「みんなー、ヴォロスのアルヴァク地帯って知ってる?」 エミリエが導きの書を携え、にっこりと笑う。「うん。なんか聞いたことあるよね。色々あるんだけど、エミリエ、よくわかってません。 わかってないから別にいいよね! って事で。ちょっとチョコレートの材料を取りにいってもらいまーす」 ヴォロスは竜刻の恩恵を受け、局地的には色々あっても全体としては繁栄を続けている。 それは文明や知的活動という意味ではなく、多種多様な生物進化が遂げられ、複雑な生態系を構築しているという意味だ。 どこかで突然変異がおき、その変異体が繁殖し、一定の数を超えればやがてそれはメジャーな生物へと変貌する。 植物であっても、動物であっても。 そして、それが支配種族にとって便利な生物であるならば、その援助のため更なる増殖を繰り返すことになる。「……って、リベルがいってましたー。エミリエ、よくわかりません。ええと、よーするにヴォロスはごはんがおいしいんだよ! だから、お菓子もおいしいんだよ!」 エミリエは導きの書を読みながらチョコレートの材料をあげつらう。 よく見れば導きの書に浮き上がるいつもの預言ではなく、単に材料を記憶できずにカンニングしているだけだ。「はーい。カオカオの実をいっぱい、ジャッジ牛のミルク、火炎バター、グラン・ニュー・砂糖。それと甘露丸のお手伝いさんを募集しまーす!」 一緒にチョコレート食べようね! とエミリエは満面の笑みを浮かべた。 ミ★ ミ☆ 舞台は、シュラク公国。 アルヴァク地帯の概ね西側に位置する、巨大な城郭都市。 前方は街道に面し、内側には生い茂る森林を切り開いて都市部を広げ、外側にも軍事力を持って今なお領土を広げ続けている。 この地方においては、比較的新しく建国された国家であり、五代目国王オルドルと宰相サリューンの富国強兵攻策が功を奏してめきめきと力をつけていた。 課税が強化されたり、領土拡張の野心を隠さぬ姿から眉をひそめるものもいないではないが、おおむね、強く平和な国家であった。 そんな地方において、エミリエの指定した材料を集めるには、以下の難題をクリアしなくてはならない。 至宝のチョコレートを完成させるには、複数の努力が必要なのだ。 ミ★ ミ☆○カオカオの実(ヴォロス、森のエルフの集落付近) 直径3cmから10cmほど、ただし1kgから20kgとなる、小さくて重い性質の茶色い実。 苦味と共に独特の芳香があり、近年までは健胃や食欲増進などの薬効のある苦い実として知られていた。 数十年ほど前、たまたまヴォロスに来ていたロストナンバーが「カカオに似てない?」という言葉を発し、試してみたところ、香りの良いチョコの原料となる事が分かる。 シュラクの森林の深部に自生しており、大木となる傾向がある。 地上から手を伸ばすだけで取れるが、生っている実を取ると幼芽が落下してくる。 カオカオの幼実は棘がありさらに落下した時の衝撃で、生物程度の肉や骨なら風穴をあけてしまう。 カオカオの木の下に鳥の死骸が散乱しているのは、この木の生存戦略のひとつ。 実を求めてくる鳥が幼い実をつつくと、棘により刺し殺されて地面に落下する。 鳥の死骸はそれそのものが大地の養分ともなるが、その香りが呼んだ野犬などの肉食獣を狙って幼芽が落下し、仕留める。 その無限連鎖がなされているため、カオカオの木の周囲は不自然に養分濃度が高い。 できれば通常どおり、地上に落ちた実を拾うだけにしておきたいが、今回のエミリエの作戦にはどうしても大量の実が必要なためどうにかして取る方法を考えなければならない。 エミリエ談「まぁ、木を切り倒して持ってきちゃえばいいと思うんだけどねー。ブランがそれは美しくないからダメだってさ」 リベル談「森に住むエルフに怒られます。エルフはそこらへんにいるかも知れませんから森林をイタズラに破壊しないでください」 ミ★ ミ☆○ジャッジ牛のミルク(ヴォロス、シュラク公国と砂漠の国アルスラの国境市場) シュラク公国のお隣、砂漠の国アルスラの砂漠に生息する牛の乳。 水分が少なく、濃厚な脂肪分を蓄えている。 シュラク公国は近年、アルスラと中が悪いが国民同士の生活範囲での経済活動は続いていた。 砂漠の民に豊富な水や食料を提供し、一部の貴重な品を手に入れることになっている。 ジャッジ牛のミルクはその特産品のひとつ。 今期は特に母乳を出すジャッジ牛の生育が悪いため、希少価値は困難を極めていた。 シュラク公国の仲買人があつまる貿易の市場で、アルスラ商人からミルクを買い付けねばならない。 大量のマネマネーを使用して、札束で頬ひっぱたいて買い付けちゃえばいいじゃんというエミリエの提案は、リベルのビンタをもって沈黙させられた。 交渉相手は百戦錬磨のアルスラ商人、そしてライバルは数と金を頼みとするシュラク商人。 商人団体の利権もあり決して仲が良いわけではない両者だが、モノとカネの関係は血よりも濃い。 彼らを相手に、いかにして口先だけでこちらにジャッジ牛のミルクを売ってくれるよう頼むか。それが問題である。 エミリエ談「あ、じゃあ、もう商人さんを拘束して無理矢理お金を置いて品物持ってきちゃえばいいんじゃないかな?」 リベル談「……と、いう手段を取ると現地の協力者と関係が悪化しますので、相場より少しマシ程度の金貨で買い付ける言い訳や作戦を考えてください」 ミ★ ミ☆○火炎バター(ヴォロス、シュラク公国王宮の大広間) シュラク公国の王宮に仕える料理人が開発した特殊なバター。 複数の調味料を添加し、通常では考えられない製法で練成するらしいがレシピは不明。時間が経っても火のように熱いのが名前の由来。 作るのが難しいらしく、料理人なら頼んでも分けてくれはしないだろうが、王命なら話は別である。 幸い、協力者である地元の貴族の口利きで食事会に招いてもらうことができた。 立食形式のパーティで、国王オルドル、政治の中枢である宰相サリューン、サリューンの妹で外交を受け持つ王妃エルシダと、錚々たる権力者達と会話する。 本来、政治やキナ臭い話はパーティに相応しくないが、国王オルドル本人が広く政治の話を聞くことが好きだった。