無名の司書の『導きの書』が、音を立てて落ちた。図書館ホールに鈍い音が響く。「どうしたんだい?」 青ざめて片膝をついた司書を、通りがかったモリーオ・ノルドが助け起こす。「《迷宮》が……、同時に、ななつ、も。どうしよう……」 震える声で、司書は言った。フライジングのオウ大陸全土に《迷宮》が複数、発生したらしい。放置すれば迷宮は広がり続け、善意の人々に被害をもたらしてしまう。 たしかに、予兆はあった。先般、フライジングへの調査に赴いたジュリエッタ・凛・アヴェルリーノの報告によれば、《迷鳥》の卵は、駆除が追い付かぬほど多く発見されているという。それも、ヴァイエン侯爵領だけではなく、オウ大陸に点在するさまざまな地域に。「それは……。きみひとりでは手に余るだろうね。対処するための依頼を出すのなら、手伝おう。どうもきみはこのところ、オーバーワーク気味のようだし」「ほんと? モリーオさん、やさしい……」 無名の司書は、じんわりと涙を浮かべる。「じゃあ、お言葉に甘えて。あたし、ひとつ担当するから、あとむっつ、よろしく」「……ちょっと待った。なんでそういう割り振りになるかな?」「それだとモリーオがオーバーワークになるぞ。俺も手を貸そうか?」 贖ノ森火城が、苦笑しながら歩みよる。「ありがとう、火城さん。頼もしい~」「忙しいの? 私も手伝うよ?」 紫上緋穂も駆け寄ってくる。「ありがとう! 緋穂たんだって忙しいのに忙しいのに忙しいのに!」「よかったら、あたしもやるわよ?」 ルティ・シディがのんびりと声を発し、無名の司書はしゃくりあげた。 「ルティたーん! うれじい愛してる〜!」 同僚たちの配慮に、司書は胸の前で両手を組む。灯緒がゆっくりと近づいた。「フライジングに異変が起こったそうだな」「灯緒さぁぁぁぁ~ん。灯緒さんだって朱昏で大変なのにありがとうありがとう愛してる~!」「……いや? ……ああ、……うん」 まだ何も言っていないのに、というか状況確認に来ただけだったのに、灯緒はがっつり抱きつかれて、手伝うはめになった。『オレは手伝わねぇぞ?』 アドは、スルーします的看板を掲げ、走り去ろうとした。んが、無名の司書にあるまじきものすごい俊敏さで首を引っ掴まれてしまった。「ありがとうアドさん!」『手伝わないつってんだろーが!?』『解せぬ』 看板いっぱいにでかでかと書かれた三文字を背に、アドはいつものベストに加え同色のスカーフとサングラスを着用している。色違いで無名の司書とお揃いの格好なのだが、なんでそんな格好しているのかは不明だ。『くっそ、なんでこういう時だけ素早くってコケないで確実に確保すんだよー。灯緒の背中じゃなくって他所で寝てりゃよかったぜ……。ハイハイ。お仕事しますよ、すりゃいんだろチクショウ、あ、サングラスだめだ見えねぇ』 真知子巻きされたスカーフの上にサングラスを乗せるとアドは説明を始める。『えーと、オレのは……溶岩の《迷宮》だ』 比翼迷界・フライジングに同時発生した八つのダンジョンの一つは、オウ大陸に広がる麦畑の中に出現した活火山だ。広々とした平坦な畑が広がる中に突如として現れた山は赤々とした溶岩を吹き出している。 幸いな事に周囲に民家はないが、山の出現により周囲の畑は壊滅的、加えて今にも爆発しそうな轟音を轟かせているという。『この活火山を産みだした討伐対称の《迷鳥》は内部、ぐるっと溶岩に囲まれた場所にいる。《迷鳥》の外見は老人……老鳥? 薄汚れた羽は少なくて、シワだらけのたるんだ皮膚で、ただじっと座ってる雄鶏だ。見た目と同じく自身に戦う力も無い。そのせいか《迷鳥》を守る様に蛙の化物が《迷宮》内にたんまり居る』 溶岩の中を泳ぎ赤々と燃える岩壁にへばりつく蛙は数え切れない程、《迷宮》の中に存在しているという。