●0世界:赤の城 ロストナンバー、リーリス・キャロン。 数々の依頼を積極的にこなすも、言動・行動に多々の疑念あり。 直接の発端は先日のインヤンガイにおいて、ロストナンバーに対して臼木桂花の明確な殺意と行動したこと。 エアメールによる喚問は拒否、現地に潜伏を続けている。 現地の探偵および霊能者により、潜伏地と思われる街区および周辺街区の地脈・霊脈が衰弱。 霊的な無菌区域ともいえるスポットの出現により、周辺の暴霊が流れ込み間もなく消滅していった。 異常事態ともいえる霊的バランスの崩壊により、今後、天変地異や霊的災害が予測される。「――以上、レポートの概要です。ロストナンバー、リーリス・キャロンの確保はまだ?」 同じ質問を何度繰り返しただろう。何度目かの「まだ」の報告に、カリスは苛立ちを隠せない。 玉座の横、卓についているのはアリッサとレディ・カリス。 アリッサの後ろに執事のウィリアム=マクケイン。 この事態に、アリッサの決断は『リーリス・キャロンの召還と事情聴取』および『応じない場合は捕獲任務の発動』である。「甘い」 カリスの意見はこの一言に集約される。 ロストナンバーの叛逆に甘い顔をしているわけにはいかない。 まして、殺害まで加わった。現地への影響も甚だしく、今後も悪化する可能性が高い。「まだ話を聞いていないわ」 アリッサの意見もこの一言に集約される。 確かにリーリスの凶行は見過ごせるものではないが、有無を言わせずに殲滅してはいけない。 本人の意思ではなく、例えば暴霊の憑依などによる暴走の可能性もないではない。 この二人の会議がもたれるのは三度目である。 アリッサの二勝、再三の召還要請にリーリスは応じていない。 必然的にカリスの論調は今回が最後であるかのように高まっていく。「インヤンガイではリーリス・キャロンのいる街区の封鎖が進んでいます。今なら封鎖された街区を戦地にできる。戦力の展開も容易のはず。最大戦力をつぎ込んでこれ以上の被害を食い止めます」 かたや、アリッサの言葉は弱くなっていく。「じゃあ、伯母様。捕獲の依頼を出すわ」「そうね。今度しくじったらその後は任せてもらえる?」 はい、と言うしかない。 仮にリーリスが敵だとするならば、アリッサの甘さが時間を与えてしまったのだから。「それじゃ、私はこの依頼を担当する世界司書を決めてくるから」 カリスの返事を待たず、アリッサは席を立って部屋を出て行く。 ああは言ったがアリッサはリーリスへの捕獲を優先させるだろう。 まかりまちがってターミナルへ連行でもした日には、この0世界を舞台に大暴れされるかも知れない。 ナラゴニアとの戦争の爪痕はまだ癒えてはいない。無用なテロリストを抱え込むわけにはいかないのだ。(やはり、トレインウォーの準備をする必要がある) 己も席を立ち、カリスは声をあげる。「誰か、トレインウォーの準備を」「そうはいかない」「……珍しい。ここに来るのね」 医務室のクゥ。 赤の城に白衣は派手に目立つ。「貴方もリーリスの関係者、そうよね?」「うん」 医務室は、リーリス・キャロンの0世界での定住場所。 その主宰であるクゥも共犯の嫌疑が向けられていた。「それで、何をしにここへ?」「アリッサが捕獲指令を出す準備を開始した。状況から見て、君がトレインウォーの画策をする頃だ。いい報告と悪い報告がある。どちらから聞く?」「いい報告を」「リーリスの潜伏先が特定できた。世界司書の黒猫にゃんこの部屋でキサにエアメールが届いたんだ」 クゥはメモを広げる。 キサが受け取ったもののメモである。――人殺し――――お前は馬鹿な城の為に街区の人間を皆殺しにした――――人殺し――――お前のした事を見においで――――人殺しのキサ メモを一読し、レディ・カリスは頭を振った。「……悪い報告は?」「一時的に暴走したキサが黒猫にゃんこ司書の司書室を壊滅させた。今は落ち着いている」「そう。それで、貴方がここにいる理由は? 