「この世界、このアルヴァクにおいて、このシュラク公国をさらに発展させるにはどうすればいいだろうか?」 この話題に対し、様々な提案をして気に入られればご褒美を貰えるらしい。 オルドルに気に入られればそれだけで構わないらしく、どうすれば貴族が幸せになるだろうか?というタイトルの時、幸せでない貴族を殺せばいいと言った兵士の言葉に大笑いし、兵士に家二軒と家畜三十頭の褒美が出たことは語り草となっている。 以来、二匹目のドジョウを狙ったものは数多いが、なかなか気に入るものはいない。 華やかな社交界の中、今夜、国王オルドルは開会の場でひとつの疑問を口にした。「国民が幸せな国は素晴らしいという。では、国民の幸せとは何で、どうすればいいだろうか?」 オルドルの気に入る回答を用意し、ご褒美として宮廷料理人から火炎バターをもらうのだ! エミリエ談「でもねー。宮廷料理人さんを脅迫してレシピ聞いたほうが話は早いよねぇ」 リベル談「シュラクとのパイプを用意するという目的もありますので、そこらへんは平和裏にお願いします」 エミリエ談「王宮の中央になんか秘密の部屋があるみたいだよ。兵士が守ってるんだってさ。気になるよね!」 リベル談「そういう目的ではありません」 ミ★ ミ☆○グラン・ニュー・砂糖 スレイマン公国からの貿易船が到着し、甘い甘いカブのようなお野菜が入荷しました。 このカブを煮詰めると、どろどろに煮崩れ、やがてハチミツのように甘いシロップになります。 このシロップを天日で乾燥させ、グラン・ニュー・砂糖の完成です。エミリエ談「え、それだけ?」リベル談「それだけです。目を離さないように、弱火のまま煮詰めるだけの簡単なお仕事です」 ミ★ ミ☆○甘露丸のお手伝い(0世界、甘露丸の厨房) チョコレートの作り方は手順が非常に繊細だが、大まかに言えば難しくはない。 カオカオの実を粉々にして皮を取り除き、香ばしく炒る。 粉状になったカオカオの実に火炎バターとミルクを足して、空気が入らないようにゆっくりと混ぜる。 後は厳しい温度管理の元、ひたすらに混ぜ続けるだけだ。 大掛かりなチョコレート製造機がないので、カオカオの実の粉砕、概ね40度~50度程度に保つ手段、ひたすらにかき混ぜるという肯定がいる。 甘露丸の提案はこうである。「協力者にカオカオの実を粉砕してもらう、部屋の温度を45度に設定してその中で交代でひたすらかき混ぜる」 甘い甘いチョコレートを作るにしては、あまりに体育会系な過酷作業工程に「わーい、手伝うよー」と最初に言い出したエミリエは逃亡を決意した。 45度。ミストサウナ並みの温室で混ぜ続けるなどという過酷作業は幼女にはつらいんだよ! という主張をしていたらしい。「そこで、手伝いを募集する。わしもできるだけ頑張るゆえ、皆も手伝ってくりゃれ」 甘露丸はのんびりと微笑んだ。=============!注意!パーティシナリオでは、プレイング内容によっては描写がごくわずかになるか、ノベルに登場できない場合があります。ご参加の方はあらかじめご了承のうえ、趣旨に沿ったプレイングをお願いします。=============
ホワイトガーデンはペンを取る。 書物の上で踊るため。 ――この物語は森から始まる 鬱蒼と茂る森をルンは鼻を鳴らして進む。 くんくんくん。 「えるふー。えるふどこに居るー?」 彼女の目的はエルフである。 この森の中で建材の香りや自炊の煙など、生物の匂いを辿ればやがてエルフに辿りつく。 ルンはその香りを頼りにエルフを探す。エルフに問えばこの森林のどこにカオカオの木があるか分かると踏んでいた。 くん ルンが大きく鼻を鳴らし、森の奥へ向けて声を張る。 「えるふー! ルンたち、カオカオの実、取りに来た。使う分貰う、多い分置いてく。取り方教えてくれ」 森の奥から返事はない。 「エルフの人がいるのか?」 「いる!」 ユーウォンの問いかけにルンは自信を持って頷いた。 ざわり、と風が不自然に蠢く。 途端、ルンの鼻腔を腐った肉の香りがくすぐった。 「あっち! 臭い! ありがと、えるふ!」 エルフの魔法は風を巻き起こし、カオカオの実独特の香りをルンの鼻へと届かせた。 それを承認と受け取り、ルンは大きな声で森の奥へと礼を告げる。 それから、こっちこっちと案内するルンの後に続いて十分強。 人間の鼻にも分かる程、周囲の空気に腐敗臭が混じってきた。 噂通り、野生動物の死骸を自ら作り出し、木の養分とするカオカオの実の性質は健在であるらしい。 「……なにこれグロい。桜の木よかずっとホラーなんだが」 「いやはや、素晴らしい生存戦略だな」 クロウとマフがあまりの惨劇に眉を潜めた。 「大量の洋菓子のためだ、実をちょいと分けてもらおうかね」 地面に落ちている実のうち、なるべく木に引っかからないものを選別して拾うと、木の周囲をぐるりと回って、いくつかの実を手にいれた。 「なあ、これってさ、長い棒かなんかで枝を揺すりまくれば案外いけるんじゃないか? 幼芽が落ちてこなさそうな、枝の外側とか、逆に根元とかからさ」 「長い棒っつっても、かなりのモンだぜ」 「そうだな、とりあえず……」 クロウが森の奥から折れた木を拾い上げてきた。枝というより、もはや木の幹である。 「この案で上手く行くといいんだが……」 カオカオの実の傘下に入らぬよう遠くから丸太でつついてみる。 つついた程度ではびくともしないので、今度は思い切り叩いてみたが効果はない。 勢い余って一歩踏み込んでしまった所で、クロウ目掛け頭上から幼実が落下してきた。 これをマフが浮遊で食い止め、間一髪で防ぐ。 「やっぱ遠くからつついた程度じゃダメか」 「なんか考えないとな。……てか、こんな仕事させんだから、とーぜん後でチョコ食えるんだよな??」 「あ、あのっ」 クロウの袖を引っ張ったのは星美良乃。 じっと真っ直ぐクロウの瞳を見つめつつ、あのあの、と口ごもっていた。 どうした? と問い返したクロウに、どきんと胸を高鳴らせた星はテニスラケットを掲げてみせる。 