どたばたどたばた。 エミリエの足音が今日も図書館に響き渡る。 世界司書の一同は、今年もいつものごとくロストナンバー達の資料を更新し忘れていたに違いないと考えた。 だが、エミリエの言い訳によると今年は違うらしい。 地道にロストナンバーに仕事を押しつけたエミリエにとって、年に一度の大更新などもはや必要なかったのだ。 日々の努力は素晴らしい。エミリエは自らの先見の明に満足げに頷いていた。 だが、案の定、リベルが確認しようとすると記録は去年のままである。「その整理した資料はどこですか?」「先月にね、ダイアナが見たいって言って持ってっちゃったんだよ」「それは今、どこにあるのですか?」「さぁ?」 今年はエミリエも反省していた。たまには努力もするのだ。 だが、そのファイルもなければ問い詰め用にも、そもそもダイアナはもう話を聞ける状態ではない。「仕方ない。最後の更新分だけはどうにかしましょう」「最後の更新?」「ええ。途中まではできているはずです。バックアップも確か保管されていますね」「え?」「そういうわけなので、来月までに差分更新をしてください」「あ、あのバックアップって確か去年のあの時以来の……ッ!!」 エミリエの笑顔が張りついたまま、額を汗がだくだく流れ出した。 そう。 エミリエが最後に更新してバックアップを保存してから約一年強の月日が流れてしまっていた。 つまり、それは来月までに一年分の更新をしろという事に他ならない。「こ、こうなったらロストナンバーの誰かにお願いするしかないよね!」 ……と、ここまではいつものパターンである。 いつものパターンではここからエミリエがトラベラーズノートを開いてロストナンバーに片っ端から「助けて!」メールを送るのだが、今回彼女が開いたトラベラーズノートには既にエアメールが多数、着信していた。Title:アリッサの生写真販売本文:詳しくは●●へTitle:壱番世界人朗報本文:ロバートの財産の一部を寄付します。詳しい資料は……。Title:チケットを入手する方法本文:確実にチケットを入手する方法を格安で提供します!詳細は以下の口座にナレッジキューブを振り込んだ後で…… いわゆる迷惑メールというやつだ。 エミリエの立場上、顔と居場所は広範囲に知れ渡っている。 勧誘なんだか、ただのカモりたさなのかは分からないが、そういうメールが多数着信していた。 閉口したエミリエの手元を覗き込み、リベルが眉をひそめた。「それはいわゆる……迷惑メール、ですか?」「元世界樹旅団の人がねー! 人のいいロストナンバーだまくらかしてトラベラーズノート借りてメール出してるみたいなんだよねー! 気付けばいきなりご覧の有様だよー」「確かにウッドパッドがなくなって不便でしょうが、ノートの貸し借りが頻繁に行われればこういう人も出てくるでしょう」「お金と出会い系がほとんどだよね。あ、これ面白いよ。『主人が子セクタンに食べられてから二年が経ちました』だって。他にも「どぶの中に銀貨を落としたので手伝ってください。お礼の銅貨を……」これ、どう見ても銅貨一枚でどぶさらいさせようとしてるよね」 ぺらぺらとトラベラーズノートをめくると、いかにも苦し紛れな迷惑メールが多数散見される。 その中のひとつに目を止める。「あれ? 『あなたは実はロバート卿の隠し子かも知れません』……これ、差出人、アリッサ名義だよ?」「ふむ。『もしそうだったらロバートの資産の一部を受け取る資格があります。詳しくは館長室に来てください。手土産はお菓子でOKです。違ったらゴメンナサイ』ほう、悪質ですね。捕まえてお説教しましょう」 ため息をついたリベルのノートにも着信が入った。Title:信者よ集え!本文:チャイ=ブレを信ずるものよ。集え!今なら信者限定、大根25%オフ!!「トラベラーズノートを広告代わりに使う者まで出てきましたね」「そうだねー、あ、じゃあ、エミリエがとっつかまえて来るよ!」「あなたは名簿の更新です!」「えええええ!?」「ついでに皆さんに被害の程度を聞いてみてください。どうせロストナンバーに泣きつくんでしょう?」「この上、さらにお仕事が!?」 さすがの仕事量にエミリエの頭がぐらぐらと渦巻く。「マズい、このままじゃマズいよ!!! やっぱりこんな時は……」 エミリエがノートを開くと、すかさずリベルの冷たい声が飛ぶ。「今年も縦読みを仕込んだら承知しませんよ」「ぐぐぐぐ!?」 そして、今年もエミリエからの救難メールが飛ばされる。 