――今年も年越し特別便が出る。 その知らせにターミナル中が沸き立ち、ロストナンバー達は思い思いにチケットを入手し、出かけていく。 そんな中、エルフっぽい世界司書、グラウゼ・シオンは一人資料とにらめっこしていた。「うーん、今年はどこへ出かけようかなぁ。毎年迷うんだよなぁ」 そういいながら資料をめくっていると……ある依頼の報告書が出てきた。誰かが間違えて持ってきたらしい。「ヴォロスでの竜刻回収依頼の物か……。ここはちょっと良さそうだなぁ」 と、呟いた時。彼の肩をロバート・エルトダウンが肩を叩いた。「ちょっと、いいかな。ヴォロスがとか聞こえてきたんだが」「ん? ロバートさんか。ああ、この報告書のことでね」「いや、丁度ここにマルチェロ・キルシュさんから預かったプランがあるんだ。だからグラウゼさん、興味を持つんじゃないかと思ってね」 ロバートに渡されたプランは……丁度グラウゼが持っていた報告書の舞台となった場所だった。* * * * * * * * * * * * * * * ――世界図書館「よぉ! 君はどこに行くか決まったかい?」 グラウゼはにこやかな顔でロストナンバー達に声をかける。彼は何やら鞄を持っており、『とろとろ』で見かける格好であった。「俺は、エビが美味しい観光地・オマールルティガーへ行こうと思うんだ。まぁ、過去に竜刻の影響を受けた巨大エビが出たんだが、もう大丈夫だ。もう、出ないからな! ……多分」 グラウゼが先の報告書を手渡しつつ言うと更に言葉を続けた。「なんでもそこでは年明け早々エビ食べ放題のお祭りをする。エビはその地域でも長寿のシンボルらしくてな。健康と長寿を祈りつつ海老料理を食べるんだ」 その上調理をする人間も大歓迎で、毎年腕自慢が料理を振るい、みんなで楽しく過ごすのだそうな。 その他にも初市としてエビ以外の特産品が並んでいたり、温暖な気候を利用して大きな湖での初泳ぎをしたりもできるそうな。 湖の底では翡翠の原石が取れるため、初市では翡翠のアクセサリーや置物が特に注目されるし、初泳ぎで翡翠の原石を拾えると一年幸運に恵まれる、とも言われている。 エビはちょっと……という人でも初市めぐりや初泳ぎでこの街を思いっきり満喫できるだろう。「俺は勿論料理組だ。興味があるなら一緒にいかないかい?」 グラウゼはそう言ってチケットを取り出す。それを受け取るか、受け取らないかはあなた次第だ。 因みにグラウゼが『導きの書』を開くと、ヴォロスの『星の海』への旅を成功させた研究者、カルートゥスも家族とそこに来ているらしいことが記されていた。彼は海老料理を食べに来るようで、思い入れがある人は一緒に食事をとるのもいいかもしれない。「おもしろそうじゃないか、旦那」 ロストナンバー達が振り返ると、そこには派手な羽織を羽織ったツーリスト、肥前屋 巴がいた。彼女は煙管を弄びつつ頷き、「アタシも参加させておくれ。初市に行きたいね」 とグラウゼからチケットを受け取った。 巨大エビはもういないが、沢山のエビが、あなたを待っている。=============●特別ルールこの世界に対して「帰属の兆候」があらわれている人は、このパーティシナリオをもって帰属することが可能です。希望する場合はプレイングに【帰属する】と記入して下さい(【 】も必要です)。帰属するとどうなるかなどは、企画シナリオのプラン「帰属への道」を参考にして下さい。なお、状況により帰属できない場合もあります。http://tsukumogami.net/rasen/plan/plan10.html!注意!パーティシナリオでは、プレイング内容によっては描写がごくわずかになるか、ノベルに登場できない場合があります。ご参加の方はあらかじめご了承のうえ、趣旨に沿ったプレイングをお願いします。
