イラスト/キャラクター:ぷみさ

ノベル


『あ……あ……こちらイータム通信基地。遠い星の皆様、聞こえますか?』





  <混迷の宇宙>

 一見何もない宇宙空間、しかしロストレイルの計器や電子探査能力を持つロストナンバーはそこに強烈な存在を感じ取っていた。
 中性子星。超新星爆発によって誕生する天体の一種で、高密度高重力の極めてコンパクトな星である。その特性上、いくらナレッジキューブの飴玉があるとはいえ接近は危険なので付近と言ってもそれなりに離れている。これ以上の接近は危険なのだ、一般的な生物ならば。
「とりあえず星を偽物に入れ替えておくのですー」
 何事にも例外はある。シーアールシーゼロは巨大化しながら何の問題もなく中性子星に接近すると、星をポケットにしまい代わりに同サイズに巨大化したビー玉を浮かべた。すぐにばれてしまいそうではあるが、少なくともこの場でブラックホールカノンが発動することはこれでない。敵はこの場で殲滅すればいい。
 デュペルが重力制御で巨大ビー玉を安定させ、ふさふさとツィーダがダミーの電波でよりそれっぽくカモフラージュする。ゼロ自身も巨大化で質量のごまかしを狙う。
「何故か知らねえが身体が疼くぜ」
 デュベルが陽気に呟く。その疼きは、彼の体内の縮退炉が何かを感じ取ったのだろうか。
「わふぅ(状況を逆手にとってγ線バーストで一掃するのも一興でしたが、まあいいでしょう)」
 ふさふさは中性子星を利用した攻撃を考えていたが、何せ伝達能力に欠けるので上手く説明できなかった。それはそれと気持ちを切り替え周囲を見渡すと、先程一緒に作業をしたツィーダがなにやら呟いている。どうやら敵艦のハッキング準備をしているようだ。
「わぁふ」
 おもむろにデータカードを取り出し、作業中のツィーダのそばに置く。
「ん? どうしたのこれ……うわ、すごっ」
「わふぅ、わふわふわふ、わふーん」
 それは前にラエリタム周辺宙域で入手した敵側のプログラムと対ミサイルウィルスだった。彼我の距離から大分古いものになるが参考にはなりそうだ。

 会敵に備えてダンジャ・グイニと華月は相談しながら結界の準備をし、他のメンバーもそれぞれ準備運動や装備のチェックに余念がない。まあ中には闘志を燃やすついでに装備に萌えている人も居たのだが、詳細は触れないでおく。


 一方、ニューラエリット周辺宙域では既に戦闘が始まっていた。宇宙空間にぽっかりと空いた小さな、しかし異様な雰囲気をたたえる穴。その周辺で激しく火線が交錯する。
「おおー、浮いた」
 なにやら人手が必要そうだと参加したゲーヴィッツは初めての宇宙に興奮しつつも、氷の斧を生成すると吹雪を吐きながら突撃した。氷のつぶてとなった吹雪は大したダメージを与えないが、牽制には十分だ。
「そーらよっと」
 時折大型氷柱も放ちながら、近場のワームに斧を叩き込む。触手からの怪光線が斧を砕くが、物は氷だ。また生成すればいい。
(懸命に生きる人々の明日を守りたい、なんて綺麗事かしら)
 帰属が近いせいだろうか、東野楽園はふとそんなことを思う。その彼女の前にもワームは現れる。
「ふふっ、一曲お相手願えるかしら?」
 楽園は優雅に舞う、大きくしたギアの鋏と共に。冷たい光線をかいくぐりながら、鋏を突き刺し切り刻む。時折キラリと光るのは硫酸の瓶が弾いた光だ。
 ロストレイルから火線が走る。飛んでくるのは銃砲弾だけではなく。
「宇宙戦はお任せですよ-」
 ジェット噴射で突撃するPNG。刃状の触手を巧みにかわしながらロケットパンチやミサイルをワームに叩き込む。弱った所で身体の一部をむんずと掴み。
「もう帰ってこないでくださいねー」
 穴に向かってぶん投げ、ワームをディラックの空へと追い返す。

 ロストレイル周辺のワームは瞬く間にその数を減らしていった。しかし穴の反対側、ニューラエリットからは無数の光点が上がってきていた。人型兵器や人工生物兵器を満載した艦隊だ。
 増援部隊の確認、それは地上行動支援の陽動が成功したことを示していた。


「そろそろか」
 目標エリアの1つ、砂漠地帯の軍事施設の倉庫に地上班は転移していた。百田十三は偵察に出していた飛鼠から基地内の戦力がほぼ出払ったことを伝えられた。続いてエータのセツが各宇宙港の打ち上げの様子を確認、そして宇宙班から大型兵器との交戦に突入したとの連絡が入る。
(魍魎夜界の頃から、俺の本領は一対多での殲滅戦にあったからな……懐かしい話だ)
 ふとそんなことを思い出しつつ、幻虎を召喚し味方をその幻で包む。
「――保安部提出記録収集開始」
 ジューンが戦闘モードに移行する。開始の声と同時に、基地内のバイオモンスター工場が爆発した。ファージにしか制御できない故に残す必要のないそれに、敵の目を引きつけるため火燕が突っ込んだのだ。それを合図にロストナンバー達は倉庫から飛び出した。