その大きさも様々で普通の手のひらサイズから人を丸のみするような、見上げるほど大きいのもいるらしい。蛙らしく舌を伸ばした攻撃に加え、ジャンプ力を利用した体当たりと蹴りもしてくるらしい。そして、溶岩の熱に耐え切れる皮膚は熱く、硬い。『道のりも山登りというか洞窟探索というか……当然向かう道にも溶岩が流れてるし熱い。小さな噴火が何度も起きてて山の中腹や洞窟にゃ穴も空いてる。空飛べるんなら上空から向かうのもいいだろうが《迷鳥》を見つけるのは難しいかもしれねぇな。おっと、大事な事忘れてた。この《迷鳥》、自滅する』 頭に乗せたサングラスを両手で持ち上げ、アドはこう続ける。『《迷鳥》が鳴き声を上げると火山の活動が活発になって噴火がおきる。その数は4回。4回目の《迷鳥》の鳴き声が上がると同時に火山は大噴火をおこし《迷鳥》は自分と《迷宮》諸共吹き飛ぶ。周囲も巻き込んでな。そうなる前に、《迷鳥》を討伐して《迷宮》を消して来てくれ』 溶岩の溢れる《迷宮》に襲い来る蛙、そして《迷鳥》の鳴き声と共に噴火する火山。 灼熱の《迷宮》が周囲を燃やし尽くす前に《迷鳥》を討伐すべく、君達はチケットを受け取った。!お願い!オリジナルワールドシナリオ群『春の《迷宮》』は、同じ時系列の出来事となります。同一のキャラクターでの、複数のシナリオへのエントリーはご遠慮下さい。抽選後のご参加については、重複しなければ問題ありません。
肺すら乾燥させそうなカラカラの空気を吸い込む度、華月は唇を舐める。唾液すら乾ききっている様に舌が口内にくっつき、少しでも潤いを感じようとしているのか、無意識に口や喉を動かしていた。しかし、口内や喉の渇きとは対照的に体全体は常に汗をかきじっとりと湿っている。体内は渇きを訴えるのに、体外は湿り気を覚えているこの状態に、華月は不愉快な気持ちを覚えていた。同時に、自身の身体を護るユイネの結界が無かったらどうなっていたのかと、体に纏わりつき色を変えた衣類を見るだけで寒気を覚える。 火山の熱は想像以上に熱く、コンダクターであるファルファレロと一番世界の人に近い華月は洞窟へ辿り着く前にその熱にやられそうになった。諸説あるが溶岩の温度は最低でも700度、しかも、これからその溶岩を作ったマグマの流れる洞窟へと進み、蛙と戦い、どこにいるともしれない迷鳥を探さねばならない。 どうするか、と話し合おうとしたが急に火山が轟音をあげ、迷鳥らしき鳴き声が聞こえたと思った瞬間、噴火した。振動が収まり周囲を見渡した彼らは、つい先程まで見ていた火山がその姿を変えているのを見た。時間もなく、単独行動も危険だとあれば、協力しあう事が一番だと、誰もが思ったのだろう。ユイネが皆に結界を張り巡らせ、偵察用の刀を5本飛ばすと、ファルファレロもセクタンを飛ばし、四人は駆け足で道を進みだした。 流れてくるマグマの中に蛙を見つけ「迷鳥がいるところに蛙の魔物も多そうだ」というユイネの言葉に賛同したのか、彼らは延々と蛙と戦いながら道を進んできている。 蝙蝠羽を羽ばたかせ天井付近にいる蛙は安治が、蛙を足蹴に、時には天井や壁に銃弾を打ち込み、わざと崩壊させた瓦礫を足場に飛び回るファルファレロは、何匹もの蛙を仕留めてはマグマの中へと沈める。 「狙い放題で的にもなりゃしねぇな」 「赤丸でもつけてこいッて?」 「ハッ、そりゃいいや。百発百中でパーフェクトだしてやるぜ」 「前脚の付け根や眉間を狙うといいぜェ? 普通の蛙なら気絶や麻痺する場所だ。っても、その弾丸じゃぁ貫いて殺しちまうだろうがなァ」 「そうして俺にばっかり仕留めさせてテメェは楽するってか悪魔野郎が。