネが消えた先を一瞥しただけだった。彼は彼らを信じていたからだ。ナイトシェルとの交戦によりその戦力も掴んでいる。 今、自分がやるべきことは──。 コタロはこの場を制する巨大なマキーナ、キングスネイルを見た。 ブレイクを飲み込んだ後はあっという間にカンダータ軍の方へ移動している。遠い。コタロは、プールの上に突き出た車止めのポールを伝って走った。 キングスネイルは彼に気付き、対人ミサイルを次々に放ってきた。合計八発だ。 コタロは一発を跳んでやり過ごし二発目を凍らせた。その一発目が戻ってくるのを見て、それが熱追尾型だということを理解する。 三発目、四発目を飛んでかわす。そういうことなら、とコタロは足場を次々に凍らせて、キングスネイルに急接近した。 ぎりぎりまで引きつけて爆発させるのだ。コタロは自らマキーナの足元へと飛び込んでいく。敵もそれに気付いたのだろう、あわてて巨体を殻に収めようと動いた。 そして爆発。 煙がもうもうと立ちこめる中、キングスネイルの殻には傷一つついていなかった。王たるマキーナは首を出した。そして先ほどから自分に接近していたちっぽけな人間の姿を探す。 居ない。 いや──居た。 コタロはボウガンを構え、殻の上にぽつんと立っていた。 自身の背に向けて、単分子剣を振りかざすマキーナ。コタロが難なくそこから飛び退くと、剣は殻に突き刺さった。 思った通りだ。堅い殻は連中自身の武器で破壊できる。 しかしコタロは待たずに、無言で魔力を込めたボウガンを発射した。 最初の一撃が当たり、マキーナの二本の角が大きく揺れた。二発、三発、四発、五発。コタロはやめない。六、七、九、十発──。 ガキンッと音をたててキングスネイルの角が折れた。その足が持ち上がりコタロを斬ろうとする。コタロは跳躍しながらも、矢が補充されるのを待ち、まだ撃ち続けた。 オペレーションは続行中だ。コタロは淡々と任務をこなす。 † † † きらきらと輝く鏡が見える。だんだんそれが遠くなり、赤い色が視界に混ざる。 ああ、これは自分の血なのだろう。 ブレイクは、ぼんやり思った。 手数の多い自分なら、仲間と合流するまで持ちこたえられると思った。 判断ミスの上、背後に気を配れなかった。自分はたぶんここで死ぬ。 伝説の魔導師を目指す者が聞いて呆れる。師は自分を叱責するだろうか。それとも異世界に消えた自分のことなど誰も気にしないだろうか。 鏡面がどんどん遠のいていく。きっと泥の中に飲まれているのだ。このままマキーナに身体を粉々にされ、土に還るのだ。 それも悪くない──。 ──ッ! ぐん、と腕を引かれた。誰だ? 一度閉じていた目を開けるブレイク。誰がこの手を引き戻そうというのか。 身体を大きく引っ張られ、急速に鏡面が──水面が近付く。細身の黒い影から青い髪が見える。ああ、この男は。 プハァッ、相手は水面に出て大きく息を吐いた。 「まだ、死なせはしませんよ」 ヤスウィルヴィーネ。自分を事務員だと偽る男。彼が自分を救い出してくれたのだ。 「作戦は続行中ですよ、ブレイクくん」 彼の右手には糸の束が握られており、それが近くの街路樹に繋がっている。左手には手裏剣。それが膨らむように大きくなった。まだはっきりしない頭でブレイクは彼を見る。 自分は、自分は、一体、水を、何を、魔法で、伝説の── そうだ。 振り向きざまにブレイクは鍵束をかざし呪文を唱えた。見えていたのは巨大なマキーナ、キングスネイル。その巨体が、突然上空へと跳ね上がった。 水の柱が、マキーナの腹を下から打ったのだ。 『バロットケイザー』。彼が同僚から習った魔術だった。キングスネイルはプールから外へと弾き飛ばされ、停めてあった数台の車両を破壊しながら、ひっくり返ってその腹部を晒している。 それを確認すると、ブレイクは水のない地で膝をつき、静かに目を閉じる。 