オープニング

▼0世界ターミナル、世界図書館のとある事務室にて
 開けっ放しだった扉の隙間から細い手が伸びてきて、ゆっくりこつこつと扉をノックする人物がいる。

「こんこん、リュカオスさーん」

 扉を叩く音をわざわざ口にしながら、メルチェット・ナップルシュガーがひょこんと頭をのぞかせた。
 机に向かって書類の束とにらみ合いをしていたリュカオス・アルガトロスは、来客の少女に気が付いて、その気難しそうな顔を上げて反応する。

「メルチェットか。入っても構わないぞ」
「えへへ、失礼しますね。お仕事、お疲れ様です」

 入室の許可がもらえれば、メルチェットは嬉しそうに表情を弾ませる。リュカオスのいる書類机に、ぱたたと小走りで走り寄る。

「うんと、おつかいから戻ってきたわ。きちんとお役目は務めてきましたよ」
「そうか。すまなかった、リベルたちと少し会議があってな。ご苦労だった」
「えっへん、大丈夫ですよ。こう見えてもメルチェは大人ですもの」

 メルチェットは腰に手をあて胸を張り、きぱっと得意げな表情をしてみせる。リュカオスは、今回の模擬戦を提案してきたロストナンバーたち4名の個人データが記された書類に改めて目を落とし、小さく笑った。

「それで、今回はコロッセオを使った模擬戦を希望とのことだったな。ふ、血気盛んな連中が多いものだ」
「ふふ、そうですね。そうそう、模擬戦についての希望をまとめたら、このような感じになりましたよ」

 メルチェットが懐からメモを取り出す。そこには今回、ロストナンバー同士での模擬戦を希望した呉藍(くれない)、ワーブ・シートン、ハーミット、麻生木・刹那(あそうぎ・せつな)の4名と話し合いをして、模擬戦においての仕様を検討した内容が走り書きされていた。リュカオスはそれを受け取り、あごに手をあてながら視線だけで読む。メモの端には、4人をデフォルメしたコミカルなイラストが落書きされていたが、特にそれにはつっこまない。

「ふむ……特に変わった戦場設定もなく、能力やトラベルギアの使用制限なしを希望か」
「とてもシンプルな形式ですよね」
「そうだな。だが冒険依頼となると、持ち前の能力やトラベルギアをそのまま行使できるとは限らんからな。そういう意味では、羽を伸ばして思い切り戦いたい、ということだろう……よし分かった。この形式で、コロッセオの使用許可を申請する書類を用意するとしよう」

 リュカオスは机の引き出しから何枚かの書類を取り出すと、今回の模擬戦を行うにおいて必要な事項を書きつづろうとした。そこで、メルチェットがリュカオスの肩をぽむぽむと叩き、作業を中断させる。

「あ、ねぇねぇリュカオスさん。今回はあくまで模擬戦ですし、お互いに怪我を気にしちゃって満足に闘えないのもやり辛いと思うから、ちょっと考えてみたの。お耳を貸して頂戴」
「ん?」

 他に誰か部屋にいるわけでもないので耳打ちする必要はないのだが、メルチェットはちちちと小さく手招きをし、リュカオスに耳を近づけるよう促す。メルチェットが彼の耳元で、ごにょごにょと何かをささやく。リュカオスは黙ってそれに耳を傾けていたが、やがてこくこくと納得した様子で頷き返した。

「そうだな。そんな道具があれば許可も下りやすくなるだろう。研究や開発を担当するやつらに注文してみるか」
「えぇ、あの方たちならきっと作ってくださると思うわ。――あっ、それとね。私ひとつ面白いことを考えました。今回、参加人数は4人でしょう。1人ずつ戦うとなると、2人が余っちゃうわ。だからね――」
「うむ」

 再びごにょごにょと耳打ちする。

「ふむ、なるほどな。ただ力をぶつけ合うのに加えてそうした要素もあれば、仲間内での連携を強める効果も期待できるかもしれん。別に闘いそのものに制限をかける仕組みでもないしな。良い提案だ、メルチェット」
「そうでしょう! ふふ、頭なでてくれてもいいですよ」

 腰を曲げ、笑顔でやんわりと頭を突き出すようにしているメルチェットを見て、リュカオスは相変わらず難しい表情をしたまま問い返す。

「……撫でて欲しいのか?」
「あら。レディの真意を察してあげるのも、男性のたしなみですよ」
「あいにく俺は男である前に戦士なのでな、そういったことにあまり興味はないのだが……ふ、まぁいい」

 メルチェットが被るふわふわ布地の猫耳フードに、リュカオスは硬くて大きな掌を乗せさわさわと軽く撫でてあげた。メルチェットはにこーと口角を上げて幸せそうに微笑む。

「よし、では模擬戦と〝例のその仕組み〟についての準備に取り掛かるとするか」
「はーいっ」

 席を立つリュカオスへ従うように、メルチェットは軽くぴょんこと跳ねながら片腕をまっすぐ伸ばして、元気の良い返事をした。
 そして数日後、使用許可の降りたコロッセオにて、例の4名が召集されることとなる。


▼コロッセオ、それぞれの控え室にて
「んっしょ――っと」

 与えられた控え室にて、刹那は膝や肘を曲げたり腰や首を回したりするなど、入念な準備運動に励んでいる。他には屈伸(くっしん)や腹筋運動を軽くこなし、模擬戦を前に身体をやんわりと温めている。

「さーて、どうなることかね……」

 おもむろに、近くにあったソファーへ無造作に腰を下ろす。
 ロストナンバーとして覚醒してからまだ間もない彼は、ターミナルの構造すらまだ把握しきれておらず、打ち解けられるような知り合いも少ない。
 覚醒の経歴については、他の誰にも話したことはないが――ともあれ知らぬ土地に放り出され、そこで仲間だと呼ばれる人物たちに連れてこられ、そこで世界がどうの数字がどうの、消滅がどうのと説明を受けた。一応は話を聞いて協力すると契約したものの、不可解すぎる出来事の連続をすべて受け止めたわけではなかったのだ。自分が今何をすべきで、これからどうするべきなのかは、分からない。そうしてもやもやしていたところ、今回の模擬戦の話を偶然耳にし、刹那はストレスの解消がてらに参加することとしたのだった。

「しっかし……店長、店うまくやってんのかな」

 刹那は壱番世界に程近い雰囲気の世界出身であり、そこで喫茶店のアルバイトをしていた。しゃべる黒猫が店長、という実に奇妙な店ではあるが、そこでの生活はばたばたしながらも愉快なものだった。
 これまでの流れを振り返ると、覚醒する前にあった当たり前の日常がとても遠い昔のように思えていた。とりあえず気になることは、店を休むことに(というか行けなく)なってしまったことで、店のほうが大丈夫なんだろうかとか、休みの申請出せればよかったな、なんてことだった。
 だが、いつまでも気に病んでいたって意味はないと自覚している。それなら今、自分にできることをするべきなのだ。ただ、その肝心の「自分に何ができるか」が分かっていないのが、欠点だと言えばそうだった。ストレス解消、という面目で参加させてもらった模擬戦だが、その中で何か見つかったり、逆に自分に自信がつけば儲け物だろうと考えている。
 刹那は一定の間をおきながら首を左右に動かしつつ、両肩をクキクキと動かした。

「武器がもらえたっつーことはこれから先、そんなケンカがあるかもしれねぇってコトだしな。練習にゃ丁度いいだろ」

 手をかざして念じると、そこに光の粒子が収束し、間も置かずにトラベルギアが顕現(けんげん)する。支給されたそれは、漆(うるし)のように光沢のある円盤状のものだった。まるでお盆のような形状。自らの体内に秘める〝時の円盤〟と似通っているのは偶然か、あるいは必然か。いまだ手に馴染みきっていないそれをしげしげと眺めながら、刹那はひとり呟く。

