「はい、これが地図だよ」「え?」 所はモフトピアの小島の一つ、宝探しの出発点だという場所で、くまさんアニモフから白い綿菓子の塊のようなものを渡されて、ニワトコは戸惑う。「地図? これが?」 モフトピアでは今宝探しが大流行だ。 見つけた不思議なもの、大事にしているものなどを隠しては、そこへ至るヒントや謎を書き出した地図を渡し合い、見つけ合って楽しんでいる。 今回はいつもやってくるお友達とも一緒にやろう、とアニモフ達が呼びかけてくれて、ニワトコとユーウォンが参加することになったのだが。「がんばって見つけてね」 にこにこするアニモフが続ける。「見つけたら、それは自分のものだよ」「いいの?」「もちろん」 でなくちゃ、宝探しじゃないでしょ? つぶらな瞳で見上げられ、ニワトコはユーウォンを振り返る。小さな肩掛け鞄をかけた相手は、青い瞳でニワトコを見返し、それからアニモフに尋ねた。「ところで、宝のある場所はどこ?」「ここだよ。赤い石が入っているでしょ」 アニモフが指差したのは、綿菓子の塊の真ん中ぐらいにきらきら光る小さな石。「近づくとぴかぴか光るよ」 別のアニモフが付け加えた。「光って回りも溶けるから」「溶けるの? これが?」 興味を引かれて、ユーウォンはニワトコから綿菓子の塊を受け取った。確かに中央付近に光る石が入っている。「じゃあ、出発!」「う、うん」「いってらっしゃい!」「ありがとう」 2人は綿菓子の塊を手に、アニモフ達に見送られ、とことこと小島の端まで歩いてきたが、小島からは幾つもの橋が別の小島にかかっており、さらに先の小島からもたくさんの雲が繋がっており。「……どうしよう」 ニワトコが不安そうにユーウォンを見下ろすと、オレンジ色の翼のあるドラゴンは、首を傾げつつ頷いた。「まずは、この地図のどこがこことそっくりか、探す必要がありそうだ」「どこがこことそっくりか?」「出発点がどこか、この地図には書かれてないようだよ?」 でも、とユーウォンは地図を深く覗き込んだ。「この端っこ、よく見ると、塊の中を三本の赤い糸が通っている。これって、あれと似ているね」 指差した方向に、確かに赤いリボンが縁取っている雲の橋が三本ある。「あ、じゃあ」 あそこがここだとして、宝物があるのはこっちの方向。 ニワトコが笑顔になってくるりと振り返ったが、今居る小島からはそちらへ行く橋はないようだ。「遠回りでも、リボンの橋を進むしかないようだ」 それによく見るとなんだろうな、ここに青い輪ゴムみたいなものがひっかかってるし、緑の玉みたいなものが入ってる。「何か仕掛けでもあるのかな?」 首を傾げるユーウォンに、ニワトコは頭の白い花を揺らせる。「うん、そうかもしれない。でも」 お日様は明るいし、風は気持ちいいし、どこからかいい匂いもしてくる。「出かけよう」「そうだね」 ユーウォンと2人、ニワトコは足を踏み出した。=========!注意!企画シナリオは、便宜上、参加枠数が「999」になっていますが、実際には特定の参加予定者のために運営されています。この企画シナリオは下記のキャラクターが参加予定です。他の方のご参加はご遠慮下さい。万一、参加予定でない方のご参加があった場合は、参加がキャンセル(チケットは返却されます)になる場合があります。<参加予定者>ニワトコ(cauv4259)ユーウォン(cxtf9831)=========
「宝探しってはじめてだから」 わくわくするね、とニワトコは手にした『地図』をくるくる回した。 ニワトコが今まで見たことのある『地図』は紙でできていることが多かったから、こんな『地図』は見たことがない。 「モフトピアだからこういう形なのかな」 それならひょっとすると、他の世界にはまた全く違う、不思議な『地図』があるのかもしれない。 「青い輪ゴムは湖かな? それとも水たまり? 緑の玉は、果物でもなっているのかも。それともふわふわ飛んでる緑色のシャボン玉?」 思いつく限りのことを並べてみると、ユーウォンがきらきらした瞳で見上げてくる。 「青いわっかは水かなぁ。わっかになって流れる滝とかだったらすごいよね。緑の玉はなんだろね? あめ玉で出来た島? …あ、あれ見て!」 楽しげに続けると、ふいに何を見つけたのか、走り出した。 2人が渡っていく雲の橋は、両側の欄干に当たるところに鮮やかな赤いリボンが編み込まれている。リボンはところどころくるりと結ばれていて、切れ端がきらきらと光っている、その一つに駆け寄っていって、ユーウォンが振り返った。 