クリエイター梶原 おと(wupy9516)
管理番号1195-15069 オファー日2012-01-24(火) 23:07

オファーPC ゼシカ・ホーエンハイム(cahu8675)コンダクター 女 5歳 迷子
ゲストPC1 鍛丸(csxu8904) コンダクター 男 10歳 子供剣士
ゲストPC2 シィーロ・ブランカ(ccvx7687) ツーリスト 女 17歳 半獣半人
ゲストPC3 幸せの魔女(cyxm2318) ツーリスト 女 17歳 魔女

<ノベル>

 ゼシカ・ホーエンハイムは、今にも泣きそうに狼狽えていた。ヴォロスでの楽しいはずの船旅が、難破してぷらぷらと漂浪中では当然だと思うのだが。同じボートに乗る他の三人に焦った様子はなく、何だか普段通りに思えるのは気のせいだろうか。
「むぅ、こんなに水があるのに飲めんとは理不尽よのう」
「飲めないわけではないから、どうぞお飲みなさいな」
 私は遠慮するけれどと笑顔で勧めるのは幸せの魔女で、鍛丸は軽く目を据わらせた。
「確かに飲めんわけではないが、後でひどい目に遭うじゃろうが」
「まぁ。そんな瑣末な事、私は気にしないわ」
 だからさぁさぁお飲みなさいなと手で海水を掬い、いかにも親切そうに鍛丸に差し出す幸せの魔女。いらんわいと噛みついた鍛丸は、ゼシカの隣で欠伸を噛み殺していたシィーロ・ブランカへと振り返って少し声を尖らせた。
「シィーロ殿も黙っとらんで、魔女殿を止めてくれてはどうなんじゃ」
「そうすると、標的が私に変わりそうだ」
 ここは傍観に限ると淡々と答えたシィーロに、鍛丸は絶句して幸せの魔女へと顔を戻した。
「そんなに飲みたいなら自分で飲めばいいじゃろう!」
「まぁ、人の話を聞かないおちびさん。私は飲まないって言ったわよ?」
「人の話を聞かんのはどっちじゃ、儂も飲まん!」
 ちびとも言うな! と自らのデフォルメフォームのセクタン──寒天をていっと投げつけた鍛丸に、幸せの魔女はようやく海水を投げ捨てて可哀想にと寒天を受け止めた。ふにふにもちもちむにむにと感触を楽しみながら、誰のせいで海を漂う羽目になったと思ってるのかしらねぇと頭を振った彼女に、すかさず突っ込みが入る。
「魔女殿のせいに決まっておろう!」
「少なくとも、オールを失くしたのは魔女さん」
「あらー、おかしいわー。急に耳が聞こえなくなったみたーい」
 海を漂うのって怖いわねーと幸せの魔女はさらりと笑顔で聞き流したが、誤魔化すなと鍛丸に詰め寄られている。
「あ、っ、……喧嘩は、だめよ……っ」
 よくないのと、ポシェットの紐をぎゅうっと握り締めながら震える声で諌めるゼシカに、鍛丸もはっとしたように振り返ってきてすまんと頬をかいた。
「怖がらせるつもりはなかったんじゃがのう。暴れたりして船を揺らしたりもせん、安心してくれ」
 本気で怒っておるわけでもないしなと宥めるように続ける鍛丸に続いて、幸せの魔女も柔らかな笑みを浮かべた。
「大丈夫よ、可愛い人。私がここにいるのだもの、例え乗っていた船を見失おうとオールをうっかり失おうと、怖い事なんて何もないわ。だって私は幸せの魔女だから」
 何の根拠もないが清々しい笑顔で断言した幸せの魔女に、シィーロがぽつりと突っ込む。
「船を見失うほどはしゃいでたのも、ちょっと目を離した隙にオールが流れて行ったのも、皆魔女さんのせいだったように思うが」
 でも大丈夫らしいと本人に皮肉を言っているつもりはないのだろう、表情は乏しくとも慰めるようにゼシカの頭を撫でてくれるシィーロに、幸せの魔女は聞こえない振りをして顔を逸らしている。
