ある場所に向かって飛ぶ。みんなと飛んでいく。 目的地はすでに頭の中にあり、行く先がはっきりとしているので薄い我が翅に迷いはない。 そこへ行けば「自由」になれるとみんな知っていた。 この、自分の中で燻る火種を惜しみなく解放出来るのだ。「至急マホロバに向かってほしい」 世界司書ツギメ・シュタインが急いた様子でそう言った。仕事内容を説明する時の彼女にしては珍しい。「現在、マホロバの政府とは同盟を結んでいる。あちらでは表向き政府お抱えの超能力集団として動けるはずだ。地球外生物対策委員会の管理下ではあるが」 先日、その委員会から最近宇宙人絡みの危険な事件が増えてきたため調査してほしいとの依頼があったのだという。 その調査に取り掛かった矢先、ツギメの元にある予言が降りてきた。「本日16時、マホロバのとある街に蜂が放たれる。もちろんただの蜂ではない。蜂の姿をした生きた爆弾だ」 誰が何のために作り出したのかは分からないが、情報から察するに宇宙人が作った攻撃的なキメラの一種らしい。 蜂の総数は100。それぞれ1匹につき周囲5メートルは吹き飛ばせる威力を有している。 それが街の各所に散り、甚大な被害をもたらすというのだ。「だが放たれた直後のみ、奴らは散らずに一塊となって初めの目的地を目指している」 とあるマンションの公園だ。 そこへ到達し、数匹爆発したのを皮切りに街中へ飛び立つ様子が今も記憶に焼きついている。「その場で初めの蜂が爆発する前に、お前達が対処してくれ。蜂が放たれ公園に到着するまで約2分。……その約2分で決着をつけてほしい」 これを逃せば全ての蜂を一網打尽に出来るチャンスはなくなってしまう。そうなれば苦しむのはそこに住む人々だ。「現在14時。現地で何か仕掛けるには心許ない時間だが、細工をするならしてもらっても良い。ただし……周辺には避難勧告済みだが、そのまま残っている一般人や迷い込む者も居るかもしれない。その辺りへの配慮も頼む」 そう言い、ツギメは目的地への地図とチケットを差し出した。
数刻前。 黒く艶やかな杖をつき、分厚いスクエア眼鏡をかけた初老の男性が足元を見る。床はそこに何もないかのように透け、上空100mからの光景を映し出していた。 男の目には日の光を金色の体に反射させ、一匹もはぐれることなく飛び行く蜂たちが見えている。 先ほどその蜂たちが入ったカプセルを地上に投下させた。カプセルはこの今居る小型船と同じステルス機能を有しており、蜂を放った後は急速に風化し塵も残さず消えるだろう。 「どかーんってするの?」 龍のぬいぐるみを両腕で抱いた少女が首を傾げる。腰まで伸びた黒髪がさらりと揺らめくのに目をやりながら男は若干表情を和らげる。 「ああ。だが破壊だけが目的ではないんだよ、デューツェ」 「?」 「対応を調べるんだ」 船長の目的は男の目的ではなかったが、こうして未開拓の地でデータを取るのは嫌いではなかった。 さて、この星の住民は危機に対してどんな対応をし、そしてどんな反応を示すのだろうか。 ● 駅からタイヤの無いワゴン車で移動し、目的地へと向かう。 夏のマホロバは暑く湿度が高かった。汚染地区だと更に酷い状態なのだと運転手は話す。 冷房の効いた車内から出てすぐ熱気が5人を取り巻いたが、ユーウォンはそれに嫌な顔ひとつせずはしゃいでいた。 「わーい、初めての世界だ!」 「あら、ここへ来るのは初めて?」 「うん! ……だけど壱番世界と似すぎてて、ちょっとつまんないなぁ」 蜘蛛の魔女の言葉にこくんと頷いた後、ユーウォンは辺りを見た。 立ち並ぶビル、舗装された道に点々と見えるマンホール、店の看板や公園。どれもこれも壱番世界を連想させる。 「あっ、でもここのニンゲンから見たらおれは「宇宙人」なんだ?」 そこは壱番世界と違っていた。 壱番世界にもユーウォンを見て人外と認識する者は居るだろうが、マホロバの人間は実在する宇宙人と誤認するのだ。 「これは面白いかも」 「実際には異星人どころか異世界人なのにね? ……ほら、着いたわ。