―― 秋だ一番! ―― みかん狩り!!!! 「もう少し格好良くしてほしいのだー」 ―― みかんどらごん農園、求む、狩人! 「狩られるのはイヤなのだー!?」 ―― みかんどらごんの朝は早い。 「うむ、それで行くのだー みかんどらごんの朝は早い。 午前四時、チェンバー内は薄暗く、果樹園を行く足元は覚束ない。 チェンバー内部は温暖な瀬戸内気候を模して調整されている。これがみかんの生育にとても良いとみかんどらごんは言う。 「我はそんなこと言わないのだー」 ――これがみかんの生育にとても良いとみかんどらごんは言ったような気がした。 「気がしたのはしょうがないのだー。では、案内するのだー」 みかん色のみかんどらごんに誘われ、背の低い柑橘の林を進む。 樹高が高ければ収穫量は増えるが、味が落ちる。 低すぎれば糖分を作り出す葉の数が不足し、酸味が勝る。 職人のこだわり抜かれた技術に記者は舌を巻いた。 「まずは温州みかんなのだー」 壱番世界のみかんは、このみかんどらごんと同じような生育をする。 オレンジ色の分厚い皮は手の指と爪で用意に剥け、その中には薄皮に包まれた果実が放射状に生っていた。 果実の袋をひとつむしりとり、口へ運ぶ。 鮮度の高いみかんは、ぷつりと歯触りのいい破れ方をして、中から甘酸っぱく爽やかな果汁が溢れ出すのだ。 爽やかな後味と芳香を僅かに残し、次の一切れに手を伸ばす。 気付けばその無限ループ、というのがこの手のみかんの鉄則だ。だからガマンしなければならない、とりあえず後二つくらいでガマンしよう。 「次は不知火、というのだー。とてもおいしいのだー。我が説明してやるから”ぱんふ”を読むといいのだー。これが”ぱんふ”なのだー。えっへん! なのだー!」 どうやら地方ローカルの地元の農協か、それに類似した団体が作ったパンフを渡される。 不知火、とは壱番世界の温州みかんのブランドらしい。 なるほど、先ほどのみかんも十分に美味しいものだったが、こうして食べ比べると確実に味が上だ。 糖度が高いというのが第一印象だが、酸味がまろやかである。ただし、しっかりと爽やかさは残る程度に抑えられており、 例えば、糖類を添加したみかんジュースのように口の中がべたべたしたり、甘いだけの糖度とは次元が違う。 「そして、これがポンカンなのだー」 記者の前に山と積み上げられる柑橘の山。 この後もネーブルオレンジにオレンジ、ゆず、たんかん、デコポン、それに八朔。 このチェンバーにはありとあらゆる柑橘類の栽培を試みているという。 ※ みかんどらごんの名誉のために注釈をつけるが、栽培できない品種のほとんどが壱番世界の柑橘類を優先させていると栽培できない、という意味で、 その気になれば大抵の柑橘類を育て上げる自信がある、と言っていた。 「そして、次にヴォロスで見つけてきた柑橘のコーナーなのだー」 こちらも柑橘類がそろえてある。 壱番世界の柑橘系に比べると、やや大降りで皮が硬いものが多い。 また、オレンジや黄色といったように色が揃っているわけではなく、 例えば写真のように紫地に緑の水玉模様といったいかにも毒、もとい、ユニークな果実も珍しくない。 「ヴォロスは我の出身世界に近いのだー。壱番世界の柑橘は喋らないのだー」 しゃべる。 ……喋る? たしかに世界群の中においては会話をしたり、歩行する植物など珍しくない。 しかしターミナルでは会話する植物はマイナーであり、筆者も食べたことがないものだ。 「そいつらはまだ収穫していないのだー。新鮮なうちがおいしいので、是非今から収穫するのだー」 そして、みかんどらごんに誘われ、さらにチェンバーの奥地へと足を踏み入れることとなる。 ★ ガン ☆ ミー ★ ガン ☆ ミー ★ ガン ☆ ミー ★ ガン ☆ ミー ★ シャゲェェェェェェ!!!!!! キシャァァァフシュラアアアアア!!!!! シャッシャァァァフシャァァァァキヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒ fふそhふぃあdbじあpfばsんdななskdf!!!!! 無理矢理に我輩の耳に届く音を擬音化するとこんなかんじだろうか。 気候や植生は熱帯雨林のそれに近い。 高温高湿の環境で、灼熱の陽光を葉に得られることができるこの環境は植物の天国だ。 しかし、一転して弱者には容赦がない。 例えば発芽した時、ほんの数ミリメートルほど上に先客の葉が覆っていればそれだけで陽光を得る資格はなくなる。 だが、それでも少しの陽光を糧に生きていれば、思わぬ恵みでその障害物が倒れるかも知れない。 そんな環境で、この柑橘類は生育されている。 「この植物は柑橘類ではないのだー。でも、こういう環境でないと育たない種類があるのだー」 みかんどらごんに言わせると、仮にここで育つべき植物を壱番世界のように肥沃で競争相手のいない環境に放り込んだ場合、 成長しきれずにひょろひょろと徒長してしまい、結局、得られる果実もどこか根性のないものに育つという。 では壱番世界の柑橘類をこの世界で栽培してはどうだろう? と提案してみたところ。 「発芽と同時に微生物に維菅束まで食い荒らされてしまうのだー」 と、返答がきた。 強者には強者の成育環境があるということなのだろう。 そうこう言っていると、ヴォロスにしては珍しく橙色の果実をたわわに実らせた木々の前へと到着する。 「ちょっと待つのだー。収穫の準備をするのだー」 みかんどらごんはハサミを持たずに木へと近づく。 