世界図書館主催の花見行事によりターミナルは桜の木々で賑わい、見る者全ての目をその鮮やかな色合いで楽しませていた。 そんな中。道端にぽつん、と立て札が置かれている。白地になんの装飾もない黒い文字、という簡素なデザインのそれには、次のようなことが書かれていた。――――――――――――――――●団子大食い大会 開催● 参加者受付中参加費無料・優勝者には賞品あり← 会場こちら―――――――――――――――― 札に描かれた矢印の方向を見ると、少し離れたところにまた似たような立て札があった。シンプルすぎる誘い文句に不安を抱きながらそれらを辿っていったロストナンバーは、やがてその会場へと辿り着くこととなる。 辿り着いた先は、チェンバー・無限のコロッセオ。ロストナンバー達の戦闘訓練の場であり、普段はツーリストのリュカオスに管理の任されている施設である。 ならばあの立て札を設置したのはリュカオスかと想像しながらその古めかしい石造りの空間に入ると、そこに立っていたのは予想とは全く異なる人物であった。「大食い大会、参加者かの」 参加受付票とペンを差し出したのは、世界司書の湯木である。もう片方の手に何本も持った串団子を口に運びつつ、参加者をコロッセオの奥へと促す。 案内された先にあったのは、花見会場。つまり、桜の木々が幾本も立ち並び、その足元には酒やらつまみやら弁当やらが置かれたビニールシートがあちこちに広げられている。よく見るとビニールシート上のご馳走や桜の木々に紛れて、ちらほらと串団子が設置されていた。「ほいじゃ、団子大食い大会始める。ルール、合図で参加者全員一斉にスタート。制限時間は三十分。会場内に隠してある串団子探して食う。最終的に一番串持っとった奴が優勝じゃ」 両手いっぱいの串団子を片端から食らいつつルール説明を行う湯木に対し、参加者であるロストナンバーの一人から質問の手があがる。「一番食べた人じゃなく、一番串を持ってた人が優勝?」「ほうじゃ。ただし、串は食い終わったやつしかカウントせん。……団子、捨てたりせずにちゃんと食べや。食いもん無駄にする奴は失格にするけェの。それ以外の反則は特にない」 つまりライバルを妨害するも、ライバルの食べ終わった串を力尽くで略奪するも自由、というわけである。手に持った串団子を全て食べ終えると、湯木は持参していたクーラーボックスからさらに串団子を取り出して食べ始めた。「審判はわしじゃ。端っこで見とるけェ、頑張り」 言い終えると、湯木は踵を返して会場の端へと向かう。しかし参加者の一人が彼を呼ぶことで、その動作は一時的に止めさせられた。「ところで、リュカオスさんは?」「留守」「……串団子の調達先は?」「大会用に、言うて甘露丸に頼んだ。ざっと、六百本くらい」 どうやら、湯木はリュカオス不在を狙ってコロッセオを占拠し、花見大会の準備で忙しい甘露丸に六百本もの串団子を頼みこむという随分と豪胆なことをやらかしたらしい。先程串団子を取り出したクーラーボックスの中には、一瞬覗いただけでもまだまだ大量の串団子が納まっているようだった。果たして、甘露丸に頼んだ六百本のうちの何割が本当に大会用として使用されているのだろうか。「もしかして、自分が団子食べるために大会催したんじゃ……」「ほいじゃー団子大食い大会、開始じゃ」 いつのまにか会場の端に移動した湯木はクーラーボックスの上に腰掛け、団子を貪りながら競技の開始を宣言する。 こうして、花弁舞い散る桜の美しさをよそに、団子を巡る戦いの幕が切って落とされたのであった。
