ファンシーな装飾の施された自動ドアを通り抜ける。 横に長い机がいくつも並び、その上で色とりどりの実験器具が並べられていた。熱されたビーカーからは桃色の湯気が立ち上り、栓のされた試験管の中には銀色の小さな魚が泳いでいる。 机は多いがイスがほとんどないのがこの部屋の特徴だ。移動の邪魔になるからと部屋の主が片付けてしまったのだ。今では休憩用の一脚が引っくり返されて隅に置かれているだけである。「いつきても……にぎやか」 デューツェはひとりでそう言い、ひとりで納得して頷く。 ふと目的を思い出して部屋の中を見回した。「シギー、シギー、どこ?」 デューツェの呼び掛けに答えかけた声と、それを掻き消すゴンッという音。机のひとつが振動しフラスコが揺れる。 頭のてっぺんを押さえながら机の下から出てきたのは年若い男だった。長い白髪をヘアピンで何ヶ所も留めているが、その合間合間でぴんぴんとハネている。まるで髪が隙あらばハネようとしているかのようだった。 綺麗にアイロンがかけられた白衣を着ているが、そこかしこが薬品で汚れていた。「やっだぁ、たんこぶなってない?」「ん……なってない」 涙目の男――シギー・バルツマンはデューツェの答えを聞き、唸りながらも安堵した顔をする。「さっき新しい実験を思いついたのよ、それが吹っ飛んだら号泣ものだわ」「なんでこんなところに潜ってたの?」「これよ、これ」 ネイルの施された爪に摘まれたネズミがじたばたともがいている。デューツェは思わず一歩引いた。「これから実験って時に逃げちゃってねー。あら、そういえば何か用? メンテナンス?」「ううん、せんちょ、シギーにおつかいたのみたいって」「何かしら……あっ」 そういえばそろそろそんな段階か、とシギーは合点のいった顔をする。「やーねぇ、マホロバって大気汚染も進んでるんでしょ? 都心はともかく。なるべく出て行きたくないんだけれど……」「せんちょ、シギーならできるって」「え? ……え~、んふふ~、それならちょっと頑張っちゃおうかしらぁ」 恋する乙女の顔でシギーは頬に手をあてる。 その拍子に指から逃れたネズミが袖に入り、ひと騒動あったという。●「先日蜂型の爆弾キメラに接触してもらったが、どうやら裏があったらしい」 世界司書ツギメ・シュタインは依頼遂行の際ロストナンバーが収集した情報を纏め、元々気になっていた点と合わせて調査した。 そしてわかったのがマホロバにおける宇宙から来た何者かが、何らかの目的のためにあれらを放ったということ。そして爆破による破壊が主目的ではないということだった。「破壊だけならばもっと効率の良い方法がある。あれは人為的にパニックを起こしたかったんだろう」 宇宙から来た者はマホロバの者にとって未知だが、それは逆も然り。 ここで何かを成すためにマホロバに住む知的生命体の反応を調べているのだろう、というのがツギメの見解だった。「未だ主目的はわからないが、今度はマホロバの北部……ここだ、イグアという。ここで人狩りが行なわれるという予言が出た」「人狩り?」「読んで字の如く、だな。白衣の人間らしき影も見えた。襲われた者は全て生け捕りだったように思う。つまり……」 宇宙人による人間の捕獲だ。 反応を見た後は直接捕らえ、調べるということなのだろうか。「マホロバ政府に相談したのち、正式に要請もきた。皆には人狩りを阻止してもらいたい」
政府の用意した専用車に乗り、北の都イグアの広場に着くとすでにそこには混乱が広がっていた。 逃げ惑う人々の向こうに見慣れない強化スーツを着込んだ集団が見えた。そのすぐ後ろにあるのは小型の飛行艇だろうか、宇宙船にも見える。 蜂型キメラの時は姿を隠していたが、今回は目的が違うのか驚くほど堂々と、そして派手に行動しているようだった。 派手に動けばそれだけ妨害も加えられる。しかしそれを退けられる自信があるのか、兵たちの動きに迷いはなかった。 「う、うわぁ!」 騒ぎに駆けつけた警備員が強化兵の放った捕獲ネットに絡め取られる。 そのまま引き摺られていく彼を助けんとジューンが飛び出し、ネットを切断した。