オープニング

 窓から外を眺めると、駅前広場の賑やかな景色が浮かぶ。
 ほとんどのロストナンバーにとって、ロストレイルの旅は慣れたものだ。
 ロストレイル2号、ある乗客用車両の中で、世界図書館館長代理たるアリッサ・ベイフルックは水筒の紅茶を口に含み、小さくため息をついた。

 事の発端は小さなミスだった。
『画廊街で、新しい洋服が発売されるらしいの。21日だったかな?』
 彼女の発言は流行に敏感なロストナンバー達の間を駆け巡った。
 実際、画廊街では新しい服が発売される予定はあり、それを宣伝すること自体はまったく問題がない。
 だが。

「あら、宣伝してくれたの? ありがとう。でも、予定は22日よ?」
「……え!?」

 ふんわり微笑むリリイの笑顔を前に、アリッサの背筋に冷や汗が浮かんだ。
 このままでは自分が原因でロストナンバーに無駄足を踏ませてしまうかも知れない!
 そう考えたアリッサは街へ走り出す。
 
「ごめん、間違えました! ……アリオくんが」
「ごめんなさい、22日でした。間違えました! ……ブランが」
「ごめんね、明日からなんだって。間違えちゃった。……マクケインが」
「Sorry. it was mistake by ...kurohana.」
「すみません、間違えました! ……宇治喜撰が」
 リベルさんが、エミリエが、シドが……。
 謝って回った結果として、ロストナンバーの皆さんの大半は笑って許してくれた。
 このまま無事に、新しい洋服も売り出せそうだ。

 そして、一連の騒動が終わった今、アリッサはディラックの空へ飛び立とうとしている。
 この列車は今からどんな世界に向かうのだろう。
 そういえばカンダータ軍との交戦において行方不明となったロストナンバー達の捜索も矢継ぎ早に進んでいるようだ。
 もしかしたら、このロストレイルもそんな新世界へと旅する一台なのかも知れない。
 見慣れた広場を珍しく車両内から眺め、発車ベルを耳にしつつ、アリッサは新しい世界への夢を膨らませた。

 ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★

 ぴんぽんぱんぽーん。
 プラットホームに暢気なアナウンス音が鳴った。
 音が鳴り終わる前に、野太いシドの声がプラットホームに響き渡る。
『おい、ロストレイル2号に乗車しているロストナンバーのやつら!』
 かしゃんかしゃんと金属が擦れる音がして、車輪がぐるぐる回転を始める。
 慣性力の縛鎖を振り切って、ロストレイル2号は今、まさに動き始めた。

「こちら世界司書シド。現在、おまえらの搭乗しているロストレイル2号。車両内のどこかに、世界図書館自習室からの脱走者が潜伏中だ。目標であるターゲットAの目的は、どこかの世界群への一時的逃亡と推定される。おまえら、動けるヤツは任務に支障のないレベルで速やかにターゲットを捕獲! および車掌への引渡しを行ってくれ。発見不可能、あるいは確保不可能な場合、世界へ到達する前にロストレイル2号車両を引き返させろ!」
 げほげほっ! と咳き込む音がした。
 どうやら一気に喋って肺の中にある空気を使い切ったらしい。
 がたがたと音がして、今度はリベルの声がスピーカーから流れる。
「補足します。非常に残念かつ無念ではありますが、ターゲットAは世界図書館の重要人物です。それにも関わらず御身の重要さを理解していない節があります。ターゲットの搭乗する車両の捜索段階から、フェイク、ミスリード、トラップによる抵抗が予測されますが、目標から殺傷能力のある攻撃がない限りは毒物、広範囲攻撃、トラベルギアの使用、およびターゲットの殺傷や備品破損の恐れのある攻撃を控えてくださ……」

 聞き取ることができたのはここまで。
 いつも通りの期待と不安を車内に抱き、ロストレイルはディラックの空へと走り出した。

品目シナリオ 管理番号609
クリエイター近江(wrbx5113)
クリエイターコメント【【【! ネタです !】】】
せっかくなのでネタにします。ごめんなさい、運営様。
ケンカを売っているわけではありません。
ふられたネタをスルーすることができなかっただけです。

