どこまでも広がる大森林。 植生を無視した木々の数々は豊富な木の実や山菜を無節操に蓄え、季節をガン無視して収穫の時を待つばかりの食材を育んでいた。 生い茂る草の中、人一人ぶんの獣道が通っていた。 トラベルギアの力による強水流でなぎ倒されただけの簡易的な道の上では、剥き出しの土壌にすでに雑草が伸び始めており、 数日すればただの草叢に戻ってしまうことは想像に難くない。 草を分けて踏みしめると青臭いにおいが立ち込める。 暑くもなく寒くもない0世界の気候ではあるが、草に囲まれ踏破困難な道を踏み越えていると湿度と運動量が汗を誘う。「ぬぐぅぅぅうおぉぉぉーーー」 巨大なリュックを背負い腰を落として気合の雄たけびとともに歩を進める虎部。 その横では一一 一がこちらも重そうな荷物を抱えて、茂みをかきわけ、歩く。歩く。歩く。 ターミナルを出てから数時間。 荷物と道のりの険しさを思えばそれほどの距離を稼げてはいないはずだ。 草が倒れていることと、僅かな記憶を頼りにひたすらに進む。 やがて、雑木林の中に差し掛かった頃、視界にひょろりと長い大樹がよぎった。 頂点近くに白い旗が翻っていることを確認し、二人はほっと息をつく。 あの白い旗は遠眼鏡で確認すれば、手書きで描かれた温泉マークが見えることだろう。「あ、あとすこしですよーっ、えいえいおーっ」「い、いっちー。ちょっと休憩……」「ダメですよー。ここで休んだら気力も根性も尽き果てます。さあ、目的地まであと少しっ!」 空元気を装う一も、顔をつたう汗をぬぐいもせず次の一歩を踏み出す虎部も、疲労は極限に近づいていた。 それでも後一歩だけ、もう一歩だけ、と燃え尽きそうな情熱を振り絞り大樹の下まで体と荷物を運ぶ。 膝から下の感覚が麻痺してきた頃、ようやく大樹の麓に設営された三角テントへと辿りついた。「こんにちはー。一一でーっす。差し入れ持ってきましたよーっ」 最後の元気で呼びかけると、一はそのまま地面に膝をつき、荷物もろとも地面に倒れこむ。 虎部もどっかりと地面に胡坐をかいて座り込み、ぜぇぜぇと肩を使って肺に空気を送り込んでいる。 やがて、ちーっと軽いジッパーの音がしてテントの中から現れたのは青海 棗その人だった。「なつめちゃーん、ターミナルに帰ろうぜー。こんなとこでキャンプしてないでさー。っつーか、なんでこんなとこでキャンプしてんの?」「……なんとなく?」 ああそう、と虎部の軽い返事を受けて彼の背にあった荷物をほどく。 タオル、着替え、文庫文サイズの辞書に洗面器、モップ、洗剤、燃料に筋トレ用のダンベル、それに非常食。 特に非常食は食べ物は森で調達できるとはいえ、未知の食料に頼っていては万一の時に心配だと双子の片割れから虎部へと無理矢理託されたものだ。 一の荷物からも非常用の消毒薬に抗生物質、熱さまし。それから石鹸などのこまごました雑貨に懐中電灯。 棗がキャンプ生活を始めてから数日、予定通りに着替えも準備もなく、ジェリー・フィッシュフォームのセクタンである八甲田さんと共にただただ日々を過ごしているという報告をした所、双子の片割れから怒涛のお説教文と共に虎部と一の二人が救援物資と共に現れたというわけである。 二人と差し入れが届いたことを報告しようとトラベラーズノートを開くと、つらつらとお説教が書き込まれている現場に出くわしたので、何も書かずにそっと閉じた。「でも、よくこんな所でキャンプなんかしてますね。どうしてこんな所にいるんですか?」「…………え、と……」 どんどん増えていく新規ページを無視して数日前に連絡のあったページを開く。 そこに書かれていた豪快な文字はこう伝えていた。 『 挑 戦 者 求 む 』 メ ン ☆ タ ピ ☆ メ ン ☆ タ ピ ☆ メ ン ☆ タ ピ ☆ メ ン ☆ タ ピ ☆「こんにちはなのね~」 マスカダインが明るく挨拶をして店内に足を踏み入れると、それに負けず劣らずの賑やかなBGMが耳に入る。 ぴこぴことどこか昔懐かしい電子音の中、マスカダインはチラシを手に店内を徘徊する。 やがて、店の一角に彼の持つチラシと同じ絵柄の大きなポスターを見つけ、そちらへと歩を向けると、 木製の机で巨漢と白い女性が向き合って座っていた。 その巨漢の方がチラシに書かれた姿にクリソツだったので、とりあえず気軽に、かつ気さくに挨拶を試みる。「お邪魔しますのね~。このチラシを見たのね~。旅人道化師と書いてニート奉仕人と読んだりは決してしないお兄さん、マジで明日からハコベのおひたしとタンポポの天ぷら……」「ハコベやタンポポならば樹海に行けばいくらでも手に入るが」「そういう意地悪言っちゃイヤなのね~。で、で、ここに描いてあるゲームに勝てばナレッジキューブがっぽがぽって本当なのね?」 マスカダインの持つチラシにはでかでかと「挑戦者求む」の文字が書かれていた。 マキシマムトレインウォーで0世界の通貨であるナレッジキューブが大量に消費された。 もちろん、新感覚アミューズメントセンターであるゲームセンターも、経営権を剥奪されたとは言え大量のナレッジキューブを所持していたメンタピ自身も、 強権発動による徴収要請と、何より迎撃しなきゃ自分の命が危ういとあって素直に差しだしたため、結果、赤貧を享受していた。 そこでメンタピが一般ロストナンバーの財布に眠るなけなしのナレッジキューブを更にもう一段削るべく、もとい、商売復興の礎とすべく考案したのがこの新遊戯だ。「なぁに、簡単な遊戯だ。要するに単なる鬼ごっこ。制限時間内の間に捕まらなければいい。だが追いかける者はそれなりの精鋭を用意する。見事、迫り来る追っ手から逃れ、樹海の中を生き延びてみせるがいい。成功の暁には余の持つこのナレッジキューブ。すべてそっくり進呈しようではないか」 この、という言葉と共にメンタピの腕が紐を引く。 彼の背後にあったチラシがさっと引き上げられ、その後ろに現れたのは金銀財宝……ではなく、大量のナレッジキューブだった。「おおおおお、これだけあればゴハンが食べられるのね!」「あたしは酒の方がいいなァ」 唐突に口を挟んだのは桂花だった。 野次馬の中から一歩前に出てナレッジキューブを眺めてはぺちぺちと叩く。 顔は赤い。あからさまに酔っている。 だが手にした酒瓶はすでにちゃぽちゃぽと音を立てる程度の量しか残っていない。「こんにちは。暇してたのよね、私。 こういうの面白そうだから参加したいわ。勝ったらお酒の補充できそうだし」「遊戯の開始時刻は間もなくであるが、良いか?」