窓の外はどこまでもつづく虚無の空間「ディラックの空」。 ロストレイルは今日も幾多の世界群の間を走行している。 世界司書が指ししめす予言にもとづき、今日はヴォロス、明日はブルーインブルー……。大勢のコンダクターが暮らす壱番世界には定期便も運行される。冒険旅行の依頼がなくとも、私費で旅するものもいるようだ。「本日は、ロストレイルにご乗車いただき、ありがとうございます」 車内販売のワゴンが通路を行く。 乗り合わせた乗客たちは、しばしの旅の時間を、思い思いの方法で過ごしているようだった。●ご案内このソロシナリオでは「ロストレイル車中の場面」が描写されます。便宜上、0世界のシナリオとなっていますが、舞台はディラックの空を走行中のロストレイル車内です。冒険旅行の行き帰りなど、走行中のロストレイル内のワンシーンをお楽しみ下さい。このソロシナリオに参加する方は、プレイングで、・ロストレイル車内でどんなふうに過ごすかなどを書いて下さい。どこへ行く途中・行った帰りなのか、考えてみるのもいいかもしれません。!注意!このソロシナリオでは、ディラックの落とし子に遭遇するなど、ロストレイルの走行に支障をきたすような特殊な事件は起こりません。
ロストレイルはディラックの空を駆けていた。 0世界へ来たばかりのロストナンバーには珍しかろう車窓からの眺めをキラキラとした目で見るのは、デュベルとて例外ではなかった。むしろそれは熱心な部類に入るだろう。帰りももちろん、車窓からの眺めやロストレイルそのものにも興味はあったが、ふと思い立って同行者とは別のボックス席に移動し、新しいスナック菓子の袋を開けて、だらだらと寝そべった。 デュベルは今、そういう気分だったのである。 そして、ヴォロスで同じ依頼を受けた(正確には、片方は依頼者と言える)二人の話を思い出していた。 ヴォロスで依頼の品を回収し、焚火を囲んだ夜、すなわち昨日のことである。 どうやら二人は、故郷に嫁さんを置いて来ているらしい。しかも、彼女らのために故郷へ帰りたいと願う、なかなかの愛妻家ぶりである。 ぽりぽりとスナック菓子を頬張りながら、デュベルは考える。 自分に、そういう浮いた話がひとつでもあっただろうか、と。 「無かったよーな気がするなぁ」 荷物をがさごそと探り、一冊の書物を取り出す。デュベルは日記を付けていた。 ボックス席に腹這いになり、スナック菓子と日記とを並べて、パラパラとページを繰る。金色の尻尾をゆらゆらと揺らしながら、記憶と記述とを照らし合わせて行く。 やがて日記を閉じ、仰向けになる。どうやら、この日記帳には求めていた情報は書いていないようだ。 デュベルは天井を眺めながら、細長く息を吐く。 もしも自分にそういう相手ができたと仮定して、そうした時には自他ともに認める自由人な自分も、変わっていくのだろうか? デュベルは発明家である。 思いつきと気まぐれで生きていると、自分でも認めている。興味の向いたことしかやりたくないし、またその興味が継続しなくても構わない。むしろ、継続しなければならない理由がわからない。 思いついた次の瞬間に冷めてしまうことも一度や二度ではなかったし、朝は夢中になっていたことも、昼にはまったく別のことに興味が向くことも日常茶飯事だ。 デュベルの居た世界は活気に溢れ、常に新たなものが生み出されていたのだから、興味の対象が次々に湧き出てくることは、不自然なことではないだろう。 デュベルはそんな世界が好きだったし、その全てを『食い尽くしたい』と思う。 0世界に来たことで、帰りたいと思う気持ちもあるが、他の世界のことも同じくらい『食い尽くしたい』と思う。 だが、そうした興味は大抵は科学的な技術であったり、芸術だったりしていた。 他人に興味を持つこともあったが、それはその人が持っている技術であったり、考え方であったりと、そういう意味でのことだ。 だからあの二人のように、良く思われたいとか、一緒に生きるとか、そういう理由で興味が持てるかと言われると、首を傾げてしまう。 仮にそういう興味を持てたとして、その興味が今日と明日、朝と夜とで変わらないかと言われると、正直保証は出来ないし、なんとなく無理なような気もする。 そもそも、興味を持ち続けることができる存在が現れるとか、自分が同じ対象に興味持ち続けるとか、そういうこと自体が、まったく想像できない。 そこまで考えて、デュベルは起き上がった。 窓の外のディラックの空は暗く、時おり何かを思い出したかのように光が明滅し、或いは色を変えながらカーテンのように揺らめく。 やはりこの光景は、デュベルに刺激的だった。故郷の世界ではまだ誰も成し遂げていない、未知なる星の外——宇宙進出への意欲が沸いてくる。 日記を鞄に仕舞って、スナック菓子を片手にデュベルはボックス席を立つ。 とりあえず、このロストレイルの設計やシステムを知ることから始めよう。もしや機密事項であったりするかもしれないから、一応こっそりやることにしよう。 幸い、ロストナンバーは消失の運命を免れるためにパスホルダーを貰う代償として、世界図書館の依頼を受ける必要がある。今ロストレイルの全部を知ることができなくても、何度となくロストレイルに乗る機会があるだろう。 少しずつで構わない、詳細に調べて知識に取り込んでおくこと。 それが元の世界へ戻った時に、大いに役立つに違いない。 「さーて、動力はやっぱり最前列か?」 デュベルはスナック菓子をひとつ、ぽいと口の中に放り込み、金のふさふさした尻尾を揺らしながら、上機嫌に歩き出した。 果たして彼が故郷に戻っていつか発明するかもしれないものは、宇宙船だろうか。 それとも、このロストレイルのように虚空を駆ける列車だろうか。 はたまた、世界を滅ぼしかねない兵器となった縮退炉搭載型戦艦だろうか。 デュベルの尻尾は、右に左に揺れ動く。 先のことは、誰にも分からない。
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