ロストレイル2号の車両にいるアリッサを捕獲します。
が、奇抜な抵抗が予測されます。それが今回のプレイングのキモです。
舞台はロストレイル車両内。アリッサは目立たないようにおとなしくしているようです。
「こんなのあるかな?」と思ったら、車内販売のワゴンにある物品レベルなら大抵あると思っていただいて構いません。
(西洋甲冑が飾ってあるはずだ!レベルだと、すみません。描写できません)
・こういう風に捕まえに行き、アリッサのこんな罠でこんなメにあいます。
・こういう能力を使った結果、こんなドタバタな事に!
みたいなプレイングを想定していますが、キャラクター様の視点だけで見ると「依頼をうけてロストレイルに乗り込んだら、こんな放送がありました」しか情報がありませんので、もちろんご自由に行動してください。
なお、リベルの言った通り、殺傷能力のある攻撃等を行おうとした場合は、他のプレイヤーさんに止められるでしょう。

【注意】
・ネタです。美男美女美獣美魚美機美虫美幽霊美セクタンの描写には向きません。
・ネタです。クールな人やカッコいい人は酷い目にあうかも知れないのでオススメできません。
・ネタです。近江は「こんなメにあいます」と言うプレイングにおいて、別のキャラクターさんを巻き込む気満々です。Aさんの考えた罠をBさんに適用するかも知れません。人によってはおいしいかも知れませんが、そういうのは嫌いな方には向きません。
・ネタです。アリッサが出てきたからといっても、所詮、WRは近江です。重要な伏線か? みたいな深読みしないほうがお互い幸せになれます。

参加者
ノリン総督(chus4162)ツーリスト その他 7歳 ノリの妖精
ロック・メルト(cnvb9307)ツーリスト その他 20歳 リビングメイル
ワーブ・シートン(chan1809)ツーリスト 男 18歳 守護者
ヴィルヘルム・シュティレ(cppn6970)ツーリスト 男 60歳 吸血鬼

ノベル

―― Game Start Turn 0 ――
 ごうんごうんと車輪が回る。
 虚無の空間に線路を生じ、ロストレイルは虚空を駆け巡る。
 代わり映えのしない退屈なディラックの空。
 ただでさえ賑やかなことが多いロストレイルの内部はいつも以上の喧騒に包まれていた。
「ターゲットAって誰だ」
「殺し屋らしいぞ」
「いや、カンダータ軍の脱走だって聞いたぞ」
「俺が聞いたところでは、子どもらしいぞ」
 ざわざわざわ。


―― Turn 1 Side:W ――
 最初に立ち上がったのは一頭の熊だった。
「も、もしかして、この列車に不法侵入? おいら、捕まえてくる」
 のそり、と椅子から立ち上がり、通路をのしのしと歩き始めた。
 口調はおとなしいが、3mはあろうかという巨大なグリズリーである。
 彼を見たことがあるロストナンバーでさえ、その姿が横を通る時は緊張する。
 どす、どす。
 彼の歩調はけっして険しいものではない。
 だが、体躯が生み出す圧倒的重量の前に車体が軋むこと、そしてその音から生じる存在感は否応なしに彼本体の威容をアピールした。
 細い通路を無理矢理通り、狭い連結部においてはその巨躯を器用に捻り、小さな扉を大きな手で上手に開いて、連結車両である食堂車へと歩を進める。
 発車したばかりということもあり、まだ食堂車に乗客はいない。
 一人、気の早い老人が赤いテーブルクロスの上で紅茶をすすっているばかりである。
 その老人はワーブを見かけ、片眉をあげた。
「……熊、か?」
「うん、おいらはワーブ。ワーブ・シートンだよ。よろしくだよ」
「熊が喋った!?」
 驚いた、という表情で老人は呟いた。
 一瞬の後、彼がロストナンバーであることを理解したが、やはり獣が喋っているのはあまり馴染まない。
「人狼が喋るのを見た事はあるが……。で、その熊がここで何をしている?」
「ターゲットA、っていう密航者の捜索ですよ。不法侵入者はめってしないと」
 ワーブの言葉を受け、老人が立ち上がる。
 老いたりとはいえ、かなりの長身。
 背中もぴんと伸び、深く刻まれた皺に包まれているとは言え、表情に年齢は感じられない。。
「私はヴィルヘルム・シュティレだ。なるほど、少し退屈していたところだ、協力しよう」
 ばさり、と翻したマントは漆黒を孕んで広がる。
 同時、老人の姿は消えていた。
 ワーブの視界を覆った黒いマントから、何十匹もの蝙蝠が飛び立ち、車両へ、次の車両へ、また次の車両へ、とロストレイル中へ飛び散った。
 ぽかーんと見つめるのは残った熊が一匹。
「……おいらのこと、熊だ、熊だって言ってたけど、おじいさんは蝙蝠ですよう」
 ぶつぶつと呟いた彼の眼前で、一匹の蝙蝠がぱたぱたと飛び回った。
 キィキィと鳴いて前へと誘う。
「ついてこいって……ことかな?」
 のそり、のそり。
 ワーブは再び前進を始めた。

