――0世界・闘技場 最近、このどこかに幽霊が出るという噂が流れている。 ある者曰く「闘技場での戦闘で亡くなった世界樹旅団員が彷徨っている」のだと言うのだが本当だろうか? 気になった貴方は暇なときにそれを思い出し、ふらふらと闘技場内を歩いていた。 と、その時だ。深い場所まで来てしまった貴方は、空気が少し冷えたのを覚える。気が付いた時、確かにヒトの気配を覚えたが……辺りには誰もいない。 ――本当に、幽霊なのか? 冷たい汗が背筋を流れた時。その声は聞こえた。「お前は旅団員か? それとも図書館員か?」 声の方を見ると、透き通った体をした、細身の男が姿を表した。驚いている貴方をよそに、彼は苦笑しながら答える。「俺はショウ。世界樹旅団の一員で、工作員だ。……お前がこれを見ているって事は、俺は死んでいるんだな?」 その名前に聞き覚えがあった。確か、ナラゴニアの騒乱の際、闘技場のどこかで図書館側のロストナンバーに倒された、と報告書に書かれていた男だ。その筈なのに、彼はなぜここに……? 不思議に思っていると、ショウが口を開いた。「これは、ショウという男の意思を持ったコピーだ。……映像しか残っていないから、お前が敵であろうと攻撃する事はできない」 ショウはそう言って貴方に手を伸ばした。が、その手が貴方に触れる事はなかった。実体がないのでは、掴みようがないから、仕方ない事なのだが。 貴方は自分の事や現在の事を彼に話して聞かせると、ショウは静かに頷いた。「なるほど。……俺が生き残っていたとしても、そうなっただろうな」 ショウはそれだけ言うと、静かにこう言った。 ――よかったら、お前の旅について聞かせて欲しい。 貴方は語ってもいいし、語らなくてもいい。興味があるならば、ショウについて聞いてみる事も出来る。あたりをよく見渡せば、小さなメモリースティックのような物が落ちている。その記録媒体を破壊するも、持ち帰るのも貴方の自由だ。
「あれぇ? ウォスティ・ベルかと思ったんですが違ったんですねぇ?」 トラベルギアである銀色のホース付き小型樽を背負い、ポニーテイルを揺らして川原 撫子は首をかしげた。目の前に出た半透明っぽい男……ショウの姿は、彼女にとって記憶にある物で、妙に懐かしい。彼女の記憶が正しければ、その男は擬態能力と砂を使役する能力を持っていた。 「セネガンビアで石鹸水まみれになった隊長さんじゃないですかー☆ 確か死亡したと聞いていたんですけどぉ、お元気そうですね~☆」 「元気もなにも、ホログラムだからな。……こんな再会をするとは思わなかったよ」 彼の姿を見て思い出した撫子が用意した鉈や釘バットをそそくさと隠しつつ笑いかければ、ショウが苦笑を強める。そうしながらも、自分の状況を理解した彼は、まっすぐ撫子を見……何かに気づく。 「元気そうだな。……居場所をみつけたのか?」 「はい☆ カンダータで待っている人がいるんですぅ☆ だからやる事やったら帰らなくちゃいけないんですぅ~☆」 穏やかに問いかけるショウに、少し照れ気味に答える撫子。しかし、その表情はすぐに真剣なものへと変わった。撫子は元々ウォスティ・ベルがいると思ってココに来た。その目的は勿論抹殺である。そうしなければ、友達の平穏はない、と撫子は考えていたからだ。 「居る筈のない場所にもう1人ファミリーが居たって噂がありましたしぃ、ウォスティ・ベルが捕まったって聞いた記憶はありませんでしたけど、友達には『もう捕まったと思う』って言われて……。でも、ここでの噂を聞いて、確認に来たんですぅ」 友達を守れるのは自分だけだ、と言うも、ショウの表情は暗い。「そうだったのか」と相槌を打ちながらも首をすこし振った。 「アイツを倒すのは難しい。死んでも、別の誰かが奴になるからな」 ショウは苦虫をかんだような顔で答え、その上間を置いて言葉を続ける。 「私も、アイツは苦手だった。元の世界にいた上司と性格・能力ともに瓜二つでね。その上、奴と仕事をする事は多かったが奴の事はほとんど知らないんだ」 ショウの言葉に、撫子は少しがっかりした気持ちになった。少しでも情報を得ることができれば良かったのだが、無駄足になってしまったかもしれない。そう思うとため息が自然と出る。 「それでも、貴方が知っているだけの情報を教えて欲しいですぅ」 「私が知っている情報は、君たちが知っている情報と然程変わらん。顔すら思い出せん。……全く、厄介すぎる男さ」 ショウの答えに、がっくりと肩を落とす撫子。彼女は小さくため息をつくと、とりあえず気分を切り替えることにした。 「そういえば、隊長さんについてもよく知らないですぅ☆ 教えてくれませんかぁ?」 