歓声が上がった。 真っ白い雪を被った、とんがり帽子を思わせる屋根を持つ建物が囲む広場の中央で、今しも大きく積み上げられた木を這い登り、赤々と輝く炎が立ち上がったのだ。 夜なのに、天空は不思議に澄んだ青い空だった。これから次第に更けてはいくのだろう、けれど今はぽっかりと明るい空。遠くで星が瞬いているが、今この地上に溢れている炎と電飾、ランタンの光にその輝きも弱まるようだ。 降り積もった雪はある場所では踏み固められてそり遊びの場所となり、ある場所では人の背ほどある雪玉を三段重ねた巨大な雪だるまとなっている。とんがり帽子屋根の建物は、あるものは小学校のように、あるものはお堂のように、雪を被りつつ、じっと踞っている。 周囲を取り巻く針葉樹も、みっしりとした雪を受けて重そうに枝をしならせていた。時折バランスが崩れるのだろう、ばさっと重い音が響いて、枝が鋭角に跳ね上がる。だがしかし、それもまた一瞬、さっきからまた降り出した細かな雪が、じりじりと枝葉の上に積っていく。 凍える空気の中で、集った人々は、『彼』、サンタクロースとの出会いを求めて、インフォメーション、サンタクロース・オフィス、クリスマス・ハウスからトナカイ・レストランまで歩き回っていく。 時に運が良ければ、トナカイに重そうな自分の体をのせたそりを引かせ、上機嫌で手元の『プレゼントのお願い』を読みながら、来るクリスマスの準備に余念がないサンタクロースの姿を見ることができるだろう。或いはサンタクロース・オフィスで、彼の仕事や注意深くしている点についても話が聞けるかもしれない。 夏にロストナンバー達が訪れたときは、インフォメーションで村の配置を確かめ、サンタクロース・オフィスで彼を探し回り、ポスト・オフィスで壱番世界の友人達に手紙を送り、クリスマス・ハウスで時ならぬ奇跡の大雪にでくわしたり、トナカイ・レストランでクリスマスにちなんだケーキを味わったり、プレゼント・ショップでサンタクロースに関わる品物やグッズを購入したり、そしてまた、周囲を取り囲む『聖なる森』で、ついに本物の『サンタクロース』に出逢ったりした。 あのときと少々違うのは、村の端に、村の建物そっくりの小さなコテージが幾つかできており、泊まることができるようになったことだ。「悪くないね」 「ヘンリー&ロバート・リゾートカンパニー」のヘンリーは、ロバートが示したタブレットの画像に魅入っていた。「見事な雪だね。皆楽しそうだ」「クリスマスに夢を配り歩く聖者の人気は衰えそうにない」 同じように画像を覗き込んだロバートは、一瞬口を噤み、何か別の思い出を追うように瞬きした後、ヘンリーを見た。「では、企画として進めよう。企画案の名称は」「『十二の月』」 間髪を入れずに応じたヘンリーに、ロバートが探るような視線を向ける。「それは十二月というのではなくて、あの著名な物語のことだね?」「いろいろなものが変わっていきつつあるよ」 新たな歳月にふさわしいと思うんだけど。 ヘンリーは微笑んだ。ロバートが苦笑して応じる。「マツユキソウを欲しがる幼い女王に誰を重ねるかだな」「君が誰を考えたのか、あててみようか」「想像に任せる」 ロバートはタブレットを手に立ち上がった。「『十二の月』ツアー?」 『フォーチュン・カフェ』で遅い夕食をとりながら、フェイは片目を瞬く。「壱番世界なのか?」「うん」 ハオはにっこり笑う。「チケット代はおれが出すよ」 いろいろと迷惑かけっぱなしだし、一度のんびり旅行に出かけてもらってもいいかなと思って。「…雪の中だな」 ロンが示されたパンフレットを凝視しながら呟く。「苦手?」「いや」 不自然なほど素早くロンは答え、不安そうなハオを見上げた。「構わない。たまにはいいだろう。行くな?」「行かないって言えるか、この状況で?」 ロンに確認され、フェイはハオに笑い返す。「有難く行かせてもらうさ」 しかし、最近、出かけることが増えたな、俺達。「この間も壱番世界の遊園地に出かけたし…ロンはブルーインブルーの依頼を受けるつもりなんだろう?」