―― Turn 2 Side:A with...? ――
 ロストレイルの車内。
 アリッサの目の前に西洋甲冑が立っていた。
 こんこん、と甲冑を叩き中身が空っぽであることを確かめると、彼女はぱちくりと目を見開いた。
 彼女の記憶にある限り、ロストレイルに西洋甲冑が飾ってあることはない。
 居ないはずなのに、その鎧は何故かいた。
 鉄製のフルプレートアーマー、あまりの重量ゆえに着込んでしまうと自分ひとりでは馬上に乗ることも困難だが、強硬な守備力は立ち会うものの攻撃力のほとんどを無効化する。
 そんな甲冑は今、こんこんとアリッサに叩かれたりぺたぺた触られたりするままに、でーんと立っていた。
「……鎧、よね?」
 彼女がぺしぺしと腰のあたりを叩いた直後、がしゃ、と金属音がした。
 あれ? と見上げたアリッサと、黒いアイガード、バイザーの角度がかちあう。
 本来であれば装着者とまともに視線があっているはずだが、その先にはやはり何も無い。
「……気のせい?」
 がしゃがしゃ。
 今度は兜が左右にふられる。
「あ。もしかして、ロストナンバーさん?」
 がしゃ。
 西洋甲冑は大きく頷いた。
「……そうか、さっきの放送の……。あ、ねえねえ」
 アリッサはにやりと微笑んだ。


―― Turn 2 Side:V ――
「最初から勝負は見えている、そんな時もたまにはある」
 ヴィルヘルムはそう呟いた。
 黒いマントに身を包み、威厳と年齢を感じさせるその容姿から、重低音の声がそんな事を言うと非常に重々しく感じる。
 彼の目の前には、見慣れた、そう、何故かいつも見慣れた格好の車掌がいる。
 表情が読めないほど帽子を深くかぶった車掌は明るくこう言った。
「チケットを拝見アルー」
 それに対して、ヴィルヘルムが呟いたのが、その言葉だった。
 彼はそういってから黙っている。
 二十秒ほど、そのまま沈黙が訪れた。
「拝見アルー」
 もう一度、同じ言葉を繰り返した車掌に、表情を崩さないままにヴィルヘルムはチケットを渡した。
 それを手にすると「かかったアルな!」と叫んだ車掌は、思い切り駆け出す。
 小柄な体は、狭い通路を駆け抜けることが障害にならず、いつのまにか空中に浮いた車掌は見る間に隣の車両へと移っていく。
「つまり」
 走り去る車掌を眺め、ヴィルヘルムは再び呟いた。
「私たちが捕獲しようとしている相手には、それを守ろうとする勢力がある。そして……」
 ヴィルヘルムが振り向くと、通路をやってくるのは先ほどの熊。
 様子からすると、どうやら「捜索」側のメンバーであるようだ。
 のしのしと歩く姿は非常に頼もしい。だが。
「こちらは吸血鬼に熊。どうみても悪役だ。そして、さっきのは妖精の類か? 立場上はかなり不利と言える。だが、乗客はすべて身内、しかも先ほどの放送もあることだ。話せば事情は分かってもらえよう。……とは言え」
 ヴィルヘルムは顔をあげ、車両の中を見渡す。
 こちらを眺めている連中の顔、目、視線。
「最初から勝負は見えている、そんな時もたまにはある」
 ヴィルヘルムは先ほどと同じ言葉をもう一度、繰り返した。
 そして彼はため息をつく。
「この場合、こちらが負けることが確定しているという意味だ」
 話すだけで大変だろう、と続けた。


―― Turn 3 Side:N ――
「ふふふ、色取りどりの車掌に口に出せないほど酷い目にあわされるかもしれないアルな…!」
 額の汗をぬぐい、ヴィルヘルムから奪ったチケットを眺める。
「トラベル中のロストナンバーから、チケットを奪うという大罪! これは、ボクの身が非常に危うくなる諸刃の刃アル! たとえ、チケットがニセモノでも!」
 ぐぐっとチケットを握り締め、汗でぬめった額をもう一度ぬぐう。
 そして「あれ?」と、首をかしげた後に、自分の言葉をもう一度言い直した。
 車掌。――もとい、偽車掌、妖精であるノリン総督は「ああ」と納得する。
 納得した二秒の後、彼は思い切りチケットを睨み、叫んだ。
「……なんでニセモノアルかー!?」

