その「合コン」開催は、相沢優が司書室を訪れたときの、他愛ない会話がきっかけだった。 はたと気づいたときには、会場はクリスタル・パレスであること、幹事は優と無名の司書が務めること、参加者募集は優が行うことなどが、なし崩しに決められてしまっていたのである。「優くーん。人数集めご苦労さまー! どおぉ、誰か来てくれそう?」「……何とか」 司書室を訪れ、参加者名簿を渡すなり、優は机に突っ伏した。 男女三名ずつのメンバーが決まるまでに、それはそれは苦労したのだ。 無名の司書はにこにこと、名前を読み上げる。「ふんふん。男性陣はヴァージニア・劉さん、坂上健くん、五十嵐哲夫さん。女性陣は司馬ユキノたん、ほのかさん、金町洋たん。いろんな意味でレアな顔ぶれね。面白くなりそう。ジークさんも、脚本の書きがいがあると思うわ」「脚本?」 優は首を傾げる。合コンに、何の脚本が必要というのだろう?「そっか、言ってなかったっけ。あのね、普通の合コンじゃ退屈かもだから、ミステリーナイト形式の演出にしてみようと思って。オリジナルワールドを設定して」「えええ?」「舞台は、架空の『なんちゃって大正時代』。名探偵と怪人(ヴィランズ)たちが豪華絢爛に暗躍し、甘い血の香りと謎と怪異が渦巻くセピア色の街『トキオ市』で、男性陣は『探偵』、女性陣は『ヴィランズ』に扮し、『鹿鳴館の仮面舞踏会』に参加していただきます。衣装その他についてはご心配なく。白雪ちゃんが魔法で何とかしてくれるから」 一気にそう言い、あ、これ、参加説明書ね、と、無名の司書は人数分のカードを渡す。 * *【ワールドコンセプト】 セピア色の写真、ノイズ雑じりの映画のフィルムで観たような、 どこかノスタルジックで、レトロモダンな街角。 夢中で読み耽った、あの書物の中の、物語の登場人物に似た、 あやしくも印象深い、デカダンな人々。 それはどこにも存在しない街――『大正九十一年、トキオ市』。 黄昏に跳梁する怪人、怪盗、猟奇犯罪者たち、 そしてかれらに立ち向かう、英傑、義賊、名探偵――。 ロマンとミステリにいろどられた、 誰も見たことのない、パノラマの幕が開く!【登場人物表】 ・探偵……ヴァージニア・劉 ・探偵……坂上健 ・探偵……五十嵐哲夫 ・探偵……相沢優 ・ヴィランズ……司馬ユキノ ・ヴィランズ……ほのか ・ヴィランズ……金町洋 ・ヴィランズ(芙蓉夫人:「一対の美術品」の収集に執着する妖艶な女怪盗)……無名の司書【エキストラ】 ・蓮宮寺桔梗(れんぐうじ・ききょう)……シオン・ユング 少年探偵。犯行に使用された「凶器」に触れると左目に激痛が走るという特殊能力保持者。蓮宮寺財閥の跡取り。両親を殺害した義兄の朔夜を追い、出奔。 ・蘇芳朔夜(すおう・さくや)……ラファエル・フロイト ヴィランズ「紅蓮男爵」。「一対の存在」を憎む。鹿鳴館前に捨てられていた孤児。桔梗の義兄として育ったが、現在はヴィランズとして暗躍。トキオ探偵機構(TDO)の重鎮の隠し子であるらしい。 ・藤波紫(ふじなみ・ゆかり)……白雪姫 ヴィランズ「暗号姫」。パーティ会場に暗号の予告状を送り付け、貴婦人の装飾品を盗むことを生業とする。どじっこ。普段はお嬢様学校に通っているが、どじっこゆえ、生活は苦しい。 【STAFF】 ・脚本……ジークフリート・バンデューラ ・舞台監督/大道具・小道具/衣装もろもろ……白雪姫 * * そして、前代未聞の、合コン+ミステリーナイトの幕が開く! 果たしてリア充となる者は現れるのか……!?=========!注意!企画シナリオは、便宜上、参加枠数が「999」になっていますが、実際には特定の参加予定者のために運営されています。この企画シナリオは下記のキャラクターが参加予定です。他の方のご参加はご遠慮下さい。万一、参加予定でない方のご参加があった場合は、参加がキャンセル(チケットは返却されます)になる場合があります。<参加予定者>相沢 優(ctcn6216)ヴァージニア・劉(csfr8065)司馬 ユキノ(ccyp7493)ほのか(cetr4711)坂上 健(czzp3547)金町 洋(csvy9267)五十嵐 哲夫(cmhh4249)無名の司書(cyvn5737)=========