「狙い、外さないように、頑張りますから……」 このラケットを使って打ち落としてみせる、と言うことか。 「だ、大丈夫です。あの、その。変わったチョコレートが手に入るって聞いて、その、ここまで来たんです! いえ、渡す相手はまだ決まってませんけどっ。じ、自分が食べる用も実は欲しいなーって、ホントは甘露丸さんのお手伝いをして技を近くで見たかったんですけど、私なんかが邪魔しちゃ……え、やだ、何言ってんだろ私、そ、そうじゃなくって、その、頑張りますから!」 クロウに見つめられて挙動不審に言い訳を繰り返し、やがて星はマフからカオカオの実を一つ譲り受けると、左手で軽く上に放り投げ、すぐさまラケットを地面と垂直に振りきった。 その軌道は一際、大きな実へと命中して地面へと叩き落す。 さらに不審な攻撃に対し、幼実がいくつか「攻撃」を行ったため、星の一撃は複数の実を落下させることに成功した。 「やった!」 「まぁそうだろうな。迂闊に手を出せば圧死なら、やることは1つだ」 喜ぶ星の横にスカイランナーが歩み出る。 「一人で全部叩き落すのは難しいだろう? 安全にゃ配慮できるだけ配慮してやるさ」 「あ、ありがとうっ。ご、ざいます?」 星の眼前にいる黒い鳥男。 チョコレートの食材探しと考えるとちょっとカッコ良すぎる。 「バレンタインのチョコ、食べたいんですか?」 「ばれんたいん? なんだそれ。本物のチョコレートを食べたことがないからな。合成食料のチョコレートは食べたことがあるが、やっぱり合成食料だからマズい。だから……本物のチョコレート……食べるぞ!」 黒い鶏は次々に実に銃弾を打ち込んでいく。 「って言ってもキリがねぇな」 「なら、風でどうかな!」 そう言ってユーウォンがトラベルギアを構える。 小さな肩掛け鞄のようなそのギアは元々は好きな環境でモノを保存することができるもの。 便利な使い方として、気圧を「任意に」高圧へと変化させることで、風を巻き起こす。 「風の神様かよ」 マフがぼそっとつっこんだ。 確かに一つ一つを狙撃すれば実の個性に関係なく落下するが、風で揺らせば弱いものから落ちていく。 「もっと風が強くならねぇか?」 「ギアだしねぇ。中の気圧変えて風を出してるだけだから扇風機みたいなわけにはいかないよ」 「大丈夫です。風で飛ばなかったものは、私とスカイランナーさんで打ち落としますから!」 星がラケットを握り締めた。 その時、である。カオカオの木に放水が開始され、自然の雨ではありえない唐突な水流にカオカオの幼実が一斉に攻撃を仕掛ける。 川原 撫子は構えたホースから高圧放水をかけつつ「みなさぁん、大丈夫ですかぁ☆」と笑顔を見せた。 「カオカオの実も幼芽も一網打尽に最初に落としちゃえば危なくないですぅ☆ なるべく枝を折らないよう注意しますからぁ☆」 薙ぎ払うように実は水圧に負け、あるいは自ら攻撃のために枝から離れて落下していく。 「あー。ありゃあの子の作戦が正解だな」 クロウが拍手してみせる。 やがて、その水圧ですら落ちない程にしぶといいくつかの大きな実を星とスカイランナーが打ち落とし、カオカオの木は丸裸となった。 撫子が用意してきたジェラルミンケースを広げる。 「布越しに他の人に刺さらないようにと思いましてぇ☆ 縛れば十箱くらい担げそうでしたからぁ☆」 「十? かなり重いぞ?」 スカイランナーのつっこみが聞こえなかったのか、本当に撫子は十個のケースを一人で担ぎ上げる。 クロウの「行こうか」の言葉に引き上げようとした時、ルンが手をふりあげた。 「だめ! 森はみんなのもの! 独り占めいくない! 分ける正しい!」 ハテナマークが浮かぶ一同の前で、ルンは撫子の背にあるケースの山に登り、ひとつを広げて地面に落とす。 「えるふー! ありがと。森から貰った。これお前たちの分」 「ああ、そういうことですねぇ☆ ありがとうございましたぁ☆」 うん! と頷いて、ルンは森の奥へと手を振った。 ホワイトガーデンはペンを走らせる。 ――かくして、カオカオの実は世界図書館へ。 ――そして、ここへ来るはずだった若者がひとり。 「なァ、マスカローゼ。ヴォロス行こうぜ」 「……行きません」 「そういうなって、ナ? バリアー張って木の幹蹴っとばしゃ面白いよーに落ちてくると思うんだヨ。ちょっとしたお遊びだ…一緒に行こうゼ、マスカローゼ。友達作るにゃこういう事に参加しなきゃな」 ジャック=ハートのなだめすかしにマスカローゼは首を横に振り続ける。 「シュラクはお前の里から離れてた筈だ。少しずつ行ける場所を増やそう、ナ?」 ジャックの差し出した右手から目を逸らし、マスカローゼは家の中へと身を翻らせる。 「待てって。分かった、0世界でいい。0世界でいいから」 「……ヴォロスでないなら」 「よーっし! そんなら今から行くぞ」 ――二人が末永く爆発しますように。 ――そして、舞台は国境へ。ジャッジ牛の商人、語りて曰く―― 「商人殿は買い付けでいろんな土地を巡り歩いているのだろうか?」 「ああ、踊り子さんかい。そうだなぁ、最近はこのあたりで決まったモンを売り買いしとるが、若ぇ頃は船に乗ったり、何日も馬車に揺られたもんだよ」 「先々でいろんな歌舞に触れることもあるのではないのか? ぜひ聞きたいのだ」 カンタレラは商売そっちのけで商人と話しこむ。 別のテントではアリオが真正面から交渉を仕掛け、いきなり撃沈していた。 「いやぁ、商売モンだから売れといわれりゃ売るがそんだけの量はなぁ。お得意さんの手前もあるもんでなぁ」 「そんなぁ」 情けない声をあげるアリオに渡されたのはコップ一杯分。とても足りたものではない。 「うちの牛も調子悪くてねぇ、去年まではもうちっと乳が出てたはずなんだが」 「わ、牛さんいっぱいです、牛々マックス走れ丘メロンを思い出します」 吉備サクラが牛を見てはしゃぐ。 「牛うし……?」 「はい。牛さんの上をジャンプする横スクロールゲームですよ? 途中のミニゲームが全部農業関係で楽しかったです! 種蒔いたり、収穫したり、施肥したり。でもほとんど連打勝負でした」 サクラは嬉しそうに牛の背を撫でた。 