数々の迷惑メールを乗り越えて、エミリエの叫びはロストナンバー達に届くのだろうか。 +++++++++++<お手伝い募集>+++++++++++ りんじぼしゅう! 今年もロストナンバーの皆の名簿を修正します! のべ1664人(2013/3/11,現在)分あっても、みんなでかかれば怖くない! ルール無用の理不尽な仕事に立ち向かうエミリエを助けてください!! 手伝いのみんなも自分の名簿に気になってる所、あるよね!? 去年分のお仕事の成果はそのまま残ってるから一年分の更新だけ助けて! ところで皆に聞きたいんだけど、迷惑メールの着信とか来てない? そろそろ犯人ばっちり捕まえるつもりだから、どんなメールが来たか教えてね。 と言うわけで、バランティアの皆さんのお手伝いまってるよ!!! !!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!! ※お昼のお弁当付きです! お弁当作ってくれる人も募集! ++++++++++++++++++++++++++++++++「バランティア?」「あ、いっけなーい。ボランティアだった」 エミリエはてへっと舌を出した。「それと、ですね。この名簿ですが……」「あ……」 リベルの差し出したファイルには特別な印がついていた。 エミリエのそれまでの笑顔が影を帯びる。「うん、そうだね。いつまでもみんなと同じ棚に置いてちゃいけないよね」 リベルから受け取ったファイルには、数名の名前が記載されていた。 三日月 灰人、小竹 卓也、ディーナ・ティモネン。 日付が新しいものはグレイズ・トッド。 それから、司書のミミシロ。「中身が間違ってないかチェックして、"そういう棚"に整理かぁ……」 うーん、気が重いなぁ、と言いつつエミリエは空元気を振りしぼって笑顔を作った。===========!注意!非常に特殊なシナリオです。クリエイターコメントの内容を熟読の上、ご参加下さい。===========
「今年も懲りないのね、エミリエさんは」 ホワイトガーデンがくすくすと微笑むと、ゼロが小首をかしげた。 「りべるのおにばば! なのです?」 「ええ、今年は少し苦しかったわね」 エミリエの暗号、というかあえて誤字で仕込んだからには大多数に解いてほしいのだろう。 文章の乱れ具合から急いで書いて仕込んだのだろうと推察するが、誤字ではなくもう一ひねり欲しかったななどと話しつつ、ゼロとホワイトガーデン、並んだ二人の白い少女は書庫の扉をあけた。 途端、喧騒が襲い掛かってくる。 「今年も大変そうね」 「えっとね、ターミナルの風物詩なのですー」 うむうむと訳知り顔で頷くゼロ。 「ロストレイルで、様々な世界に触れているけれど、このお仕事もまた世界に触れる作業、世界全体を見渡す事ができる機会だから」 エミリエは中央に程近い席で涙目を浮かべながらペンを走らせている。 その机に載せた書類を少し手に取ると、エミリエが「ありがとうっ!」と声をかけてきた。 「あら書類の順番が違う?」 「さいちょーさのけっか、階層が変わってるんじゃないかなって予想されるものだよー」 「そう、これだけ世界があって、それぞれに動いているのね」 そして、ホワイトガーデンは最初の書類に目を通し始めた。 「……れーてつ、って、どういう意味でしたっけ??」 ノラ=グースがつんつんと隣人の肩をつつく。 が、振り向いたのはノラの意図した相手ではなく、たまたま隣の席にいたモービル=オケアノス。 旧知の相手かと思いきや、戦化粧の竜人が間近でこちらを見ていることに、ノラはぶわっと全身の毛を逆立てる。 「ええとね」 見た目に反して丁寧に教えてもらってしまい、ありがとうなのですっと手をあげて挨拶する。 ノラは改めて自分の書類に目を通し、間違いがないことを確認した。 性格の欄の「冷徹」の謎も解けた。 「……ふふんっ、ノラはれーてつなのですっ」 胸を張ったノラの目の前で、モービルとは反対側から伸びてきた手が書類の「冷徹」を二重線で消す。 「!?」 流れるような動作で「のんびりしている」にマルを追加され、そのまま書類を奪われた。 「なにをするのですっ!?」 ノラの抗議を無視して、物好き屋は立ち上がった。 隣のテリガンの書類に指を指す。 「推定階層、間違えてるよ。エクと同じ世界だよね?」 「げっ、本当だ。な、なぁエク。どのあたりだっけ。マイナス中層? そっか。……そういやエクとは、覚醒前に会ったことあったよな」 「何か言いたそうだな」 「同じ世界からの縁ってことで、長期契約結んでみないー? 