「動く時が来たんだろう」 ロンはコーヒーカップを持ち上げ、香りを嗅いだ。「……『道為す聖句』は、旅だ」「っ!」 淡々と言い放たれたことばにフェイがカップを取り落とす。「ロン、お前」「目的地じゃない、旅そのものだ、フェイ」「お…」「だから、お前も僕に話せ。掴んだ秘密の一つや二つあるだろう」 茫然としていたフェイが慌ただしく瞬きし、ハオを眺め、ロンに眼を戻し、小さくはは、と笑った。「そ…だな……話すか……もっと」 旅はまだ、これからだから、と掠れた声が付け足した。=============!注意!パーティシナリオでは、プレイング内容によっては描写がごくわずかになるか、ノベルに登場できない場合があります。ご参加の方はあらかじめご了承のうえ、趣旨に沿ったプレイングをお願いします。=============
ころころと、小さな指輪が転がっていく。 雪の上を、人の足下を、誰も気づかないままに、跡さえ残さず。 「わあ…真っ白!」 ソア・ヒタネが歓声を上げれば、隣でミルカ・アハティアラが懐かしそうに目を細めながら頷く。歩き出しながら、ミルカは再びサンタの仕事についてソアに話し出す。目をきらきらさせて頷くソアの視線が嬉しく誇らしく照れくさい。 「サンタクロース・オフィスに行ってみましょうか」 …あの時会ったあの人は、今日はオフィスにいるんだろうか。ソアさんに逢わせてあげたいし、自分ももう一度逢ってみたい。 周囲を見回していたソアが、笑顔を溢れさせてミルカを振り向く。 「サンタさんって大変なお仕事なんですね…そしてすごく立派なお仕事です。知れば知るほど、ミルカさんすごいなって思います」 ソアはミルカの仕事には興味があった。いろいろなことを知りたい。 「ここに来ている人達を見ていればわかります、みんなサンタさんが大好きなんだって。サンタさんに会えるといいですね!」 ミルカも大きく頷く。ここで見つからなければ、後で森へ出かけてみよう、そう思う。 その隣を、いそいそとトナカイ・レストランへ向かうのは川原 撫子だ。 「カレリアンピーラッカとレイパユースト美味しそうでしたぁ☆ミルク粥もグロッギも楽しみですぅ☆」 「八月はプッラが好きさ! 甘くて美味しいからね!」 すぐ側を走り抜けながら、くるくるした黒髪の男の子が叫び返す。 「プッラ! シナモンロールみたいな感じのパンですぅ☆」 「頑張って食べてね、お姉ちゃん!」 雪を蹴立てて走り去る男の子は、気がつけばマフラーも手袋もしていない。薄手のシャツ一枚の軽装なのに、寒そうにも見えない。不思議な子だと首を傾げたとたん、腹の虫が盛大に鳴いた。 「トナカイと名物料理食べたら、コタロさんとフランちゃんにお土産買って帰りますぅ☆手袋と縫いぐるみ、どっちが喜ばれるでしょぉ☆」 悩みながら、とにもかくにも腹ごしらえと笑顔で駆け出していく。 「こんにちはなのです。ゼロはゼロなのですー」 雪の光に紛れるように、白い少女が明るく挨拶しつつ歩いていく。 諸世界の伝説にある超弩級聖人あるいはすごい神格のサンタクロース。或いは、ミルカさんがパワーアップを続けるうちにやがてなる存在。 それがゼロのサンタクロースに対する認識だ。 出逢えれば、出逢えた印に『ゼロが昨日見た夢の欠片』を進呈し、世界モフトピア化というゼロの夢について話し、世界に夢を配る仕事について論じ、まったりと安楽安寧の時間を共有しつつお茶など飲んで語り合ってみたい。 「こんにちはなのです。ゼロはゼロなのですー」 「こんにちは、二月なのよ、よろしくー」 同じ口調で返されてゼロが立ち止まると、アーモンド型の茶色い瞳の娘がうふふと笑いながら歩みさっていく。 ポスト・オフィスの中では、クリスマス仕様の切手や絵葉書を買い求め、並べられたテーブルでペンを走らせる人々でごった返している。 『世界漫遊でここまで来ましたぁ☆雪景色すごく綺麗ですぅ☆トナカイも美味しかったですぅ☆貴方にもこれからたくさん幸せがありますよぉに…メリークリスマス☆』 撫子は次々と家族や知人に手紙を出す。 