世界司書の採用試験要項が発表され、応募書類が集まり始めた時期のこと。 レディ・カリスは執務室に缶詰状態で、選考プロセスを詰めていく作業に追われていた。 さすがのカリスさまも少々疲弊ぎみで、思わずひとりごとが漏れる。「リベル・セヴァンのような司書が、あと30人は欲しいところね」「カリスさま、お疲れさまなのですー」 書類の束から目を上げたとたん、いつの間にかそこにしたシーアールシーゼロと視線が合った。「カリスさまはとてもお忙しいのです? 面会希望のロストナンバーが大行列で、フットマンさんたちが【最後尾ココ→】という看板を持って入城制限をしていたのです。ゼロは2時間待ちで入れたのですー」「……あら。ゼロさん、こんにちは。あなたも世界司書に興味がおあり?」「ちがうのです。ゼロはゼロなのです。ゼロはカリスさまとの『ふらぐ』を回収に来たのです」「フラグ?」「ルルーさんとの薔薇園でのお茶会のときに約束したのですー。忙しいカリスさまには休息が必要なのです」 † † † ――カリスさまは毎日いろいろお疲れだと思うのです。いつかモフトピア依頼にご一緒してうさ耳温泉に入りましょうなのです。 ――そうね。機会があれば。 ――カリスさまのうさ耳は、きっと魅力的なのです。全ロストナンバー男子を10kmドミノ倒しで悩殺なのです。 ――できれば、男子禁制でお願いしたいわね。 ――それは当然のことであり自明の理なのです。そのときゼロは巨大化して無防備なカリスさまを警護するのです。 † † †「そういえば、そんなお話をしたことがあったわね」「はいです」「あのときヘンリーは仮死状態で――あれからいろんな出来事があって、ずいぶんと状況も変わったけれど……。覚えていてくださってうれしいわ」「さっき、無名の司書さんから、カリスさまの分も発行してもらったのですー」 ゼロが差し出したチケットを、カリスは微笑んで――彼女にしては肩の力の抜けた、素の笑みで――受け取った。 そして。 白い少女と赤の女王は、仲の良い姉妹のように連れ立って乗り込む。 モフトピア行きの、乙女座号に。=========!注意!企画シナリオは、便宜上、参加枠数が「999」になっていますが、実際には特定の参加予定者のために運営されています。この企画シナリオは下記のキャラクターが参加予定です。他の方のご参加はご遠慮下さい。万一、参加予定でない方のご参加があった場合は、参加がキャンセル(チケットは返却されます)になる場合があります。<参加予定者>シーアールシー ゼロ(czzf6499)エヴァ・ベイフルック(cxbx1014)=========
ACT.1■ゼロの焦点 温泉のなかで、白い少女が腕を広げる。 一夜で大木となった物語の樹のように。貴婦人を護る選ばれた騎士のように。 髪がゆるやかに舞い上がる。 少女は――巨大化する。空間が渦を巻く。無限の大きさに広がっていく。 貴婦人はさらりと衣服を解き、濃霧のような湯気のなかに立っている。 大理石のバスタブには、七種類の薔薇。 それは、ゼロしか知るよしもない、カリスのすがただ。 それは、余人が踏み込めぬ、聖なる領域だった。 光のかけらが、乱舞している。 風が螺旋を描く。貴婦人が身を浸したバスタブが、軽々と宙に浮かぶ。 無重力の温泉のなかで、貴婦人は身体を伸ばし、足を組み替える。 濡れた金髪を割り、純白のうさぎの耳が伸びている。 よくできた装飾品のように、美しいおもざしを彩る。 陶磁器のような肌は淡い薔薇色に染まり、水滴が流れ落ちた。 ペールブルーの瞳は、霧をふくんだ睫毛に覆われており、貴婦人の表情を、このうえなくやさしいものにしていた。 貴婦人は敏捷に、バスタブから滑り降りる。 モフトピアの風は清浄で、熱を帯びた肌を心地よく冷やしていく。 ふわりと伸びた、うさぎの耳。 