「キャンディが結んである!」 「ほんとだ」 そばに寄って、ニワトコも目を丸くした。花びらの形のピンクと白のキャンディが結ばれたリボンに吊り下がっている。 「見つけたら、それは自分のものだって言ってたよね?」 「じゃあ、これも、いいのかな…?」 ユーウォンがキャンディをリボンから解き、くんくん、と匂いを嗅いで一瞬首を傾げ、弾けるように笑う。 「甘酸っぱい匂い! 繰り返し嗅いでみたくなるね」 思い出した革紐つきのロケットの香り、あれからユーウォンには『香り』の世界を知る楽しみも増えた。 「もしかすると、今までにもあったのかな?」 ニワトコもキャンディをリボンから外してまじまじと眺める。細かな花びらが食べるのには惜しいほどの細工だ。 「これから先にもあるかも!」 鞄にキャンディを入れながらユーウォンは歩き出した。 「おれこういうの、大好きなんだ! きみは?」 新しい世界を知ること、それはユーウォンの大きな願いだ。 「…もちろん!」 ニワトコが一瞬口を噤んだのは、胸に過った記憶のせいだ。ニワトコの足が何のためにあるかを教えてくれた優しいおじいさん。行け、と促してくれた銀木犀。 「あ、あそこにもある」 「え、どこっ」 ニワトコが指差す先に、ユーウォンが走っていく。華奢な体が跳ねるように雲の橋を渡っていく。ニワトコも頭の白い花を揺らして急ぐ。広く開けた空、降り注ぐ日差し、キャンディを食べる必要はないのだけど、ちょっと口に含むとしゃり、と砕ける感覚と深呼吸したような気持ち良さが広がった。 「今度はオレンジ。でも…ここからどこへ行くのかな」 立ち止まったユーウォンが、今度は丸いキャンディをリボンから外し、ニワトコを振り返る。確かにリボンの橋は少し先で丸くて平らな地面に降りていっている。 「うーん」 ニワトコは『地図』を回しながら、リボンの橋に続く場所を探した。 ユーウォンさんはお届けものやさんだから、地図を見たりするのは慣れているのかも。でもぼくも、がんばらなきゃ。 「あれ…ここに青いわっかがあるよ?」 丸くて平らな地面をくるりと一周していたユーウォンが声を上げた。同時に、ニワトコも『地図』を何度かひっくり返して、赤い糸が通った綿菓子の先が小さなコインのような板に繋がっているのを見つけた。けれど、そこからはどこにも何も繋がっていない。 「行き止まり…じゃないよね」 「ひょっとしたら…ねえ、ニワトコさん、これって目印じゃないかな」 よく見ると、青い輪は地面に直に置かれているのではなくて、小さな箱に乗せられていて、中には今まで見つけたようなキャンディが幾つか入っている。その青いキャンディを取り上げてまじまじと眺めたユーウォンは、ゆっくりと地面の橋から下を覗き込んだ。 「この下に行けってこと、かな?」 「え? ……うわあ」 ユーウォンの側からそっと下を覗き込んでニワトコは驚いた。 霧が吹き上がってくる。霧というより水煙、と言った方がいいか。ざわああ、と音を立てて、煌めく流れが地面の斜め下に大きく円を描いて流れていた。雲の水路を勢いよく流れる水は差し込む日差しに光を跳ねているが、うっすらと青く見える。そして、その水の輪を潜った向こうに、小さく緑の地面が見えた。 「どうなってるんだろ、不思議だなあ」 「ああ、あれはきっとここだよね」 ニワトコは『地図』をくるりとひっくり返して覗き込んだ。輪の中のキャンディを拾い上げ、ニワトコに半分渡しながら、ユーウォンも『地図』を確認した。 「ここから降りて、あの下の緑の地面に行けってことだよね」 「ユーウォンさんなら飛んでいけるけど、ぼくは」 地面に直接ぶつかったらさすがに痛いよね、とニワトコが怯むと、ユーウォンはなおじっと目を凝らして下を見つめ、 「あれ、地面じゃないみたいだ」 「え?」 「ほら、よく見て、風にぷるぷるしてる」 「ほんとだ…あ!」 じゃあ、あれがこの緑の玉なんじゃないのかな。 「どうする?」 悪戯っぽいユーウォンの顔。 「どうしよう」 迷ったニワトコに、ユーウォンは勢いよく立ち上がった。 「おれ、このままダイブしてみよう」 「えっ」 「先に飛ぶから、安全だったら合図するよ! それっ!」 「ユーウォンさん!」 とん、と軽くユーウォンは地面を蹴った。オレンジの細身の体が一瞬空に浮き、続いてあっという間に落ちていく。慌てて覗き込むニワトコの目の前で、ユーウォンの体が激しく流れる水の輪の中央を潜り抜ける。 