第壱幕◆新月の舞踏会 海沿いにあるテーマパァク〈トキオ・ディステニイ・ランド〉の遊覧飛行船に乗れば、人々はトキオ市を遥か上空から臨むことができる。この都市は、時間帯や天候、あるいは見下ろすひとびとの心理状態によって、さまざまな具象を浮かび上がらせる不思議な街である。 一番多いのは、大きな鎌を振りかざした死神が見える、と云う者であるが、いやあれは羽扇を持つ貴婦人だと云うものも少なくはない。 ともあれ、トキオ市が死神であるならばその両目の中心に、貴婦人であるならばその唇にあたる場所に、爛熟したこの都市を象徴する建物はあった。 ――鹿鳴館。 ジョサイア・コンドル設計による、いわくつきの建物である。不平等条約改正のために造られながら、徒花のような役目しか果たさずに閉鎖され、明治二十七年には華族会館として払い下げられて、その後は民間会社の手を転々とした。 時代遅れの国辱ものの建造物――幾たびもの大戦の勝利により、パクス・ジャポニカを確立した日本政府にとっては、忘れてしまいたい過去の遺産である。大震災にも耐えた建物であるのに、政府の手によって破壊されるのは免れない運命が待っていた。 しかし、取り壊し工事が進む中、見る影もなくなった鹿鳴館を、政府に手を回し、私財を投じて買い取った男がいた。トキオ市を代表する大財閥、蓮宮寺家の当主である。 そして鹿鳴館は、ある部分は修復され、ある部分は思い切って改装され、大正九十一年に於いても、華やかなイヴェントの舞台と成り得たのだった。 そう、参加者の身許を一切問わないのを礼儀とする、仮面舞踏会の―― その夜は新月だった。ガス灯に照らされた鹿鳴館が、幽玄な幻のように浮かび上がる。 大広間では本格的にオーケストラ演奏がなされ、すでに宴はたけなわである。ヨハン・シュトラウスの『皇帝円舞曲』が流れる中、参加者たちはワルツのステップを踏んでいる。 紳士淑女らの仮装はさまざまだった。王に女王に王子に姫君、神官、騎士、魔法使い、剣闘士、格闘家、妖精、異星人、架空の動物……。人気の物語や立体動画、電脳遊戯の中に出てくる登場人物を模したものも多い。 (参ったな) ヴァージニア・劉は困惑していた。現在、蓮宮寺家の直系の娘が管理者となっている鹿鳴館には、通常、限られた者しか訪れることは出来ない。しかしこの日ばかりは大手を振って出入りできると聞き及び、興味本位で見物に来ただけだったのに。 (仮面舞踏会か……。妙な事になったぜ。あーあ、とっとと帰って寝てえ) 彼は、女性嫌いであり、なおかつ女性恐怖症だ。にも関わらず、男女の痴情の縺れや娼婦絡みの事件に巻き込まれがちな受難体質でもある。 (一応正装してきたけど浮いてねーか不安だ。できるだけ目立たねーよう、隅っこでじっとしとくか) 本人は三流私立探偵と云ってやまないが「接触した相手のトラウマとなった過去の一場面を透視する」能力保持者であるがゆえ、トキオ探偵機構より〈五ツ星探偵〉として認証バッヂを得ている。ちなみに最高ランクの七ツ星探偵ともなれば〈金の梟〉の称号を得ることになる。 劉は、いつも着用している革手袋を嵌め直す。万一、素肌が触れ合えば、彼の能力は自動的に発動してしまうからだ。 「なんつうか、素で浮くよな」 ぼやいたのは坂上健だ。 〈一ツ星探偵〉となったばかりの彼もまた、おっかなびっくりでの参加だった。顔の上半分を覆うマスクを付け、著名な軍人、乃木希典に扮してみたものの、やはり落ち着かない。ちなみに彼の本職も軍人。探偵との二足のわらじである。 「あら、これは乃木伯爵。英国より、グランド・クロス・オブ・ザ・ヴィクトリア勲章をいただいたそうで、おめでとうございます」 「ふはッ!?」 ついと伸びた女の手が、なまめかしく頬を撫でた。 「ど、どちらさまで?」 「取るに足らぬ無名の女ですわ。でも今は〈芙蓉夫人〉とでも名乗っておきましょう、初心な探偵さん?」 黒いドレスの胸元に煌めく、銀の鍵のペンダント。