オープニング

 何か楽しい依頼はないだろうか、と鼻歌交じりに図書館へとやってきた蒔也は提示されている依頼に一通り目を通したが、彼のお気に召した依頼はなく、小さな溜息と共にがっかりと肩を落とす。
 日を改めるか、それともまだこれから新しい依頼が出るだろうか、と図書館内の様子を伺うと、司書室棟から見覚えのある男が出てきた。蒔也が“鼠クン”という愛称で呼ぶ男、コタロ・ムラタナだ。
 ブルーインブルーでジェローム討伐へ共に趣いて以来、蒔也は彼に興味を抱いている。自分とは違う思考から導き出したジェロームの居場所、そこへと向かう移動手段、敵を倒す際の冷静な判断と力量、兵士として戦う彼の能力は高い。しかし、会う度しけた面してるし観賞するには面白みに欠ける。地位でも名誉でもなく、金銭でもない。戦う事に溺れるわけでもない。特に欲望らしい物もみえず、好きに出来る力を持っているというのに、別段、何かに固執している風でもない。もっと好きな事やって人生楽しめばいいのに、等と思うくらいには、蒔也にとってコタロという男は興味深いのと同時に理解し難い男でもあった。
 その男が、何やら面白い行動をしているのだ。背を丸めて歩くのはいつもの事だが、懐に小さな紙袋を抱え込んだコタロがきょろきょろと辺りを見渡したと思うと窓辺の付近を巡り、何かを探す様に鉢植えの影を覗き込む。
 彼らしからぬ行動に、蒔也の口元が歪みニンマリとした笑顔をつくる。
 面白い物を見つけた蒔也は図書室を後にするコタロの後をついていく。
 蒔也の尾行に気がついているのだろう、コタロは時折、後ろを振り返り蒔也の姿を確認する。蒔也は特に挨拶をしてくるでもなく、にこにこと笑ったまま歩いており、自分の考え過ぎかと首を傾げ、コタロは人気のない道路を抜けていく。古い建物が増え、人影が見えなくなるだけで、治安が悪く見える市街地は、少々変わった人達が疎らに住んでいる区画だ。次第に人が住んでいるかどうかもわからない、廃墟同然の家ばかりになると、コタロはある一件の洋館へと入っていった。
 蒔也が扉のない開けっ放しの入口を覗くとコタロは天井から差し込む光の中を通り抜けて行く。扉は愚か窓ガラスも無い枠だけの家は、ただの箱の様だ。しかし、枠に絡みつき、壁を這う蔦や建物の中へと侵食していく植物は青々と茂り、花を咲かせ古びた洋館に彩を与える。腐ちて尚美しさを感じさせた建物を見上げながら、蒔也はコタロの後を追い家の中を通り抜けると、荒れ放題の庭が広がった。伸び放題の木々や草に囲まれるように、蔦に覆われた東屋に座るコタロを見つけ歩み寄る。
「……やはり、用があった、のか?」
 そう、いつもと変わらぬ様子で声をかけてくるコタロの懐には、がりがりと小さなクッキーにかじりついているアドがいた。机にはコタロの手袋と、裂かれた紙袋の上に山盛りのクッキーがおかれている。
「……なにしてんだ?」
「え? えっと、その、おやつをあげたら、触らせてくれる、んだ」
 ガリガリガリガリガリガリ
 蒔也とコタロが無言でいる間アドがクッキーを齧る音が響く。
 蒔也の脳内に小動物触りたくて餌付けかよとか、その為に図書館探し回ってここまで来てたのかよとか、いや別におやつあげなくても触れるだろとか、いろいろ頭の中を巡る。いつもなら考えている事もぽんぽんと口からでていくが、今回は敢えてぐっと堪えた。集られているコタロが面白いからだ。しかし、言葉にはしなくとも蒔也の表情はくるくると変わる。
「あ、あの……?」
 知らないうちにまた何かやっただろうか、と不安になったコタロが不安そうに声をかけると、蒔也はとうとう、楽しそうに笑い出した。
「い、いや、なんでもねぇ、なんでも……ッ! クックック。そうそう、用事、用事ね……そこの司書に聞いてみたいことがあったんだ」
 ニヤニヤと笑い、コタロの懐でクッキーを齧るアドを見下ろすと、アドはクッキーを銜えたまま看板を出す。
『オレ?』
「そ。なぁ、何か面白い依頼ねぇか? こう、ハデに暴れられるヤツ。図書館にあった依頼はどれも暴れられそうもねぇんだ。それに……アンタなら何か面白いの抱えてんじゃないかなって思ってさ」
 アドが懐から書を取り出しページを捲るのを見て、蒔也は期待に満ちた顔を向ける。
 蒔也は思いつきでアドに用がある、と言ったのだが、よくよく考えれば、コタロと共にジェローム討伐へ向かったのはこの司書の依頼だし、大火災や砦崩壊等といった依頼があったと聞いたこともある。加えて、彼は他の司書に比べ行動を全て任せ、自由にさせてくれるし、依頼を出すのも遅いらしい。もしかしたらまだ出していない依頼で、あれくらいハデなのを抱えているかもしれない。
『あるにはる、が、おまえ一人じゃ行かせられないな。今度依頼だすから……』
「えー。なんだよ……。あ、1人じゃダメでも2人ならいいんだろ? ここに丁度2人いるんだから、いいじゃねぇか。そうだ、そうしようぜ。なぁ」
「……………………え?」
 ゆらゆらと動くアドの尻尾に手を絡めていたコタロは急に話を振られ顔をあげる。蒔也は何の問題もない、といたげな笑顔を向ける。
 正直なところ、コタロは蒔也に僅かな苦手意識を持っている。いつも笑顔を浮かべ、誰にも臆することなく話しかけ、打ち解ける。何をするにも楽しそうに笑い、全力で楽しみ、人を巻き込むのだが、巻き込まれた人も何故か楽しそうに笑うのだ。今の様にしたい事、やりたい事を伝え、求める。自己の欲求に極めて素直な蒔也に対し、コタロは節制と自虐の塊だ。全てを抑え、耐え、己には不釣合だと押し込める。アドを撫でる事すら、こういった他に人がいない場所で、おやつを与えるから撫でさせて貰えるという理由がなければ、コタロには難しい事だった。
 真逆すぎる蒔也はコタロにとって最早、己とは全く違う生物並に理解の出来ない存在だ。しかし、個人的な事はともかくとして、蒔也の戦闘能力に問題が無い事も理解している。
 視線を感じ、コタロが視線を下ろすと懐から見上げる小さな瞳が目に入る。どうする?と問われているような瞳は困っている風ではなさそうだ。
「ま、まぁ……暇だし……。依頼なら、別段、構わない」
「ぃよっしゃー! きーまり! ほらほら、依頼内容早く教えろよー」
『わぁったわぁった! 読めないって!』
 わしゃわしゃとアドの頭を撫で回す蒔也を見て、コタロは小さく溜息を零した。