「やはりこの状態の元凶は、魔女殿ではないか」
 のう、と彼女の手から取り戻した寒天に同意を求めている鍛丸に、シィーロはちらりと視線をやった。
「遊覧船にあった救命ボートを見つけて、これを浮かべて自分たちで漕いでみようって大はしゃぎしてたのは魔女さんと鍛丸さんだったはず」
 そう、確かゼシカたちは観光島を幾つかゆったりとしたペースで巡る、遊覧船に乗り込んだはずだ。船内で一泊、島で一泊、三日後には帰る予定のぷち旅行だったはずなのに。
 豪華な食事を楽しみ、部屋の様子を満喫し、見惚れるに値した美しい風景も堪能したならする事がなくなったらしく。幸せの魔女と鍛丸は船内探索を始め、救命ボートを見つけた辺りからちょっとずつ様相が変わり始めた。
 こんなレトロなボートも魅力的ね、昔はよくこんな船で遊んだもんじゃ、あらそれなら今ちょっと浮かべてみない? しかしせっかく遊覧船に乗っとるのに、ちょっとよちょっとだけだって幸せな感じがするわ等々、等々。
 何やらはしゃいだ二人はすっかり意気投合し、偶々そこに居合わせたシィーロとゼシカも巻き込んでボートを海に下ろす事になったのだったか。
「私は、危ないからやめたほうがいいと警告はした」
「っ、でも手を貸してくれと頼んだら手伝ってくれたじゃろう」
 ちょっとは楽しんどったはずじゃと威勢弱く鍛丸が口を挟むと、シィーロはあっさりと頷いた。
「危ない気はしたが、楽しそうだとも思ったから手伝った」
 よって私は後悔もしてないし責めてもいないと淡々と言い添えられ、鍛丸もはぁと気の抜けたような声を出す以外に術がない。
「ただゼシカさんは完全に巻き込まれただけだ、彼女の食事と飲み水は確保したいところだ」
 見渡す限り島影もないけれど、と少しばかり遠い目をして水平線を遠く見遣るシィーロに、ゼシカは慌てて膝にちょこんと座っていたドングリフォームのアシュレーを持ち上げた。気づいたシィーロは視線を下ろしてきて、ああそうだったと僅かに目を細めた。
「ゼシカさんと、アシュレーさんの分も確保しないとな」
 きっと何とかするとアシュレーを撫でてくれるシィーロにゼシカもほっと口許を緩めると、責められんのも心苦しいのうと呟きながら立ち上がった鍛丸が辺りを見回した。
「せめて船影でも見つからんものか」
「……船じゃないけど、海の中になら影はあるわよ?」
 やっぱり幸せはここにあるのよと、顔を逸らしたままじーっと海を眺めていた幸せの魔女がどこかうっとりと言う。
「お魚さん?」
 海中の影と聞いて思いつくのはそれくらいで、見たいとゼシカも幸せの魔女の側に行く。重心に気をつけよと声をかけた鍛丸も少し身を乗り出させ、シィーロが幸せの魔女の上から覗いた時。
 ぴしゃんとボートに近いところに水が跳ね、きらきらと虹色の鱗が見えた。わあ、と嬉しそうに声を上げたゼシカは、再び水に潜った鱗を追いかけて視線を動かし、そのまま言葉も忘れた。
「こんにちは、可愛らしい旅人さんたち。この季節、オールもなしに海を放浪は大分チャレンジャーじゃなくて?」
 近くに人の住む島もないわよと、からかうような朗らかな声は海中から姿を現した女性から齎された。それがゼシカたちと同じく遭難した誰かでないと分かるのは、再び水を跳ねて煌く虹色の鱗は彼女が楽しく揺らしている尻尾だからだ。
「人魚さん……!」
 ふわあと嬉しそうな声を上げたゼシカに、くすぐったそうに笑った彼女ははあいと手を揺らした。