「すごーいっ! 気持ちいいーっ!」 晴れやかな声が舞い上がってくる。水の輪をくぐり抜けたユーウォンがそのまま一気に下まで落ちるかと思いきや、途中でふわりと漂った雲に軽く受け止められた。ぷわん、と跳ね返って別の雲に、もう一回違う雲に受け止められて、緑の玉の上に着地し、とたんに笑い声が響き渡る。 「なんだこれーっ、くすぐったいーっ!」 「くすぐったい?」 「大丈夫だよ、ニワトコさん、おいでーっ!」 「…うん、わかった!」 ニワトコはぎゅっと『地図』を握りしめ、地面の端に立った。深く呼吸、頭の花が揺れるのを眺め、次の瞬間、思い切りジャンプする。 「う、わああっ!」 浮いた体は一気に下へ引き込まれた。体を引き上げようとでもするような風、見る見る水の輪に近づき、水煙を体中に浴びたと思った次には、太陽の光に包まれて空中に放り出される。 「ユーウォーン!」 くるくる舞った体がどこかに飛んでしまいそうで思わず叫ぶと、大丈夫、体の力を抜いて、と声が聞こえた。 「力を抜くって、どうや…って……っ……あ…」 ぷわん。ふいに柔らかく体が弾んで、雲が受け止めてくれたとわかる。軽く跳ね上げられて、モフトピアの空にぽかりと浮いた、その瞬間にニワトコの心が大きく弾けた。 「空を…飛んでる…」 樹木のぼくが。歩いて走るだけじゃなく、空まで飛んで。 ぷわん、ぷわん、ぷわん。 弾かれて見事にユーウォンの側に落ちたとたん、彼がくすぐったいと言った意味がわかった。 ぷるるんっ、と震えた緑の地面は、衝撃も何もかも呑み込んでニワトコを受け止めてくれる。柔らかくてしなやかで、でもまとわりつくような感触が確かにくすぐったい。 緑の地面は半透明の緑色の球体だった。上から見ていたよりも遥かに大きく、ユーウォンやニワトコを乗せたまま、ぷるぷる震えながらゆっくりと空中を漂って雲の中を移動していくようだ。 「どこへ行くんだろう?」 「『地図』を貸して」 ニワトコから『地図』を受け取ったユーウォンがあちらこちらと覗き込みながら、小さく声を上げた。 「この緑の玉も動いてるよ!」 「ええっ」 確かにさっきまで青い輪の少し奥にあった緑の玉が、微かに光りながらゆるゆると綿菓子の中を動いていく。やがて、『地図』の中でやや下の方、捩じれ上がるような形の部分にぴたりとくっついた。 「こっちも着いたね」 緑の玉の動きに合わせたように、2人が運ばれた前方に、伸び上がる雲の階段と、それを支えるテラスのようなものが近づいていた。強く力を入れると中に沈みそうな緑の球体の表面から、ユーウォンが羽根を巧みに使いつつ、体を起こす。雲のテラスの端を掴み、よいしょと自分を引き上げる。続いてニワトコの手を掴んで、緑の球体から引き起こしてくれた。2人がテラスに這いのぼると、緑の球体はまたそのまま漂うように離れていく。 「赤い石は…『地図』によれば、この上だね」 ユーウォンが階段を振り仰ぎ、おや、と言う顔になった。 「何だろう、あそこにちょっと突き出た場所がある」 「休憩所かな……ああ…虹が掛かってる」 ニワトコも見上げて目を細める。 「昇ろうか」 「うん」 階段の入り口にも、キャンディがそっと置かれていた。虹を思わせる七色のリボンで結ばれた小さな籠に入っている。それを取り上げたユーウォンが、一つ頷いて、嬉しそうにニワトコを見上げた。 「今度は虹を渡るのかも知れない」 「そしていよいよ、宝物、だね」 ニワトコも笑い返して歩き出す。 「う…わあ……」 階段を上った先、突き出た場所は中空だった。遠くに浮かぶ島々、始めのリボンの橋が彼方に見える。いつの間に、こんなに遠くまでやってきたのだろう。平らな地面は空中で危うく浮かぶクッキーのようだ。その下に日を跳ね返しながら流れ続ける水の輪は、くるりくるりと翻りながら、水煙に半ば包まれて靄がかっている。その遥か下に、さっき離れた緑の球体がまたぷかりぷかりと浮かんでいて。 「あ…誰かまた飛び込んだ」 ユーウォンが嬉しそうに指差したのを見ると、確かに影が一つ、二つと緑の球体に落ちた。それだけではない、水の輪に誰かぶつかったらしく、ばしゃんっ、と大きな水音と飛沫が上がって、笑い声とともに飛ばされた誰かが雲の上に吹っ飛んでいく。心配したが、どこか遠くに飛ばされるのではなく、漂ってきた雲にぼすんと突っ込んだようだ。 「あそこからだと、うんと遠回りだよね」 「うまくぶつからずに来れてよかった」 振り返ると、再び上に昇る階段があり、その近くに小さなテーブルがあって、お菓子や飲み物が載せられていた。