「お団子食べ放題……しかも、無料……!?」 道端で偶然見つけた立て札。そこに書かれた文字を見た瞬間、佐藤壱はカッと目を見開いてそれに跳びついた。団子とは壱番世界の日本において古来より愛され続けている甘いお菓子のことであり、食べ放題とは食べ物を自分が食べたいだけ食べまくれるということである。そして、無料とは何の対価を支払う必要がないということである。 「そんなの、参加するしかないじゃないかッ!!」 グッと両手を握った壱の目は、キラキラと輝いていた。甘いものをこよなく愛する彼が、このような美味しすぎるイベントをスルーするなど、どうしたってできるはずがないのだ。ほぼ等間隔で並んでいる立て札をダッシュで辿り、コロッセオへと到着するやいなや即行で参加受付を済ませたのだった。 それが現在より三十分前。 「ほいじゃー団子大食い大会、開始じゃ」 微妙にゆるい感じのする宣言により、壱が待ちに待っていた団子食べ放題競技は開始される。正直ルールとかよく聞いてなかったけどそんなことはどうでもよかった。この会場には団子がある。その事実だけで、壱にとっては充分だったのだ。 「団子は大好物なのだ!」 その傍ら、カンタレラはいつもよりウキウキとした様子で桜に彩られた会場を歩きだす。 「お腹いっぱい、いただきますよぅ」 巨大な身体のグリズリー、ワーブ・シートンがどこかのんびりとしたような口調で意気込む。その右隣では、フラーダがもふもふな身体をピンと伸ばし、楽しそうに四色の翼をパタパタさせていた。 「フラーダ、たくさん団子食べたいー!」 ワーブとフラーダもまた、団子を目前にしてわくわくを抑えきれないといった様子である。互いに優勝を競いあうというよりは、各々ひたすら団子を食べに来たといったところだろう。自由すぎるルールから想定されたような、激しい争いに発展しそうな雰囲気はまったくなかった。 競技が開始され、それぞれ団子を求めて思い思いの方向へ駆けだしていく。 「おおっ、お団子が……桜になっている!」 桜の木に紐で串が括りつけられ、まさにブラーンという擬音がよく似合うような様で団子が何本かぶら下がっていた。宙に揺れる団子に何かを言うような余裕など、今の壱にはない。紐をほどき、念願の団子を手にとる。一口大の大きさのそれを頬張れば、口に広がるのはほど良い甘味ともっちりとした感触。 「――っ! さすが、甘露丸さん。うまーいっ」 浮かぶのは満面の笑みだ。他の参加者達も、それぞれ団子にありつき始めていた。 「団子、ここにも! ……あ、そこにも! ……あっちにも!」 カンタレラはふらふらと桜の間を渡り歩き、もくもくと団子を口に運んでいる。串団子が大好物である彼女は、団子センサー的なものでも付いているのではないかというほど、ピンポイントで次々と団子を発見していた。おそらく今の彼女には団子以外のものなどまったく意識の範囲に入っていないだろう。とにかく団子という団子を食いつくすような勢いで団子を貪っていた。 「人間って、うまいものを食っているんだよねぇ」 ワーブは、自身のトラベルギアであるポラリスの爪を装備して串団子を器用に持っていた。三本を纏め持ち、大きく開けた口で刺さっている団子を一気に頬張る。閉じた口から串だけを引っ張り出し、もっちゃもっちゃと口内の団子を味わった。 フラーダはというと、まだ小さな脚で一生懸命走りながら、キョロキョロと首を動かして団子の姿を探しているところだった。 「団子ー、団子ーどこー」 走るうち、フラーダは一本の桜の木にゴツン、と体当たりをしてしまった。よそ見をしていたのが災いしたのだろう。 「頭―、いたーい」 尻餅をついて両前足で頭を押さえる。それからフラーダはぶつかってしまった桜をチラリと見あげた。すると、吊るされた団子が、自身の存在をフラーダに教えているかのように揺れている。フラーダには、痛い思いをさせたことに対する、桜の木からのお詫びのように映っていた。 「ありがと。フラーダも、ごめん」 おそらくぶつかられた桜の木も痛かっただろうと、フラーダは謝罪する。それからついに団子を見つけた嬉しさから、尻尾を振りながら団子を目指して翼を羽ばたかせた。バタバタと翼を懸命に動かすと、小さな身体が宙に浮かぶ。その動きはふらふら、ゆらゆら、と不安定で、今にも落っこちるのではないかというような様子だった。 あともう少しで団子に手が届く、というときだった。