準備を始めましょ!」 蜘蛛の魔女は両手と蜘蛛の脚を広げて伸ばした。 ジャック・ハートは到着してすぐさまふわりと浮き上がり、30分間だけという制限を付けて周囲の生命体捜索を始める。 精神感応を最大限に活かして探り、人間を見つけ次第アポートで引き寄せる。 「なっ、な、なんだ!?」 家で寝ていたらしい男性は両足をばたつかせる。お構いなしに自分の近くに浮かせて確保すると、今度は怒鳴りつけてきた。 「お前の仕業か! 宇宙人風情が一般市民に手を出したらどうなるかわかってんだろうな!?」 「こちとら政府のモンだ、それに宇宙人じゃねぇヨ」 ジャックの切り替えしに男性は面食らった顔をした。 現在世界図書館のロストナンバーがマホロバで活動する際、その立場は政府の宇宙人対策委員会に所属している政府お抱えの超能力集団となっている。つまり嘘は言っていない。 ロストナンバーは高確率で宇宙人と誤認されやすい。この男性のように反宇宙人派の人間と対峙した際、仕事をスムーズに進められないことも多いだろう。そんな時に活きる立場だった。 とはいえ信じようが信じまいが、こういう人種は他人を混乱させる。今は一秒も無駄にしたくない。 ジャックは威力を絞った電撃で男性の意識を奪い、次の逃げ遅れをアポートで引き寄せた。 その様子をビル間から見ながら蜘蛛の魔女は白い糸を次から次へと生み出す。 「キキキ! 私の自慢の蜘蛛糸は、その気になればジェット機でさえも捕縛できるんだから」 蜘蛛の魔女は蜘蛛だ。 蜘蛛の巣は獲物を捕らえる。どれだけもがこうと逃がさない。 そう、蜂を止めるのは蜘蛛の役目なのである。 「さあ、あんたたちも手伝いなさい!」 わらわらと小蜘蛛を呼び出し、自らの張った巣の隙間を小さな蜘蛛の巣で補強させていく。 公園周辺の路地裏という路地裏にそれを施し、広い道にもまるでネットのように張り巡らせた。 「くんくん。匂いする。生き物?」 ルンも避難し遅れている住民を見つけるため、慣れないマホロバの地を駆けていた。 屋上を伝って移動し、マンションのベランダに降り立つ。 中には小さな女の子がひとり。 どうやら引き戸に鍵はかかっていないらしい。がらりと開けて中に入ると女の子は怯えた様子で逃げようとした。 「お前、何? 今からここ、蜂が来る。なぜ逃げない?」 「やだ、来ないで! おるすばん中なの、おかーさん帰ってくるまで待ってるの!」 避難指定地区より外に用事があって出掛けた母の帰りを待っている、ということらしい。 「いいか、もう一度言う。ここ、危険な蜂が来る。「ルンたち、蜂駆除する。でも、見逃す、あるかもしれない。だから、逃げろ」 「でも、おかーさ……」 「ここに居たら会えなくなる」 おろおろとした女の子の様子を見て多少大袈裟に伝えた。 小さな子に筋道立てた難しい説明をすべて聞かせるのは難しい。ここはインパクトのある言葉で危機感を煽るべきだと判断した。 迷い、涙ながらに頷いた女の子を抱えて避難所に向かう。 ――すでに20分が経過していた。 「――生物兵器ガ逃ゲタ、危険、立チ去レ」 「わ、わあああっ!?」 ばさばさと翼を羽ばたかせて浮かび、なるべくカタコトのような発音を心がけてそう言うと一般人は一目散に逃げていった。 ここは避難指示が出ている地区とそうでない地区の境目に近い。警護に当たっている委員会や政府の人間は居るのだろうが、ああして迷い込んでくる人間がそれなりに居た。 ユーウォンはひと仕事終えた顔でほっと一息つく。 宇宙人っぽい小刻みに振動した声を出すために扇風機が欲しいなぁと思ったが、地声でも効果があるようだ。ちょっと嬉しかった。 25分経った時点でジャックは周囲に集めた逃げ遅れを纏めて避難所に送り届けた。 政府と繋がっている避難所には事前に連絡が行っている。あとの対応はすべて任せてしまっていいだろう。 残りの時間はすべて公園の探索に費やすことにした。 透視と電波干渉、電子機器完全制御を駆使し、くまなく調べていく。 