どうやら彼女は、健の素性などお見通しであるらしい。深呼吸をし、心を落ち着かせる。 「おいおい、こりゃまた聞きしに勝る……」 大柄な体躯を仕立ての良いスーツで包んだ五十嵐哲夫は、しばし絶句して会場を見回した。 トレェドマークの伊達眼鏡は、今宵はブリキ製の無骨な仮面。だがその逞しい肩幅は、仮装をしていても彼が誰であるか、わかるものにはわかるだろう。 「インテリ気取りの脳筋」と、哲夫は自身のことを自嘲する。推理をするよりも足を使った調査の方が得意なタイプであるのだ、とも。しかし、窮状にある者を放っておけず、余計な因縁を背負いがちな彼を慕っている依頼人は数多い。 哲夫は〈三ツ星探偵〉だ。「遺留物に触れると、それに関連するもののあるところに引き寄せられてしまう」その能力は、ときにはそのまま真相に繋がることもある。 「賑やかだなぁ。……じゃなかった、賑やかですこと」 司馬ユキノは、ヴェネチアンマスクで隠した水色の瞳を細めた。 胸元の大きく開いた青いドレスは、マリア・テレジアをイメージしたものだ。普段はポニィテェルの長い黒髪は、今は淑やかに結い上げられている。 岩手県トオノ町出身のユキノは、現在、トキオ市郊外にある小さなカフェーで女給をしていた。明朗快活で人懐っこいユキノ目当てにカフェーは連日大繁盛、純朴な雰囲気も相まって客の評判は上々だ。 ……が、彼女の真の姿は女怪盗である。 歴史的価値の高い古文書や、骨董品をもとめることを生業としている。カフェーでの就労も情報を集めるためと云えよう。 そしてユキノには、ヴィランズとしての特殊能力がある。対象の首筋に噛み付き、対象が自身と遭遇した記憶を消す力だ。 ――いつか、全世界の歴史を掌握してみせる。 〈怪盗細雪〉。それが彼女の二つ名だった。 ……ふと。 会場が、ざわめいた。 鮮やかな赤い髪と青い瞳。立烏帽子と朱の袴。白い狩衣を纏ったしなやかな手には扇。顔には雑面。 世にも美しい白拍子――祇王の姿のほのかが現れたのだ。 だが、そのざわめきは一瞬だった。ほのかがそっと壁際に移動すると、ひとびとは何ごともなかったかのようにダンスを続ける。 ほのかは亡者の声を聞く。彼等の無念を晴らすため、窃盗、恐喝、傷害、殺人等、様々な凶行に及ぶ。情報漏洩による身の破滅を齎すこともある。 しかしそれは、主体的なものではない。亡者への憐憫はあるにせよ、纏わりつかれるのが辛いだけなのだ。 ――あなたが眠れば、彼も眠る……。 ほのかの犯行動機は、つねに、自身の心理的負担を減らすためにのみ存在する。 トキオ警察も幾多もの探偵たちも、彼女を追い、捉えようとしてきた。しかし亡者の霊障による援護を得ているほのかは、他人にはその折々の亡者の姿や声が重なって認識される。たとえ現行犯であったとしても本人の印象はおぼろとなり、目撃者証言は用を成さぬ。 そもそも。 彼女は、生者なのか、死者なのか。それとも同一の存在なのか。 その二つ名は、〈亡霊〉。 すべてが曖昧で不気味なありようは、トキオの都市伝説のひとつでもあった。 「飲み物どうぞー! ワインでいいですか?」 壁際にいたほのかに、明るい声が掛けられた。差し出されたワイングラスを、礼を述べて受け取る。 おずおずとその顔を見れば、男装の女性だ。 少年時代の土方歳三(註:しかし洋装だ)とでもいった出で立ちの、金町洋であった。 二十代前半の彼女であるが、顔立ちの幼さも相まって、背伸びして男の服を身につけた少女のようにも見える。 トキオの街なかでよく見かける、親しみやすい、普通の女学生のような洋。しかし彼女は、天才的なスリの能力を持ったヴィランズである。財布にメッセージを付けて元に戻すなど朝飯前。しかし今日はTPOを尊重し「紳士」に徹するつもりなのだった。 洋は先ほどから会場内を走り回り、壁の花となっている女性を見かけてはかいがいしく話しかけたり飲み物をサーヴしたりなどしていた。席を立つ女性がいれば扉を開けてやったりなど、殿方顔負けである。 「踊らないんですか?」 屈託なく聞かれて、ほのかは戸惑う。 