最近さー、無償契約ばっかでオイラの魔力カツカツなんだよ」 「言っておくがテリガン、お前とはあくまで“博物館のメンバー”として付き合ってるだけだ。正規の契約相手になって、天使狩りに駆り立てられるのは御免被るぞ」 「今度、なんかアブない仕事に行くんだろ? 無事に戻ってくれなきゃ、オイラ困るんだけど。」 「まぁな、今回の仕事は手を借りたい気分ではある。俺もあっち側には、なりたくないし」 「あっち側?」 エクの向いた方角を眺めてみるが、扉は閉まっている。 と、テリガンが余所見した間に、エクはおろか、物好き屋もノラまでもが机を立っていた。 振り向いたら誰もいない。テリガンでなくとも、これは驚く。 「わ、み、みんなどこー!?」 「書類は書けておりますか? 手前の方で受け付けますが」 奇兵衛が手招きすると異形を連れた青年が彼に前へと立った。 申請書類には珍しく名前欄に二重線が引かれている。 「へへえ、改名なさる御心算で?」 「……思えば、それほど「物好き」でもないしね。シオリ、と変えてくれる?」 物好き屋、と呼ばれる博物館の館長。 その名前の横には新しい名前が書かれていた。 「ええ、そちらさんのご都合に手前は口を挟みませんとも。で、ええと」 書類を見たまま目と手を止める。 読めない。 枝折、これが今言ったシオリと読むのだろう。名前の方はとどうしたものか奇兵衛が固まっていると、ノラが物好き屋の肩を揺さ振った。 「……これからは、ルスキさんってお呼びしたほうがいいのですー?」 「好きにしていいよ」 「へい、受付ました。シオリ・ルスキ様で。ありがとうございます」 書類にルスキとフリガナを振りつつ奇兵衛は書類に修正の判を押す。 世界が異なる一向を見送り、奇兵衛はため息をついた。 「書類も対応も性に合うが、中々骨が折れる。帰ったら橡様で遊ぼうかね」 そう言って奇兵衛は笑顔を浮かべた。 「お次の方、どうぞこちらへ」 ミ★ ミ☆ ミ★ ミ☆ 「はい、次の方」 処理済の書類を机の上の紙束に載せ、華月は次の相手を呼ぶ。 数秒。 「あのー」 「はい?」 華月の前には相手がいない。声は聞こえる。 身を乗り出してみると、巨大な黒いものが床に寝そべっていた。 あれ? 首をかしげると、その黒いものが起き上がる。トドだった。 「……セ、セイウチ? じゃなくて、トド?」 「トドだよ」 「あ、牙がない」 セイウチとトドの簡単な見分け方は牙が長いかどうか。 つまりはトドの北斗である。 上体を起こすとかなりデカい。 『あのー、おいら、修正したいところが1か所あるんですけど……』 「……どこ?」 咳払いをひとつ、華月は書類を手に取る。 なるほど、トドにはペンは使いにくいだろう。 書類の上ではこのトドの世界は「プラス上層」となっている。 『モフトピアみたいな所なら良かったんですけど、あいにく、弱肉強食の概念はある世界なんですよ……』 『どうやら、今まで勘違いしていたようだ。あの世界がプラスのわけなかったな……』 「……」 トドの上に犬が乗った。ドーベルマンのようだ。 もう驚くまい、と華月はドーベルマンことクラウスの書類を受理する。 「では、次の……。……?」 「今晩和」 霧花が艶やかに微笑む。 夜鷹姿の風貌だが、化粧の仕方とどこか不純な艶やかさは花町の人間に特有のものだ。 華月の表情がわずかに硬くなる。 「――おや」 「修正の申請書類はこちらですか?」 「……可愛いお顔が強張ってやしないかえ?」 「気のせいです」 「そうかえ? ならいいがねぇ」 幻燈のような微笑みを残し、霧花は場を去る。 残された伽羅の香りに大きく被りをふって華月は書類に判を押して棚に載せ、脇に寄せておいた自分の書類の項目に二重線を引いて――。 「ねぇ?」 「きゃぁっ!?」 書類を持ってきたコージーに声をかけられ、驚いた華月は盛大に書類を床にぶちまけた。 ミ★ ミ☆ 「一人目、一一 一! 先月来たエアメールです!」 Title: 信じられないかも知れませんが、私はチャイ=ブレです。 本文: ノート越しで、こうしてメッセージを伝えているだけでは分からないかもしれませんが、 私はチャイ=ブレです。 (中略) だから自信を持ってください。 人間界ではブサメンで非モテなあなたでも、 落とし子界ではイケメンです。 あなたはイグシスト受けする顔です。喜んで良いんですよ。 (後略) -end 「って、なんなんですか。