「お呼びでしょうか」 ウィリアム・マクケインは、その巨躯に似合わぬ静かな動きで館長執務室のデスクのまえに立った。「うん。ウィリアム、年末年始は特に予定はないよね?」「はい、通常業務に就いております。なにかお手伝いすべきことがありますか?」 アリッサはにっこりと微笑んだ。「じゃあ、今年はお休みをとってください」「は――」 ウィリアムのおもてに、きたか、というような表情があらわれた。「館長のご旅行にお伴せよという意味ではございませんね」「そう。ウィリアムは仕事をしないでください。わかった?」 館長公邸に仕えるロストメモリーたちも、年末年始は年越し特別便を楽しみにしているものだ。 公邸の運営自体が止まることはないので、毎年、シフトを調整して交替で休暇をとるのが常であった。ただ一人、ウィリアムを除いては――。 公邸の使用人をまとめる立場にあり、根っからの仕事人間であるウィリアムは、勤めのロストメモリーが休めるようにと、自分自身の休みは決して年末年始には入れない。ロストメモリーは特別便を使用しないと異世界に出かけられない原則なので、その結果、ウィリアムが旅行に行ける機会はなくなってしまうのだ。 もっとも、今年はレディ・カリスの命令で壱番世界、ヴェネツィアに赴いたこともあるし、昨年末の特別便ではアリッサのヴォロス旅行に同行した。だが、それらはあくまで仕事である。 プライベートな旅はおそらく何年もしていないであろう。 彼のそんな性質は前館長時代からそうであったので、前館長エドマンドは、自身の休暇に随行させる形にしたり、何年かに一度は強制的に休暇をとらせたりしていたようだ。 そして、今年はアリッサからそれが発令された、というわけなのだ。「ほう、今年はウィリアムが休暇をとる年回りか。大雪になりそうじゃのう」「たいへん。畑に雪囲いの準備しないと」 公邸の休憩室。 甘露丸が冗談を言って笑い、ドードーがそれを真に受けて心配そうな顔つきになった。「からかうな。手持無沙汰もいいところだ」「どこへ行くか決めておらんのか? わしはインヤンガイの激辛料理を食べ歩くが一緒に来るか?」「いや、普段と違うものを食べすぎては調子を崩す」「おれ、ブルーインブルーで花を育ててる町、見学させてもらいにいくけど……」「遠慮しておく。楽しんできてくれ」「ならどうするのじゃ。まさかターミナルを散歩して終わるのではないだろうな」「それも一興だが……」 ああでもないこうでもないと言い合うこと数十分。 甘露丸がメールで司書連中に良い旅行先はないか尋ねてくれた。『――温泉はどうだ?』 そして、シドからそんな返信があったのである。『おっさんの休暇っつったら温泉だろうが。ヴォロスの密林のなかに、湯が湧きだしているところがあるんだ。さながらジャングル温泉って感じだな。以前、近くに竜刻回収に行ってもらった連中が見つけた場所なんで、現地人も知らないと思うぞ。野生動物が出るかもしれないから、念のため、護衛のロストナンバーは連れて行ったほうがいいだろうけどな』●ご案内こちらは特別企画「イラスト付きSS(ショートストーリー)」です。参加者のプレイングにもとづいて、ソロシナリオ相当のごく短いノベルと、参加者全員が描かれたピンナップが作成されます。ピンナップは納品時に、このページの看板画像としてレイアウトされます。「イラスト付きSS(ショートストーリー)」は便宜上、シナリオとして扱われていますが、それぞれ、特定の担当ライターと、担当イラストレーターのペアになっています。希望のライター/イラストレーターのSSに参加して下さい。希望者多数の場合は抽選となります。《注意事項》(1)「イラスト付きSS」は、イラストを作成する都合上、バストショットかフルショットがすでに完成しているキャラクターしか参加できません。ご了承下さい。(2)システム上、文章商品として扱われるため、完成作品はキャラクターのイラスト一覧や画廊の新着、イラストレーターの納品履歴には並びません(キャラクターのシナリオ参加履歴、冒険旅行の新着、WR側の納品履歴に並びます)。(3)ひとりのキャラクターが複数の「イラスト付きSS」に参加することは特に制限されません。(4)制作上の都合によりノベルとイラスト内容、複数の違うSS、イベント掲示板上の発言などの間に矛盾が生じることがありますが、ご容赦下さい。(5)イラストについては、プレイングをもとにイラストレーターが独自の発想で作品を制作します。プレイヤーの方がお考えになるキャラクターのビジュアルイメージを、完璧に再現することを目的にはしていません。イメージの齟齬が生じることもございますが、あらかじめ、ご理解の上、ご参加いただけますようお願いいたします。また、イラスト完成後、描写内容の修正の依頼などはお受付致しかねます。(6)SSによって、参加料金が違う場合があります。ご確認下さい。