「……拝見するだけでも楽しいので……。お邪魔にならぬようにと……」 「だーいじょぶですよ! きっと何とかなりますって!」 んー、誰か、誘ってあげればいいのになー、と、洋は自分のことはそっちのけで男性陣の様子を伺う。 * * 〈芙蓉夫人〉の前で、ひとりの探偵が優雅に一礼する。 「どうぞ一曲、お相手を」 「……どこかで、お会いしたかしら?」 いぶかしげに〈芙蓉夫人〉は、赤い髪の青年を見つめる。探偵は素顔のままだ。蒼い瞳が優しげに、ヴィランズの双眸を見つめ返す。 「トキオは広いようで、狭い街ですので」 駆け出しの探偵作家にして、新米探偵、相沢優だった。 〈一ツ星探偵〉の認証を受けたばかりの優は、まだ、その能力を公にはしていない。 第弐幕♣そして合コンは始まる 「……とまあ、こんな感じの演出にしてみたんだが、どうだろう?」 オーケストラの曲がいったん止んだ。給仕服のジークフリートは、今日の参加者たちを見る。 幹事の優が、ありがとうございます、と謝意を述べた。 「最初は驚きましたけど、楽しいですね」 「うわーん、踊ってくれてありがとうありがとう優くーん! あたしずっと壁の花だと思ってたー!」 無名の司書は演技を取っ払っても、優の手を握りしめたままだ。 「ジークさん、もしかしてこの凝ったシチュエーション、振られた後の対策!? 御礼を言うべきなの?」 すでに涙目の健が詰め寄り、ジークの肩をがくがく揺する。 「ちがーう! まだ始まってないうちからフラれる心配してどうするよ」 劉は無造作に頭を掻く。 「仮面舞踏会なんてかったるいー。とっとと帰って寝てえ」 「ちょっとラウ。あんたそれ素なのね? 素の台詞なのね? キャラ作ってるわけじゃなくて」 〈不思議の国のアリス〉の衣装の白雪姫は、ぷんと頬を膨らませた。 「あー、合コンに男装で突入してスミマセーン」 洋があっけらかんと笑う。 「でも盛り上げるために頑張ります!」 「……南蛮の舞踊は初見で……。どう振る舞って良いのか……」 ほのかは少し不安そうだ。 「……ですが、皆様の助力ができるならと……」 「緊張しちゃいますよね。恋愛って、よくわからないから」 生真面目に、ユキノが頷いた。 「超展開だけど、ま、気晴らしにはいいよな。うん。仮装だし、うん……! 別人になった気分で積極的になってみるよ!!!」 哲夫は自分に言い聞かせるように、冷や汗を拭う。 * * 「はいはーい。それじゃ自己PRタイムといきましょうかー。皆さん、踊らないで隅っこにいるほうが話しやすそうだし、今は素でどうぞー。じゃあまず、優くん以外の男性陣からね。恋愛観とか好きな女性のタイプとか、心の赴くままにいってみよー」 どこからかマイクを取り出した無名の司書は、ひとりずつインタビューを始める。 ♠ヴァージニア・劉→ 「面倒くせえのはお断りだ。……童貞の強がりってヤツかも知れねぇがな」 「ふんふん、なるほど。なんかトラウマがあるとか?」 「うるせぇ。業が深くて情が強い女のヒステリーに振り回されるのはうんざりだってこった」 「じゃあ、どんなひとならおつきあいしたい?」 「……そうだな。そばにいて安心できる、癒し系の女がいい」 ♠坂上健→ 「恋愛観や好きなタイプとか、言える立場じゃないんだよなぁ。特に今日は」 「どうして?」 「俺はもう、その人の条件で告白するかしないか選んじゃってるから」 「条件って?」 「この3月から警官になるつもりなんだ。壱番世界に再帰属する」 「そうなのね……。健くんには適職だと思うわ」 「だから、ともに壱番世界の為に生きるであろう人を選びたい」 「んーと。ということは」 「今日の参加者の中で告白できる相手はひとりだけなんだ。俺はその人と踊るつもりだ」 ♠五十嵐哲夫→ 「お互いに負担にならず、お互いを尊重できるような、そんな恋愛がいいな」 「穏やかな関係ね、素敵」 「好みは……、そうだなぁ、小さくてはかなげで守ってあげたくなるタイプの女の子に弱いな……」 「ふぅむ。具体的」 「う……。