バーバラさち子が帽子を取ってみせる。 「お願いしますわ、わたしたちにもミルクを売っていただけません?」 「あんたもか? 少しなら構わんけど、たっぷり必要なんだろう?」 「ええ。こちらは代金に加えておまけを付けますわ。わたしこういったことが得意なんですの」 帽子を優雅に振ると、小さな帽子から大きな花束が花開いた。 花を束ねているのは大きなルビーの指輪。 「ね? お近づきのしるしですわ」 「あれ、それアリか?」 「ええ、感謝の気持ちですもの」 納得いかなさそうなのはアリオだけ、商人もルビーを眺めてにんまり。 相手が嬉しそうなので、バーバラもにっこり。 「もし何でしたらわたしそちらでマジックのショーをしても構いませんわ。子どもも大人も喜びますわよ?」 バーバラは商人のキャラバンの隅にいる子供たちに笑顔を向ける。 子供の心を攻められると商人としても無碍にはできないらしい。 「うーん、でもなぁ。お得意さんを裏切るわけにゃ」 「あら、仕方ありませんわね。ええ、ええ、ダメならマジックはナシだなんていいませんわ。おいで、子供たち」 あっさりと引き下がったバーバラは子供相手にマジックを披露する。 しゃぁねぇなぁ、とポリポリ頭をかく商人し、氏家ミチルが突撃した。 「たのもーッス! 自分、交渉に来たッス! 交渉っつってもよくわかんないし、自分、命かけてホレた姫にチョコ渡したいんス! ここのミルク使えば極上のチョコが作れるって聞いたッス!! だからミルク売って欲しいッス!! ガイシャーーーッス!!!!」 正々堂々、真っ向勝負。 姫、と呼ばれるのが中年男性であることはともかく、真っ直ぐな気持ちは商人の心を打つ。 「っつってもなぁ、いや、ちっとくらい多めで……」 「いや全部だ」 きっぱりと断言したのはアマリリス。 どこから現れたのか、マントを脱ぎ捨て、髪をかきあげる。 「おいおい、姉ちゃん。こっちにもお得意様ってもんがだなー」 「そのお得意様が、"彼女"達だろう? 誠意をこめて頼んだら素直に聞き入れてくれたよ」 手をかざした先にいるのは商人のお馴染みの市場の女達。 アマリリスの言葉と笑顔にすっかり頬を染めたり照れ笑いしたり。 「今日の分くらいなら」 「あはははは、こんなべっぴんさんに頼まれちゃねぇ」と、すっかりアマリリスに心酔していた。 「商人殿。対価だけとは言わない。飲み水は十分か? これだけ暑ければ水の準備も大変だろう。腐らない助力もしよう」 「助力?」 アマリリスの目配せを待っていた百田の呪文ひとつ。 「雹王招来急急如律令、このシートの上を氷で埋め尽くせ!」 シートの上が周囲の暑さにそぐわない霙で覆いつくされる。 「救急車乗り降りよー、ッスか?」 「急急如律令。ルールの通りに早くしろ、って意味です」 「ほへー」 ミチルとサクラが耳打ちをしあう。 それを尻目に、百田は商人へと畳みかけた。 「人手と氷と機材を提供しよう。かき氷を作ってそれにジャッジミルクを垂らし市場で売るのだ。一匙単価の四倍の値段をつけても完売するのではないか?」 「ほう?」 「この策に乗るなら、今あるジャッジミルクをできる限り売ってくれ。代わりに残りが四倍で売れるよう手伝おう」 「ふむ」 考え込む商人に、サクラが胸の前で手を組んで祈るように頭を下げる。 「私たちジャッジ牛のミルクが必要なんです。ここに居る間牛さんの餌やり水やりブラッシング無償で手伝います! 小物や服に刺しゅうも入れられます!」 「じゃあ、自分。歌、歌うッス! 剣舞できるッス!!」 「なら、カンタレラは踊るのだー!!!」 「あらあら、マジックショーがエンターティナーショーになったわ」 ミチルの歌で、カンタレラが踊る。 それに乗せて、バーバラがあちこちからモノを出したり消したり。 「っかぁ、かなわねぇ。いーよいーよ。こっちも商売やってんだ。お得意さんがいいって言ったんだから遠慮するこたねぇ、ここにあるミルク、全部持ってけ! あ、カネは払えよ。それとさっきのかき氷も裏で女どもに教えてくれや。お嬢ちゃん、ブラシかける牛はあっちの広場にもいるからよろしくな!」 気前良く承諾したわりに、細かい条件はすべて受け取るつもりなのだ? とカンタレラにつっこまれ、商人は豪快に笑った。 ホワイトガーデンはペンを走らせる。 ――笑顔と共にミルクを得て、賑やかな旅人の来訪は歓迎された。 ――そして、舞台は王宮へ。 ――野心の王、オルドルと対峙するロストナンバー達は…… 華美に彩られた宮殿の装飾はオルドルの気に入るものではないらしく、優雅な社交界の景色そのものを退屈だと考えている表情を隠さない。 見るからにヤワな貴族を捕まえ、剣の稽古でもどうだ? と、からかっている王を呼び止め、うやうやしく頭を垂れる。 少女、イルファーン。いや、イルファーラである。 「俺に何か用か?」 「はい、王は幸せについて問われた、とお伺いしました」 「そんな事を言っていたな。よし言ってみろ」 「王は戦火を広げていらっしゃる。国民の幸せとは飢えぬ事、虐げられぬ事。逆説的に言えば、それらの条件を充たせぬ王は統治者にふさわしくないというのが真理」 「ほう」 「国民が求めるのは将ではなく王、優秀な施政者。戦争は国を富ませもするが民が望むのは日々の安寧、肉親の流血ではありません。それを履き違えたら王失格です」 「ああ。だがそれは平和を前提としたモノの言い様だ。勝敗に関わらず、争いは不幸を生む。だが、勝と敗では明らかに犠牲が違うのは分かるだろう。百の涙を恐れ、万の犠牲を払うか? 敵国が平和を愛するとは限らん」 黙りこむイルファーラ。だがその瞳はオルドルを射抜く。 言葉に態度に、相手を推し量る様を隠しもしない様子に、王は高笑いをあげた。 「ははっ、自ら動かぬだけで平和が存続するのなら王などいらん。おい娘。俺の器を量りたければ寝所に侍って来い。歓迎してやるぞ」 「しかし……」 「ええそうね。そんな国を作る事がいかに難しいかそれは理解しているわ。それを乗り越えて戦争のない平和な国である事。大切な人が戦争で亡くなる事がない事。