蜂はこの公園を目指しているのだという。それにどういったシステムが使われているのかはわからないが、仮説としてこの公園に誘導電波が仕組まれているのではないか、とジャックは考えたのだ。 100匹すべてにプログラムを仕込むより、誘導電波をひとつ仕込み、そこへ向かうようにした方が簡単で量産もしやすいだろう、と。 「なにか見つかったのです?」 シーアールシー ゼロが持ってきた荷物の中からポリ袋を引っ張り出しながら訊ねる。 そのままぐんぐんと巨大化し、移動するのに困らない程度の大きさになったところで止めた。 「いや……とりあえず見た感じおかしなモンは仕掛けられてねェみたいだナ」 「そうなのですか。ゼロも、屋上や屋根になにかないか見ておくのです」 「ああ、頼むゼ」 ゼロにそう頷く。ジャックは公園の真上でサイコシールドを張り、空中で胡坐をかいて待機することにする。 上空でも地上と同じように、生ぬるい風が吹いていた。 ● ――巨帯都市マホロバ、15時59分 思い思いの位置についた5人は蜂の到着を待っていた。 初めに気がついたのはゼロ。空からきらりと光る楕円形のカプセルが落ちてきたのだ。それは地面にノーバウンドで着地すると、風呂敷が解けるようにはらりと四方に開いた。 詰まっていたのは蜂の塊だった。ぶんぶんと翅の音が重なり、混ざり、塊が宙に広がっていく。 「きたのです」 蜂は生まれてすぐ海を目指すウミガメのように一直線にこちらへと向かってきた。 カプセルが落ちた路地の端からここまでほぼ一直線。短い2分間の開始だ。 「ルンは狩人、任せろ!」 マンションの屋上、その貯水タンクの上に陣取ったルンがきりりと弓をしならせる。 壱番世界の日本蜜蜂に似たこのキメラは大きさもそれと同一で、体は10から13mmほどしかない。その一匹一匹がルンにはよく見えていた。 「……!? 待って!」 ルンが蜂を獲物として見据え、狙いをつけたのを見てユーウォンが慌てたように言う。 ジャックは蜂を閉じ込めようとしている。蜘蛛の魔女は蜂を巣で捕らえようとしている。ゼロとユーウォンは袋とギアのカバンで蜂を拘束しようとしている。 では、ルンは何をしようとしている? ヒュンッ! 矢が目にも留まらない速さで放たれ、一匹の蜂の胴に命中した。そのまま吹き飛ばされるように壁に射止める。それは蜂にとって十分すぎる衝撃だった。 ぷくりと蜂の腹が膨れ、艶のある丸い球体のようになる。 膨張し半透明になった蜂蜜色の腹の中で火花が生じ、凄まじい爆発音と共に人家の壁を吹き飛ばした。ガラスは弾け飛び家の中にびっしりと突き刺さる。 「…………!」 その場の誰よりも驚いていたのはルン本人だった。 仲間の爆発による風に乗り、拡散しながら進んでいく蜂を見送るように目をやる。 対応しようにもルンには射るしかない。しかし射れば同じ結果を招く。 資料にはあったのだ、強い衝撃を与えれば爆発すると。その大前提を失念していた。蜘蛛の魔女の巣にかかったところを狙うか――否、その場で爆発し蜘蛛の魔女すら巻き込みかねない。 ユーウォンはショックを受けているルンに何か声をかけたかったが、今は時間がない。 再度蜂の方へ目を向け、狩りをする鳥のように急降下した。その手には口の広げられたカバンとコンパクトな捕虫網。 「えいっ!」 網を一振りし、中でもがく蜂が出てしまう前にカバンへと放り込む。 カバンの中は外部とは完全に遮断されている。これで蜂は広大な空間の中、この小さな口からしか出て来れなくなる。それも閉めてしまえば見えなくなり、闇に閉ざされ方向すらわからなくなるだろう。 加えてカバンの中を真空にすることも出来る。つまり羽ばたくという方法で飛んでいる蜂は宙を舞うことすら出来なくなるのだ。 「中で爆発しても壊れないと思うけど、念のためっ」 カバンから冷気が漏れ出る。 気温を極端な低音にし、蜂の動きを止める――つまり蜂のフリーズドライの完成だ。 「これ以上爆発されると、困るのです」 巨体に見合わない身軽な動きで蜂に近寄り、ゼロは手に持った袋をぶんっと振った。 