まだ残っているネットに足を絡ませばたついている警備員を抱え、ジューンは後ろへと距離を取った。 予想していなかった強力な妨害。 それにすぐさま気が付いたのは、噴水に腰掛けて指示を飛ばしていたシギー・バルツマンだった。 「あらっ、もしかして貴方たちが前に邪魔してくれたっていう人たち?」 データと比較すると、その時の面子とは少し違っているようだが――やろうとしていることは、あの時と同じことだろう、とシギーは見当をつける。 広場にガガガッというノイズ音が走った。 蜘蛛の魔女が拡声器片手に不敵な笑みを浮かべる。 「え~、コンコン。私らはセイフコーニンとやらの……え~と、とりあえず正義の味方っぽいチョーノーリョク集団よ。あんたらは完全に包囲されている。全員まとめて皆殺しにしてやるから、無駄な抵抗はやめて大人しくしなさ~い」 「超能力集団?」 怪訝な顔をするシギーに向かって、ゼロが一歩踏み出す。 「こんにちはなのです。ゼロはゼロなのですー」 距離はまだあるが声はよく通っていた。 「こんにちは可愛らしいお嬢さん、あたしは……あ、名乗っていいのかしら。まあ別にいいわよね。シギー・バルツマンよ」 「ご丁寧にどうもありがとうなのです」 「で、貴方たちあたしの邪魔をしに来たのよね、なのにこうして話しかけているってことは交渉か説得でもするつもり?」 シギーが予測から導き出した答えにゼロは頷く。 「ゼロ達はみなさんの人間狩りを止める為にやって来たのです。けれどその前に、何のために人間を狩るのか教えていただきたいのです」 「それを聞いてどうするの?」 「皆さんの抱える問題を教えていただければ、誰かを傷つけることのない穏健な問題解決手段が見つかるかもしれないのです」 ゼロの真摯な目を見つめながら、シギーは頬杖をついたまま指で頬をとんとんと叩いた。 「残念だけれどあたしたちの目的を穏便にこなせるとは思えないのよねぇ。それに……」 言いかけた口を閉じる。 「ううん、無駄口が多いのがあたしの欠点だわ。ほら皆、早くノルマ達成しちゃいなさい!」 女性を羽交い絞めにした強化兵が船に乗り込み、そのまま上昇する。ルンが射落とそうと弓をつがえたが、ここで落とせば捕まった人間たちがどうなるかわからない。 そう一瞬迷っている間に船の姿はあっという間に見えなくなった。 「ぬぅ、ここの空気、綺麗なら追えるのに……」 イグアに着いてから鼻への刺激が強い。匂いを頼りに追うのは難しそうだ。 歯痒げにルンは言い、狙いを別の強化兵に移した。 「提案、受けないなら……攫う前に、壊す!」 20メートル近く跳び上がったルンは見える範囲で強化兵に捕まりかけている一般人を確認し、次々と矢を放った。矢はネットを引き裂き、強化兵の腕の向きを変え、一般人が逃げる手助けをする。 ゼロはもう一度シギーを見た。 「もしも皆さんが力づくで目的を達成することができたとしても、無傷でそれが可能とは思えないのです。それは、今の状況を見ればわかると思うのです」 「まだ交渉しようだなんて努力家ねぇ。それじゃあ訊くわ、交渉には対価が必要よ、こちらが目標達成を破棄するのに見合ったものを持ってるの?」 「ゼロたちマホロバ人と皆さんは互いに互いの知らない事を知っているのですから、マホロバ政府と対話の場を持ちそこでもっと穏健な手段がないか知恵を出し合ってみてはいかがでしょうなのです」 「話し合い……話し合いねぇ、あの人がそれを受ける気がしないのだけれど……」 「政府と対話を望むなら、すぐにでも取り持つのですー」 ゼロはもう一歩前へと出る。 しかしそれを制するようにシギーは片手を一回振った。 「残念だけれどあたしたちには貴方たちにそれを実現する権利や力があるのか判断つかないの。そして証明出来るものを貴方たちは持ってないみたいね」 一旦退き、時間を取れば証明出来ることなのかもしれない。 実現を以って証明するという手もある。 しかしシギーたちは今、ここから退くことが出来ないのだ。