● その日もいつものようにちょっと用事を済ませての帰り道。コケはちょっぴり寄り道をしていた。 インヤンガイの公園。といっても砂場と手作りのブランコが風に揺れているくらいの規模のものではあったけれど、そのブランコに腰をかけ、ゆらゆらと揺られながらコケはぼんやりと考えていた。 先日の戦いのこと、その前の戦いのこと、もっともっと前の戦いのこと。 「コケ……庇われること、多い。……もっと皆の役に立ちたいのに」 助けてもらえることは嫌な事じゃない。うれしいことだ。だけど、コケもみんなを助けたいと思う。もっと戦闘で役立てるようになりたい。 ブランコから立ち上がり、ショベル掴む。手に馴染む感覚。 ぶんっぶんっ 何とはなしに素振りをしてみるが、どうも風を切る音が頼りない気がする。 コケはそんなに力は強くない。叩いたり蹴ったりしても相手はそんなに痛くない。たぶん。 自分のような力の強くない人を相手にするなら悪くないかもしれないけれど、これを今までの仲間達や、あるいは強敵達、彼らに通用するだろうかと考えたら、どう考えても通用しない気がした。 「やっぱり、もっとコケ、強くならないと」 コケが、もっと力強ければ。ショベルも、もっと立派な武器になるのではないだろうか。 ぶんぶんっ がむしゃらにシャベルを振り回す。素振りで鍛えれば、強大な敵でも思いっきり吹き飛ばせるんじゃないだろうか。 銀色のシャベルがキラキラきらめく。心なしかコケの瞳も未来への希望で輝いていた。 ぶんぶんっ……ぶんっ…… 勢いよく続いていた素振りだったが、段々と風を切る音が弱くなっていき、そして、途絶えた。 「……腕、重い」 普段、こんな風に続けてずっとシャベルを振り回すことはほとんどない。 「キソタイリョクが足りない?」 前に誰かがそんな言葉を言っていたような気がする。基本が大切なのだとかなんとか言っていた。基本と言えばランニング。 「コケ、走る! 百周!」 まずは公園百周だと狭い公園をぐるぐると走りはじめる。 「いっちに、いっちに……」 ぐるぐる 「いっちに……いっち、に……」 ぐるぐるぐる 「いっち……に……」 あぁ、何周しただろう? 少しずつ息が切れてくるし、大分走ったような気もするけど、一周二周……十周め? あれ?まだ九週目だっただろうか。 「数えるの……大変」 公園は広くないから何周もすると目が回ってくるし、ランニングは諦める事にする。だけど、まだまだ鍛えたりない。これじゃ何にも変わらないままだ。よい方法はないだろうか。 コケはしゃがみこんで空を仰ぐ。公園に来た時よりほんの少し日が傾いている。でもまだ日差しは燦々と公園の木々を照らしており、葉っぱがキラキラと輝いている。コケも気持ちが良いが、この木も気持ちよさそうにしているなぁと目の前の背の低い木を見つめる。太い枝が広く張り出していて木登りに丁度よさそうな木だ。 「あれ?」 その枝の中に何かがぶら下がっている。縄跳びだ。どこかの誰かの忘れ物が木に引っかけられていた。 「これだ!」 縄跳びなら難しいこともないし、目も回らないし、テンポ良く飛べば数えるのもよくわからなくならない。 ひゅんっひゅんっ 「いい感じ」 ひゅんっひゅんっひゅんっ 「……」 ひゅんっひゅんっ……ぺちん、からころん…… 「…………コケ、へとへと」 コケは縄跳びを投げ出して座り込む。 向いていない。自分にはどうも向いていない。ずっと続けていけば、いつかはコケもムキムキのたくましい体を手に入れて銀のシャベルで並み居る強敵を千切っては投げ千切っては投げ……となれるかもしれないが、一朝一夕でというわけにはいかなそうだ。 今は即戦力が欲しいのだ。 みんなの戦いの事を思い出す。コケより小柄でも十分戦っている者だっていた。トラベルギアを巧みに操り戦っていた。 そう、強いトラベルギアを持っている仲間達がいた。残念ながら、コケのショベルは本来は土を掘るもので、振り回すものじゃない。だけど、ショベルは置いておくとして、もっと強い武器を使ってみてはどうだろうか。 