足元の廊下が乾いた音を立てる。 「……行くわよ」 「うん!」 メイヒの構えたショットガンは無骨な金属質の拳銃ではなく、もっと安っぽい原色に彩られたプラスチック製品である。 かたや、マリアの方はと言えば日本刀。ではなく、ピコピコハンマー。 スーツの上から。あるいはセーラー服の上から、藁を束ねたミノをまとい、うら若き乙女は目でお互いに合図しあって仮面をつける。 真っ赤な鬼の面で姿を覆うと、英国基調の0世界において二人だけ東北の空気へと変わった。 期せずして、二人が同時に大きく息を吸った。 それを吐き出す勢いでもって砂利道を蹴り、前方へと疾走する。 やがて見えて来た大きな木製の扉を躊躇なく蹴りあけ、中へと乱入する。 ミノの中から枡を取り出し、その中身、枡いっぱいの大豆を手に大きく振りかぶって投げた。 「「泣く子はいねぇぇかぁぁぁぁぁぁ!!!!!」」 女盛りのメイヒ、花も恥らう十代のマリア。 二人の乙女は闖入した屋敷の中、メイヒが引き金を引くと銃口から広範囲に大豆がバラまかれる。 「ひぃぃぃぃぃっ!?」 思わぬ襲撃に同じく鬼。――と、言っても、こちらは鬼のツノ型カチューシャをつけただけの人間―― が、洗剤にまみれた食器を落とし、悲鳴をあげた。 ミ★ ミ☆ ミ★ ミ☆ ミ★ ミ☆ ミ★ ミ☆ ミ★ ミ☆ ミ★ ミ☆ ミ★ ミ☆ この事件は、二人が屋敷に炒り豆片手に殴りこむより一ヶ月と十日ほど前。 0世界がクリスマスに浮かれていた頃に端を発する。 南雲マリアが商店街のクリスマスセールで不気味な造型のぬいぐるみを引き当て、使い道に悩んでいた所に声をかけたのがメイヒだった。 マリアが買い食いで手にいれた福引を使おうとクレープ片手に福引のハンドルをガラガラと回した結果、赤い玉が落ちてきた。 やんややんやと喝采する係りの人が、よいしょと言う掛け声と共にマリアに受け渡したのそのぬいぐるみは、例えるならば紫と紺と黄色のセクタンを無理矢理こね合わせて5、6発ほどどついてから一晩、弱火でことこと煮込んで底面がコゲたらこんな感じになるだろうか。 なんとも言いようのないカラーリングの三角形と円形の中間のような形の物体が30kgの米俵ほどの大きさで鎮座ましましていた。 両手で抱え上げるとふかっとした絶妙な肌触りは心地良いものの、ちょうど眼前にあるぬいぐるみの目は何とも言えず腹立たしい感じの目で、視線がぶつかる度に思わずバックドロップで投げ捨てたい衝動にかられて仕方ない。 部屋においておくにしてもロクな事がなさそうで、捨てるより他に方法もないが新品のぬいぐるみを捨てるのは勿体無くて憚られる。 賞品である以上はすぐに売り払うのも商店街の人に悪い。 とは言え、これをプレゼントした日にはヘタをすれば嫌がらせと思われないだろうかと頭をめぐらせていた所に、きみょかわいいとか何とかそういう賛辞でもって「欲しい!」オーラと浮かべるメイヒが現れたのだ。 渡りに船というか何というか、ちょうどいい廃棄先ができたとマリアは欲しいながらプレゼントすると申し出る。 多少の遠慮と共に、メイヒの笑顔を返礼として取引は成立した。 だがそれだけではお礼にならない、と思案したメイヒがポケットから取り出したのは一枚のチケット。 安っぽい素材のそのチケットには蛍光色ででかでかと――、 ナラゴニア、豪華屋敷、一泊ご招待! ;;;;;;;;;;;;;;;; ――と印字されていた。 「ナラゴニア?」 「ああ。ナラゴニアと世界図書館の交流の一環らしいの。福引で当てたんだが一人で行くのも何だし、このきみょかわいいぬいぐるみのお礼として一緒にどう?」 「あ、ええ、……お礼と言われると、お礼を言いたいのはわたしの方なんだけど」 「?」 「ううん、あ、ええと、このままだとこの白桃とバナナのチョコがけアイスクレープ溶けちゃうから誰かに渡したかったし」 「……ちゃんとお釣りもらった?」 「ええ、もちろん。……なんで?」 「ううん。ちょっと気になって。なんでもないわ。それじゃ週末に……」 明日が週末に予定はなかったかと手帳をめくる。 自分にそんな予定はない。