「……私の事か?」 急な申し出に、ショウは僅かに目を見開く。彼は暫く考えるとちらり、と撫子を見た。 「その理由は?」 「実はぁ、今度イェンさんが開くお食事会に参加する事になったんですぅ。それで、隊長さんの記録媒体をお渡ししようと思いましてぇ~」 撫子はイェンが現在、世界図書館のツーリストとして活動している事を告げるとショウは納得したように頷く。 「あの戦い以後、アイツは図書館側に興味を持っていたからな。再戦を躊躇う節もあった。だから、作戦に連れて行かなかったが……生き残っていてよかった」 ショウがルゥナの事を問えば、撫子は彼女がナラゴニアの暫定政府を手伝っている事を教える。ショウは静かに自分の死後、世界樹旅団と世界図書館の関係がいかに変わり、仲間がどんな風に別の道を歩んだかを穏やかな気持ちで聞いていた。 「戦争は終わってもう旅団も図書館もないですぅ☆ 色々あったけど、2人共前向いて生きてるんですぅ」 「そうだな」 撫子の言葉に頷きながら、ショウが遠い目で呟く。 「だからぁ、いくら元隊長さんでも邪魔はしちゃ駄目ですよぉ?」 その一言に、ショウは頷く。 「あの二人が自分の道を歩いているならば、過去の亡霊が邪魔をする意味はない」 撫子は、小さく微笑んで安堵する。そして、今の彼ならば大丈夫だろう、と決断した。 ショウは改めて自分の事を問われ、少しずつ答え始めた。イェン、ルゥナとは訓練所で知り合い、そこでの縁で同じ主に仕えた事。主を守ろうとして敵が放った雷に打たれ、3人ともロストナンバーに覚醒した事。世界樹旅団に命を救われ、それ故に工作員としての働いていた一方、信頼できる人に中々会えなかった事……。それを聞くにつれて、撫子の表情は少し曇った。 (隊長さんも、色々あったんですねぇ) ふと、そこで撫子には気になった事があった。何故だろう、ショウの話す内容に、彼自身についての情報が、過去以外にないような気がしたからだ。 「あのっ、隊長さんは……、趣味とかお持ちですかぁ?」 「趣味か。……そういうモノの1つでもあれば、少しは違ったのかもしれないな」 その言葉に、撫子はきょとん、となる。 「仕事一筋だったって事だ。園丁からの指令を遂行し、報告する。それが日常だったから。あの2人もナラゴニアに来たばかりの頃はそんな感じだったが、なにか見つけたみたいだったな」 そういった所が、自分との違いなのだろう、と小さく呟くその顔が少し寂しげで、撫子はまた胸が痛んだ。 既に亡いショウではあるが、こうして記録媒体……精神的なコピー体が今、ここにある。撫子は映像を発している記録媒体を見つめると頷いた。 「あのぉ、隊長さぁん」 「ショウでいい」 「ショウさん。今からでも、自分のために生きてもいいと思うのですぅ」 撫子の言葉に、ショウは可笑しそうに笑う。 「何を。私は既に死んで……」 「触れなくても自分の意志を表明できるなら生きてる人と同じですぅ」 暫し目を合わせる撫子とショウ。仄暗い空間が沈黙で覆われ、それを破ったのは、ショウの穏やかな声だった。 「生きている人間と同じ? ただ自分の思考をプログラムに写しただけの存在なのに?」 「はい。その様子だと自分で考える事もできそうですしぃ☆」 撫子は何時ものように明るい笑顔で、そっと言葉を続ける。それは、どこか優しく、ショウを落ち着かせる。 「放っておけないですぅ。なんだか寂しそうですしぃ。少しでも自分のために生きて欲しいんですぅ。今からでも何かできるはずですぅ」 きょとん、となるショウに撫子は畳み掛ける。思わず手を握ろうとして握れなかったけど、確かにそこにはぬくもりを覚える。 「大事な友達なら命賭けるし友達でも手は尽くしますぅ。貴方はイェンさんの友達ですからぁ……」 その時、彼女は気づいた。ただのプログラムである筈のショウの目に、うっすらと涙が浮かんでいる事に。彼は何を言えばいいのかわからない、といった表情で暫し考えていたが、ややあって、小さな声で「ありがとう」と言った。 相棒のロボタン、壱号に力を借りてその記録媒体に触れると、壱番世界よりかなり進んだ技術である事や、これだけでも長い年月もつ事などがわかった。 「ショウさん、イェンさんにこの媒体を預けるですぅ。これで寂しくないですよ☆」 「かたじけない、撫子。……頼む」 ショウが一礼し、撫子は微笑んで電源を切る。そして一見フラッシュメモリーにも似たそれをポケットにしまうと、撫子はその場をあとにした。 (終)
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