 シィーロたちが海を漂流する羽目になった経緯を話すと、ユイハと名乗った人魚は呆れたように、楽しそうに笑った。
「好奇心旺盛なのはいいけれど、それで私に会えなかったらどうしたの?」
 二日もしない内に乾涸びたわよと脅すように指を突きつけたユイハに、幸せの魔女は大丈夫とにっこりと笑った。
「私は幸せの魔女だもの、幸せを感じ取れる場所にしか赴かないの。きっと貴方に会えるのは分かってたのよ、いいえこれはもう運命よ!」
 突きつけられた指を捕まえて語る幸せの魔女にユイハは苦笑しながらするりと手を抜き、アシュレーを抱き締めて感動に打ち震えているらしいゼシカに近寄った。
「ちょっと事情があって、今私たちの島は誰も立ち入れない事になっているんだけど……」
 少しばかり残念そうに告げたユイハに、ゼシカはアシュレーを抱いたまま大きく頭を振った。だいじょうぶ、とか細い声で告げ、飛び切り幸せそうに微笑む。
「人魚さんに、会えたもの。ゼシね、ゼシ、それだけでいい……!」
 きれいと彼女の動かす尻尾を見てうっとりするゼシカに、ユイハは照れたように笑う。
「貴方の島に無理に押しかけるつもりはないけれど、できればオールになりそうな物は借りられないだろうか」
「図々しいとは思うが、ついでに人の住む島の場所も教えてほしいんじゃが」
「えー。せっかく会えた人魚のお嬢さんと、もうお別れなの」
 寂しいわ残念だわと名残惜しそうに嘆く幸せの魔女も、また会いましょうね絶対よと念を押すがそれ以上の無理を強請る気はないと分かる。ユイハはしばらくシィーロたちを眺めて何か考えていたようだが、いいわと大きく頷いた。
「あなたたちは、悪い人じゃなさそう。ただ困っている人を見捨てるなんて、人魚の風上にも置けないわよね」
 私たちの島に招待するわと口許を綻ばせ、ユイハはボートの縁に手をかけると力強く泳ぎ出した。彼女の細い腕でどうやって、と驚いたシィーロが尋ねたげなのを見て取ったのだろう、大丈夫よと悪戯っぽくウィンクしたユイハの周りに助けるような波が起きているのに気づく。
「このボートを運ぶくらい、私たちには造作もないわ。ここは、私たちの母なる海だもの」
「運んでくれるのは有難いんじゃが、おんしは大丈夫なのか」
 儂らを勝手に連れ帰っては咎めも受けようと心配そうに鍛丸が眉根を寄せると、ユイハは何故か嬉しそうに笑った。
「私の心配までありがとう。そんな優しい人たちを見捨てたとあったら、そのほうが怒られるわ」
 人魚は気高く優しいのよと自慢そうに胸を張ったユイハに、ゼシカはますます憧憬を深めたように頬を紅潮させている。
「助けてくれた恩返しなら、きっとすぐにできると思うわよ」
 私の直感がそう告げているわと歌うように告げる幸せの魔女の言葉で、ゼシカははっとしたようにポシェットを探っている。そうして探り当てた幾つかを、大事そうにユイハに差し出した。
「今はこれだけしかないの、ごめんなさい。でも、色んな味があるのよ」
 どうぞと差し出されるお礼にユイハは眩しそうに目を細め、小さな手からキャンディの包みを一つだけ取り上げた。
「ありがとう、お嬢さん。でも全部もらうより、後で一緒に食べてくれたほうが嬉しいわ」
 だから残りは取っておいてねと内緒話のように告げるユイハに、ゼシカは大きく頷いて残りを大事にポシェットにしまった。にこおと嬉しそうに笑う彼女に微笑み返したユイハは、さあもう見えるわよと前方を指した。
「おお? さっきまでまったく島影もなかったのにのう」
「全然揺れないから気づかなかったが、すごいスピードだったんだな」
「いよいよ幸せの島に上陸ね。さあ、戦闘準備は万端よ!」
 全ては私の幸せの為に! と何故か拳を作る幸せの魔女に、シィーロは鍛丸とちらりと視線を交わして小さく首を傾げた。