 叫んだ後、ふと気配を気づいて振り返る。
 そこにノリン総督とまったく同じ服装の人物。
 まぁ、つまり、本物の車掌がいた。
 車掌はぺこり、と頭を下げる。
 どう反応すべきか迷った挙句、空気と言うか、まぁノリで、偽車掌ノリン総督も同じように頭を下げる。
 そして彼らはすれ違った。
 じりじりと車掌の背中を見つめるも、本物の車掌がこちらを振り返ったのは次の車両へ行く直前、乗客に対して一礼する時だけだった。
「車掌、……よ、よくわからないけど恐ろしい子アル」
 彼の背筋にぞぞぞっと旋律が走った。
 しばらく、かなりの時間、車掌が戻ってこないようドアを凝視しつづける。
 念のため、心の中で「ふっ、ボクの心を読んでいる事はお見通しアル!」と呟いてから、何も反応がないことを確認し、ついでに「そこに隠れていることはお見通しアル!」と、今度は声に出してみる。
 もちろん。
 何もリアクションはなかった。
 ここまで来て、ようやく一息をつく。
「な、なんかノリでどうにかなったアルなっ!? ではこの後は、……捕獲作戦開始アル!」
 ぐっと拳を握り締める。
 ふと首をかしげた。
「……あれ? 誰を捕まえればいいアルか? ……と言うか、いつのまに捕獲作戦がメインになったアルか? ボクは新世界「朱昏」の探索に行くはずだったアルが……」
 うーん、と数秒、首をひねる。
「まぁいいアル。これも『ノリ』アルよ」
 車掌の格好をしたまま、この妖精は大いに納得したようだ。


―― Turn 4 Side:A with... ――
 がしゃ、がしゃ、がしゃ。
 西洋甲冑は車内を闊歩する。
 彼の周囲にも、何人か「A」を探索しているロストナンバーがいた。
 見なかったか? どこで見た?
 と言う問いに対し、車両の最後尾方向を指差して返答する。
 このフルプレートアーマー、名をロック・メルトといい、れっきとしたロストナンバーの一員である。
 彼の兜、目を保護するバイザーから中を覗いた場合、大抵はがらんどうが見えるはずだった。
 が、今に限っては「中の人」と目があう事になる。
 がしゃ、がしゃ、がしゃ。
 金属を打ち付けあい、こすれあい、彼は通路をひたすらに歩く。
 急がない。
 慌てない。
 騒がない。
 目立たないように、歩く。
 この心がけはロックのものではなく、いわばロックの内なる声である。
 言ってしまえば装着者の声だった。
 車両の端で扉をあける。
 ごうんごうんと言う車輪の音を遮るものがなくなり、車両に大きな音が響いた。
 金属の足場を踏み、次の車両の扉を開こうとすると、レバーのところに小さな文字が書いてある。
 いわく『右を見ろ』
 少し考えて、右を見る。
 今度は連結部を覆う丈夫な布に『上を見ろ』
 あまり考えずに上を見る。
 天井には『バカが見るアル』

 こういう場合にどんな反応を示せばよいかわからないまま、左を見る。
『こっちは右じゃなくて左アル!』
 わりと念の入った落書きのようだった。
 ここまで来ると、と僅かに期待して足元を見る。
『どっちと間違えたアルか?』
 ロックはそのままの体勢でしばらく考える。
 熟考の末に出した結論として、何も見なかったことにして次の車両へと踏み込んだ。