 大型兵器は出払ったが、それでも軍事施設だけあって連隊規模の戦力が残っていた。しかし統制こそ取れているものの操られている兵達が自律意思によって戦うロストナンバーに敵うべくもなく、そもそもステルスを見極められる兵が少なかった。仮に見つかってもスカイ・ランナーが閃光弾を撃ち込みその隙に先へと進めば兵達は追ってこれなかった。
 しかしファージ変異獣はそうはいかない。ステルスを簡単に見破り襲撃者を迎え撃つ。
「足元、排水溝より生体反応接近」
 排水溝の蓋をはじき飛ばしながら現れたトカゲと思われる変異獣に電撃を浴びせながらジューンは周辺のサーチを続ける。
 スカイはアサルトライフルに換装したギアから獣人にAP弾を浴びせかける。反撃はローラーダッシュで巧みに回避だ。
 程なく司令部へと突入し、管制室のマンファージをスネイクヘッドの鞭が捕らえた。
「マンファージにも魅了は効くのかしらん」
 そう言うが否やマンファージにディープキッス。
「あらぁ、アナタもノリノリじゃ……グェッ、ゲホッ」
 しかしマンファージには効かず、口に入り込んだ触手に毒液をぶちまけられた。慌てて触手をかみ切り毒を吐き返す。
「んのぉっ、みんな、アタシは平気だから思いっきりやっちゃ――」
 みなまでいうなと気合の入った一斉攻撃がスネイクヘッドごとマンファージを吹き飛ばした。まあ気合が入った理由は……あえて言わない方向で。
 割とあっさり倒されたマンファージだが、どうやらここのはかなり若い個体だったようだ。マンファージの消滅を確認して、一同は次の目標エリアへと向かうため転送員の待つ倉庫へと急いで引き返した。
 ちなみにスネイクヘッドはキスでマンファージからダメージ分の生命エネルギーを吸い取っていたので本当に無事だった。



  <大混戦>

 敵の戦力増産を防ぐ意味合いも兼ねて最初に目標となった4つの軍事基地は、無事マンファージの支配から解放された。正気に戻った人達は状況に多少戸惑うかもしれないが、司令室に置いてきた状況説明の書き置きを信用してもらえるよう願うしかない。
 次の目標は、8つある都市だ。人口密集地なのでマンファージには有利なエリアとなる。

 1つめの都市のマンファージは海洋生物学者だった。人気の少ない浜辺で海に向かって何かをしている。
「縁のない世界じゃが、滅ぶのを黙ってみているのはつまらんしの」
 古風な口調で話す美青年はネモ伯爵だ。周囲に人が居ないのを好機と下僕の蝙蝠達に攻撃させるが、それは水中にいる何かからの攻撃で阻まれた。空から見ていた揚羽公主には、浜辺に集まる海洋生物群が見えていた。どうやら変異獣のようだ。
「わらわらと風情がないのぅ」
 火炎妖術を水面に叩き込み、水蒸気爆発で水面近くにいた変異獣を打ち上げる。空中に投げ出された変異獣達はジョヴァンニ・コルレオーネの起こした花嵐の爆発に飲まれ、水中深く逃れようとしたもの達は魔法で動く海藻に絡め取られ、見えない刃で切り裂かれた。騒ぎをかぎつけたのか獣人もやって来たが、ネモ伯爵にいつのまにか身体の中に忍び込まれ鴉姿の彼に内側からついばまれたり揚羽公主の氷雪妖術に足止めされている間に他のロストナンバー達に倒された。
(マンファージを元に戻す術はないからのう)
 既に当人かどうかすら分からないが、せめて苦しまずに逝かせたい。マンファージを茨の鞭で拘束したジョヴァンニは、それでも伸びてくる触手を杖先に描いた魔方陣で防ぎつつ植物毒を注ぎ込む。やがて動きの鈍ったマンファージから、茨が一気に血を吸い上げる。大輪の薔薇が咲くと同時に、マンファージは崩れ落ち地面へと溶けていった。