ヒュン、と何かが風を切るような音がする。かと思うと、フラーダが伸ばした手の数センチ先に、数本の串がヒットした。 「串、飛んできた!」 驚きで目を丸くしていると、背後より現れたカンタレラがフラーダの取ろうとしていた団子を手にとり、それを口に運んでいった。 「あ、団子」 フラーダが戸惑っていると、カンタレラはそこにあった団子をあっという間に平らげて去っていってしまった。しょげかえった様子で、フラーダは地面に降りていく。彼(?)の目前には、カンタレラの投げた串だけが虚しく転がっていた。 ひたすら、片っ端から、カンタレラは団子を食べている。食い気の前に、小動物への配慮という言葉はまったくなかった。そして、彼女はまた花見のシートの上の団子を視界に捉え、それに向かって一目散に駆けだしていく。 「こっちだ、こっちからお団子の俺を呼ぶ声が……!」 そこへ現れたのは、壱だった。壱はシート上で皿に乗っけられた団子に手を伸ばす。カンタレラは、ここまでに食べてきた団子の串を瞬時に飛ばした。壱の目前を、あっという間に串が横切っていく。 「わっ、何だ!?」 「その団子は、カンタレラのものなのだ」 壱が驚いたすきに、カンタレラは悠然と皿の上の団子数本を取り上げた。そして、その中の一本を食べ始める。彼女はもくもくと団子の味を噛みしめるが、次の瞬間、その頬を火の球がかすめた。火の球が飛んできた方向に視線を向ける。するとそこに立っていた壱の肩の上で、フォックスフォームのテンが誇らしげに尻尾を揺らしていた。 「大人しく、それを渡してくれませんか?」 そう語りかける壱の声の調子は、穏やかなものだ。しかしそこには確かに、隠しきれぬほどのピリピリした敵意が込められている。表情も、口元の微笑に反して目は一切笑っていない。 「断る。これはもうカンタレラが手に入れたのだ。おまえは他をあたれ」 そう言うと、カンタレラはもう一口団子を頬張った。二者の間に、火花が散っている。食べ物の恨みは恐ろしい、とは誰の言だったか。団子を前にした今の二人に、その言葉はこれ以上ないほどに相応しかった。 「お団子を譲らないというなら、オレにも考えがあります」 壱の両手に握られているのは、何故かしゃもじ。それは一見すればご飯よそいましょうか的なアピールにしか見えない。しかしそれは、少なくとも彼にとっては本気の戦闘態勢なのだ。 「どう来ようと、譲る気はない」 さらに、もう一口。そしてそのまま食べ終わった団子の串の先を壱の方へと向ける。 「そうですか……では、」 しゃもじ対団子の串、今二つの武器(仮)が交わされようとしていた。 「団子、見つけましたよぅ」 そんな緊張した空気の中、いつのまにか接近してきていたワーブがカンタレラの持っていた団子を一口で咥えた。壱に意識が剥いていたカンタレラはあまりのことに茫然と、先程まで自分が持っていたはずの団子をパクつくワーブを見つめている。壱もまた、それを唖然とした様子で立ちつくしていた。 「二人とも、見つけたら早く食べないとダメですよう」 そう言い残すと、ワーブはまた団子を探してのすのす歩き去っていく。二人はしばらくその姿を見送っていたが、カンタレラは壱に向けていた串をスッと降ろして言った。 「他の団子、探すか」 「……はい」 ワーブが歩いていった先では、先程とは別のお花見シートの上でフラーダがようやく発見した団子を、器用に前足で串を押さえつけながらもぐもぐと食べていた。 「団子、おいしい! フラーダ、もっと食べる」 団子の味にご満悦らしい。夢中で食べていて、ワーブの方にはまったく気づいていないようだった。団子を一本分食べ終わり、団子のなくなった串を自身の体毛に差し込む。フラーダの身体にはすでに何本もの串が差し込まれていた。実はその大半はカンタレラが投げてその辺に落ちていたものだったり、誰かが団子に夢中になるあまり回収し忘れたものだったりするのだがそれはともかく、角を一本増やし、フラーダはまた新しい団子を食べ始める。 