起:新年早々燃える調理場 ――ヴォロス・オマールルティガー 湖で取れる海老をたっぷりと使った海老料理。それが食べ放題の新年の祭り。そこに訪れたロストナンバー達は、早速新春のヴォロスを楽しもうと張り切っていた。 「さて、海老のカレーにトムヤムクン、生春巻きとか作るかな。腕がなる!」 世界司書であり、『カレーとスープの店 とろとろ』の店主であるグラウゼ・シオンが楽しげにエビを捌く。彼の脳裏には、『とろとろ』のバイトでもある川原 撫子からのメールがよぎっていた。 ――新年明けましてハッピーニューイヤーですぅ、川原撫子ですぅ☆ カンダータの祝勝会の後ダッシュでそちらに移動して喉元までグラウゼさんのお料理詰め込むのを楽しみにしていたんですけどぉ、超急用が出来て行けなくなっちゃいましたぁ☆―― 彼女はカルートゥスへの挨拶とターミナルへお土産をもって帰られるならそれを分けて欲しい、という物。相変わらずのテンションにグラウゼは楽しげに微笑んでメールを返す。その端っこにある事を書き加えていると、僅かにくすっ、と笑った。 (しかし、シリアスな絵のトップに巨大カレーが鎮座するとは思わなかったな) マキシマム・トレインウォー前の出来事が画廊街の画家に書かれていたマルチェロ・キルシュはその事を思い出していた。魚座号担当となったグラウゼの所為でカレーがたくさん振舞われていたのと、例の光景を絵にしてもらおうと提案したマルチェロが原因なのであるが。 「お正月らしい一品を作ろうかな」 「それでは、わたくしはアクアパッツァをつくろうぞ!」 彼の傍らで、ジュリエッタ・凛・アヴェルリーノが腕まくり。彼女は故郷であるイタリアの定番料理をエビ主体で作ろうと考えたらしい。 一足先に材料を見ていた新月 航は新鮮な食材に瞳を輝かせた。漁師の息子である彼には用意された魚介類全てがとても良い物だと一目で解ったのだ。彼は腕がなるな、と口元を綻ばせる。 「うーん、ヴォロスといったら洋風がメインなのかな? でも日本人としてここは和食でいこう!」 内心で「漁師の息子としても」と付け加えながら材料を選んでいく傍ら、月代が印象的な橡も慣れた手つきで素材を選んでいく。 「新月殿も張り切っているようだな。よし、俺も張り切ろう」 女性が苦手な彼ではあるが、調理に専念しているためさほど気にならない。彼は航と共に調理場へ戻ると、早速グラウゼの手伝いと並行して自分の料理の下ごしらえも始める。 厨房の熱気が、彼らのテンションを上げていく。橡が見事な手つきでエビに衣をつければ、マルチェロが手際よくエビやはんぺん等をすり潰していく。かと思えばジュリエッタは慣れた手つきで魚とエビ、野菜を捌き、航はふっくらご飯の上に新鮮な数種類のエビを綺麗に盛り付けていく。 (料理上手が揃えば、料理も素晴らしいものが揃うだろう。俺も負けてられないなっ) グラウゼはにぃ、と笑うと手早くエビチリを春巻きに包んでいく。そして程よく熱した油へと投入した。 出来上がった料理は次々に運ばれていく。完成すれば食べ放題会場で待っている人々の元へ直ぐに運ばれるので料理人は作ることに専念できた。 「やれやれ、ここは熱いねぇ」 初市から戻ってきた肥前屋 巴が調理場の様子を見て呟く。彼女はくすっ、と笑うと汁物を作るマルチェロへと声をかける。 「手伝う事はあるかい?」 「それなら料理を作って欲しい。まだまだ食べ放題は続くから」 「まだ食べ足りない者も多いようだしな」 橡が食べ放題会場の様子を見て言い、肥前屋は「やれやれ」と笑いながら手を洗う。彼女は野菜とエビを選ぶと手早く下ごしらえを始めた。そして準備したのはライスペーパー。どうやら彼女は生春巻きを作るらしい。 こんな具合で調理場は熱気に溢れ、服の袖をまくったりして調理を続けていた。 承:ゆったりまったり初泳……ぎ? そんな風に厨房が盛り上がっている頃。湖の中をすーいすーいと進む影1つ。色々な姿に変身することができるアストゥルーゾは恐竜めいた姿をとって悠々と泳いでいた。 (なんとなーくなんだけど……こういう祭りは今日で最後かな~、って気がしてる、気がしてるだけだけどさ) 水中に潜りながら、少しさみしい気持ちが胸に染み渡る。それを払いのけようと、彼(敢えてそう表記する)は水面へと緩やかに浮上する。ちょうど食事会場の近くへと出ると、食事をとっていた者が思わず二度見した。 (少しはドキドキさせられるかなー?) 