「救出作戦は成功。儀式も終了しました。みなさん、すみやかに撤退してください」 世界図書館からの通達がノートに着信する。 儀式場での戦いによる刺激の結果か、流転機関探索チームの行動によるものか、チャイ=ブレの体内組織は活性化をはじめている。あちこちで消化液や抗体の群れを分泌しはじめているのだ。 ルイス・エルトダウンは村崎神無の斬撃を浴び、重傷を負っている。 このまま、チャイ=ブレに吸収され死亡することは確実と思われた。 ††† 「私が、彼を殺すの……?」 ニコル・メイブに抱きかかえられ、その腕の中で、村崎神無は血に染まった己の手を見つめる。 「あり得ない、そんなこと、絶対に、絶対に……っ」 彼を誰にも殺させないように、彼に生きて罪を償わせるために、そのために手を取った自分が彼を手に掛けた。 あの時、あの一瞬、内側から自分を覆っていた悪意の残滓が、殺意の炎が、神無を狂わせたのだといまなら分かる。 どれだけやれば死に至るかを分かっていながら、気づいたときには、取り返しのつかない傷を負わせていた。 「行かなくちゃ……私は見届けなくちゃいけない!」 叫び、腕を振りほどき、神無は日本刀を手にかけ出す。 「カンナ!」 ニコルの声が飛ぶ。 けれど、彼女は《抗体》が蠢き、いつ押し寄せ来るかもしれない消化液のリスクすらも顧みず、奥へ奥へと突き進んでいく。 「カンナ、絶対にひとりで行かせない。絶対にもう、ひとりになんかさせないから」 抱き締めて力尽くで止めようとしたところで、それを神無は許してくれない。 ならいっそ。 いっそついて行く。 「この期に及んでカンナを危険な目に遭わせる男と、ソレを止められない私が許せない」 ††† だが。 ニコルは、ついて行くことができなかった。「…………嘘でしょ。また行っちゃったよあの娘」 また届かなかったよ、私。「なんで」 ぶん殴ってでも、止めれば良かったのだろうか。(そうだ、いつものカンナじゃなかった。気付いてたんだ) ――なのに私はまた、同じ失敗を。「くそっ!」 中途半端に判った気になっていた。そのくせ、自分も頭に血が昇っていた。 ついて行くだって? 落ち着け馬鹿野郎。 ランパオロンの時から、なんにも進歩してないじゃないか!「くそっ!」 最悪だ、最低だ私。こんな気分で帰れるか! だが、何ができるというのだろう。 ニコルが繋がっているのは、切実に繋がりたいと思うのは、あくまでも村崎神無だ。ルイス・エルトダウンと運命は繋がっていない。 それはわかっている。何もできないから放り出されたというのに。 何もできない。待つことしかできない。 待つことしか――、「……!」 そしてニコルは、結論に至る。(そっか。待てばいいんだ) ここで。この場所で。 やっと少し、頭が冷えてきた。血が巡ってきた。色々見えてきた。そんな自分が少し笑える。(カンナはそう簡単にくたばる娘じゃないわ。っつーかこの私の見えないところで死ぬのは許さん)「そういえば」 他にも何人か、面識のある顔が出て来てないような気がする。(ヒメ、ゼロ、ムジカ) 彼らもまた、つまらない死に方をする連中ではない。 焦るな。 彼女は、皆は、必ず戻る。 私は、座ってそれを待つ。 んで、カンナは後で絶対泣かす。泣かしてやる。 ――だから絶対……、帰って来てよ。 =========!注意!企画シナリオは、便宜上、参加枠数が「999」になっていますが、実際には特定の参加予定者のために運営されています。この企画シナリオは下記のキャラクターが参加予定です。他の方のご参加はご遠慮下さい。万一、参加予定でない方のご参加があった場合は、参加がキャンセル(チケットは返却されます)になる場合があります。<参加予定者>ニコル・メイブ(cpwz8944)=========