そんな国を用意するのが支配者ではないかしら」 ティリクティアの進言に、こちらもオルドルは高圧的な笑みを浮かべる。 「子供が俺を挑発する気か?」 「ええ。なんとなくあなたはこのくらいの言葉で怒らない。そんな気がしたの」 「子供の戯言に激怒か。見縊られたものだな、いや構わん」 機嫌が良いらしいオルドルは、なんと腰を屈めてティアと視線を合わせる。 「お前は殴られたらどうする? 殴り返すか? それとも警邏に告げ口をするか? では国同士の争いでは誰が仲裁してくれる? 俺はいくつかの地域を攻め取ったが、俺がその気になるだけで村も町も全滅させることができるぞ。次の侵略者が俺のように理性的とは限らんだろう」 理性的、と言う一説で臣下の誰かが咳き込んでいる。 「あ、あのぉ。いいですか?」 オルドルの言葉を遮り、舞原絵奈が挙手で発言を求める。 「なんだ」 「あのですね、笑顔になった時、人は幸せを感じるんだと思います。大事な人と過ごす時、仕事が上手くいった時、火炎バターを使った美味しいチョコを食べた時、それから……くすぐられた時とか? ……ひゃっ」 いつのまにかオルドルのみならず、居並ぶ諸侯や臣下の視線は絵奈に集中していた。 喋りながら視線に晒され、次第に言葉の呂律が回らなくなっていく。 「どんなことで笑顔になれるかは人それぞれで、全員の希望をいっぺんに叶えるのは難しいから、まずは近くの誰か一人に笑顔をもたらすことから始めてみる。それを皆さんが行えば、幸せの連鎖が広がって国中が幸せになれるんじゃないかなぁ、と思います」 「……」 「ひぃっ、あ、あの、ごめんなさいごめんなさい。差し出がましいこと言いましたぁっ!」 「やれやれ、完全に小動物を見る目で見られているな」 絵奈の頭に手をおいて小さくため息をついたのはヴォロスの魔術師、その実、ロストナンバーのティーロである。 「国民の幸福のために、陛下のなさるべきは“何もなさらない”事です」 「ほう?」 「人が幸福を実感できるのは幸福ではない時があるからです。つまり両者は相対関係にあり、不幸な時がなければ幸福はあり得ぬのです」 ティーロの言葉は丁寧で、人を不快にさせぬよう繊細に注意が払われている。 しかし言葉の内容だけを聞けば、言いたいことは明確だ。 「であるならば、民がありのままに暮らせるよう計らえばよろしいのです。幸福も不幸も民のもの、王はそれをただ受け入れるのみでしょう」 それを言い終わった途端、ティーロの顔がふにゃっと崩れた。 「ま、強いて申し上げるなら、生存が前提でありますから、民を飢えさせぬようお気を配られてみてはと存じます」 ね? と笑って見せると、オルドルが呵呵大笑を始めた。 「貴様、文官か? あいつらの言い出しそうな事だ。だが貴様の方が面白そうではあるな、俺の国にくればねぐらと食事は面倒みてやるぞ」 「ありがたき幸せ、が、しかし、身を寄せる先はありますので」 「でもねー、幸福と不幸は相対関係っていうけど、幸せ不幸せって他人と我が身を比較することで起きると思うのよね」 口を挟んだのは臼木桂花である。 「ごはんも水も食べられてお風呂に入れる生活。これって、幸せ? 不幸? 分からないわよね。でも旅行にも行けないお菓子もない毎日お仕事。って言うと不幸な気がするじゃない? けど泥水すすって木の根食べてるようなコが見たら、毎日やることやってれば飢えなくて済むなんて天国じゃないかしら?」 「女、何が言いたい」 「だから自国の国民が幸せか不幸せか他国と比較できなくなれば良いんじゃないかしら。世界中がシュラク王国になって同じ王の下で治められるなら、他国と比較なんか出来なくなるでしょう?」 「ほほう」 世界中がシュラク王国に、というフレーズにオルドルはニヤリと微笑を浮かべた。 「挨拶が遅れたわね。はじめまして、素敵な王にお会いできて光栄だわ」 にこり、と桂花が笑顔を浮かべた。 「その通り、安定した収入や暖かな家庭、食卓に囲まれた、何不自由のない生活。それは小さな幸せ……」 ニコラウスは小さく呟く。 いつのまに現れたのかとオルドルが首をかしげた、その途端。 「……と、思ったら大間違いじゃああああ!!!!!!」 あらん限りの大声で、ニコラウスは叫んだ。 「人とは欲深な生き物じゃて、そのような温かい“だけ”の幸せでは物足りぬのじゃあ! よって、ワシはここにエンターテイメント! “娯楽への情熱”を注ごうではないかッ!!」 持ち込んだ機材のスイッチをいれると、ファンシーな曲が流れ出す。 「人とは何かに没頭している時こそ輝いておるものじゃよ、今のワシのように!! 魔法少女姿で、アニメソングに乗せて歌い踊るニコラウスの様にオルドルは思わず笑い声をあげる。 「目に毒だな。だが其の娯楽、詳細は宮廷楽士共にでも教えておけ。後宮の女どもがやれば少しは見られるやもしれん」 「ふぁっ!? ウケたぁ」 とは言え、ニコラウス自身は衛兵によってずりずりと広間から追い出される。 「はーっいっ! 次はマッスーさんの出番なのねーっ!!」 「お前ら、サーカスか何かか?」 オルドルの問いにティリクティアもイルファーラも首を振る。 だが否定してもその目の前でおきようとしているのは、彼女達の知己がハメを外す所だった。 「ハーイ。ミンナのアイドル、ゲスダさんなのねーっ! ボク戦争で教わったのね。失ったものを獲り戻せた瞬間が人は一番幸せになるって。 って! コ・ト・で! ココのゴチソウはすべてこのゲスダさんの手に落ちたー! 立食会の食事はすり替えておいたのね! ボクの食生活にバブル到来させたくなくば取返すがいいハハハ!」 オルドルが手をあげると、衛兵が腰の剣に手をかけた。 「あー、やりますやります」 ティーロが手をふってマスダに杖を向ける。 ぶつぶつ何かを呟いた途端、ティーロはその杖を思い切りぶん投げた。 「うっひょひょひょーいっ! このままじゃ王国パニックアルヴァク大混乱でヴォロスの危機ですよ! ついでに出てこい慧りゅ……へぶっ!!」 杖の一撃を食らい、地面に落下したマスカダインはそのまま兵士に連行されていく。 「あ、あのぉ、ご迷惑おかけしましたぁ」とは絵奈の弁明。 