伝言役なんて柄じゃないでしょう」「レディ・カリス。君を止めに来た。リーリスの能力は塵化による機動力や破壊力よりも、魅了能力の方が恐ろしい」 赤い瞳で見つめられ、動きも、脳も意のままに操られる。 リーリス自身、その能力をフルで解き放っていればこそこれまでの言動や行動にもさしてお咎めはなかったのだ。 報告書の内容に不穏な色があったところで、同行者が好印象をいだいていればそれほど気にもされない。 彼女自身の魅了能力で強制的に好印象を抱かせても、結果は同じである。 それが今回は仲間を傷つける方向に向きかねない。「そうね、インヤンガイでこれ以上、リーリス・キャロンに与する人物や勢力を広げさせないために、一思いに叩く必要があるわ」「それについては否定しない。だけど、魅了能力者を相手に大人数を叩き込むバカがどこにいる。わざわざ犠牲者を自分から送り込むつもりか」「戦力の遂次投入は古今東西、最大の愚作よ」「うん、そうだろうね」「わかっているならそこをどきなさい」「断る。君を止めに来た、と言っただろう」 座する赤の女王、レディ・カリス。 扉の前に立つ、クゥ・レーヌ。「そう、リーリスに味方してこの場で叛逆でも宣言するつもり?」「大それたことを言うつもりはないよ。君が暴走しなければそれでいい。繰り返す、リーリスを相手に大人数を繰り出すな、無駄な犠牲を増やすだけだ」「保健屋風情が、赤の女王の進撃を食い止められると思うか」「止める。この部屋から出さない。万策を用意してきたんだ。 ――試してもいいよ。《Lady Chalice》様?」「思い上がるな、Coeur Reine」 真っ向から対峙する。 凜として張り詰めた空気が凍りつく。 燃え盛る炎のような赤の空間で、白い雪がひとかけら存在を主張する。 睨みあいでも、僅かな時間は稼げるはずだ。 少なくとも、アリッサが指示を出すまでは。●インヤンガイ:忘れられる予定の街区 廃墟と化したビル。 汚染された川。 他の街区を決定的に異なることは、この地区には生物の気配がない。 霊力の枯渇により、人間の生活に利用してきた霊力エネルギーの確保はおろか、生物が生物として魂を存続させるための霊力すら、地脈に通ってはいないのだ。「ふぅん、イズルみたいに霊力を電力に変換するってインヤンガイでは珍しい技術だったのね」 彼女の手にあるのは、ヤマト、ミズホ、ヤシマと呼ばれるシステムである。かつて彼女が関わった事件のイズルと同型機だ。 本来、イズルは地に満ちる霊力を吸い上げて発電し、電力エネルギーとして活用するためのシステムだった。 霊力世界において電力を生み出す必要性はないが、純粋な物理エネルギーを利用する価値もなくはない。 リーリス・キャロンがこの機に目をつけた理由は「地に満ちる霊力を汲み上げて」と言う一点に尽きる。 片手の手のひらに乗る程度の大きさの呪術具を手にし、霊力の流れを変えてやればインヤンガイの霊力は簡単にリーリスへと味方した。「……ふぅん、おもしろーい」 くすっと微笑んだリーリスの体は発光し、その光の塊から無数の鳩が飛び出した。 鳩は四方八方に飛び散っていく。 ふわりと一匹の鳩が地に下りて、数度、身震いをするとやがて雑草の一本、害虫の一匹にいたるまでの生命が「霊力」をその鳩に抜かれて息絶えた。 巨木は枯れ木に、虫けらは死骸に。 人間とても例外ではない。 廃墟区画を根城に生き抜くストリートキッズが、火事場泥棒を目論んだチンピラが、あるいは追っ手の追跡を振り切るために潜伏していた犯罪者が。 彼ら、彼女らの近くに降り立った”鳩”によって、次々に生命力を吸われて朽ちてゆく。 その一方でリーリスの傷も欠けた霊力も、風船が膨らむように力に満ちる。 かくて。 インヤンガイの街区の霊力を吸い尽くし、世界そのものからの霊力を吸い上げて。 リーリス・キャロンの力は増大し続ける。 キサを迎える際に負った傷はすでに回復し、さらなる力を身につける。 