 2つめの都市のマンファージは公務員だった。危険を感じて集めたのか元々そういう日だったのか、周辺に一般人が非常に多い。
 まず操られている人達を安全な場所に移そうと、有馬春臣は三味線を奏でる。幻で味方から目をそらさせ、安全圏に移動させたら眠らせる。その後は他の仲間が終わるまで面倒を見てくれるはずだ。変異獣や獣人も襲ってくるので、一般人を巻き込まないよう戦っている味方はどうしても傷を負ってしまうが、その治療も請け負う。
「全力でフォローする。心置きなく戦いたまえ」
「先生のフォローは自分がするッス」
 その周囲で襲い来る変異獣を撃退しているのは氏家ミチルだ。自身も応援歌で自分や味方を強化しながら、攻撃の手は緩めない。ダメージの回復は信頼する春臣がやっているのだ、躊躇う理由などない。
「誰だって幸せになりたいし、誰かを幸せにしたい。そうやって一生懸命生きてるんス。都合良く動く駒なんかじゃない」
 吠えながら放った斬撃は気の塊となり、近寄る変異獣達をたたきのめす。
「生きるものを辱めるな、この世界は終わらない!」
 そのまま肉薄し、竹刀を叩き付けた変異獣は溶けて地面に消えた。
 ファージの洗脳をどうにかしたい。そのために出来るのは根源を倒すか隔離するかの2つ。彼女の攻撃や歌による支援は、それに確実に貢献していた。
 役所の中では、アマリリス・リーゼンブルグが幻術で身を隠しながら味方をさりげなくフォローしていた。春臣が逃がしきれなかった人や変異獣に操られている生物を気絶させ、人目の付かない所に隠し結界でとりあえずの安全を確保する。負傷者にも治療術を施していたが、皆が知るのは後のことだ。
(しかし、色々な世界が一気に慌ただしくなったな)
 カンダータやフライジングを始め、様々な世界でこのところ一気に情勢が動いているように感じる。ただの偶然なのか、それとも何かがあるのか、考えた所で分かるものではないが。
(むっ?)
 それまで隠密行動を貫いていたアマリリスが回避運動を行う。その鼻先を機関拳銃の9mm弾が走り抜けた。銃撃したのは触手の生えた人間、つまりマンファージ。
 ファージの強さには個体差があるが、人間のように高等な精神を持つ生物に寄生できるファージは比較的強力な個体が多い。マンファージクラスともなると幻術も見抜かれるようだ。ならば。
「アマリリス・リーゼンブルグ、推して参る」
 姿を現し、堂々と名乗り仕掛ける。幾人かは驚いたが皆彼女に続いた。
 ここのマンファージはそれなりに強力な個体だったようだが、戦闘経験の差は歴然としておりアマリリスの高速移動に翻弄されている間に集中攻撃を受け倒された。屋内戦での正確な高速移動に賞賛の声もあったとか。

 進めば進むほど、敵の守りは頑強さを増していった。
(操られているとはいえ、罪なき者をまた殺すのか、俺は)
 目の前を行き交うのは、何も知らない民衆か、はたまた操られた者達か。そんなのすぐには分からないし、それより人が多すぎる。都市だし。
 人混みが苦手な橡は、赤黒い景色が生み出す不気味な雰囲気と敵味方一般人の入り乱れた状況に気を失いそうになっていた。このどこかに倒すべき敵が居ると考えると、弱気な心はかつての事件を思い出させる。あの時俺は、またあの時と――。
「あれ、どしたのバーミヤン」
 スケボーで走り回りながら敵の攻撃を受け止めていた仁科あかりがその様子に気付く。
「かっちー、ちょっとの間任されてくれない?」
「わかったわ」
 操られている人達に催涙スプレーをかけながら、脇坂一人がうなずく。
「仁科殿か……」
 橡は震えていた。その肩に、あかりはそっと手を添える。
「深呼吸して落ち着いて。そして自分のハートに聞くですよ、どうしたいかって」
「自分の、ハートに」
 あかりは昔の橡を知らない。でも力になろうとこの場に来た彼の心を信じている。なぜなら彼は何かあったであろう過去から目を背けず、その答えを妥協せずに探し続けているのだから。
「わたしの友達バーミヤンはそれで大丈夫」
 そうだ。橡、お前は何者だ。ここに何をしに来た。
「そう、だったな」
 刀に手をかけながら、立ち上がる。
「忝い。仁科殿の侠気に負けてはならんな」
 その力は、弱きを守るために。
「もう大丈夫みたいね」
「脇坂殿にも世話をかけたな」
 一人の声に落ち着いて答える。心を決めた橡は強い。操られている人々を峰打ちで気絶させ、獣人には目にもとまらぬ斬撃を浴びせる。敵の攻撃はあかりがギアで防ぎ、一人がセクタンの火炎弾で牽制しながらギアで獣人達の武器を叩き斬ってゆく。
 そうして獣人や変異獣を倒しながらマンファージの居場所へ向かった3人は、ちょうど他の仲間達が戦っている真横にたどり着いた。
「菊……否。橡、推参。その御首級、貰い受ける」
 不意を突かれたマンファージを、必殺の居合抜きが襲う。それまでの戦いで消耗していたマンファージは言葉通り首を飛ばされ地面に倒れ込んだ。程なく溶けて消えてゆく。
「やったぁ」
 あかりがハイタッチしようと駆け寄ってくる。彼女のギアの仮面はこれまで受け続けた攻撃でホラーもかくやのものすごい形相だったのでうっかり橡がまた気絶しかけたりもしたのだが。
 その様子を優しく見守る一人。だが、目標エリアはまだ半分以上残っている。
「橡さん、仁科、皆。終わったらお茶にしましょうね。今年の美味しいリンゴ、ご馳走するわ」
 一人の言葉に皆が奮い立つ。彼の作るリンゴは美味しいのだ。
 そして皆というのは、もちろんこの場にいる人だけではなく――。