 蒔也とコタロは崖の下に広がる町を見下ろす。山と城壁に囲まれている小さな町は、鉱山から取れる鉱石で成り立っているという。町中は何本ものレールに分断され、幾つもの家がばらばらに建っていた。むしろレールとレールの間に必要な建物を作ったのだろうか、どの家も縦に細長い。目に付くのは町から鉱山へと続くレールと、作りかけの彫刻、そして西側にある大きな城だ。背面を険しい山に守られ、周囲を一際高い城壁が囲っている。
 依頼内容は竜刻の回収。城にいる領主がつけている指輪にあしらわれており“この地の全てが己の所有物である”という領主の傲慢な精神に竜刻が反応し、竜刻が彼に力を与えている。
 2人はアドから伝えられた領主の能力を思い出す。
『領主の城内は勿論、その周辺や町に至るまで全て、そこに“在る”物は彼の意のままに操られている。一つ目の城壁を超えたらもう、領主の能力が動き出すと思っていい。物も人も関係ない。調度品や彫刻や甲冑などの装飾品から――使用人やただ領地に住まう者達まで……年齢も性別もない。全てだ。全てが領主の“玩具”と成り果て、城に近づく者達を無惨な姿へと変え、もしくは、領主の新しい“玩具”になる……。いいか、絶対に、冗談でも領主の部下になるとか、下につくとか、手伝うとか言うなよ。言葉にした瞬間、お前らは竜刻の力によって、領主の“玩具”になるからな。同士討ちなんかしたくねぇだろ』
 家も道具も何もかも勝手に攻撃してくるが、人も襲ってくる。死者も、死者の身体の一部とて、それはそこに“在る”物だ。自分たち以外、周りにあるもの全てが、敵だ。それら全てを切り抜け、恐らく、一番強固に守られてるだろう城の中にいる領主の元へ行き、その手につけている指輪を回収する。
 アドは2人にこうも言った。
『本当ならもう少し大人数で行かせようと思ってたけど、まぁコタロと蒔也なら大丈夫か。手段もやり方も任せる。好きにしてこい。竜刻回収して、ちゃんと帰ってこいよ』
 傲慢な領主に支配された地へ、2人は駆け下りた。