 狭い連結部を抜けると、そこは食堂車。
 食事をすべきテーブルのクロスは今、全て剥がれており、一目で車内には誰もいないと分かる。
 大掃除中のような寒々しい光景の中、ほのかに香る紅茶の香りと共に一頭の巨大な熊が、器用に椅子に座っていた。
 大きな椅子なので体重を支えることが可能なのだろう。
 その熊は小さなカップに入った紅茶を飲んでいた。
「あ、こんにちはですよ」
「はい、こんにちは」
「一匹でさびしかったんですよう。良かったらお茶、飲みませんか?」
「うん、飲むよ!」
 熊が西洋甲冑にティータイムを勧める図というのは、わりとシュールなものだった。
 小さなポットから、白い陶磁器のカップに琥珀色の液体がそそがれ、スコーンと一緒に差し出される。
「あのね、ターゲットAなら、この時間になるとお茶とスコーンで誘き寄せられるはずだって、さっき会った黒い格好のおじいさんが言うんですよう」
 本当かなぁ? と微笑みつつ、ワーブもカップを取る。
 獣人ではない。
 まさに熊である。
 大きな手のひらで挟み込むようにカップを抱え込み、そーっと口に近づけて飲んでいる。
「熱ッ!? ……熱いものは苦手ですよう。でも、お茶を飲んでいればいつか現れるから、捕まろって言われてますよう? だから一緒に飲んでください」
 大きな体をもてあましつつ、ちゃぷちゃぷと紅茶を飲む。
 生きた西洋甲冑、いわゆるリビングメイルであるところのロックはというと、もちろん、紅茶を飲めば体内の空洞から落ちて、靴部あたりのつなぎ目から漏れ出すに違いない。
 ――普段なら、だ。
 ワーブが、熱ッ、と飲み物をこぼして布で拭いている間に、少しづつロックの前のお茶が減っていく。
 また一口、さらにまた一口分。
 いつのまにか二個のスコーンと一杯の紅茶は空になっていた。
「ごちそうさま、おいしかった! またお茶に誘ってね!」
「はいですよ。おいら、ワーブって言います。また、声をかけてくださいよう」
「うん。またね!」
 がしゃりと甲冑は立ち上がる。
 ワーブに一礼して、西洋甲冑は次の車両へと移っていった。

 それにしても、とワーブは呟く。
「見た目から考えられないくらい、かわいい女の子の声でしたよう。イメージが、なんかアリッサに似てい……、……A。……”A”、ってアリッサ?」
 よたよたと椅子から立ち上がり、彼は西洋甲冑の立ち去った車両への扉を開く。
 開いた直後、扉に抑えられていた販売カーゴがワーブの側へと迫ってきた。
 左右を見渡したが、座席の空白へと機敏に逃げるには彼の体は大きすぎた。
 商品のない販売カーゴは、四足の彼の顎から胴体へとちょうど滑り込み、そのまま彼を持ち上げる。
「な、なん、なんなんですよう!?」
 がらがらがらがら、と車両の端までカーゴの車輪で運搬され、そして彼とカーゴは列車後部へと衝突した。
「ひ、酷い目にあったよう」
 スピードが乗っているわけでもなく、お尻が車両後部の壁にあたっただけではあったが、どちらかと言うと彼は販売カーゴから降りることの方に手間取ったようだ。
 後ろの車両にいたロストナンバー達に向け、大きく吼える。
「みんな、Aはここにいるよう! Aってアリッサのことだよう!」

―― Turn 5 Side:V ――
 白髪をかきあげ、黒いマントごと椅子に座り、ヴィルヘルムは黙考していた。
 正面にいるのは妖精、ノリン総督である。
 車掌の格好であり、どう見てもさっき偽チケットを奪って逃亡したものだった。
 偽のチケットを返しに来て、ついでにAの捕獲に協力したいと申し出てきたのだ。
 もちろん、どう扱って良いかヴィルヘルムでなくとも考えあぐねる。
「で、ノリン」
「総督、と呼ぶアル」
「失礼、ノリン総督」
「よろしい、アル」
 彼は総督と呼ばれて嬉しいらしく、空中をぴょんぴょんと飛び回った。
 和やかな光景にヴィルヘルムはやや口元を緩めると、聞き込みの結果を広げる。
「先ほど、ロストナンバーに聞き込みをしたところ、ターゲットAがアリッサだと分かった。ワーブ君に紅茶を使った罠を提案しておいたのでいつか現れると思う」
 ヴィルヘルムは表情を変えない。
 だが、あまり深刻ではないにしてもどうしたものか、と考えているようだった。
 アリッサの仕掛ける罠はあくまでイタズラだ。
 たとえ、連結車両の扉を開けた時に販売用のカーゴがすべってくるような事があったとして、あまり殺傷能力のある、いわゆる「攻撃」に近いトラップはないと見てもよい。
 だからこそ。
「だからこそ、気をつけねばならん。例えば、考えうる内容としては……」
 ヴィルヘルムは指折り数えるように想像をめぐらせる。

 例えば――、頭上から金ダライが降ってきたり、
「痛かったアル。地面に赤いテープが貼ってあるから何かと思って立ち止まったら、降ってきたアルよ。どうせ降ってくると知っていれば、ボケとけばよかったアル」

 例えば――、足元にバナナの皮が落ちていたり
「まさか自分で仕掛けた罠を自分で踏むとは思わなかったアル。黄色い皮を見たら、なんかこう、滑って転ばないといけない使命感と言うか、ノリにかられたアル」