「ただの人間だけじゃなく、ここには色んな奴らがいる。獣にロボットにドラゴンときたもんだ。よく分かんねー奴らも多いけど、どれだけ俺のチカラが通用するか……試してみるのもいいだろ」

 ちょっとした範囲で時間を制御できる己の力が、この御伽噺(おとぎばなし)じみた幻想世界でどこまで効果を発揮するのか、気にはなった。顕現させた円盤状トラベルギアを指先の上で、くるくると大道芸のように回す。
 部屋の上部に設置されたスピーカーから、メルチェットの声が聞こえる。準備ができたのでコロッセオの試合会場まで上がってくるようにとのことだった。

「うし、行くか」

 現われたときと同じように、念じればトラベルギアはすぐに消失した。
 気持ちを切り替えるため、気合を入れるため、刹那は顔をぱんぱんと軽くはたく。すっくと立ち上がり、模擬戦会場へ向かう。

 †

「んー、もぐもぐ。……お、この魚、けっこーおいしいんだなぁ」

 お弁当代わりに巨大な魚をもしゃもしゃとほお張るワーブは、思ったより味にコクと深みのあるこの魚を堪能していた。
 ワーブは身長3mを超える巨躯であり、横幅もそれに見合う大きさの熊(くま)だ。毛並みは灰色である。もちろん、動物園から脱走してきたわけではなく、彼もれっきとしたロストナンバーのひとりだ。
 異世界からの住人が集結するということもあって、部屋の大きさも多少は考慮されているものの、基本的には160cm前後の利用者を基準として作られているため、ワーブにとってこの控え室は少し狭い。ジャンプすれば天井に頭をぶつけてしまいそうであり、壁までの距離も短かく感じた。
 だがのんびり屋のワーブは、別に部屋が狭いからといって圧迫感を覚えるわけではなく、ただ入り口が少し狭くて不便だな、くらいにしか思わない。この魚を食べる前も、少し眠くなったからと狭いソファーの上に身を預け、少しだけ昼寝を堪能していたくらいだ。ちなみに寝返りをうった際、ソファーがワーブの重みに耐え切れなくなり自壊して、どすんと床に落ちた衝撃で目が覚めた。

「模擬戦かぁ……こんな姿のおいらでも仲間に入れてくれて、嬉しいんだよぅ。うんうん、優しい皆に感謝なんだな」

 出逢ったロストナンバーの仲間たちは、基本的にみな優しく心の広い者ばかりだ。彼らの思いやりと出会いを反芻しながら魚を食べると、味も一段と良いものになってる気がする、とワーブは思う。
 ばりばりと魚の骨や頭、尻尾にいたるまですべて平らげる。ゴミは出さないのが彼のモットーだ。ここには綺麗好きな者も多い(というか、魚をそのままもしゃもしゃと食べたりする者が少ない)ので、あんまり食べ散らかすと怒られてしまう。ロストナンバー生活も慣れてきた彼は、できるだけ汚さない食べ方も学習していた。でもやっぱり、それなりに食べかすがぽとぽとと散乱していたりはする。
 魚を食べ終えてしばらくのんびりしていると、部屋の上部に設置されたスピーカーから、メルチェットの声が聞こえた。準備ができたのでコロッセオの試合会場まで上がってくるようにとのことだった。
 鼻ちょうちんをぷーと膨らませ、ゆらゆらと体を揺らしていたワーブが、放送を耳にしてはたりと意識を取り戻す。ぱちん、といい音をして鼻ちょうちんが弾けた。

「むにゃ――っと。うう、いけないいけない。すこーしうたた寝しちゃってたんだな。遅れたら申し訳ないんだよぅ」

 すっかり平らにつぶれたソファーから腰をあげ、ワーブはのそのそと部屋を後にする。
 お掃除係のひとは「魚の食べかすと獣くささと抜け毛で、少し掃除が大変だった」と後に語ったとか何とか。

 †

 ハーミットは、得物である刀型トラベルギア〝ガーディナル〟を抜き放ち、それを構えたままの姿勢で静止している。足を広くあけ、腰をやや落とし、膝(ひざ)に力を入れている。刀は上段に構えている。双眸は薄くひらいているが、遠くを見ているかのように視線は虚ろだ。
 やがて刀を非常にゆっくり、まるでスローモーションかのように緩慢な動作で振り下ろしていく。それと同時に足や腰を動かすのも忘れない。全体の姿勢がやや下がる。刀の切っ先が床につく一歩手前で止めると、そこでまたしばらく静止する。ぴたりとも動かない。

「――うん、よし」

 そう呟くと同時、ハーミットの目にいつもの〝色〟が戻ってくる。先ほどまでの、ひとつひとつの動きを確かめるような速さではなく、手馴れたようすで素早く姿勢を戻し、刀型トラベルギアを腰につけた鞘(さや)へと戻す。
 彼は控え室にある調度品やテーブルを少し端にどけると、トラベルギアを顕現させ、それを実戦で揮う(ふるう)さいの動きの型を、ひとつひとつ入念に確認していたのだ。
 しかし別段、彼に特別な師匠がついて指南したものでもなく、ほとんどは自己流で編み出したものだ。だが、ハーミットは壱番世界出身。常日頃から命を賭けた闘いに身を投じていた異世界のロストナンバーと比べれば、恐らく実戦経験という点でも戦闘技術には差が出てくるだろう、とは覚悟している。しかし、訓練は怠らない。いくらトラベルギアによる補正があって身体能力が向上しているといえど、自らの思考まで強化されるわけではないのだ。一の力がトラベルギアによって十になったとしても、それを扱う技術がなければ五の力も発揮しないであろうし、それでは異世界に潜む脅威に打ち勝つことはできない。十の力を二十にも百にも増やしたり、あるいは十の力が必要なことを五の力で対処できるようにする必要があるのだ。
 だからハーミットは、コンダクターの中でもわりと戦闘訓練に勤しんでいる、珍しいタイプでもあった。
 念じてトラベルギアを消失させると、近くのソファーに腰掛ける。自らの掌(てのひら)を見下ろし、握ったり開いたりしてみせる。

「うん、先輩からの剣術指導も実を結んでる実感があるわ。今回の為に、トラベルギア用の新しい剣術も考えてきたし……いい試し時ね」

 納得したように頷く。ぐっと握りこぶしを作る。

「ただ……うーん」

 ソファーの背もたれに身をゆだねると、ハーミットは重い溜息をつきながら天井をぼんやり眺めた。
 ハーミットは、熊(くま)が苦手なのだ。幼い頃にあったとあるトラウマの影響があって、熊を見ると思わず体がすくんでしまう。ぬいぐるみなどのデフォルメされた可愛らしいものであれば問題はないのだが、リアルなものはだめなのだ。
 つまるところ、今回の模擬戦の相手(あるいは仲間)にもなる熊のワーブ・シートンは、ハーミットにとって天敵なのである。ワーブという存在がではなく、問題なのは彼が熊であること。それだけだ。

「……きちんと闘えるかしら」

 苦そうに顔をゆがめ、うーんと唸るハーミット。
 やがて部屋の上部に設置されたスピーカーから、メルチェットの声が聞こえてくる。準備ができたのでコロッセオの試合会場まで上がってくるようにとのことだった。

「……悩んでても仕方ない。とにかくやるの、今は」

 沈みがちな心にも勢いをつけるために、思い切ってソファーから腰を上げる。「集中、集中。いつもの平常心……」という呟きを口にしつつ、ハーミットは控え室を後にする。


 †

「あー、もう。まだかよ――っ、と」

 控え室にあるソファーでごろんと横になっていた呉藍が、がばっと体を起こす。綺麗な青色をし、長くて量も豊かな髪に手を突っ込み、ぼりぼりと頭皮をかく。ふぁぁ、と大きなあくびをする。

