「壱番世界に遊園地がある。閉鎖が決まって以降来場者への感謝をこめて一部のアトラクションを無料にしていたが、どうやらその遊園地が継続しそうだと噂で知ってね。皆でその再生を祝いに行かないかい?」
イルファーンが期待に紅い瞳を煌めかせて誘った。
「僕も一度足を運んだが、とても楽しかった。貴重な経験ができたよ。ツーリストの皆にも遊園地の魅力を知って欲しい」
既にヘンリーの方にも話を持ちかけ、異世界コンシェルジュ企画として動き出したのだと言う。
「気の合う友人と誘い合って回るのもいい、恋人と仲睦まじく逢瀬を楽しむのもいい、童心に返って一人はしゃぐのもいい。楽しみ方は人それぞれだ」
思い出作りには最適な場所だと思うのだけれどね。
軽く首を傾げて微笑むイルファーンに、思わず頷く者がいる。
「考えは決まったかね」
白髭園長に尋ねられて、
「返事をする前に」
経理担当は思い詰めた顔で白髭園長を見返す。
「今度無料にするアトラクション、ですが」
一瞬口を噤んで、ついにこう言った。
「一日でいい、全てのアトラクションを無料にできませんか」
「……」
園長は黙ったまま、事務室の窓から外を眺める。
この遊園地には、観覧車、ジェットコースター、回転木馬、お化け屋敷、ミラーメイズ、コーヒーカップ、バイキング、ゴーカート、射的場、チェーンタワー……他に食堂、売店、花壇に囲まれた噴水がある。トイレも4カ所、休憩のためのベンチは20カ所、チケット売り場も各ブースの他に2カ所、入ってすぐのイベント会場ではキャラクター・ショーや手品、アクロバットなども見せていた。交通手段も駅から5分、バス停留所から3分と悪くない。
だが、ここはもう閉園が決まってしまった。
現在は、これまで当地で営業してきたお礼を込めて、残り時間を存分に楽しんでもらおうと、一日に一つ、アトラクションを無料にしている……いたのだが。
「よかろう」
「えっ」
「君の言う通り、今度は全てのアトラクションを無料にしよう」
言い切ってから、白髭園長は微笑む。
「本当は、射的場を無料にしようと思っていたのだがね」
「本当は、ゴーカートを無料にしてほしいとお願いしようと思っていました」
経理担当はふいと顔を背けて続ける。
「あれをどうやって楽しめばいいのか、まだわからないけど」
「久しぶりに射的をしてみるのも悪くないと思うようになったが」
重なるように白髭園長が呟き、二人とも「え」と互いを見やる。
白髭園長がためらった後、
「ここは不思議で素敵で訪れた人に安寧を与えてくれる場所だと、全身真っ白い、可愛らしいような何とも言えない娘さんが言ってたよ」
「ここは誰かとその人の『大事な誰か』が大切な楽しい思い出を作りに来る場所だと、届いた手紙にもありましたね」
遊園地のあちこちを撮り、より安全に楽しめるように整えるためのヒントが添えられた写真を、経理担当は眺める。
「子ども用の衣装を準備しておいてよかったな」
バイキングって何と聞いてくれた子どもは不思議な布を頭につけていたけれど、何と言うことなく乗せてしまったな、と園長が首を捻り、
「後はここにどうしたいか聞いて、走ってみたらどうかと胸を叩いて励ましてくれた、元気のいい女の子もいました。失敗しても全力投球だったらきっと無駄じゃない。それに一人じゃないだろう、と」
経理担当も顔を上げ、つられたように白髭園長と二人、窓の外を眺める。
やがて、経理担当が呟いた。
「昔……運転してた時は、ずっと一人な気がしてたんですが」
深夜トラックで、北から南、東から西。
「明けても暮れても荷物ばかり運んで、休みの日はくたくたになって眠ってる」
そんな日に嫌気がさして、お金を貯めて勉強して、資格を取って。
「けど、俺を雇ってくれたのは、あなただけでした、園長」
遊園地は大好きだった。けれど来る機会なんてほとんどなくて、別れた妻子ともやってきたことがない。いつも横目で通り過ぎていた、幸せそうに笑う人々の隣を。
自分にはきっと、楽しみも喜びも無縁なものなのだと言い聞かせて。
疼く心を押し殺して。
経理担当は密やかに囁く、一世一代の告白をするかのように。
「…俺こそ、この遊園地で夢を見ていた。腹一杯になるほど、幸福な夢を」
白髭園長は静かに頷き、そっと応じた。
「君を雇ったのは、私にとって最高の決断だったよ。犯人逮捕や事件の捜査には、何の才能もなかったのだが」
苦く笑った瞳には、それまで見たことのない苦渋の光がある。
「警察官、だったんですか…」
呆気にとられたような経理担当に、白髭園長はくすりと笑い、軽く咳き込んだ。
「風邪ですか」
「歳は取りたくないな」
さて、と白髭園長はゆっくりと伸びをした。
「始めようか」
今度は全てのアトラクションを無料にする。
「はい!」
経理担当が立ち上がる、弾けるような笑顔を隠すこともせず。
その数日前。
白髭園長は一つの病名を告げられた。
余命数ヶ月。
心残りのないように過ごされる事をお勧めします。
医師のことばに園長は微笑んだ。
「心残りなど、何一つ、ありません」
人生という荒海を渡り切ってきたのだ、何を悔いることがあろう。
我が為したことは全てこの背に負うていく。
バイキング達のように、吠えてみせよう。
「いいタイミングじゃないか」
閉じた瞼に、遊園地を訪れた人々の笑顔が広がっている。
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