そういえば『あの人』もそうだったなぁ、時折見せる物憂げな表情が……」 「きゃー、泣かないで哲夫くん」 「畜生、振られてからもう2年だか3年だか経ってんのに……」 「哲夫くーん!」 哲夫の肩をぽんぽん叩いた無名の司書は、今度は女性陣にマイクを向けた。 ♥司馬ユキノ→ 「私、たいして魅力ないし……、恋愛への憧れはなくもないけど」 「ちょー、何いってんのユキノたん謙遜しすぎ」 「だって、自分にそれが降りかかってくることは想像できないし、怖い」 「ふむう、乙女ごころとしてはわかるような気もするけど」 「でも、万が一、私のことを好きになってくれる人がいたなら……」 「うんうん」 「私も、その人を大事にしたいと思う」 ♥ほのか→ 「……故郷では、他人の愛情を受けた覚えがなく」 「ヘビーな人生だもんねー」 「ここでは人として受け入れられ、共存を許され……。それだけで充分……」 「そうなの? なんかもったいない」 「嫁いだ海神から逃れてきて……、多少の後ろめたさも……」 「もう離婚成立ってことでいいじゃーん? 再婚したってダンナから文句いわれる筋合いはないよう」 「……伴侶のいる生活に憧れはあっても……、そのようなことは、あまり」 「でもさー、ターミナルって男前の宝庫じゃん。いいなー、って思うひといないの?」 「敢えて……、理想の異性を語るなら……」 「うんうんうん」 「暴言を吐かず……、暴力を振るわず……、搾取の対象としない人」 「うんうんうんうん」 「支配され……、虐げられ……、悪意を向けられなければそれで……」 「それって、ほとんどのひとが該当すると思うなー」 ♥金町洋→ 「以前、お付き合いした人もいたけど」 「ほほー!」 「でも、甘えるのが下手だったり研究を優先したりで、上手くいかなかったんですよー」 「そうなんだ……」 「ま、あまり気にしてないんですけどね。仕方ないことなんで」 「ふむ。もしかして洋たんって長女?」 「わかります? 弱みを見せたくない典型的な長女気質なんです」 「てことは、好きなタイプは」 「甘えさせてくれる度量のある人に弱いですねー」 「じゃあ、年上がいいのかな?」 「あ、年齢は関係ないです」 ……というわけで、と、無名の司書はぱちんと指を鳴らす。 中断していた円舞曲が、ふたたび流れ始めた。 第参幕♠今は貴方と踊りたい ――そして。 健は洋にダンスを申し込む。 「私はしがない二束草鞋の軍人ですが……。宜しければお手をどうぞ、お嬢さん?」 洋は目を見張る。まさか、自分に申し込みがあるとは思わなかったのだ。 「どうして、私に?」 「一目見た時から、愛を語るなら貴女に、と思ったので」 「えっ……。えええっ。あ、あの?」 「私はこの3月で軍人を辞し、故郷へ帰る所存。トキオから遠く離れ、このような場所には二度と来られない身の上となります」 「そう――なんですか」 「願わくば貴女とは、違う世界、違う立場でお会いしたい……。叶えていただけませんか」 * * 「踊りましょう……、か?」 「踊る……、か?」 劉とユキノは、同時に声を掛け合った。 「云っとくが、俺はダンスなんてまともに踊った事ねえぞ?」 「私もですよ?」 足を踏んづけちまったらかっこ悪ィし、けどまあ、こういうのは思いきりと慣れだろ、と、誰にも聞こえぬ声で云ってから、劉はおそるおそるユキノの手を取り―― その瞬間、手袋がずれた。 ユキノの複雑な心情が、劉の脳内に流れ込む。 〈怪盗細雪〉として優雅に振舞おうとしているものの、恋愛に不慣れであるため、今はパニック状態であること。 仕事での能力発揮のため、相手を誘惑する真似ごとはしても、それは背伸びに過ぎないこと。 私は大人なんだからというプライドで、この場を冷静に乗り切ろうとしていることなどを。 * * (……やべぇ、変な汗デル) 「おおおおおおおどっていいいいたたたたた」 びっしりとイヤンな汗を掻きながらも、哲夫はほのかに手を差し伸べる。 (トラウマは根深いぜ、なんて云えばいいんだマジで……) 「……このような舞踏は不得手で……」 「そそそそそうか。ごごごごめん、わわわわるかった」 慌てて引っ込めようとした手に、ほのかはそっと自身の手を添える。 