「ん〜」 マスカダイン・F・ 羽空は考え考えあまり達者ではない文字で手紙を書き綴っている。時折開くドアから吹き込む風に首筋を軽く粟立たせながら。 『ボクはひどいことをしたけど 居れる場所を見つけました 守るもののために 生きると決めます 友達ができたよ 今は勉強も楽しいよ 新しい仕事は楽しいよ 好きなひとができたよ いまは幸せです あなたも幸せだといいです 母へ』 壱番世界の住所は忘れてしまっている。今はわからない。けれど、ここは「サンタさん」が届けてくれるなら、届くかも知れないと思っている。 書き上げて投函しようとしたら優しげな女性に手招きされた。長い茶色の髪に赤い帽子、マスカダインから宛先の書かれていない手紙を受け取り、にっこり笑う。 「サンタに渡しておきますね。この三月が承りました」 「あんたの相棒になりたい。一緒に戦いたい」 トナカイ・レストランでリリイに仕立てて貰った深紅のドレスでおめかししたヘルウェンディ・ブルックリンと北欧料理を楽しんでいたファルファレロ・ロッソは、切り出された台詞に瞬きする。 「何の話だ」 さっきまで、レイパユーストの不可思議な触感とヘルの手料理について言及し、しかも最後には『でもまあ少しだけマシんなったな』と言ってのけて、クリスマス向けの大盤振る舞いをしてのけたはずだった。 「あんたの背中は私が守る。死なないように見張ってる、ずっと。どう、文句ある?」 「…は……おいっ!」 嘲笑う気配を敏感に察した娘は、身を翻してレストランを飛び出していく。 「寒い…死ぬ、ルン死ぬ」 毛皮を何枚も重ねて羽織って歯をガチガチ言わせながら、ルンは雪塗れの村で凍えていた。とにかく体を温めようと飛び込んだのがトナカイ・レストラン。 「こんなに雪、初めて。ルン初めて。無理、お使い、絶対無理」 涙ぐみそうになりながら、料理を次々注文する。 「温まるもの、温まるもの! 何でもいい、早くくれ」 「美味い。これ、何?」 「肉? 何の」 「チーズ? 粥?」 そこそこ温まったのではないかと外に鼻を突き出すたびに、鼻水が鼻の中で凍る寒さに撃沈した。 「だめ、出ない。ルン、絶対外に出ない」 見かねたのか、店員が温まりますよと飲み物をくれた。 「温まる? 美味い? 飲む」 「あ、けれど一気に飲まない方がいいと思うんですよ、五月はね」 運んできてくれた長い金髪の優男が止めたのは遅かった。一気に飲み干したグロッギには、そりゃあもちろん「温まるもの=酒」がしっかり入っていた。 「う、まああああいいいい………ぐーっっ」 カップを差し上げたルンは、次の瞬間ばったり倒れて鼾をかきだす。 「サンタクロースって年に一度のお祭りに、世界中の子供にお届け物する、壱番世界の究極のお届け物やさん…だよね?」 ユーウォンはサンタクロースに関して、歳末助け合いの精神の聖霊とか、訳のわからない解説を聞かされたことがある。 「いちお同業者なんだし、挨拶しておかないとね!」 オフィスに行って、何か手伝えることはないか尋ねてこよう。森のイベントも気になるけれど、行く暇があるだろうか? ひょっとして、誰かがあそこで迷子になっているかも知れないし。 「あれ?」 森の彼方を素早く飛ぶように駆ける真っ黒な髪の大きな男。突然立ち止まって、まるでユーウォンが見ているのに気づいたように手を振り、叫んでくる。 「十一月だ!」 ユーウォンは首を傾げる。 「今、十二月だよね?」 男は笑って駆け去っていく。 指輪は転がり続けている、柵や石積みに弾かれることもなく。 このような場所もあるんだな。 ハクア・クロスフォードは雪を踏みながら、ゼシカと共にクリスマス・ハウスを目指している。雪は冷えて固くなりつつあり、ゼシカが少し歩きにくそうだ。 「おいで」 「ありがとう、魔法使いさん」 両手を伸ばしてゼシカを抱え上げる。 途中、ポスト・オフィスに寄って、ゼシカは再び葉書と切手を買って、故郷のシスターに送っている。 