オープニング

「リュイグ様、連れて参りました」
 目の間に引き立てられてきた親子を前に、金色の髪を中央で分けて髪油でべったりとなでつけたリュイグ・ボルゾは顔を上げた。鈍い茶色の瞳が、父親にしがみついて震えている幼い少女に細められる。
「なぜ、ここに来たのか、わかっておるな?」
「は、はい、けど」
「我が名を申せ」
「領主、リュイグ・ボルゾ、様」
「私はお前達に何をしているのかな」
「た、田畑を耕すことを許し、家を建てて済むことを許し、でも」
「抜けておる」
「え…?」
「生きることを許した」
 リュイグはにやりと笑った。
「私の魔法がなければ、この地は荒れたまま、作物も実らず、お前達は餓えるしかなかった……もちろん、子どももいないままな」
「し、しかし!」
「……他に何人子どもがいる」
「ふ、ふたり」
「では、その2人を十分愛してやるがいい」
「とうちゃん!」「ラシュ!」
 悲鳴を上げる少女の肩を掴み、すがるような父親と引き離し、奥の間へと連れ去らせる。
「ラシュ、ラシュ!」
「お前には子どもは2人しかいなかったのだ」
 立ち上がり、続く楽しみに分厚い唇を綻ばせながら、リュイグは言い放つ。
「追い出せ」
「ラシューッ!」
 叫ぶ父親は殴られ蹴られ、城の外へ放り出される。


「とうちゃん、とうちゃん」
 奥の間は、壁際をびっしりと埋める棚に薬瓶が並んでいる。リュイグのささやかな研究室だ。
 武装した兵士に肩を押さえ付けられたまま、中央の椅子に座らされていたラシュは、のっそりと入ってきたリュイグに顔を強張らせる。
「嘆かずともよい」
 リュイグは壁から幾つかの瓶を降ろし、見事なカットガラスのコップに中身を量りながら混ぜ合わせて、差し出した。
 煌めくガラスコップに静かに揺れる液体は、愛らしい赤色。
「喉が渇いただろう? 飲め」
「いらない」
「飲め」
「いら…な」
 骨を砕くほど強く肩を握られて、ラシュはガラスカップを受け取る。
「飲め」
「……っく」
 しゃくりあげながら飲み始め、意外に甘い味にほっとしたのだろう、一気に最後まで飲み干したのを見届けて、リュイグは顎をしゃくった。兵士達が心得たように部屋を出て行き、それを見送って急いで椅子を降りようとしたラシュがぎょっとした顔になる。
 動けないのだ。
「早く効くのだよ。そして、その薬は花にもいいのだ」
「は、な?」
 ラシュは初めて気づいたように膝の上に置かれた真っ赤な花を見下ろす。一重の花弁、黄色の花心、小さな緑の葉は蔓性の茎に点々とついている。次の瞬間、ぐしゅ、と不気味な音が響いてラシュは仰け反った。
「ぎゃっ」
「豊かなる、霊妙なる、肉体の器に」
 リュイグは右手の中指に嵌まった輝く宝石に触れて唱える。
「見事なる、艶やかなる、根よ育て」
「ぎゃあああっ」
 ラシュの膝から突き立てられて入り込んだ蔓が少女の体の内側をめこめこと這い昇っていく。ぎょくんぎょくん、と奇妙な格好で痙攣するラシュの目はもう虚空を見つめているだけだ。
「ラシュ? ラシュ、応えろ、ラシュ」
「……」
 返答は唇の端から零れ落ちた血と、それを追いかけて這い出して来た蔓、続いてびちり、と片目を突き破って突き出した蔓が膨れ上がり、膝の上にあるのと同じような真っ赤な花を咲かせる。
「ラシュ?……ふうむ、これもだめか」
 リュイグは壁際の棚に歩み寄り、今調合した薬の量を確認する。
「もう少し長く生きてもらわねば、楽しみにもならぬ」
 リュイグの背後で、奥の間の大きな窓が突然開かれた。よく見れば、椅子とラシュを巻き込むように育った蔓が伸び、窓を押し開け、ラシュごと外へと逃れていく。
 振り向いたリュイグの顔にうろたえはない。むしろ、満足そうに、窓の外の花園をみやる。
 そこには色々な姿で蔓に貫かれ、花を咲かせ、あるいは荊の中に座り込んだままの子ども達の骸が無数に打ち捨てられている。
 もっとも、その子ども達の姿は半ば土に埋もれたり、鮮やかに咲く花の陰や濃く茂る葉に覆い隠され、一見しただけなら普通の花園に見えもする。
「命は美しいな」
 散りかけて、なお抵抗するそのひたむきさには胸を打たれる。
 リュイグが小さく溜め息をついた時、静かな声が響いた。
「リュイグ様」
「何だ」
「もう一組、引き立てられております」
「もう一組?」
 リュイグは訝しく眉を寄せたが、ラシュが椅子ごと花園に呑み込まれたのを確認して、向きを変えた。