「ボクはイチゴジャムがいいですー」
 誰かが送ったのだろう、トラベラーズノートに載った一人の言葉にPNGが答えた。
(脇坂様、ご健闘を)
 同じく柔和な表情でノートを見たドアマンは、そのまま迫り来る敵と向き合う。
「御機嫌よう、敵対する皆様方。良いお日和で重畳でございます」
 宇宙における良い日和とは何かという疑問はひとまず置いといて。彼は配下のギメルゾフ総裁――獅子の身体に二本の槍を手にした巨人の上半身を持つ――を呼び出し、氷による攻撃を艦隊に仕掛ける。戦艦の荷電粒子砲やMF(マテリアルファイター)やBM(バイオモンスター)のビームが氷を溶かしながら迫り来るが、残った氷のいくつかは当たりビームは総裁と共にかわした。

「図体でかいだけの輩に負けるかよ」
 ファルファレロ・ロッソはファウストとメフィストの二丁拳銃スタイルで手当たり次第に撃ちまくる。魔弾がワームを焼き、氷結弾が今まさに戦艦から飛び立とうとしたBMを縛り付ける。こうしてしまえば後は味方のいい的だろう。
 彼と背中合わせに死角を補い合いながら戦っているのはヘルウェンディ・ブルックリンだ。
「足引っ張るんじゃねぇぞ、ヘル」
「うっさいわね、あんたこそ余裕かましてやられるんじゃないわよ」
「ハッ、殺されて死ぬようなタマじゃねぇよ」
 彼女のギアから放たれるのは電撃を纏った徹甲弾。おそらくこれが一番有効なのだろう。跳弾の具合で装甲の薄い場所を探る。
「見えた、そこっ」
 ヘルウェンディの攻撃にファルファレロも合わせる。それが一番有効だからだ。2人の同時攻撃をくらい、BMが爆発四散する。
(認めさせてやるんだから、あんたの相棒にふさわしいって)
 互いがどう思っているかはともかく、周りから見れば十分息の合ったコンビだった。少なくとも今、この戦場では。

 ルサンチマンは無人MFの放ったロケットハンマーをその怪力で受け止めると、その鎖を掴んで振り回しながら自身の鎖でも絡め取り、MF自体をハンマーに戦艦へと叩き付ける。混乱する艦内へと瞬間移動で転移すると、瞬く間に艦橋を破壊した。艦内クルーの獣人も居たが宇宙戦メンバーのギアは対大型兵器戦想定の調整がされていたのだ、彼女自身の能力も相まって相手にならなかった。
「ご主人様はお前達を不要と判断されました。排除します」
 鎖を打ち鳴らせば、戦場は味方に有利に【調律】される。うっかり足場を踏み外した者は鎖で回収して近くの味方に引き渡した。
「特に怪我とかしているわけじゃないな」
 うっかりスピード調整を間違えて流されていたニヒツ・エヒト・ゼーレトラオムはルサンチマンの鎖に引っかかって相沢優に引き渡された。
「大丈夫デスヨ」
 ギー、ギギーと鳴きながらニヒツが返事する。もちろん攻撃はどこに居ても飛んでくるので優の防鏡壁が跳ね返している。
「単なる鉄の矢ならば、魔術で飛ばせマスヨ」
 抱っこされていた優の腕から抜け出して、ギァァァァと気合を入れて鳴けば、無数の鉄の矢が敵の方向へと飛んでいった。
 近くでは漂流しているのかちゃんと浮いているのかよく分からない、ものすごく眠そうなチャルネジェロネ・ヴェルデネーロが魔力で強化した鱗を飛ばしている。金属装甲程度なら貫通する威力だ。

「無人? 中身は神様? 不思議不思議」
 ルンは誰も乗っていないのに動くロボットの仕組みに興味を持ったが、倒さなければいけない敵であることに変わりはない。
「何でも倒す、変わらない。悪い神様、やっつける」
 MFは外骨格構造故に関節部などの隙がBMより多い。狩人の彼女がそれを見逃すはずがなく、素早く連射される弓が次々と装甲の隙間に突き刺さった。それでも肉薄するMFは、矢で脆くなった関節を彼女の馬鹿力で引きちぎられた。

 もちろん正攻法ばかりではない。無人機のMFはその手の能力の人間には格好の獲物でもある。いつの間にか肩のカラーリングが少しだけ変わったMFが、近くのBMにいきなりロケット弾を放った。不意の出来事に対応できなかったBMが半壊する。
「あっはは、だいせいこー」
 チビモックンを送り込んで無人機をジャックしたモック・Q・エレイブの仕業だ。味方のはずの機体からの攻撃に敵艦隊は混乱する。