再び潜ってしまうと、今度はどこの辺りから浮かぼうかな、とわくわくしてしまう。 (次は誰を驚かせようかな~?) 尻尾で軽く水を飛ばせば、子供たちがきゃっきゃと声を上げる。アストゥルーゾは子供のような笑顔で再び深く潜っていった。 (あれ?) アストゥルーゾがある程度深く潜っていると、桃色の髪を揺らした女性が水底を歩いていた。不思議に思って近づくと、彼女はにこっと笑ってお辞儀をした。 (初泳ぎと申しましても……私は、浮かびませんからね) メイド姿のアンドロイド、ジューンは見た目よりもかなり重い。250キロ以上もある彼女が浮かぶ事はまずなく、波に揺られる事もなく水底を歩いていく。彼女は構造物サーチを起動させ、翡翠の原石を探していた。 (あの方は少し悩まれているようでしたし) ジューンの脳裏に、エルフっぽい世界司書の男の姿が浮かぶ。過去に店を訪れた際にみた表情から、ジューンは彼にその石を渡そう、と決めた。 (後から初市にも行きましょうか。あの子達へのお土産も買いたいですから) と、脳裏に浮かんだ双子の女の子たちを思い出し、ジューンは微笑んだ。 そして、しばらく進むとアストゥルーズが何かを見つける。ジューンがそこへ近づいてみると、幾つもの翡翠の原石が姿を表した。ジューンは涙の雫を思わせる形をした医師を拾うと、祈るようにそっと掴んだ。 暫くして、ジューンは静かに湖から上がる。そして、濡れた体のまま初市へと向かおうとして……地域の方からタオルを借りたのだった。 転:食べ放題会場も戦場だ? ~お品書き(一部)~ ・エビチリの揚げ春巻き ・エビたっぷりアクアパッツァ ・海老真薯のお吸い物 揚げ餅のクルトン風添え ・海老たっぷり海鮮丼(前半は甘辛なタレで、後半はだし汁でどうぞ) ・海老のお味噌汁 ・和風海老フライ(衣に仕込んだゴマと生姜の風味をたんのうして下さい) ・海老と蕪のあんかけ ・エビの生春巻き この他にも定番とも言えるエビチリやエビマヨ、海老天丼にフリッター、焼売に餃子、トムヤムクン……と色とりどりな料理が並ぶ。現地の料理人と旅人達によって作られた料理の数々に、食べ放題の参加者たちは瞳を輝かせた。 賑やかな食事会場では、たくさんのエビ料理に囲まれて参加者も満面の笑みを浮かべていた。その中でも、ルンはとても機嫌が良かった。彼女は仁科 あかりやバルブロ、カルム・ライズン、ユーウォンと共に次々と料理を食べている。 「食べる! それは得意!」と意気込んでいたルンは運ばれてくる料理を次々に豪快に食べる。その食べっぷりは好評で、料理人たちから喝采を浴びるほどだ。 「実に清々しい食べっぷりっすねー! って手掴みは待って!」 感心していたあかりが、ルンの食べ方に気づいて突っ込むとルンが「だめか?」と首を傾げる。 「とりあえず、こいつを使っておけ」 とバルブロがスプーンを手渡す。そんな彼もまたスタイリッシュに前菜から食事のマナーを守りつつ食べ尽くす。その姿勢もまた料理人には好評だった。茶色い1本の三つ編みが揺れる度に料理が無くなり、これにもあかりは感心する。 そうしながら彼女が食べていたのは友達である橡が作った和風エビフライ。それに瞳を輝かせる。 「これ、バーミヤン(注:橡の事)のお手製? 包丁侍ってロックでいいじゃん!!」 歓声を上げるあかりの声が聞こえたかはさて置き、厨房でグラウゼを手伝っていた橡がくしゃみをしたのはここだけの話である。 「どれもこれも美味しいね。次にどれを食べるか目移りしちゃう」 カルムが尻尾を揺らして楽しげに言えば、傍らのユーウォンが「そうだねー」と相槌を打つ。お祭りや初泳ぎもいいな~、と迷っていた彼だったが、ある人物との再会ができると聞いてこちらにやって来た。 「ん~、色々あって楽しいね。ね、じーちゃん!」 「そうじゃのぅ。長生きはするもんじゃわい。な、ユーウォン殿」 ユーウォンの言葉に、小柄な老人が楽しげに答える。デイドリムの竜刻研究者、カルートゥスは沢山並んだエビ料理に幸せそうに笑う。傍らでは息子夫婦も頷いていた。 「ああ、見つけた! カルートゥスさん、あけましておめでとうございます」 調理場から駆けつけたのは、共に星の海を旅した航だ。