「……しだりの紙芝居こーなー」 青い髪の少年はそう言って長方形の板枠をやまとの背中に乗せた。 当のやまとは寝こけているので特に反応もない。 昼食時間帯の過ぎた食堂の一角ではそのテーブル以外に人はおらず、店員もまた追加注文のない彼らに構わない。 そういうわけで午睡を楽しむやまとはさておき、唯一の話し相手が四角い木枠を取り出したことにしらきは「ああ」としか返事をしなかった。 「……どんどんどんぱふぱふー」 「なんで今、妙な間延びがあったんだ?」 しらきの問いに答えず、しだりは木枠の上部についていた金具を取り外した。 音も立てず、木枠の中央部分が外れてその後ろから画用紙が現れる。 えいぷりーるふーる 特別企画 神様コント 白い画用紙に青いクレヨンででかでかと描かれている。 「……どんどんどんぱふぱふー」 「それ、さっきも言ったぞ」 「ぐぉー」 しらきのつっこみを無視して、しだりはタイトルの書かれた紙を一枚めくった。 ミ★ ミ☆ ミ★ ミ☆ ミ★ ミ☆ ミ★ ミ☆ 「……こんにちは、神様です」 「はぁ」 「……この壺を買うと幸せになれます」 「間に合ってます」 ぱたん。 話し終わる前に目の前の扉を締められる。 ……このように新入社員しだりはとても優秀な社員だった。 ――ものすごい失敗してるように見えるんだが。 ここは有限会社ゴッドカンパニー。 神様稼業はもともと信仰を集めるために個人的、もとい個神的(こじんてき)に活動しているものが多く、その分、信仰の収集率やご利益に個神差があった。 しかも元々長命かつ生活費なんぞ不要で、適当に日々が過ぎていけばお天道様と共に生存できるという神様の性質上、開店も休業も気紛れ次第。気が向かなかったからという理由で数十年からヘタすりゃ数百年単位の「臨時休業」をやらかす事が珍しくない有様である。 その結果、どういう事になるかというと文明が発達して人間達が自分の力で大抵のことができるようになり、何とか自然を相手に全滅の心配がなくなった頃、信仰心というものが枯渇してしまう。 そもそも豊作だ凶作だとか、一歩ひいて日照り雨降り、猛暑に極寒などと言った気候変動によるものは神の気紛れが大きい。 食べ物があっても病気やケガなどは神の恩恵がなければ大抵の人間はどんどん自滅していく。逆にいえばそれさえクリアできれば知的生命体は勝手に進歩していき、精神活動なんぞに重きを置くようになる。 精神活動が盛んになれば欲望が芽生え「暴食」、「色欲」、「強欲」、「嫉妬」、「憤怒」、「怠惰」、「傲慢」と言ったものが願いの中心になってくる。 ここまでは生物の当然の進化なので神的にも特に問題はない。 一部の神は大罪とか言い出す。ここまで来ると願いを適えるのも面倒くさいのだ。だから禁止したいという気持ちも分かる。 で、面倒くさい。……前述の例で言うなれば天候の問題は風を吹かせて雲を呼ぶなり散らすなりでどうにかなってたし、生きてりゃそれでいいというやつが大半だったので生かしてやればそれだけで信仰心を持ってくれた時代から、やれなんたらの賞だの、やれあの娘と結ばれたいだの、大勢からチヤホヤされたいだの。 そんなもんマンモスの一頭でもそいつが狩った事にしてやりゃそれで済むならいざ知らず、金を集めるなら複雑な経済システムを理解せねばならず、人々から喝采されたいときには喝采されるような物事を探してやらねばならず。 その勉強だけでも面倒くさいのに何が哀しくて対象を一人に絞って繁殖のためのツガイを作ってやらねばならんのか。 そこまでやってもらえる給料、もとい信仰心は昔と比べて二割引き三割引きはアタリマエなのである。 結果、前述のように個人商店、じゃない個神商店はどんどん開店休業の嵐。 願いなんぞ叶えてまわる神様はほとんどいなくなるわけだからして、神様に祈っても無駄な世の中になっていく。神様に祈っても無駄な世の中なわけだからして信仰心などというものはどんどん枯れていく。 さて。 そういう悪循環の中、このままではマズいと名乗りを上げた少数の神様が神様の仕事をチェーン化した。 