「早く闘いたいぜ。えーっと今回、闘うのは誰だったっけ。わーぶ、はーみっと、あしょうぎ――違う、あそうぎせつな……だっけか」

 指を立てて数えながら、対戦者かあるいは仲間になるであろう面々の顔を思い浮かべる。

「あそうぎせつな、は……ロストナンバーにはなったばかりだったっけ。あの虎みたいな色の髪のやつ。闘うことに慣れてないだろーし、仲間だったらそこはきっちり支えてやらねぇとな」

 呉藍は出身世界である文化の影響から、金と黒の色で染めてある刹那の髪を見ても「金色」とは思わない。金と黒がむしろ模様に見えて「虎と同じ毛の色」として目に映るのであった。
 ともあれ、彼はどうやらまだここに来て日が浅いらしい。闘いをそう多くは経験していないだろうことを気に留め、呉藍は彼をきちんと支援する様子を脳裏に思い浮かべつつ、腕を組みながらうんうんと頷いた。

「はーみっと、は……いつかの時は味方同士だったけど、もし今回闘うことになったら楽しみだな。あいつ、体は細いのに動きはやたら早いからな……闘うときは気をつけねぇと。へへっ、わくわくするぜ」

 鼻のしたを指で掻きながら、呉藍は不敵な笑みを浮かべる。彼の実力の一部を傍で垣間見たことがあるからこそ、その力がどれだけのものなのか気になるのだ。
 猫のように体をしならせて、呉藍はソファーから飛び上がる。

「わーぶは……うん、熊だな熊。たぶん、力で攻めてくるんだろーな。正面から力比べはきついかな? あーでも、力比べで勝ってみてぇな。熊に勝てればこれから先、そうそう負けることはなくなるだろ」

 全長3mは越す巨体の熊であるワーブを思い浮かべ、それに打ち勝ち拳を振り上げている自分を想像してみる。悪くない。
 そのうち部屋の上部に設置されたスピーカーから、メルチェットの声が聞こえてきた。準備ができたのでコロッセオの試合会場まで上がってくるようにとのことだった。

「さて、そんじゃいっちょやるか!」

 ばしん、と平手に自分の拳を打ち付けつつ、呉藍は控え室を後にする。


▼コロッセオにて
「それでは今回の模擬戦についてのルールについて、説明させていただきますね」

 コロッセオの舞台の中央に、4人のロストナンバーとメルチェットの姿があった。4人は横一列になるように佇んで(たたずんで)おり、その前にメルチェットがちょこんと立っている。リュカオスの姿はなぜか見えない。
 ともあれメルチェットは手元の資料に目を落としながら、今回の模擬戦についてのルールを説明してくれる。

・戦場に特別な仕掛けは無し。今回の戦場は、単に戦域を設定する意味しか持たない。
・トラベルギア、特殊能力の使用はとくに制限しない。
・相手から降参があったとき、あるいは審判の独自の判断で、勝敗は決定する。
・その他、審判の指示には従うこと。

「――主なルールについては、以上です。その他の事柄については、その場で臨機応変に対応していきますので、ご協力よろしくお願いしますね」

 ぺこりと頭を下げるメルチェットに合わせて、4人もそれぞれやんわりと頭を下げたり、手をひらりと振って了承を示したりなどした。

「それと今回、リュカオスさんと相談して、今回の模擬戦には〝ある変わったシステム〟を取り入れることにしてみました」
「しすてむ?」
「ルールのようなものよ」
「そっか、るーるか。……で、さっきから言ってる〝るーる〟って何だ?」

 聞きなれない言葉に呉藍が口を挟むと、ハーミットがさらりと説明を付け加えてくる。しかしそれにもよく理解を示していない様子の呉藍は、あごに手をあてながら首をかしげるだけだ。

「決まりとか規則とか、あるいは仕掛け……なら通じるか? ちょっとした仕組みがある、ってことなんじゃねぇか」

 刹那が肩をすくめながら別の言い方で解説する。呉藍はぽむと手を合わせて納得した様子だった。

「それで、一体どんな風に闘うのかなぁ」

 太くて大きな爪でおなかをもぞもぞ掻きながら、ワーブがのんびりと訊ねた。

「そうね。これはまず、実際に見てもらった方が早いと思うの。――はい、きみ。ちょっとお手伝いしてね」

メルチェットは頷くと、4人の前から少し離れた位置に歩を進める。すると懐からカードを取り出して、1体の人形を召喚した。身長は成人男性よりやや高いくらいで、騎士のような鎧をまとい、一振りの剣と盾を持っている。その騎士人形とメルチェットが対峙する。
 メルチェットが合図をすると、人形はその場から颯爽と身を滑らせ、メルチェットに向けて切りつけてくる。メルチェットはひょんと後方に跳ねて斬撃を避ける。

「まず基本的に、バトルは1対1で行うことになります」

 メルチェットは、やや危なっかしく騎士人形の攻撃を避けながら、4人に向けた説明を続けている。

「それでこうやって闘っていて、例えばこうしたピンチになったとき――」

 ふと、メルチェットが尻餅をついて転んだ。わりと綺麗に転んだ様子からして、わざとだったのかもしれない。間髪入れず、騎士人形がその隙に肉薄し、彼女へ剣を振るおうとする。けれどメルチェットは慌てることなく、落ち着いた様子で両手を口のそばにそえ、叫んだ。

「リュカオスさん、助けてーっ」
「無論だ」

 その場には居なかったはずのリュカオスの声が、どこからともなく4人の耳に入った。
 それと同時、地面に腰をつけたままのメルチェットと、剣を振り被りながら接近する騎士人形の間に光の粒子が収束し、大きく膨れ上がる。その光の中から飛び出してきたのは、筋骨隆々とした肉体に鎧を着込んだ男性だ。紅いマントをはためかせつつ、二人の間に割って入ってきたその男性こそ、リュカオス・アルガトロスだった。手に装備していた金色の盾で騎士人形の斬撃を防御すると、リュカオスは相手を押しやるように蹴りを見舞って、メルチェットから遠のかせる。役目を終えると、リュカオスは光と共にぱっと消失してしまう。

「今のようにピンチになったとき、仲間から、少しだけ援護をしてもらえるシステムを取り入れてみました。これは、こうして攻撃から身を守ってもらう他には――」

 そうした隙に解説を加えながら、たんと軽やかに立ち上がったメルチェットは、すぐさまもう一枚のカードを取り出して別の人形を召喚する。今度は大きな鉄槌を持った騎士の人形だ。その鉄槌人形は、リュカオスの蹴りを受けて後ずさりしている騎士人形に向けて駆けていくと、巨大な鉄槌で思い切り相手を殴り飛ばす。強烈な一撃で吹っ飛ばされた騎士人形は、無防備に宙を舞い上がる。今の相手は隙だらけだった。そこにメルチェットが言葉を挟む。

「闘いの最中に、こうして攻撃のチャンスを見つけたとき――リュカオスさん、お願いしますっ」
「任せろ」

 メルチェットの掛け声に合わせて再び、光と共にリュカオスがすぐさま姿を現す。弧を描いて無残に吹っ飛ぶ騎士人形を見上げながら、リュカオスは助走もなしに飛び上がる。特殊能力『ウェポンマスター』によって、平べったく大きな剣を手の中に作り出し、空中で接近して得物を叩き下ろす。閃く稲妻のような一撃が騎士人形へ見舞われ、相手は地面に激突する。金属のひしゃげる音と共に土煙が上がり、破壊された騎士人形の部品らしきものが周囲に飛び散る。激突の衝撃がコロッセオの地面を揺らし、その光景を見ていた4人の足元をもふらつかせた。
 膝を畳んで衝撃を殺し、綺麗にリュカオスが着地する。手の中の剣はもう消えている。リュカオスは立ち上がると、4人とメルチェットの元に歩み寄ってくる。
 それを確認し、メルチェットはスカートをはためかせながらくるんと翻り、しゅぴっと指を立てて4人に解説する。