ゼロと共に巨大化した袋は数十匹の蜂を纏めて飲み込む。中で暴れる蜂がパンッパンッと袋の内側に衝突する音が何度もした。 そのまま元の大きさに戻る。小さく狭くなった袋の中で蜂はどうにか出ようともがいていた。 袋の口をしっかりと閉じ、ユーウォンに片手を振る。 「そこに入れても良いのです?」 「いいよ、ほら!」 開かれたカバンにゼロは袋をぎゅうぎゅうと詰めた。袋は巨大化と共に超強化されているが、念には念をである。それに持ったまま放置しているよりはいい。 蜂には特殊な加工が施されていると聞いていたが、それでもこうして拘束した上での冷却は確実に効いているようだった。効かない、ではなく効きにくい、という差のせいだろう。 「次もいくのです」 残りの蜂たちはまだそう遠くには行っていない。2枚目の袋を取り出し、駆けながらゼロは再度巨大化していった。 「どっかの世界じゃ蜂は蜘蛛の天敵だとか抜かしてたけど知ったこっちゃないね。ここでは食物連鎖の頂点は"蜘蛛"よ!」 巣で待機していた蜘蛛の魔女は飛んでくる蜂たちを睨み付けながらキキキ! と笑う。 蜘蛛の魔女は蝶を捕る。 蜘蛛の魔女は蜻蛉であろうが蝉であろうが蟷螂であろうが捕る。 それが蜂の姿をしたキメラであろうが、関係ない。 蜂はそんな彼女に対するデータを持っていなかった。不用意に近づき、あっという間に糸に絡め取られる。 もがけばもがくほど糸は翅や足に絡まり、獲物がかかったという知らせを蜘蛛の魔女に与えた。 更に口からきめ細かい糸を吹き出し、霧のように辺りに漂わせる。この糸に巣の糸ほど拘束力はないが蜂の動きを鈍らせることは可能だろう。 その時最終防衛ラインとして公園の上で待機していたジャックが何かに気付いた。 「ほうほう、退屈だと思ったら来たゼ、山のようにカワイコちゃんがヨ!」 蜂は度重なる妨害で一塊ではなく分散していた。自然と先行する蜂とその後続に分かれていたため、前の蜂たちが巣にかかっているのを見て空高く飛翔してきたのである。 何もない空中には巣をかける場所がない。 「いらっしゃいませジュリエット、俺と死の舞踏を踊ろォゼ、ヒャハハハハ」 自分を中心に2つ目のサイコシールドを張り、蜂を閉じ込める。その距離は分散した蜂たちを十分に覆っていた。 近くの建物の壁にもシールドが舐めるように張られる。 シールドは一気にその大きさを縮めた。その内側は強固に設定されている。蜂たちは鉄板に押し潰されるような状態でひしゃげ、シールド内で大量の爆発を起こした。 「ッ――じゃじゃ馬だナ!」 数十匹分の爆発はシールド越しに空気を戦慄かせ、雷でも落ちたかのような音と光を振りまいた。シールドの表面に細かな亀裂がいくつも走り、亀裂の間から更に強い光が漏れる。 しかしそこまでだった。あと少しのところでシールドは持ちこたえ、中には消し炭が残るばかりだった。 蜘蛛の魔女は公園の上空にジャックが居るのを知っていた。 「キキキ、私は私でやらせてもらうわよ!」 巣にかかった蜂に近づき、小蜘蛛たちを呼び寄せる。 「さあお食べ、でも齧りすぎるんじゃないわよ」 小蜘蛛たちは蜂に噛み付く。しかしその衝撃自体は微々たるもので、蜂が起爆することはなかった。 じわり、と消化液が注入され、もがく蜂の中身がどんどん溶けてゆく。 その時小蜘蛛が不満げに蜘蛛の魔女を見上げた。 「なによ?」 不思議そうな顔をしていた蜘蛛の魔女だったが、すぐにくすりと笑う。 「――そう、不味いのね」 逃がすものか、とユーウォンは空気を切るように飛んでいた。 残り10匹。それが空中から公園に向かおうとしていたのだ。網をふるうと5匹飛び込んだが、残りは危険から逃れるように急降下した。 「なっ……!?」 蜂を追って視線を下に向けると、横道からバイクに乗った一般人がひょっこりと出てきた。仰天したユーウォンは近くに居たゼロに叫ぶ。 「ゼロ、そっちに人が!」 「任せるのです」 数歩で距離を詰めたゼロは一般人の前に立ち塞がった。