『魔法使いさんを紹介するって書いたの』 無邪気な瞳に戸惑いと不安が募ったのはハクアだけだっただろうか。 『ゼシが生まれ育った村へ一緒に行きましょ。シスターも待っててくれる。村の人もみんないい人よ』 脳裏を掠める辛い記憶。本当に自分もそこで暮らせるのか。 『ゼシと魔法使いさん、本当の家族になるのね』 『そうだな』 応えは最初から決まっている。無尽の信頼を裏切ることなどできない。 クリスマスにはゼシカのためのプレゼントを用意しよう。 考えていると、クリスマス・ハウスに着いた。 素朴な木の家、人々がぞろぞろと家を出てくる。入れ替わるように入って、思わず吐息をついた。 温かな赤と緑と金で飾られた部屋。柔らかな毛布やぬいぐるみ、緑濃い針葉樹、きらきら光る黄金や銀の玉、雪を模した真っ白な綿に色とりどりのモール、積み上げられたたくさんのプレゼントの艶やかな包み紙とリボン、暖炉の側に恰幅のいい老人が一人座っていて、くすくすと笑って手招きする。 「さあおいで、君は今年一年いい子だったかな?」 ゼシカを床へ降ろし、これから何が起こるのだろうとハクアは戸惑い気味だ。 「頑張ったわ、サンタさん」 頭を撫でられてゼシカは嬉しそうに微笑む。 「じゃあ、これを上げよう」 「…ありがとう!」 金色の包み紙と赤いリボンで飾られた小さな箱を受け取り、ゼシカはハクアを振り返る。と、何を思ったか、まっすぐに駆け戻ってきて、抱えていた小さな袋を探った。 「白クマさんのぬいぐるみ。だっこして寝てね」 手渡された白くまの垂れ目にハクアは苦笑しながら受け取る。 真っ赤に燃える暖炉ときらきら飾り立てたクリスマスツリー。 口ずさむのはChristmas days。 今の季節にはぴったりよ! メアリベルはいつもなら煙るような色合いの瞳をきらきらさせながら、語り続けるサンタクロースを見つめる。 今、わしの頭の中には、この一年いい子にしていた皆の記憶が次々と溢れ出しているよ! お年寄りに親切だったジェイク。お母さんの手伝いをしたサマンサ。ああ、そうだ、学校を一日も休まなかったベリンダ、お父さんと薪を集めてくれたミード、それに迷子を捜してくれたラッフォのことも忘れていない! わしがそれらの記憶を味わった後、一体何を感じると思うかね? 「「何て素晴しいんだ、この世界は!」」 観客が一緒に声を揃える。 「そうとも。名前の通り、十月になるとわしは浮き浮きし始める。同時にどきどきもし始める。プレゼントの具合を確かめ、ソリの状態を確認し、トナカイの体調に気を配る。繰り返すんだ、十月だ、十月だ、十月だ! さあ?」 「「さあ、急がなくては!」」 表情豊かなおしゃべりの間に、クリスマスソングを一緒に歌い、隣同士で手を繋いでちょっとだけダンスし、サンタクロースは家に期待感を満たしていく。 「では、皆さん、さきほどのプレゼントを開けようじゃないか。何、構うことない、本当のプレゼントはクリスマスに届けるのだからね!」 わあっと笑い声が弾ける。ミスタ・ハンプと手を繋いでステップを踏んで踊っていたメアリベルも、急いで受け取った小箱を開ける。 「まあ! ミスタ・ハンプ!」 驚いたことに、小箱の中にはふかふかの生地で作られたミスタ・ハンプが入っていた。添えられたジンジャーブレッドを一齧りすると、甘酸っぱい香りが広がった。生姜だけではない、新鮮で豊かな果物の香り。 「すべてのミスタ&ミス&ミセスにメリークリスマス!」 ころころ、ころころ。指輪は走り続ける。止まることなく、彼方の炎を目指して。 聖なる森を歩いて、東野 楽園は一人物思う。 これで壱番世界も見納め、私はメイムの夢守として生きる。 もう壱番世界の土を踏む事はないでしょう。 サンタクロースを信じるような子供じゃない。 少女時代は終わってしまった。 「……」 雪の感触を愉しみつつ雪うさぎを作った。ひんやりとした塊に、奪った命のことを思った。 壱番世界を捨てて新しいエデンとして踏み出す勇気がほしい。 冴えた星空を見上げ、両親と私が手にかけた子供達の冥福を祈る。 許してとは言えない。 