もし退いて交渉の対価に偽りがあったとしても、この時間には戻れない。再度同じ目標を達成しようとしても、今度は警備が厳重になっているだろう。マイナスばかりだ。 そんなリスクをおかせるほどゼロたちの提案を信頼することは出来ない、とシギーは言った。 「でも問答無用で止めようとしなかったことに好感持ってるのよ、あたし」 だから一つだけ教えてあげる、と笑みを浮かべる。 「あたしたちはね『この星』が欲しいの。船長が欲しいって言ったから……そして、あたしも船長にあげたいと思ったから。単純な理由でしょ?」 ● ジューンは戦場に不釣合いなメイド服をなびかせて駆ける。 「本件を特記事項β5-11、テロリストからの人員保護に該当すると認定。リミッターオフ、テロリストに対する殺傷コード解除、事件解決優先コードA7、保安部提出記録収集開始」 生体サーチと構造物サーチを用いて強化兵の生体、サイボーグを判別してゆく。 サイボーグは多かれ少なかれ体のどこかが機械と融合している。度合いが小さい者は判別しづらいが、ここに居るのは戦場での行動を目的にした者たちだ。自然と機械部分は多くなる。 ジューンは生身の強化兵の足を払い、無造作に足首を掴むとそのまま回し始めた。 周囲の強化兵を薙ぎ倒し、最後に掴んでいた手を離して放り投げる。 強化兵はそれでも立ち上がってきた。なるほど、装甲強化は伊達ではないらしい。 それにしても中が生身だというのに衝撃に対して脳が丈夫すぎる。あの遠心力に酔った様子もない。任務に集中出来るよう薬物でも使っているのだろうか。 前に立った蜘蛛の魔女はサディスティックな笑みを浮かべて強化兵たちを見る。 その目は対等な人間を見る目ではない。 “獲物”を見る獰猛な目だ。 「狩りは何故楽しいと思う? 獲物を狩るからさ。誰だって狩られる側にはなりたくないからね~。キキキ!」 追い詰めて狩る、一瞬で狩る、どちらも蜘蛛の魔女にとっては楽しくて仕方ない。 その時完全に自分は狩る側に立っているからだ。 強化兵2人が蜘蛛の魔女へと突進するように近づき、ネットを射出しようと構える。蜘蛛の魔女の動きは迅速だった。左の強化兵の死角をするりと抜け、そのついでに蜘蛛の糸を足首に引っ掛けていく。 強化兵はさすがに固そうだ。先ほど怪力を誇る脚で叩きつけてみたが、ダメージ吸収とバランス維持力が半端なかった。宇宙空間でも戦闘出来るように出来ているのではないか、と蜘蛛の魔女は分析する。 「それなら無理やり転ばせてあげるまで……よっ!」 引っ掛けた糸を思い切り引っ張る。一瞬宙に浮いた強化兵は地面に叩きつけられた。 破壊は困難。ならそれなりの戦い方というものがある。 もう一人の強化兵が跳び上がって奇襲しようとしたところをルンが射落とした。 「関節部、狙ったけど……なんだお前たち、固いな!」 ルンの狙う場所は野生動物を狩る際によく狙う場所だ。特に関節は相手の動きを封じるのに適している。 「うふふ、思いつく弱点は克服出来るだけ克服してるわよ?」 適していると思うのは敵も同じ。対策は施してある、と考えるのが妥当だった。 どこか得意げに笑うシギーをルンは睨み付ける。 「お前何だ! 何をするために人間を攫う。話せ! 話さないなら、話せなくするぞ!?」 「そこは話すまで拷問とかじゃないの?」 ルンはきょとんとしているシギーに向かって矢を放った。連射されたそれは的確に膝を狙っている。 しかしまだ距離がある。間に割って入った強化兵により阻まれてしまった。 距離を詰めようにも強化兵は人間の捕縛を続けながら、こちらの嫌な位置に割り込んでくる。 「お前っ……卑怯だぞ!」 「あたし一応指揮官なの、任務遂行をしつつ指揮官を守らせるのは必然じゃない。打たれ弱いけど攻撃を避けれるだけの技術は持ってるつもりよ、でも守らせる余力があるならそうするわ。あなたは違うの?」 「ルンは正々堂々戦う。そんな真似しない!」 唸る矢が空気をつんざいてゆく。守りに割り込んだ強化兵の表面、カーブ部分を利用して矢の軌道が逸れた。跳弾するかのように飛び続ける矢はルンの狙い通りシギーへと襲い掛かる。 