一般人は突如現れた巨人に面食らった顔をしている。 「えっとね、ここは今危ないのです。避難が必要なのです」 「ひ、避難? 避難訓練じゃなかったのか?」 「そう聞いたのです?」 一般人は別の地区からここへバイクで来た。その際皆が騒いでいるのは耳に入っていたが、訓練だと思っていたという。ここへは抜け道を使って来たとも言った。 「ゼロのポケットは絶対に安全なので、中に入っているといいのです」 危険性を説明された一般人は素直に従った。ゼロはバイクも摘み、反対側のポケットに入れる。 真後ろではユーウォンが蜂の進行方向に立ち、おもむろにカバンの口を開けた。そこへ4匹が飛び込む。 「あと一匹……!」 残った蜂は最後まで残るだけあり優秀な個体のようだった。 公園へ、公園へ、公園へ、と声が聞こえそうな程の気迫をその小さな身から迸らせて進む。 網を掠らせることは出来たが、電柱に阻まれた。 「……ルンは」 小さな声がした。 「ルンは、狩人。狩人は……射る!!」 声と矢の放たれる音が聞こえるのに一秒の差もなかった。 手作りの洗練された矢はユーウォンの真横を抜け、迷うことなく蜂へ飛んだ。 当たったのは胴ではなく、右側の翅。タンッ! と街灯に翅をとめる。 「ごめん。同じ失敗、二度としない」 「ナイスなのです」 駆けつけたゼロが頷く。ユーウォンは射止められた蜂をそっと網に入れ、そのままカバンに放り込んだ。この優秀な蜂も他の仲間のように凍ってしまうだろう。 「ふう、終わった~……」 「もうこの辺りにゃ居ないみてぇだゼ」 降りてきたジャックが周囲をサーチしながら言う。 「よかったのです。……そういえばサンプル、どうするのです?」 「カバンの中にフリーズドライにした蜂が居るから、それでもサンプルになるかな?」 「生きた細胞が欲しいならこんなのもあるわよ?」 蜘蛛の魔女が持ってきたのは中身のなくなった蜂の死骸だった。小蜘蛛たちはちゃんとごちそうさましたらしい。 その死骸をゼロの袋に入れる。 「ゼロは一般人さんを解放してくるのです」 ポケットの中の一般人は少し離れたところで出すつもりだ。脅威は去ったとはいえ、この辺りに人は居ないし巣の撤去や破壊された家の処理もある。 「家、大丈夫?」 「政府がなんとかしてくれるとは思うけれど……」 心配げなルンを気遣うようにユーウォンは言う。 住民に保険金は下りるだろう。金銭面以外で住民が何を言うかはわからないが、あの蜂は災害のようなものである。恨まれるべきは蜂を作り出した人物だ。 (破壊だけなら爆弾をそのまま落としゃいい。キナくせぇナ) ジャックはカプセルの落ちてきた方向を見る。 そこには相変わらず何もなかった。 ● 宇宙人でもなくマホロバの人間でもない。 蜂との接触の様子から得たデータを睨みながらスクエア眼鏡の初老の男、ジョアシャンは考えを巡らせていた。 「じーじ、おかおこわい」 「……ああ、ごめんよ」 デューツェを撫でながら体の力を抜く。 蜂たちはマホロバの人間に混乱と恐怖を与え、その緊急事態にどんな反応を示しどんな対応をするか調べるためのものだった。 危機を感じた時にその生物が何をするのか知っておくのは大切である。 そのデータは必ず役に立つ。 ジョアシャンらの主人が、この星を得ようとする時に、必ず。 しかし思わぬ乱入があった。まるで今日何があるか予測していたかのように現れ、圧倒的な力で事態を収束させた集団だ。それもたった5名。 「まずは奴らから探る必要があるか……」 「じーじ、みけんにしわ」 「おお、すまんすまん」 今は得体の知れないものだが、探ればきっと何かが見えてくる。 どこに所属し、何を目的にし、どんな力を持っているのか。それが分かるのもそう遠い未来のことではない、そう思えた。 ならば、今は準備を整えるべきだ。 ジョアシャンはデューツェの手を引き、片足を引きずりながら部屋を後にした。
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