ずっとずっと、覚えている事が私にできる償いだから。 「厳しい顔じゃな」 静かな声が背後で響いて振り返る。 「十二月は全てを背負えとは望まぬぞ」 そこには樹木のような老人が一瞬見え、すぐに見えなくなった。 「厳しい気候だからこその精霊と1年の営みなのでしょうか。重力の底でもこんな場所があるのですね…」 ジューンはさっきトナカイ・レストランへ行って来て、いろいろな料理を注文し、味とレシピを覚えてきた。クリスマス料理の一品に役立たせるつもりだ。 クリスマス・ハウスでは子どもも大人も満面の笑顔で、サンタクロースとの共演を楽しんでいた。トナカイが引くそりに乗せてもらったり、歌声を響かせながらおもちゃを作る職人達の工房を見学したりというイベントもあった。 「何かをお探し?」 立ち止まると、ひょろりとした細身の男が茶色の口髭の向こうから笑う。 「ええ、知り合いにお土産を買おうかと」 「それなら、プレゼント・ショップだね」 ぴょん、と男は芝居じみた仕草で体を跳ねさせ、大きな身振りで指差す。 「楽しんでね! もし道に迷ったら、またこの僕、六月を呼んで!」 「ありがとうございます」 もう一度会釈して、ジューンは教えられた方向に向かって歩き出し、 「子供たちにはお菓子とマフラーを…全員色違いにしましょうか。緋穂様にはストール、ツギメ様には膝掛を。リクレカ様とリッド様にはお茶菓子が宜しいでしょうか」 呟いて、ふと立ち止まった。振り返るが、男の姿はいつの間にか消えている。 「六月という、名前…?」 「うーん」 坂上 健はプレゼント・ショップで選んだ品物を眺めている。 オフィスでサンタとしっかり写メは撮った。後は土産選びだ。 「こんなとこまで来れて凄ぇって思うけど、家じゃ言えないからなぁ。これなら他の先輩からの土産って誤魔化せる気がする」 妹にサンタクロースの縫いぐるみ、両親に手袋とマフラーを選ぶ。 ふと思い立ってヒイラギとベルのファスナーチャームを一緒に買った。あちこち覗いて、サンタ帽子を被ったフェイと赤と緑のマフラーを巻いたロンを見つける。 にやりと笑った後、手にしていたファスナーチャームを渡した。 「ほい、あんたら3人にクリスマスプレゼント。お揃いで普段使いの物壊れるまで使えよ。あんたら3人、分かりあってるつもりで話さなすぎ。口実にしろよ」 「ありがとな、健!」 フェイが何か言いかけたロンを軽くどついた。 「他のやつへの土産は買えたか? 荷物持ちぐらいやるぜ」 「サンキュ、考えとく」 手を振りながら健は笑う、荷物持ちが必要なほどの土産買うって、どこのどいつよ? 転がれ転がれ指輪よ。誰かがそう歌い続ける。 「サンタかぁ」 私は良い子じゃないからサンタからは、プレゼントは貰えないわね。 ティリクティアは溜め息をついて、レストランで料理が出てくるのを待っている。 0世界で行われる皆とのプレゼント交換はとても楽しかった。今年もあるかも知れないからプレゼントを購入しておいた。クリスマス仕様のキーホルダーとアルバム。 「お待たせいたしました!」 元気のいい声と一緒にエプロンとトナカイ・カチューシャをつけた小柄な女性がやってきて、料理を並べた。 「わあっ…美味しそう!」 各種のケーキ、プディング、それにミニサイズのカレリアンピーラッカには潰したゆで卵とバターがとろりとかかっていて湯気をあげている。メニューの甘味系は上から下まで全部注文してある。 「あのお、全てお出しすると、とんでもない量になりますが」 「全然構わないわ! キーッセリ? 優しい味! ラハカを使ったピーラッカ? いい香り!」 見る見る皿を平らげていくティリクティアに、女性はやがてくすくすと笑う。 「九月はピーラッカをそれほど美味しそうに食べる人を初めて見ました。もっといろいろなトッピングが試せますがお持ちしますか?」 「もちろん!」 ティリクティアは思わず両手を上げて同意する。 「ドレスコードにひっかかるから仕方なく……まあ、あの服じゃ寒いしな」 ヴァージニア・劉はスーツを着込み、コンスタンツァ・キルシェとディナーの真っ最中だ。 