広大な夜空に星が瞬く。 大きな岩場と森、小規模な清泉、小ぢんまりとした庵を有した平原によって構成されているそこは、街角を曲がると唐突に現れる、雄大な自然を模したチェンバーだ。 チェンバーの主人は、竜の武人、清闇。 世界最後の黒竜として、強大な力を持って生まれながら、人を愛し人を護り、人として生きるやさしい男だ。 そして、その男は、覚醒して間もない今の理星にとっては恩人であり、心の拠り所でもあった。 行く場所も金銭の類いもなく、そもそも覚醒するとはどういうことなのかよく判らず右往左往するばかりで、何をすればいいのかも判らないまま公園の片隅で寝泊りしていた理星を、自分のチェンバーへと招いてくれたのが清闇だったのだ。 その上、不慣れで拙い理星を侮るでも軽んじるでもなく、飯くらい食わせてやるからここにいりゃあいい、と言ってくれた。 お腹が空くことも、寒いことも寂しいことも、身体のどこかが痛いことも、切なくはあるが理星にとっては日常茶飯事だ。だから、清闇の言葉で一番嬉しかったのは、ごはんを食べさせてもらえることよりも、ここにいてもいいと言ってもらえたことだった。 それは、故郷での理星が、両親以外からはついに聴くことのできなかった言葉だったから。 (あの星は……飛んでいったら、触れられるのかな) 竜の住まうチェンバーに滞在して、五日ほど経っただろうか。 その頃にはもう、今の自分が故郷には戻れないことや、ロストレイルという不思議な乗り物のこと、世界図書館という組織のことまで、少しずつではあるが様々なことが判り始めていて、理星はどうにか落ち着きつつあった。 武人以外には見えない清闇が、案外器用に、しかも素晴らしいコントロールで魔法を操ってあたたかい食事をつくり、惜しげもなく振舞ってくれたことも大きかったかもしれない。 (それとも、俺が近づいたら、嫌がるかな) 主人の求めるように、一定の周期で太陽と月が昇ったり沈んだりするチェンバーで、貸してもらった毛布に包まって、理星は、庵の隅っこで丸くなりながら、開け放たれた障子の向こう側に空を見ていた。チェンバーというつくられた空間でありながら、清冽な空気が一面に満ちるのは、きっとここの主人の存在ゆえなのだろう。
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