 例えば――、通路の中央でみかん箱に隠れていたり、
「ええっ、あのみかん箱。そうだったアルか!?」

 例えば――、元軍人のシェフに逆襲をされたり、
「なんか、ちゃんこ鍋を運んだでっかい人間に、熱い出汁をかけられたアル。……相撲取りを軍人と言うかどうかは、意見が分かれるところアルな」

 例えば――、部屋に入ったら着替えの最中であったり、
「なんでそういうオイシい罠だけ、身に覚えがないアルかっ!?」

 とにかく。
 と、ヴィルヘルムは何度目かの思考遊戯に入る。
「様々な障害が考えられるが、捕まえる事は出来よう。最悪、車両を引き返せさせればよい話だ」
 そして、それならば特に困難な問題ではない。
 今からでも引き返せば、とりあえずの目的は達成できる。
「焦点はアリッサ嬢を捕まえられるか否かではない。生じた被害の後始末をせねばならぬ事が決定している事だ。釈明は恐らく無駄。……ならば、被害が出ぬ程度に本気で遊ばせていただく」
 彼の脳裏に浮かんだのは元の世界。
 かわいい娘がイタズラ盛りの頃を思い出し、つい険しい顔の中に微笑みが浮かぶ。
 そういえば最後に娘と追いかけっこをしたのはいつの事だろうか。
 娘は成長しており、自分は隠居して久しい。
 世間一般の話では、そろそろ体が思うように動かなくなってもおかしくはないらしいが、幸いにも衰えというほどの衰えは何もない。
 正直なところ、退屈していたのも事実である。
「加えて」
 着替えの部屋はどこアルかー!? とあちこちにドアを開け回るノリン総督を見ながら、ヴィルヘルムは呟いた。
「公務中の脱走、これは漢のロマンである」


―― Turn 6 Side:A with... ――
 がしゃ、とロックが立ちどまる。
 車両の端、次の車両へ踏み込もうとしたがドアがない。
 いつのまにやら先頭の車両まで移動してきたらしい。
 この車両は普通の客室であり、居眠りしているロストナンバーや弁当を食べているもの、あるいは談笑に興じているものもいるようだ。
 暢気な電子音のあと、車内にアナウンスが入る。
『まもなく、目的地『朱昏』へと到着いたします。お客様におかれましては手荷物、チケット等、お忘れもののないようお気をつけください。また、大変、傘の忘れ物が多くなっております、お手回り品等、もう一度、お確かめくださいませ』

 がしゃ。
 ロックが振り返ると、すべての車両がざわざわと活気付いていた。
 現在、ロストレイル2号に乗車している者の目的地は、新世界、朱昏(アケクラ)
 どのような世界か、そしてどんな危険が待ち構えているのか。
 新しいもの好きのロストナンバーに取ってはたまらない冒険でもある。

 だが。
 その一方で、この鬼ごっこの期限も間もなくと迫っている。
 万一、引き返す事になれば新世界の冒険に割く人員の確保が困難になるだろう。
 巨猫の司書が導くその世界の危険度はまだ未知数である。
【セカンドディアスポラ】によって、朱昏に飛ばされた者の安否も気遣われるため、せめてそのチームだけは送り出すことになる。
 そこに、ターゲットAが混じっていないと、あるいはその隙にターゲットAが脱走することはないと、誰も断言はできない。
 ならば、やはり今のうちに捕獲してしまうしかないのだ。

 車内のアナウンスは続く。
『また、先ほど、ご乗客様より申し出がありました。出発の際に世界司書よりありましたアナウンスの「ターゲットA」は、アリッサ・ベイフルック嬢のようです。皆様、周囲に世界図書館館長代理、アリッサ・ベイフルック嬢がおられないか、お確かめくださいませ』
 
「ど、ど、ど、どうしよう。なんか騒ぎが大きくなっちゃった」
 リビングメイルの中でアリッサは挙動不審(キョド)る。
 西洋甲冑は応えない。
 いや、どうにか応えようとするのだが、彼に声帯はなかった。
 ついでに中へ入れてしまえば、身振り手振りも通じにくい。
 結局、ロックは自分で自分のあたまを撫でる、という方法でアリッサを慰めることにした。