「ええ。でもお酒が抜けてからスタートの方が都合がいいわね。ま、この際仕方ないか」 マスカダインと桂花の顔を見比べ、メンタピは満足そうに口元を歪める。「なー、おっさん。それ、逃げるだけで賞金もらえんのか?」「おっさん?」 2mをこえる巨漢であるメンタピから見れば頭ひとつ低い位置に顔がある。 不健康そうにやつれた猫背の男がクマのある目でメンタピを静かに見つめていた。「赤貧ピエロに酔っ払い女に、なんだこの欠食児童は。このゲームセンターには不健康なやつしかおらぬのか……?」 メンタピの嘆きを受け流し、不健康そうな男、ヴァージニア・劉(ラウ)はナレッジキューブの山を一瞥した。「ま、こんだけあればしばらく食っていけそうだし、逃げるだけなら働くより楽そうだし」「あのな……? 主宰者たる余が言うのも何だが、一応皆復興に汗水を垂らしていてだな?」「まぁまぁ、かったいコトいいっこなしよぉ」「……ああ、タンポポの根の天ぷらは苦いのね~、油を節約してサラダにするともっと苦いのね~」「まぁ……参加者の質については何も言わぬが」 こほん、とメンタピが咳払いをする。「では凡庸なる存在、小さき人間どもよ。余の主宰する遊戯をしばしの間、ご堪能いただこう。 そろそろ『先立っての犠牲者』が全滅する頃。望むならば見るが良い、財宝に目が眩みし愚かなる者どもの末路を!」 メンタピが腕を振り上げる。「あ、はいはい」と面倒そうに傍らにいた白いドレスの女性がリモコンのボタンを押すと、天井からモニターがゆっくりと降りてくる。 映っているのは大森林である。 やがて、画面下部に赤いテロップ文字が浮かび上がってきた。『残り3人。経過時間、17:02 脱落者:飛田アリオ、長手道もがも、クロハナ』 スタートから僅か17分強で、すでに半分が捕獲されていた。 メ ン ☆ タ ピ ☆ メ ン ☆ タ ピ ☆ メ ン ☆ タ ピ ☆ メ ン ☆ タ ピ ☆ ざっざっざっ、と森林を駆ける足音。 必死に逃げるのは世界司書のカウベル=カワード。 おそらく全速力で走っているのであろうその姿よりも、追いかけるカメラは格段に早い。 捕まるのも秒読み段階だった。数秒後「きゃぁぁぁ!?」という悲鳴と共に、『世界司書、カウベル=カワード。失格』と画面にテロップが浮かぶ。 振り向いた彼女の顔にキョンシーよろしく「捕獲」と書かれた赤い札が顔に張られ、地面にポイっと捨てられる。 ふっと画面に黒い覆面をかぶった人型の生物が映りこんだ。「捨てないでぇぇ」 捕獲されたものの悲鳴を無視して黒い覆面の人物はカメラの位置を直す。 ついでに服の裾できゅきゅっとレンズをふいて、再び移動を開始した。 どうやら、先ほど覆面がカメラを持って動いているらしい。 ゆっくり歩き出したかと思えば二分とせずに、再び走り出す。 映像の先、つまり追っ手である黒覆面の視界に二つの白い姿が映りだした。 点のようにみえた人影はやがてどんどんと大きさを増していき、メルチェットとブランのコンビだと判明するまでに時間はかからない。 ブラン=カスターシェンと、メルチェット=ナップルシュガーの後姿はどんどん近づいてくる。 黒覆面の恐るべき移動速度に桂花が「ふふん、面白いじゃない」と鼻で笑った。 ブランが振り返り、メルチェと共に進路を曲げ岩陰へと飛び込んだ。カメラはそのあとを追う。 二人の会話を音声マイクが拾った。「レディ、我輩がひきつける。一旦ここに隠れ、逆方向へ逃げるのだ」「は、はいっ!」 二人で何やら話しているところをカメラ、つまりは覆面に見つかり逃げ出した。 どうやっているのか二人の会話はモニターに筒抜けである。 大きな岩陰に走りこむとブランはここに隠れるようメルチェに言い残し、ウィンクひとつして岩の上へ駆け上がる。「さあ、覆面よ。我輩はここだ。ブラン=カスターシェン、ここにあり! 捕まえられるものなら捕まえてみるがいい!!」 ブランの指は必死で足元を指差している。 ここ、ここ。と動きも小刻みだ。 岩の下まで辿りついた黒覆面とカメラは一旦停止する。 おもむろに岩陰をよじ登り始めたようだ、ゆっくりとカメラはブランのいる頂上向かう。「はっはっはっはっはっはっ!!!!」 ブランは大声を上げて駆け出した。 カメラ、つまり覆面は岩の上へと登り、先ほどブランが指差していた方角を移す。 頭から白いフードをすっぽり被って頭を両手で抑え、体育座りで丸くなって隠れているメルチェがいた。 カメラは容赦なく近づいて、背を向ける彼女の後頭部に「捕獲」の赤札を張る。「ふぇぇっ!? な、なんでここが!?」 疑問を呈するメルチェをスルーして、ブランが逃げ去った方向がモニターに映る。 見事、彼はメルチェを囮にして逃亡に成功した。 そして、それから五分後。 そこには「捕獲」の札を額に張られたブランの姿が! メ ン ☆ タ ピ ☆ メ ン ☆ タ ピ ☆ メ ン ☆ タ ピ ☆ メ ン ☆ タ ピ ☆「えげつないのね~」 マスカダインのため息にも似た呟きに、その場に居合わせた面々は一様に頷く。「勝利のためなら詐術も詭弁もまた戦略。遊戯とはそういうもの。 そして全力を持って挑むことこそ対戦相手に対する最低限の礼儀。臆したか?」「おもしろそうじゃない。でも、せっかくここでやるなら、怪我しない程度にギアの反撃ができた方が面白そうな気もするけど、どうなのかしらね」「反撃?」 メンタピは、ふふん、と鼻を鳴らす。「できるものならやってみるがいい。余の操る『影』を無力化することなどできるものではない」「影? それがあの黒覆面ね。で、反撃オーケーってことよね。それでそのゲームはいつから始めるの?」「焦らずとも良い。すぐに遊戯を始めるとしよう。では挑戦者、一歩前へ出よ」 桂花が、劉が、マスカダインが。 それぞれに一歩を踏み出す。 メンタピは野次馬を一瞥し、再び薄く哄笑った。「ふん、これだけおって参加者はたったの三人か。情けない。いや、よくぞ三人も勇者がいたというべきか。ならば、遊戯を始めるとしよう。遊戯の場所は大樹海!」 メンタピが両手を高く掲げると、挑戦者である三人の姿はゲームセンターからかき消えた。 やがて、無人だったモニターの先に三人の顔が映る。「さて、遊戯を始めるとするか。参加者は3……、6人だと? 故障か?」 彼の指が操作盤の上で踊る。「転移させたのは確かに三人。ほほう、すると後の三人は偶々そこに居合わせたということか。 運命の導きか、あるいはただの偶然か。その場にいる三人よ、遊戯のルールを説明する。 