長い長い広大なそれは、ゼロの耳。 「ここでまどろむと良いのです」 少女の声が、無限の領域にこだまする。 「随分と、贅沢なお昼寝ね」 白い上質の絨毯がどこまでも広がっているかのような、やわらかな毛並みのうえに、カリスは横たわる。 リネンのバスタオルが、横たわるヴィーナス像のような身体を、そっと覆い隠した。 ACT.2■NEWS ZERO 「そんなこんなで雑談をするのですー」 無限温泉で無重力温泉でネタ魔法「風」でさまざまな演出を凝らし、はてはゼロたんの巨大うさ耳上でカリスさまお昼寝の巻、という、脅威的な温泉ライフを楽しみつつも、ゼロたんはゼロたんなので通常営業だった。 カリスさまもそのへん、肝が座ってらっしゃるので、ゼロたんの本質の微かな片鱗をかいま見ちゃっても、あんまり動揺しない。 うさ耳の上で上品に欠伸をしながら、「それもいいわね」などとゆうておられる。 さて、何から話せば良いのです? と、ゼロたん、しばし考える。何しろゼロたんはゼロたんなので、エピソード豊富なのである。 とりあえずは――ナラゴニア、だろうか? 「チェス盤が樹海になったのは予想外だったのです」 「報告書を読んだわ。あなたひとりで樹海を探索したそうね」 あのときゼロは、遠くへ、遠くへ、と、足を踏み出した。巨大化してひたすら前進、前進、身体を10倍にしてまた前進を繰り返した。しかし。 「樹海の果てを目指したのですが、樹海に果ては無かったのです」 「そのようね。鳴海司書があなたの報告の深淵さに驚嘆してたのをまだ覚えているわ」 「鳴海さんもお疲れなのです。まどろんでリフレッシュすればいいのですー」 そして次の話題は、「ターミナルのお奨めお昼寝スポット+快眠法あれこれ」。 これについては、ゼロの独壇場だ。館長公邸の庭、名も無き公園、トラベラーズ・カフェのすみっこ、リリイさんのお店でオセロと一緒にお昼寝、クリパレで灯緒さんやアドさんとお昼寝、円形劇場の舞台裏、百貨店ハローズのベッド売場、告解室で告解なしでまどろむ、などなど、例をあげればきりがない。なお、広場中央の館長像の裏側、というのもなかなか趣きがあるらしい。快眠法に関しては、あまりの達人ぶりに、カリスさまも理解することは不可能であった。 「そういえば、友人が仕立屋さんを開店したのですー。やさしい感じの紅茶を入れるのが得意なメイドさんなのです」 「『サティ・ディルの仕立屋』ね。評判は私の耳にも入っているわ。リリイに匹敵するほど繁盛しているのですって?」 「めでたいのです。カリスさまも仕立ててもらうのです?」 「機会があればね。あなたこそ、新しい服を仕立てていただいたら?」 「ゼロはこすちゅーむちぇんじをどうしていいのか、悩ましいのですー」 お奨めのお店がもうひとつあるのですー、と、ゼロは続ける。 「友人の魔女さんのゲームセンターなのです。いちどお忍びで行くと楽しいのです」 「……どうかしら。ゲームセンターは、あまり……」 「乗り気ではないのです?」 「楽しめるかたがたを否定するものではないけれど。私が出向いても馴染めるとは思えなくて」 「あ、魔神との勝負は非推奨なのですー」 「それは、薦められたとしても遠慮したいわ」 「ターミナルには不思議なことがたくさんあるのです。カリスさまにとっての『ターミナル七不思議』をお聞きしたいのですー」 「ターミナルの不思議は、七不思議どころではおさまらないでしょう? 0番目はゼロさんだと思うけれど」 「はてな、なのですー。ゼロのどこが不思議なのです?」 「……自覚がないのね。ロバート卿も、あなたが力を貸してくれるなら世界の富など如何ようにも出来るけれど、それは神の領域なので触れないようにしている、って仰っていたわ」 「ロバート卿といえば、ご自分から探検隊メンバーに加えてもらって、ヴォロス探検に出発したらしいのです。