「――こうした具合で、1対1の闘いの最中に、他の参加者……つまりは控えになっているひとに援護をしてもらえるシステムです。今回のメンバー間で絆を深められたら、という意味合いもあるのだけど……ピンチを切り抜けるため、あるいはチャンスをつかむために、よろしければ活用してくださいね。はい、こちらはそれを可能にする道具〝アシストリング〟です」

 そう言ってメルチェットは、参加者4名にアシストリングを手渡した。目立った装飾もない金色の指輪だった。これを装着していれば、対戦中の両者は控えのメンバーを一時的に戦場へ召喚することができ、闘いを援護してもらえるのだと言う。

「念のため、自己紹介をしておくか。戦闘インストラクターのリュカオス・アルガトロスだ。今回の模擬戦において審判を担当する、よろしく頼む。そして、先ほどのシステムについて補足だが――」

 4名の顔ぶれを眺めながら、リュカオスも解説に加わる。

「召喚できるのは控えになっているメンバーのうち、どちらか一方のみだ。呼び出せる相手は選べず、その場で適当に決定される。
 また、そう何度も連続して仲間を召喚することはできない。呼び出すタイミングを見計らう必要があるぞ。無論、援護に頼らず単独で闘っても構わないがな」

 傷痕だらけのたくましい腕を組みながら、今回の援護システムについてリュカオスはそう付け加えた。

「あと皆さんには模擬戦の際、こちらを装着していただきます。研究開発を担当する方から提供していただきました」

 メルチェットが懐からまた何かを取り出して皆に見せる。こちらも余分な装飾がない、シンプルな銀色の指輪だ。

「こちらは〝シールドリング〟と言いまして、つけているひとを怪我などから守ってくれる道具です。例えば刃物で切り裂かれても、実際に切り傷を負ったりはしません。もちろん、ある程度の痛みや衝撃はあるんですけれどね」

 そう説明しながら、メルチェットは面々にシールドリングを手渡していく。

「怪我をさせないように、と言ってもなかなか難しいものでしょう? でもこれで思う存分、闘えると思います」
「では、もう一度今回の模擬戦について簡単にまとめるぞ」

・バトル形式は、基本的には1対1で行われる。
・双方ともに、控えメンバー1名から援護を受けることが可能。攻撃にも防御にも使える。ただし連発はできない。
・援護のシステムは、使用しなくても構わない。
・シールドリングによって、致命的なダメージは被らず、思い切り戦っても問題はない。

「今回の模擬戦の説明については、以上だ。試合の審判は俺、リュカオスとメルチェットが務める」
「それでは早速、一回戦を開始しますよ。今から名前を呼ぶひとは、前へどうぞ。それ以外のひとは、舞台を見下ろせるあちらの観客席でお待ちくださいね」

 メルチェットが振り返り、コロッセオに設けられた観客席の一角を指し示す。

「ただ、仲間のひとから援護で召喚されることもあるので、あんまりのんびりしていちゃダメですよ? ふふ」
「気を抜かず仲間の戦いを見守れ、ということだな」

 メルチェットが鈴のようにころころと笑う中、その隣に立つリュカオスは仏頂面のまま生真面目に言葉をつなげた。

「勝ち負けというよりも、純粋な力のやり取りが目的よ。持てる力を存分に発揮して、楽しんで闘ってくださいね。それでは皆さん、頑張りましょうっ」


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!注意!
この企画シナリオは下記のキャラクターが参加予定です。他の方のご参加はご遠慮下さい。ただし、参加締切までにご参加にならなかった場合、参加権は失われます。万一、参加予定でない方のご参加があった場合は、ライターの意向により参加がキャンセルになることがあります(チケットは返却されます)。その場合、参加枠数がひとつ減った状態での運営になり、予定者の中に参加できない方が発生することがあります。

<参加予定者>
呉藍(cwmu7274)
ワーブ・シートン(chan1809)
ハーミット(cryv6888)
麻生木 刹那(cszv6410)
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品目企画シナリオ 管理番号1276
クリエイター夢望ここる(wuhs1584)
クリエイターコメント【シナリオ傾向キーワード】
バトル

【大まかなプレイング方針】
・模擬戦です! どうやって戦いますか? トラベルギアで○○な戦いを、特殊能力を使った○○の戦法で~など。
・援護システムにより、控えメンバーから支援してもらえます。どんなときに使いますか。チャンスをつかみたいときのけん制? それとも、ピンチにかばってもらう?
・援護に呼ばれました。どんな手段で援護してあげる? 押しのパワーは少ないけど、隙が少ない技などで確実に援護? 隙は多くて扱うタイミングは難しいけど、パワーに優れた技で一気に押し返す?

※援護システムの設定内容を記入する場合の、プレイング短縮例:「活用:けん制、内容:力技」「けん制に使う&確実に援護」「窮地に使う&力技で援護」など。もちろん、短縮せずに長く書いちゃっても構いません。

【シナリオ概要】
・相手が降参したり、あるいは倒れるまで闘います。
・戦場はコロッセオの舞台。戦闘中、観客席のほうには侵入できず、吹き飛ばされたりした場合は見えない壁に阻まれます。
・援護システム以外に、特殊なギミックはありません。
・援護システムとは「戦闘中に、味方ひとりを呼んで援護をしてもらえる」というものです。そう何度も連発はできません。召喚の方法は、頭で念じたり、声や仕草で合図をすることなどです。召喚そのものは一瞬で済みますが、召喚された仲間が活動していられる時間はほんの数秒程度です。

【補足】
・勝ち負けよりも、どんな戦いをして楽しみたいか、がポイントかもしれません。
・対戦相手につきましては、プレイングを見て面白そうな内容になる組み合わせで、こちらがセットする予定です。
・文字数の関係上、すべての組み合わせの戦闘を行えるとは限りません。特定の相手を対象にしたプレイングは、使われないこともあるかも(でも書いちゃいけないわけではありませんので、最終的にはご自由にどうぞ!)。


【挨拶】
 今日和、夢望ここるです。ぺこり。
 この度はオファーのほう、ありがとうございました! 精一杯頑張りますので、よしなにお願いしますね。
 ということで、今回は模擬戦です。特に制限もなく、思いっきり闘える内容となっておりますです。難しいことは考えず、めいっぱい楽しんでくだされば幸いです。
 プレイング期間、製作期間、ともにやや長めに設けてあります。せっかくの企画シナリオですし、時間があるからとうっかり忘れてて白紙で提出してしまわないよう、ご注意くださいませね。
 それではロストレバトル、レディー・ゴー!

