クリエイター瀬島(wbec6581)
管理番号1209-24199 オファー日2013-06-20(木) 17:14

オファーPC 古部 利政(cxps1852)ツーリスト 男 28歳 元刑事/元職業探偵
ゲストPC1 木賊 連治(cfpu6917) ツーリスト 男 32歳 奇術師/探偵/殺人犯

<ノベル>

 鎖が弾丸を弾き飛ばし火花を生む鋭い音。一瞬の光。
 トリックスターの手元は不可視、いや。

 刹那、何も無いところから奇術のようにあらわれた拳銃が利政のこめかみを威嚇した。

 呆気に取られたような静寂と、下ろされることのない二挺の拳銃。
 ひとつはサプレッサーが装着されていて、もうひとつは素のままの姿をしているのは、罠を張り奇術を魅せた連治がそれでも抱くかすかな疑問。
 わずかな体格差の所為だろう、見下ろす利政のほうが有利な姿勢を保っているように見えたが、その表情はひどく苦い。

「これがお前の切り札か」

 奇術師、連治の口調はあくまで断定的だった。
 連射の構えを崩さず、いや崩せずにいた利政は、連治の右手に納まった「あるはずが無いもの」を視認し、事態を悟ってあからさまに舌打ちをしてみせた。

 その表情は、覚えたての遊びを半ばで止められた幼子のそれに近かったかもしれない。


__汝、盗むなかれ





『ブルーインブルーの宝石窃盗事件を未然に阻止し、依頼者を護衛せよ』

 クルーズ客船サンタ・アレグラ号。
 贅を極めた豪奢な設備ときめ細かなサービス、徹底したセキュリティを謳うこの豪華客船で今、あるまじき強盗殺人事件が起きようとしていた。不審者は猫の子一匹どころか紙切れ一枚すらも通さないと豪語するサンタ・アレグラ号に乗船することはブルーインブルー富裕層の間でステータスとなっているが、逆に言えばつまり、そのような場所で起きうる事件には必ず、何か見え難い裏があるということになる。
 世界司書の持つ導きの書にそのような記述があったわけではないが、依頼を請けた木賊連治と古部利政にとってその程度の想像は経験則の範囲である。ジャンクヘヴンから派遣された護衛を装い情報収集と警戒にあたる二人であったが、導きの書に記載された情報にはどうにも不足が多かったらしく、心なしか二人の足音は愉しげに船内へこだました。


__謎があるなら、あるだけ解いて追い詰める

__暴かれる悲劇は、色が深いほど美しい


「この手紙を出した人物に心当たりは?」
「そんなものは両の手に余るほど居る、誰も彼も信用ならん! このような侮辱、許せる訳がないわ」

 宥めるような利政の語り口に、ジャンクヘヴンへ私的な護衛を依頼した商家の男は怒りに身を震わせかぶりを振った。眉根と額にはっきり刻まれた深い皺は、この初老の男の扱いにくさを理解するに十二分なように思える。

「手間だろうが名を教えてくれないか。貴方の記憶の限りで構わない」
「……ああ、そうだったな」

 セキュリティ上の理由から、船員も旅客もこの船に偽名で乗ることは禁じられている。あらかじめジャンクヘヴンの事情筋から手に入れていた乗船名簿をめくり、連治は依頼者がよどみなく挙げる名前を探し印をつけた。

「……本当に、両の手で余る数だな」
「ご心労、お察しします。宝石を守り、快適な旅をお約束しましょう」

 一見すれば柔和で誠実そうな笑みを向け、利政が依頼者の肩をそっと叩く。素顔に貼り付けた薄皮一枚程度の厚みでしかなかったが、瞳が語る言葉さえも器用に隠し依頼者の心に入り込む利政の表情・立ち居振る舞いは、刑事や探偵というよりも詐欺師のそれにひどく近い。
 後日思い返せばあざとさを感じるであろう利政の挙動は、依頼者だけに向けられていたのではなかったのだろう。