諸君らには棄権を認めるが、たまたまそこにいるのも何かのめぐり合わせ。遊んでいかぬか?」 メンタピは胸ポケットから葉巻を取り出して口に咥えると魔術式を用いて着火する。 大きく吸い込んで、真白な煙をぷか~っと吐き出して嘲笑った。 次の瞬間、「ここは禁煙」の言葉と共に、水をぶっかけられるまで。 メ ン ☆ タ ピ ☆ メ ン ☆ タ ピ ☆ メ ン ☆ タ ピ ☆ メ ン ☆ タ ピ ☆「……今の、何?」 棗がきょとんと空を見上げる。 空から三人の人影が落ちてきて、近くの森林に落下した。 襲撃か何かかと思ったが、なんか落ちてきた三人もそこそこ痛そうなので、そういうことでもないらしい。「わ、なんですか、これ。ノートに何か出てきますよ!」「へー、メンタピのゲームねぇ。賞金にナレッジキューブたっぷり!? ちょうどいい、おい、やっていこうぜ」「……あ、やっぱりここでよかったんだ」 棗は持っていた「挑戦者求む」のチラシを広げる。 彼女の真意はそこにある。 メンタピのバラまいた遊戯の参加者となる事を決意した棗は、ゲームセンターに直接赴かずに樹海を散策して遊戯の開始を待っていた。 なぜならば。「……地の利は我にあり……」「血糊!? 物騒だろ」「……ちがう」 虎部のつっこみに無表情なまま情熱を燃やしていた棗の力が少し抜ける。「あ、でも、ちょっと待ってください。このゲームって勝者は一人じゃないですか。 ってことは、二人とも敵対することがある、ってことですかね?」「……たぶん」「そんな重そうなスコップ振り上げて淡々と敵対宣言しないでください!」 一のつっこみを受けて、棗はスコップを地面に落とす。「それよかさぁ、ヒメっち? 参加者は六人らしいぜ。あとの三人、もうそこらへんにいるってことか?」「さっき落ちて来ましたよね! たぶん、あれが参加者さんですよ」「……ルール確認、捕まらないで最後の一人として生き残れば勝利。 挑戦者の敗北条件はメンタピの『影』に捕まること。制限時間終了時に二人以上が生存していること。樹海の区域から外に出ること。以上」 棗はトラベラーズノートに送られてきたルールを読む。 その姿をやや離れた場所から三人の視線が射抜いていた。 ---「ふふふ、やるのね! ここでちったぁ稼がないと具のない味噌なし味噌汁を飲むハメになっちゃうのね~!」 ---「三人だと思ってたのに、六人か。……ちっ、めんどくせぇ」 ---「ふふーん、反撃おっけー、って言ってたわよね? その前に、あのコ達を出し抜く方法考えなきゃね」 そのために、ルールの確認は必要だ。 期せずして全員がトラベラーズノートの文字列に目を落とす。 やがて、大きな花火が打ち上げられた。 GAME START !!!=========!注意!企画シナリオは、便宜上、参加枠数が「999」になっていますが、実際には特定の参加予定者のために運営されています。この企画シナリオは下記のキャラクターが参加予定です。他の方のご参加はご遠慮下さい。万一、参加予定でない方のご参加があった場合は、参加がキャンセル(チケットは返却されます)になる場合があります。<参加予定者>青海 棗(cezz7545)虎部 隆(cuxx6990)一一 一(cexe9619)ヴァージニア・劉(csfr8065)臼木 桂花(catn1774)マスカダイン・F・ 羽空 (cntd1431)
●Round1 開幕と同時に全員が同じ方向へダッシュする。 メンバーの中で頭ひとつ飛び出たのがマスカダインだった。 誰よりも早く樹海の奥へと走り、走り、ひた走る。 「んー、今回のメンバーは、酔っ払いさんに不健康さんに青少年達! ホットけないのね? 年長者のマッスーさんが守ったげるのねー!」 身のこなしが通常のコンダクター離れしており、樹海の木々をひらひらとすり抜けて進んでいく。 後の五人は横一線である。 一は自分の少し前を走る劉に声をかける。 「ちょっとおにーさん、少しいいですかー?」 「……」 「あ、シカト? そーゆーの傷ついちゃいますよー。ねーねー、おにーさん。セクタンいないでしょ? ツーリストですよね?」 「……」 「ぶっちゃけちゃいますとね、私も一般人なんですよ、ツーリストだけど。後ろの虎ちゃんも棗ちゃんはコンダクターですし」 「……」 「前にいる人も、あっちのお姉さんもセクタンつれてるからコンダクターですよね。どうして、あなたが」 「……」 「コンダクターと一緒に競争するような時に、あんまり早くなく、それほど遅くなく、って。偶然だったら気の使いすぎなんですけどー」 「……だりぃ」 「あ、女子高生に免疫ない系のヒトですか? 大丈夫ですよー、私、こう見えても……」 「……っじゃなくて、返事してんだろぉが」 劉は返事をしていた。 ただ、走りながら、かつ、平常時のぼそぼそした喋り方のせいで、逃亡中に悲鳴以外で腹から声を出す準備ができていなかった。 そのため、後ろを走る一の耳には届いていなかった。 ふと、後ろを振り向くと後の三人が追いついてきていない。 「はっはーん、樹海に隠れましたね。そろそろこのゲームが本格的になるころですよね!」 「やべっ、離れろっ。騒ぐなっ」 劉の頭の中を逃亡の鉄則がリフレインする。 元の世界のアニキ達からの助言であり、自分で血ヘドを吐きながら覚えたものであり。 他人のフリ見て我がフリ直した結果である。 即ち。 ―― 集団で逃げる時は先頭に立つな。群れの中に溶け込め。 ―― 散り散りになった時はできるだけ数人で行動しろ。ただし足手まといに囮以上の期待をするな。 解説され、一は深く頷いた。 「ほほぉ、この一さんをナメてるってわけですねー。まぁ仕方ないです」 メンタピの影はまだ背後に見えない。 「ったく、一人にさせとけ。まだ囮はいらねぇ」 「そーはいきませんよ、ふふふ。人数減るまでは私だって負けられないんです。 ってコトで強そうな人の後ろをついてけば、なんか守ってもらえそうじゃないですか」 「ゲームだろ?」 「ゲームですよ」 「だりー……けど、一応こっちも生活かかってんだよね。そのへんわかってほしいっていうか。稼いで帰らねーとおっかねー居候にどやされるし」 脳裏を「おっかねぇ居候」の姿がよぎったのか、露骨に顔がイヤそーになる。 「だから金がいるんだ、金が」 「こっちだってそーですよ! ターミナルのバイトで生計を立てる身には世は正に世紀末! 育ち盛りに一ヶ月一万円生活辛いです、五日で辞めました! よって、全力で勝つ必要があるんです。