参加者
ハーミット(cryv6888)コンダクター 男 17歳 歌手
呉藍(cwmu7274)ツーリスト 男 29歳 狗賓
ワーブ・シートン(chan1809)ツーリスト 男 18歳 守護者
麻生木 刹那(cszv6410)ツーリスト 男 21歳 喫茶店従業員(元ヤン)

ノベル

▼ワーブVS刹那
(さてと。実力は未知数だし、少し様子見ですかねぇ)

 立ち上がれば、ワーブは3mに届くほどの巨大な体躯(※)をしている。4本足をついていたとしても、人間である刹那と比べてそのサイズ差は著しい。
 あまりの体格差に刹那も少したじろいでいる様子だったが、その眼差しは恐怖よりも闘争心が多くにじみ出ていた。彼の射抜くような視線がワーブに突き刺さる。
 視線だけで野生動物を追い払ったこともある刹那は、まずは威嚇がてらにそうした視線を向けてきたようだった。けれど、ある意味では本物の野生動物であるワーブに、形だけの威嚇行動は効果を示さない。

「まぁまぁの〝目〟ですけど……本場では通用しませんよぅ」

 ワーブがのんびり呟いた。のそりと二本足で立ち上がる。軽く息を吸い込み、威嚇の鳴き声をあげた。びりびりと空気が振動するかのような、猛々しい(※)雄たけびが刹那を圧倒する。刹那は思わず足を一歩引いてしまう。野良とは違う本物の〝野性〟を感じて、刹那の表情が険しくなる。

「ちっ――けど熊相手にビビっていられっか……!」

 刹那が、腕にはめた円盤状トラベルギアに手を添える。その針を素早く動かす。ギアに秘められた力が稼動を始める。数m離れているワーブに腕を差し上げてくる。ギアの周囲に光がいくつも生じる。それが針のように鋭く尖り、ワーブに向けて殺到してくる。数は多く、すべてを避け切れそうにはないとワーブは判断する。
 なら、する事は一つだった。ワーブの手には爪が生えている。その手に光が生じ、新たな爪が装着される。ワーブのトラベルギア・ポラリスの爪だ。自身の爪の上からはめ込むようにして顕現したギアのおかげで、遠目から見ればワーブの爪がより大きく鋭くなったように見える。
 ワーブは両手を片方ずつ、一度ずつ振るう。それだけで空気は渦を巻き、衝撃波が生まれ、刹那が発射してきたエネルギーの針は難なく切り払われてしまう。
 刹那は続けざまにエネルギーの針を連射する。だがワーブはひと薙ぎ、ふた薙ぎ程度の動作ですべてを打ち払ってしまう。

「ちょっと簡単すぎますねぇ。じゃあ、おいらもそろそろ――って、あれ?」

 刹那の攻撃が止んだ時、いつの間にか彼の姿が消えているのに気が付いた。おかしい。動いた気配もなかったし、彼の匂いもまだそこに残っているのに。
 ――いや違う、とワーブの鼻が訴えた。瞬時に匂いをかぎつける。野性ならではの鋭く敏感な嗅覚が相手の匂いをかぎわけ、位置を特定する。振り向きざまに爪を横に振るった。いつの間にかワーブの背後に躍りかかり、光輝くギアごと拳を叩きつけようとしていた、刹那の攻撃とかち合う。異質の力と力がぶつかり合ったことで、互いに接触したギアとギアの間に青白いスパークが走る。衝撃波が周囲に広がって、土埃を上げる。
 ワーブの一撃は咄嗟(※)のものだったため、あまり力が込められていなかった。それでも人間の標準体格程度しかない刹那には強烈な一撃となったようで、力負けした彼の体は吹き飛ばされる。けれどうまく宙で体を動かし、地面を滑るように着地する。

「ち、なんで分かった? 超加速で接近したってのに。しかもなんつー馬鹿力だよ……」
「まぁ姿が見えないくらいに早く動いても、匂いはありますからねぇ。それにパワーはこれくらいないと、白熊や虎と互角に戦えないんですよぅ」

 ワーブはぼりぼり、とギアの装着された爪で頬をかきながら言う。

「虎だぁ? は、もう何だか住む世界が違いすぎんだろ……今さらだけどよ」

 刹那がふらりと立ち上がりながら苦笑する。そうしながら、腕のギアに手を添える。かちかちと硬い音を立てながら、針が動かされる。

「あはは、そうですねぇ。……じゃ、おいらも本気でいきますねぇ。一気にいっちゃいますよぅ――呉藍(くれない)さん、お願いしますよぅ」
「あいよ! それにしてもおもしれぇ、神通力か何かか?」

 ワーブが両手の爪をがちがちと打ち鳴らしている横に、呉藍が招来される。愉快そうに口元を笑ませながら、己の首飾りに手に取る。彼が着けている首飾りは、トラベルギアの龍樹(※)。いくつもの金属片を紐でつなぎ合わせたような形状をしており、様々な形を取るのだ。二人が弾けるように動き出す。左右に分かれる。二方向から刹那に迫る。

「面白い世界だ、まったく――でもおまえらの世界じゃ、こんなのは見たことねぇだろ?」

 刹那は立ち尽くしているだけだ。けれど不敵に笑った。彼の指が、ギアについた時計の針のようなものを動かした。
 ――かちり。
 針がある位置で止まる。刹那以外の時間が停止する。ワーブは動かない。呉藍も動かない。動きの途中で、不自然に体が固定されている。彼らは動けない。動けなくなった、と認識することもない。
 今の刹那にとって、この場は独壇場だ。光の針を無数に射出して二人の目前で停止させてから時間を再び稼動させれば、既にゼロ距離まで迫っている攻撃を避けることなど、できはしないだろう。あるいは致命打を与えられるポジションに位置取り、どちらか片方を確実に撃退するのもいい。
 刹那は一歩踏み出した。すると――ぴり、と頬に痛みを感じた。刹那は踏み出しかけた足を止めた。目だけを動かした。

「ち、なんだこりゃあ……っ」

 忌々しげに顔をゆがめた。よく見れば、刹那の周囲には無数の鋭い金属片が浮遊していた。その破片は爪の先ほどの大きさだが、その数があまりにも多すぎる。下手に動けば、それだけで体中に傷を負いかねない。時間を停止してこの場の支配権を握ったはずの刹那だったが、先手を打たれていた。
 時間の停止を解いた。時は動き出し再び二人が刹那に迫る――刹那の時間停止に先手をうっていたのは呉藍だった。彼はギアを無数の金属片に変え、刹那の動きを察知して即座にばら撒いたのだ。

「俺の時間停止を封じるなんざ、やってくれるじゃねぇか」
「そう簡単には勝たせないぜ?」

 呉藍はにんまりと笑うと、アシストの役目を終えたのか、光と共に霧散する。その間にワーブが接近してくる。爪を振り下ろしてくる。

「はは! そうでなくっちゃつまらねぇ……!」

 ワーブの一撃を何とか避けながら、刹那は距離を取る。状況は劣勢かもしれないが、胸で湧き踊るこの衝動は――悪くない。刹那はその滾り(※)に身を任せる。戦いを楽しむ。


▼ハーミットVS呉藍
 試合の開始が告げられると同時、呉藍が真っ直ぐに走り出す。跳躍し、剣状に変形したトラベルギアを空中で引っつかむ。猛禽(※)類のような鋭さで、そのまま上空からハーミットに襲い掛かる。
 呉藍が、落下する勢いと共に得物を振り下ろす。同時、ハーミットも刀型トラベルギア・ガーディナルを抜き放った。互いの刀身が噛みあって甲高い音が閃く。火花が飛び散る。受け止められた衝撃の反動を利用して、二人は同時に素早く後退し、距離をあける。
 呉藍は身を小さくたたみ、宙を縦に回転しながら距離を取り、軽やかに地面へ着地した。すぐさま顔をあげ、ハーミットを見やる。にかっと白い歯を見せながら、愉快に笑う。

「へへっ。あんたとは一度、戦ってみたかったんだ」
「奇遇ね、私も同じよ」
「そいつは好都合だな。じゃあ遠慮なくいくぜ!」

 言うなり呉藍は駆け出し、一直線にハーミットへ接近してきた。動きは単純、とハーミットは冷静に分析する。だが、その速度が先ほどの倍以上はある。呉藍は土埃(※)を舞い上げながら地を走り、あっという間に近接武器の射程にハーミットを捉えて(※)くる。ハーミットは思わず目を見張る。