『親愛なる悪徳商人ロブ・ガディ殿

今宵貴殿の心臓と同じ重さの宝石をいただきに参る
神が授けた良心と正義の天秤は脂にまみれた血の重さを差し引き釣り合い
正しく宝石の価値を導き出すだろう

汝、隣人の家に欲を出すなかれ!』


「心臓と宝石が等しく釣り合う……少なくとも、犯人には同じだけの価値があるということかな」

 依頼者ロブの客室に投げ込まれていたという手紙形式の犯行声明文を思い返し、利政はわずかに目を眇める。

「あの文面からどれが盗まれるのかが分かればいいんだが」
「全部だったりしてね」

 ポーラー・タイ、いくつもの指輪、カフスにストールピン。
 ざっと正面から見る限り、ロブは少なくとも十以上の宝石を身に着けていた。高らかに富を誇示する色彩のそれらのうち、いったいどれがロブの心臓と共に狙われているのか。それも、名の挙がった容疑者と思しき者たちの立場によってがらりと異なる。どこから光が当たっているか分からない玉虫色の真実は二人を惑わせた。

「確かに……死んでしまえばどれでも盗っていける」
「そうならないようにするのが仕事だよ」
「分かってる」

 どこか遠くを見るような眼差しの利政と、すべて無傷で守ろうとする連治の温度差は、静かに交錯する。





__汝、隣人の家に欲を出すなかれ


 欲を出すなかれという言葉で結ばれた犯行声明からは、ロブの富を妬む者の影がちらつく。だが、このサンタ・アレグラ号に乗り合わせているのはいずれもロブに劣らぬ上の流れを汲む者ばかりであった。単なる物盗りの犯行でないことなどとうに分かっていたが、連治は理屈でない心のどこかを袖引く文言に思考を巡らせる。

「(欲を出すな……欲を出した結果手に入れた宝石なのだとしたら)」

 犯罪を起こそうとする者にも何かしら事情はあろう。それがまだ成されておらず、且つ原因が犯罪者の側には無かったとすれば。未遂であるという特殊な状況が、連治のいびつな正義感をゆらりと左右に揺さぶる。

「(確証は無いが、これで絞れるだろう)」

 一方、連治と行動を別にしていた利政はロブの客室の扉が下半分だけ見える展望デッキでひとり、持参した小型の双眼鏡を覗き込んでいた。ロブを泳がせれば必ず何か手がかりが手に入るだろうという、確証ではない確信が利政の胸にはある。それは客室で事情を聞いた際のぎらつく瞳や、こちらの挙動をつぶさに伺う様子に一種異様な警戒心を感じた為だが、あれは決して気のせいではないと経験則に裏打ちされた勘が告げている。

 利政の推察通りであれば、ロブは恐らく誰も伴わずに一人で客室の外に出るはずで、利政はその瞬間を待っていた。万が一何かあったときの警護自体は連治がどうにかするだろうという思いもあった、愚直ともとれる犯人探しへの熱情は利政にとって滑稽でしかなかったが、その方が都合がいい。

「言いつけ通り守る役も必要だ」

 唇から漏れた呟きと薄ら笑いは、波音に掻き消える。





『依頼人が外に出た。何処に行ったかまでは分からない、ひとまず客室の前で落ち合わないか』

 二時間ばかりが過ぎ、気の早い夜空が少しずつ夕焼けを吸い上げ始める頃。双眼鏡と利政の瞳が客室を出るロブの足元を捉えた。読み通りだ。他に誰も扉を潜らなかったこと、連治の姿がロブの行く方向には無いのを確かめ、利政は素早くエアメールを送る。すぐさま返ってきた肯定の短い返信に細めた目は、何を喜んでいたのだろう。

「無防備に過ぎるな」
「木賊もそう思うかい」

 ロブから貸し与えられた鍵を使い、二人は無人の客室に足を踏み入れる。室内は長い船旅に備えるための荷解きがまだ進んでいないらしく、高級そうな革の鞄がいくつか開け放たれ、さしあたって必要になったものだけがそこから抜き出されているような状態だった。

「これじゃ盗んでくれと言っているようなものだろう」

 お世辞にも整頓されているとは言いがたい室内を見回し、連治が浅い溜息を吐いた。荒らさぬように気をつけながら鞄のひとつをあらためると、そこにはさっきまでロブが身につけていた宝石がいくつも顔を出す。ほとんど呼吸のように等間隔で確かめた利政の腕時計、長針は文字盤の四の部分を指している。

「成る程ね」

 わざとらしく室内に放置された宝石たち。
 命を狙われているのにまるで警戒心の薄い依頼者。
 そして依頼者が不快感をあらわにした犯行声明。
 導き出された結論の醜さに、利政はうっすら口角を上げて呟いた。