それは一体、何の一行か。 ヴォロス行きの列車の一画を占める風景に、人々は思わずぎょっとする。 ウィリアムは、彼が列車で見かけられるのが稀であるゆえに驚かれる。 そしてこの巨漢の執事をさらに上回る体躯の男たち――ひとりはターミナルではよく知られた変態だが、名前が長く、今回は報告書の字数制限が厳しいため変態とだけ記しておくが、あの男。もうひとりは、彼に比肩する2メートル超の壮年、しらきである。 そして最後のひとりはワーブ・シートン。灰色熊だ。 3人の魁偉な男たちと灰色熊は、ヴォロスの密林にあるという温泉の旅へ、この年越し特別便で向かうのだという――。 ◆ 「あぁ、この森は、実りのいいところですねぇ」 豊かな緑が視界を埋め尽くしていた。 ワーブが感嘆の声を漏らしたとおり、至るところに果実が実る。 あたたかな空気には濃厚な草と土の匂いが溶け込んでいた。梢の隙間からのぞく空には鳥たちが舞い、高い枝のうえはちいさな猿が駆け回っている。 樹木の幹にはトカゲが這い、茂みの中はさまざまな虫たちと、それを狙ってやってくる野鼠や蛇たち。 ありとあらゆる生命が息づく場所だ。 途中、遠くに虎らしき獣を見かけたが、ワーブがいるせいか、変態が威嚇のポージングをとっているせいか、近づいてくる気配がなかった。 そのため、存分に、果実の収穫も楽しみながら、かれらは目的地に達する。 「ほう、このような場所があるとはな。なかなかいい」 しらきは満足げに見渡した。 温泉は、ちょっとしたプール程度には広く、巨漢と熊がその身を沈めても狭くはあるまい。 あたりは美しい緑にかこまれ、岸には食事をするだけのスペースも開けていて、おあつらえむきだった。 「飯にするかね」 「そうだな。支度をしよう」 ウィリアムが持参のトランクを開ける一方、しらきは周囲を取り囲むように火の玉を浮かべる。これは日が暮れればそのまま灯かりになろうし、猛獣避けにもなる。 ウィリアムは手際よく、ターミナルからもってきたバゲットを切り分け、ハムとチーズでオープンサンドに仕立てる。瓶詰めから皿に取り分けるのは酢漬けのピクルスと、オイルサーディン。道々収穫した果物――ヴォロス特有のもののようだが、ブドウやリンゴ、マンゴーに似たものだ――をカットしてフルーツサラダとする。小瓶のペリエを開ければ、なかなか優雅なランチになった。 「うん、これ、いけるですよぅ。ウィリアムさんも、どうですかぁ?」 ヴォロスの果物が気に入った様子のワーブ。 「せっかくだ。どうかな」 しらきは徳利から酒をすすめる。差し出されたお猪口は美しい赤。それは彼が炎を固めてつくったものだという。 「いただこう」 「ウィリアム殿」 皆にサーブしつつ、自身も食事をするウィリアムを見て、ガルバリュートが言った。 「貴殿はもとの世界でも執事であったか、あるいは貴族に類する御立場だったのではないか。そう思えてならぬ気品がある」 「さて、どうだろう。公邸にお仕えするようになってから学んだことも多いと思うが」 「ずいぶん長いと聞いた」 「私は『ファミリー』の方々をのぞけばターミナルの最古参の一人と言っていい。長いあいだ、エドマンド前館長と、アリッサお嬢様を見てきた」 「おっと、これは失敬。今日はその話はせぬほうがよかったな!」 ガルバリュートは笑った。 「たまには骨休めも必要である。何、アリッサ殿も館長としての責務を自覚し人間として一回り成長しているであろう。もう、張り付いて世話をされる年でもなかろう。それに怖い目が付いていてはどこぞの馬の骨も近づきがたいというもの!」 彼の言葉に、ウィリアムはなんと答えるべきか、困ったように眉尻をさげ、あいまいな微笑を浮かべた。 それは少しさびしそうでもあり、この男が本当は、ある意味で不器用なのかもしれない、と思わせるものだった。 ◆ 「大きな温泉で助かりました。おいらもゆったりするですよぅ」 ざぶん、と音を立ててワーブが湯のなかへ。 「あぁ、いいですねぇ。あったかくって、気持ちいいですよぅ」 「FUUUUUU~。これは極楽!」 「ふうむ。大地の熱が湧き水をあたためているようだな。火山はないようだが……」 「あるいは竜刻でも埋まっている作用かもしれないな」 天然の露天風呂は、大きな男たちが手足を伸ばしてもゆったりできる。 湯は清浄にして、温度は頃合。じっと浸かっているとじんわりと四肢が温まり、全身がほぐれてゆくようだった。 どこか高い梢で咲いていた花が風に散ったようだ。 湯気たつ水面に、ふわり、ふわりと花びらがこぼれ、波紋のうえを流れていった。 「どうだね。疲れはとれそうか」 「ああ、おかげさまで」 「よければ鍼か按摩でもしようか」 ウィリアムがしらきの申し出を受けているころ、ガルバリュートは湯に浮かせた盆のうえにウィスキーボトルを置いて一杯。 一方、ワーブは、周囲の茂みから顔を出す動物を見つけた。場所をゆずってやると、壱番世界でいうカピバラのような動物も温泉に入ってきた。ここは動物たちにとっても癒しの場なのだろう。 思いがけぬ、ウィリアムの小旅行。 たそがれが空を染め、一番星が輝きはじめるまで、湯あそびは続いたのだった――。 (了)
このライターへメールを送る