まったくよね、とイテュセイ。 「幸せとは現状に満足すること! そこ、また出たとか言わない! 足りない人間は満足しない。なぜ足りないのか? それは知ってしまうから。より便利により豪華に。人間は手に入れたいものが実際に存在することを知ると手に入れたくなる愚かな生き物です。だから争いが生じる」 「ほう?」 オルドルが興味を示したようだ。 「民の幸せの為には自分の暮らしで満足するように仕向けること。農奴から解放し、自分の意思でその生活をしていると思わせること」 「なるほどな」 頷く王。 だが、イテュセイは次の言葉を言い放ってしまった。 「王侯貴族の華美な姿も良くない。服を脱ぎ地を耕しなさい!」 「おい、連れて行け」 「なにーっ!!! こら、触るな、きゃー、ちかーん!! あー、やめてー! 目にコショウぶつけないでーっ!!!」 ぎゃあぎゃあ騒ぐイテュセイも、先ほどのマスカダインよろしく引っ立てられていく。 「お前ら、本当に道化か何かか?」 「違う、と言っても信じてくれますかね?」 ティーロがとほほと力なく笑った。 「本当に違うわ。でね私達、火炎バターの秘密が知りたいの。本物くれてもいいわよ!」 ティリクティアがにっこりと笑顔を向ける。 「は、はい! あの、火炎バターのチョコ食べたいですぅ」と絵奈が続けた。 少し考えたオルドルが、やがて「いいだろう」と小間使いに申し伝え、程なくして密封された火炎バターが運ばれてきた。 オルドル自ら包みを渡されたイルファーラが複雑な表情で小さく頭を下げる。 桂花もにこりと笑顔を見せた。 「ありがとうね、素敵な王様。また来るわ」 「そうか? で、貴様は探っていたものは見つかったか?」 王の前にいながら桂花の視線は常に彷徨っていた。それは何か探し物だったのか、とオルドルは問う。 「ええ。いい男はいなさそうね」 上辺のやりとりではあるが、この場はこれで十分だ。 桂花はなるべく多くの貴族や有力者と挨拶を交わしつつ宮殿を後にする。 「……露骨ではないがバレていたな。何を探していたんだ?」 ティーロの問いに、桂花はぼそりと呟いた。 「王には真理数があった。でも宰相と妃にはない。これは……ゆっくり考える必要があるわね。甘いものでも食べながら」 そう言って桂花は会話を断ち切った。 ホワイトガーデンはペンを走らせる。 ――王宮の騒動はこれで終わり。バターを得て、ハッピーエンド。 ――だけど、納得できない小鳩が一羽。 一羽のハトが宮殿の中を進む。 エミリエの口走った秘密の部屋、それに反応してしまったからには、探り出さずにいられない。 「中にあるのは旅団の侵攻計画指令書? それとも機材? もしかして、表に顔を出せない旅団メンバー?」 程なく、秘密の部屋は見つかった。中央にある不自然なまでの警備。これに違いないだろう。 精神操作で兵士に持ち場を放棄させ、ハトから人型に戻ったリーリスは苦もなく頑丈な扉をあけた。 「……へえ」 予想の一部が的中したことに、リーリスは微笑した。 世界図書館やナラゴニアで何度も見た事のある乗り物。これは、ナレンシフ。 「ふぅん。どうしてヴォロスにナレンシフがあるのかなー? どうしてナレンシフが動くのかなー?」 子供っぽい口調でからかうように言葉を紡いだリーリスは、くすくすと酷薄な笑みを浮かべた。 ――小さな鳩は、ぽっぽと歌う。 ――歌う、歌う。熱いお鍋も一緒に歌う。ぐつぐつ、ぐつぐつ、ぐつぐつぐつ 小さな泡をいくつも出して、とろけたカブはゆっくりと煮詰まっていく。 「……ふぁ~♪ 梓はマグカップを手にとろけたように幸せな笑顔を浮かべる。 「甘いなぁ~、ほんまにお砂糖かハチミツみたいやね」 まだまだ時間がかかると言えど、鍋の中身をマグカップに注いで飲むと甘さに舌が体ごととろけそうになる。 クセになる甘さのせいで数杯目のお代わりに手を伸ばし、さらなるつまみ食いを働いた。 ススム戦隊がいくつも鍋を囲んで作業をしているので、これくらいはいいだろうと飲み続け、かなりの量を盗んだかも知れない。 そのカップを傾けつつ、耳を澄ます。 「くくくくくくくくく……」 業塵の奇妙な笑い声が砂浜に響いていた。 大鍋の前、割烹着にエプロン、三角巾とフル装備で顔には異様な興奮の笑みが浮かんでいる。 (……お砂糖様の……、御前で……。汗など、一滴たりと……も……入れるものか……) 必要以上の早口だが、ぼそぼそと篭った話し方であるため唇から漏れるのは呪詛にも似た禍々しき響きである。 「調伏したほうがええんやろか」とは梓の独り言。 鍋の横で、じーっと見つめているのはリンシン・ウー。 「こういう時にお役に立てる能力がないのは、やっぱり私は浮世離れした生活をしていたのかと思っちゃうわ」 一人、嘆息する。 「でも、さすがに見ているくらいはできると思うの」 と、言う事でひたすら、鍋を見つめている。 梓が何杯目かのお代わりをしても、業塵が興奮のあまり奇妙なステップで足踏みを始めても、見ているだけ。 じー。じー。じー。 「いい匂いね」 リンシン・ウーに料理の心得は無い。 と、言う事で、本当に見ているだけのリンシン。 彼女の横ではアーティラが元気に薪を集めている。 「そーだな、折角珍しい素材集めて作るんだし、イカしたの作ろうぜっ!」 「ええ、そうね」 「それにしても~。ずーっと火の前にいると色々と熱くなってきちゃうよねぇー?」 かく言うアーティラ、彼は竜人である。 「脱いでいい?」 とイタズラっぽい瞳で言われても、リンシンの方では「ええ」と言う以外にない。 本当にアーティラが脱ぎ始めても「竜族って鱗だと思っていたけど、毛だったりするのねー」等とのんびり考えていた。 やがて、アーティラが集めてきた薪をくべると、鍋の炎が一気に強くなる。 「ふふふ、炎! これこそ嫉妬の炎だ! リア充どもにKIRINの暑苦しい愛と念波を送ってくれるわ、喜べ愚民、ハァーッハッハッハッ!!!!!」 坂上健が両手を広げ、炎を抱くように高笑いをあげる。 「ええい、気持ち悪いのよッ!!」 フカが銃の柄でコンっと健の額を叩いた。 「いでっ!? いーじゃんか、少しくらいお茶目な愛を砂糖に練り込んだって。