ええ、ええ、そういうわけで!」 一がびしっと劉を指差す。 同時に二人で足を止めた。 「何たくらんでいるのか、教えてください」 「たくらんでねーよ、まだ」 「ほほほーい、まだ、ってコトは何かたくらむつもりなのね~?」 頭上で声がして、マスカダインの頭部が逆さまに落下してきた。 「のわっ!?」 足先で器用に枝を掴み、逆さづりの姿勢で二人に笑顔を向けている。 「金がナイのは首がナイのと同じと言うけれど、やっぱりツラぁ~いのね~」 大げさに身をよじる。ただし逆さづり体勢で。 「お兄さんはゴハンが雑草だっていいんだよ~、白湯だっていいんだよ~。 楽しくすごせればいいのよ~。ただ……白米がたべたい! だから、楽しくゲームして、その結果、勝つのね~。 お兄さんは良い子の味方なので裏切り者には容赦ないかもよ。悪い子ちゃんはグラッセかシラップ漬けか好きな方えらぶのねー」 マスカダインは頭上に向けて腕をかざす。 トラベルギアからぽんっと音がして頭上に飴が噴出した。 ついでにどこから隠し持っていたか煙幕を張る。 「!?」 一と劉がまともに煙を吸い込んでしまい咽返る。 とっさに駆け出そうとした一の首根っこを劉が捕まえた。 「げほ!ごほごほ!(逃がさない気ですか!?)」 「こほっ、こほっ(バカ、こんな展開の時に一人だけ頭ひとつ抜きん出るんじゃねぇ!)」 劉に抑えられ、ついでに手で口を塞がれながら、煙幕の切れ目からマスカダインが逃げ去る背中が見えた。 「にょほほほっ。命の生死さえ関わらなければマッスーさんはゲスなんだよー! 人が平気で裏切るモノだって事を学習させてあげる事で真の戦場で騙されない様に守ってあげるのだよ 戦地に庇護者はいない―、仏(ホットけ)ないのね っと! って、あれ、あれれれ?」 突如、マスカダインは自分が舞台にたっている感覚に襲われた。 圧倒的な光量は見に覚えがないわけではない。が、頭上に光るものはライトではなく。 「閃光弾!? そんなえげつないもの使うやつがいたのね~!?」 やがて、四方八方からわらわらと影が集まってきた。 どちらへ逃げたものかと最後の最後まで諦めないマスカダインに、全方位から無数のメンタピの影が襲い掛かった。 どよめきがおきた。 ゲームセンター メン☆タピのモニターにテロップが流れる。 ● ● ● マスカダイン・F・ 羽空:脱落 ● ● ● 「おい、あっちに逃げるぞ」 口から手を離されて一がもう一度咳き込む。 「けほっ、なんであっちが危ないって分かったんですか?」 「分かったわけじゃねぇよ、あの道化が目立つようなマネしたからな、ああなったら最初にその場を離れようとしたら狙われる。 もし残った方を狙うつもりなら、どっちが狙われるかわかんねぇし、捕まえとけば囮になるし」 「うわっ、ちょっと強引っぽく助けてもらってトキメいたのに!」 「騒ぐな、あの道化が最後にあがいているかも知れねーから、今のうちに逃げるぞ」 そして、次々にメンタピの影にのしかかられるマスカダインを後にして、劉と一は木々の海へと姿を消した。 そこから少し離れた木々の間、一際高い樹高を誇る大木の上。 「ふふふーん、ひーとりめっ、と」 マスカダインの散り様を見て、臼木はにんまり微笑んだ。 大木の枝に腰掛けたまま、手持ちのトラベルギアの銃に次の弾丸を装填する。 「要するに引っ掻き回してトップを狙えば良いのよね? そういうトリックスター、お姉さん大得意だわ」 彼女はいつのまにか手にした双眼鏡で木の上から、敵であり仲間でもある他のゲーム参加者を様子を伺っていた。 勢力は大きく二手に分かれている。 ゲームスタートと同時に樹海の奥へ向かって移動したマスカダイン。 それを追うように劉と一。マスカダインは先ほど脱落し、劉と一は樹海に分け入った。 スタートの後、虎部は早々に棗の手をとって樹海の中へ身を潜め、動いていない。 マスカダインが劉と一に煙幕攻撃を仕掛けたのを見て、臼木は遠距離から三発の閃光弾を放った。 夜ならもっと望むべくして望める効果はあったかも知れないが、マスカダインの位置をメンタピの影に伝えるという目的は達成した。 「ってか、ね。何、健全な若い男女が二人っきりになって、不健全な行動ねー。 ま、どうせ、メンタピが捕捉してるでしょうし、今頃、ゲームセンターのモニター大写しされてるんだろうけど」 どこからか撮影されているという確信があったわけではないが、ゲームの都合上、確実に撮影はされているはずだ。 「ま、見てなさい。お姉さんが楽しませてあげるから」 臼木は適当な方向に投げキッスを飛ばした。 ★ こちらげーむせんたー メン☆タピ事務所 ★ どよめくゲームセンター、メン☆タピ。 臼木は適当な方向に向けていたが、カメラは見事のその位置にいた。 「あら、幸運ね。お客さんも、私も」 「くくく、観客サービスをしてくれるとは。ありがたい参加者よの」 主宰者たるメンタピにとっては観客が沸くのは大歓迎だった。 ☆ ●Round2 「分かってるわね、ポチ? メンタピの影が来たら吠えるのよ? そいつに向かって麻雀牌投げつつ煙幕弾と幻覚弾連射して逃げるんだからね?」 樹海を移動しつつ、臼木は次の獲物を探す。 残りのライバルは四人である。それが2チームに分かれて行動しているようだ。 つまり、どっちにしても即席カップル。 「……あれ、私、もしかしてヤな役所? いいわね、それ、燃える。……って、あら?」 臼木が立ち止まる。 樹海に「ぴんぽんぱんぽーん」とノンキな音が聞こえた。 『はーい、皆さんのアイドル、マッスーさんなのねー? 聞こえるのねー?』 先ほど捕捉されたマスカダインの声が樹海に響く。 なぜか、どういうことかはわからないが、彼はメンタピの方にいる、ということだろう。 『こうなりゃヤケなのでゴハン食べさせてくれるって約束しないとミッションを用意しちゃうのね~。 問題! ばばーん! さっきのゲームで捕まった飛田くん。彼の下の名前を答えるのね~。 回答スイッチはスタート地点にあるのね~。今から五分間、メンタピの影を消すからそれまでに答えるのね~。誰も答えられなかったらメンタピの影、一気に三倍なのね~』 「なっ!?」 樹海は広い。 現在地からスタート位置へただ戻る事ができるかと言われても難しい。 どうしたものかと悩んでいると、近くの獣道を走っていく音が聞こえた。どうやら虎部と棗がスタート地点へ移動したらしい。 「ふーん、じゃ、ポチ。