 リジョルも魔力の矢を大量斉射していた。長期戦が想定されるが魔力底なしの彼ならば問題ない。ただ一度に放てる魔力量が限られているので、いざというときに備えて周囲に魔力を拡散してある。
 その彼の視線の先ではコンスタンツァ・キルシェとサエグサスズがBMに取り付いて格闘戦を仕掛けていた。あれは確か一般型のはずだったが……。
「なるほど、穴が近いからか」
 僅かずつであるが、それは強さを増していた。

 くるりと振り返ったBMの顔。直感で飛び退いたスズの居た場所に目から放たれたビームが突き刺さる。
「甘いのです……はっ」
 再び取り付こうとしたスズは目を疑う。いきなり目の前のBMが3体に増えていた。
「スズー、こいつっす、ここっすよー」
 スタンが本物の背中で派手に動いてスズを導く。よくよく感じ取れば2体からは気配がない。BMの光学ダミーだ。
「先程まではこのようなことはなかったのですが……」
「うわっ、なんかさっきより固くなってるっす」
「スタン様、危ない」
 今度はいつの間にか伸びてきた腕が、指先からエネルギー波を放った。普通のBMにもロケットパンチはあるが腕自体が伸びることはなかった。
「これって、まさか」
「戦闘中に変異獣化っすかー!?」
 素っ頓狂な声を上げるスタンだが、まさにその通りだった。

 ヴァージニア・劉は鋼糸で罠を張ったり敵に巻き付けて切り裂きながらその様子を見ていた。柄じゃねぇがたまには正義の味方ごっこもいいだろうと、同居人共々絶対帰る心づもりでその同居人ことスタンをそれとなく気にしていた――かどうかは定かではないが。
「あー、そっちまでは無理だわ」
 彼は穴にも鋼糸の網を張っていた。新たに侵入してくるワームはもれなく細切れに切り裂かれる仕掛けだが、実体を持たない寄生前のファージには通用しなかったようだ。
「面倒くせぇ」
 そうぼやきつつも、劉はスタン達を援護するため鋼糸を飛ばす。
「血紙黒膜這い回れ、結んで敷いてヨカミのシ、這いずれ這いずれ……」
 同じく穴の様子を早期から気にかけていた奇兵衛も、彼曰く無粋な敵こと機械や半機械のMFやBMを紙の妖術で攻撃していたが変異獣化するBMを見て再び穴に近づく。増援の阻止は劉の罠で十分かと思っていたが、変異獣化による戦力増強まで防ぐとしたらやはり結界の方がいいだろうか。
 完全には塞げないだろうと思いつつ、穴の口に結界を張る。これで変異獣の増加も少しはましになるだろう。

 とにかく大勢の敵を相手にするので、自然と連係攻撃も多くなる。
「滅びるようなことを気楽にやってくれやがる。こっちも派手にやってやるか」
 実際ファージが何を考えているのかは分からないが、ろくでもないことになっているのだけは確かだ。
 村山静夫はギアで銃撃して気を引きつつ、敵を味方の攻撃圏や別の敵の射線上に誘導する。余裕があれば外装甲を破壊して内部からの破壊を狙う者の手助けもしていた。
「鉄は美味うない。お前の肉は如何じゃ?」
 業塵もまた小馬鹿にしたような動きで攻撃をかわしながら時にBMやワームを食らったり(ちなみにどちらもまずかったらしい。特にワームは食えたものじゃなかったとか)毒を浴びせつつ、隙あらば怪力でぶん殴り味方の攻撃圏へ敵を飛ばす。
「好機は今ぞ、撃て」
 そうやって誘い込まれた敵はロストレイルとロストナンバー達の集中攻撃にさらされる。
「シンクロナイズド普通攻撃!」
 ……えっと、あの、要するに連係攻撃ですよね?
 そんな凄いんだか凄くないんだかよく分からない技名(?)を叫びながら総裁と同調した動きで自身も二刀流警棒で攻撃するドアマンや一緒に一撃離脱を仕掛けるスタンやスズ達、撃ちまくるファルファレロやヘルウェンディ達、ビームライフルを連射するモック支配下のMF、そして。
「皆、離れろ」
 ハクア・クロスフォードの警告に格闘戦メンバーが離れ、射撃メンバーやロストレイルの火線が敵をその場に縫い付ける。ハクアが激戦区から離れ組んでいた特大の魔方陣を複数発動させるとそれらはリジョルが周囲に放出していた魔力も取り込み、すさまじい電撃や結界に包まれた業火や暴風が集められた敵を次々と飲み込んだ。劉や業塵は追加オーダーとばかりに近場の敵を次々その方向に投げ飛ばした。
 魔法の反動でふらついたハクアを、携行キャノン砲を背負い補給に駆け回っているユーウォンが支える。
「大丈夫? 飴玉切れたりしてない?」
「ああ、大丈夫だ」
「危なくなったら無理せず休んで下さい」
 続いてやって来た優もハクアの身体を気遣う。ノートで他の部隊の様子もこまめにチェックする優と補給で飛び回る関係で伝令役も兼ねているユーウォンは自然と一緒に行動するようになっていた。ついでに宇宙戦メンバーが部隊内で会話できるのもユーウォンが人数分持ってきたヘッドセットのおかげだったりする。もひとつついでにワームの不味さにも興味があったユーウォンだが、何せ倒すそばから消滅するのだ。うまいことありつく機会はなく後で奇兵衛に感想を聞くに留まった。身体にも悪そうなのでそれで良かったのかもしれない。
 大規模魔法で体力を消耗したハクアは、ギアを取り出すと近くの敵に連射した。