「そなた達は?」
 リュイグの前に立っているのは見慣れぬ風貌だ。
 一人は赤茶色の髪を跳ねさせた若者、襟と袖口に飾り刺繍のあるシャツに黒いズボン、軽く羽織った上着も黒、微笑んで会釈する姿は領地にいる青年といささか違う。灰色の瞳が細められる。
「グリス・タキシデルミスタ と申します、お見知りおきを」
「何者だ」
「悪いミスタにはお仕置きしなきゃね」
 その隣に居た少女がぽつりと呟いて笑った。右側の一房をリボンで結わえた膝まで届く赤毛、紺色のドレスに光る靴、暗い灰色の瞳は挑発的に光っている。
「遊びの時間はおしまい」
 メアリが終わらせるの。
「ほう…」
 一目見て魅かれた。この少女にはきっと白い花が似合う。骨を砕き、身を噛み潰していく荒々しい牙持つ花が。
「何のことだかわからないが」
「たくさんの子どもが行方不明になっているそうですね」
 グリスが上品な口調で確認した。
「もしかすると、リュイグ様はご存知?」
 薄く笑う。
「子どもがいなくなっているのは悲しむべきことだ。心を痛めておるよ」
 立ち上がり、兵士に目配せして引かせた。武器ももたないこんな2人に、何を警戒する必要がある。しかも、自分には指輪がある。
「しかし、何か捜索に役立つ話があるのなら聞こう、こちらへ」
「領主様自らとは、恐れ入ります」
 グリスがするりと付き従ってくる。
「いらっしゃい、ミスタ・ハンプ」
 メアリが促すのに振り返ると、奇妙な丸い、不思議な生物がとことこと歩いている。人間ではない、ならば少女を守る何かかもしれない。先に片付けておくべきか。リュイグは奸計を巡らせる。
「あそこの四阿ならば人の耳が遠い。すぐに飲み物を運ばせよう」
「お気遣い感謝します」
 グリスが先に立ち、メアリが小男を連れて花園へ入り……突然グリスが振り返る。
「ところで、剥製屋はご入用ではないですか?」
「何?」
「たとえば、あの少女などは、ああしておくよりは剥製にした方が、より長く美しいままで保てるというもの」
 グリスが指差したのは、花園の隅に傾いている像のようにしか見えない、花と荊に包まれて眠っている少女。ラシュの前に得た獲物の姿。
「そうだな……だが」
 指輪に触れて素早く唱えた。
「自らを剥製にはできぬだろう!」
 嘲る口調と同時に花園がざわざわと立ち上がり盛り上がり、青年と少女に一気に襲い掛かる。隠されていた陰や土から、埋もれていた死体がのぞのぞと起き上がる。少女の連れていた小男が飛んで来た蔓に射抜かれてばしゃり、と中身をぶちまけた。
「ミスタ・ハンプ!」
 メアリの声に微笑しながらリュイグは背中を向ける。
 その後ろで、憩いを破られて怒れる死者が、安息の地に入り込んだ生きた乱入者を貪る音がする。