一方、ヤスウィルヴィーネは蝶のような軽やかさで水上の足場を踏みキングスネイルに急接近した。俯き、背中を丸めた彼の両手には手裏剣。 一瞬だ。彼はその隙を逃さず姿を消した。キングスネイルが身体を起こそうとしてまたバランスを崩す。 マキーナは足の一部を動かせなくなっていたのだ。大きな手裏剣がキングスネイルの足を数本、地上に縫い止めていた。 「隊長!」 ヤスウィルヴィーネが叫んだ。 サッと手を横に突き出すアルヴィン。無骨な機関銃を抱えた彼の背後に、カンダータ軍の兵士たちがずらりと並んで重火器を構えていた。 その銃口は全て、マキーナたちに向けられている。腹を見せてのたうつキングスネイル、そして残ったナイトシェルはその場から動かない。おそらくは命令系統を失い、咄嗟の判断が出来ない状態に陥ったのだ。 アルヴィンはしかし「待て」と命令し、代わりに仲間の名を叫んだ。 次に、戦場を駆けたのは桃色の影。可憐な少女の姿だった。 その目前には、灰色がかった外套の背中がある。コタロである。彼は手にしたボウガンを次々にキングスネイルに向かって撃ち込んでいた。 矢はヤスウィルヴィーネの手裏剣と同じようにキングスネイルの足を貫き、その動きを封じた。マキーナは剣を伸ばすがコタロには届かない。その足に突き刺さった矢には魔術符があり、ひらひらと揺らめいている。 と、次の瞬間、ジューンが抱き抱えるように彼の身体を攫った。それは戦場にあっても、スプーンでスープをひとすくいするような優しく優雅な動作だった。 その瞬間、アルヴィンが手を挙げる。 ──撃て! ジューンがコタロを連れ出し、ヤスウィルヴィーネが飛び退いた瞬間。 キングスネイルたちは大きな炎に包まれた。 カンダータ軍の主力砲、レールガンは殻に守られていない腹に命中し、その光がマキーナの腹を割った。そして誘爆するようにコタロの符が次々に爆ぜて機械の足を次々に吹き飛ばす。 「オペレーション・ヒャクライヅツだ! ありったけの火薬をブチ込んじまえ!」 それは相手の隙をついて、全員の大火力でまとめてマキーナを破壊する作戦だったのだ。 アルヴィンは弾切れした機関銃を捨て、自身のトラベルギアを構えた。軍の車両に飛び乗り爆薬をつけたそのクナイを次々に射的する。 滅茶苦茶に投げているように見えて、その狙いは正確だった。キングスネイルが残った足を伸ばしてこちらに向けようとした銃器を切断し、そのまま爆発して吹き飛ばす。 その隣にはヤスウィルヴィーネが立つ。 彼は手裏剣を投げ、逃走しようとしていたナイトシェルの足をまた数本飛ばした。負傷していたブレイクも呪文を唱えた。それはシンプル且つ強力な『火球』となり、マキーナの頭部を直撃する。 ナイトシェルが白熱の光を見せて炎上した。ようやく破壊されたのだ。 しかしキングスネイルは最後の力を振り絞ったのか、頭をもたげ、首の脇から対人ミサイルを射出した。数は減っていたが、いくつかの熱追尾型の弾が軍に迫る。 「ヤス!」 アルヴィンは相棒の名を呼び、クナイを投げた。クナイは見事な正確さをもってミサイルを貫き、何もない空間でそれを爆発させた。 ヤスウィルヴィーネは、クナイの後を追うように手裏剣を放つ。手裏剣はクナイがカバー出来なかったミサイルを迎え撃った。ピタリと息の合ったコンビネーションだ。 コタロが最後のミサイルをボウガンで落とした時、ひと際大きな爆発が起き、爆風と振動が地表を揺らした。 次の呪文を唱えようとしていたブレイクは見た。 全ての足を無くしたキングスネイルから、小さなマキーナが這い出したのを。人間ほどの大きさのナメクジといったところだ。 まさかあれが本体か? 狙いをつけようとした時、そのマキーナは水の中へと逃れて消えてしまっていた。 † † † 雨は、止んだ。 