そうだ、コケに必要なのは力がなくても戦えるような武器だ。 何がよいだろうかとコケは考える。手っ取り早いのは重火器小火器……と言っても、あんまり大きいものは持ち運びが大変だろうし。やっぱり 「銃?」 ぼんやりとコケは自分の華麗なアクションシーンを思い浮かべる。 大勢の黒服に囲まれるコケ。今にも捕らえられそうなところをさっと屈んでかいくぐり、右の拳銃で一人の足を撃ち、かかさず左の拳銃で激昂した黒服の眉間を撃ち抜き…… 「強い」 イメージトレーニングの結果は上々だ。倒れ伏す黒服達の真ん中でフッとコケは拳銃の硝煙を吹き消した。 「でも、売ってもらえるかな」 行ったことはないけれど、売っているお店はターミナルにもあったかもしれない。でも、コケは残念ながらまだけっこう子どもっぽい外見なので、そういうお店に拳銃くださいとお願いしても一笑に付されそうである。かといって知り合いに頼んでみても、危険だなんだと怒られるような気もした。 もっと手軽な武器はないだろうか。刃物なら比較的簡単に手にはいるけれど、包丁とかでは武器にはやっぱり心許ない。それに、誰が持っていても見咎められないようなものの方が色々な世界に行くときに便利だろう。 「なんだろう……」 うーんと考え込んでふと、自分が投げ捨てた縄跳びが目に入る。 「!」 ひらめいた。 「鞭!」 鞭なら刃物より危なくないはずだ。射程もあるし、体格差のある相手でも遠くから絡め取ってしまえばいいのではないだろうか。ツタのようでコケには少し馴染み深い気もするし、これはいいんじゃないだろうか。 「うん! いい!」 これは大成功だ。 「コケ大成功!……だと思ったのに」 縄跳びを鞭に見立てて振り回していたコケだったが、なんだかしっくりこない。鞭なんて使ったことがなかったのだから仕方ないと、真面目に練習をしていたのだが、そうこうしていたらどこかの野良犬がコケをキラキラとした瞳で見つめていた。 「なに? あ、こら! ちがうよ!」 何か遊んでくれているのかと勘違いしたその犬は、コケが振り回す縄跳びにじゃれつきはじめた。 「あ、ダメ!!」 しまいには、縄跳びの端をかぷっとくわえるとダダダダーっと走り出したのだ。 「こらーーー!!」 そのまま持っていかれたら練習が続かないとグッと縄跳びを掴んだコケだったが、相手は犬。小柄に見えて案外力強い。コケは半ば引きずられていく。それでも負けていられないと犬を追う。追う。追っている内に、どういうことだかコケは縄跳びに絡まっていた。 犬はなんだかごめんね? とでも言うような瞳でコケを見つめると、満足したのか尻尾をフリフリ去っていった。 ツタは元々、振り回すんじゃなくって木に絡まっているもの。 「だけど、コケに絡まらなくてもいいと思う……」 犬に翻弄されたコケは、改めて自分の力不足を痛感させられる。振り出しに戻ってしまった。だけど、やっぱり誰もが力だけで戦ってるわけじゃない。何かで補っているはずだ。 力がないなら知恵……は道具で失敗してるし、あとは技? 「技? 技ってなんだろう……技……技……あ、格闘技?」 そうだ、格闘技では小柄でもうまく相手を倒す方法があるはずだ。そうだ格闘技を学ぼう。 「学ぶ……図書館!」 ● コケは早速、格闘技の本は無いかと図書館へと走った。 格闘技と言っても色々ある。例えば壱番世界で知られているものだけでも、柔道、ボクシング、空手にカンフー、テコンドー、カポエイラ……なかなかの数だ。基本は似たようなものかもしれないけれど、世界世界で考えたら更に増え続けるだろう。格闘技関係の本をとりあえず片っ端から集めてきたコケの机は本で取り囲まれていた。コケの姿が外から確認出来ない。 「……コケ、疲れた」 身体を鍛えるのとはまた違う疲れだ。それにしても、色々ありすぎてコケはどれを習えばよいものかさっぱりよくわからなくなってくる。このままだと何だかおかしな気分になってきそうなので、ちょっと休憩を取ることにする。 気分転換に格闘技じゃない本のコーナーを見て回る。 美味しいお弁当の作り方、折り紙図鑑、植物図鑑。 