新人、もとい新神様にあちこちで働いてもらってスキルアップさせ、人間の願いをかなえて信仰心をゲットする。 そういう小さな活動からスタートすれば多少は人間達にも信仰心を取り戻すことができるんじゃないかというわけだ。 結局、ワリを食うのは若手の神様で、エラい神様はふんぞり返って指示をしているだけで信仰心が戻ってくるという微妙に納得しにくいシステムだった。 だが、それはそれで願いを叶えているのが本人、もとい本神なので信仰心は必然的に神様全体よりも自分個神に向く。……事もある。 それが数千年続けば、やがては地域のご主神様になれるかもという野望とか日々の暇潰しのため、若手社員しだりは頑張っていたこれはそんな世界のお話である。 ミ★ ミ☆ ミ★ ミ☆ ミ★ ミ☆ ミ★ ミ☆ 「説明するだけで何か大切なものが二割ほど減った気がしねぇか?」 「……大丈夫、盛り上がるのはここから」 「ぐごー」 しだりが何枚目かの紙をめくると、木枠の後ろ紙が現れた。用意された画用紙がなくなったのだ。 お冷を口に含み、しだりはふぅと息をつくと二つ目の画用紙をセットした。 「……第一幕、すたーと」 「まぁ、おまえが楽しいならおれはなんも言わねぇが」 「……タイトル、やまと部長の不倫」 「生臭いな」 「ちなみに出だしは「きゃー、やまと部長ー」「おうおう、わしはやまと部長じゃが不倫をしておるぞー」ではじまる」 「丁寧に世界観の説明する必要なかったな」 「ぐごごー」 「……どんどんどんぱふぱふー」 「その効果音は言わなきゃならないことなのか?」 ミ★ ミ☆ ミ★ ミ☆ ミ★ ミ☆ ミ★ ミ☆ 「きゃー、やまと部長ー」 「おうおう、わしはやまと部長じゃが不倫をしておるぞー」 そして、やまと部長は社内コンプライアンスに引っかかって更迭された。 セクハラで提訴され、示談金を分割で支払い続ける五十代。 ――五十? ――……十万と五十歳。 ――悪魔かよ。っつーか、それよりももっとトシ食ってんじゃないか? ――……設定。 ――設定かー。 ――ぐごごごごー。 そんなやまと部長。 ある悲劇を身に受けたものは、他者に対して恩恵を施せるという神様ルールにもとづいてこの度、縁結びの神様になれることが確定。 つまりは神話において恋人と引き裂かれたものは恋愛の神様に、戦いに敗れた英雄は軍神に、洪水に田畑を流されて涙したものは農業の神様になれるみたいなもんである。 その論法で行くと性愛の神様とか、生涯どうて……いや、生涯どうでもいい何かだったのだろう。 そういうルールなのでセクハラで失敗したやまと部長は恋愛の神様になる資格を得た。 「わしの計算通りじゃ」とは部長の談である。 セクハラの神様になる資格もあったけど、なんかイメージ悪いので返上したらしい。 「そういうわけで、うちの部署で恋愛の神様稼業もやろうと思うんじゃ」 「ああ、いいんじゃねぇ……でしょうか」 相槌を打ったのは部署のエース、しらき主任。 ――おれ、主任かよ。 ――……ちなみに火の神様。 ――その設定は、おれと同じなんだな。 ――ぐごごごー。 ――……火の七日間で毎日を火曜日にした火曜日の神様。 ――具体的に何する神様なんだ、それは。 ――……月曜日が祝日の時、みんなに呪われる。 ――ヤな役回りだな。 「じゃが、この0世界で昔みたいに神社に手ぇあわして夫婦にしてくれーなんてやつがおるとは思えんので、いいアイディアを出してくれんかのー」 「ぱっと思いついた限りだとなあ、他の世界に出張サービスとかどうです?」 「ほほう?」 「インヤンガイやカンダータはともかく、ヴォロスやブルーインブルーなんかじゃまだまだ信仰心は残ってるみたいだし、モフトピアはまぁアレとして、壱番世界でやるよりか効率はいいんじゃないか? ――でしょうか。出張所作って、神様のオヤシロ立てて、手ぇ合わしに来たヤツの願いを叶えていけば、数年くらいで「あそこの神様は恋愛にご利益がある」って広まるんじゃないかと思うんですが」 「ぐごー」 「寝んな」 しらきの提案は早速、会議にかけられた。 部署の全員、――三人だが―― の全会一致を持って早速、ヴォロスに降臨、小さいが平和な村の外れに小さなオヤシロが立てられたのだ。 