元旅団員のイェンは『何でも屋』だ。どんな仕事かと一言でいえば『人材提供業』である。やれることは限られてはいるものの、彼は今日も自宅を事務所に暖簾を掲げる。 ――『ネコノテ』 貴方のお手伝いをいたします――「いらっしゃい。今日は何を手伝えばいい?」 店を訪れると、イェンが笑顔で出迎える。『何でも屋』はよっぽどの事がない限り、貴方の頼み事を色々としてくれる。 この『ネコノテ』には数人のロストナンバー達が関わっている。希望があればその人が手伝ってくれるだろう。 迷った時は依頼内容を吟味した上で手伝う人を考え、派遣してくれるという。 さぁ、彼らに何を頼もう……?
「マッスーさんね、人をお手伝いするのをお手伝いしてもらいに来たのね!」 「ど、どういう事……?」 『ネコノテ』の事務所にやって来たコンダクター、マスカダイン・F・ 羽空の言葉に、イェンは思わず金色の目を丸くしてしまった。その後ろでは『ネコノテ』のメンバーである肥前屋やマリィとホリィの双子や、クーラン、最近仲間入りしたマーリョイスも其々首を傾げるなどしている。 「! もしかして、誰かのお手伝いをするから一緒にやって欲しいって事かしら?」 一人考えていたマーリョイスの言葉に、マスカダインはパチン、と指を鳴らして「そうなのね!」と楽しげに笑う。それで、他のメンバーも漸くなるほど、と納得が言ったようだ。 「街の中を散策してね、落とした鍵を見つけてあげたり、高い所に手が届かないちびっこを助けたり……とまぁ、依頼する程でもない事をお手伝いして回りたいのね」 「それにしても不思議な坊やだね。まるでアタシら『何でも屋』みたいじゃないか」 メガネを正して説明するマスカダインに、煙管を弄びながらくすり、と笑う肥前屋。その傍らで、銀の髪を揺らした双子が不思議そうに首を傾げる。 「でも、どうしてそんな依頼を思いついたのかな、お兄ちゃん?」 「というより、そういう事を思いつくって辺りが気になるよ、お兄ちゃん?」 「うーん、マッスーさん、実を言うと初めて『何でも屋』さんを知ったのね」 問に答えるように、マスカダインが口を開き、『ネコノテ』のメンバーを見渡せば、彼らは皆「そうだよね」というような表情を浮かべていた。 確かに、『何でも屋』の『ネコノテ』に対する認知度は低い。というのも、イェンが数ヶ月前にメンバーを集めて始めた事業であり、今も張り紙を張って宣伝などはしているのだが、依頼は未だ少ないのである。 「ターミナルでも、皆さんがどこの馬の骨ロックかご存知ない人、どんな活動をしているか知らなーいって人、大勢いるんじゃないかなぁ。そ・こ・で、思いついたのね!」 「それが……この依頼、なのですか?」 クーランの問いかけに、「イエス!」と笑顔で返すマスカダインに、イェンは思案顔だった。確かに、認知度を上げるにはそういう手もいいかもしれない。小さな手伝いから自分達の存在を紹介し、依頼につながれば……。 マスカダインは、彼らに笑いかけると道化師らしい明るさに割に、いつになく真面目な顔で言葉を続けた。 「んーとね。助けを求めるって、勇気がいるんじゃないかな。困った時程、誰を信じたらいいのか悩むし……。だから、こうやって行動見せてボクらお手伝い出来るんだよって憶えてもらえば『ネコノテ』さんも顔が知れる、街の人も助かるのね」 一石二鳥でしょ? と笑うマスカダインに、一同は「おおっ」と唸る。そして、イェンがパンッ、と手を打って頷いた。 「面白いじゃねぇか。……よし、その依頼、受けたぜ!」 暫くして、ターミナルの街に繰り出した『ネコノテ』メンバーとマスカダインは困った人を探し、『辻人助け』を行った。それは本当に些細な『困り事』を解決して回るだけの事だったが、人々も興味を持ち、声をかけてくれる人も現れた。 そうしながらも、イェンはふと、マスカダインの表情に少し影を覚えていた。だから、ちょっと気になって、彼と一緒に行動しながら観察をしていた。 「ちょっと休憩しないか?」 ある程度手伝いをし回った所で、イェンはこう、マスカダインに話しかけた。彼はへにゃ、と笑って応じ、2人で近くのベンチに腰掛ける。そして、お茶を飲みながら何気なくイェンは切り出す。 「そういえばさ。さっきマリィとホリィがこの依頼を出した理由をお前に聞いたよな」 「うん。ボクとしては、『ネコノテ』さんの宣伝にもなっていいと思ったし、受けてもらえてよかったよ~」 マスカダインが嬉しそうにニコニコ笑う。その目を見て、イェンは小さく頷きながらもう一度同じ質問をした。どうしても、他に何か理由がありそうで、気になると。 「え? 気になるの……?」 眼鏡の奥で瞳を細めながら、マスカダインはイェンを見返す。そうしているうちに、彼は「そうだねぇ」とぽつぽつ語り始めた。 「一人でどうする」と問われ、色々考えた。誰の為に頑張っていて、何の為にやっているのか。そうするうちに、若い道化師は色々と昔を思い出した。 (世界や何かのために動くなんて、ちょこぜーな事だったのね) ふと、脳裏によぎった事に寂しく思いながら、たどり着いた思いが口から溢れ出る。 自分は、笑顔が好き。 何よりも、誰かが笑っているのが一番素敵。 だからみんな、にこにこ笑う世界になればいい。 道を間違ったり迷うのも、前に進んでいる。みんな、幸せになるために生きている。そう、若い道化師は信じていた。 彼の話を静かに聞きながら、イェンはそっとマスカダインを見た。自分はそれが正しいと思っているんだ、と語るマスカダインの顔に浮かぶ、影の正体が知りたかった。道化師としての決意を語るその目に浮かぶ不安が何なのかを。 「なぁ、マスカダイン。……聞きたい事、あるんじゃねーか?」 「……」 イェンの問いに、マスカダインは少しだけ困ったような顔をした。それを聞いてもいいものか、迷っているような顔だった。なんでもいいから、言ってみろ、とイェンが促すも、マスカダインは表情を変えなかった。けれども、小さな声で答える。 「ねぇ、イェンさん。つまり、は、こんな事を聞きたいんだ。『手伝って』『仲良くして』って、どう言えば……いいのかな?」 「……そのまま言えばいいんじゃね?」 イェンは、真っ直ぐマスカダインの目を見て答える。即答され、困惑するマスカダインにイェンは不思議そうに言葉を続ける。 「言いづらいと思う事でも、言わなきゃ始まらないんだ。確かに、勇気がいる事だよ。ほら、さっきお前が言ったとおりだ」 「うん? あと、えーっと……依頼?」 マスカダインがぽん、と手を打てばイェンが頷く。いつの間にか『ネコノテ』メンバーが彼らの周りに集まり、2人に笑いかけている。 「俺達は、『何でも屋』だ。困ったことがあれば手を貸すし、なにより、友達って一声からはじまるんじゃね?」 工作員なんざしていた人間の言葉だから説得力ないけど、などと言いながらおどけるイェンに、マスカダインは少しだけ苦笑して、少しだけ頷いた。 「勇気、か。うん、自分で言ってて、気づいてなかった?」 そんな呟きに、イェンがばんっ、とマスカダインの背中を叩く。思わず噎せる道化師に、何でも屋はがさつな笑顔で言う。 「と、いうことで、今日から俺とお前は『仲良し』な? それから始めてもいいんじゃね?」 (終)
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