(近づかれる前に、遠距離対応の疾風怒濤(※)を――いえ、向こうが速い。対応しきれる? できない、ここは一度やり過ごすべき)

 思考の中でハーミットは自問自答する。肉薄してきた呉藍が一撃を繰り出してくる。ハーミットはそれを刀身で受け止める。つばぜり合いのような拮抗(※)状態となる。

「やるな、でもまだまだ。はぁぁぁ!」

 呉藍の気合とともに、彼の蒼い長髪がわなわなと震え、ゆっくりとたなびく。彼の体の輪郭に赤い光が灯る。彼の得物である剣の刀身が瞬時に炎をまとう。ただの炎ではないらしい。その炎は熱を持つと共に、さらなる力を湧き上がらせるサインでもあるようだった。呉藍がさらなる力で剣を押し込んでくる。

「――っ!」

 このままでは力で押し切られてしまうと、ハーミットは踏んだ。流れるような足さばきで、器用に姿勢を制御する。呉藍の剣をさらりと受け流す。回避と同時に反撃に移る。ハーミットは刀を一閃させる。
 だが、呉藍の野性染みた感覚は、その一撃すら瞬時に察知する。受け流されて崩れかけていた姿勢をすぐに戻し、剣を振るう。ハーミットの攻撃とかち合わせる。炎を吹き出す剣が、ハーミットの刀身を打ち据える。
 ハーミットはそれでもひるまない。刀を手早く引き戻すと、間髪入れずに二撃三撃と攻撃を加える。ハーミットは鋭く繊細に、傍目からは美しいとさえ思えるような動作で刀を操り、様々な角度から斬撃を見舞う。それに反して、呉藍の動きは乱暴だ。だが溢れんばかりの勢いがある。力のこもった一撃で、ハーミットの巧みな刀さばきを崩そうとする。両者、一歩も引かぬ攻防が展開される。

(やっぱり……基礎的な身体能力は勿論、戦闘面じゃ悔しいけど、見劣りする所は多くある。このままだとまずい)

 ハーミットはこの状況に危機感を抱き始めていた。今は小手先の技術で何とか戦局を五分五分の状態に保ってはいるが、体力という面では呉藍の方が上だ。それに彼の動きはむしろ、疲労することで逆に勢いを増しているようにも感じた。このままでは消耗するだけで、そのうち彼の力に押し負けてしまうだろう。
 刀身が衝突する。硬い金属が接触し、甲高い悲鳴が次々とこだまする。その都度(※)に火花が散ってはすぐに消える。息をのみ、瞬きすら許さないほどの鋭い剣戟(※)が繰り広げられる。

(今の状況を覆す(※)のはただひとつ、トラベルギアの力を最大限に引き出すこと。すなわち、戦う意志を持つこと――出来る? 私に)

 ハーミットは逡巡(※)した。けれどもう、答えは出ている。戦う前から決まっている。

(ううん、出来るかどうかじゃない。出来るように――する!)

 だからハーミットは意識した。仲間からのアシストを思念で望んだ。それに応えて、二人が剣戟を交わすところからやや離れた位置、呉藍の背後に位置するに光が収束する。それはすぐに膨れ上がって、光の中から刹那が飛び出してきた。
 彼は召喚されるや否や、円盤状ギアが装着されている腕を横に振るい、閉じた瞼(※)すら突き抜けてくるような尖った光を放つ光弾をいくつも展開させた。それは呉藍の視界を封じた。呉藍は咄嗟に顔を逸らしながら、地面を滑るように飛んですぐさま後退する。
 仲間であると認識されているからか、強烈な光はハーミットに効果を及ぼすことはない。
 呉藍が距離をあけた。彼の猛攻が止んだ。その隙にハーミットは一度、刀型ギアを鞘におさめる。だが刀の柄と鞘から手は離さず、刀身と鞘を擦り合わせるように素早く何度も、刀を上下に動かした。刀身が鞘から姿をちらつかせるたび、そこから火の粉のようなものが生じて、周囲に拡散していく。剣戟で生じた火花とは違って、その火の粉はすぐに消えたりはせず、明滅しながらそのまま宙に漂っている。

「ち、変な術使いやがって――ん? なんだこりゃ」

 ハーミットから距離を取った呉藍は、視界のあちらこちらに漂う、奇妙な火の粉に目を奪われていた。その時にはもうハーミットは、技の発動に充分な火の粉を生成し終えていた。

「これが私のとっておき、百花繚乱(※)よ」

 ハーミットは素早く刀を鞘におさめた。硬さと硬さが触れ合う、ばちんという音が響いた。その瞬間、拡散していた火の粉は熱と衝撃波をもって膨れ上がる。闘技場を大きく振動させる。衝撃波が土埃と地面の破片を巻き上げる。

「――さすがだぜ」

 舞い上がった埃が、どこからか吹き付けてきた風によって流されると、そこには片膝をつきながらも不敵に笑う呉藍の姿があった。

「でも、まだだ。こんなに楽しい勝負、さっさと終わらせちゃ勿体ねぇ!」
「まったく。底なしの活力ね……!」

 あきれたようにハーミットが返す。けれど口元は笑んでいる。
 両者が動く。掻き消えるようにその場から姿を消す。あちらこちらで斬撃の閃きと剣戟の響き、飛び散る火花が炸裂する。二人の決着がついたのは、それからかなり後のこととなる。


▼刹那VSハーミット
「ち、くそ!」

 刹那は舌打ちしながら、腕の装置についた針を動かした。時間が停止し、ハーミットの動きが止まる。刀を振り下ろしてくる途中でぴたりと静止する。
 刹那はすぐさま跳ねるように後退していく。距離を取り、戦況の立て直しを図る。その間に、時間が動き出したと同時に相手へ向けて殺到していく、針状のエネルギー弾をいくつもばら撒いておく。
 時間停止の効果時間が終わりを告げる。時が動き出す。あらかじめ生み出しておいたエネルギーの針がハーミットに向かい、彼に突き刺さる――はずだった。けれど彼がいたはずの場所に、その姿が見えない。刹那は目を見開く。

「なんだと! くそ、どこにいやがる」
「時間を止めて優位に動けるなら、それ以上の速さで相手を翻弄すればいい――」

 刹那の後ろで冷たい声が聞こえた。刹那の背筋に悪寒が走る。体が咄嗟に動いた。手甲の役目も果たす腕の装置で、防御姿勢を取りながら振り返る。そこにハーミットの刀が閃く。鋭く速い。目で追えない。しかもそれは一撃だけでなく、間髪入れずに次々と襲い掛かってくる。ハーミットは、刹那が腕の装置に手を伸ばそうとする隙を与えない。
 余裕がなく苦しそうな刹那の反応が可愛らしく感じて、ハーミットは薄く微笑む。シールドリング越しであるとはいえ、あまり痛みを感じさせぬよう一撃で戦闘不能にさせてあげよう、そう思い立つ。
 より力を込めた一撃を放ち、刹那の体をよろめかせる。その隙にハーミットは構えを変え、とどめの一撃を放とうとする。
 けれどそこで、刹那の口元がにまりと歪んだ。

「発動までの時間は、稼がせてもらったぜ」

 刹那の横に光が生まれ、そこからワーブが姿をみせる。後ろ足で立つその姿はそびえる巨木のよう。ワーブが吼える。故郷の世界ではその一喝だけで多くの動物たちを追い払ってきた、本場の威嚇行動だ。

「ヴォオオオオオッ!」
「あああああっ!」

 手元の刀すら放り出しかねない勢いで、ハーミットが土煙を巻き上げながらダッシュで後退する。目じりから涙も零れているのは気のせいではないだろう。

「刹那さん、今ですよぅ!」
「そのつもりだ!」
「――はっ。しまった、考える前に体が拒絶しちゃった……!」

 ハーミットは足を止めながら振り返り、再び刀を構えなおす。距離を開けてしまった。刹那に距離と時間を与えることは、彼の独壇場を許すことになる。すぐさま接近しようと弾けるように飛ぶ。