 順調に敵を減らしているようにも思えたが、それはあくまでロストレイル周辺に限られる。当然敵も体制を整えてやって来ているわけで、ロストナンバーの攻撃力を見極めながら前線メンバーを入れ替え、後方ではBMや戦艦による修理や補給も行われている。結界や罠があるとはいえ穴からの戦力増強もなくなったわけではなく、相当の長期戦になりそうな雰囲気だ。
 もちろんそうすぐに気力が萎えるロストナンバー達ではない。
「いでよ雷燕!」
 臣燕が呼び出した燕達がBMを雷で引き裂いてゆく。反撃の高熱放射やドリルミサイルをかわしながら、死線に立つ覚悟はもう1つの覚悟を思い起こさせる。
(跡継ぎの重圧から逃げるのはやめだ。故郷に帰って許嫁を娶る、そんで家を盛り立てる)
 それが今彼を立たせている覚悟でもある。旅の終わりが見えてきて、彼に限らずその先を考えているロストナンバーは多い。そこにある夢、希望、志。それらを持たない者達に、例えどのような強者であろうが負けるものか。
 それに。
「妹が頑張ってんのに兄貴が指くわえてられっかよ」
 彼の咆哮そのままに、雷燕はBMの喉元を貫いた。


 その妹、臣雀は敵の襲来を待つ緊張の中にいた。
 宇宙に感動したりBMの丸焼きの味を想像したりと移動中は楽しげだった彼女も、今は呪符師の顔だ。
 そして間もなく、ロストレイルの計器が中性子星を目指す敵高速宇宙艇の姿を捕らえる。
 亜光速での航行だ。そのままならあっという間に通り過ぎるだろうがその分僅かな反応の遅れが大きく影響する。
 グラバーは周辺の隕石片などをこちらも亜光速で飛ばした。相対速度が恐ろしいことになるので容易には回避できないし、威力もその分増す。進行方向の逆ベクトルに力が働くので減速にもなるはずだ。
 目視で命中を確認するには余りにも離れすぎていたため被害確認は出来ないが、どうやら敵は急激に減速を始めたようだ。そして宇宙艇から4つの何かが飛び出した。
『目標減速しながら接近、70000、20000、10000……』
 機械音声が相対距離を告げる。接近に伴いロストナンバーの長距離攻撃が矢継ぎ早に放たれる。
「ミサイルカーニバルの時間ッスよ!」
 パワードスーツのワイルドカードをミサイルパックに換装して参加したゼノ・ソブレロは、巡航ミサイルを全弾発射し弾切れになったユニットをパージする。突撃戦の設計思想だ。
「わふぅ(本来の予定とは違いますが、挨拶代わりには十分でしょう)」
 ふさふさは本来は中性子星に放ち、降着円盤ジェットを用いγ線バーストを発生させる予定だった衛星ミサイルを敵艦に直接発射する。
『2000、1500……』
 宇宙艇や強化BMの輪郭が大分はっきりしてきた。ヴィンセント・コールが作っておいた複数の巨大氷塊と吹雪を放ち、ロストレイルからも火線が走り始める。ゼロは戦闘宙域を手で覆い敵が他へと行けないと錯覚させる。
『900、BMに高エネルギー反応、総員警戒』
「あいよ」
『幻覚で攪乱します』
 吉備サクラが幻覚文字でそう伝えながら幻覚でロストレイルを隠し、近くにロストレイルの幻影を生み出す。さらに本物はイルファーンの結界が覆い、華月とダンジャの結界が味方を覆い、雀の呪符が巨大な壁を形成する。
「この出力……みんな、避けて!」
 自身のシミュレータとロストレイルの計器と直結して瞬時に威力を割り出したツィーダが叫ぶ。算出結界は3発は結界で防ぎきれるものの残りの1発は貫通し、結界で減衰するもののなお致命弾――。
 データは配られたヘッドセットを通して皆に伝わる。エネルギー値が桁違いの1体の姿勢を、デュベルが発射寸前に重力制御で崩した。
 発射方向のずれた高エネルギー砲は、軌道上のミサイルや質量攻撃兵器をことごとく消し飛ばしながら闇へと消えた。