ワーブはそこへ接近していくと、フラーダがまだ手をつけていない団子数本を「爪」を使って拾い上げた。 「あ、団子ー! フラーダの、団子ーっ」 「いただきますよぅ」 パクリと、まずは三本分を一口でたいらげる。同様に他の団子も、フラーダがオロオロしている間に食べ終えてしまった。 「ああ、それも……」 続いてワーブは、フラーダがついさっきまで食べかけていた団子にも手を伸ばそうとする。 「やーっ! だめー!!」 フラーダは咄嗟にそれを咥え、逃げ出す。ワーブはそれを追うかどうか少し考えたが、一本のために追いかけまわすより他を探した方がもっと沢山食べられるだろうと思い至り、フラーダが走っていった方とは別の方向へ歩き出した。 「まだまだ、お腹いっぱいには足りないなぁ」 この会場には、まだまだ団子の匂いが充満している。時間が限られているとはいえ、空腹を満たせるだけの数はきっとあるだろう。ワーブはとりあえず、すぐ近くの桜の木の根の陰にこっそり置かれた団子の皿にその口を寄せた。 「喉が渇いたな」 あちこちで団子を見つけて食べまくっていたカンタレラは、そう一人ごちると花見のシートの上に腰をおろした。その辺から大量に集めてきた団子の山を、自身の脇にあった皿の上にドサリと乗せる。 「む? こんなところに、酒が」 彼女が見つけたのは、たっぷりと酒の入った一升瓶だった。カンタレラはその辺に栓抜きと紙コップを見つけると、一升瓶を開けて紙コップに酒をなみなみと注いだ。そしてそれを、グイと一気にあおる。 「弁当もあるのか」 シートの中央に置かれた大きな弁当箱には、おにぎりやら卵焼きやらといったような家庭的な料理が敷き詰められていた。カンタレラはその中の唐揚げに持っていた串をぷすりと刺し、それを口内に放り込む。甘い団子ばかり食べ続けていたところへの塩気は格別である。満足げに頷くと、もう一つもう一つと口へ運ぶ。最早つまみ食いではなく食事といっていい量を胃におさめ、さらに酒も際限なく飲みまくる。 「酒、臭う」 そこへ現れたのは、なんとかワーブから団子一本を護りきり逃げてきたフラーダだった。のんびりと食事と酒を楽しんでいるカンタレラに、そっと近づいてみる。 「なんだ、……お前も食べるのか」 「きゅ? フラーダ、団子食べたい」 カンタレラがフラーダへ差し出したのは、串に刺した唐揚げ。団子ではない、が。フラーダは首を傾げつつ、それの匂いを嗅いでみる。匂い美味しそう、と呟くと、差し出された唐揚げに齧りついた。ついでにここまで咥えて運んできた団子もたいらげ、空いた串を体毛の中へ差し込む。 「面白い毛だな」 その様子を見たカンタレラは、自分が持っていた串を一本取り出した。それからそれをフラーダの体に突っ込んでみる。すると、差し込んだ串はフラーダのもふもふの体毛に支えられ、まるでフラーダの体から串が生えているかのように立っていた。その間、フラーダは無防備に首を傾げるだけで、特に抵抗はしない。酔いが回っているということもあってか、その様子にカンタレラは上機嫌に笑う。愉快そうにするカンタレラに、不思議そうにするフラーダ。その後、そのフラーダの様が気に入ったらしいカンタレラは持っていた串をプスプスとフラーダの毛に差し込み始める。 「……団子、フラーダ欲しい」 そうしている間に、ふとカンタレラの傍らの団子の山が視界に入ったらしい。フラーダはねだるようにカンタレラを見上げた。目をきらきら輝かせ、尻尾は自然と期待に揺れる。 「ん? んー……まぁ、少しくらいはいいだろう」 若干の躊躇いはあったが、酒により多少気が大きくなっていたこともあって、意外にあっさりとカンタレラは了承した。積まれた団子の中の一本を、フラーダの前にそっと差し出してやる。 「団子!」 フラーダは嬉しそうに翼をパタパタさせながら、目前の団子に飛び付いた。もぐもぐと口を動かすフラーダを見ながら、カンタレラもまた酒を口に運び、おにぎりを食べ始める。 