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!注意!
企画シナリオは、便宜上、参加枠数が「999」になっていますが、実際には特定の参加予定者のために運営されています。

この企画シナリオは下記のキャラクターが参加予定です。他の方のご参加はご遠慮下さい。万一、参加予定でない方のご参加があった場合は、参加がキャンセル(チケットは返却されます)になる場合があります。

<参加予定者>

コタロ・ムラタナ(cxvf2951)
古城 蒔也(crhn3859)

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品目企画シナリオ 管理番号2445
クリエイター桐原 千尋(wcnu9722)
クリエイターコメントこんにちは、桐原です。


心情や戦闘方法、ご一緒する方への想いなど、プレイングには色々書く事もあるでしょうが、領主についても明記してますし、特に注意していただく事もないかと思います。

どうぞ、存分に暴れてください。


いってらっしゃい

参加者
古城 蒔也(crhn3859)ツーリスト 男 28歳 壊し屋
コタロ・ムラタナ(cxvf2951)ツーリスト 男 25歳 軍人

ノベル

 豆腐すら斬れないのではないかと思う程ごってりとした錆の塊を付けた刃物を手に、人々は近づいてくる。兵士や鉱夫、主婦や老人に子供までが手に武器を持ち向かってくる姿を前に、コタロは乱れた呼吸を整えながら彼らの様子を探る。
 老若男女入り乱れる中には動かない足を引きずる人や、地面を這いずりながら向かってくる人もいる。今にもちぎれそうな腕、化膿した傷の黒々とした膿、ボロボロの着衣。その姿から少なくとも彼らが操られる様になって数年は経っている事が伺えた。
 迫る武器を躱し持ち主を見ては出血や唾液、涙などの生体反応を確認し、コタロは死者と生者を見極める。それらがあればまだ生者だと判断し、コタロは身動きを封じる程度に骨を折る。道具すら操られるこの領内において、紐で動きを封じても無意味だし、骨を折ったくらいでは彼らの動きが止まる事もない。それでも多少は動きが制限されると、コタロは彼らの骨を折る。切り落とさないのは、離れた部位が別個体となって襲ってくるからだ。
 飛んでくる植木鉢や洗濯バサミを避け、死者にのみ狙いをつけて攻撃を行うコタロの手には武器も符もない。手袋を嵌めただけの、素手攻撃だ。任務遂行を最優先とするコタロらしくない戦いは、彼の思考も動きも鈍くさせているのだが、コタロは武器に手を伸ばさない。
 足元から迫る攻撃を払い除けたコタロの手に柔らかい感触が広がる。見れば手作りの人形を手に小さな少女が2人、コタロを見上げていた。お揃いの洋服と左右対称の髪型から少女は姉妹か双子なのだろう。2人の少女は示し合わせたように揃って手を振り上げコタロを攻撃するが、手にしているのはただの人形だ。綿で傷をつける事などできもしないのに、それでも、少女らはコタロを叩き続ける。ぽすぽすと気の抜けるような音に呆然としていると、その音をかき消す轟音が聞こえだし、コタロは周囲を見渡す。自分を囲い並ぶ人々の隙間からガラクタを乗せたトロッコが一台、猛スピードでストッパーへ迫っている。このままではガラクタが雨の様に降り注ぐ。自分ひとりなら逃げられる距離だが、コタロを囲む人の中にはまだ生者がいるのだ。生者を、既に死んでいるのかもしれなくとも、少しでも生きている可能性のある人を傷つけない様にしていたコタロがこの状況で一人逃げる事は考えられなかった。