イグシスト受けってなんですか。そもそもメンってどういうことですか。ブチ殺すぞチャイ=ブレ」 == 「二番、ティーグよ」 Title: 禿げの治療薬、売ります! 本文: 禿げでお悩みの方に朗報、1日1回この○×薬を~…… -end 「禿げじゃないわよ!! もともと毛がない種族なのよ! 嫌味なの!? おしゃれはしたいけども……」 == 「三番、村崎 神無。迷惑メール、……だと、思うんだけど」 Title: 間違いメール 本文: すまぬ、このメールは間違いメールだ。気にしないでくれ。 仮に気にしたとしてもお主にとっては意味を無さんものだから必ず見ないように! さて、先に頼んだ世界樹型掃除機は順調であろうか? 例の侵略計画には必要不可欠絶対重要だ。 チャイ=ブレより世界樹の方がプリティかつハイクオリティーだと思う。よって一刻も早く仕立て上げよ。 -end 「し、侵略計画とか書いてるけどどうしよう……?」 == 「四番。ニコだよ」 Title: ひさしぶり! 本文: 覚えてますか?^^ -end 「内容がこれだけで差出人不明、本気なのか迷惑メールなのか判別しにくいのがちょっと困るという……」 == 「五番、おじさんだよー。え、名前? ロナルド・バロウズだよ」 title: 【デフォルトセクタンの角の脅威】 本文: あのくるんてなってる部分? 角じゃなくね? こないだ迷惑メールにそんな事が書いてあってさ。しかも、そのメール超しつっけぇの。 千体以上の長さや角度を網羅し、トイレの水の右巻き左巻きやバタフライエフェクトの話を何故か交えて何か警告してるの。 絶対真っ直ぐ伸ばすなとか巻く向きを変えるなとか。 ……さもなくばロス -end 「……ここで終わってた。やーめーてーよー。俺ツーリストだけど気になるー。つか誰よ、送り主ー!」 == 「みんな楽しそうだよね。ねえ、これ見て」 ツィーダが取り出したのは、びっしりと書かれた0と1の羅列である。 「これなんだけどさ……。エンコードしてみるとソースコードになってて」 見る者が見れば分かる。単純なコンピュータ・ウイルスである。 「迷惑メールに紛れてウイルス混じってたよ? 誰だろうね? こんなヒマなことするの」 「うっわ、それってツィーダさんの顔を思い浮かべながら0と1を何万文字も書き続けた人がいるってコトですよね?」 一が心底嫌そうな表情を浮かべる。 「とことんヒマだよね」 「ところで、イグシスト受けする顔ってどんなのかしら?」 ティーグが小首をかしげる。その肩をがっしりと掴み「いいですか!? 忘れてください!」と涙ながらに一が語った。 「……この髪型ってイグシストウケするのかしら。これ、普通に見てもオシャレよね?」 「うわぁぁぁ、やーめーてーくださいーー」 ティーグの追い討ちに、一は顔を覆ってしゃがみこむ。ノリがいい。 「お嬢ちゃんのも侵略計画なんだねー、おじさんもそうだよ」 「え、これ、侵略計画? ……セクタンの巻きが?」 「そう。これは遠大な0世界破滅計画。セクタンのアレにはそういうなにかが籠められていて伸ばしたが最後こういうことになるんじゃないかなっておじさんは思うわけなんだよ」 「……よ、よくわからない」 「おじさんもよくわかってないから大丈夫だよー」 テキトーに笑うロナルド 「掃除機で侵略計画、なのかなぁ」 ニコが神無のメールを読んで頭をひねる。 「侵略計画。掃除機の魔の手……ど、どうしたら」 「お部屋のお掃除をしておけば大丈夫だよー、わかんないけど」 「そ、そういうもの?」 「ほんとほんとー」 ロナルドがとても軽薄に頷いているが、神無は「帰ったら片付けしないと」と小さく呟いていた。信じてしまっている。 「それより、ニコさんのです」 「心当たり、ないの?」 一とティーグがニコのメールを眺める。 これだけでは迷惑なのか、本気なのか分からない。 「ない、コトもない、って言うか、ありすぎるというか。ええと……」 頭をかいて、ニコは笑う。 あれかな、これかな、と指折り数えることはできても、その全員に確認するようなマネをすると、なんというか余計な詮索をされそうな気がする。 彼"女"たちにとっては余計でも何でもなく、正当な詮索になるかも知れないのが非常に痛いところでもある。 「ユリアナさんに聞いちゃえばいいんじゃないですか?」 「え、でも、久しぶり、って書いてあるよ?」 「恋する乙女は一日千秋。秋が千回なのです。一日に千回も秋が来たらきっと凄く太ってしまうに違いないのです。