「もっと!」 食べ終わってすぐ、フラーダは団子のおかわりを要求する。カンタレラは今度は特に躊躇う様子もなく新しい団子を置いてやり、代わりにフラーダが食べ終わった串をその体に突っ込んだ。フラーダは突っ込まれた串だらけでハリネズミのようになっているが、それを気にした様子は特にない。カンタレラはおにぎりを食べ終わると、自身の口にも再び団子を運びだした。 カンタレラと別れた後、壱は必至で会場中を走り回り団子を探しまわっていた。甘党の本能といういわゆる直感だけで団子を見つけようとしているのだが、どういう訳か今の彼には甘味の神がそっぽを向いているらしい。一本や二本まばらに見つけることはできたものの、どうにも大量に入手することはできない。 「ああ、お団子……オレのお団子はどこにあるんだ……」 がっくりと肩を落とし、壱はふらふらと当てもなく桜の間を彷徨っていた。残り時間はあとどれほどあるのか、それを思うとさらに気は重くなる。それでも、どうしてでも、一本でも多く団子を食べたい。壱の足はその意志によってのみ歩を進めていた。 「おー、ここにもありましたよぅ」 そこへ現れたのは、巨大な熊、ワーブだった。ワーブは壱の行く先にあった桜の木の根元に顔を寄せている。どうやらそこに団子の皿を見つけたらしい。それが分かった次の瞬間には、壱は行動に出ていた。 「ハンズアップ」 その声に、ワーブは振り返る。と、彼の目の前にはしゃもじが突きつけられていた。壱は黒い笑みを浮かべ、静かにしゃもじをワーブの鼻先に近づける。 「その団子を、こっちに渡してください」 壱にとって、団子を手に入れるためにはもう手段を選んでいる場合ではなかった。対してワーブは、壱の突然の脅迫にきょとんと眼を瞬かせる。 「嫌ですよぅ、これはおいらが見つけたんですよぅ?」 ワーブは正直にそう言うと、その場に尻をつき、団子の足を後ろ足の間に置いた。それから自分の見つけた団子を守るように、その巨大な体躯を丸めた。 「あ、お団子! ちょっと、あ、もう食べてる!?」 体を丸めて団子をガードしつつ、ワーブは素早くそれらを口に運んだ。そしてワーブが次に顔を上げた頃には、皿に団子は一本も残ってはいなかった。 「ああーっ! お団子……うう。オレのお団子はどこにあるんだ……」 「きっと、まだまだ沢山ありますよぅ。ほら、あっちの方にはおいらもまだ行ってないですよぅ」 団子を守りきり、一安心したワーブはしょげた様子の壱を励ますように、これから自分も向かおうとしていた方を前足で差した。壱はその方向に視線を投げ、一つ大きな溜息をこぼす。 「……ありがとう。そうですよね、じゃあ、あっちの方探してきます」 気を取り直し、壱は教わった方に向かって足を向ける。時間ももうあまり残されていない。幾分速足で真直ぐ歩みだそうという、そのとき。どこからともなく、穏やかな唄が壱の耳に届いた。 「ん? なんだ、この唄」 透き通るような美しい歌声、というには些かしゃくり混じりでなんというか調子に乗った酔っ払いが宴会で歌っているような調子だった。声が美しいというのは確かだが、不安定な抑揚が聴く者の脱力を誘う。 「なんだろう、もう、……どうでもいいや」 壱はその歌声にやる気を吸い取られたように、その場でへたりこんだ。ちらりと後ろを見ると、ワーブが同様に地面へ横たわっている。 「なんですかねぇ、もうこれ以上食べなくてもいいような気になってきましたよぅ」 その唄は、酒を飲みまくりすっかり酔いのまわったカンタレラによるものであり、壱達に起こった脱力感は超酔っ払いカンタレラという通常と異なる状態だったことから偶然生まれた効力だったのだが、そのことはカンタレラ本人ですらまったく気づくことはなかった。 「……ん? おお、いけんのう。もう時間過ぎとった」 今回の審判である湯木が大会終了時間に気づいたのは、カンタレラの寝落ちにより唄が止んでからさらに二十分程過ぎた頃だった。