あはははははははははははははははははははは!!!!! インヤンガイの霊力は、無残で無様で滑稽で生臭くて、怨嗟と怒号に塗れていて薄汚い。 それが、この上なく心地良い。 リーリスの高笑いは止まらない。 インヤンガイにおいて、一つの街区が滅びるのはそれほど珍しいことではない。 数々の街区を擁するインヤンガイでは十数年に一度、霊力の暴走や強力な暴霊により街区がひとつ壊滅してしまう事はある。 リーリス・キャロンが吸精活動により滅びゆく街区は、これで三つ目だった。 街区の境目が封鎖され、この街区は「立入禁止」の札が貼られる。「……時間ネ」 探偵メイ・ウェンティが号令をかけると、一本の道が数人の呪術者により封印された。 これで、入ることはできても、出ることはできない。 ひとつの街区が今、死んだ。「モウ、帰ってこなかったネ。仕方ないヨ。ロストナンバー、早くなんとかするネ」 救援要請はすでに送った。 だが、今回もまたロストナンバーは間に合わなかったのだ。 ロストナンバー、いつも遅いのヨ、とメイは呟く。 やがて、封鎖が完了する。 ひとつの街区が、今、死んだ。●0世界:世界図書館前「今回の依頼を伝えます」 世界司書リベル・セヴァンがいつもにも増して事務的な口調で告げる。「ロストナンバー、リーリス・キャロンの捕獲および連行です」 ざわっとどよめきがおきる。「直接の容疑は臼木桂花の殺害および世界計の奪取未遂。さらにこれまでの冒険旅行の報告書や同行者の証言に矛盾や不審な点が多々見られます。この点について、アリッサ館長とレディ・カリスの意見が割れました。アリッサ館長はリーリス・キャロンを捕縛して連行するように、と。レディ・カリスは投入可能な大戦力を持ってインヤンガイにこれ以上の被害が出る前に……」 リベルも一旦、息を呑む。「被害が出る前に無力化せよ。つまりは威力による殺害を含めた鎮圧です」「ふむ。つまり……、どういうことだ?」 その場にたまたまいたのはブランである。 白い耳がピンと立っているのは緊張の証。「世界司書として皆さんに依頼するのは急襲です。少数でインヤンガイに乗り込み、リーリス・キャロンを捕縛してください」「ほう。我輩の認識では、投入可能な大戦力といえばトレインウォー……車両にできるだけ戦力を詰め込んで向かうモノであるのだが?」「本来はその通りです。今回は相手が悪い。……今回の"対象"であるリーリス・キャロンは魅力能力および精神感応能力を持っています。大人数を投入し、一人でも魅了されてしまえば被害が出る可能性が膨れ上がるため、少数精鋭で立ち向かうしかありません」「少数精鋭か。何人だ?」「四人です。小隊ひとつですね」「四人!?」「……予定を言います。インヤンガイに赴き、速やかに対象を確保。ターミナルに連れ帰らずディラックの空でロストレイルを停車します。いわばロストレイルそのものが収監施設ですね。ですが、今回の依頼において止むを得ないと判断した場合、捕獲ではなく――」 リベルが言いよどむ。 表情はそのままに、次の言葉を搾り出さない。 数秒。「――殺せ」 リベルの沈黙を破って横から口を出したのは、世界司書シドだった。「今回の依頼で捕縛に失敗した場合、リーリスの存在がインヤンガイに深刻な影響を与えるレベルだとして、世界図書館はリーリスの旅客資格を取り消す。……つまりは消失の運命に委ねるって事だ。そうなったら数年から数十年、どの程度かはわからねぇが始末はできる。だが、これは最終手段だ。数年もインヤンガイに放逐しといたら、それこそインヤンガイ全部が更地にされかねねぇ」「そして相手が……」「リーリス・キャロンだ。トラベルギアの制限を期待するなよ。あいつはインヤンガイの霊力を徹底的に吸い上げてやがる。世界を一瞬で消滅させるような能力はトラベルギアが制限してくれるだろうが、世界を一瞬で消滅させる仕組みのスイッチを押す事までは制限してくれねぇぞ」「……物騒な方向に話が進んでいますが、あくまで捕獲指令です」「ああ、そうだな」 リベルの訂正にシドは一歩ひいて口を閉じる。