寸でのところでそれを避けたシギーは手を叩く。やるじゃない、と言うかのようなその態度にルンが吼えた。 じゅっ、と足先にかかった液体が一瞬で乾いて足を固定する。 「液体窒素……いえ、違いますね。捕縛に特化したオリジナルの液体ですか?」 強化兵は答えない。ジューンは地面に張り付いた靴を脱ぎ、再度飛んできた液体を手近なもの――別の強化兵で受け止めた。 そのまま盾にするように前へと突き出して走る。目指すはシギー。 彼はこの戦場の指揮官だ。言葉にはしていないが強化兵らに何かしらの手段で指示を与えているのは周りの動きを見ていればわかる。 今ならルンを前にしてシギーの気が逸れている。 ジューンは後ろ手にペイント弾を持ち、狙いをつけるために盾にしていた強化兵をその場に落とすと、シギーの斜め後ろからペイント弾を投げつけた。その速度は剛速球に近い。 シギーにペイント弾が命中した瞬間、捕縛用液体がジューンのスカートにかかった。 硬化し重みの増したスカートを蹴り砕き、残った部分を結ぶ。 「キキキ、糸を貸してあげましょうか?」 蜘蛛の魔女が液体を放った強化兵に飛び掛り、糸でぐるぐる巻きにする。油断している者を狙った者もまた油断していたということだ。 「いえ、今は戦闘を続行します。後でゆっくりと修復しましょう」 「真面目ね~、まあその意見には同意よ」 隣に降り立った蜘蛛の魔女はわざと無邪気に小首を傾げ、ジューンに提案した。 「ねえ、ここはあいつらに恐怖を与えて戦意から削りにかからない?」 「圧倒し心を折るということですか?」 「そう。まあ大分中身も人離れしてるみたいだけれど、案外効く奴も居るんじゃない? 皆が皆同じ性能とは思えないわ」 相手の技術力を考えると、中身の性能を均等にすることは可能かもしれない。 しかしここまで見てきた限り、強化兵の動きにはピンからキリまであるようだった。 「野生動物は何から狙う?」 「――群れの中で弱い者から」 ならわかるわよね、と蜘蛛の魔女は牙を見せた。 ● ゼロはシギーらが豊かな星を手に入れたいのだと思っていた。ギアの制限が働くかもしれないが、必要ならば自分の手で新たな星を作り出そうとも考えていたくらいだ。 「でも違っていたのです……」 シギーらが欲しいのは「この星」だ。 しかし何故ここにこだわるのだろうか。この星に固執する理由がわからないが、理由が「ある」というのはわかる。彼らは何も考えなしに突っ込んできている訳ではない。 シギーに問いかけてもその理由の内容まではわからないだろう。彼はお喋りだが尊敬する船長が確実に不利になることは言いそうにない。 (それに気になるのです。彼は指揮官だけれど、わざわざ姿をゼロたちの前に晒さなくても指示は出せるようなのです。なのに何故……) 余裕のアピールか、はたまた別の理由か。 わからない事が多い。しかしこれは聞いてみてもいいとゼロは思った。 「やーん、もう。この変な色取れないし痛ぁい! ……あら?」 広場が翳った。 巨大化したゼロが広場を覆えるくらい大きな手の平でシギーらの居る辺りをドーム状に囲う。目を瞬かせてシギーは真っ暗な天を見上げた。 「驚いた、こんな宇宙人見たことないわ」 「どこにも行けなければ狩りもできないのですー」 「んふ、それはどうかしら。手の構造からして――」 ドーム状に覆っても、どうしても指と指の隙間か手首側に隙間が開く。 普段なら気にならないその隙間も、これだけ巨大化すれば洞窟の入り口くらいはある。シギーは飛行艇に乗り込むと光を目指して高速で飛び出した。 「そろそろ帰らせてもらうわ、また会ったら宜しくね!」 ジューンとルンが同時にライフル弾と矢を放ったが、飛行艇はそれよりも速く空へと消えていった。 それと同時に強化兵らも撤退を始める。その一体を蜘蛛の魔女が真後ろから羽交い絞めにした。耳があるであろう部分に口を寄せ、舐めるように囁く。 「私の名前は蜘蛛の魔女。そう、魔女さ。人間の血肉を喰らい、恐怖を支配し、魂すらも屈服させる、残忍で残酷な魔女さ」 子蜘蛛がわらわらと出てきて強化兵の視界を覆う。 