さっきから袋に死体詰め込んでナニしてんだ」 安治の手には後足を掴まれた蛙が一匹、身体も舌もだらんと伸ばしていた。 「ちィいとばっかし蛙料理をしてみてェだけさ」 「蛙料理ぃ? 雄鶏じゃなくてか?」 「老鶏も出汁に丁度良いんだぜ? 蛙と鶏は味が似てッからいい組み合わせになンだがこんなとこじゃ炭化する為に産まれて来たみてェじゃねェか、嗚呼勿体ねェなァ!」 「ちッ、外見だけじゃなくて頭ン中もイカれてんのかよ」 悪態をつきながらもファルファレロの弾丸は鳴り続ける。銃口から弾丸が発射される度に現れる五芒星の魔方陣はその早さ故に花火の様に現れては消えてゆく。その後に残るのは眉間を貫かれた蛙の死体と、氷漬けにされた蛙の塊だ。 「なァ、蛙の脇腹ンとこだけ凍らせれねェのかい? 境目は捌きやすいから温度変化加えりャ一発だと思うんだがよ」 「注文が多い料理人だな。コックてなぁ客のオーダー聞く立場じゃねぇのかよ」 「終わったら旨い蛙料理たらふく食わせてやるぜェ?」 「酒に合うのにしろよ」 息をもつかせぬ銃撃と自由に動き回る悪魔を警戒しているのか、マグマの中から湧き出てくる小さな蛙は飛びかからず、地面をのそのそと歩み華月とユイネの元へ近寄ってくる。しかし、飛びかかるでもなく攻撃してくるでもない小さな蛙たちののんびりとした動きに恐る事などなく、華月は落ち着いて結界の中へと閉じ込めていく。肩で息を吸う華月にそよそよと冷たく気持ち良い風が流れ込み、驚いて後ろを見るとユイネが鉄扇で仰いでいた。 「あ、ありがとう」 「こちらこそ、護ってくれてありがとうございます。迷鳥を早く見つけられたらいいんですけど……」 「ううん、この暑さの中むやみに歩き回る訳にいかないもの。遠くまで探して貰えるのは助かるわ。……それにしても」 溶岩の上に並びじっとこちらを見る蛙達や洞窟内を見渡した華月は独り言の様に呟く。 「迷鳥とは、いったい何なのかしら。こんな大きな物を一瞬で生み出してしまうなんて……」 「確かに、影も形もなかった火山だけでなく、蛙という生物まで一瞬で出現させる力はすごい物ですよね」 「迷鳥が作る迷宮は世界の影響を受けた特色を、それも負を象徴した迷宮が多い気がするわ。……迷宮とはこの世界の負が形になったものなのではないのかしら」 「負の形……ではこの火山は何を受けてなのでしょうか。雄鶏の鳴き声は朝の訪れを知らせ人を目覚めさせる物。どちらかというとこう、前向きなイメージですが……目覚めたくなかった、という事でしょうか」 「目覚めたくない……。迷鳥である自分が目覚める事で世界に良くないことが起きると知っていたから? それとも、単純に産まれる事を望まれなかった、ということかしら。それにこの蛙……」 もし華月の推察通りこの迷宮が世界の負を形としたのなら、この蛙にも意味があるのではないか。単純に自分たちを産みだした迷鳥を親と想い守っているのか。0世界にこの世界の出身者がいるとはいえ、迷鳥の事も世界のことも多くの謎に満ちている。 「新しい世界が見つかっていくのは気になりますけど……。今はこの危険な状態を打破するのが先決ですね。 既に一度噴火しています。あと三回……いえ、二回までに抑えないと。大噴火する前になんとか食い止めましょう!」 「そうね。あ、新しい世界で思い出したのだけど、世界計の欠片がないかも調べたいの。協力してくれる?」 「もちろんです」 気を取り直し、2人は蛙へと視線を戻した。 マグマが流れる活火山の道のりは常に揺れ轟轟という音を響かせている。まるで意志を持って生きている様だと錯覚する程の胎動がふと大きくなった気がし、華月とユイネが歩みを止める。ゴゴゴという低音が次第に大きくなり、気のせいではなく何かが起き始めているのだと警戒を強める2人の元へ安治とファルファレロが降り立った。 