食わせちゃNGな物はきちんとチェックして入れてないし、これでKIRIN愛とかに目覚めるヤツが出るかもしれないだろ?」 「目覚めたらKIRINじゃなくなるでしょっ、ってゆーか、アンタ。前に彼女っぽいモンいなかった!?」 「黙れリア充! 俺は魔法使いにならないためなら合法手段で何でもするぞ! なんだ、誰がいたんだ!」 「ああン? リア獣? あのねー確かにフカは海獣って言われてもしかたないけど、フツーに魚よ、フツーに! 確か、ポッポとか言う……」 「年上が大好きだー! セクタンが彼女じゃイヤだーッ!!」 「ちょ! 話くらい聞きなさいっ!!」 「我が愛とか、声を大きくしてはちょっといえなさそうな何かを練りこんで、今こそ目覚めよ、チョコレートよー!!!」 「チョコねぇ。ふんっ……! 別にチョコなんて要らないんだけどね。アンタ等がくれるってんなら貰ってあげてもいいのよ?」 「ふははははははっ!!!!」 「……くれるのよね? つうか、よこしなっマジに」 フカの言葉は健に届いていない。 「あのー、チョコって、今作ってるものよね?」 リンシンのつっこみ。そう、今はまだチョコの材料を作っている段階なのだ。 「確かにモノがなきゃ渡そうにも無理ってもんよね。なら、私も手伝ってあげるわ」 「一緒に見てる?」 「そーね、退屈してるのも何だし、戦闘訓練でもしてようかしら。誰からやる? 吹っ飛ばされたい奴から前にでなっ! 大丈夫。無殺傷弾よ、妹お手製のね。くっそ痛いけど」 「ススム戦隊の伝令でやんすー!」 人体模型の一体がリンシンの前で敬礼をする。 「はーい」 「わっちらススム戦隊。水とお菓子の差し入れを持ってまいりやした!」 「はい、ありがとう」 「ススム戦隊、まだ六百ほど足りやせんが、ターミナルの平和のために頑張るでやんす」 びしっと敬礼をして、すたすたと戻っていく。 砂糖の量産は彼らススム戦隊の担当する大鍋に任されていた。 十個程の大鍋を囲んで、わっちらわっちらと祭りのように賑やかな糖蜜煮込み作業になっていた。 「煙!? 次に交代するでやんす」やんす!」三体ほど焦げたでやんす」炭を鍋にいれないようにあっちに行くでやんす!」わー、燃え移ったでやんすー!」 ススム戦隊が賑やかにコトを進める傍ら、コタロは丸太に腰掛けてぶつぶつと呟きながら鍋を見つめている。 鍋は藤枝竜の炎の吐息でコトコトと煮詰められていた。 「う~ん、甘くていいにおいですねぇ」 「甘い……。いい匂い」 竜は竜で鍋に指をいれて口に運び、甘さを堪能して顔までとろけている。 コタロの方はぶつぶつとうわ言のように何かを繰り返していた。 「甘い香り。……チョコ」 チョコと言えばカロリーの塊、非常に優れた戦闘糧食。 その認識しかなかったコタロは少女漫画由来の勉学の結果、バレンタインと重なって認識が改まっていく。 「いや、しかし、答えを留保している身で何を……」 「まずはー、思い切りカオカオの実を割ってー」 「……そう、割り切って……ないのは……、俺のせい……」 「お砂糖とミルクとバターで混ぜてー、甘く甘くしてー」 「甘い香りの……、いや、その……」 「冷やして固めてー、冷めたら形を作ってー」 「こうしてる間にも……、気持ちが冷められたら……いや、悪いのは俺で……」 「うーん、あまーいチョコの完成です! このカブがお砂糖になるなんて、テンサイですよ~ぅ!」 「……天才キャラ。……曲がり角で転校生。衝突……。ロストレイル学園」 コタロの脳内劇場と竜の甘甘チョコ妄想が妙に交差していた。 「ちょっと、あの気持ち悪いの撃っていいかしら?」 「……いいんじゃないかな?」 フカの申し出に深く考えず、リンシンが頷くとどかんと火薬がした。 「あ、ホントに撃った」 「ハーッハッハッハッハッハッハッ!!」 「くくくくくくく、ふふふふふ、ぬふふふふ、ひひひひひひ」 健と業塵の笑い声も高らかに、鍋の炎はゆらゆらと揺れている。 「ススム戦隊ー! 天日干しの準備でやんす!」最後の仕上げでやんすー!」やんすー!」 各人が好き勝手に妄想のトリップをする中、幾百のススム戦隊は着実に鍋から砂糖を精製していた。 「世界樹旅団が倒れてもまだ謎はたくさんあります。私達の冒険はこれからですよ!」 竜が涙ながらに何かクサいコトを言っている。 「……まぁ、みんな暇なんやろねぇ。あ、コタロはんが顔抑えてごろごろしてはる」 同じく味見の機会をうかがっていたリンシンにコップを渡し、梓は何度目かの味見用に鍋の底へ手を伸ばした。 ホワイトガーデンはペンを走らせる。 ――カオカオの実は機転により、ジャッジ牛乳は心により、火炎バターは理想により、そして砂糖は妄想により。 ――集まる集まるチョコの材料。かくして、厨房はてんてこまい。 「ふんぬぉぉー!!!」 「うりゃぁぁ!! カオカオの実を砕くのはうちに任せろー!」 拳で実を砕きまくるのはガルバリュートと天渡宇日菊子である。 「甘露丸殿、拙者が来たからには安心してもらおう。最高のチョコ作り環境を提供しよう。摘み食いには万死を以って対応する!」 「うっせぇ、このド変態!」 「ぬふぅ!?」 「手伝ったらドラケモをチョコでコーティングして舐め回していいと聞いたんだぞ! なんで、こんな肉ダルマなんだ!」 「おふぅぅ、も、もっと言って欲しいのである!」 菊子の罵声にびくんびくんと体を震わせ、ガルバリュートは床に倒れ付した。 「むむむ感じるぞドラケモの気配が角にビンビンくるぞー。うへへ楽しみだなー」 カオカオの実は次々に粉砕されていく。 「実の粉砕、手伝う」 「いたーっ、ドラゴン!! 人型をしててもあたしには分かる!」 菊子が職務を放棄し、しだりへと飛び掛かった所を「はーい、そこまでー」と祭堂蘭花に叩き落とされる。 「……ありがと」 「どーいたしまして、コリないでどんどん砕いてねー。良いチョコ作る為には弱音は吐いてられないよねーっ!」 蘭花は複数の岩を持ち上げたり落としたり、手にドリルをまとってと次々に砕いていく。 やがて、最後の一つがしだりの握力で粉々に砕かれると、甘露丸は「では、次じゃの。