彼は家族と共に食べ放題を楽しむカルートゥスを見、嬉しそうに顔をほころばせた。 「カルートゥスさんも元気そうでよかった!」 同じく共に旅をしたカルムは老博士と再会してから、近況を話したり聞いたりして嬉しくなっていた。そうしながらも自分の養父とどこか重ねて見ている自分に気づく。 カルートゥスは楽しげに笑いながらのんびりと様々な海老料理に舌づつみを打ち、見事な食べっぷりを見せるルンやバルブロに拍手を送る。そんな中、ふとルンと目があった。 「カルートゥス、食細い? 大丈夫か?」 その声で全員がカルートゥスの方を見たが、老博士は彼女に対し、孫を窘めるような声色でこう言った。 「ルンちゃんや。儂は元々ゆっくり食事をするんじゃよ。食が細い訳ではないぞ?」 「そうか! なら大丈夫か!」 それで納得したのか、ルンは再びもりもりと大皿に盛られたエビマヨを食べ始めるのだった。 航だけではなく、調理組メンバーも次々と食べ放題へやってくる。グラウゼとマルチェロの姿を見かけたルンは食べていた料理の皿から顔を上げた。 「グラウゼ、ロキ! お前たち、食べないのか?」 「いいや、これからだよ」 マルチェロが苦笑しつつ答えているそばでは、ジュリエッタとグラウゼがカルートゥスのもとに来ていた。ジュリエッタはとある旅で老博士から聞いた国へ言ったときの事を話すため、グラウゼは撫子からの伝言を伝えるためである。 「息災でよかったのじゃ、カルートゥス殿。先日聞いていた大樹の国に行ってきた時の事をぜひ話したいと思っていたのじゃ」 「それは嬉しいのう! ジュリエッタちゃん、ぜひ聞かせてくれぬか?」 ジュリエッタは老博士に大樹の国で体験した事を楽しげに語る。そして、見つけた琥珀をペンダントに加工した、と首から下げたそれを見せてお守りにしている事を告げた。 グラウゼが撫子からの伝言を伝えると、カルートゥスはしみじみとした顔になり、ありがとう、と頭を下げる。そしてグラウゼのノートを使って早速返事をしたためるのであった。 その後では料理の名前を聞いたものの、覚えきれなかったルンは開き直って食事を続ける。そして好奇心旺盛なユーウォンは調理組へと色々と質問をし、実に賑わっていた。 (しかし、食べても食べてもどんどん出てくる。料理人たちは交代しているとはいえ、これは心を込めて食さねば!) バルブロの目がキラーン、と光り、ジュリエッタお手製のアクアパッツァへと伸びる。丁度彼女がユーウォンへその魅力を語っていた所だった。 「へぇ、これはアクアパッツァって言うんだねー! これがえびで、こっちトマト?」 「よく解ったの! 我が愛しきトマトとハーブやオイル、この地の海老を加えればまだ絶品なのじゃ!」 「すっごく美味しそう!」 興味を示したカルムの言葉にユーウォンが頷く。航お手製の海鮮丼とマルチェロ特製海老真薯のお吸い物を食べ終えたあかりと橡も興味を示し、カルートゥスが「儂にももらえぬか」と皿を出す。希望者の分をジュリエッタが笑顔で取り分けた後、バルブロは伸びる数多の手をかいくぐり、スマート且つちょい多めに自分の皿へ盛り付けた。 「なんかすっげースタイリッシュ!?」 「おお、バルブロ殿が輝いて見え候……」 思わず声を上げるあかりと橡に、バルブロは「ふっ……」と凛々しい笑顔で答える。そして洗練されたテーブルマナーで消えていくアクアパッツァ。 「無駄にスタイリッシュだな、本当に」 マルチェロもまた目を奪われ、食べかけていた生春巻きを落としそうになったものの、そこはキャッチしてセーフだった。 「美味しい物だからこそ、感謝し食べる。それがマナーだろう?」 アクアパッツァを食べ終え、エビチリ春巻をこれまた洗練された動きで確保しつつ答えるバルブロ。彼は出された料理を大いに食べ尽くし、それでもまだ胃袋には余裕があるようだった。そんな姿に感心しつつ、航は海老と蕪のあんかけを食べながらしみじみと、 「ここで英気を養って、頑張るか」 と言って笑顔で笑うとあかりがうんうん、と頷いてサムズアップした。その笑顔にくすぐったくなって、航もまたサムズアップを返すのだった。 