「マグマの温度が上がッてらぁ。こりゃ一発来るかもな」 「丁度いい、バンビーナが迷鳥を見つけたとこだ。ん?」 怪訝そうな声をあげたファルファレロが眉間に皺を寄せ眼鏡のブリッジを抑えると、ユイネが声をかける。 「どうかしましたか?」 「なんか、変な動きしてやがる。中途半端に羽広げて首伸ばして、飲みすぎて吐きそうな」 ファルファレロの言葉に安治は両脇をぴったりと締め両手を外側へ、手首から水平に伸ばしぱたぱたと動かす。そのまま首を伸ばし、顔をかっくんかっくんと動かす姿はファルファレロが言った事を表現しているのだろう。ファルファレロはぷっ、と一瞬吹き出すが安治の動きが迷鳥と同じだと言う様に頷いた。 「じャ、鳴くな」 安治が言い終わると地面が大きく揺れだし、地の底から轟音が聞こえ出す。立っているのがやっとの揺れと仲間の声を遮る轟音の中にありながら、四人の耳には確かに、雄鶏の鳴き声が聞こえた。 ファルファレロは試しに三人に声をかけてみるが、自分自身にすら聞こえづらい状態に舌打ちする。三人に向けて指を差し、それから視線を促すように天井付近にある穴を示す。どろどろとしたマグマが岩盤と蛙を乗せて流れてくる向こう側にある穴だが、迷鳥へ近づく道はそこが一番近かった。 華月とユイネが頷き、安治は蝙蝠羽を羽ばたかせ飛び上がる。瓦礫と蛙を足場にし、華月とユイネ、そしてファルファレロは三人係で足場になる結界を張り巡らせ上へと向かう。行き場がなくならないように、使わなくとも常に結界を張り巡らせ、ファルファレロは前方の天井を打ち崩して岩盤を増やす。襲い来る蛙を避けながらのマグマの海を飛び渡る三人だが、彼らへ向かう蛙の大半は空を飛べる安治がその羽で叩き落としてくれた。 「くそ、熱すぎてバンビーナが近寄りたがらねぇ」 「私の剣も見つけました。見失わないようにします」 「今は鳴きそうじゃない?」 「はい、大人しく丸まってます」 マグマの海を切り抜けても彼らの足は止まらない。穴の先は細い道が伸びており、もったりと沸き上がり小さな波しぶきすら立てていたマグマはいつ壁を溶かし、彼らを襲うかわからない。なにせ小さな穴からは白く光るマグマを纏った蛙たちが顔を覗かせている。 「いつ鳴くのか解かればもう少し進みやすいのに」 「鶏ッてなァ体内時計が性格だかんよ、最初と今の鳴き声の感覚が同じなら、次もそれッくらいだとおもうぜェ?」 「では次の噴火まで大体3時間、ってとこでしょうか」 ユイネがそう呟くと安治はただ、と言葉を続ける。 「迷鳥の鳴き声が噴火を知らせているなら、の話だぜェ? 迷鳥が鳴くから噴火が起きるッてェなら、次が三時間後とは限らねェ。むしろ今の噴火で活動が活発になって続けてドーン! ッてェ方がありえるんじャねェかな」 「はッ、鶏が先が卵が先かって事か? メンドくせぇ、そんなチンタラしてねぇで次鳴く前に見つけてとっとと終わらせようぜ。スーツが溶けちまう」 弾丸を放ち、岩壁ごと蛙を吹っ飛ばすファルファレロは心底面倒くさそうに言う。彼の言葉にまるっと賛同できないとはいえ、少しでも早く事態を収束させたいユイネと華月は小さく頷く。しかし、熱さが苦にならず食材として少しでも多く蛙を持ち帰りたい安治はもうちょっとゆっくりしてもいいのにと思っていた。 赤白い溶岩はその熱さを教えるよう泡玉を作ってははじけている。ぼこぼこと音を鳴らし、破裂した泡から弾けるマグマの雫はしゅうしゅうと音をたてて岩を溶かす。どこかで見たようなとファルファレロがその光景を眺め記憶をたぐり、ぐつぐつと煮えたぎる鍋を思い出した。 「あぁ、ヘルの料理か。