 コタロが懐へ手を差し込むと同時にトロッコが爆発した。爆風に煽られ人が吹き飛ばされる。符を手にしたコタロが空に広がるガラクタを見上げるがそれらもまた、爆発する。次々と爆発し辺りが瞬く間に煙に包まれ、空すらも覆い隠す。視界を白煙に遮られ、人々の動きが止まりだすとコタロは急ぎ周囲を見渡し、扉が壊れ入口が開け放たれている民家を見つけ、そこへ飛び込んだ。地面に手を付き転がるように身体を回転させ衝撃を緩和すると同時に、コタロは今入ってきた扉へと視線を向ける。
――やはり、室内へは追ってこないか――
 コタロが家屋の中へと逃げ込んだのはこれで5度目になる。遮蔽物を求め最初に室内に入った時は、家屋の中にある物の多さに冷や汗を掻いたが、不思議と、何も襲ってこなかったのだ。死角に隠れたからかと思ったが、屋外ではどこに身を潜めても人や物が襲いかかってきた。単純に運が良かった、と思うには、何か引っかかるものを覚えたコタロは試しに何度か家屋へ逃げ込んでみた。結果は今と同じ。物が襲ってくる事も追手も追いかけてくる事がない。
――何か、関連性があると思うのだが――
 体を潜めたままコタロが改めて室内を見渡そうとすると、すん、と鼻に嫌な臭いが届きマフラーで口元を抑えた。埃臭さの中に水や食べ物が腐ったすえた臭いが混じり、どんよりとした空気が漂っている。テーブルと椅子、そして人の足が並び見えコタロが立ち上がると、室内の空気が動き悪臭が一層強くなった。
 立ち上がったものの、コタロは目の前にある光景の意味がわからず、手でマフラーを押さえたまま呆然と立ち尽くす。
 幾つもの死体が食卓についている。空いた席にも洋服がおかれ、まるで肉体だけが消えてしまったかの様だ。埃をかぶった食卓には乾涸びた食べ物が乗った皿と、スプーンとフォーク。今の今まで食事を楽しんでいた様な室内に、コタロはただただ、呆気にとられた。
 埃まみれの死体が襲ってくる様子はなく、コタロは慎重に室内を歩く。空の花瓶、壁に貼られた子供の絵とタペストリー。棚に置かれたままの羽ペンに何冊かのノート。死体でさえなければ今も人が普通に住んでいそうな、綺麗に整頓された家だ。
――そうだ。どの家も綺麗過ぎた――
 コタロが巡った家は全て、住人の生活が垣間見える程、綺麗な状態で残っていた。領主が竜刻の力を手に入れた瞬間そのままを残している様に、とても綺麗だった。壁に飾られた絵を眺めたコタロはふと、視線を背後へと戻す。思ったとおり、描かれている人の装いと食卓に並ぶ死体と洋服が一致し、コタロは眉間に皺を寄せる。
 奥の部屋から物音が聞こえ、コタロが視線をそちらへと向ければ、一人の男が立っていた。彼らの家族なのだろう、片腕の無い男は骨が浮き出るほど痩せ、ボサボサの髪の奥から血走った憎悪に満ちた視線を向けられコタロは息を呑む。
――他の人と違う……操られていない?――
 声をかけようとするコタロに男はガラガラの声で叫び、武器を手にするとぶんぶんと振り回す。コタロは何度か呼びかけるが、その声は男に届かない。追われ、仕方なくコタロが外へと飛び出せば、おぼつかない足で男も外へとでてきた。扉を出た瞬間、男の声が止まり、動きが機敏になりコタロへと飛びかかってくる。その急激な変化にコタロが驚いていると金槌が眼前に飛んできて、爆発した。