私達も行こうか」 スタート地点に程近い獣道で、突如、臼木の足にロープが絡まった。 そのまま木の枝に逆さ宙吊りにされる。必死でミニスカートを抑える。 木の下ではドッグフォームのポチがわんわんと吼えていた。 密林をかきわけて出てきたのは劉と一。 「わー、やりましたよ!」 「ドッグフォームって危害をくわえようとしたら吼えるんだろ。相手すんのだりぃし、たっぷり罠張ってどっかでかかるのを待ってりゃいいんだ」 「そういうもんですかー。あ、こんにちはー、あいあむヒメ=ハジメカズです」 「こいつ確か、臼木……?」 吊られたままの姿勢で、目の前に現れた二人に「うっさい! お姉さんとお言い、ガキンチョ」と吼える。 そんな臼木の威嚇を無視し、劉は手元の油性ペンのキャップを外した。 「きゃーははははっ、ひぃっ、ちょっ、やめなさっ、あははははは!!! こら、ガキどもっ、あはは!!!」 「あ、意外とおもしろいですね」 「だろ?」 「冷静につっこまないの、って。あははははは!!!!」 抵抗できない臼木の足の裏をこちょこちょとこそばしていた。 ついでに彼女の額には「にく」の落書き、三本ヒゲにクマ。 妙齢の女性にとっては青春の過ちというには遅すぎる程の屈辱である。 ひとしきりこちょばせて、劉は一歩離れカメラを構えた。 「さぁて、あんた。ここまでは放送コードに載せられるけど、ここからは違うぜ。早めに降参しねぇと……黒歴史がターミナル中に出回っちゃってもいいわけ?」 「(うーわ、なんか本気ね。こいつ)」臼木が心底あきれ返る。 「わーわー。下衆ですね! 三下ですね! なんかこの後、やられそうな台詞ですよ!! よっ、ドちんぴら! あ、止めませんよ! 心が痛むといえば痛みますが、ゲームの上でなら私の正義感などただの紙クズです! 悪役上等闇討最高卑怯万歳! 私は金が欲しいんじゃー!!」 「黙ってろ」 劉は臼木の顔に自分の顔を近づける。 「で、降参しろや」 「誰が降参? 冗談言ってないで」 臼木の劉が鋼糸を走らせた。 器用に吊られたままの姿勢で臼木の上着とスカートが地面に落ちる。 当然、臼木は下着姿になる。 「生中継にお色気ポロリは必須、今頃視聴率がぐんぐん伸びてるはずだ」 無感情に告げる瞳に、本当に裸にされかねないと悟って臼木は「わかった」と口にした。 「わかった。降参、降参。お手上げ、お姉さんの負けよ。おろして」 深く息を吐いて臼木は両手をあげる。 逆さづりなので、地面に向かっておろすポーズだ。 ☆ 結局、スタート地点にあからさまにおいてあるボタンを押したのは棗だった。 「……アリオ」 「わ、バカ。ノイエだろ!?」 「ううん、アリオ」 同時に駆けつけてきた虎部のつっこみを無視して棗は虚空を睨む。 やがて、ぴんぽーん、と正解チャイムが鳴った。 『正解なのねー、10秒後にメンタピの影が復活するから逃げるのねー』 ☆ 地面に降りた臼木は一からジャンバーを借りる。 劉と一に案内され、樹海の奥に足を踏み入れると、温泉マークのついた謎のテントがあった。 「ここ、補給物資運んでるんですよ。降参した時ってどうやったら回収されるか分かりませんけど、テントありますからゲーム終了まで、そこで待っててもらえればー。水とお菓子は飲んでもらって構いませんから」 「あー、わかったわ。お酒ないの?」 「未成年ですので」 無愛想にテントを離れる劉と、臼木にぺこりと頭を下げてからその場を離れる一。 二人の姿がある程度離れたのを確認し、臼木はトラベルギアを構えた。 3、2、1、とカウントダウンして、二人に向けトリガーを三度引く。 「なっ!?」 二人の背中に衝撃があたる。 次の弾は二人よりはるか上空。そこで閃光弾が撃ちあがった。 たちまち、メンタピの影が閃光弾の下へわらわら集まってくる。 「え!? えええ!?」 「あっはっは! 亀の甲より年の功! こういう出し抜きあいで、大人がガキンチョに負けるもんですか! 馬鹿にすんじゃないわよ!」 「負けたやつが腹いせかよ!?」 「腹いせ? 負けた? 何のことかしら!?」 いつのまにか動きやすそうなジャージに着替えていた臼木がテントの前で仁王立ちになっている。 「降参って言ったじゃねーか!」 「あら。このゲーム、降参なんてあったかしら?」 ★ こちらげーむせんたー メン☆タピ事務所 ★ 同時刻、ゲームセンター メン☆タピ。 「あったっけ?」 「そんなものは設定しておらんな」 メンタピの回答に、テーブルの上で白い服の女性が頷いた。 手元のプラカードをあげる。そこには「有効!」と書かれていた。 ☆ 「き、汚ねぇ!」 「あはははは! 無駄に長生きしてないわよ! 人生の機微が分かってるって言ってほしいわね? それにあの程度で恥辱プレイ? 何、そのオコサマ発想。下着ってコトは水着の何倍も肌が隠れてるのよ? まだまだ青いわね! 勘違いしないでね。別に裸でもゲームは続けられるし? あ、これから優勝する予定だけど、私はお酒が手に入る分だけ貰えればいいもの。 恵んでくださいお嬢様って言えたら……望みを叶えてあげても良くってよ、あはははは」 腰に手を当てふんぞり返って高笑いした臼木は、メンタピの影のうち数人がテントの方を振り向いた事を確認し、姿を消した。 彼女が去った後、劉と一はメンタピの影に囲まれていた。 臼木の撃った初弾はペイント弾だったようで、閃光を受け鮮やかに輝いている。 劉はためらわず上着を脱ぎ捨てたが、一はジャンバーを臼木に貸してしまった以上、これをぬぐと下着になってしまう。 ゲームの上での事ならともかく、自分から下着姿を披露するとかそういうのは乙女心がちょっと疼いて、なかなか踏み切れない。 「ちょ、ちょっとどうするんですか!」 「まだ手はある」 メンタピの影に囲まれて、劉は一の肩を抱いた。 「お、おおお。飛ぶんですか? なんかルパンみたいですね! あ、ルパンといっても原作のほうですからこの発言は大丈夫ですよ、孫とかじゃないですし。で、どうやるんですか?」 「こうする」 「へ!?」 劉の腕が一瞬、一を抱き寄せて、その足が彼女の足を払う。 一が地面に倒れたのを確認し、劉は鋼糸を上に投げ上げてその糸を伝い、空へと逃げた。 「もしかして」 地面に倒れた一の上にメンタピの影がふってきた。 「私、囮ですかぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!??」 ゲームセンター メン☆タピのモニターにテロップが流れる。 ● ● ● 一一 一:脱落 ● ● ● 「よーし、終わったぜ」 虎部が木から下りてくる。 棗が彼にタオルを渡した時、一の絶叫が聞こえた。 「あちゃー、一っち、やられたのか」 「……残念」 こくり、とうなづいて棗は空を見た。 このあたり一帯、虎部の作りまくったトラップが用意されている。 これならまだまだ負けないはずだ、と。 ●Round3 『はーい、こんばんはー。一一 一です。ハジメカズ・ヒメです。英語で言うとヒメ=ハジメカズです。わんわんわんじゃなくて、スターティングファーストプリンセスです!』 『ここからは二人でミッションをお送りするのね~!』 『ごはん食べさせてくれたら手加減します』 『人間にはお水と塩以外の色々なモノが必要なのね~。雑草の味は体に優しく心に冷たいのね~』 『そういうわけで、ミッション! 今回はどどんと3つ用意しました! ひとつ、メルチェたんブロマイドを探せ! 樹海のどこかにあるメルチェット=ナップルシュガーのブロマイドを発見してください! ふたつ、シショプラス攻略! 樹海のどこかにゲームを用意しました。そこに出てくるメンタピを攻略してください! 攻略とは朝チュンまでです。意味は各自で調べてください。みっつ『どっちがフランでどっちがマスカローゼでShow!?』ゲストにフランさんとマスカローゼさんをお呼びしました。見分けてください! 姿が見たければゲームセンターまで来ないとダメなので見えません! 魂で答えてください! どれかひとつでも達成したらクリアでメンタピの影の数が半分になりますが、失敗したら三倍になります。達成させる気ですか? ありません! 私が負けたからにはヤケです。さあ、スタート! モニターの前でみんな見てますよ』 どう聞いてもヤケクソなミッションが発令されて二十分。 当然、どれひとつ達成できるわけもなく(虎部がカンで「右がフランだ!」と叫び失敗した。フランはマスカローゼの前にいたのだ)メンタピの影はその数を三倍に増やすことになった。 残った挑戦者は四人。 一を犠牲に生き延びた劉。 マスカダイン、一を葬り去った直接の原因たる臼木。 樹海にテントを張り、綿密に地理を頭に叩き込んでいた棗。 そして、今、どこか空に向けて必死で「いや、見えたんだって! あ、俺の魂はモニターじゃなくて二人の右側に降臨してて!」と叫ぶ虎部である。 一の出した難解ミッションのために一同に解していたが、まもなく再び樹海へと散る予定だった。 劉の肩を叩いたのは臼木である。 「で、アンタ?」 「ん?」 「さっき見たけど、えげつないわね。女の子に嫌われるわよ」 「別に。……だりぃし、さっさと終わらせてぇだけだ」 「負ければ? 終わるわよ」 「冗談じゃねぇ、このまま帰ったらスタン……あ、いや、同居人になんて言われるか」 「あら。可哀相。アンタのご主人様は冷たいのね」 「俺は犬じゃねぇ」 「あら、なおさらかわいそう。キャンキャン鳴いてもご主人様に喜んでもらえないなんて」 「っだよ。あ、なあ、大人なんだろ? タバコ持ってねぇか?」」 「欲しい? じゃ、後で取りに来て。あのあたりに……」 臼木の指が樹海の一角を指差す。 「あのあたりにテントがあるの。その中においてあったわ」 「罠じゃねぇだろうな」 「罠よ?」 薄く微笑んだ臼木は劉の反論を待たずに樹海へと歩き出した。 「さぁて。次の障害は誰かしら?ハンティングは燃えて良いわねぇ……脳内麻薬出まくっちゃうわ」 ぺろりと舌をなめるパフォーマンスをしてみせる。 虎部も棗もそれに続く。 「ちっ」と舌打ちした劉がスタートし、それから数分。 通常の三倍量のメンタピの影が彼らの追跡を始めた。 臼木の指定したテント。 つまりは棗の寝泊りしていたテントの中を劉が捜索していた。 あからさまに罠すぎた。 だがしかし、ニコチンが切れた頭は「もしかしたら本当は罠というのが罠かもしれない。あるいは罠だとしても餌は本物で、餌だけ食いついて逃げれば……」と都合の良い仮定を次々に持ち出してくる。 餌だけとって逃げればいい。 あるいは、罠と言われた場所ならば、どちらが罠を仕掛けたのかさえ明らかにできれば。 劉は慎重にあたりを伺う。 いかにも素人の作ったトラップはいくらでもあった。 実際に虎部が対メンタピの影として設置したものではあるが、 スラムの抗争を潜り抜けてきた劉にとってはトラップとは呼べない。 そこで劉は一計を案じた。 臼木が罠といったテント(なぜか温泉マークの旗が掲げられているのが気になるが)の周りに鋼糸を張り巡らせて、要塞化する。 次にテントの中でタバコを探し、なければこの一角ごとメンタピの影を始末する。 「反撃をしちゃダメ、ってルールはねぇんだろ?」 そして彼は緻密に行動を開始する。 まず、テント周囲の要塞化が済んだ。 次はテント内で這いずり回ってタバコを捜索する。 備品箱を片っ端からあけはなしてみるが、無骨な生活用品ばかりである。 ここで誰かがキャンプをしていたような気配にしか見えない。 着替えの衣類は若い女性用である。ここを放送されたら下着泥棒だの変質者だの言われるかも知れない。 さすがにテントの中なら大丈夫だろうと捜索を続ける。 メインはエロではなく、タバコだった。脳がニコチンを希求していた。 ★ こちらげーむせんたー メン☆タピ事務所 ★ 「JKの下着。……これも、視聴者サービスに入るのであろうか」 「難しいわねー。さっきナマの放送しちゃったから今更だし……」 即興のゲームセンター経営者会議において、棗と臼木では客層が違う、ということで、 とりあえず「視聴者サービスのつもりだった」と言うことになった。 ☆ 「ちっ、やっぱ無ェか……」 頭をかきむしりつつ、執着は敗北を意味することを自分に言い聞かせて振り返る。 振り返ったところに少女がいた。 棗である。 彼女の生活空間は泥棒にあったかのように荒らされていた。 まあ、泥棒にあったわけなので、その通りである。 さらに着替えや下着までが散らばっている。 劉の目当てはタバコなので取得されなかったものであり、わざわざ片付けなかったというだけだが、混乱の材料には十分といえる。 通常、こういう時は悲鳴のひとつもあがるし取り乱すだろう。 だが、棗は己の生活空間をあらす劉を見て、悲鳴をあげるでも表情を歪めるでもなく、テントから出る。 外からテントの入り口で、ちーっとチャックを閉めた。 なかったことにされたのだろうか、と、しまっていく入り口をぽかんと見つめる。 一拍おいて、通報でもする気かと慌てた劉はテントから這い出る。 