なるほど、手でもぐのかと思いきや、みかんどらごんは「がおーなのだー!」と吼えた。 ざわざわ。 観衆のどよめき、あるいはざわめき。 筆者とみかんどらごんしかいないはずのこの熱帯雨林のチェンバーで、確かに大勢の声が聞こえた。 みかんどらごんは再び「がおー、がががおがおー、なのだー。我に生贄をささげるがよいのだー!!」と叫ぶ。 一瞬だけ、木々の声がやんだ。 それからいっそう強くなる。 さて、筆者は聴力には自信がある。 そこで耳をこらしてみた。異世界言語が理解できるのはターミナルの恩寵である。 「ひぇぇぇぇぇぇーー」 最初は悲鳴だった。 「龍じゃ、龍が来たぞおぉぉ!!!!」 「まさか、まさかあの伝説の龍が降臨したというのか?」 「けっ、あんなのただの御伽噺だろうが」 「しかし、昔話にこの木に降り立った邪龍みかんどらごんの伝説はどの枝にも残っておる……」」 「伝説の通りに生贄を捧げるしかないのか……」 「隣枝の三番果実さんがええ、あいつは水や窒素を取るだけで蓄えようともせんナマケモノじゃ」 「じゃが、やつの体内に糖分は少ねぇ。そんな体をみかんどらごん様に差し上げて、枝ごと焼かれでもしたら」 「そしたら隣枝が焼かれるだけじゃ、いかな伝説のみかんどらごんとは言え、この世界(※木のことらしい)を焼く力など」 「いけません。蜜柑命を粗末にしてはなりません。ここは長く生きた長老たるわしが」 「長老も水分不足でひからびておるからのう」 「そうか、うまい果実はこの枝の宝じゃ。みすみすみかんどらごん様に差し上げるわけにも」 「私、行きます!」 「おまえは、いかん。おまえはまだ未熟果じゃ」 「何言ってるのよ、皮の青い未熟果じゃありません。立派に育っています」 「立派に……。そうだな、ヘタも黒ずんできて……」 「きゃあ、えっち!」 「い、いや、すまん。しかし、ダメだ。それならおらがいく!」 「いいえ。私ね、この枝のみんなが大好きなんだ。私がみかんどらごん様の所に行くことで、この枝が平和になるんなら……」 「いいや、いかせねぇ。お、おら、おまえのコトが……」 「ええ。そんな!?」 「だからいかねぇでけろ」 「……ごめんね、私、行きます!」 「ああああああああああ、みか子ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ」 記者が言葉をなくしていると、風に吹かれたようにひとつの果実が落下してきた。 みかんどらごんはそれを素早く空中でキャッチする。 落ちた果実は小さな声で何かを言葉に変える。 『あ、あの、みかんどらごん様。私が生贄です。でもお願い、私はどうでもいいから、枝のみんなを……』 爪をいれて四つに裂いて、筆者に差し出してきた。 躊躇するのだが、みかんどらごんには聞こえていなかったわけだし、人情的にはどうかとも思うが、 我輩が食さなければこの犠牲は無駄になるわけで。何より収穫されなければ世話もされないのだ。 チェンバーの調整で四季が設定されている以上、食べても食べなくても冬になれば全滅する。 自分を全力で納得させることに成功し、みかんどらごんの進めるままに一房を口に入れる。 ああ、たしかにあまくてうまい。酸味、というよりコクがある。 ヴォロスのこの果実はカフェインのような物質を含んでいるようで、疲れた時に摂取すると見事に元気になるそうだ。 そよそよと風がふいている。 記者が耳をすますとみかんの木では若い身をみかんどらごんに捧げた聖女として湛えるような運動が始まっていた。 ものすごく小さな声である。みかんどらごんが耳を近づければ聞こえるかも知れないが。 まあ、それはそれとして、ヴォロスの柑橘は十分にうまい。 「うまいのだー? えへんなのだー、では次はブルーインブルーの柑橘を紹介するのだー」 みかんどらごんは、ブルーインブルーのものは別のチェンバー、海水で満たされた空間で栽培していると言う。 次回、月刊ターミナル12月号では柑橘栽培職人みかんどらごん「ガン・ミー」印のみかん栽培~ブルーインブルー編~ お楽しみに! 【こんかいのおりょうりこーなー!】 用意するもの みかん(ヴォロス産が最適! なければ温州蜜柑で代用):八個 名状しがたい太古の海水の淀み:ひとつかみ 誕生せし我が子に与えるための牛の体液:200ml へんでるーぱー(ヴォロス特産):2個 つぶあん:200g 講師:伝説のみかんどらごん・G 1.まずは牝牛から体液を搾り取るのだー。我が子が生まれたばかりで愛情を持って生命の液体を育んだ体液を横から奪うのだー。 2.これを地獄の業火のごとき火炎で煮込むのだー。とろっとしてくれば成功なのだー。 3.刻んだへんでるーぱーを全部混ぜるのだー。この時、のろいが御身にふりかからぬよう十分に注意するのだー。 4.黒い煙が出て、周囲の精霊的な何かがよってくるので、名状しがたい太古の海水のよどみを部屋中に振りまき、旧支配者の加護をもって一掃するのだー。 5.みかんの皮をむいて、ひたひたの水で煮込むのだー。みかんどらごんの皮を使うと別格というけれど、是非、試さないでほしいのだー。 6.みかんの実と1-3の、なんともいえない何かをよーく混ぜるのだー。 7.みかんの皮の煮汁が半分くらいになったら、つぶあんをくわえて溶かし、6の上にかけるのだー。 8.満月の光に一晩あてたら浄化完了なのだー。さあ、食べるがいいのだー。うまいのだー!! 記者の感想:【欠稿(※体調不良で入院のため、試食の感想は欠稿とさせていただきます)】
このライターへメールを送る