「おい、そうがっつくな音をたてるな貪るな」 厳しい声でも、その頭にトナカイ角のカチューシャが装着させられているのでは、凄みが出ない。 「超カワイイ! 似合ってるっすよ! それに、食事はおいしく食べるっす」 「周囲を不愉快にさせるなマナー違反だろうが」 「マナーを守り過ぎて仏頂面ってのは最大のマナー違反っす」 コンスタンツァは運ばれてくる料理を堪能し、デザートも楽しんだ。 食後はもちろん運動だ。 「雪だるま作るっす!」「この格好でか? おい、このスーツで…っ」 ばふっと突き飛ばされて雪溜まりに突っ込み、劉はぶち切れた。 「こうなったら自棄だ」 起き上がった頭にまだトナカイカチューシャは健在、多少乱れたがスーツ姿のまま、近くで開催されていた氷の彫刻コンテストに飛び入り参加した。 「俺にかかりゃ、氷なんて、ゼリーみてえなもんだ!」 周囲がどよめく中、劉の鋼糸が氷を鮮やかに切り刻み削ぎ落としていく。仕上がったのは、雪の中から今にも飛び上がりそうな美しい人魚。 「どんなもんだ」 「凄い凄い凄いっす、劉!」 手を叩いて飛び上がって褒めるコンスタンツァが紅潮した顔で笑う。 「来年も来られるといっすね!」 駆け寄ってきたから殴られる、そう怯んだ劉の首にふわりとプレゼントの柔らかなマフラーが巻かれる。 「皆、楽しそう」 司馬 ユキノは弾む足で雪を踏み、プレゼント・ショップに入った。 去年貰ったのは、蓋を開けると音楽と共に銀色の魚が空中を泳ぐオルゴールだった。ユキノの知らない世界の技術が使われていて、貰った時すごく嬉しくて、今でも宝物にしている。 「私は、誰かに喜んで貰えるプレゼント、あげられるのかな…」 「贈り物か?」 突然話しかけられて顔を上げると、がっしりした体つきの壮年の男が、ユキノと同じように棚を眺めていた。 「私もだ。トナカイの人形とサンタ人形、どちらがいいか悩んでいる」 「……どんな方に贈られるんですか?」 「……自分が欲しいんだ」 男はきまり悪そうに呟いて、薄赤くなる。ごつい体だけにおかしくて、ユキノは小さく笑ってサンタを指差した。 「似合いますよ」 「…そうか。七月にはこれが似合うか。なら、これにしよう、ありがとう」 男は頷いてサンタ人形を抱え、のしのしとレジへ歩いていく。少し見送って、ユキノは微笑みながら、棚に目を戻した。 さて、何にしよう。 「ちょっと待ってよ!」「出てったのはてめえだろうが!」 んもう、とヘルウエンディは拗ねたようにそっぽを向く父親に溜め息をついて、沈黙の間に少しずつ雪を丸め始めた。ゆっくり転がしていく。二つ目の雪玉を作り上げて振り返る。 「手伝ってよ」「あのな」「一人じゃ完成できない」「……ちっ」 舌打ちしつつ、ファルファレロは娘の転がした玉を持ち上げた。一つ目の玉に載せて、やれやれと振り向いたとたん、 「!」「……っくくくっ」 顔を直撃した雪玉ががさりと落ちた。笑い転げる娘にかちんと来て雪を掴み不器用に丸め、投げつけるが当たらない。 「銃に詰めた方が早いんじゃないの」「るせえっ」 ひらりひらりと娘は避け、しかも的確にファルファレロを攻撃してきた。笑い声が響く、楽しげに、幸福そうに。だからつい。 「人に教えるのは向いてねえから勝手に覚えろ。俺からスキルを盗み取れ」 つい。 「………相棒なんざ要らねえ。でも俺が利用できる位強くなりゃそばにおいてやる……うわっっ!」 飛びつかれて雪原に背中からダイブした。冷えるばかりの体のはずが、胸元が暖かくて戸惑う。 ころころころころ。降り出した雪が行く手を遮ろうとも、勢い止めず、指輪は転がる。 陰陽街の事ではなくても、今なお手に入らぬ恋を欲しがる私は多分ホレーナと同じだろう。 サンタクロース・オフィスでサンタクロースに握手を願った後、吉備 サクラは幻覚で自分と足跡を消し、ミネルヴァの眼で見張りの者を避け森の中を目指した。 ここの人の迷惑にはなりたくないけど、絶対見つからないならここでも良いなと思っている。 