幸い、チャックがしまっていただけで鍵などの対策はされていなかった。 「待て、何するつもりだ!」 「……通報」 「誤解だ、誤解。いいか、ここを臼木ってやつが狙ってる。罠が仕掛けられてるんだ」 「……罠?」 棗の言葉はぼそぼそとしたもので、単語が端的に並べられる。 つまりは普段の劉と同じなわけで、自分に何かをまくしたてるスラムの諸兄はこういう気分だったのか、などと気が逸れていた。 まして、この相手の少女は自分より肝がすわっているのか、あるいは何も考えていないのか、落ち着いているように見える。 ――自分が混乱に陥ってうまく対処できない時は、相手にそれ以上の混乱を与えろ。 劉はシャツを脱ぐ。 ★ こちらげーむせんたー メン☆タピ事務所 ★ 「む、十八禁の展開はさすがに放送コードにひっかかるかのう。 次からはやりすぎぬようルールを追加しておかねば」 メンタピはそっと録画モードを通常から高画質に切り替えた。 ☆ 劉のシャツの下にはダイナマイトがくくりつけられていた。 それを見ても、棗は動じない。 どうやら声もでない程に混乱していただけだろうとタカをくくり、劉は棗の耳元で囁いた。 「ダイナマイト。もちろんブラフだよ。でも時間稼ぎにゃなるだろ?」 「……ブラフ?」 「ああ、見せ掛け、ハッタリだ。つってもな、俺はここにタバコを探しに来て、ついでにここでメンタピの影を一掃する。そっちはハッタリじゃねぇ」 劉はシャツを着なおして、辺りを見回す。 「ちっ、早ぇな」 メンタピの影の気配がする。 真っ正直に襲ってこないところを見ると、まだ逃げ道があり、そこを防ぐだけの人員が到着するのを待っているのだろう。 が、今でも二十で効かないほどの数が集まっているのが分かる。 「……囮」 棗が劉の服のすそを引っ張った。 「あぁ!?」 棗は囮、と言った。 返事を待たずに彼女は樹海へと駆け出す。 「囮になるからメンタピの影を片付けろ、ってか。あのガキ、肝が座ってるほうだったのかよ」 劉はトラベルギアのライターを取り出す。 炎が巻き起こり、彼の周囲を取り巻いた。 炎が影を照らす。 反撃の気配を悟ったのか、メンタピの影は劉の前にずらりとそろって姿を見せた。今の所、数は二十八。 「よーっし、影ども。勝利を手にするにゃてめぇらが邪魔だ。早々にご退場してもらうに限る、ってコトで」 ぼうっと炎があがる。 「燃えやがれ!」 ★ こちらげーむせんたー メン☆タピ事務所 ★ モニターに表示すべきテロップが用意される。 メンタピはその文字を確認し、モニターを睨んだ。 炎が治まるまで、十数秒。 やがて、メンタピの影に取り押さえられた劉の姿が見えた。 こくり、とメンタピが頷くと、モニターに結果が表示される。 ● ● ● ヴァージニア・劉:脱落 ● ● ● 喝采がわく。 いつの間にかトトカルチョが成立していたらしい。 中にはかなりの大金を叩いたものがいるようで、敗者特有の取り乱しっぷりを披露している。 そんな聴衆の前に、メンタピは大きく手を広げ、呼びかけた。 「余はゲームマスターとして、三人目の脱落者。ヴァージニア・リューの脱落を確認した」 「あれ、ラウって読むらしいわよー」 「何!?」 ☆ 物量作戦でメンタピの影に取り押さえられ、劉は地面に押さえつけられる。 メンタピのような体躯ではあるが、こいつらは影である。つまり感情がない。 焼けようが燃えようが、捕まえに来る存在だった。 「……あ、もしかして、あのガキ」 脳裏に棗の姿がよぎる。 「囮……になる、じゃなくて。あいつ、囮に"なれ"って、そう言ったのか!? やべ、スタンに何て言い訳すりゃいいんだ」 己が同居人にののしられる未来が見え、劉は頭を抱えた。 Round4 ♪ぴんぽんぱんぽーん(↑)♪ 『臼木さーん、虎部さーん。聞こえますかー、棗ちゃーん。聞こえますかー? いまー、あなたの耳元に聞こえるよーにー、直接、全スピーカーで放送していまーす。聞こえますかー? 一ですー。皆さんに反撃のチャンスを与えますー! メンタピの背中にタッチしてくださいー。タッチしたらメンタピの影が消えまーす』 『はーい。道化のマッスーさんだよ、マッソォさんじゃないよ。影にタッチするのはミッションじゃなくてチャンスだからタッチしなくてもいいのねー。今、48体のメンタピの影がいるのねー。さっき2体ほど焼かれたのねー。焼かれるくらいなら穏便に消して影を大事にしてほしいのねー』 ♪ぴんぽんぱんぽーん(↓)♪ 館内放送ならぬ、樹海放送だろうか。 のんきな一とマスカダインの声が樹海に響いた。 どうやっているのかはわからないが、近くにスピーカー塔が見えるわけでもないので、どうやら何がしかの魔力が使われているに違いない。 虎部はぽりぽりと頭を掻いた。 「あいつら、いつからメンタピの手先になったんだ?」 「…………」 隣にいる棗は喋らない。 テントに戻ろうと提案して受理されたので二人はテントサイドへと戻っていた。 中に入るなり、荒らされたテント内にこのゲームのパンフレットが散っているのが目に入る。 「……もしかしてなつめちゃんこれのためにここへ?」 こくり、と棗が頷いた。 「いや、エントリー場所書いてあるじゃん! そこは行っとこうぜ!? なんで? と問いかけると「地の利」と答えた。血糊かも知れないが、それだと意味が分からないので考えないことにする。 「……」 「……ま、いいや。なぁ、なつめちゃん。俺が勝ったら奢ってやるよ! だからなつめちゃんも優勝したら山分けしねえ?」 虎部の言葉に棗はうーん、と考える素振りを見せた。 とりあえず、それでいいとする。 空気が重い。 虎部は「よしっ!」と声をあげた。 テントから首だけだし、おーい、と呼びかける。 そこらへんにモニター用のカメラがあると予想しての行為だ。 「いえーい、フラン見てる? オレ、頑張るぜ! 優勝したらこの賞金でなつめちゃんや一やんとも一緒にターミナルで食い歩きしようぜー!」 どこへともなく呼びかける。 ★ こちらげーむせんたー メン☆タピ事務所 ★ 「そういえばフランとマスカローゼはどうした?」 「さっき、どっちがどっちでShowで間違えられて、無言で帰っていったわよー」 「そうか」 メンタピはさして興味なさそうに頷いた。 ☆ 「いいか、なつめちゃん。こういう諺がある『俺以外の策士策におぼれる』だ。 メンタピや一やん、マスカダインってやつが何考えてるかわかんなくても返り討ちにしてやろうぜ。 