と、言うことで太った人が犯人(?)なのですー。そういうわけで、ゼロのハイパー謎団子を食らうがいいのです」 「あ、ゼロちゃん」 シーアールシーゼロとアマリリスが差し入れを持ってきた。 書類整理で疲れた人が休憩する場所であるが、なんとなく迷惑メール大会で盛り上がってる様子を察したらしい。 持ち込まれたのはゼロの宣言通りのハイパー謎団子とアマリリスのクッキー。 「謎団子ですね!」 「従来の完全栄養食品、謎団子にヴォロスの粉状竜刻など諸世界の力ある粉末を練りこみ、巨大化で威力を増大させて作成したのです」 「ほほう」 「ご希望があるかと、ノーマル・ハイパーどちらも大量生産したのです。さあ、ハイパーな謎団子を食べるのですー」 ゼロの差し出したハイパー謎団子。 ぽいっと口にしたのはロナルド・バロウズ。いつものテキトーな調子で食べると。 「さて、そこに意識を失った被害者がいるわけだが」 「犯人はこの中にいるのです」 「あからさまに謎団子すぎるわよっ!」 「そうですよ。なんか面白そうって言うより危険そうじゃないですか」 さすがにロナルドが倒れたのを目の当たりにして続くのは気が引けてしまい、一はアマリリスの手にあった盆の方を選び、その上のクッキーを口に運ぶ。 「謎団子って私はそういうの好きですが、こういう被害が出るのは……あれ?」 「……さて、ここに意識を失った二人目の被害者がいるわけだが」 「犯人はこの中にいるのです」 「クッキーの方も謎なの!?」 「な、なんとも形容しがたい味だね」 コンダクターと比較してよっぽど耐性のあるニコでも、冷や汗を浮かべている。 アマリリスの手作りクッキーは要するに「そういう味」であった。 「さて、休憩時間も過ぎた。迷惑メール大会も終わったし、そろそろ整理に戻るとしようか」 「あ、逃げた」 アマリリスが席を立ち、トラベラーズノートを開く。 迷惑メールか、なかなかに面白いなと呟いた途端、その場にいる数名を巻き込んで「着信」があった。 『旅客登録者が1999人に到達! いますぐ世界図書館にくればエミリエからナレッジキューブを無料プレゼント! 2000人目の人には特別プレゼントあり!』 「……これはエミリエの仕事が増えるな」 今、何人の旅客者がいるのか把握はしていないものの、さすがにこのタイミングでそんなキャンペーンは張らないだろう。 などと思っていると扉がひらいた。なるほど、チラホラ訪れているようだ。誰の愉快犯かは知らないがエミリエの多忙に拍車がかかるのは間違いない。 「あ、かんにん。遅れてしもたけど、うちも入れてー!」 飛び込んできたのは花咲杏。喋る猫である。もとい、猫又である。 Title: あなただけに特別にご紹介! 本文: 水面下でひそかに話題になっていたあの問題作をあなただけにご紹介! さらになんと、今回は特別に割引価格でお譲りいたします! さらにさらにお友達と共同で購入なさる方にはさらなる割引特典をお付けします! -end 「得らしいんやけども、うちかて何なんかわからへんもんに手ぇ出したりしにくいんや。……あ、団子あるやん! もろてもええ?」 ぱくり。 「……さて、ここに"何なんかわからへん団子"に手ぇ出して意識を失った三人目の被害者がいるわけだが」 「犯人はこの中にいるのですー」 犠牲者は増え続ける。 ミ★ ミ☆ ミ★ ミ☆ 「ここには前から興味あったんだ! チャンスを逃す手はないよ」 普段は何気なく鍵がかかっている部屋があった。 整理に必要なのか何なのか、ユーウォンの視界の端にその部屋へと入っていく人物が見えたのだ。 持っていた書類整理をそこそこに部屋へを駆け出し、ノブに手をかける。 彼が扉を開けた途端、好奇心は理解へと変わった。 「……そういう棚、か」 中にいる者は言葉少なく、整理というよりはファイルの文字に目を走らせている。 ローナがディーナのファイルを読みふけっていた。 もしあの世があるのならばどうしているのだろうか。 ジュリエッタの持っているのはディーナのファイル。 「ディーナ殿の心情はどのようなものだったのか……答えが出るはずもないがの」 手元のブックカバーは彼女からのプレゼントである。 例え、本人から直接貰ったものではなくとも。 「シオン殿に料理レシピは渡したのじゃ。直接の交流はなくとも、わたくしは彼女を忘れることはない……ましてやダイアナ殿も」 「そう……ですか。世界樹旅団との戦争の時は色々ありましたから。