唄の効力により、カンタレラ以外の参加者全員と審判はこれまでずとその場で呆けていたのだ。 『タイムアップじゃ。全員、集合ー』 拡声器片手に会場を回り、参加者に大会終了を告げていく。カンタレラは花見シートの上で気持ち良さそうに寝そべり、フラーダもその脇で丸くなっている。ワーブは湯木の呼びかけに素直に応じたが、壱は今の今までぼうっとしていた自分を責めるように絶叫していた。 「じゃ、結果発表。カンタレラ、四十四本」 名を呼ばれた彼女は、スタート地点へ他の参加者に引きずられるようにして集合させられた後も覚醒する様子がなかったため、今はコロッセオの端の壁にもたれかけさせるようにして放置されていた。おそらく彼女は発表された串の数よりずっと多く食べていたと思われるが、串を投げまくったりフラーダの体毛に差し込んだりしていたためこの数なのだろう。 「佐藤壱、十五本」 壱はじっと地面を見つめたまま、顔を上げる様子がない。団子に惹かれ意気込んで参加したにも関わらず、想像以上に食べることができなかったのは彼にとって相当ショックなことだったのだろう。 「……食べ放題だったのに……全然食べれなかった……お団子……」 ぶつぶつと呟くその姿は、誰の目にも哀れに映っただろう。ときおり、「うわああああん、オレのバカッ」と、終了時間近くで何故か戦意喪失してしまった自分を責める言葉を発していた。 「フラーダ、五十六本」 「うきゅ? フラーダ、いっぱい……食べた?」 食べた数は、フラーダも決して多くの本数を食べたとは言えない。ただ、その辺に落ちていた串を拾ったり、カンタレラにぷすぷすと差しこまれたことにより、串だけは沢山入手できていたのだ。 「ワーブ・シートン、五十五本」 「あれ、勝てなかったなぁ。でも、いっぱい食べれてよかったですよぅ」 あちこちで食べまくっていたワーブも相当の本数の串を持っていたのだが、たったの一本という僅差でフラーダに及ばなかった。しかし、彼は沢山の団子を食べたことに非常に満足げである。 「っちゅーわけで、優勝は……フラーダじゃの」 「フラーダ、優勝? うきゅ! フラーダ、すごい!」 フラーダは大喜びできゅーきゅーと鳴きながら尻尾と翼をバタつかせる。壱はそれを力なく祝福し、ワーブも拍手するように前足を叩いた。 「ほいじゃ、これ。景品じゃ」 湯木は、フラーダの前に大きめの白い箱を置く。 「なに、景品。美味しい?」 「ん。もちろん、うまい」 箱をうまく開けれないフラーダの代わりに、湯木はその蓋を開けてやる。箱の中に大量に納まっていたのは、……またしても団子だった。 「景品。団子百本」 「団子、嬉しい! フラーダ、団子いっぱい食べる!」 団子大食い大会の景品が団子。というのはどこかツッコミが必要な選択だが、大会中それほど食べられていなかったフラーダには嬉しいご褒美だったようだ。喜ぶフラーダの姿を、一派恨めしげに見つめる。 「いいなぁ、お団子。オレももっと食べたかった……」 「……壱、団子食べたい? 団子、一緒食べる?」 落ち込む壱の顔を覗きこみ、フラーダは首をコテン、と横に傾けた。 「え、いいの? じゃあ、……ちょっとだけ、くれるかな」 「きゅ、一緒食べる、楽しい! みんな、食べる!」 「おいらも、もうちょっと食べていいですかぁ?」 フラーダはニコニコしながらこくりと頷き、団子をその場にいた全員にふるまった。もちろん、自身も存分に団子の味を楽しみながら。 桜の花びらが風に舞う中、賑やかに大会は終わりを迎える。一人眠りこけるカンタレラもまたどこか穏やかな表情で、もぞもぞと心地よさげに寝がえりをうつ。 ちなみにこの後、コロッセオを無断で占拠したことにより主催者の湯木はリベルから盛大なお叱りを受けるのだが、それは少なくとも今の彼らにとってはあまり関係のない話だった。
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