久しぶりに虎部さんのこのシャープペン「水先案内人(パイロット)」の芯がうなるからさ!」 虎部がそのトラベルギアであるシャープペンを構え、適当に放つ。 彼にとって以外だったのは、そこからイタっ!? という声が返ってきたことだった。 思わず身構えると、草陰から臼木が姿を現す。 「ったたたた、やるじゃない」 それまで、臼木は双眼鏡で二人の進行方向を予想し、先回りして草陰に隠れていた。 直接見なくても、メンタピの影や二人が近づけば、ドッグフォームセクタンのポチがアラートを発してくれる。 テントに近づいて二人の様子を伺いつつ、メンタピの影の現在位置を捕捉するのも忘れない。 そんな時、虎部が不意に攻撃をしかけてきた。 バレたかとも思ったが、彼の慌てようと見るにどうやら偶然らしい。そこで提案を持ちかけることにした。時間もほぼないからだ。 「それでも、二人で逃げるのは大変そうね。お姉さんが手伝ってあげようか?」 「あ、ほんと? それ、助かる」 虎部や棗は、臼木がマスカダインや一を葬ったことをまだ知らない。 快い申し出に一も二もなく快諾した。 「いやー、やっぱこういうゲームはな、最後の最後まで敵を増やさないってのが鉄則だ。 一人で逃げるより大勢でバラバラに逃げる方が逃げられる確率は大きいぜ? 残りの三人で手をあわせてれば、ぎりぎりまで逃げられるって」 「へえ、逃げられるの。で、その後は?」 臼木が不穏な笑みを浮かべる。 虎部は話に夢中で気付かない。 棗はそっと目をそらした。 「残り時間もあと少しじゃない? 最後に生き残るは一人でしょう? ぎりぎりまで逃げた後はどうするの?」 「うーん、そうだな。じゃ、一緒に山分けしようぜ。それでいいじゃん?」 「あー。アンタ、いい子なんだけど、ちょっと残念だな」 臼木が虎部の首筋を捕まえた。 どこから取り出したのか麻雀牌が虎部の頭にぺちっと投げつけられる。 「え?」 「ううん、いいのいいの。そういう毒のないコがいないと安心してお酒飲めないもんねぇ。 でも、こういうゲームの時にそういうコト言い出す子って、つまんないって言われるのよー」 ようやく虎部が振り返った時、臼木の手には銃が握られ、銃口は虎部の頭にあたっていた。 「あ、死なないから安心して」 「おいおい、マジかよ~」 「ゲームは全力で楽しみなさい。勝つにしても負けるにしても、その方が楽しいから。さて、お嬢ちゃん?」 臼木は虎部を捕まえたまま、棗に向き直る。 「あなたのナイトはこんなコト言ってるけど、お姫様はどうするの?」 「……」 棗は答えない。 「ま、いいわ。とりあえず、この子。失格になってもらうわね」 臼木の手が銃を点にむけ、発射する。 テントの布を軽々とつきやぶり、頭上で発光した。 おなじみの閃光弾。メンタピの影に居場所を知らせる諸刃の刃だ。 程なく、メンタピの影の気配がする。 棗が立ち上がろうとして臼木に静止された。 「動かないでね。お嬢ちゃん」 虎部にあてられる銃口に力がこもる。 「構うな、なつめちゃん。なつめちゃんは俺が助ける! 俺の分まで逃げてくれぇーッ! あ、俺今最高にかっこいい! 「いいの? ここから逃げたらこの子、失格になるわよ」 棗は少しだけ目を閉じる。 「……あ、……うん。いいよ」 棗は臼木の言葉を了承し、テントを出るとそのチャックをちーっと閉めた。 南京錠でチャックの端をロックする。 ぱたぱたと足音がして出て行く彼女の姿に呆然としてから、臼木が爆笑した。 「あははははははは!! 分かってんじゃん、彼女。っかぁ、お嬢ちゃんだと思ってナメたのが敗因ねぇ、残念」 「女の裏切りはアクセサリーみたいなもんだぜ……」 虎部が表情に影を落としながら呟いた。 「それも含めて付き合っていくのがいい男ってやつだ!」 「あっはっは! 強がり、強がり!! ま、仕方ない仕方ない。じゃ、アタシは逃げるわ」 南京錠とは言え撃ち抜けば解錠は容易い。 だが、テントの周囲にメンタピの影が途方もない数、集まっていたのは気付かなかった。 その数を目にした臼木の脳裏に「敗北」の二文字がよぎる。 「……うぞっ!? 確かに負けるなら1番最初か1番最後だろうって思ってたけど!? きぃぃ、悔しい~~~!」 臼木の発した閃光弾は半分近くの影を呼び集めたのだ。 それだけではない。 棗はトラベルギアを固定し、空に向かって噴水のように水を噴き上げさせていた。 ただでさえ残り人数が少ない今、メンタピの影はほぼ勢ぞろい状態である。 影の群れは臼木と虎部に飛び掛った。 その飛び掛る様を少しはなれて棗が観察している。 彼女の方に最後の手を伸ばし、虎部は吐血(仕込みトマトジュース)する。 「今まで言えなかったけど……。愛してた……!」 最後の言葉を発し、虎部は失格になった。 棗が、にやり、と、ほんの少しだけほくそえんだ。 ● ● ● 臼木 桂花:脱落 ● ● ● そして。 ● ● ● 虎部 隆:脱落 ● ● ● あまりに短期間の決着に、ゲームセンター メン☆タピは大きく震えた。 やがて残り時間がカウントされ、棗の優勝がでかでかと告げられる。 メンタピがゲームの収束を宣言した。 Round5 ナラゴニアとの戦闘で損傷した銭湯オウミ。 痛ましかったその建築は、短期間に急ピッチで再建された。 勝者たる青海棗は銭湯復興の要望を伝え、メンタピはゲームマスターとしてそれを受理したのだ。 「あああああ、ハクマイなのね~」 空腹にいろいろよじらせるマスカダインと一は、地鎮祭だの落成式だのと理由をつけ賞金の一部から食料が振舞われ、 臼木には「いい勝負だった」と一升瓶が大量に送られ、彼女からは「次は負けないから!」の一文つきで竣工祝のメッセージが届けられた。 虎部は最後にカッコつけたつもりの愛の告白のせいで、「本命は棗!?」という噂がたち、フランやマスカローゼに冷凍マグロより冷たく扱われている。 そして、棗は豪華にリニューアルされた銭湯のタイルを磨いていた。 「アルバイトでも雇えばいいのに」 とは彼女の双子の弁である。 劉がアルバイトに雇ってくれと申し込みにきたが、番台は足りているので断ったのだ。 その後、ゲームセンター メン☆タピの黒服になると言い残し、銭湯を去っていった。 番台ではなくとも仕事はいくらでもある。掃除には良かったのではないか。 そう問い詰める双子の片割れに、棗は薄く微笑むだけだった。
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