まだ今も皆さん、頑張ってらっしゃいます。私もしっかりしないと。長手道提督や魔法少女大隊の皆さんはナラゴニア所属のままですね」 「無理もあるまい。負けたのがターミナルであったならば、最後まで世界図書館の所属でいることを望みそうなのはわたくしの友人にも何人かおる」 持参したブックカバーをディーナのファイルに被せることも考えた。 だがそれではプレゼントを付き返す形になりそうだと、ジュリエッタは大切に仕舞い込む。 直接話し込んだ事はないものの、同じ災禍の中で命を賭けて何かをしようとした昔の仲間とジュリエッタを結ぶ一つの証である。 相沢 優が「久しぶり」と声をかけると、ゼシカは薄く笑顔を見せた。 「あのね、パパのファイルが見つからないの」 パパ、つまり三日月灰人のことだ。 相沢がファイルを指差して探す。確かに存在しない。 「ここでありますよ」 ヌマブチがゼシカにファイルを差し出す。 ありがとう、とお礼を言いゼシカはファイルを受け取ると胸に抱く。 「何度か依頼を一緒したけどね、灰人さん、暇さえあれば娘さんや奥さんの事を話していたよ」 あの時は、彼の奥さんが亡くなっていたことも、その娘さんがここにいることもしらなかったけれど、とは言わない。 (灰人さんが気に掛けていたアクアリーオ……リオは無事インヤンガイに帰属しましたよ、姉のリーラと再会しました) ファイルに向け、相沢優は小さく微笑んだ。 「……そろそろ整理をしないと」 「ゼシがやる!」 静寂の部屋に少女の声が響いた。 「パパのデータ整理はゼシがするの。他の人に任せたくない。……わがままいってごめんなさい。でも、ゼシがやるの」 「うん、そうだね」 ゼシカは小さな胸に無機質なファイルを抱きしめた。 「で、どこに移すの? お仏壇?」 「……ゼシカちゃん?」 何か違和感を感じたものの、ゼシカの真剣そうな表情を見た優は言葉を飲み込んで隣の棚を指差した。 「ええと、あっちの棚に」 うん! と大きく返事をして、ゼシカは指定された棚へとファイルを運ぶ。 「今度からここがパパの場所よ。暗くて寂しいかもしれないけど、時々会いに来てあげるわね。埃も払ってあげる。ゼシ、パパの娘だもん」 ゼシカは小さなカバンから金の鉢を取り出し、灰を注いで、蝋燭に灯した火を線香に移し、腕をふって炎を消す。 完璧な作法ではある。あるのだが。 「パパ。ゼシは大丈夫。一緒に住んでくれる人とお友達ができたの。魔法使いさんと郵便屋さん。だからね……」 両手を合わせ深く深く頭を伏せる。 「心配しないでね、パパ。迷わず成仏してね……。なむあみだぶつなむあみだぶつ。かんじーざーぼーさつぎょーじんはんにゃーはーらーみーたー」 「ゼシカちゃん? ……ゼシカちゃん!?」 説明にしにくい違和感を覚え、それでも真剣なのであろうゼシカに何と言っていいか分からず、優はゼシカの名を呼び続けた。 灰人のファイルをゼシカに渡した後、ヌマブチはミミシロのファイルに目を通していた。 「よう」 ヌマブチの前に茶と煎餅が置かれ、目をあげると、黒服をまとったワシが立っている。村山静夫、改造人間のギャングである。 「どうも」 「炊き出しの運搬だが……。よぉ、久しぶりだな。忙しそうだが、俺に出来る事ぁあるかい?」 「いいや。実は某はそれほど仕事を抱えておらん。これを見てさえいれば、さぼっていても怒られなくて便利でありますな」 死者のファイルに目を通すものに働けとは言いにくいのだろう。 特にヌマブチが灰人やミミシロのファイルを読んでいると、話しかけづらい。 この部屋で死者のファイルを眺めていると、それに向かい語る者達がいる。 その思い出話に黙って耳を傾けていたヌマブチの本心かどうかは分からない。 「案外、兄さん自身にもわかってねぇんじゃねぇのかい?」 まぁ飲みなよ、と茶を置いて静夫は翼をはためかせた。 「後な、これは追加だ。頼むぜ」 「承知した」 新たなファイルが手渡される。 生死は日常の軍人とはいえ、あまり気分が良いものではないでありますな、とヌマブチ。 ギャングでもそうさ、と村山。 「……この棚もだいぶ増えたね」 マスカダインである。 「今はね。……彼らの選択にあんまり固執してないんだ。どこで命を散らしたってことも含めてその人が歩んできた道だと思うから」 道化師はファイルに納まった死者にぺこりと頭を下げる。 「こうして記録が――その人が生きた軌跡が人の記憶に。ボクらの思いに存在し続けることが。今も「生きてる」ってことなのかもしれないよ」 頭をあげ、瞳をあけた。 