クリエイター瀬島(wbec6581)
管理番号1209-24377 オファー日2013-06-20(木) 23:55

オファーPC 樹菓(cwcw2489)ツーリスト 女 16歳 冥府三等書記官→冥府一等書記官補

<ノベル>

「樹菓、こいつの写し五部頼む。今日中な」
「はい!」

「樹菓ちゃん、次の面談なんだけど飛び入りの方がおいでになるから間違えないようにね。これ、名簿」
「はい、お預かりします!」

「おい樹菓、今日付けの転生名簿は終わってるか?」
「はい、地域と性別ごとに振り分けていつもの書箱に入れています」

 樹菓の働く冥府は、眠らぬ宮、不夜城などと称されることがある。この世に生者のある限り、死者となる者もまた等しくあり、当然それは昼夜の分け隔てなく冥府の門を叩くのが所以である。

『すべての死者を平等に受け入れる冥府、その門に閂がかけられ、迷える魂があてどなく彷徨う姿、冥王はひどく嘆いた。冥王は閂を取り払い、それを無刃の杖とした。荒ぶる魂を鎮め、迷える魂を導き道を指すその杖は、今日の冥府にも受け継がれている』……冥府で働く者が必ず読むとされる冥府説話集の一説である。

「お亡くなりになって心細いときに門が閉ざされているのは寂しいですしね」
「まだそんな古いおとぎ話を真に受けてるのか? 昔は知らんが今は普通にあるだろ、閂」
「そうですけれど……」

 あきれたような同僚の台詞に口を尖らせ、樹果は食べ終わった昼食の膳に手を合わせた。
 同僚の言う通り、冥府説話集は半ばおとぎ話のようなものであり、史実に則って書かれているものというよりは、死者を迎え入れる心構え・道徳の副読本として扱われているもののようだった。

「いいんです、私がそう信じる分には自由ですから」
「それで仕事が滞っちゃたまらんよ、午後の面談は何人だ?」
「今日は二十名ほどです」
「……半分終わったら褒めてやるよ」

 樹菓と違って見るからに要領のよさそうな同僚はのんびりと膳の漬物をつまみ茶をすする。何か言い返したくてしばらく口を開いては閉じ、言葉を選んでいた樹菓だったが、やがて諦めたように軽い溜息をつくと、同僚に軽く会釈をしてその場を離れた。

「(……分かってるんです)」

 同僚のように、もっと割り切って仕事をすることが悪いとは思わない。そうすることで死者たちの処遇が決まるのを早めることが出来るのだ、転生に関わるものならば現世との時機もあるから急がねばならない案件も多かろう。ただそれを差し引いても、死者の記録の表紙にある功罪だけを流し読みし、本人の希望や事情も考慮せず行き先を決めるだけの流れ作業に樹菓はずっと違和感を持っていた。
 せめて自分が受け持った死者は、現世に残した未練や思いを少しでも昇華して心穏やかに死後を過ごして欲しい。その為に自分が出来るのは、死者の話に耳に傾けてやること。心からそう信じる樹菓は、名簿を抱え直し面談を行う房へと足を速める。





「……では、妹さんのことが気がかりでずっとこちらに来るのを躊躇っておられたのですね?」
「はい、親を早くに亡くしてしまった為、あの子の頼りはわたししかいなかったの」
「お気の毒に……。親御さんも心配しておられますよ」
「! 父と母の所在が分かるのですか?」

 簡素な机を挟み、樹菓と死者の面談は続く。
 今樹菓が担当している死者は、幼い妹を残し半年ほど前に亡くなった妙齢の女性のようだった。

「はい、ご両親ともにこちらで転生の順番を待ちながら過ごされておいでです。あなたの行き先が決定すれば、お会い出来るかもしれません」
「そうですか、少し安心しました……でも、妹は」

 その口ぶりからするに、この死者の両親はあまりよい亡くなり方をしたとは考えにくいのだろう。冥府での様子を聞いて僅かに安堵の表情を見せるが、それでもやはり残してきた生ける妹を案じ頭を垂れる。