††《5人》を待ちながら なに勝手に自己完結してるんですか、なに勝手に終わらせようとしてるんですか。 +++++一一 一 本心はどこにあるのです? 真偽はどこなのです? ゼロは知りたいのです。 +++++シーアールシー ゼロ ……殺人者によって殺人者を増やしていくつもりか……。 +++++由良 久秀 おれはこの街を変えたい。 +++++ムジカ・アンジェロ ……それでも、生き続けなければ、償えない……。 +++++村崎 神無 (友達ってなんだろ) ニコルは思う。 こんなところで唐突にそんなことを考えるなんて、何だか不思議な気持ちだ。 そんな自分が、少し笑える。 ひとは深淵を覗き込むとき、深淵にも三倍返しで覗き込まれているとか、壱番世界のえらいひとが言ってたみたいだけれど。 摩天楼を席巻する竜巻。孤島を飲み込む渦潮。巨大な蟻地獄。そういったものにたとえられる、すりばち型にうねる二重螺旋の階段の真下に、今、ニコルはいる。 見上げれば、くらくらしそうな銀河状の渦巻。螺旋階段をぷよんぷよんと昇り降りしているデフォルトセクタンの群れ。 眠っているチャイ=ブレ。 深淵というならば、この場所以上の深淵もない。 チャイ=ブレの体内にいるひとびとは、《鉄仮面の囚人》ルイス・エルトダウンと相対せねばならない。 ここで、ひとりで思索に耽ることができるのは、ニコルの特権だ。 (友達かあ) 心を許し合い、理解し合い、信頼し合える存在。 深刻なことも他愛もないことも同等に話せて、相互に受け止められる存在。 何も言わなくても、お互いの考えていることが何となくわかる存在。 そんなもの、昔は、別にいなくても困らなかった。 そして実際、そんなものはいなかった。 (ヒメやゼロは友達……かな? よく判んないや。カンナとは……) カンナ。村崎神無。 まっすぐな、さらりとした黒髪。 黄金の瞳の下にぽつんとある、泣きぼくろ。 ほっそりした手首を繋ぐ、黒く、大きな手錠。 カンナとは友達だと思う。 カンナが同じように思ってくれているかどうかは、ともかくとして。 ……あれ? だったら、いつから友達なんだっけ? あの子はいつも、辛気臭い顔をして、手錠をはめてる。 ――あれ? あの子、なんで、手錠をしてるんだっけ? ……あれ? なんで、いつもいつも、あんな辛そうな顔、してるんだっけ? 聞いても答えてくれなかったんだっけ? そもそも、聞いたことあったっけ? 何も知らない。聞いてない。 あの子のこと、何も知らない。 手錠の理由も。 何故いつも、何かに耐えて、いろんなことを我慢してるように見えるのかも……、 何も、知らない。 あれ……? 友達って、もっとわかりあえるもんじゃなかったっけ? 冷たい針のような思考が、ニコルの胸を刺す。 「だって……」 ………わかんない。そんなことわかんない。 「わかんないよ、カンナの心……!」 わかんないよ! 声に出して、ニコルは叫ぶ。 その慟哭がカンナに届くはずもないけれど。 カンナの声もまた、ニコルには伝わってはこない。 「聞こえて……こないよ」 嗚咽が漏れる。涙があふれる。 誰もいない。ここには誰もいない。 深淵のなかで、ニコルはひとりぼっちだ。 ――友達って、こんなに辛いものなの? ††《彼》へ ニコルは胸を押さえる。 瞬間―― ある男の面影が、閃光のように横切った。 無意識に彼の名前が漏れる。 思わず、救いを求めたくなってしまった。 (助けて) (助けて) (助けて、ツァイ―……!) そばにいて。抱きしめて。大丈夫だよって言って。 私を、安心させて。 この深淵で、ひとりで待つのは辛い。 ――しかし。 彼のイメージは鮮明さを増したかと思うと、ふいと横を向いた。 そして、ニコルは我に返る。 (やばっ! 都合良く頼るとこだった!) 拳を、握りしめる。 ばしっ。ばしばしばし。 びしっ! ごつっ! ニコルは自身の頬を、いや……、 顔を、殴打した。 彼に鍛え抜かれた、その技術の限りをつくして。 