大きな木の表紙の植物図鑑にコケは何だか懐かしいような気持ちになって手に取ってみる。それはとても分厚い図鑑だったけれど、写真が多くて眺めているのはけっこう楽しいものだった。パラパラとページをめくっていると、世界で一番大きい花や種のページだとか、食べられる植物のページだとかも特集もされている。 さらにめくると、毒のある植物のページというものがあった。ちょっと手がかぶれてしまうようなものから、大型動物を死に至らしめてしまうものまで載っている。 植物たちは自分の種を残すためにその頼りない儚げな体でも立派に戦っていた。 「毒……!これがあった。コケうっかり」 ピッタリとピースがはまったような気持ちがした。 毒を含む植物。それを武器にしよう。コケは毒をもっていないけれど、コケには植物の事を知り育む事が出来る。 俄然やる気の出てきたコケは、更に専門の有毒の植物を取り扱った図鑑を見つけだすと黙々と読み始めた。読み耽る内に、すっかり日は暮れていた。図書館の閉館を告げる声が聞こえて、ようやくコケは本を閉じた。 (今度、植物園にでも行こうかな……) 早速色々な植物を試してみたくてコケはうずうずする。まずはあの故郷でよく見たビリビリ痺れる毒の花を試してみようかと思う。こうなったら早く家に帰って試してみたい。 そう思いながら歩いていたせいか、コケは周りが少し見えていなかった。コケは気づいたら少し治安の良くない通りを歩いていた。明るい内はどうってことがないけれど、夕暮れ時は避けて通った方がいいような場所。 「やあやあ、お嬢ちゃん。一人で出歩くのは良くないんじゃないかな?」 「俺達が連れていってあげようじゃないか」 「君を可愛がってくれそうな人のいるいーいところがあるんだ」 「…………」 気づいたら、周りにはコケとそいつら以外の人影がない。やられたと思う。ニヤニヤと笑う三人組の男。いかにもチンピラですといった風貌だ。どうやらコケを捕まえて、どこかに売り飛ばす算段らしい。 「……しまった。伴侶に一人歩きの時、気をつけるよう言われてたのに」 まずいことになった。けれど、これはちょっとしたチャンスではなかろうか。 痺れ毒。いきなりだからうまくいかないかもしれない。でも、そうなったら急いで逃げればいい。それくらいの自信はある。いきなりだから、うまくいきすぎる事もあるかもしれない、でも、こいつらに何かあっても別に心は痛まない。 「どうした?」 「怖がることなんかないんだぜぇー?」 ギャハハハと品のない笑い声。コケはそいつらにニコリと笑ってやった。男達に向けた手のひらには花束のように咲き誇る花、花、花。 「あ? なんだコイツ?」 「花ぁ? 手品か?」 「ばっかじゃねーの? そんなんで逃げられるとでも……」 毒を持つその花は、確かに手品の小道具にも使えそうなドギツイ原色だ。でも、それは自分の存在をしっかりと印象づけるため。二度と忘れぬようにするため。 自分に毒があるということを知らしめるため。 「がっ……はっ!?」 「しびれっ……!」 「ななな何しやがっ?」 その毒は、後遺症はそうない(少なくともコケ達にはそうだった)が、即効性が高く痺れはすぐに全身を駆け巡り行動が酷く辛くなる。顔面蒼白で脂汗をダラダラと流す男達にコケは愉快になってくる。 「ここで引くんなら、見逃してもいい。でも、まだコケを誘拐しようとする?」 そうするなら、もっとすごい毒が出てくるよとコケはニコリと笑ったまま言ってやった。ハッタリだけど、現在進行形で全身が痺れている男達には効果が抜群だ。ひぃーとかひぇーとか情けない声を上げながら男達は蜘蛛の子を散らすように逃げていった。 「大成功!!」 思った以上の成果だ。今は咄嗟だったからハッタリしかかませられなかったけれど、きっと、すぐに本当の事になる。 (これなら、コケもみんなの役に立てる!) コケは満ち足りた気分で、足取りも軽く家路につくのだった。
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