「あんたはもう逃げられない。帰れない。帰さない。無駄な抵抗はお止し」 強化兵はギシッと四肢を軋ませる。それでも蜘蛛の魔女の力は緩まない。 破壊は難しくとも、相手からの奇襲がないとわかっていれば攻撃を捨て全力で捕縛にかかることが出来る。 糸で体を巻かれ始めても強化兵は抵抗を――段々と弱くなっていた抵抗を続けていたが、目前に現れたジューンによりそれも刈り取られた。 「サイボーグなら機械部位を破壊してもしばらく延命可能でしょう」 ライフルを至近距離から打ち続ける。ダメージは低いが凄まじい音が響き渡る。 「貴方はどちらですか?」 無論、本当はわかっている。 この強化兵の中身は生身の人間だ。 「それにしても効率的ではありませんね……自衛手段が取られていないサイボーグなら破壊後のデータサルベージは可能です。壊しても宜しいですか?」 体の自由を奪われた上、そう脅され、強化兵はついに抵抗を諦めたのだった。 「逃げられてしまったのです……。彼らは人を捕らえる者。だから逃げる術にも精通していたのです」 ゼロは広場を見る。 シギーは逃げたが捕らえた強化兵は4人、戦闘不能になるまで破壊されたサイボーグの強化兵は10人に亘る。どれくらい情報を持っているかわからないが、搾り取れるだけ搾り取るしかない。 「連れて行かれた奴、どれくらいだ?」 ルンの弓を握る手に力がこもる。睨むような目はシギーに向けた時から変わっていない。 「まだ調査中ですが、最低でも最初に連れ去られた女性は確実でしょう。女性が捕まった段階で船内に4人の生命反応を感知しましたので、そちらも恐らく」 「……絶対助ける」 「ええ、頑張りましょう」 ゼロがジューンを見上げた。 「ゼロは気になったのです。なぜシギーさんは隠れずに外へ出ていたのか」 その疑問を受けてジューンも思考する。 「隠れず、自分の足でここに立つ必要があったということでしょうか。それに、これはただの勘なのですが……」 ジューンはシギーらの姿を思い出しつつ口を開いた。 「それは戦闘に関係していないような気がします」 「別の理由、目的でわざわざ外に出ていたということなのです?」 「ええ。元々それを行なう事は今でなくとも可能だった、しかしこの任務でついでに行なえる事だったから同時進行した……というように感じました。戦闘に関しては自信というか、余裕があったようなので」 「キキキキ、ほんとあいつらは何考えてるんだろうね。殺さないでおいて生け捕りにするなんて。それともアレかな? 捕まえてから殺すのかな?」 想像した蜘蛛の魔女が機嫌よく笑う。わざわざ捕まえてから相手に希望を持たせ、殺すなんて愉快じゃないか、と。 「それも気になるのです、けれど……人間を生け捕りにした宇宙人がすることは、いつも禄でもないことなのです」 解剖か、人体実験か、それとも――。 捕まった人間が幸せになれることではないだろう。 ルンは空を睨み付ける。そこにまだシギーが居るかのように。強い眼差しは次に向けた殺意を孕んでいた。 ● 「全然足りないわね。どうにかしてみせるけれど……ああ……」 船長に喜んでもらえなかったらどうしよう、とシギーは嘆いて眉間を押さえる。 「ほんと、外部のものと触れ合うって大切なことだったのね。理由がなけりゃ出てくつもりはなかったけれど、まさかあんな子たちが居るだなんて」 解析はきちんとしなくてはならない。この体で得たものも含めて、だ。 愛しの船長は本能で動く。シギーは元々規律や理性で縛られ雁字搦めになった星に生まれて育ってきた。そんな彼の目に船長はとても輝いて映ったのだ。 船長――『彼女』のために何かしてあげたい。 いつもと変わらぬ思いを胸に、シギーは一度だけ下を見た。 広場はもう見えない。 けれど感じる彼らの存在に―― 「次はあたしの大舞台なの。邪魔はさせないわ」 小さく宣言した。
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