消えたい。 消えてしまいたい。 消えても誰も困らない。 「雪の中の行軍か」 すぐ側で人の声が響いた気がした。振り向いたが誰もいない。 「一月は好まないな」 もう一度声がして、別方向を振り返る。やはり誰もいない。 精霊の焚火はないのに人の気配はあって、どうしていいか分からなくなって森の中をひたすら歩く。 けれど気がつけば、繰り返し繰り返し、前方に森の入り口が見える。出るつもりもないのに、まるでまっすぐな一本道のように、森はサクラを出口に導く。 「……というお話だよ、アルウィン」 イェンス・カルヴィネンは森の入り口で、アルウィン・ランズウィックと一緒に雪だるまを作りながら、『森は生きている』の物語を話してやった。 ここは聖なる森だと聞いた。許可なしでは入りたくない。 サンタクロース・オフィスではアルウィンとサンタが手を繋いだ写真も撮れたし、自分もサンタをやる予定だったので、子ども達に贈り物をする時に、どんなものをどのように渡してやればいいのかを、こっそりと尋ねてみたりもした。 アルウィンは、サンタに『一晩で配れるのはなぜ?』『夏はどうしているの?』と周囲を気遣いながら質問し、『たくさんのトナカイが頑張ってくれるからだよ』とか『夏はプレゼント選びとプレゼント作り、それに皆のいい子ぶりを確認するのに忙しいんだ』と返答をもらって、満足そうだった。 話が一通り済んだ頃、ちょうど昼休みあたりを見計らって、サンタクロースに暖かい牛乳を運んだり、自作のサンタの絵を贈ったりもしていた。 『コドモ達に贈り物くれる、いつものお礼! ありがと!』 無邪気で純朴な感謝に、サンタクロースの目に浮かんだ幸福そうな笑み。 いつも多くを受け取るのは、与えられる方より与える方なのではないだろうか。 「お土産はーお菓子?」 「そうだね、何がいいだろう」 雪だるまを同居人達や友人に見立てつつはしゃいでいたアルウィンが、赤くなった手に息を吹きかけつつ尋ねてきて、ぼつぼつ引き上げ時かと考える。 「……マツユキソウ、咲いてるか?」 森の中へ入りたいのだろう、アルウィンがうずうずと体を動かして覗き込む。 「森に12の月の精霊が居れば、あるいは…………」 イェンスはことばを途切れさせた。 足下を何か小さなもの、金色にも銀色にも見える指輪が、森の奥へと転がっていく。 「……ゆび、わ」 指輪が転がる先を追いかけて見上げた二人は、森の奥で佇む老人の姿を見た。 その彼方に赤々と、信じられないほど巨大な炎をあげて燃える焚き火を見た。 「……行こう」 思わず二人で手を握り合い、一歩ずつ焚き火に向かって進んでいく。 老人は痩せこけて今にも折れそうな枯れ木に見えた。ただ、足運びはしっかりしていて、追う二人の方がたびたび積る雪に脚を滑らせ木の根に躓いて転がりそうになる。 「見て…見て」 「ああ、見ているよ、アルウィン」 震える声が何を意味しているのか、すぐにわかった。前を行く老人の姿がゆっくり膨らみ、真っ白な髭と髪をなびかせて振り返り、ふくよかな頬を明るませて笑ったかと思うと、白い綿のような縁取りのある赤い服を着た男になった。それからまた背中を向けて歩み出すと、見る見る縮み、ほっそりとした若々しい青年の姿となって、焚き火の前で振り向いた。 ぱちぱちぱち。 弾ける木の音が万雷の拍手に聴こえる。 森に包まれ、炎は輝く伽藍のようだ。 青年が微笑みながら、腕を一振りすると、アルウィンの目の前に細い緑の茎に緑の模様の入った白い小さなカップがいくつも釣り下がったような花がぽとりと落ちた。 「まつ、ゆき、そう…?」 「ああ、そうだ、だが」 二人がそれを見下ろしたのは一瞬だっただろう。 しかし、その一瞬に、顔を照らす炎の熱が消えた。 同時に、炎に溶ける雪のようにマツユキソウも見る見る薄れる。 はっとして見上げる二人の前で、森はただ、静かに雪を降り積もらせていた。
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