 ゆったりとしたクラシックに合わせ蒔也は足でリズムを取りながら銃を放つ。柱に、壁に、洋服に、道具に。向かってくる人に。トリガーを引いたまま、人も物も穴だらけにしながら歩き、飛んでくる道具は時々鷲掴んで投げ返し、爆破する。身体全体を揺らし、独り言をつぶやきながら楽しそうに破壊を愉しむ蒔也にとって、すべてを破壊して良いこの場は遊園地だ。誰にも咎められず、己の欲望を止める必要もない。気の向くままに、美しい彫像や甲冑に目を止めては、惹かれるままに優しく撫で、爆破する。
 爆破は、蒔也にとっての愛情表現だ。欲しいから破壊し、愛しいと思うから爆破するのだ。この手で触れ、確かな感触を感じた後に形ある物が一瞬で崩れ去るこの刹那的な感情こそ古城蒔也にとっての愛であり、亡き父親から教わった、愛情だ。
 飛んできた金槌をキャッチした蒔也は民家からコタロが、彼を追い男が飛び出して来たのを見て金槌をそのまま放り投げた。金槌は男の顔面で爆発し、男の顔を飛散させる。両腕で顔を庇い爆風と肉片を避けたコタロがこちらを見たが、蒔也は表情に違和感を感じる。相変わらずのしけた面なのだがどこかが違う気がし、そういえばコタロの動きがおかしかったかと、思い出す。
「なんだー、腹でも痛いのか? 鼠クン」
 蒔也がコタロの元へと歩み寄ると丁度曲が変わり、耳には打楽器のリズムだけが届く。蒔也は何も言わず近寄る人に銃口を向けているとマフラーを寄せコタロが協力を申し出てきた。
「……すまない。今の自分では正攻法での攻略は難しそうだ。領主の居室は城の最上部と思われる。外壁を登り、居室の真上から屋根を破壊し室内へ奇襲をかけたい。協力をしてもらえるか」
「ふぅん、なんかジェロームん時と似てるな。城壁まで援護すりゃいいのか?」
「いや、室内を移動すれば襲われる事は無い」
「へぇ、何で」
「推測だが、どの家も室内は荒らされておらず、物も飛ばず、室内にいた人は操られていなかった。領主はこの場に“在る”物全てを操れるがそれはその物を認識していない限り効果を発揮せず“民家に何が在るのか知らない”為、操れない。よって、室内は安全だと思われる」
「なるほど、領内を歩いた事はあっても、下々の生活空間まではわからないって事か」
「頼めるか?」
「いいぜ。このままハデにぶっ壊して陽動してやるよ。その前に一つ、聞きたいんだけどさ、お前何の為に生きたいの?」
 急に、全然関係ない事を聞かれコタロが目を丸くする。
 作戦に関しては淀みなく話すコタロだが、それ以外の会話となれば視線を泳がせ口篭り、言い淀む。返答に時間がかかりそうなら、蒔也の感じた違和感はコタロの作戦の一部だったと思えるし、そうでないのなら彼の中で何か変化が起きたと知れる。いつかは聞いてみたいと思っていた問の答えは、別段、今すぐ欲しいものでもない。真当な返事を期待していたわけではなく、ただ、いつもと違う様子だったから聞いてみただけだ。 だが
「自分を必要としてくれた人が居たから。自分もまた明日会いたいと思う人が、居るから」
 戸惑いながらも、しかしハッキリとした答えをコタロは言った。その声と言葉に、苛立ちを覚えた蒔也は周囲にあった爆弾を一斉に爆発させた。突然の爆発にコタロが驚いていると、煙の中から蒔也の手が伸びてくる。触れた物を爆弾に変え、いつでも好きな時に爆発させることのできるその手は、明らかにコタロを掴もうと伸びてくる。想定外の事ばかりが続いたコタロは焦りながらも蒔也の手を避けた。
「いいなぁ……」
 なびくマフラーを手で押さえ、向けられる銃口を押しのけ、蒔也の手から逃れ続けるコタロの耳に、らしくない蒔也の声が届く。
「いいなぁいいなぁ、鼠クン。じゃあ……俺にも会いたいって言ってくれよ。俺の事も、必要だって言ってくれよ。なぁ……鼠クン?」
 いつもの楽しそうな声色と似ているのに、寒気を感じるその声と迫ってくるその手は、コタロを爆弾にしようとしているのだと確信させた。顔面に飛んできたガラクタを避けたコタロの目に、蒔也の手が広がる。確実に掴まれると思われた手はコタロの顔を通り抜けた。ヘッドホンから漏れる音楽がはっきりと聞こえる距離に、蒔也の顔がある。何故、という疑問を隠さずコタロが蒔也の目をみれば、蒔也は楽しそうに笑い
「なぁんてね、ほら。煙幕つくったんだから早く行けよ」
 と、屈託のない笑顔を向けて言った。