 盗んでくれと言っているようなものだろう……連治の感想めいた言葉はほぼそのまま真実を語っていた。そう、おそらくはわざと盗ませるつもりだったのだろう。ただし、信頼出来る身内の者に。
 これだけの設備とサービスを謳う客船だ、海難事故を含むあらゆるトラブルに対して補償がなされない訳はない。無実の罪を船舶ギルドか、あるいは同乗した気に食わぬ者に押し付け、補償金を受け取り……身内に盗ませた宝石はそのまま手元に返ってくるというのが、ロブの頭にだけ書かれた筋書きなのだろう。ぺらぺらとよどみなく疑わしい者の名を挙げられることも、予め仕込んでいればこそだ。

 だがそれで終わるには、あの犯行声明は不自然だ。明らかな敵意を持ってロブを非難する文面に、彼は心底不快感を表していた。おそらく犯行声明は予定調和の外、ロブが微塵も疑っていない共犯者の裏切りが為せるわざ。

「……ああ、そういうことか」

 利政が声に出さず推論を重ね確かな仮説とした時を同じくして、連治も得心のいった顔を見せる。おそらく二人は同じ解にたどり着いたのだろう。その表情を確かめた利政はいつもの癖で腕時計に目をやる。長針はちょうど数字盤の六を指していた。

「木賊。依頼内容は宝石と依頼人を守ることだったね」
「ああ、そのはずだ」
「それならこの状態から宝石を避難させても構わないだろう。彼は恐らく、何も知らない」
「……そうだな」

 二人は開いた鞄の中から宝飾品の類をあらかた引き上げ、自分たちに用意された隣の客室に避難させる。連治が備え付けの金庫にしまい込み鍵をかけ、立ち上がろうとした瞬間。

 サプレッサーを経た二発の銃声を。
 盗んでくれと言っているようなものだろう、そう呟くに至った思考を。
 二十分前から銃声までの記憶を。
 それとは気づかずに、連治は失わされた。

 それは舞台で踊る役になりきる為。
 疑いと不安のにじむインクで、利政の手によって、筋書きは書き換えられる。


__汝、隣人に偽るなかれ


 腕時計の長針は文字盤の八を示していた。





「ボーラ!!!! ボーラはどこへ行った!!!?」

 腹の底から響くような、怒気に満ち満ちた大声が壁を震わす。何も知らないロブが部屋へ戻ったのだろう。ただならぬ様子を察した連治が客室を飛び出し、利政はゆっくりとその後をついてゆく。

「どうした、何か起きたのか」
「! ……貴様らか。ボーラを探せ、貴様らも顔を見ただろう」

 血の上った赤ら顔を隠そうともせず、ロブはノックの後部屋に入った二人に苛立ちを含んだ目線と短い命令の言葉を投げかけた。

「お連れの使用人ですね。彼が何か?」
「無いのだ! ボーラに金庫へ入れるよう指示したはずの宝石たちが一つたりとも!! ボーラが知らぬのであれば貴様らの責任であるぞ!?」

 事件は起きるべくして起きたのではない。
 起こすべくして起きたのだ。

 素顔の上に驚きの表情を描いた薄皮をまたかぶり、利政が嘆きと焦りの色を濃くした声でロブをあやすように、不吉な言葉を避けるように語りかける。

「それは……。何てことだ、ではすぐにでもボーラ殿を探しましょう。ああ、あなたはどうか部屋に鍵をかけてここに。宝石が盗まれてしまった今、次に盗まれるのは……お分かりですね?」
「? ぬ、それは……」

 一瞬、何を言っているのか理解が出来ないといった表情でロブが二人を見遣る。が、それはこの二人に対して最もまずい対応であると気づいたのか、それともロブもこの出来事のからくりに半分気がついたのか、とにかくまたすぐに眉を吊り上げ、不自然に切れた言葉の代わりにわざとらしい溜息で場を埋めてみせた。

「ボーラは俺たちが探してこよう、貴方はこの鍵を持って待っていてくれ。出来ればドアチェーンもかけておくといい」
「……そうだな、この船の安全を信じよう」

 一瞬不安そうなおもてで見上げたのち、ロブは連治が差し出した客室の鍵を受け取り頷く。このくるくると変わる表情の切れ間にも真実が見え隠れしていると、記憶をこぼされた連治はまだ気づかない。