「発動までにやられちまうかと思ったが、何とかなったな。くらいやがれ!」

 あらかじめセットしておいた装置の針が、彼の予定通りの時間に特定の位置で止まる。
 刹那の背後から、彼の分身がいくつも飛び出していく。それぞれが腕の装置からエネルギーの針を飛ばす。あるいは腕に光を宿らせ、肉弾戦を仕掛けにいく。十数体の分身が、ハーミットに殺到する。

「増えた? けどこれくらいの窮地、今まで何度も潜り抜けてきた!」

 踊るように美しく、けれどあらぶる炎のような激しさを持つ刀さばきで、ハーミットは分身たちの攻撃を受け流し、弾いていく。電光石火の一撃で1体、また1体と分身たちが屠られ(※)、消滅していく。
 その様子を、刹那はじっと見つめている。細い双眸(※)がさらに鋭くなっている。腕の装置に手をあてがいながら、何かを探るように戦況を見つめている。
 やがて残りの3体がハーミットの放つ一閃で光に還ると、すぐにハーミットは飛び出して、刹那に急接近していく。

(もらった――!)

 彼には反応できまいと確信している。ハーミットは刀を横に一閃する。刃が刹那の体を捉える。
 ――かちり。
 硬い音が響いた。その瞬間、刹那が動いた。その瞬間、ハーミットの手の中にあった刀が吹き飛ばされていた。

(な――!)

 刹那が拳を放っていた。刀を握る手元に拳が打ち付けられていた。ハーミットは得物を手放してしまっていた。反応速度に自身のあるハーミットは、彼の一撃を知覚できなかった。

「とっておきだ、歯ぁ食いしばっとけ! オラオラオラオラァ!」

 刹那の拳が炸裂する。その動きが今までの比ではない。一発打ち込まれたかと思えば、もう片方の拳が体にめり込んでいる。シールドリング越しの痛みを知覚する前に、新たな一撃が繰り出されている。
 殴る。殴る殴る殴る殴る殴る殴る。何発も殴る。ハーミットの細い体躯に、輝く拳が打ち込まれいく。型も何もない粗暴な一撃。けれどパワーを秘めた強烈な連打。

「――オラァ!」

 数え切れない拳のラッシュの後、最後に刹那の頭突きが炸裂した。ハーミットの体が吹き飛んだ。地面を転がった。

「――だぁっ! ああくそ、疲れた。……やったか?」

 刹那はよろめき、膝をつく。息が荒く肩が大きく上下している。
 ぴくりとも動かないハーミットを睨みつけていた。しばし静寂が舞台を支配した。 
 刹那はふと気が付いた。ハーミットの全身が、やけに白っぽい。白い粉を振りまいたかのようだ。あるいは氷付けにされたかのようだ。
 ハーミットの体が動いた。よろりと立ち上がる。ハーミットが俯かせていた顔をあげた。その瞬間、彼の体を覆っていた白くて薄い膜のようなものに亀裂が入り、ぱらぱらと零れて落ちた。

「雪中松柏(※)……咄嗟だったから、つくりが甘かったわね……くっ」

 ハーミットが手をかざす。遠くに転がっていたギアが光の粒子になって弾ける。その粒が彼の手元に殺到する。再び刀の形状を取る。

「えぇい、くそ! まだ動けんのかよ……!」

 ぎりぎりと歯噛みしながら、刹那は立ち上がる。足元はおぼつかない。

「ふふ、なら降参する?」
「ふざけんな。こんなでへばってられっかよ!」

 同じく体をふらつかせながらも、ハーミットは余裕たっぷりの笑みを浮かべた。刹那は地面につばを吐き棄てながら、ナイフのように鋭い目つきを向けた。
 互いに疲労している。ここからが本当の戦いの始まりだった。


▼呉藍VSワーブ
「まるで鈴賀(※)の山に戻ったみてえだな」

 立ち上がったワーブの体躯を見上げながら、呉藍はどこは懐かしそうに呟いた。

「あの頃が随分昔のような気もするけど――ま、始めるとするか。久々にこの姿で相手してやるぜ!」

 にぃ、と白い歯を見せながら笑うと、呉藍の全身を光が覆った。呉藍の姿が、蒼い毛並みを持った大きな猫のような獣の姿に変じた。
 ふさりとした立派な尾を揺らしながら地を蹴り、疾走する。左右に飛び跳ねてかく乱しながら、ワーブに突っ込んでゆく。獣となった呉藍の体が青白い炎に包まれる。全身に青の炎を纏って突進する。
 避けきれなかったワーブが、たくましい腕で彼を押さえ込む。けどその勢いに押し負けて、ワーブは地面をえぐるように滑っていく。そのまま両者は舞台の端にある壁に激突する。削った石を重ねて作られた強固な壁が破砕して、土煙を巻き上げる。二人の姿が、それに紛れて見えなくなる。
 その中から飛び出してきたのは、獣姿の呉藍だった。だけど彼はうなだれており、後退するために飛んだというよりは、まるで無造作に投げ出されたかのようだった。その証拠に呉藍は着地することもできず、地面に激しく叩きつけられた。

「ちっくしょ……壁に思いっ切りぶつけたってのに、すぐに反撃かよ……」

 よろりと立ち上がり、呉藍は激突した壁を睨みつける。土煙の中から、ワーブの巨躯がゆらりと姿を見せた。

「ふぅ、ちょっとびっくりしたんだな」

 首を左右にクキクキとならしている様子からして、あまりダメージは受けていないようにも見えた。

「おいらの知り合いの、ロボの兄貴とグランディアさんによく似ていますねぇ」
「知り合いに似てて、やりにくいかい?」
「いいえ、そんなことないですよぅ。全力で相手するですよぅ」

 爪型トラベルギアを装着したワーブの手は、生来の爪がそのまま巨大化したようにも見える。ワーブは吼える(※)と4本足をつき、その巨躯に見合わない速さで駆けてくる。

「こちとら生まれも育ちも山ン中! 熊に負けてられるかっての!」

 呉藍も獣形態のまま勇ましく鳴き、ワーブへ向けて疾走していく。呉藍の首飾り型トラベルギア・龍樹(※)が輝いた。弾けるように飛び散って、宙で再び集結し、龍の姿を取った。長さは10数mもあろうかという蛇のような体ををうねらせながら、主の呉藍と共に2方向から襲い掛かる。
 呉藍とワーブは互いに頭から激突した。力負けした呉藍が吹き飛ぶが、よろめいているワーブを呉藍の龍が逃がさない。上空から急降下し、手に生えた爪で切り裂こうとする。だが素早く体勢を立て直し、2本足で立ち上がったワーブが、龍の爪を飛び跳ねて避け、そのまま龍の首筋につかまる。怪力で龍の体躯をしめあげる。
 龍が空中で苦しそうにのた打ち回る。ワーブを振りほどこうと激しく体をくねらせる。
 ワーブはぐちゃぐちゃにかき乱される視界の中で、攻撃目標から腕を放さない。ワーブは片手を振りかぶり、龍の腹に力いっぱい爪を突き立てる。龍が悲鳴を上げる。さらにもう一撃が見舞われると、龍の腹部にワーブの爪が深々と突き刺さった。腕までねじ込まれた龍の腹から光の奔流が吹き出ると、龍は力を失ったようにだらんとなり、落下していく。その過程で光の粉となって、龍は消滅する。