「……ただ」 にやぁっと笑みを浮かべる。 「こんだけありゃ一人ぐらい蘇っても何の問題もないね」 怪気炎をあげるマスカダインの横を通り静夫が部屋を出る。 そのタイミングにあわせ、ユーウォンは扉を閉じた。 「まぁね。一人一人、色々あったんだろうし、ニンゲンって難しい事を考えるから、憶測では言えないけど。……でも、きっと皆、自分が自分でいるために、こうするしかなかったんだろうな」 一人、言葉を紡ぎ続けた。 「そうでないと、自分じゃなくなっちゃう……。それって、死ぬより嫌だよね。おれ達の昔からの挨拶を送るよ。『古き躰を置いて去りし、君達の新しき旅に幸多かれ!』」 そして、彼は部屋を後にした。 ミ★ ミ☆ ミ★ ミ☆ 「うわぁあぁぁ エミリエの仕事がとてもとてもとっても多いぞぉーおぉーお!!!!」 エミリエにしては珍しく書類にペンを通すペースを保って働き続けている。 それでも書類の山は減らない。むしろ、増え続けている。 「ええと、こまったなぁ」 忙しそうなエミリエの後ろでぼんやり呟いたのは箪笥の伊原である。見紛う事なき箪笥モードである。 箪笥にお手伝いできることはある? と聞いた所、避けた書類を預かれといわれた事に端を発する。 数年越しに己の情報の書き忘れに気付いて直しに来、その帰りにペンや書類やそのほか諸々を箪笥の引き出しに仕舞いこんでいた事に気付いた。 なので、返しに来て、ついでに何かお手伝いをしようと申し出た。 箪笥にとって本領発揮は保存である。木材なので調湿にも長け、書類の保存にも適している。 と、言うことで、保存されるのは構わないが、引き出しに一杯詰め込まれるのはいただけない。 箪笥は余裕を持って荷物を詰めるようにできているので紙のようなものを目一杯詰め込まれると目地が痛む。 ついでに箪笥のさらに上に重い荷物を載せるのも言語道断である。 それらをすべて短時間でやられてしまうと、重みで伊原自身が動けなくなる。いや、なった。 抗議しようと思うものの、当のエミリエはご覧の通りに忙しそうだ。さらにリアルタイムで書類は増え続ける。今もエイシェスの修正書類が積み上げられた。 これは何かの呪いだよぉ、陰謀だよう、と呻くエミリエの書類を坂上健が取り上げた。 「エミリエ、休憩だ」 「そんな時間ないよー!」 「代わりにやっとくよ。……まぁ、何だ。エミリエが元気じゃないと調子狂うって言うかみんなも元気じゃなくなるから。休憩して食ってくれ」 洗面器のような大きなお皿にウーピーパイ、ロールケーキ、揚げ餡トースト、チョコがけマシュマロなどなどなどなど。 ひたすら甘味攻めのようなラインナップのお菓子を山盛りにしてエミリエに差し出す。 「あと、これ、ゼロから預かったハイパー謎団子。これは仕事が終わってからの方がいいんじゃないかな」 「……そ、そうするよ」 がつがつとお菓子を食べ始めたエミリエに代わり、健が書類を手に取る。 村山からの報告書で、ディーナや小竹のファイル整理が終わったことを告げるものだった。 (そういや俺、好きな食い物も知らなかったな……知人以下だな、畜生……) 小竹とは一緒にアキハバラに行ったはずなのに。 立ち止まりそうな意識を無理矢理引き剥がし、エミリエの代わりを少しでも務めるため次のファイルの処理にかかった。 「……僕ノ話シ方、複雑ダカラ……ヤヤコシイヨネ……。……アノ……ゴメンネ…… 幽太郎が泣きそうな顔であちこちの司書にぺこぺこと頭を下げる。 手伝いをしていた星川も書類を前にして、涙目の機械龍に頭を下げられるという珍しい体験をしていた。 「いや、訂正しておく。……ところでこの全面訂正ってなんだ?」 「ワタシも知らないのよねぇ。登録して気がづいたらこんなことになっててぇ。キミ、訂正してくれるかしら?」 「……分かった」 名前欄を見て「殺されなくて良かったな」と思いつつ、星川は歳幼女の書類を29歳性別不明に書き直す。 「ありがと♪」 29歳性別不明はそう言って去っていった。 0世界の旅客調査、まだまだ星川の知らない存在がある。 「それに比べれば、俺のこのくらいの訂正はいいよな」 と、ある日に。 ―― 「征秀さんって、陽気って感じじゃないですよね」 ―― 「いきなり失礼だなおい……まあ、ウィルにも同じこと言われたけど。陽気じゃなかったら何だと思うんだ?」 ―― 「うーん……やさしい、かな?」 そんな会話があったことを思い出す。 