壱番世界の男の子はそうした物事が大好きだそうなのです?」 「……そうねぇ、いくつになっても。何年経っても。あのかたは私よりうんと年上だったはずなのに、今は世話の焼ける弟のよう」 「カリスさまがフリーなのが、ゼロの七不思議のひとつめなのです。ヘンリーさんもロバート卿も独身なのです」 「彼らがどう、ということではないけれど、恋よりも面白く、こころ踊るものが、世界にはたくさんあるわ。それに気づいたのは、ターミナルに来てからだけれども」 「七不思議のふたつめはウィリアムさんの正体なのです」 「正体?」 「きっとラスボスなのです。すごいパワーが秘められた最終兵器なのです」 「残念だけれど、彼は優秀な執事であるだけよ」 「がーん! なのです」 「みっつめは、エミリエは三つ目の種族なのですか、なのですー!」 「違うわ」 「さくっと否定されたのです!?」 「見ればわかるでしょう? エミリエは普通の女の子よ」 「超常時、全身から青いオーラが立ちのぼり、額に第三の目が開くわけではないのです?」 「……残念だけれど」 「よっつめは、リリイさんやカリスさまの女子力なのです。その力は圧倒的で、あらゆる男子がひれ伏すのです」 「それはね、好きなひとに通じなければ、意味がないものよ」 「……! ……! ……! 今、ゼロは、大宇宙の真理を聞いてしまった気がするのです。女子力を極めれば悟りが開けるのです!?」 「いつつめは?」 「広場の館長像はいつまで前館長のままなのか、なのですー」 「アリッサの銅像を建てるのもどうかと思って。アリッサは嫌がるでしょうしね」 「いつつめは、リベルさんの女の子らしいところを具体的に知りたいなー、なのです」 「機会をもうけて、直接聞いてみればいいんじゃないかしら」 「なかなか話してくれなさそうな気がするのです」 「持っていきようによると思うわ」 「ななつめなのです。究極の謎『飛田アリオについて』なのです。まず、アリッサとアリオの関係はどうなっているのか、なのです」 「特に何も」 「何も?」 「何も」 「アリオくんの影の薄さについてはどうなのです?」 「仕方ないんじゃないかしら」 「仕方ないのですか?」 「もうどうしようもないでしょうし」 「どうしようもないのですか!? ロストナンバーにさえも影響を及ぼすほどの脅威的な旅人の外套効果に裏打ちされた主人公パワーがクライマックスで目覚めることはないのです?」 「ないでしょうね」 「がーん、ががーん、がががーん、なのです」 ががががーーーん、という響きがいんいんと広がり、巨大なうさ耳を揺るがした。 ACT.3■永遠のゼロ 「旅の行く末を決めた友人知人が増えたのです」 しずかに、ゼロは言う。 カリスは答えず、無言でその先をうながす。 「それはとても喜ばしいことなのです。けれど」 ――別れの時は、寂しいのです。 そうね、とだけ、カリスは言った。 「貴女はどうするつもりなの、ゼロさん?」 「ゼロは全世界の階層をモフトピアなみに上げるのです」 生きとし生けるものが生きやすい楽園にする手段を、求め続けるのです。 光のかけらが、星のように瞬いて、 ゼロは、巨大化を解いた。 † † † 「カリスさまもどうぞなのです」 温泉上がりにコーヒー牛乳を渡され、貴婦人は面食らう。 ゼロは腰に手を当ててくいっと一気飲みし、なぜかそこにあった扇風機の前に立った。 そして声を発する。 『我々は宇宙人だ』 『我々は宇宙人だ』 『我 々 は 宇 宙 人 だ』 レディ・カリスは沈思黙考する。 それが、歴史と伝統の温泉作法に基づくものだとわかっていても。 どうすれば――いいの? ――Fin.
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