激しい痛みが、顔中に炸裂した。 ――ばたり。 やがて彼女は倒れ伏す。 「いってえ……。流石は翠円派」 腫れ上がった頬をさすりながら、とりあえず、自分の技を褒めてみる。 少しだけ、気が晴れた。 ……うん。 やっぱり、なんでもかんでも無闇に殴るのは良くないな。 いくら情けなくなったとしても。いくら腹が立ったとしても。 誰かが誰かを殴るとしたら、それは―― 聞いてくれなくても、心を伝えなきゃいけない時だけだ。 (危なかった……) 背を向けた彼の面影に、ぎこちないウインクを送ってみる。 「ありがとツァイレン。愛してる」 ††ひとり焼肉inアーカイヴ ニコルはおもむろに、ウェディングドレスの袖を掴み、力を込める。 びり、と、布を裂く小気味良い音が、アーカイヴ遺跡に響いた。 布を細かく千切り、小山にして――火をつける。 小さな焚き火は、ちろちろと炎の舌を伸ばし始めた。 干し肉を取り出し、火にかざす。 肉の焼ける、香ばしい匂いが立ちのぼる。 食欲をそそる、《命》の残滓。 ニコルはちらり、と、巨体の《神》の様子を伺った。 チャイ=ブレは、まさか焼肉の匂いで目覚めたりはしないだろうけど。 そして、そんなところで焼肉をするな、とも言わないだろうけど。 「……大目に見てくれない?」 がぶり。 良い色に焼けた肉にかぶりつく。それはもう、いさぎよく。 「お腹すいてるの。この辛さ、わかるよね君なら」 がぶり、もぐもぐ。 「あ、でもカンナや皆を食べちゃったら許さないよ」 新しく取り出した肉を剣のように、チャイ=ブレにかざす。 そしてまた、焼き始める。 「それと、泣いてたのは内緒にしといて。彼にしか見せたことないんだから」 ――ほんと、可笑しいよね私。 二度も大事な人のことで、馬鹿みたいに大騒ぎして。 そう――聞こえないんじゃない。 聞かなかっただけじゃん。 (だけど、これからは違う) 声にならなくたって、きっと聞こえる筈なんだ。 耳を、澄ませてみる。 受け止められるはずだ。 カンナの、心の声が。 ††おかえりなさい (「友達が死ぬのは悲しい」か) うん……。 そうだね。 私もカンナに生きてて欲しい。 できれば、笑っていてほしい。 (でもどうせ、またシケた面してるわ、あの娘) †† †† そして。 チャイ=ブレの体内から帰還した《5人》を、ニコルは出迎える。 †† †† 「ゼロは、ルイスさんをアイリーンさんの隣に埋葬してあげたかったのです……」 「エドガーさんは……アイリーンさんの元へ行けたんでしょうか……」 「一さん……私が憎いでしょう? あなたの大事な人を奪ったんだもの……憎んで当然よね」 「憎めるわけないじゃないですか。私、泣いてる女子に弱いんです」 血と涙にまみれて、それでも少女たちは歩き出す。 「由良……無理を言って付き合わせた。ごめん」 「……」 一切の含みもなく、ムジカは由良に謝っている。 『エドガー』はもう、どこにもいない。 彼らにとって、《鉄仮面の囚人》は、ルイス・エルトダウンなどではない。 あくまでも、彼らが与えた仮名『エドガー』のままなのだ。 それが、彼らとルイスを結んだ運命なのだろう。 だが、ニコルはもう、ルイスと運命がつながっていなかったことを、カンナや彼らとともに行けなかったことを悔しいとは思わない。 「おかえりなさい」 ゼロに、一に、ムジカに、由良に。 ニコルは、にっこりと呼びかける。 カンナのことは、わざと無視して。 「……あの」 何か言いたげなカンナのそばをすり抜け、ニコルは一に聞く。 「ちょっと友達が一人で勝手にどっか行っちゃってさ。しょうがないからここで待ってたんだけど」 ――それらしい人、見かけなかった? くす、と、笑いなから。 ――Fin.
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