それから数ヶ月、チラシ配ったり、ティッシュ配ったり、うちわ配ったり。 他に販促商品として、貯金箱やら灰皿やらを作ってみたもののあまり普及しなかった。 営業だけではなく技術班も多いに頑張った。ここにおいてはやまとの大活躍である。 資格を活かし、――具体的になにをどう頑張ったのかは企業秘密なので紙芝居では明かせない――、オヤシロを訪れるものを片っ端からモテモテにした。 はじめのうちは無名だった小さな社も一人、また一人と口伝えに噂を聞きつけ、少しずつ有名になっていった。 村はずれのオヤシロは、いつしかカビの社、アリの社、バッタの社、蜂のヤシロ、青虫のヤシロなどと呼ばれ方が変わりながらも存在を認知された。 ――つまり、そういうのが訪れて繁殖させたわけだな。 ――……最初は小さなことから始めるもの。 ――ぐごごー。 ――ちいさすぎねぇか? ――……お願いごとに貴賎はない。 ――あるだろ。 ――……そんなある日のこと。 「どうかあの子と夫婦になれますように」 手を打って願いを言ったのは山二つ越えた集落に住む農民の青年だった。 青年は何度も何度もオヤシロに手をあわせ、パンを一つ備えて去った。 去り際にも何度となくオヤシロを振り向いてぺこぺこと頭を下げていたのが印象的だった。 年のころは二十手前。 付近の文化を考えるならば、そろそろ結婚の適齢期である。 やまと部長の言葉を借りるならば繁殖期だ。 ――あれ、そんなこと言ってたか? ――……いめーじ。 ――そうか。 「おー、こまっとるのー」 「……いや、まぁ、そりゃあ。なぁ」 しらきは腕を組んでいる。 たまにうんうんと唸っている。 「別にいいと思うんじゃ。さっきの恋愛成就祈願に来たやつじゃろ? あの青年も齢二十。どうせあの人間も特定の相手とツガイになりたいとか言うとんじゃろ」 「そういう内容には違いねぇんだが」 「相手が発情期前の小娘とかかの?」 ――紙芝居で社会問題を提起するな。 ――……わかった。 「相手が発情期も終わって枯れまくった婆さんとかかの?」 ――それはそれで別のお叱り貰いそうだからやめろ。 ――……難しい。 「相手がオスとかかの?」 ――ええと。 ――……やっぱり難しい。 「相手が結ばれにくい相手だったりするのかの?」 「いや、実は……」 ミ★ ミ☆ ミ★ ミ☆ ミ★ ミ☆ ミ★ ミ☆ しだりは紙芝居の画用紙をめくる手を止める。 無表情のまま、じーっとしらきを見つめていた。 「どうした?」 「……話が止まった」 「おい」 しらきの指摘した内容がそのままだったのだろう。 ちょっとクビをかしげ、しだりはうーんうーんと考え始めた。 うーんうーんとまともに発音しているあたり、棒読みっぽいというか、本当に考えこんでいるのかは妖しい。 「……問題にならない難しい恋。どういうの?」 「ぐごー」 「そうだなぁ。身分違いの恋とか種族を超えた愛なんてのは難しいけどあんまり問題にならないかもな。後は架空の相手。人と神との恋愛なんてのもあんまり問題にはならんはずだ。どの世界で問題にならんのかはさておいて」 しだりは考え込む。 うつむいて考える。 ぐごーと寝息を立てる物体があった。 「じゃあ……。青年が恋したのは蜘蛛」 「おまえ、今、適当に決めただろ」 「ぬいぐるみ」 「なんでもいいのか」 ミ★ ミ☆ ミ★ ミ☆ ミ★ ミ☆ ミ★ ミ☆ 青年が望んだ相手。 それは蜘蛛のぬいぐるみだった。 青年の願いはこうだった。 「話に聞いたことがあんべぇ。このオヤシロにゃあ蜘蛛の神様てぇのがいるっちゅう話やきに。そげん神様ぁのぬいぐるみちゅうモフモフっぷりは夢うつつにえへべらどるもんべんっつう噂のぎにゃしげみにな。おらぁ、そのぬいぐるみとつがいたかもんばってんしゃろ」 ――どんな訛りだ。 ――……イナカのいめーじ。 ――田舎に謝って来い。 要するに、この有名になったオヤシロの主神が蜘蛛の神様で、ぬいぐるみのようだ。 そのぬいぐるみをモフモフしたらとても気持ちいいに違いない。 だから、その青年はモフモフしたいなーと思っているうちにいつしか恋心を抱いてしまったのだ。 