「凄い威力ですぅ、どんな技術が使われているのか気になりますぅ」
「この作戦が上手くいけばきっと知る機会もありますよ」
 川原撫子は説得して連れてきたリッドと共にロストレイル右舷砲手を務めていた。壱番世界では見られない最先端技術溢れる世界が無くなるのは、彼女としてもなんとしても避けたい。そして折角縁のある世界だからとリッドを連れてきたのも彼女だ。「だって誰かが見ていないと何しでかすか心配じゃないですか」なんてついてきた理由を問われたリッドに言われて皆が頷いていたのは、当の本人だけが知らない。
『2時方向距離500より熱線』
「そうはイカの姿揚げですぅ☆」
 熱兵器はギアの水流で打ち消す。その間はリッドが砲手代役になるのだが。
『右舷弾幕薄まってるよ、担当誰だ』
「すみません撫子さん対熱防御中で代理やってます」
 経験の差が出て左舷砲手の坂上健から叱責が飛ぶ。
『敵は待ってくれないんだぞ、経験の差は気合でカバーだ』
「サー、イエッサー」
『撃て撃て撃て撃て撃てーっ!』
 濃密な弾幕は敵の機動力と耐久力を確実に奪っていく。

 巡航ミサイルを使い切ったゼノはマイクロミサイルの飽和攻撃で宇宙艇の対空防御を誘発し攻撃を緩めさせる。
「戦争ごっこがお望み? まあ野蛮! でも嫌いじゃないわ」
 メアリベルはハンプティダンプティの王様の軍隊と大砲を召喚して、BM相手に砲弾を大量に撃ち込む。
 そうして動きが鈍ったBMに、灼熱の太陽が迫る。
(戦いは性に合わないけど、世界の危機を見過ごすわけにはいかないよね)
 イルファーンがエレメントを集めて作った太陽が敵を飲み込む。ダメージの蓄積していたBMはそれがとどめとなり爆発四散した。
『BM一般型1体撃破、目標残り4』
「EMP弾頭行くッスよ」
「オッケー、上手く潜り込んでみせるよっ」
 ゼノが電障弾頭を宇宙艇に撃ち込み、その混乱に乗じてツィーダが宇宙艇へのハッキングを試み、ふさふさがその天才的頭脳でサポートする。完全掌握とまでは行かなくとも、火器管制を狂わせるだけでも大分有利になるはずだ。

「この世界が滅んじゃうんだって? じゃあおじさん、張り切って阻止しちゃおうかな~」
 ロナルド・バロウズはギアから真空波や衝撃波を放つ。敵への攻撃はもちろん、敵の攻撃へぶつけての相殺も狙っている。実弾兵器にはこれが非常に有効で被弾率は劇的に低下したが、エネルギー兵器類の相殺は威力も相まってなかなかに骨が折れた。折角の機会だしと悪魔の力も解放し、ギアの威力をさらに底上げする。
 攻撃を相殺された隙を突き、雀が大量の呪符で敵を包囲し一気に点火、ゼロ距離の爆炎で敵を包む。
「美味しそうには見えないなぁ」
 肉が吹き飛び金属骨格がむき出しになったBMを見て呟く雀。肉だけ切り取って焼いたらまた別かもしれないが、なんか身体に良くない液体とか流れていそうだ。
 そして符術の炎を目くらましにホタル・カムイがBMの1体に肉薄する。ギアによる突きやなぎ払いで確実にダメージを与えていくが、BM達は反撃の合間に互いの傷口をリキッドジェルで修復している。姿勢制御はデュベルの重力制御もあって思ったほど気を遣わずに済んだが、これは長引きそうだ。

 宇宙艇へのハッキングは思ったよりも上手くいった。ファージ支配下では技術発展が停滞するのか、超長距離遠征に合わせてあえて抑えていたのかは不明だが、ふさふさの提供したデータからの構築がかなり有効に作用した。早速BMに向けてミサイルや荷電粒子砲を撃たせながら、ツィーダは敵のデータを探り当てた。
「え、ちょ、これって……」
 強化BMだけに一般型でもかなり高性能だったのだが。指揮官型のそれはベースの一般型でさえミサイル一撃で吹き飛ばせるくらい別格の性能を誇っていたのだ。
 驚いてばかりも居られないと、ヘッドセットの情報を更新する。特に威力順ソート上位の攻撃は4重結界で減衰しても即死する威力だ。最強兵器フラッシュバスターはロストレイルも結界ごと一撃だろう。さりげなく耐ビームコーティングもされている。
 攻撃力も防御力も要塞級、この化け物をどうにかしないと最終的には押し負けると彼のシミュレータは算出した。
 しかしデータ上は隙がなさそうな指揮官型、正攻法ではもてあます相手をどうにかする方法があるのだろうか。