―― Turn 7 : Battle Turn  ――
 わさわさわさわさ。
 ロストレイルの車両内に、無数の黒い悪魔が浮いていた。
 正確には蝙蝠である。
 翼に頼って浮遊する生物である以上、空中で停止することはできず、ひたすらに羽ばたきを繰り返すこととなる。
 超音波ならぬ通常の鳴き声もキーキーと響き、照明すらその小さな体の群れが覆い隠す。
 結果として、ロストレイル2号、先頭車両はまるで悪魔の集団に則られたような惨劇の舞台と化していた。

 一匹。また一匹。
 蝙蝠は集まり、人の形を為す。
 もぞもぞとした蝙蝠の塊は、白髪の老翁へと変わる。
 そこに、長身の老吸血鬼の体が宙に浮いていた。
 先ほどの蝙蝠と違い、こちらは空中浮遊である。
 音もなく、がしゃりと西洋甲冑の前に着地する。
 キィ! 最後の蝙蝠も大きく鳴いて老紳士と同化した。
「この車両は結界で封じた。お嬢さん、いや、アリッサ。さぁ、おとなしくするがいい」
 着地したヴィルヘルム。
 ワンテンポ遅れて、漆黒のマントが背に落ちる音がした。

 いやー、と場違いに暢気な声がした。
「完っ璧に悪役の演出と行動とセリフですよう」
 車両の隅っこでワーブが呟く。

 そうでなくても状況はそろっていた。
 結界の張られた車内。
 老いた吸血鬼。
 巨体のグリズリー。
 そして、リビングメイル。
 見方を変えれば、というよりは、一見しただけで分かる。
 魔界の軍勢に追い詰められた少女が、ついにリビングメイルに取り込まれた、と。

「大人気無い気もするが、瑣末事だ」
「どっちかって言うと、あんたが楽しんでるように見えますよう」
「娘が幼かった頃は、ここまでやると泣かれた。そうすると家内が怖かったのでな」
「あたりまえだと思いますよう」
 ワーブの切り替えしに、いかつい顔で言い放った後、老紳士はふふんと笑ってみせた。

 がしゃがしゃ、とロックが動く。もとい、中のアリッサが動く。
 逃げ場はない。
「……ど、どうしよう」
 そして彼女の前に、光の球が現れた。
 球は照明のかげった車内を明るく照らし、大きく膨れると車掌の姿になる。
 車掌は膝をついた姿勢からおもむろに立ち上がると、ロックの方へと振り向いた。
「ふふふ……。お困りアルか、お嬢さん」
 偽車掌、ノリン総督だった。

「おかしいな。結界が破られた気配はない。どうやって結界に入ったのだ?」
「……どうやってって……。まぁ、なんとなく、ノリで来たアル!」
「深くは聞かないでおこう。なんか自分に自信がなくなりそうだからな」
 西洋甲冑の前に立ち、ノリン総督は思い切り胸を張る。
 がしゃ、がしゃ。
 これはおろおろしているロックの音。

 よいしょっとワーブが立ち上がった。
 立ち上がったところ、目の前に巨大な籠があった。
 直径一メートルはあろうかと言う、竹でできたカゴである。
 カゴは伏せて置かれているが、つっかい棒が噛んでおり下が開いていた。
 そして、籠の下には皿。皿の上には見事な魚。
 もちろん、棒には紐がついている。
 紐の先を持つのはノリン総督。
「ふふふ。この恐るべき罠に手も足も出ないアルな!?」
 彼は高笑いと共に勝ち誇った。

「あぁ~こんなところにおいしそうな鮭」
 その罠に手をのばしたのはワーブ。
 今アル! とノリン総督が紐を引くと籠が地面に落ちる。
 そして、大きさの都合上、ワーブの頭から一メートルくらいのところ。
 つまり、背中に当たった。
 特に動きも制限されない。
 3mの熊が相手にするには1m程度の竹かごの直径は小さすぎ、重量は軽すぎたようだ。
 なんだろうと思いつつ、ワーブは体を引き抜く。
 手の中を獲物を見てあれ? と呟いた。
「あ、この鮭。ニセモノだよ、酷いなぁ」
 陶器でできた土産物の鮭を座席にそっと戻すと、ワーブはロックへと向き直った。