「ですが、仮に皆さんが全滅した場合、被害を覚悟の上でトレインウォーを起こす可能性があります。その悲劇を防ぐために是が非でも成功させてください。……改めて、依頼を繰り返します。ロストレイルでインヤンガイに到着後、速やかにリーリス・キャロンの居場所へ急行、あらゆる手段を持って彼女を捕縛、連行してください」 これで終わりだという意思表示として、リベルは導きの書を閉じた。 シドがぼそりと呟く。「無限の霊力が相手か。どうやって勝てばいいのか俺には分からん……。そんなとんでもないヤツをどうにかする方法を考えといた方がいいな」
●Scene1 : Bombarded lostrail 『リーダーへ。なんかオイラ、このまま死ぬかも』 耳までぺっとり寝かせたまま契約書の裏に遺書めいたものを書き始めるテリガン。 間もなくインヤンガイに到着するということで、直前の作戦会議を開いた結果、驚愕の事実を知ってしまったが故である。 リベルやシドの言葉では「どうしても勝てない場合の対策」を各自、考えておくよういい備えられていた。 と、言うわけで各々、最後の最後に使える切り札を持っているに違いない。そうテリガンは考えていたのだ。 自分の《契約》を売り込む話の口火として「で、どんな切り札なんだ?」と聞いたのが運の尽き。 テリガンは契約書の裏に涙目で遺書を書き始める始末だった。 『だって、どうしようもなくヤバくなったらどーするんだって聞いたら。黒いあんちゃんは「本気出す」って! 風雅なんて「俺はカンがいい」って! ケルトスィンってねーちゃんは……』 「ケルスティン、です」 「のわぁっ!? 覗き込むなー! ……ええと『ケルスティンってねーちゃんは特に何も、って!』……うわぁぁ、勝てない」 内容をさておき名前のミスだけケルスティンに指摘され一瞬だけ狼狽したものの、すぐに悲嘆に押しつぶされたようで頭を抱えてぶんぶんと左右に振る。 その様子を見ているはずだが、風雅も隆樹も座席に座ったまま腕を組んで目を閉じている。 寝ているわけではなさそうだが特に自分から交流を深めるでもなく、ケルスティンも無駄にお喋りを嗜む性質はないらしく、車掌は言わずもがななので車内にはテリガン以外に喋るものがいない。 沈黙はさらなる恐怖を呼び起こす。 その恐怖を覆い隠すため、テリガンは殊更、苦笑のひとつでもいいから出てこないかと大袈裟に嘆いているわけだが、今のところ成功していなかった。 通常ならインヤンガイの他の依頼を受けたロストナンバーが同席しているのでここまでの静寂は滅多とない。 理由は一点、あまりおおっぴらに出来ない依頼だから、である。 静寂の理由を考えるたび、今から遂行するべき任務の重大さは嫌が応にも幾重にメンバーへと訴えかけてくる。 『まもなく、インヤンガイに到着します』 車内にアナウンスが入り、テリガンが「ひぃっ」と小さくうめいた。 隆樹と風雅は微動だにしない。ケルスティンは「つきましたね」と窓の外を眺める。 「ああもう腹くくるよ。オイラ。さあ戦いの前に契約はどう!? 今なら大盤振る舞いしちゃうぞ!! 精神感応対策の大安売りの準備してきたぜ!」 「大安売りの準備……。あ、負ける準備ですか?」 「……」 「……すみません、雰囲気が重苦しかったのでジョークを、と思ったのですが。ところで、どんな能力でも良いのでしょうか? 「あんたの能力を強化するって内容ならな」 「では……」 ケルスティンが書類にペンを走らせる。 サインを取れた達成感でテリガンは満面の笑みを浮かべた。 「強化か」 「黒い兄ちゃんもどうだ?」 「いいだろう。伏せ札は多い程いい」 「どんどん契約が貰えるってのは珍しいんだ。こりゃ雨でも降るかね」 「血の雨でないといいですね」 「……」 「……失礼、雰囲気が重苦しかったので」 二枚の契約書をゲットしたテリガンは風雅の元へ向かう。 