 花園は新たな餌を得て、なお豊かに咲き誇るだろう。
「剥製?」
 リュイグは苦笑した。
 永遠が欲しいのではない、刹那の輝きこそが魅惑なのだ。


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!注意!
企画シナリオは、便宜上、参加枠数が「999」になっていますが、実際には特定の参加予定者のために運営されています。

この企画シナリオは下記のキャラクターが参加予定です。他の方のご参加はご遠慮下さい。万一、参加予定でない方のご参加があった場合は、参加がキャンセル(チケットは返却されます)になる場合があります。

<参加予定者>

グリス・タキシデルミスタ(cuhm2947)
メアリベル(ctbv7210)

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品目企画シナリオ 管理番号2119
クリエイター葛城 温子(wbvv5374)
クリエイターコメントこの度はご依頼ありがとうございました。
権力に物言わせ、好き放題をしている領主、早速にお二方は捕まってしまっております。
さて、ここからどのように脱出されるのでしょうか。
ご覧の通り、領主はお二方を見くびっております。
目に物見せてやってくださいませ(笑)。

お時間、長めに頂いております。
よろしくご了承下さいませ。

参加者
メアリベル(ctbv7210)ツーリスト 女 7歳 殺人鬼/グース・ハンプス
グリス・タキシデルミスタ(cuhm2947)ツーリスト 男 24歳 剥製屋

ノベル

 花園は沸き返っていた、蘇った死者と花と蔓荊で。
「もう、ミスタ・ハンプったら」
 後片付けが大変よ、いつもいつも。
 中身をぶちまけたハンプティ・ダンプティを拾い上げるメアリ・ベルの背中から、蘇った子ども達がどす黒い顔、蒼白な指先、ずるずると崩れ落ちる体で襲いかかってくる。だが、その体は次々と粘液と肉片を撒き散らしながら、花弁とともに空に舞った。
「僕としては全てのものは必ず滅ぶからこそ、一瞬でも長く美しく在って欲しいんだよね」
 メアル・ベルの背後に立ったグリスが、怪しげな紋様が刻まれた前腕ほどもある大型ナイフ、【コルミジョス】を両手に呟いた。風に舞う赤茶色の髪、やや困惑した口調はとても修羅場の最中にいるとは思えないほど優しげだ。
「価値観は真逆だけど、己の嗜好を追求したくはなる気持ちは判るんだ」
 残念そうに背後の屋敷を振り返り歩み出す、【コルミジョス】が幻を残して日に煌めくと、首が飛び、突き出された手が断たれ、がくがくと不規則な振動に揺れる足が裂かれる。押し寄せる雪崩のようだった攻撃もまるで野原を行く如く、振り散る花弁を喝采の花吹雪のように浴びながら、グリスは死者とのたくる蔓花を見る見る掃討していく。トラベルギアの自動反撃だけではない、グリス自ら放つ攻撃もまた、鮮やかで激しい。
「子供達にあの世で謝って貰わないといけないね」
 柔らかな微笑みは非道の仕事の先にあるものを含む。
「彼の所業はあまりにも惨い、シンプルに見過ごせない」
 淡々とした断罪の声。
「一刻も早く領主にお仕置きをしないとね。彼を倒せば魔法も解けてみんな安らかな眠りに付けるはずさ」