「うおお、死んだフリしてたらいつのまにか捕まってたアル。出してほしいアルー」
 もちろん、籠の中から聞こえた言葉は気にしないことにする。


―― Turn 8 : Turn Over, Winner : Lost numbers  ――
 ロストレイル2号、車掌室前。
 アリッサとロックが車掌の前で正座していた。
 通常、フルプレートアーマーは正座をする機構になっていない。
 にも関わらず、器用に関節部位を駆使してロックは床に正座していた。
 隣にいるアリッサも正座していた。
 と言うより、彼女が中心である。
「うう、足が痛いよう」
 正座の文化はあまり広がっていない。アリッサの場合は慣れていない。
 一種の拷問かと思ったが、そういえばこないだイタズラした時、アリオが車掌に「オレはイタズラした後は、よく正座させられた」と言っていた。
 アリオの国では子どもの頃からこんな拷問で躾をされていたのか、とアリッサは背筋に冷や汗を浮かべたものだ。まさか自分に使われる事になろうとは。
「なんでボクも正座させられているアルかー?」
 ノリン総督は空中で正座。わりと器用なものである。

 結局、ロストレイル2号は無事に朱昏へ到着した。
 あの後、ワーブとヴィルヘルムはかなり強引な手段でロックごと捕獲に成功した。
 かなり力づくに近いものがあったらしいが、それについては現時点では報告書が黒塗りされ、抹消されている。
 あまり詳しく書くとリベルの怒りが沸点に達したり、アリッサファンの逆恨み的なものを買うに違いないと当局が判断した結果である。

 アリッサを車掌に引渡した功績(およびアリッサに加担した罪科)により、アリッサの保護に協力(あるいは逃走に加担)したロストナンバーはそのまま0世界へと帰るロストレイルに乗っていた。
「新世界の朱昏、行きたかったですよう」とはワーブの談。
『別たれた豊葦原』と称される朱昏への冒険は他のロストナンバーに任せることとした無念はあるものの、ヴィルヘルムは久しぶりに娘と遊んだ時代を思い出して、深い皺を楽しそうに緩めていた。
 ロックはアリッサと一緒にリベルまで引き渡されるらしい。
 車掌が筆談で問い詰めたところ、アリッサの説得に気圧されたとの事だったので釈放は遠くないはずだ。
 たぶん、倉庫や車両がぴかぴかに磨かれている程度で済むだろう。
 立ち去り際にヴィルヘルムはアリッサの前で膝を折り、正座する彼女と視線を合わせた。
 深く静かな声で、ゆっくりと諭す。
「君に何かあっては、館長殿。――エドマンド殿に申し訳が立たぬ。異世界に行くのならば、せめて誰か供に連れて行け」
 しゅんとしたアリッサの頭をぽんぽんと撫で、ヴィルヘルムは立ち上がった。

「最後くらいは締めておかねばな」
「おおー、格好いいですよう。悪役なのに」
 ワーブと共に、ヴィルヘルムは車掌室を後にした。
 新世界「朱昏」に飛ばされたロストナンバーはすぐに救出されるだろう。
 急いで彼らを迎えに行く支度をする必要がある。
 何より。
「リベル殿にしかられる前に、壊した分くらいは修理せねばな」
「今度はあまり格好良くないですよう」
 ワーブのつっこみに、ヴィルヘルムは思い切り高笑いをあげた。
 ノリン総督も相槌を打つ。
「そうアルなー」
 一緒に正座させられていたはずの彼が、なぜここにいるのか気にはなったが、きっとノリでどうにかしたんだろう。
 そのあたりはあまり気にしない方向で、彼らは掃除を開始した。

クリエイターコメント>ロック様
 喋らないという事なので、なるべく行動的に書かせていただきました。
 西洋甲冑、いいですよね!
 動かない甲冑はただの甲冑です。ええ。
 中に他人を入れて動けるって点は、自らを防具にして活躍するシーンが書けそうです。
 今度は戦闘シナリオで書かせていただけると嬉しいです。

>ワーブ様
 ワーブ様にして初めて、動物系シリーズにして四度目です。
 いつも和ませていただいております。
 酷い目にあいまくりなプレイングでしたが、こんな風になりました。
 でっかい熊。ロストレイルに熊。
 おとなしく座席に座っているところを想像すると可愛いですね!

>ノリン総督閣下
 まぁ、ノリです。
 いい言葉です。すばらしい。
 どう扱ってもいいというお墨付きをいただきまして、本当に好き勝手やらせていただきました。
 格好いいシーンでいきるロストナンバー様ばかりではなく、
 ネタの世界でこそいきる方もいらっしゃいますよね!

>ヴィルヘルム様
 確定前のプレイングではありますが台詞を使わせていただきました。
 かっこよくてお茶目なお爺ちゃん、大好きです。
 最後のキメの台詞は一人勝ちでした。
 また書かせてください、なんかこう、陰気な伝記モノ系の話とかで!
公開日時2010-06-07(月) 17:20

 

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