 ユイハに案内された島の周りには激しい潮流が複雑に交差していて、人魚の案内なくしては島にも近寄れないような場所にあった。まさか人魚が住んでいるとは思えないほど森深く、断崖の唯一の裂け目を中に入っていく細い隙間は、ちょうど鍛丸たちが乗っているボートがぎりぎり通れるほどの広さしかない。そこを五分ほど進んだところでいきなり視界が開け、驚いて辺りを見回すと遠く森が丸く囲っているのが分かる。
 どうやら先ほど外から見かけた深い森の中央に、この内海が存在しているらしい。思った以上に広い海に思わず感嘆していると、ユイハの姿を見かけて何人かが水中から顔を覗かせた。
「ユイハ、お前、人間を招き入れたの?」
 批難がましい一人の言葉に、ユイハはそうよと笑顔で答えて鍛丸たちを示した。
「私たちの海でオールも失くして彷徨っていた、可哀想な旅人さんたちよ。彼らが私たちの海を嫌ってしまわないように、歓待してあげてちょうだい」
 ユイハの朗らかな声は内海に響いたが、返る応えは小さく非難めいている。やはり招いてもらったのは間違いじゃったかのう、と鍛丸が息を吐いた時、嬉しそうに目を輝かせたゼシカがぴょこんと立ち上がった。
「こんにちは、素敵な人魚さんたち。えっと、おまね、き、おまねきー、いた、」
「お招き頂いて?」
 シィーロがそっと助けるように口を挟むと、ゼシカはぱあと嬉しそうな色を広げた。
「お招き頂いて、ありがとうございます!」
 ゼシ、すっごく嬉しいの! と冷ややかな空気に気づいた様子もなくはしゃいだ挨拶に、ふっと尖っていた空気も和んだ。今までは遠巻きにしか見ていなかった何人かがボートに近寄ってきて、こんにちはと少しぎこちなく、けれど笑いかけてくれる。
「こんにちは、美しい魚の尾を持つお嬢さん方。突然お邪魔してごめんなさい?」
 少しばかり棘を含ませつつも柔らかく笑った幸せの魔女に、人魚たちも苦笑してこちらこそごめんなさいと謝罪した。
「ユイハが言わなかったかしら。今この島は、人の出入りを禁じているの。でもこんな可愛らしい旅人さんたちが、悪い人のはずはないわね」
「ユイハ殿には聞いたのじゃが、無理に押しかけてしもうた儂らが悪い。すまん」
「できるだけ迷惑かけないように出て行くつもりだ。帰り道と、少しの食料だけ分けてもらえないだろうか」
 鍛丸とシィーロが続けて頭を下げると、やめてちょうだいなと人魚たちは苦笑を広げる。
「ユイハの招いたお客様なら、私たちのお客様よ。さぁ、姉妹たち! 可愛らしいお客様を歓待して!」
 一番年上らしい人魚が告げると、次々と顔を出した人魚たちが水を巻き上げ始めた。きらきらと陽光に眩しい水滴は優しい雨のように降って鍛丸たちを歓迎し、内海に大きく虹がかかる。ふわあ、と嬉しそうなゼシカの声に嬉しそうに笑いさざめいた人魚たちは、ボートを押して森へと続く砂浜へと導いた。
「海の上では、二つ足のお客様には不便でしょう」
「どうぞ、こちらに食事を用意するわ。でも先に果物はいかが?」
 出迎えた時とは打って変わった楽しげな雰囲気であれこれと用意してくれる人魚たちに、あまり表情を変えないシィーロも嬉しげに口許を緩めている。
「人魚に会えるだけでも奇跡に近いじゃろうに、こんな風に歓待してもらえる旅になるとはのう」
「何を言ってるのかしら。私は幸せの魔女、私の行くところに幸せがあるのよ」
 私のやる事に失敗なんてないのと高らかに笑う幸せの魔女に、ゼシカはすごいときらきらした目を向けている。騙されてはならんぞ! と思わず鍛丸とシィーロが口を挟みかけた時、水と虹と優しい空気に満ちたこの場には似つかわしくない怒号のような雄叫びが遠く聞こえてきた。
 途端に怯えた顔を見せた人魚たちは、一斉に海の底へと姿を消してしまう。何事かと剣に手をかけた鍛丸に、逃げて旅人さんたち! と一人だけ残ったユイハが呼びかけてくる。
「ごめんなさい、あなたたちを巻き込んでしまった。あれはきっと、私たちを狩りに来た人間」
「狩りに……、人魚を狩る!?」
 不快も露に声を荒げたシィーロに、ユイハは早くとボートを示した。
「あなたたちは必ず私が島の外へと連れて行くわ、早く乗って!」
 青褪めた顔で促すユイハに、ゼシカはアシュレーを抱き締めたまま強く首を振った。
「旅人さんたち、」 
 ここは危険なのよとユイハの言葉に、幸せの魔女はふふっと声にして笑いながら突剣を抜いた。
「言ったでしょう、ユイハさん。きっとすぐに恩返しできるわよって」
「おんし、この事態も予測しておったのか?」
 それなら始めから言うといてくれんかのう、と幾らか恨めしく鍛丸が言うと、幸せの魔女はくすくすと楽しそうに笑った。
「人生にサプライズは付き物よ」
「こんな驚きはいらないけど……、恩返しはしないと」
 ゼシカさんは下がっていてとシィーロが促したが、ゼシもやる! と勢い込んだ彼女は、多分にギアなのだろうじょうろを取り上げた。
「旅人さんたち、何を、」
「ゼシ、人魚さんを守るね。人魚さんを苛めるなんて、許せないもんっ」