「ガハハ、よく働いてくれたな」 アルヴィンは酒の入ったジョッキを手に、カンダータ兵の肩を叩いて回る。ニヤニヤとした笑みを返す者、ハイタッチを返す者。そこは和やかな酒宴の場だった。 「なあヒャラクイヅツって何だ?」 「ああ? なんだ、その、アレだ。百雷筒。ニンジャの大砲だよ、知らねえの?」 まだまだ回復している者は少ないが、それでも生き残った者たちはお互いの労をねぎらい、今後も戦い続けていくための英気を養わねばならない。小さな酒宴は、司令部の脇の広場──ナイトシェルが地表に穴を開けたところを修復した場で開かれていた。 マキーナの脅威を退け、ディナリアはつかの間の平穏さを取り戻していた。 最後に確認された小さなマキーナ。あれがおそらく最初に地下などから侵入してきたのだろうと軍は結論付けた。逃してしまったが潜入方法は分かった。これから対処方法を検討することができるだろう。 また、浄水設備も直さねばならないが、敵が居なければ対処はいくらでも可能だ。 「ディナリアには、ちゃんと優秀な技術者も回されてくるようになってな」 グスタフは上機嫌で言う。 「ノアの連中は、俺らがここまでやれると思ってなかったらしい。まあどっかの傭兵さんがたの働きも役立ってるってことさ」 「それは良かったです」 ヤスウィルヴィーネは、コップに入った酒をちびりとやりながら相槌を打つ。いつもあまり表情が変わらないので、喜んでいるのかどうだかよく分からない。 ただし彼が残念がっているのは明らかだった。なぜなら、水を飲んだら腹壊すんだろ、と彼の上司がいち早く持参した酒を取り上げたからだ。 彼は悲しそうに、コップの中の僅かな酒を見つめている。 「ちょっと油断しちゃったな」 そのヤスウィルヴィーネの横顔にブレイクが声を掛ける。彼はひどい打撲と、背中や腕に無数の切り傷に苦しんだが、添え木を当ててもらい酒宴に参加していた。その言葉は自分自身に掛けたものだったのだろう。 少しだけ微笑んで、ヤスウィルヴィーネはぽんぽんとその肩を叩いた。 見上げれば、アルヴィンは彼から奪った酒を皆に振舞っている。さっぱりした日本酒の味は軍人たちの気質に合ったのか、美味い美味いと男たちは笑顔をこぼしている。 まあ、いいのかな。これで。ヤスウィルヴィーネは独りごちた。 コタロは少年兵たちに囲まれていた。ボウガンや符のことを聞かれ、彼はしどろもどろになりながらも質問に答えている。困っているのではなく、彼は戸惑っていただけだった。 誰かもっと社交的な人間に助けを求めようとして、コタロはジューンがぽつんと独りでいるのに気付いた。先ほど、何かセルガと話していたように見えたが──? と、彼女に大柄な兵士が近寄っていくのに気付く。ジューンと何かひと言二言交わすと、彼は一転、怒ったように歩いていった。そしてすぐにセルガを伴って戻ってくる。 彼はセルガに対して怒っているようだった。何かしら言うと、セルガは困ったように微笑み、肩をすくめて見せた。そしてジューンに何か謝っているようだ……。 「セルガさんは、私がアンドロイドであることに心理的抵抗を感じていたのだそうです」 やがて数分後。ジューンはコタロの傍に座り、何があったのを話してくれた。 「あの方はヘルゲンさんといいます」 と、彼女は珍しく、言葉を選ぶように逡巡した。「ここは──良い処ですね」 「?」 コタロは不思議そうに彼女を見る。 「彼はセルガさんに、私のことを、仲間で友人だと」 ジューンの表情は変わらない。それでもコタロはその横顔をじっと見つめた。やがて彼は微笑んだ。彼なりに状況を理解できたからだ。手元のコップに入った水に視線を移す。 「そう……か」 いい処だな、と、彼も言った。 (了)
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