「そろそろ交代の時間だろうか?」 「そうだね。行こう」 橡の言葉に、航が頷き、調理組は再び調理場へと戻る。そして再び洗浄で腕を震えば、食べ放題会場のユーウォンたちは其々のペースで楽しく食事を続けたのだった。その途中、水の音がし、「何か泳いでた!」とか「怪物?」という声もした。その正体がなにか知っているモノはおらず、アストゥルーゾは驚かすことができてちょっと楽しかった。 ちなみに「あの生き物を調べるぞー!!」とテンションが上がったカルートゥスを、航とカルム、ユーウォン、ジュリエッタ、ルンで止めたのだった。 食べ放題が終わりに近づいた頃。ネッシーごっこを楽しんでいたアストゥルーゾもまた湖から上がっていた。アストゥルーゾは、初泳ぎ参加者に差し出されたエビのスープを口にし、ほっこりとした笑顔になる。 「ん?」 調理場の出入り口付近でお茶を飲んでいたグラウゼに、ジューンは水底で拾った翡翠の原石を手渡した。そして、静かに微笑む。 「ここにある幸運の総量が決まっているとしたら、愛しい子供たちの為とはいえ、私が独り占めして良い物ではないと考えました。よかったら受け取って頂けませんか?」 「え? いいのか?」 驚いて問いかけるグラウゼに、ジューンは微笑んで頷く。そしてそっとグラウゼの手に握らせる。 「翡翠の石言葉は『安定・平穏・慈悲・知恵・忍耐力』。それに初泳ぎの幸運まで加われば御守石に最適かと思いまして」 悩み事は解決しましたか、とジューンに言われ、グラウゼは僅かに苦笑する。彼は礼を述べると大事そうに翡翠の原石を握り締めた。 結:水面に響く感情 『嫌われる為に、わざと傷つける』なんてしていいものか、解らない。 でも、嫌な人がいなくなれば、きっとみんな喜ぶでしょう? 食べ放題が終わり、調理をしていた者達が後始末をしていた頃。吉備 サクラはグラウゼを呼び出していた。 「久しぶりだな、サクラさん」 グラウゼが穏やかに言えば、サクラは静かに一礼する。 「今までバイトずっと休んですみません。このままバイト辞めさせて下さい。竜星のポチ夫さんの所に行く準備をするんです」 そう、サクラは言うがグラウゼは少し考えてから口を開く。 「竜星での件が終わってからでもいい。戻ってきてくれると助かる。撫子さんと君のお給料も上げようと思ってたんだ」 「それは嬉しいですけど、もう決めたことですから」 サクラが苦笑しつつ、どこか虚ろな目でグラウゼを見る。それ以上言いたくなかった。生きる価値がとっくにない。自分がそう思っていることに気づいて欲しくなかった。だから、心の中で何度も謝って……。 ――パンッ サクラは頬を平手で打たれていた。グラウゼが怒りに燃えた瞳で見つめる。 「何時まで、自分の中に閉じ篭ってるつもりだ」 「え?」 「君が死にたがっている事は気づいていた。でも、言えなかった。その事を俺はずっと後悔していた」 グラウゼはサクラの肩に手を置き、言葉を続ける。 「自分に価値が無いから死ぬ? 結局自分の事しか考えてないじゃないか! 君は、君を大切に思う仲間の心を踏みにじってそのまま死ぬつもりだったのか? 馬鹿を言うな! 女房死なせてのうのうと生きてる俺の方が価値の無い存在だろ! でも生きてる! 俺を必要としてくれている人がいる事に気づかされたからだ!」 「それとこれとは」 サクラが口を挟もうとするも、グラウゼは言葉をやめない。いつの間にか、彼は泣いていた。泣きながらサクラを抱きしめていた。 「死にたいとか、価値がない、とか言うなよ。撫子さんも君も、俺にとってもう娘同然なんだよ……頼む、生きてくれよ……」 ――娘の幸せを願わない親なんていないんだ!! グラウゼの叫びにサクラはただただ困惑するばかりだった。 祭りの余韻に浸りながら、ロストナンバー達は停留所へ向かう。 その最後を、世界司書とコンダクターの乙女がゆっくりと歩いていく。 その繋がれた手に宿る思いが何か。知っているのは、乙女だけだった。 (終)
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