 森をかき分けるようにして姿を見せた男の前に立ち塞がった幸せの魔女は、ご機嫌ようとわざとらしく優雅に一礼した。
「あ? 何だ、お前」
 不審げな声を上げた男は、人魚かどうかを確かめるように視線を揺らして彼女の足元を確認する。その隙を衝いて突剣を繰り出した幸せの魔女は相手の腕を貫くと、無様な声を上げる男の目を狙って剣先を払った。
「レディをじろじろ眺めるなんて無礼じゃなくて?」
 そんな目は潰しておしまいと酷薄に目を細めた幸せの魔女は、悲鳴を上げて転がる男を軽く蹴り遣って次に備える。
 人魚狩りなんてちっとも幸せな響きを伴わない行為に勤しんでいるのは、総勢十五人の男たちだった。どんな手段を使ったのか知らないがあの激しい潮流を抜け、島の裏側から乗り込んできたらしい。さすがに団体で崖を登る手段を持たずばらばらと襲ってくるおかげで、今のところ人数の不利は補えている。
 戦力としては一番不安だったゼシカも、ギアを駆使してよく戦っている。森は彼女にとっていい環境なのだろう、じょうろで水をかけると下生えの草がものすごい勢いで伸びて行く。そうして襲い掛かってくる男をぐるぐる巻きにして動けなくすると、即座に次の草へと水をかけている。
「これで二、」
 数えかけた幸せの魔女は、視界の端に鍛丸を見つけて四と言い直した。
 鍛丸は砂浜で待ち受け、森を抜けてきた二人を軽々と仕留めている。一人の顔面を剣で殴りつけた後、通り抜けようとした相手の足を払って転ばせると反対の手に持った鞘で上から殴りつけて昏倒させている。
「おんしら相手に、得意の居合いなぞ使うてやらんわ」
 不愉快そうに吐き捨てて鞘を戻している鍛丸にひゅっと口笛を吹き、振り向き様に後ろから襲い掛かってきた相手の脇腹を貫いた。
「嫌だわ、私の幸せを奪おうなんて百年早くてよ?」
 血で顔を洗って出直しなさいなと目を眇めた幸せの魔女は、五、と数を増やしながらゼシカに近寄っていった。
「ゼシカさん、あそこの倒れている連中を縛り上げてもらえるかしら? 生憎手持ちのロープを切らしてしまって」
 動き出されては面倒だものねと笑いかけると、ゼシカはじょうろを抱え直して大きく頷き、ぱたぱたと倒れた男たちに向かう。彼女が向かった先に危険がないのを確認して突剣についた血を振るい落とし、お次の相手はと顔を巡らせると目の前を虹色の何かが通り過ぎた。
「ぼうっとしてると危険だ」
 まだ馬鹿は多いからと少し離れた場所から聞こえたシィーロの警告に顔を向けると、片腕だけ獣化した彼女は真紅の長い鉤爪で相手の振り下ろしてきた剣を受け止め、軽く腹を蹴った。ひどく無造作な仕種だったのに凄まじい威力を秘めていたのは、吹っ飛んだ相手がすごい音を立てて木にぶつかった事から分かる。
「人魚を狩るなんて馬鹿な事を考えたんだ……、その報いは受けてもらう」
 静かな怒りを湛えて男たちに向き直るシィーロの側に倒れている人数を数え、九、と訂正する。