「(……)」

 妹が現世に生きている以上、樹菓が知り得る情報は殆どと言っていいほど無い。樹菓がヒトの生涯を知ることが出来るのはあくまで死者となってから、生前の記録が書類となってからなのだ。
 実際、この死者に限らず、亡くなってから冥府を訪れるまでの時間が妙に長い例は珍しくない。皆残された者たちが気になるのだ。どうすればこの者が妹への未練を断ち切って行き先を受け入れてくれるのか、樹菓にはうまい慰めの言葉が見つからなかった。

「…………見守りたいですよね」
「はい! 早く生まれ変わりたいです、妹の傍に居てやりたいんです。その為ならどんな苦行でも積みます!」

 残念ながら、転生の際にはいわゆる『前の生の記憶』は冥府の記録者によって全て消去される決まりになっている。要領のいい冥府官吏ならこの言葉を質に取り、転生希望の判を押して行き先を決めてしまうのだろう。

「お気の毒ですが……転生をしても、次を生きる方にあなたの記憶は残りません。それに、妹さんがご存命の間に転生の順番が来るかどうかの保証も、私達にはいたしかねます」
「じゃあ、どうすれば……?」

 樹菓は死者の瞳をそっと覗き込む。妹を案じている、その曇りのなさに頷き、樹菓はとある書類を差し出し彼女に提案をしてみた。

「冥府官吏として、転生はお勧め出来ません。その代わり、あなたはここで妹さんを待つことが出来ます」
「妹はまだ十歳です! それとも、妹も早くに死んでしまうというんですか!?」
「ち、違います! 落ち着いてください! ……あなたには、あなたのように現世を気にして彷徨っている魂をお迎えに行くお仕事が向いているのではないかと思ったんです」

 筋違いにも聞こえる提案に激昂しかけた死者が、現世という単語にぴくりと反応した。糸口を掴んだ樹菓は淀みなく、しかしゆっくりと分かりやすい語り口で彼女を諭す。

「つまり、冥府と現世を行き来するお仕事です。休暇の間に現世の様子を見るのはある程度自由に許されていますし、お勤め次第では夢枕に立ったり動物の姿を借りたりして妹さんとの交流をはかることも不可能ではありません」
「……本当ですか……?」
「はい。あなたならばお分かりでしょう? 現世に留まろうとする方のお気持ちが」

 勢い良く立ち上がった死者がすとんと腰を下ろし、目を伏せて小さく頷いた。

「一緒に、頑張りましょう?」
「…………はい」





「え、また派遣増やしたの!? これ以上は困るって」
「……すみません、でもこれが一番ご納得いただけるかと思って」

 冥府官吏としてではなく、あくまで死者として冥府で死後生を過ごしつつ冥府の業務を手伝う登録制の死者というのは、樹菓が勧めずとも自ら希望する者が多い為、かなり人員がだぶついているのが現状であった。登録したとはいえ仕事がなく腐る者も少なからず居り、登録に携わる二級書記官の女性官吏は目下の樹菓に向かってあからさまに不機嫌な顔で応対してみせた。

「ほらぁ、また希望地域一箇所しか書いてない……あぁ、はいはい。まぁあの辺りは戦争も終わってないからね、いくらか仕事はあるでしょ。何回かやらせてあげて納得させてみるわ」
「お手数をおかけします、よろしくお願いいたします」
「……あんたのそういうところが嫌いじゃないからさぁ、あたしも受け入れちゃうんだよね」

 渋々といった感じで登録書類に決済印を押した女性官吏が相好を崩し、手で部屋を出るように樹菓を促す。

「ま、後のことはやっとくから。あんたまだ面談残ってるんでしょ、早く行きなよ」
「ありがとうございます! また改めてお礼に伺いますね」

 樹菓のやり方を好ましく思う者もまた、確かに居るのだ。それは樹菓のちいさな誇りだった。





「ええと……お名前を確認します。氏と字名をお名乗り下さい」
「艮桃煕と申します」
「はい、確認しました。どうぞお掛け下さい」

 次に担当したのは、桃煕と名乗る壮年の男性だった。死者は死んだ時の服装がそのまま冥府の門をくぐる時の服装となるが、やけに質素な装いと頬の焼印に目を留め、樹菓はこの桃煕の記録の中から、普段あえて最初に目を通すまいと決めている功罪の項目を確かめる。