 周囲に積まれる屍体の山はさすがにもう動くことはできない、人としての形を成さないから。けれども命は終わっていない、屑のように小山となりながら、それでもひくひくとそこかしこがのたうつ悪夢。
「子供をいじめて楽しむ悪い領主さま」
 対照的にメアリはむしろ楽しげに花園の中へ入っていく。軽い足取り、歌うような声音、くすくす笑いながら片手に振り上げたのは、あまりにも彼女に不似合なぎらぎら酷薄に光る手斧。
「でもメアリはいじめられっこじゃなくていじめっこなの」
 ぶんぶんぶん。
 細い腕が軽々と斧を操る。ミツバチを思わせる風の音。
「飛び去れ散り去れボロシーツ」
 明るい声は澄み渡っている、振り回される手斧に跳ね飛ばされ、叩き潰される小さな手足や幼い顔が絵空事のように。
「洗濯ジョンは間違えた、女王陛下のシャツとスカート」
 ぶんぶんぶんぶん。
 耳にするにも寒気がするような重い水音、ぐしゃりぐしゃりと互いに体を混ぜあう子ども達の塊をぽんと飛び越え、メアリは花園の中を闊歩する。
「包んで背負ってどっこいしょ、残った手足は誰のもの」
 歌声は高らかに響き渡る。いつの間にか復活していたミスタ・ハンプがメアリベルに急いで付き従おうとして、振り回した手斧に突き飛ばされてつんのめり、改めでぐしゃりと割れ砕ける。
「ほらほら、もう、ミスタ・ハンプ。これ以上散らかさないで」
 それでなくても、充分ここは散らかっているんだから。
 メアリベルの周囲は小さな空き地になりつつあった。手斧に叩き斬られた赤い花の間に手足、蔓の緑に絡まれて頭が、飽きてしまったおもちゃのようにごちゃごちゃと転がるだけ。だが、それでも、それらを乗り越え、蹴散らして、なおも子ども達は迫ってくる。
 ふう。
「でもこれじゃきりがなくて疲れちゃう」
 メアリは立ち止まって、うんざりした顔になった。
「一体どれほど殺したのかしら、放りっぱなしでお行儀悪い」
 チーズとケーキを食べていた『小さなマフェット』から、メアリは巨大な毒蜘蛛を召喚した。空間がもやもやと歪み、そこからどろりと黒い染みがはみ出るように滴った液体が、見る見る揺れて重なり立ち上がり、次には八本の足に鮮やかな紅の筋がついた巨大な黒蜘蛛となる。
「いい子ね、とってもいい子。メアリの言う通りにしたらキスしてあげる」
 駆け寄ったメアリはゆるりと降りて来た蜘蛛の頭を抱き締め、頬をすり寄せた。これなら一気に花園の地ならしができそうだ。
 振り返り、領主の館へ歩き続けるグリスに声をかける。
「さあミスタ、蜘蛛さんに乗って」
「おや、これは」
 振り返ったグリスの両手は不思議なほど汚れていなかった。【コルミジョス】の切れ味は相当なものらしい、返り血を浴びるほど間近で仕留めることもないということか。
 蜘蛛の背中で誘うメアリの声に、足の一本から軽く駆け上がったグリスが背中に乗ると、巨大な蜘蛛は体を一振りし、ゆっくりと糸を吐き始めた。
 駆け寄ってきた子ども達が蜘蛛の足に踏みつぶされ、見る見る真っ白な糸で巻き締められていく。メアリとグリスでは動き切れなかった広大な花園も、あっという間に粘つく白色の糸が張られ、巨大な蜘蛛の巣で覆われていく。
「うごああああっっ」
 糸に巻き締められ、今までのように切断されなくなった子ども達の唸りが次第次第に呪詛を含んで響き渡った。館を一端にして張られた特大の巣に、さすがに違和感を感じたのだろう、閉まっていた扉がきしみながら開き、再びリュイグが顔を出し……凍り付く。