 この場はシィーロに任せてよさそうだと判じて鍛丸をもう一度窺えば、十一と数字がまた増える。シィーロが対峙している三人は彼女に任せるとして、残り一人を捜して視線を揺らした時。
「人魚さん……!」
 ゼシカの悲鳴じみた声にはっとして彼女を捜し、視線を追いかけて唇を噛んだ。
 残る一人は幸せの魔女たちを心配してそこに残っていたユイハに縄をかけ、海から引き摺り出して狂喜めいた色を浮かべている。
「野郎ども、引き上げだ! 妙な邪魔は入ったが一匹捕まえた、これでしばらく豪遊できるぞ!」
「っ、やめて、人魚さんを離して!」
「うるせぇ、引っ込んでろクソガキっ」
 無謀にも突っ込んでいったゼシカを蹴り飛ばそうとした男は、足元でちょろちょろと動く物体に気を取られて煩わしそうに足を払った。蹴飛ばされて砂浜を転がったのは寒天で、幸いにもそれを免れたアシュレーはユイハを抱え上げた男の足をぽかぽかと殴っている。
「はっ、何だこの物体」
 それで止めてるつもりかと鼻で笑った男はアシュレーも蹴り飛ばし、隙を衝いて近づこうとしていた鍛丸を見つけてユイハの首に剣を突きつけた。
「やめとけよ、坊主。俺だって貴重な人魚を傷つけたくねぇ、お前らが大人しく通してくれりゃあ何もしねぇさ」
 分かったらどきなとユイハに剣を突きつけたままじりじりと海を離れた男は、シィーロと対峙していた三人を促して森の奥へと走り去っていく。
「くそう、人質さえおらなんだら……!」
「でも追いかけたら、ユイハさんの身が」
「ああ、なんて気分の悪い。私の幸せを邪魔しようと言うのね」
「どうしよう、このままだと人魚さんが連れて行かれちゃうっ」
 砂浜を転がっていた寒天とアシュレーを抱き上げたゼシカが、ごめんなさいとぼろぼろと泣き出すと今まで隠れていた人魚たちが何人かそうと顔を覗かせた。幸せの魔女は即座にそちらに足を向け、ボートを出してちょうだいなといつもより僅かに低い声で言いつける。
「あいつら、森の奥へと向かったわ。この島に来るには船が必要なはず、誰かが潮を読めるとしても多少時間はかかるはずよ。今から貴方たちがボートを運んでくれたら、遠く逃げる前に追いつけるはずだわ」
 私たちだけではユイハさんを助けられないと強く拳を作ると、宥めるようにシィーロが獣化したままの手でそっと押さえてきた。
「ここは私たちの海、とユイハさんは言った。貴方たちの海に、あんな馬鹿どもをのさばらせていいのか? 私たちはユイハさんを助けたい、力を貸してほしい」
「森ではどうにもならんが、海に逃げるならばユイハ殿を助ける機会もあろう。もう二度とあんな奴らに島を荒らされん為にも、儂らが残さず捕まえてくれよう!」
 だからと鍛丸が詰め寄ると、不安げな顔をしていた人魚たちの何人かがボートを押して近寄ってきた。
「ユイハは私たちの姉妹。もう何人も姉妹たちが浚われて、私たちは嘆くしかできなかった……」
「こちらこそお願いするわ、力を貸して、お客様たち。ユイハを助けて!」
 乗ってとボートを押し出す人魚たちに、幸せの魔女たちもほっと息を吐くと急いで乗り込んだ。