この願いを叶えるべきか否か、緊急会議が始まった。 「しかし、なんでここの責任者がやまと部長だって分かったんだ?」 「なんでじゃろうのう」 「……やまと部長が担当の時、オヤシロの上で昼寝してたから」 「寝てたのかよ」 「日差しがぽかぽかしてのう」 「……それを見られたのかも知れない」 「しかし、それだけで主神様だって分かるもんかねぇ」 「……後はオヤシロにやまと部長の似顔絵描いてあるくらいしか可能性がない」 「それだろ」 会議の結果、とりあえずやまと部長を差し出してみることになった。 一応、腐っても高位の神である。 ――腐っても? ――ぐごごごー。 高位の神と人間との恋愛は古今、例がないわけではない。 だが、そもそも性別というものが存在せず、人間型ではなく、ぬいぐるみ然としたやまと部長である。 寿命を乗り越えるでもなく、人間が容易く神になれるわけでもなく、やまと部長に人間になる心算があるわけではない。 さすがにうまく行くわけがなかろう、という方向で全員の意見が一致した。 そうすると今度はフる方向に行くしかない。 問題はフり方である。 せっかくオヤシロに手を合わせに来てくれたので、このまま無視していると恋愛の神様の看板や沽券に関わるし、噂を聞きつけた人間の中から蜘蛛だけにムシかよみたいなダジャレをドヤ顔で言うやつが何人も現れかねないし、そんなことになったらしらきが怒り狂って村を灰に変えてしまいかねない。 ――え、おれの沸点。そこなのか? なので、何かしら手をうって早々と諦めてもらうのが最善の策だと考えられた。 で、そうなってくると問題になるのがフり方なのだ。夢に現れてアンタ嫌いといっても起きてから覚えている保障はない。 断りの手紙という案もあったが、ラブレターを貰う前からお断りの手紙を書くなど何だか不遜な気もする。 ひとづてに……と言うもの難ありだ。 本人的には田舎のオヤシロに手を合わせただけなので、誰にも言っていないはずだ。 そんな状態で勝手に噂を聞きつけた挙句、わざわざフるための言葉を伝えに行くとか、お節介な女子中学生である。 ――女子中学生に謝れ。 結局、やまと部長が自らオヤシロに降臨して農民の青年を待つ。 彼が現れたら言い寄ってくるだろうから、そしたら晴れてゴメンナサイすればいいんじゃないか、という話に落ち着いた。 さて、やまと部長がオヤシロに降臨する準備を整えて三日三晩が過ぎ四日目の朝日が昇った頃。 ようやくあの青年がオヤシロへと姿を現した。 きょろきょろと人目を憚るようにあたりを見回し、小走りにオヤシロに駆け寄ってくる。 ぱんぱんと拍手を打って頭をフカブカと下げ、オヤシロの神様、オヤシロの神様と唱えたところで、待ち構えていたやまと部長の顕現。 派手に稲光を走らせ、どろどろどろと太鼓の音がして――。 ――……この太鼓は若手社員のしだりが鳴らしている。 ――そうか。 ――……どんどんどんどん。どろどろどろどろー。 現れたのは蜘蛛の姿の白いぬいぐるみ、もとい、かつては神族の中なっても主神ぞ有力神ぞと名の有る一柱として名を馳せた大いなる神。 家より大きく、山のごとき威容を持って眼下を見下ろし、人の身たる青年を姿を見下ろす。 『……そなたがわしを再三呼び出す若者か』 ――……この声はエコー処理。 ――そうか。 「へ、へへへぇぇ!!」 『ほほう、見れば中々頼もしきイデダチ。都にもなかなかおらぬ美丈夫ではないか』 「お、おらの事だんべか?」 『ほっほっほっ、気が変わった。少し、わしの話し相手をしてゆかぬか』 なんとやまと部長は、フるつもりだった農民の青年の姿を一目で気に入ってしまった。 段取りでは出会いがしらにフってしまうつもりだったものの、もう少し話してみたいという欲求がこみ上げてくる。 そもそも、やまと部長に性別はない。 相手が青年であれば……。 やまと部長は何事かむにゃむにゃとまじないを唱えた。 ――ぐごごごー。 やまと部長は何事かぐごごごーとまじないを唱えた。 ――言い直さんでも。 はるかお天道様に程近いほどに天を突き雲を関する程の巨大な蜘蛛のぬいぐるみは見る間に霞となって掻き消える。 