「何だ…これは…」
 リュイグが見たのは、それまで爛れたような美しさを保っていた花園、命の際を必死に保とうとした子ども達の末期の美ではなかった。
 粘り着き、垂れ下がる、銀色の光沢をたたえた人の胴体ほどもある太さの糸が張り巡らされた蜘蛛の住みか。視界を遮り断ち切るそれが、どこからどのように繋がっているのか、何が原因なのか、見極めようとして扉から離れ、花園に出る。
「一体何が…」
 呪詛と怨嗟の声で、微かに揺れるようにたわむように動く糸。おそるおそるそれに触れてみると、べったりと掌に張り付きなかなか引きはがせない。
「くそっ」
 引っぱり擦りあわせ、何とかそれから逃れようとしたが、糸はますます絡み付き、今度は腕や肩に引っ掛かって来る。
「おい、誰か! 誰か来い!」
 叫んで体を捻りながら糸を引っ張る、それが単に自分の振動で揺れているのではないと気づいた時には遅かった。
「ぐあっ」
「チェックメイト」
 一瞬にして体を巻き締めた糸にぎりぎりと喉首を締め上げられて、誰かと叫ぶ暇もなく釣り上げられる。とっくに花園の肥やしとなっているはずの幼い少女の声がして、見上げた視界に、覗き込んで来る巨大な蜘蛛の顔があった。
 ぎちぎちがちがちと動く巨大な牙の先から、ねっとりとした黄色の液体が滴り、それが落ちた地面を焦がして黒い煙を上げる。それがリュイグの顔のすぐ側に落ち、自慢の髪の毛が焦げ爛れる悪臭がしてぞっとした。
 その大蜘蛛の背後からひょっこり顔を出した少女が満面の笑みで言い放つ。
「ここはメアリの巣、メアリの猟場。今度はあなたが蜘蛛の餌」
「く、も…っ」
 ああそうだ、どうして気づかなかったのだろう、蜘蛛は獲物がかかったその振動を感じて狩りにやってくるのだ。