 クラシックに合わせ蒔也は身体を揺らす。音程に合わせ錆び付いたレールを、レンガの繋目を指先でなぞる。道具に、人に、武器に触れ、転調に合わせて爆発させ、また触れる。
 自分を必要としてくれる人、明日も会いたい人がいる。コタロの答えは蒔也に激しい嫉妬を沸かせた。それは憧れと羨ましさの混ざった想い。
 この手の中にあるのは破壊のみ。自分を心から必要とする者はもう生きておらず、きっとこれからもいないだろう。だから、蒔也は破壊する。美しく愛しいと感じた物に触れ、破壊し、己の愛情を現すと同時に、この手が最後に触れ、この手で破壊する事でそれは蒔也だけの物になる。愛するからこそ破壊するその行動は至高の愛。
 蒔也は気がついているのだろうか。彼を必要とする者が現れた時、彼は愛するからこそ、その者に触れ爆破する。故に、古樹蒔也は永遠に満たされないのだと。



 城内部に身を潜めていたコタロの手が暖かな光に照らされる。手入れをされなくなった城壁はあちこちに穴が空き、夕日が一筋の線を引き、ふわふわと浮く埃をはっきりと見せた。夕方の日差しといえども、照らされた場所だけはぽかぽかと暖かい。コタロは顔をあげ、眩しく輝く夕日を眺めると、彼女の面影を幻視する。小さく息を飲み、今考えるべきではないと目を瞑るが、脳裏には気になった事が次々と溢れ出す。様子のおかしかった蒔也を思い出せば、ジェロームポリスでの事も思い出される。レオニダスの言葉もジェロームの断末魔すら意に介さなかったというのに、今はどうだろうか。敵にも生活があり、人生があり、大切な人が居たとがらんどうの家が訴えた。そんな当たり前の事を、様々な出会いと経験を経て自分はそれを踏み躙ってきたのだと、改めて思い知らされる。任務達成以外何も考えてこなかった。考えようとすらせず、以前は悩まなかった事が浮かび上がり、自分は弱くなったのだろうか?とすら、思わせる。しかし、蒔也への返答もまた、迷わなければでなかった答えだ。
 爆発音が大きく聞こえコタロは立ち上がる。この迷いは、任務が終わってから考えればいい。必要ならば、何かしらの資料を見ればいい。
 一際大きな爆発音が聞こえ、コタロはその場から動き出した。