一休みして頑張って、ということなのだろう。ユーウォンはおいしそうなパウンドケーキを一口かじり、添えられていたジュースで喉を潤し、ニワトコは側にあった水さしから澄み切った水を手に受ける。 「「あ〜…おいしい!」」 お互い同時に口に出して吹き出した。 「行こうか」 「行こう!」 目指すゴールはもうすぐだ。 「宝物はなにかなぁ」 ニワトコは階段を上りながら想像を楽しむ。 きっと、とっておきのものだよね。もらえるっていってたけど…、ふたりではんぶんこできるものだといいな。今度はぼくたちふたりの宝物になる……。 階段は七色に煌めきながら螺旋を描く。虹の橋が雲に封じ込められたようだ。 「赤くてきらきらして、雲を溶かしちゃうもの…お日様? …の、はずはないか」 ホントにお日様みたいな物だったら、ニワトコ君にあげるんだけど。おれより値打ち分かってるし。 ユーウォンも首を捻りながら、あれやこれやと考える。 「宝物は、ここにしまっておいて、また一緒に探しに来るのもいいね」 「…うん!」 小さな呟きを聞きつけて、ニワトコは微笑んだ。 確かに宝物そのものが手に入るのも嬉しいけれど、今までこうやって辿ってきた道、それらを一望して互いに楽しんだ時間そのものも、もう素晴しい宝物。自分だけではなく、ユーウォンも同じように感じてくれているんだとわかって、気持ちがなお弾んでくる。 見上げた先はもう頂上で、階段の切れ目に鮮やかな青い花が揺れている。最後の数段を追いかけあうように上がった2人は、けれどそこで立ち止まった。 「え?」 「あれ?」 そこはさっきよりもなお大きな雲のテラス。けれど、想像していたような宝物の箱も、赤い光る石も何もない。 「間違ったのかな」「『地図』を読み損ねた?」 慌てて2人で『地図』を手にしたとたん、中の赤い石が光り始めた。覗き込む四つの目の前で、赤い石の周囲の綿菓子が靄のように霞んでいく。それだけではない、青い輪も、緑の玉も、あっという間にもやもやとした白い煙になって、2人の手は見る見る縮む綿菓子の『地図』を捕まえようとして、結果、両手を握りあうことになった。そのまま2人の掌の中で赤い石は光を消し、ころんと小さく静かになる。 「一体…?」 「どうしたの?」 戸惑う2人がそっと掌を開けてみると、そこには小さな球体になった赤い石が残っている。しかも、その表面には微かな傷がついているようで、おそるおそるその傷をなぞったニワトコの指が離れた瞬間に、二つに割れた。 「えっ」「あっ」 驚いた2人がそれぞれの欠片を手に握りしめた瞬間、体中に広がったのは今辿ってきたばかりの道の興奮と喜び。 「ニワトコさん、これ」 「うん、きっと」 気づいて2人で欠片を合わせてみると、まるで内なる視野に映し出されるように、宝探しをする2人の姿が脳裏に蘇った。それだけではない、驚きのあまり見過ごしていた、水の輪の中で泳いでいた虹色の魚や、リボンの橋の下に吊り下がり風に揺られて優しい姿で揺れている巨大な花、緑の球体の航路に広がっていた鮮やかな金色の水流、テラスの端を飾っていた雲のレースなども、今見ているように戻ってくる。 「こんなにまだまだあったんだね」 「見逃しちゃったな、残念」 『地図』をくれたアニモフはもう全部見てしまったのだろうか。それとも、通り過ぎるたびに新たな発見が待っているのだろうか。 「見て!」 ユーウォンが驚きの声を上げる。欠片を合わせた部分からもやもやと白い綿菓子のようなものが溢れ出て、見る見る元の通りの『地図』に戻る。けれど、よくよく見ると、コインの端には下への矢印がつき、緑の玉がうよんうよんと動き回り、白一色の『地図』はところどころ虹色に彩色されている。 「新しい『地図』だ!」「うん! 新しい宝の『地図』だ!」 ニワトコは思う。もしかしたら、この『地図』に載っていたのは、あのアニモフが見つけた「宝物」だったのかも知れない。そうして、その『地図』を、2人に分けてくれたのかも知れない。 ふいと見合わせた瞳に同じものを読み取って、ニワトコとユーウォンは頷きあい、新たにできた『地図』をしっかり握りあった。 「行こう!」「うん、行こう!」 2人の声が重なりあう。 「「次こそ全部、見てこよう!」」
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