「ボルゾ様!」「何だこいつらっ!」
 わらわらと背後の館から飛び出してきた兵隊に、グリスは蜘蛛の背中から飛び降りた。巨大な蜘蛛、張られた巣に捕まった領主、それらに驚き慌てふためいて、巣の隙間を擦り抜けるように現れたグリスに兵隊達が突進してくる。
「邪魔をしないでほしいな」
 きらりと光を放って【コルミジョス】が再び引き抜かれた。
「ボルゾ様を守れ!」「大蜘蛛をやっつけろ!」
 怒号を上げて駆け寄る彼らにグリスは相対する。突き出される槍、振り回される剣も効果がない。ステップは軽く、踏み込みは鋭く、両手に翻る【コルミジョス】が鎧や鎖帷子に覆われた首の頸動脈を、防具ごと切り裂いていく。吹き上がる血飛沫、背後に身を引いたグリスの前で蜘蛛の糸が紅蓮に染まる。
「く、くそ…っ」
 糸に体を巻き締められ、首をぎりぎりと締め上げられ、それでもリュイグはしぶとかった。よだれを垂らし、白目を剥きながら、ごそごそと指輪を探る。青黒くなりつつある指は感覚がなくなってきているだろう、それでも指輪の宝石をとらえた瞬間、いきなり伸びた蔓とそれに絡まった屍が大蜘蛛とメアリの上に降り掛かる。
「しつこいね。散り際の美を愛でる趣味の持ち主にしては、あまりにもみっともなくはないかい?」
 冷笑とともに【コルミジョス】が虹を描いて、蜘蛛の巣からかろうじて抜き出されていた両腕を一気に切り落とした。
「ぎゃあっ」
 絶叫と同時に空中に浮いていた屍体塗れの蔓が崩れてくる。
「足も邪魔!」
 メアリベルの斧が閃いた。ぐるぐる巻きにされたリュイグの足が一本、また一本と切り落とされて血が迸る。
「お食事の時間だよ!」
 黒蜘蛛が口を開き、腐臭に満ちた吐息を零しつつ、痙攣するリュイグの体を引き寄せていく。普通なら失血死しているところだろうが、幸いにも、いや不幸にもというべきか、リュイグの体を巻き締めた糸が大きな動脈を適度に押さえていてくれているらしい。濡れた血で緩んだのが首を絞めていた糸なのは、運命の神の悪意なのか。意識を失うことも、ましてや窒息することさえ叶わず、リュイグは目を見開いたまま引き寄せられていく。
「う、うあああああああっ」
 近づく蜘蛛の口に悲鳴を上げるリュイグの顔は汗と鼻水とよだれでぐしょぐしょだ。整えられていた髪も乱れ、引き攣った口と目は最大に見開かれている。
「ねえ今どんな気分? メアリはとっても楽しいよ!」
 メアリベルは上機嫌で笑った。
「子供たちが死んでくのを見てた領主さまもおんなじ気持ちだったんでしょ? メアリたちいいお友達になれそうね!」
「ひ、ひいいいっ」
 助命の懇願もメアリベルのことばに対する反応もなく、リュイグはぬめる血にずるずると糸の巻きを崩しては掴まれながら絶叫し続けるだけだ。
 振り返ったグリスは、軽く目を細めてリュイグの末路を見届ける。子ども達と同じ道をたどるのが相応しいと思うが、そこはメアリベルに任せよう。
「、と、それは無理だよ」
「ぐああっ」
 領主の転がった腕を抱えて逃げ延びようとする男の前に立ちふさがり、一閃でしとめる。腕は領主から離れたが、まだ起き上がる子ども達はいるし、蔓花も新たな花を咲かせながら迫ってくる。指輪そのものを破壊するか、領主を殺してしまうしかないのか。
「メアリベルちゃん!」
 蜘蛛の上に乗っている少女を狙った弓をグリスは叩き落とした。ちらりとグリスを見やったメアリベルが、にこやかに引きずり上げた領主に囁く。
「領主さまがもうすぐ死んじゃうのはカナシイけど、頭のてっぺんから爪先までキレイに食べてあげるからね」
「ぎひいっ」
 がぶり、と下半身の一部を蜘蛛が噛んだ。じわじわと力が加わっていく、はみ出た臓物がぼたぼた滴り落ちる、それでもまだ意識を失えないのは、それこそ指輪の力の賜物か。
「ああ、それともこうした方がいいかしら」
 ふいにメアリベルは躍り上がって手を叩いた。
「いい子ね、それを大きくあっちに放り投げて」
 ぶううん!
 メアリベルのキスと一緒に、名残惜しげに噛みかけの領主を口から出して、大蜘蛛は彼を放り上げた。
「ぎゃああああああっっ!」
 落ちる場所は、メアリベルとグリスの手が行き届きかねていた花園の一角、そこにはまだ『新鮮な』屍体が獲物を求めてわらわらと立ち上がりつつあって。
 ぽおおん!
「インガオウホウ、名案でしょ?」
 メアリベルのウィンクとともに、落とされた領主のつんざくような声が響き渡る。
「いぎゃあああっっっ!!!」
 蔓が絡み付く、下半身をしとどに濡らしてもがく領主の体を生き餌にして、より鮮やかな花を咲かせていく、大輪の赤や白、黄色の花。
 子ども達が群がりよる、手に手に蔓に咲いた赤い花をかざしながら。そして、それは次々子どもの手によって領主の体に突き込まれ、埋め込まれ、やがて最後には悲鳴を上げ続けるリュイグの口に腐り切った骨の見えた皮の剥がれた幾本もの手が突き刺さり。
「フクシュウシンが洗脳を凌いだ、のかな?」
 くすりと笑ったメアリベルが、グリスを見下ろす。
「うわああ…っ、助けてくれえっっ!」「助けてくれっっ!」
 兵隊達が逃げ始めた。あまりの光景に走りながら身悶え、吐きながら倒れ、互いを引きずりあうように必死に逃げていく。
 リュイグは今こそ感じているかも知れない、震えるほど貴重な命がまさに一瞬一瞬に削られていく、刹那の時を。彼が望んだような『観客』としての場所からではなく、唯一無二の『主役』として、だが。
「ひぎゃっ…ぎゃああっ……きひいーっっ……あああああ………ああ…あ……」
 断末魔の悲鳴が、次第次第に弱くなり、微かになり。
 ついに、途絶える。
 それを静かに聞き終えてから、
「彼には剥製にする資格はなさそうだね」 
 グリスは残された腕の指輪を【コルミジョス】で砕いた。

クリエイターコメントご依頼ご参加ありがとうございました。
死臭でむせ返る花園で、領主リュイグは果てました。
それはそれで幸福な最後でしょうか、自ら生み出した子ども達に囲まれて(え)。
なかなかグロテスクにならずに必死でした。まだまだこの分野は勉強しなくちゃなりませんね。
貴重な機会を与えて下さり、感謝いたします。

またのご縁があることを祈っております。
公開日時2012-09-24(月) 22:20

 

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