「……ですが、お話だけなら……」 云ってほのかは、踊っているひとびとを見つめる。 「……どなたがどなたに好意を寄せているのか……、自ずと知れてしまう事が」 「そうなのか」 「疎ましがられぬ程度に力添えとなれたなら……、それはとても嬉しい事だと」 「そうか……、いいひとだな、あんた」 「……そん、な……」 「恋愛とか関係なく、友達になれるかな?」 「宜しいのですか……?」 * * 「皆、楽しそうで良かった」 「そうね〜」 優と無名の司書は、今は幹事の顔で、踊りの輪に加わっていた。 「どう? 優くんの目から見て、カップル生まれそう?」 「どうだろう? 個人的には、特に健さんを応援したいかな?」 「これは『一夜の夢』っていうコンセプトなんで、皆、交際へのプレッシャーは感じなくてかまわないのよ。でも、せっかくのご縁だし、男女関係なく、いろんな交流が生まれると楽しいわね〜〜」 「恋愛って難しいですよね。相手が好きっていうだけじゃ続かないこともある。お互い、譲れないものがぶつかった時は特に」 「……そうね」 「でも、うん」 優はふっと、大人びた笑顔を見せた。 「また誰かを好きになって、恋したいなって――今は思いますよ」 「そう。そのときはぜひ、紹介してね」 「俺、覚醒してロストナンバーになった時にひとつ覚悟をしたんです。何をしても、壱番世界だけは絶対に護るって」 まぁ、今は少し違いますが、と、優は煌めくシャンデリアを見上げる。 チャイ=ブレは今、眠っているだけ。 いつ目覚めるかもわからない。 「壱番世界がこのままの状態である限り、やっぱりまだ、再帰属は出来ないです」 でもいつか。 壱番世界を護る方法が見つかって、解決に至ったその時は。 「先日、ロバートさんと約束したんです」 「約束?」 「俺がいつか再帰属して、ロバートさんくらいの年代になった時に。彼の年に追いついた時、未来でもう一度、話をしようって」 だから、その未来のために。 俺はもっともっと成長したい。 もっともっと色々な経験を積みたい。 ちゃんと彼と対等に向き合える、支えられる友人になるために。 「だから今は未来の約束を胸に、頑張るって決めたんです。どんな形でも、いつか必ず」 「そう……」 「俺は今までたくさんの依頼に参加しました」 「ええ」 「たくさんの人と関わりました。時に、有難うと感謝されました」 時に――大切な人を傷つけました。 全部全部、背負って生きていきます。 終幕♥いつかの未来に 「……少し、考えさせてください」 洋はにこりと健に微笑む。 彼女は、父母の大恋愛に憧れて育った。それゆえ無意識に怯えている。 大切な人を持つことに。大事なひとといつかは死に別れてしまう運命に。 母が逝去したときの、父の嘆きを知っているから。 「そうですね。3月まで、と云ったところで急に結論は出ないでしょう。お返事は急ぎません」 * * 「曲が終わったか。お疲れさん」 「お誘い、ありがとうございました」 「なんかその、悪かったな。足引っ張っちまってよ」 「私こそ」 「女は苦手でさ。わがままで、うるさくて、生意気で、香水臭くて。でもあんたみてーのなら……」 「お名前をお聞きしても?」 「ラウ。……いや、忘れてくれ。どうせ、今宵一晩限りの幻だ」 「〈五ツ星探偵〉のかたですね。ご高名はかねがね」 「……あんたは」 「〈怪盗細雪〉」 そしてユキノは仮面を外す。 「追いかけてみる? あなたになら囚われてもいい」 * * 「まあ、その、なんだ」 くしゃくしゃのハンカチで額を拭いながら、哲夫は云う。 「恋愛とか関係なく、友達になれるかな?」 「宜しいのですか……?」 〈亡霊〉の横顔に、ふわりと柔らかさが宿った。 * * 「健くーん。残念だったねーー。あたしとも踊ろう〜? おねーさんが慰めてあげるうー!」 「ありがとう、むめっちさん。……って、まだフラれてないし!?」 ――Fin.
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