アレも食えたもんじゃなかったが、あのチキンはヘルの料理よかまずそうだ」 マグマの海に囲まれた先、薄汚い雄鶏が丸まっているのを見ながら、ファルファレロはこうも言葉を漏す。 「勿論、蛙もな」 煮えたぎる溶岩の中から、壁や天井からも注がれる視線は無数。大小幾つもの瞳は数など数えられる物ではなく、星の数ほど、という言葉に相応しい。 銃を手に一歩、ファルファレロが前に進むとごぼごぼとマグマが湧き上がる。高く高く、天井から流れ落ちる滝の様になったそのマグマの奥からぎょろりとした大きな瞳が見え、見上げる程大きな蛙が何匹も現れた。大蛙の出現に岩肌ぎりぎりだったマグマの海は波を立て、辺りへと広がり出す。それを合図にファルファレロ達は駆け出した。目の前に迷鳥がいる今、誰が結界を貼り誰が攻撃をするか、等の分担は意味をなさない。蛙を退け隙を付き、もう一度雄鶏が鳴く前に誰かが仕留めればいい。ファルファレロのジャンプ力なら落ちる事はまずありえず、空中であってもギアの反動を利用し足場になる蛙を踏みつぶせる。良い足場がなければ、天井を打ち抜いて用意もできる。蝙蝠羽を持った安治は放っておいても問題ない。 しかし、と弾丸を蛙の眉間に当てながら、ファルファレロは華月とユイネの姿をちらと見る。ここまで足手纏いになる事もなく、ヒステリックに喚く事もなく進んできた彼女たちには、足場が心許無いのではないだろうか。しかし、ユイネはともかく華月にファルファレロは近寄れない。多くの女を知るファルファレロからすれば、華月が極度の男嫌いなのは明白だ。別段、嫌われたところで困る事は何一つないのだが、わざわざ近寄ってビクビクされていい気分になれる心も持ち合わせていない。ユイネと華月は今も精一杯蛙と向き合い、雄鶏へ近寄ろうと必死に戦っているが、無数の蛙に加え確かな足場がないせいか、先程より手こずって見える。 「潰れろ」 自分の娘と同じ年頃の子を見捨てるのも気分が悪いと、まるで言い訳をする様に思いながらファルファレロは天井や岩壁に弾丸を打ち込む。天井が抜け落ち、大きな岩盤は周囲にいる蛙を巻き込み、押しつぶし、マグマの海へと落ちていく。 岩盤に多くの蛙が持って行かれぽっかりと空いた空間はファルファレロの前に雄鶏の姿だけを見せた。羽を広げ、今にも鳴きだそうとする雄鶏へ銃口を向ける。 「年寄りを虐める趣味はねーからラクに殺してやる」 確実に息の根を止められる急所へ向けファルファレロが弾丸を放つが、下方からマグマを滴らせた大蛙が飛び出し、弾道が逸れる。 「fanculo! 邪魔すんなクソガエル!」 続け、大蛙の眉間と前足付け根に銃弾をぶち込んだファルファレロは息絶えた蛙の腹を足場にし、マグマの中へと蹴り落とした。水飛沫と共にファルファレロの周りに数多の蛙が現れ、ファルファレロは舌打ち混じりに蛙たちへと銃を向ける。 幸運なのか彼の技術故なのか。ファルファレロの弾丸は一発だけ雄鶏の嘴を掠め、嘴と肉ヒゲを氷で包み込んでいた。ばたばたと羽を動かし、鳴こうとする雄鶏の動きに呼応する様に、足元から伝わるマグマの熱が強くなり、光り輝いていた。 「もう鳴かせません!」 マントをはためかせ魔法詠唱を始めたユイネの周囲に6本の剣が集まってきた。ほんのり向こう側が見える半透明の剣は薄く水色がかり、影の様にも見える。空中に浮かぶそれらの剣は騎士が操っているかのように揃って動き、立ち塞がる蛙を切り裂き雄鶏へと向かっていく。弱点らしき眉間や比較的柔らかそうな腹部を狙い斬りつける剣は1本また1本と蛙の皮に弾かれ、舌に絡め取られ後退する。雄鶏を仕留めるのにはたった1本たどり着けばいいと、弾かれくるくると回る剣はその回転を利用し、ブーメランの様に蛙たちを切りつけ、道を開く。 