とは言え、自分で自分の書類に、しかも性格欄に、さらには「やさしい」などと書いていいのかどうか憚られていたのだが。 これだけの様々な旅客登録の中で、そんな事にこだわっても仕方がないかと自分の書類欄をこっそり訂正した。 「おれ、選択間違えちゃってさ。手間かけてごめんね。その分きっちり手伝うからさ!」 山盛りの書類を両手に抱えた、コージーが机の上に荷物をおろす。 白兎の獣人、アーネストが顔をあげた。 「おつかれさま。随分いっぱい運んだのね」」 「うん。力仕事なら任せてよ!」 「ショートブレッド、いっぱい焼いてきたわよ。頭脳作業するにも肉体労働するにも、血糖値はたっぷり取っておきなさい」 「わ、ありがとう。うまいね!」 アーネスト自身も凄いスピードでもぐもぐと口にショートブレッドを運んでいる。 「こっちでも休憩タイムッスか!? 自分、軽食用意してきたッス。カツサンドとお茶。デザートにイチゴもあるッス!」 氏家ミチルである。 「うわ、うまそう!」 一口食べて「こんなうまいカツサンド初めて食べた!」と満面の笑みを浮かべる。 「喜んでもらえて嬉しいス! 遠慮なく食べてくださいッス! 応援でも体力上げるッスよー」 体育会系の口調全開ではあるが可愛い女子高生からの差し入れである。 アーネストはイチゴの方に手を伸ばしている。 「ついでに先生に女子力アピ……って先生居ないよ!? そーいや迷惑メール大会見に行くって言ってたッス」 「ああ。迷惑メール大会か。やっぱり顔が売れてると多くなるのかな?」 「自分、謝肉祭ってタイトルでメールが来たコトあるッス。肉食い放題かと思ってみてみたらエッチなヤツだったッス! セクハラとか許せないからそんなセクハラする人はヒドい目にあってコリればいいッス。……じゃ、自分、先生のお尻触るついでにお手伝いに言ってくるッス!」 どかどかと荷物を抱え、ミチルは次の場所を目指した。 「あれもセクハラって言うのかしら」 「うーん?」 アーネストとコージーは食べ物に手を伸ばしつつ考え込むのだった。 「えー、まだ手書きなんですかー??」 バナーは書類の手書きに不満があるようだ。 一部電子化したところ、ナラゴニアとの戦争で電源の消失や媒体の小ささ故の全損による危険度が問題視された。 ということで、今は時間もないので旧来のフローで仕事をこなしているわけだが、次々に来る修正申請にバナー自身、くるくる回っているハムスターになったかのような錯覚を覚える。リスだけど。 「あ、ヘータさん。……あれ、名前の変更?」 「うん。全部思い出しちゃったんだ。別人になったような気分だから、名前も変えようと思ってね」 「とにかくとして、また大変なんだよー!」 「せっかく来たし手伝うよ。ワタシが見られる本は大体見ちゃったから気にならないしね。たまには働かなきゃ。でもその分、整理には役立つんじゃないかな? 人手が足りないのはエミリエのところだね?」 「ぼくのところも足りてないよー!!」 バナーの渾身の訴えを無視して、ヘータは人手の足りなさそうな所へと移動する。 「仕方ないなぁ……、バックアップも大変だし、そうだ。スキャナーでパソコンに移してからにしよー」 ふるんと、バナーは大きな尻尾を振った。 ミ★ ミ☆ ミ★ ミ☆ ミ★ ミ☆ ミ★ ミ☆ ミ★ ミ☆ ミ★ ミ☆ 「お、終わった……よ」 最後の書類を書き終えて、エミリエが力尽きた。 体力のないコンダクターから順番に図書館のあちこちで力尽きたように座り込む。 最後のチェックが終了し、ようやく不眠不休の修正作業が終了した。 「おつかれさま。最後の差し入れにおはぎ作ってきたよー」 音成梓の作ったおはぎが振舞われる。 「……ってアレ、レガートはどこ?」 どこかでレガートこと真っ黒なデフォルトセクタンの声なき悲鳴が聞こえたような気がした。 「とにかく、みんな。おつかれさま! ありがとうー!!!!!!」 拍手がおこる。 三々五々帰っていく協力者達にお礼を告げ、エミリエは「今度こそちゃんとこまめに更新しよう」と硬い決意ともに最後に図書館の扉を閉めた。 さきほどまであれほど喧騒に包まれていた図書館の中も、わずかの間で静寂に包まれる。 真っ暗な部屋にぽつり、と呟きが漏れた。 「……ええと、どうしよう」 声の主は重量級の書類を詰められたままの箪笥の伊原。 動けないなぁ、どうしよう、と。 困ったように呟くのだった。
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