 ユイハがしてくれたように波を操って人魚が先導してくれたボートは、先ほどの細い水路を抜けて島の外に出ると幸せの魔女が断言した先へと舳先を向け、島を取り囲む潮流を見極めかねてもたもたしている船を見つけた。
「どうやら儂らが捕まえた中に、潮を読む者がおったんじゃろう」
 立ち往生しておるではないかと苦々しく吐き捨てた鍛丸に、人魚たちはごめんなさいと目を伏せて謝罪してきた。
「お客様たちに、こんな危険な真似をさせて」
「なんの。儂らは遭難しとるところを助けてくれた、恩人に報いたいだけよ。おんしらのせいではないさ」
 長く生きとるとこんな事もあると尤もぶって頷いた鍛丸に、少しだけ口許を緩ませた人魚たちは島を取り囲む潮流さえ操ってそっとボートを船に近づけた。大きさが違いすぎて甲板までは届きそうにないが、ゼシカが持ってきた花にじょうろで水をかけるとあっという間に成長したそれは甲板までの強い梯子に代わる。
 まず最初に登ったのは、アシュレーと寒天のセクタンコンビ。甲板に誰もいないのを確認したセクタンたちが揺れるように頷くのを見て、獣化を解いたシィーロが先に登っていった。
 潮流に気を取られているなら誰かがユイハを捕らえているとしても一人、揺れる船の上ではいつ傷つけるとも分からないから武器はそう近くに持っていないだろうと踏んでいた。シィーロの姿を確認してまた甲板を先に進んでいたアシュレーたちが、ぴょこぴょこと跳ねるのを見て足音を立てないように近づくと、帆柱に太い縄で括りつけられているユイハは一人で放置されていた。
 近くに人影がないのを確認すると縄を切るのは後ろから来る鍛丸に任せ、操舵室へと向かう。さっきの海図は、潮の流れなんて分かるかと喚き合っている声が聞こえ、シィーロは幸せの魔女と視線を交わして小さく頷き、乱暴にドアを開け放つと一斉に飛び掛った。
 グルルルルルッと思わず興奮した唸り声を上げながら一人を蹴り飛ばし、もう一人を押さえつける。
幸せの魔女は一人の足を壁に縫い止めたが、残り一人はほうほうの体で逃げ出した。けれど二人して追いかけるまでもなく、ぎゃんっと無様な悲鳴が聞こえてきた。
「人質がなければ、おんしなぞ物の数にも入らんわい」
 ぶすっとした声で言い放った鍛丸の声を聞きながら三人を連れて操舵室を出ると、ユイハが結ばれていた縄を使って四人を纏めて縛り上げる。ユイハは幸いにして怪我はないようだったが気を失っていて、私が運ぼうとシィーロが抱き上げた時。
 魔女さんたちー、とボートからゼシカが呼びかけてきた。
「ナイスタイミング。もう終わったわよ」
 ちょろいもんねーと笑いながら幸せの魔女が答えると、よかったとほっとしたように笑ったゼシカはそうじゃなくてと頭を振った。
「人魚さんたちがね、潮の流れを変えていたせいで、もうじき大きな渦? が現れるって。早く戻って」
「それは、巻き込まれると大変そうだな」
 早く戻ろうと鍛丸を促して先に向かわせ、ユイハを抱いたシィーロは真っ先に戻るかと思った幸せの魔女がまだそこにいるのに気づいて振り返った。彼女は縄を引っ張って四人を立たせると、てーいと掛け声をかけて船から突き落とした。
「あ」
「ああいけない、手が滑ったー」
 完全に棒読みでわざとらしくそうのたもうた幸せの魔女は、目が合うとくすりと笑った。
「内緒よ?」
「……手が滑ったんだろう?」
 なら仕方ないとユイハを抱いたまま肩を竦めると、幸せの魔女はあらまぁそうだったわと惚けながら踊るような足取りで花の梯子に戻った。



