――わずかに開いた窓から吹く風が、窓辺に置かれた鉢植えの花をゆらしている。
ニワトコの住む家は、自然豊かなチェンバーの、小さな森の片隅にある。 木で造られた、ちっぽけな小屋。 部屋の中には最低限の物しか置かれていない。
しかしこれは、ある意味では仕方のないことだった。 なにせ彼の出身世界には人間が存在せず、「家」の概念などなかったのだ。 夜露をしのぐために大きな樹の影や洞窟で寝ることはあっても、ベッドなど知る由もない。 逆に、覚醒直後に世話してくれたロストナンバーたちが口出ししてくれたおかげで、 とりあえず必要であろう家具がある…と言った方が正しいのかもしれなかった。 けれど、あるから使うのかと言えばまた別問題で、心地よい風が吹く日などは外で寝転んでいたりすることもあるのだった。
それでも、少しずつ物は増えていってはいるのだ。 一昨年のクリスマスのプレゼント交換会で届いた、小さなツリー。 去年のクリスマスにはケースに入った丸い円盤。 どちらも部屋の片隅にちょこんと置かれている。 (余談だが円盤は「B級ホラー映画のDVD」というものらしく、彼には何だか良く分からなかったので、大切な人に尋ねてみたら、ちょっと困ったような顔をされてしまった)
大切なひとと一緒に行った壱番世界で買った、金平糖の入った小瓶。
そして、窓越しの月明かりに照らされた、白い花。
しばらく前に、ターミナルにあるトゥレーンというお店で貰った、ジニアという名の花。 ニワトコの紡ぐ物語で咲いたその花は、それから何度となく語りかけたことで成長し、今ではニワトコの頭の花よりも少し大きいくらいだ。
椅子に腰かけたニワトコは、眠そうな目をこすりながら、白い花弁を見つめていた。
『旅立ちの花』
お店の主人――ウィル・トゥレーンはそう言っていた。 と、ぼんやり思い出す。
故郷を追われ、覚醒し、歩いて歩いて……、ただひとりの大切なひとのところへ辿り着いた。 でも、旅はまだ、終わってないんじゃないかな?
根なし草と言われた自分も、いつかどこかに根を下ろすのか。 そのときは愛するひとと一緒がいいと、切にそう思う。
そんなことを思ってしまったのは、きっと、彼女の故郷が見つかったと聞いたからだ。 そして、そのことをジニアの花に話していたからだ。
もしかしたら。 もう一度の旅立ちのときが来ているのかもしれない。
どこに辿り着くかは知れない。 いつになるのかも知れない。
けれど、怖くは無いはずだ。 だって、今はひとりじゃない―――彼女と手を、繋いでいるのだから。
夜が更けてきた。 とうとうまぶたが重くなってきたニワトコは、椅子に腰かけたままうとうとしはじめる。
―――その姿を、白い花だけが見ていた。
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