「けど、本命はこっちだぜ!」

 炎を足場として出現させた獣姿の呉藍がそれを伝い、ワーブと龍が交錯していた空中まで躍り出ていた。最後の足場を蹴って宙に身を投げ出す。その先には、龍をほふったばかりのワーブがいる。鋭い牙でその首筋に噛み付く。
 けれどワーブも負けてはいない。呉藍に噛み付かせたまま、彼の体に腕を回し、怪力でしめあげる。呉藍の体が軋むような音を立てる。

「ぐぅ――っ!」

 思わずワーブの首筋から口が離れてしまいそうになる。けど呉藍はシールドリングの防護越しでもともなう激しい痛みをこらえて、歯を食いしばる代わりに思いきり噛み付く。
 両者は空中で激しく絡み合い、きりもみ状態のまま落下し、ついには地上に激突した。地面の破片が飛び散った。粉塵(※)が雲のように広がった。
 ひび割れてめくれ上がった地面に4本足をついて、呉藍はふらふらと立ち上がる。舞い上がった土煙の中、険しい形相をしながら目を凝らす。
 ふいに黒い影が飛び出してきた。せり出すように迫ってくる。呉藍は避けきれない。黒い影はワーブの爪だった。呉藍の顎下に直撃し、そのまま体ごと吹っ飛ばされた。呉藍は無造作に地面を転がっていく。獣の変化が解除され、人の姿に戻ってしまう。
 煙の中からワーブがのそりと姿を見せた。いつもはのんびりとした表情も、辛そうに歪んでいる。足元もふらついている。

「うぐぅ……ちょ、ちょっとさすがに、ふらふらなんだなぁ」

 ワーブの視線の先で、呉藍は仰向けに突っ伏したままだ。体を動かさない。
 勝負あったか――ワーブがそう考え、ふぅと一息をついた。
 だがその隙に、ワーブの背後の少し離れた場所で、音もなく光が生まれた。その中からハーミットが姿を現し、刀を振るった。刃状となった衝撃波の塊が地面を走って、ワーブに襲い掛かる。
 反応が遅れたワーブは、その衝撃波を受けて体を仰け反らせた。そこに生じる隙を狙っていたかのように、呉藍はもう起き上がり、剣状に変形させたギアを握ってワーブに飛び掛っている。ワーブは爪で受け止め、防御するしかできない。
 呉藍は舌打ちするとすぐさま後退し距離を取る。奇襲は失敗だった。ハーミットへ声を飛ばす。

「おい、ハーミット。俺は接近攻撃ではさみうち、って念飛ばしたはずだぞ。なんで遠距離攻撃なんだよ!」

 離れた場所でたたずむハーミットは、髪を手でとかしながら、にこりと涼しげな表情で笑いながら返した。

「熊、嫌いだから」
「お、おいらのこと、嫌いなの……!」

 ワーブががぁんとショックな表情を向けるけど、もうハーミットの姿はぱしゅんと光となって消えた後だった。
 弾けるように正面の呉藍に向き直る。ワーブのつぶらな瞳が、うるうると揺れる。

「ね、ねぇ。おいら嫌われてるのかなぁ。この前も、人間の子どもにファブリーズされたんだな……やっぱり獣臭いんだなぁ……うわぁあん!」
「え、いや、ちょ!」

 ワーブが泣きながら走り寄ってきて、今まで以上の力で爪を振るってくる。かんしゃくを起こした子どものように暴れ始める。ワーブの猛攻が激しすぎて、その後の呉藍は防戦一方になる。その内、互いに疲れ果てて動けなくなったところで、試合が終了になったとか。


▼もう一つの模擬戦
 その後も4名は組み合わせを変えて何戦かを交え、やがて模擬戦のプログラムは終了した。
 戦闘後のおさらいに4人が語り合う中、リュカオスが面々に厳しい指摘を飛ばす。

「4人ともよくやった――だが、まだまだだな。
 ハーミットはいざという時の踏み込みが甘い。刹那は能力を過信しすぎるな。ワーブ、力押しだけでは軽くいなされてしまうぞ。呉藍は持ち前の力を生かして、もっと器用に立ち回れ」
「うんうん、確かにそうですね」

 すました表情でメルチェットも頷く。
 難しい表情をする4名の顔を見ながら、リュカオスは続ける。仏頂面が不敵に笑む。

「だが、口で言っただけではよく分からんだろう。どうだ? 俺たちと一戦、交えてみるか」
「あ、それは面白そうな提案ね!」

 メルチェットが黄色いはしゃぎ声をあげる。

「じゃあ、誰からやりますぅ?」
「面倒だ。4人まとめてかかってこい」
「私も構いませんよ、数は人形で補えますしね。それにメルチェは大人ですもの」

 ワーブの問いにもそう答えてしまわれては、残る3人も黙ってはいられない。

「あら、随分と余裕じゃない」
「あとで泣くんじゃねぇぞ? 戦闘インストラクターさんよ」

 ハーミットが涼しげにくすりと笑う。刹那が威嚇するように睨み付ける。

「めるちぇっと、とか言うの。女だからって手加減しないぜ」
「まぁせっかくですし、戦ってみるのもいいですねぇ」

 呉藍がにまりと笑いながら、鼻の下を親指でぬぐう。ワーブはぽりぽりと爪で腹をかく。
 呉藍の構えた剣から炎が噴出す。ワーブが爪をかき鳴らす。刹那が腕のギアにある針を動かす。ハーミットが刀の柄に手を添える。
 リュカオスの体に、トラベルギアであるバックラーの他、剣や槍、斧や棍棒など多くの武器が生成される。メルチェットは懐からカードを取り出し、無数の鎧人形を召喚する。
 少しの距離を置いてにらみ合い、膠着状態になる両者。そして誰かが飛び出したと同時、皆が一斉に動き出す。弾けるように地面を蹴りつける。
 ――語られることのない、もう一つの模擬戦が始まる。

<了>

クリエイターコメント【あとがき】
 ――というわけで、初めてオファーをいただきました企画シナリオ『試験型戦闘舞踏会~コロッセオにて~』をお送りいたしましたっ。
 文字数の都合によりすべての組み合わせでバトルができませんでしたが、「この組み合わせなら面白そうかなー?」という考えのもとで、以上のような構成でバトルをさせていただきました。
 いつもとは違う専用OPとも合わせますと、結構な文字数のボリュームとなっております。これらが皆さまのお好みに合えば、嬉しく思いますー。
 この度はオファーをくださり、ありがとうございました!
 それでは、夢望ここるでした。ぺこり。


【『教えて、メルチェさん!』のコーナー】
「こほん。
 皆さん今日和。メルチェット・ナップルシュガーですよ。
 今回の模擬戦はお疲れ様でした。観ていてとても楽しかったですし、最後に皆さんと戦うのもすっごく面白かったです。ふふ。
 さ、それじゃあ今回も私と一緒に、漢字の読みかたをお勉強しましょ。……解説が抜けているものがあったら、ごめんなさいね。

▼体躯:たいく
▼猛々しい:たけだけしい
▼龍樹:はばき
▼滾り:たぎり
▼猛禽:もうきん
▼土埃:つちぼこり
▼捉えて:とらえて
▼疾風怒濤:しっぷうどとう
▼拮抗:きっこう
▼都度:つど
▼瞼:まぶた
▼剣戟:けんげき
▼覆す:くつがえす
▼逡巡:しゅんじゅん
▼咄嗟:とっさ
▼屠られ:ほふられ
▼粉塵:ふんじん
▼双眸:そうぼう
▼吼える:ほえる
▼鈴賀:すずか
▼雪中松柏:せっちゅうしょうはく

 皆さんはいくつ読めましたか? もちろんメルチェは大人ですから、全部読めちゃいますよ。当然です(きぱ)」
公開日時2011-06-22(水) 21:50

 

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