 気を失ったユイハを連れて島に戻った鍛丸たちは、人魚たちに歓声で迎えられた。
「ありがとう、お客様たち! ああ、どうやってこのお礼を伝えたらいいか!」
「儂らはただ恩返しをしただけじゃ、礼などよいよい」
 帰り道さえ教えてくれたらとシィーロがぼそりと付け足し、しばらくここに滞在したいわと幸せの魔女が笑う。ゼシカは皆無事でよかったと嬉しそうに言って、人魚たちから降るようなキスを受けている。
 あれ羨ましい、とどこまで本気か分かりかねる様子で幸せの魔女が呟いていると、お客様たちと一人の人魚が近寄ってきた。
「私たちの、心ばかりのお礼の気持ちです。私たちを狩りに来た人間が言っていました、私たちの涙はお金になるのだと……。どうぞ受け取ってください」
「そんな事の為に助けたんじゃないから」
「そうじゃ、それに先に助けてもらったのは儂らのほうだ」
 受け取れんと鍛丸が強く首を振ると、それでは友情の証にとユイハの声が聞こえた。ようやく目を覚ましたらしい彼女は心配そうにしているゼシカを撫でて、どうぞ受け取ってと繰り返した。
「私たちにとって、それは自身の大切な人を映す宝玉。あなた方にもきっと海の導きがあるはずよ」
「人魚の涙……、まぁ、真珠ね」
 とても綺麗と持ってこられたそれを一粒摘んだ幸せの魔女は、陽に透かすようにして持ち上げて一度口を閉じた。それからちらりとユイハを見下ろし、鍛丸たちを見てくる。
「貰っておきましょうよ。出された幸せを拒絶するのは失礼よ」
 ねぇ、と笑いかけた幸せの魔女に、ユイハも是非と強く頷く。
 そろりと顔を見合わせた鍛丸たちは、恐る恐る一つずつ受け取った。ありがとうと声を揃えた人魚たちの声を聞きながら、その真珠に写るのは──?

「教えてあげない」

 秘密よと悪戯っぽく笑った幸せの魔女に、人魚たちは波の音にも似てくすくすと笑いさざめいた。

クリエイターコメント諸事情により、オファー文とは異なりヴォロスを舞台とさせて頂く事になりましたが。こんな呑気な遭難ってないよなー。と思いながら、楽しく書かせて頂きました。

ギアや特殊能力で大活躍されるシーンに重点を置くべきかとも思いましたが、私にご依頼があった時点でその需要は低いはずっ。と勝手な判断が入り。
呑気な会話や、暴走部分が目立つ有様になってしまいました。書かせて頂いた私は楽しかったですが、皆様のお心から逸れすぎてないようにと祈るばかりです。

ちょっと目標日数から外れてしまいましたが、楽しい四人様のぷち旅行風景、納めさせて頂きます。
オファー、ありがとうございました。
公開日時2012-02-02(木) 22:00

 

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