予定はないのだが、手帳に赤字で印字された特別な日でもある。 「ねえ週末ってちょうどクリスマスだけど予定はないの?」 「幸か不幸かありませーん」 「そう、私もよ」 「お互い、来年は幸せなクリスマスを過ごせるといいねー」 「……私は仕事があるから別に……」 一見怜悧な外見のメイヒではあるが話が弾んでいく内にどんどん親しみやすい部分に気付き、メイヒの方でも(知り合いの子に似ているなー)という第一印象に違わず話ははずむ。 「じゃあ明後日ね」と約束して別れるころには二人はすっかり意気投合していた。 エアメールで夜遅くまで計画を練ったり「どうやってもらったきみょかわいいぬいぐるみを持って行こうか」と悩むメイヒに遠まわしに拒否の意思を伝えようと奮闘するマリアがいたりと、旅行の計画段階は楽しいもので、気付けば二日間の準備期間はあっという間に過ぎ去る。 早朝、チケットに指定された世界図書館前に集合し、移動手段について説明される。 要するに案内人についていけばいい、と言うことだ。 危惧していたナラゴニア勢力の反感などもなく、どちらかというと戸惑いを持ってこちらを見てくる市場の商人や屋台の売り子達と束の間の交流を楽しんだ後、通されたのは一軒の豪華な邸宅であった。 「それでは、明日の夕方頃お迎えに参ります。ごゆっくりお過ごしください」 ぎぎぎ、と重苦しい音を立てて木製のドアがしまり、案内人も頭を下げたまま姿を消した。 窓から差し込む明かりは室内を見渡すに十分な光量を湛えている。 扉から入って真正面に、メイヒが大きく腕を広げても二人ぶんほどの入りそうな広い大階段。 階段を上って左には豪華な応接室、右側には扉が三つずつ備わっている。 この右側の部屋はどれも客室として整備されているようで、ベッドの上にはタオルが綺麗に折りたたまれており、リネンも一式揃っていた。 さて、階段を上らず、階段の下をくぐるように移動すると屋敷の奥へと通じる扉があり、マリアがきゃっきゃっとはしゃぎながら扉を開けると大広間、左手には小さな扉があり、その小さな扉の向こうは巨大な厨房という作り。 一階にあるのは広いロビーと調度品が飾られた部屋が六室、大広間に厨房。 「これで一通り、部屋は見たわけだけど……。二階が客室ね。どの部屋に泊まる?」 「うーん。じゃあ、左。なんとなく中の部屋よりは正解っぽいし」 「そうね、左の客室に。荷物を置いたら屋敷を探検しましょう」 「わーい、行く行く」 行く、と行っても同じ部屋。 客室が三つも空いているのに同じ部屋に泊まるのもおかしいかな、と思うもののせっかく二人での旅行なのだし、それに……なんとなく屋敷が不気味、と言い出したメイヒの言葉もあって、二人は同じ部屋に陣取る。 幸い、ベッドはダブルベッドほどの広さがある。 マリアが座った勢いでベッドのスプリング感を楽しんでいる中、メイヒは手帳を開いてペンを走らせていた。 「メモ?」 「屋敷の間取りをね」 「どうしてメモ取るの?」 「職業病みたいなもの、かな」 メイヒが手帳に屋敷の簡易的な間取りを書いていく。 やがて、屋敷を探索するために部屋を出て行くが端々でメモを取りながら歩いて行くため、少し歩いては立ち止まってペンを走らせるという遅々たる歩みになり、マリアは調度品を手にとっては眺めつ眇めつ見物するのに十分な余裕のあるペースで進む。 屋敷の中を一部屋一部屋散策して回り、部屋に戻った頃、既に夕食の時間を過ぎていた。 予め買い込んでおいた食事を部屋で取りながら、談笑していたその時。 ――こと。 一階で小さな物音がした。 「でね、その時、母ったら最初っからクライマックスで……、え、何?」 「……何か、物音が」 「物音?」 「ちょっと見てくる。ここにいて」 「え、ちょっと待って。それ私、死亡フラグ! イチャついてるカップルとか、こんな所にいられるか俺は安全な場所に避難するぞとか言い出した人くらい確実じゃない。主人公っぽい人がどっか行ったら残されたヒロインの私、攫われる役目になっちゃう! ってことで、それ怖いから一緒に行くわ!」 マリアの思惑、というか想定。 不気味な洋館、一緒にいるのは刑事、二人で談笑してたら階下で物音。 