「おッとあぶねェ、このでかいのはお持ち帰りだ」 蝙蝠羽を広げ熊手の様な長柄武器を振り下ろした安治は一際大きな蛙の横腹に鉤爪を突きたて、引きずり寄せる。ユイネの剣と雄鶏の間に残されたのは一匹、貫けるかどうか、貫けたとして刃が雄鶏まで届くか微妙な大きさの蛙だが、雄鶏の嘴を封じている氷に亀裂が入ったのが見え、ユイネは剣を突っ込ませる。 「華月さん、剣の柄を叩いてください!」 ユイネの叫びにファルファレロの銃声が響き、岩盤が落ちる。落下する階段を飛び上がった華月が結界を纏わせた槍を大きく振り抜き、剣の柄を叩きつける。ユイネの剣が蛙を貫通し、雄鶏の心臓を貫いた瞬間、辺りは真っ白な閃光に包まれた。 穏やかでやさしい風が吹き抜け、華月はぱちくりと瞬きをする。汗まみれの身体はスッと冷え、喉を通る空気が冷たい。周囲は辺り一面何もない、焼け爛れた黒い地面が広がっている。いるのはユイネ、安治、ファルファレロと、華月だけだ。 どうなったのか。いまいち飲み込めないまま華月は皆の様子を伺うが、皆も何が起こったんだろうと不思議そうに辺りを見渡している。 「……消えた、のか。幻だったってぇわけじゃねぇな。汗まみれのままだし、スーツも溶けて穴だらけだ」 銃をしまい、肩を竦めて言うファルファレロの言葉に華月は自分の洋服を見る。彼が言う通り汗が染みて色が濃くなった着物はところどころ溶けており、あの迷宮での出来事は確かにあったことなのだと、確信できる。 「現れた時と同じ様に、突如として消えていくんですね」 「あぁぁァァァ!」 ユイネの言葉を遮るように、安治が叫びだし、皆がそちらを見る。 「無い、無い、一匹もいない! 蛙もいねェし珍しい植物ッぽいのも入れたのに何もねぇ! ばさばさと袋を広げ、中に手や頭を入れる安治だが、ひっくり返しても何もでてこない。 「なんでェなんでェ! 迷鳥も迷宮も消えて、魔物も消えちまうのかよ! そりャねェだろ!? 足1本舌一つとか、なんか残ッてねェのかよー」 「そんだけやってでてこねぇんだ、諦めろ。あー疲れた。途中にあった町へ戻ろうぜ。シャワーも浴びてぇが腹もへったな」 「しょうがねェなァ。町でなんか珍しい食材でも探してみるか」 「口直しにフライドチキン食いたくなったな」 「鶏肉かー。この世界だけの鶏肉とかあるだろうか」 その発言はこの世界の人に聞かせたらまずいんじゃ、と歩き出す2人の背を眺めるユイネが華月を見れば、彼女も困惑した様子で苦笑していた。 気持ちの良い風が頬を撫で、ユイネは誘われる様に空を見上げる。 「綺麗な世界ですね。助ける手段がないと聞いたから迷鳥も仕留めましたが……。本当に、助ける手段はないんでしょうか」 「迷鳥の卵が孵化しても迷宮が発生しなかった前例もあるんだし、何か解決策があるんじゃ……」 「あ!」 「ど、どうしたの?」 急に大声を挙げられ、華月が驚いているとユイネは 「蛙、もしかして〝卵が孵る〟から来てたんでしょうか! ……うん? でも帰るでもあるし、蘇るっていうのもあるし、あれ?」 自信満々に言った後に首を傾げ、また考え込んでしまったユイネが何やら可愛らしく見え、華月はくすくすと笑い出す。 「うーん、世界計の破片はなかったし……あ、よかったらもっとお話しませんか? わたしは世界計の破片について考えつかなかったし、お話しあえたらきっと、もっと色んな事に気がつけるとおもうんです。と、その前に町に戻って休憩ですね」 「ふふ、そうね。次は、迷鳥を助けられる様に、この世界が良い方向へ向かう様に、お話しましょ」 にこやかに笑い合い、華月とユイネは歩き出した。
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