ここからが暑くなるぞ」と宣言した。 早速、手をあげたのはリジョル。 「室温管理はリジョルにお任せさ!」と言うが早いか、左手から炎を巻き起こす。 部屋の温度が一気にあがり、一同の額に汗がじっとりと浮き出てきた。 「おっと、暑くなりすぎないようにね!」 次に右手から冷たい風を吹き上げる。 いつのまにか椅子に腰掛けたリジョルは、空中に浮いた温度計の表示を眺め微調整を繰り返すと「さぁ、どうぞ」と手をあげた。 「申し訳ありません、甘露丸様。今回の作業は特記事項に該当がなく、リミッター解除が行えません。有事の際は宇宙空間での作業もありますので、動作環境は問題ないのですが……一般女性並みの筋力でしかお手伝いできません」 ジューンが丁寧に甘露丸に頭を下げる。 「過酷じゃからの。無理せずともよかろ」 「いいえ、この程度の軽作業で不調は起こしません」 一般女性並、とは言うもののサウナ並の部屋で一般女性が動けると考えると、ジューンの手早さは重宝した。 「無理はせぬようにの。さて、味付けじゃが。ふぅむ、砂糖が多いようじゃの、ここは少し砂糖を控えた方が……」 甘露丸の呟きに早速反応したのは温度管理をしているリジョルである。 「リジョルはね、甘いのが大好きなんだ。……ビターチョコ? ふざけてるのかい? もう一度言うね? リジョルは、甘いのが大好きなんだ」 「ふむ。そうじゃの、では砂糖が多いゆえ、スイートチョコに仕上げるかの」 「へーい、砂糖たっぷりやね。なんや想像してたんと違うて、えらいしんどそうな作業やなぁ。まっ、ワイ体力自信あるし何とかなるやろ」 と、シャチがバンダナを濡らし、額に巻く。 「……汗? 心配要らへん。ワイの体、汗腺無いさかいになっ! 甘露丸はん程ではないやもしれへんけど、ワイ、料理に対する情熱やったら自信あるで! ごっつ旨いチョコ作ったる!」 シャチは料理人のプライドにかけて宣言した。 「おーいここでブランが倒れてるぞー、誰か運び込めー」 「では私が。あの、大丈夫ですか? ここは一般人が脱水症状を起こしやすい環境です。どうか涼しい場所で水分を摂取してお休み下さい。後の作業は私が引き継ぎます」 ジューンに助け起こされたブランがツマみ……もとい、運び出される。 毛皮に覆われた彼は最初に熱に耐え切れなかったようだ。その姿は作業中のメンバーを戦慄させた。 「……これ、想像以上にきっついわぁー」 「おーい、また倒れたぞ」 厨房はさらに過酷さを増して行く。 相沢優の周りには薄い水膜が張られていた。 しだりの技によるもので、多少は暑さが和らいでいく。 優は慣れた手つきでチョコを混ぜ、味を調えていた。 そんな折、白い少女が指を立て、高らかに解説する。 「ゼロは聞いたことがあるのです。壱番世界には甘露丸さんとよく似た名の『正露丸』というお薬があるそうなのです! 飲むと味と香りによる偽薬効果で、本来なら薬効と関係ない症状も軽減した気分になるそうなのですー」 「三年程前にな、その手でアリッサが正露丸をシドに食わせたんだ……」 「そうなのですー?」 優のつっこみにゼロは首をかしげた。 「聞いた話だと、シドは無言のまま部屋を出て……って、そうだ。エミリエ! 逃げたまま?」 優はトラベラーズノートを開き、逃亡したエミリエにチョコが出来たとエアメールを打った。 「これできたら後片付けくらいしてもらわないと」 「エミリエさんは実は苦労人だと思うのです。ではその正露丸を特性チョコでコーティングした麦チョコをエミリエさんにプレゼントするのですー」 たたたっと走り去ったゼロを追おうとした優の袖口がしだりに引っ張られた。 「優、混ぜるの。終わった」 「ああ、じゃあ、次は型につめて……」 腰を屈め、優はしだりに丁寧にチョコの作業を伝えていく。 「あ、ハート形や星形とか色々な形の型を持って来たからよかったら使ってほしいな!」 そう言って、蘭花は型枠を取り出した。 「他に何かアレンジする人ー?」 「では某はウィスキーボンボンを」 「ヌマブチさん、たしか医務室から禁酒命令が出ていらしたのでは?」 ジューンのつっこみに、ヌマブチは額に汗を浮かべる。 「チョコレートは栄養価も高く非常時の糧食として非常に重宝されるものであります。故に別にそこにあるウィスキーは何の関係もない! この汗は暑いからであります!」 「そうですか。ではウィスキーはやめておきましょう」 「む、むむむ」 応酬虚しく酒を没収されるヌマブチだが、しつこく食い下がろうとして、ガルバリュートに襟元を引っ張られた。 「おおっと、揉め事かな! しかし我輩がいるからには争いは無用! さあ双方ともこのボディにチョコを塗りたくるがよかろう!」 しばらくチョコを眺めていた彼は徐に熱いチョコを撫でるように塗りたくる。 おふぅ! ぬふぅ! と呻きながら体をくねらせるガルバリュート、その体に無表情のまま淡々とチョコをかけ続けるヌマブチ。 「Afu~n! そ、そこは駄目である……! そこの突起はもっと優しく! や、やめてはいけないのである。だが、このままでは暴発してしま……」 「……しだり」 優が一言呟くと、しだりは無言で頷いて手を前方にかざした。 ミストサウナのごとき湿度が一気に凝縮し、ガルバリュートの体を氷付けにする。 「ありがとう。食材は大事にしないとな。皆で食べるものなんだし、皆が集めてくれたものなんだし」 優は優しくしだりの頭を撫でた。 「おーい、ブランはんがここで倒れてはるでー」 「ブランさんは先ほど、私が介護いたしましたが」 「あれっ? ジューンはん? ほな、ブランはんが一人多い?」 「……? 何の事でしょう?」 ホワイトガーデンはペンを走らせる。 ―― 楽しく賑やかにお菓子作り。やがて、チョコレートはできあがる。 ―― 誰にあげるのか、それとも自分で食べるのか。それは別のお話。それはみんなが決めるお話 そこまで書くと、ホワイトガーデンは微笑を浮かべ、本を閉じた。
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