__暗転。欠落させられた彼なりの疑問符と光景

__ドーナツの穴は周りの生地があることによって形而下の存在となる

__では自覚のない記憶の穴は?

__円形に残された木賊連治の記憶、その生地は穴を形而下の存在と出来うるか?


 事件は起きてしまった。
 推察しようにも、不可解な点があまりに多すぎる。

 ロブの口から挙がった名を持つ者をひとつひとつ洗うには時間が足りなかった。
 もっと何か、別のことを考えて行動しようとしていた気がする。

「おかしいな」

 ボーラの行方より先に突き止めなければならないことがあったはずだ。
 だが、その思考へはどのようにして至ったのかを説明できない。
 自分はこのように脈絡なく勘だのみで事件に首を突っ込む性質だっただろうか。
 答えは勿論否なのだが。

 知らず、人差し指の節を口元に添える仕草。
 どうにも悩んでいるのが己の何気ない挙動で気付かされる。

「(思い出せ、この疑問の切欠を)」

 怒気に歪んだ顔と、そのすぐ後……ドアチェーンをかけるよう提案した時に見せた、怯えるような表情。ロブの変化は何かを隠そうとしている、あるいは伝えようとしている。そう思ったのは何故なのか、いつなのか。

「……駄目だ」

 思い出せない。
 乗船してからの記憶をどんなに細かく辿っても、この疑問符に関連付けられるだけの情報はまだ何も得ていないように思える。まるでどこかに記憶を落としてしまったように……。

「記憶を……落とす?」

 はっと、閃きに顔を上げる。
 トリックはいつでも見えないところ、いや、正確には見えているはずなのに目に入らないところに堂々と仕掛けられている。もしこれが記憶の欠落によるものだとすれば、そしてそれが意図的に……隠蔽の為に行われたものだとすれば。この状況でそんなことが出来るのは、ひとりしか居ないのだ。後ろでせせら笑う声の主は、二人でこの船に乗る前から機会をうかがっていたのかもしれない。

「……利政」

 確信を持ち口にした名前。だが、確証は持てていない。
 だから使わせるのだ、それが何より強い物証になるのは明らかなのだから。

 誘い出すにはたった一言でいい。

「あんたのお陰で謎が解けた」

 次は、彼に背を向けてはいけない。





__そして冒頭の火花は美しく散り、真実の一端を照らす


 鎖が弾丸を弾き飛ばし火花を生む鋭い音。一瞬の光。
 トリックスターの手元は不可視、いや。

 刹那、何も無いところから奇術のようにあらわれた拳銃が利政のこめかみを威嚇した。

 呆気に取られたような静寂と、下ろされることのない二挺の拳銃。
 ひとつはサプレッサーが装着されていて、もうひとつは素のままの姿をしているのは、罠を張り奇術を魅せた連治がそれでも抱くかすかな疑問。
 わずかな体格差の所為だろう、見下ろす利政のほうが有利な姿勢を保っているように見えたが、その表情はひどく苦い。

「これがお前の切り札か」

 奇術師、連治の口調はあくまで断定的だった。
 連射の構えを崩さず、いや崩せずにいた利政は、連治の右手に納まった「あるはずが無いもの」を視認し、事態を悟ってあからさまに舌打ちをしてみせた。

 その表情は、覚えたての遊びを半ばで止められた幼子のそれに近かったかもしれない。


__汝、盗むなかれ





「よく喋るな、名探偵。……仕方ないか」

 白旗は皮肉めいた笑みと大仰な代名詞に彩られる。
 利政の腕が静かに下ろされ、そのまま敵意の喪失を示すように空いた手がサプレッサーを器用に取り外した。

「いつ気づいた?」
「客席からトリックの在り処が見抜けないようじゃ奇術師は失格なんだ」

 答えになっていない連治の明確な答えにくつくつと笑い、利政がホルターに拳銃を仕舞い込む。

「なら、僕じゃない犯人が仕掛けたトリックにも気づいているんだろう」
「そこは生憎だな」
「……莫迦みたいに素直だね」

 降参の証として利政の口から語られた限りなく正解に近い推理と、おそらくはロブが作ったと思われる、二人が目にしたのとはまた別の犯行声明が使用人ボーラの懐から出てきたことにより、事件は正しく未遂に終わった。

「もう少し楽しみたかったけれど、それはまたの機会にしよう」


__汝、禁じられた遊びを殺すなかれ

クリエイターコメントお待たせいたしました、『Thou shalt not steal.』お届けいたします。
オファーありがとうございました!お届け遅くなって申し訳ありません。

境遇も、罪への意識も、何もかもが対照的なお二人の異なる視点、大変楽しく書かせていただきました。腕時計や、模倣したはずの拳銃の細かな差異など、ちいさな仕掛けで色々と遊んでいます。お楽しみいただければ幸いです。
公開日時2013-07-02(火) 21:40

 

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