「……罪状を確認します。強盗、それに伴う大人三人、子供一人に対する殺人、建造物放火……間違いありませんね」
「はい」

 桃煕は淡々と樹菓の問いかけに頷く。記録によれば、桃煕は戦争による貧しさから盗みを働き、押し入った家の人間を閉じ込め火を放つという大罪を犯し斬首刑に処されたとあった。死罪は冤罪でない限り、原則として地獄のどこかへ落とされることが決まっている。桃煕のそれは本人も認めるれっきとした罪であり、樹菓がことさら頭を悩ませる案件では無いように思えた。しかし。

「現世のご家族にお伝えしたいことはありますか?」
「……父親らしいことを何一つ出来ず、すまなかったと」

 応える桃煕の眼差しはただ真摯であった。だが、見知らぬ一家の命と自分の家族の命を天秤にかけてしまった、その哀しみが桃煕の瞳に深い、深い影を落としている。

「罪人の妻として、子として、肩身の狭い思いをさせているかと思うと……悔やんでも悔やみきれない」

 樹菓は、知っていた。罪人の家族もまた、罪人と同じように裁かれる運命にあると。おそらくは一両日中のうちに、桃煕の妻と息子もこの冥府にやってくると。名前と死期だけが記された簡素な名簿が、桃煕の名簿の下にひっそりと在る。それだけのことが、桃煕の業の深さを示している。

 桃煕を今すぐ地獄送りにすることは簡単だ。死罪であり、桃煕本人がそれを受け入れ抵抗の姿勢を見せていないのだから。だが、樹菓にはどうしても行き先の欄にそれを書くことが出来なかった。

「……」

 少し、待ってやることは出来ないか。
 そんな思いが樹菓の頭をよぎる。どのみち桃煕の妻も子も、同じようにここへやって来るのだから。ならばせめて、せめて。

「……桃煕さん、あなたの行き先はほぼ決まっています。ですが……」

 樹菓はそっと、桃煕の書類を自身の受け持ち書箱の一番下に入れ直した。

「書記官様、何を……」
「私は今、あなたとお話はしていません。あなたは面談の順番待ちをする間、ここに迷い込んだ。そうですね」

 わざとらしく広げた妻と子の名簿に桃煕が気づくのを確かめ、樹菓は自分に言い聞かせるように頷く。

「困ります、桃煕さん。順番の札はお渡ししていますので、お守りいただかないと。さあ、お引取りください。これが正しい順番札です、今度は時間を守ってお越し下さいね」

 半ば強引に樹菓が握らせた札には、三日後の日付……桃煕の妻と子が冥府へ来るであろう日の、翌日の日付が書き入れられている。

 樹菓の意図を悟った桃煕は、すぐさま立ち上がり樹菓に深く深く頭を下げた。

「さあ、私は忙しいんです」





 ああ、いつもこうだ。
 話を聞かずにはいられなくて、聞いてしまったら何かせずにはいられない。
 さあ、桃煕の順番を飛ばしてしまったこと、順番札を一枚ムダにしてしまったことをどう処理しよう。悩める樹果の瞳はそれでも、少しだけ晴れやかであった。

クリエイターコメントお待たせいたしました、『そのみちゆきと』お届けいたします。オファーありがとうございました!
樹菓さんのお仕事模様を本格的に書かせていただくのは初めてですね、冥府の中の人々を想像しながらあれこれと暴走してしまいました。樹菓さんの丁寧なお仕事はきっと敵も味方も多いのだろうな……などと考えつつの執筆でした。とても楽しかったです。

あらためまして、オファーありがとうございました!
公開日時2013-08-07(水) 21:10

 

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