腕組みをして瞳を閉じていた風雅の膝をつんつんとつついた。 「なぁなぁ、兄ちゃんも契約を……」 風雅が目を見開いた。ほぼ同じタイミングで隆樹が座席から飛び上がる。 「窓の下を。目視できる数でおよそ200。光の鳩の群れ。それとは別に物理兵器がこちらに照準をあわせています」 「いきなり状況開始か」 え? え? と首を左右に振るテリガンには、目の前がいきなり光ったように見えた。 その直後、ぐわっと口をあけた大きくて真っ黒い何かに飲み込まれた。ような気がする。 ●Scene2 : Intercept on Yin-Yang-Gai 何か来る。 何が来る。 リーリスは廃墟となったビルに腰掛け、足をぷらぷらと揺らしながらくすんだ空を見上げていた。 0世界は、チャイ=ブレは、ファミリーはどう仕掛けてくるか。 一種の賭けではあった。 合理的に考えれば、0世界の総戦力を投入してインガンガイもろとも消し炭に変えるという選択肢はあるはずだ。 リーリス・キャロンという存在を世界ひとつと引き換えにする。そう決断されたのであれば、……なかなか厄介な事になる。 だが、リーリスにはある種の予想があった。 世界図書館の対応は一々甘い。アリッサは言うに及ばず、ファミリーであろうとも甘い。 一種の自負なのか、あるいは相手の力量を推し量る術に疎いのか。 この状況でリーリスを叩き潰しに来るのであれば最低でも大勢のロストナンバーを載せたトレインウォーが発動されるはずだ。 魅了と精神感応をフルに活用すれば何割かを支配することができるだろう。 ロストナンバー同士の同士討ちだ。これは愉快な事になるに違いない。 「早く、早く」 無意識にリーリスは呟いていた。 さて、一方で暗殺者が送り込まれるという選択肢もある。 腕の立つ数名でリーリスを暗殺に来る。 力と力の押し合いで負けるつもりはない。 まして今のインヤンガイはリーリスの庭みたいなものである。奇襲などは想定していないだろう。 アリッサの対応であれば捕獲人が来るくらいが関の山。 ファミリーの対応であればロストナンバーを大量に載せたトレインウォー。 どちらでも構わないが、百を越えるロストナンバーを相手にすれば無傷では済まない。 そこで、リーリスは空を睨む。 ロストレイルが現れた瞬間、この大地ごと焦土と化すような飽和攻撃を仕掛けてくれば敗北。 現れたロストレイルから、はみ出す程の生命反応があれば痛み分け。 ロストレイルの積載量が少なければ勝利。 「早く……!」 まるでプレゼントの箱にかけられたリボンをほどく瞬間の子供のようにわくわくと空を睨む。 どれほどの時が過ぎただろう。 日没から程なく夜空に走った一瞬の白光と共にロストレイルの車体が見えた。 「来た! 来た来た来た来た来た来た!!! さあ、どれ? 暗殺者? 軍団? それとも兵器?」 流れ星のようにロストレイルは走る。 第一段階、防御を許さない飽和攻撃ではなかった。 では、あのロストレイルには何百ものロストナンバーが乗っているのだろうか? いいや、無人と見紛うほど内部の気配は薄い。 「暗殺! 勝った!! あははは、勝った勝った!!」 勝利宣言と共にリーリスが高らかに笑う。 無骨な機械音がそこかしこで響いた。 地対空ミサイル。インヤンガイの戦争に用いられるような通常兵器である。 リーリスの滅ぼした街区の「戦争用」兵力はすでに彼女の手の内にあった。 魅了済みの住人達はリーリスの思惑通りに空に向かって照準を合わせる。 「ゲストはこれだけ? リーリスつまんない。でもまぁいいわ。さ、パーティを始めましょ?」 花火に例えるにはいささか静か過ぎる音を立て、ロケット花火のような煙をひいて、いくつもの炎がロストレイルへと飛び上がっていった。
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