そして刑事は言う「見てくるからここで待っていろ」と。 もう、ここまでお膳立てが揃えば、この後、自分が攫われて地下室とかで悪霊に乗っ取られている役目は確実である。 そこで「うん」と言って大人しく待っていられる程、純情ではない。 「でも、ここはナラゴニアだし、危ないかも……」 「やーだー、だったら私が様子見に行く! いや、やっぱりそれもダメ。それだと私が帰ってこない展開からホラー物語が始まりそうだし!」 「……分かったわ。それなら一緒に行こう」 「はーい!」 「でも、危なさそうになったらすぐに逃げてね」 メイヒの忠告への返事として、マリアはメイヒの背中をぽんと軽く叩いた。 「進もー!」 元気に手をあげたマリアに、メイヒは「ええ」と柔らかな表情で頷く。 階下の物音は気のせいどころではない。 部屋の扉を開けると分かる。確実に人が、あるいは人のようなモノが蠢いている気配がする。 自分達が足音を立てないよう慎重に大階段を下りる。 物音がしているのは厨房の方だった。 なるべく気配を殺し、ドアを小さく開けて中を見る。 ―― サンタクロース そこにいたのは真っ赤な衣装のサンタクロースだった。 まだ若い少年と青年の間くらいの年齢のサンタは、厨房で調理器具や食器を抱え、大きな袋に詰めている。 サンタクロースはプレゼントをくれるもので、そのプレゼントを準備している……と、言うわけでもなさそうだ。 「あれ、銀食器」 マリアは小さく呟いた。 ただの食器というよりは金目のモノ、というのが正しい。 「じゃあ、あのサンタ。泥棒?」 「……かも。気をつけてね、マリア」 「よし、捕まえよう」 「え?」 即断即決。 マリアはすぅっと大きく息を吸い込んだ。 本気でやるつもりらしい。 「分かったわ。じゃ、間違いがあるかも知れないから傷つけないように制圧しましょう。無理はしないでね。私が飛び込むから、マリアは遠距離からのサポー……」 「てーぃっ!!」 掛け声一発、マリアは床を蹴ってサンタに踊りかかる。 どこから取り出したのか、日本刀を手にしていた。しかも、抜き身である。 注意深く観察すれば、峰打ちのため刃のついていない方を相手に向けていると気付いたかも知れないが、さすがにメイヒにその余裕はない。 「え、ええと?」 メイヒが混乱している内に、サンタは悲鳴をあげて床に倒れる。 峰打ちどころか、切りかかるフリをしただけであっさりと腰を抜かしていた。 「危なッ、……って、マリア! 何かあったらどうするの!?」 「大丈夫。私、そこそこ強いし、それに、迷ってる時間勿体無いじゃない。危ないかも知れないなら、それこそできる範囲のことを精一杯するもの、でしょ?」 「……最初、貴女を見た時、知り合いに似てるかな、と思っていたのよ」 「ん?」 「似てるのか、そうでないのか。よくわからなくなったわ」 「えええええ、そんな反応に困ることを言われても。ほら、あなたって私の知り合いの○○センパイに似てるね、って言われてもその人知らなきゃ「あ、そう」としか言い様がないでしょ? ちょうどそんな感じの感想じゃない。それを言ったらメイヒさんだって母の昔の知り合いに雰囲気似てるわ。若くしたらそっくりかも。ね、どう思う? こういう感想」 「確かに。そんな感想を言われても、その人を知らないから光栄でもイヤでもない……と言うか、反応に困るわ」 「でしょう?」 にこっと笑うマリアにつられて、メイヒも一緒に笑う。 さて、談笑の中、一人脅えているのはサンタクロースである。 突然乱入してきた女子に切り伏せられたかと思いきや、一分も経たないうちに目の前で談笑が繰り広げられているのだ。 「あ、あ、あんたらナニモンなんだ!」 「それはこっちのセリフよ。あなた、ここで何してるの?」 「もしかして、ドロボーさん?」 「泥棒!? ち、違う! 違います! 俺、清掃業者です!!」 ほら見てください、と差し出されたのはショップカード。 安全とか信頼とか引越しならお任せ、とか、そういうよくある決まり文句が並んでいる。 「なんで清掃業者がサンタの格好をしてるの?」 「だってクリスマスシーズンなんですから、そういうサービスを。