青年が目をぱちくりと見開いていると、オヤシロの影からトシの頃十八、九ほどの少女が現れた。 「わしがこのヤシロの主じゃ。そなたともうちっと話をしてみとうての」 「……そ、そんな。オラと神様が……?」 ミ★ ミ☆ ミ★ ミ☆ ミ★ ミ☆ ミ★ ミ☆ 「それらしくなってきたじゃないか」 「……うん」 しらきは手元の徳利に酒を満たすとぐびぐびと飲み干す。 ぷはっと陽気に息をついた。 しだりの持ち込んだ紙芝居を肴にいつのまにか一杯やりはじめているのだ。 「その紙芝居、今作ってるのか?」 「……さっき話を変えた。紙芝居で社会問題を提起しないように。……本当は今頃、やまと部長が店の権利書を賭けて料理勝負をしてる」 「それはそれで興味があるかないか微妙なラインだな」 「料理のお題はシルクロード」 「何があったんだ」 話をしている間にも、しだりは画用紙をじっと見つめている。 画用紙に垂らした絵の具を含んだ水を操り、この時間を利用して絵描いているのだ。 もうそろそろ終わりが近いのだろう、画用紙のストックも残り少ないように見える。 さすがに追加注文もなしでトラベルギアの徳利から酒をあおり続けていると店員の目が痛い。 やまとは寝てるし、しだりはこの調子だし、ということで。 そろそろ撤収すべく、しらきは最後の一本を飲もうと徳利を酒で満たした。 ミ★ ミ☆ ミ★ ミ☆ ミ★ ミ☆ ミ★ ミ☆ やまと部長と青年はそれから一日中お喋りをして過ごした。 田のこと。 畑のこと。 もうすぐある祭りのこと。 飼っている牛のこと。 季節が移ろい、時が過ぎ、ゆっくりとした時間が流れ。 自然とともに世代は移ろっていく。 そんな他愛ない日常のことを、時間を忘れて語り続けた。 ほんのあっという間のつもりだった。 明るい太陽はいつのまにか地平線の彼方へと沈んでいた。 とっぷりと日が暮れたことに気付き、やまとは「さて」と前置きして話し出した。 「わしがここに来たのはの。そなたをフるためじゃ。 そもそもわしは神様じゃぞ、えらいんじゃぞ。 そなたなんかとは釣り合いが取れんわい。……とは言うものの。 ここで一日、そなたと語り明かしたのも何かの縁じゃ。 どうじゃ? そなたさえ良ければまた今度。そうじゃの、祭りの夜にもう一度、ここへ来ぬか?」 満天の星の元、少女姿のやまと部長はそう言って青年に柔らかく微笑みかけた。 灯火の炎はやわらかく二人の頬を赤く染める。 虫の声が沈黙を許さず、川のせせらぎが遠くに聞こえる。 山から吹き降ろす風はわずかに肌寒く、日が落ちたと共に湿り気を帯びていた。 どれほどの沈黙が続いただろう。 やがて、青年は口を開く。 「いや、いいっす。俺の性癖、ぬいぐるみなんで」 ミ★ ミ☆ ミ★ ミ☆ ミ★ ミ☆ ミ★ ミ☆ ぱたりと木枠が閉じ、しだりはぺこりと頭を下げた。 真顔のまま顔をあげ、小さく口をあけた。 「……おしまい」 「待て。それじゃ終われないだろう」 「……ちゃんちゃん」 「そうじゃなくて」 「ぐごごごー」 しばらく首をかしげていたしだりはぽんと手を打った。 「……この結果、やまと部長は仕事に戻れた」 「いやいやいや」 「この話をでーぶいでー化して来年のエイプリルフールにやろうと思う」 「さすがにこのオチはマズいんじゃないか」 「夢オチってことで」 「買ったやつに助走つけて殴られるぞ」 ぽりぽりと頭をかくしらき。 しだりはうんと頷いてカバンからもう一つ、大きな袋を取り出した。 ごそごそと取り出したのは大きな画用紙である。 「……続けて第二部」 「あるのか」 「……どんどんどんぱふぱふー」 「それは言わなきゃダメなのか?」 「……しらき主任編。火の神様の……」 「火の神様だけに火遊びってオチじゃないだろうな?」 しだりの動きが硬直する。 ぐびぐびと酒を飲む音だけが響いた。 「……続けて第三部」 「正解か」 「ぐごごごごー」 神様たちの気だるい午後はこうして今日も続いていく。
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