 扉も周囲の壁も纏めて吹っ飛ばしながら、蒔也は城内を歩く。彼の背後には夕日に照らされた瓦礫が続いている。嘗ては綺麗な色をしていたのだろう絨毯を踏みしめ、見上げるほど大きく豪奢な扉に蒔也の手が置かれると、盛大な音を煙を立てて破壊する。両手に持ったギアの銃口は天井へ向け、にやにやと笑う蒔也の表情が一瞬にして不満そうに歪む。
 蒔也の目の前には領主がいる。ぶよぶよの芋虫の様な肉塊から手足が伸び、にんまりと笑う口は黒く穴だらけの歯を見せた。声変わりすらしていない高い声で自分を護る壁になれと領主が言えば、何人もの使用人が並び、蒔也の前に壁となって立ちはだかる。普通なら、操られ壁となる人に攻撃をするのは躊躇うだろう。しかし、蒔也にとっては人も物も全て破壊する対称だ。彼は一片の慈悲もなく潰す。蒔也の行動に領主は驚くが、直ぐに楽しそうに笑いどんどん人や物を増やしていった。領主は周囲にある、ありとあらゆる物を並べ、蒔也は壊す。時折、意識を戻された人の声が聞こえるが、蒔也の行動は変わらない。2人は欲望に忠実に行動し、壊れていく人や物に何の感情も抱いてないところは少し、似ていた。
 物と人が入り乱れて飛散し続ける最中、天井から一筋の線が引かれる。領主の傍らに音もなく下りたったコタロの手には、血のついたナイフがひとふり。領主がそれを見た瞬間、ぼとり、と領主の腕が落ちた。


 痛みに叫ぶ領主の声が部屋中に轟くが、コタロは自然な動作で腕を拾い、蒔也の元へと歩み寄る。領主は叫ぶ。叫ぶ。叫ぶ。痛みを叫び、腕を失った事を叫び、使用人に叫ぶ。うでをとりもどせ、ちりょうをしろ、あいつらをのがすなと、泣き叫ぶ。
 にやにやと笑う蒔也の目の前で、身体半分が焼け爛れたメイドが花瓶を持ち上げ、声もなく、しかし、その口はたしかに「死ね」と動き、主の頭へと振り下ろす。一人、また一人と傷ついた身体を引きずり、泣き喚く主の元へ寄り、手にしたモノを振り下ろす。
 泣き喚き、助けをこう領主の声にコタロは振り向かない。蒔也もその叫びなど聞こえないかの様に
「指切って指輪だけ持っていこうぜ」
 と、コタロの持つ腕を指差し言う。無言のまま頷いたコタロはナイフを振り下ろし、幾つかの指輪を手に取るとそれが嵌められていた指や腕をぽいと投げ捨てた。

 様子や態度から、領主は子供だったのかも、しれない。好きな物だけを食べ、好きなことだけをし、あのような身体になり、ただ楽しいから遊んでいた。それだけかもしれない。しかし、操られていた人達は領主がした事を許せないのだろう。だから、領主は今、その報いを受けている。
 今まで己のとった行動のツケを一身に受ける領主の声に、コタロと蒔也は耳を貸さない。あれは、自分たちにもいつか訪れる可能性のある、因果だ。


 2人が去った後も撲る音と潰れる音と共に、この場にいた人々の心の叫びを代弁するかの様に、領主のコトバがいつまでも響いていた。

クリエイターコメントこんにちは、桐原です。
この度は企画シナリオを担当させていただき、ありがとうございました。

お2人のプレイングが戦闘よりも心情メインだったのでこのような形となりましたが、いかがでしたでしょうか。今後の行動のきっかけになれば、幸いです。

少々突っ込みすぎた気もしていますが、何か問題がありましたら、お手数ですが事務局経由にてご連絡くださいませ。



それでは、この度はご参加ありがとうございました。
公開日時2013-04-18(木) 22:20

 

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