……あ、あなた達こそ何ですか! ここ、備品の掃除、頼まれてるんですよ! 今、洗う食器をつめてたところです!」 あたふたと手をふる自称引越し業者のサンタクロース。 メイヒはスーツのポケットから封筒を取り出し、チケットを提示する。 「これ見てくれる? 私達、世界図書館の福引でこのチケットを当てたの」 「ええええ? そりゃ、この屋敷って、そういうイベントの宿泊施設やってる屋敷ですけど……」 サンタクロースはチケットを受け取り、まじまじと眺める。 でも今日やれって依頼貰ってきたんだけどなー、とか何とかぶつぶつ言いつつ、目を走らせていた。 やがて、ふぅ、とため息をつく。 「あ、わかりました。ここ、ここ見てください」 サンタクロースはチケットの端っこを指差している。 【ナラゴニア、豪華屋敷、一泊ご招待】のその下。 明日の読める字ではない。 「何? ロシア語でも書いてあるの?」 「何ですか、ロシア語って。これ、事前予約必要なんですよ。だから今日、予約がないからって……」 日程が決まっている福引のチケット。 だが、参加者の連絡は必要である、という事らしい。 福引所の店員に参加を告げたのでここまでの移動は問題なく行われた。だが、ナラゴニア側への連絡は行っていない。 つまり、屋敷側のスケジュールとして福引の景品としてあてられていたクリスマスには、結局、予約が入らなかったため、急遽、清掃を行うことにした。 そして、サンタクロースに扮した清掃業者とメイヒ、マリアが鉢合わせてしまい、今にいたる、ということだ。 結局、呼び鈴を鳴らさず作業をしたのが悪いと清掃業者の上司から謝罪と菓子折りを受け取り、せっかくの世界図書館からのお客様だと予定にない豪華ディナーが供された。 おいしい料理とナラゴニアのサンタクロースのトーク、という追加特典があり、他にトラブルもなく楽しく過ごせたことは過ごせた、のだが。 「ちゃんと謝ってくれるひとに、悪いひとなんていないわ」 「どっちかというと、私達が謝らなきゃいけないのよね。殴りかかったわけだし」 「う……」 と言うメイヒの意見により翌朝、改めて挨拶に訪れた清掃業者のサンタクロースに頭を下げる。 これで、双方、笑って手打ち。話はここで終了する。 ……その、はずだった。 ミ★ ミ☆ ミ★ ミ☆ ミ★ ミ☆ ミ★ ミ☆ ミ★ ミ☆ ミ★ ミ☆ ミ★ ミ☆ クリスマスから約一ヶ月が経過した。 福引補助券数枚を重ね、景品棚にあるきみょかわいい冒涜的な何かのぬいぐるみを睨みつけ、メイヒはがらがらとハンドルを回す。 白が出ればハズレ。赤が出ればあのきみょかわいい冒涜的な何かが手に入る! 赤、赤、赤来い! 赤! 心から念じたメイヒの眼前に、青い玉が落ちた。 「はい、一等~!!! ナラゴニア、節分豆まき大会ご招待ー!!」 「ナラゴニアって、そんな行事もあるの?」 思わずツッコミをいれたメイヒの前に、見覚えのある屋敷がプリントされたチケットが渡された。 日付は2月の3日と4日。もちろん、チケットの印字には見慣れない文字が書いてある。 福引所を後にしたメイヒの背後で、からんからん、とベルが鳴った。 「赤玉ー! 二等ー!! 超可愛いぬいぐるみー!!」 「え? え?」 赤玉! 誰かが、あの冒涜的な何かのぬいぐるみをあてたのか! 思わず振り返った先にはクレープを片手に持ったピンク色の髪の女の子。 あちらもメイヒに気付いたらしく、助けを求めるような目でメイヒを見つめてくる。 あんなに可愛い冒涜的ななにかのぬいぐるみを手にいれて、何故ヘルプアイをしているのかはよくわからないが、メイヒはマリアににっこり笑顔を返した。 そして、メイヒも今しがた引き当てたばかりの封筒を差し出す。 ――ねぇ、また私もチケットを当てたのだけど―― ――じゃあまた予約しなければあのお掃除の人に会えるかな?―― マリアとメイヒの相談に、悪ノリというスパイスが混じり、話はことことと煮詰まる。 かくて、冒頭の襲撃の幕が開かれた。
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