  <悪夢の終わり>

 ホワイトガーデンは筆を走らせる。
 地上はどうやら順調なようだが、宇宙の穴の近くでは尽きることのない相手との戦い、中性子星付近では手に余る強敵との戦いで終わりが見えないようにも思えた。が、彼女の筆は、そこに確かな光明を見いだしていた。


 互いに回復や補給行動を取り、指揮官型の即死級攻撃を中心とした連携に対しロストナンバーも決め手を欠き、中性子星付近での戦闘は膠着状態に陥ると思われた。その状況を破ったのはダンジャだった。
「誰かあたしをあいつの背中まで運べるかい?」
「ではこれにお乗り下さい」
 ヴィンセントが氷の獅子にダンジャを乗せると、指揮官型の背中に向かって駆ける。何かあるのだろうと皆が2人を援護してどうにか背中に取り付かせた。早速ダンジャは背中にファスナーを縫い付ける。
「ここにひっついているワーム、これが余計なんだ」
 指揮官型のハイパワーは動力炉のワームに由来している。ならばそれを引きはがしてしまえばいい。
「ほら、自由にしてあげるんだから大人しくおし」
 ファスナーを開いてワームを引き出そうとするダンジャ、しかし指揮官型にとってはたまったものではない。当然排除しようとするのだが。
「させるかよっ」
 ロストレイルからの砲火が一般型と指揮官型に割って入る。遠距離攻撃は華月や雀、イルファーンにダンジャ自身の結界が防いだ。指揮官型自身もミサイルや伸ばした腕の携帯武器で追い払おうとするものの。
「おっと、そうは問屋が卸さねえな」
 ホタルがダンジャの腕を引き、デュペルが重力制御で攻撃をずらして指揮官型やワームに攻撃を当てる。追撃はロナルドが相殺した。
 しびれを切らしたのだろう、指揮官型の背中から5本の触手が伸びて、先端にエネルギーを収束させながらダンジャに狙いをつける。
「フラッシュバスターだよ、絶対に避けて」
 ツィーダが敵艦データベースから攻撃を分析する。結界越しでも即死する威力の攻撃に、しかしダンジャは不敵に微笑む。
 放たれるフラッシュバスター、ダンジャの腕を引くホタル。その結果。
『グギアァァァァァァ』
 精神に直接響く断末魔。そのおぞましさに何人かは気を失いかけたが、それが消えた時には動力炉となっていたワームは跡形も無く消滅していた。
『敵指揮官型、エネルギー反応著しく低下。あと一息です』
 元の動力炉が別にあるのか、指揮官型はまだ一般型よりよく動いている。しかし戦力の要の著しい弱体化は、数で不利な状況の敵にとって致命的だった。
「絶好のチャンス! 一気にたたむッスよ」
 ゼノがミサイルの残弾をありったけ撃ち込み、雀の雷呪符が敵を飲み込む。
「おや? ミズメアリベルはどちらに」
 いつの間にか居なくなっていたメアリベルにヴィンセントが気付くと同時に、BMの一体の腹に大穴があいた。中から大砲を抱えたメアリベルが飛び出してくる。
「大丈夫、メアリは死んでも死なないの」
 体液と機械油でドロドロになりながら、メアリベルはにやりと笑う。
 指揮官型の攻撃は相変わらず結界を貫くものの、減衰した攻撃にもはや大した威力は無かった。ロストレイルの砲火が、ツィーダに乗っ取られた宇宙艇の砲撃が、確実にBMを追い込む。そして迫り来るイルファーンの太陽。弱体化させられ、ダメージの蓄積したBM達には、もはやそれに耐え抜く力は残っていなかった。

(やった……!)
 こちらの勝負はついた。自沈させる前に調べてみようと撫子たちが宇宙艇に乗り込むのを眺めながら、華月は物思いにふけっていた。
 彼女はもうすぐ夢浮橋へ帰属する。他の世界のために何かをすることはこれが最後かもしれないけど、だからこそ精一杯頑張った。
 ぴとり、と冷たい何かが頬に当たる。いつの間にかダンジャが麦茶を持って隣に座っていた。
「お疲れさん。あんたの結界、大したもんさね」
「いえ、ダンジャさんこそよく見抜きましたね」
 麦茶を片手に、お互いの健闘をたたえ合う。
「みんな凄かったのですー。ファージさん達のパワーも凄かったですけど、みんなは心も凄かったのですー。だから勝てたのですー」
「だね。いいこと言うじゃないのさ」
 いつの間にか中性子星を元に戻したゼロが座っていた。みんなで笑いながら、華月は共に戦った仲間達の笑顔を一人一人脳に刻んでいった。残り少ない時間を惜しむかのように。


 ニューラエリットで順調にマンファージを倒していた地上班は、6つめの都市で異常に気付いた。何故か人々の動きが慌ただしい。
「おいマジかよ、そんな所にリープゲートとか」
「マジだって、速く逃げなきゃやばいぜ」
 操られているわけでも無く混乱する人々の話に耳を傾けると、どうやら公転軌道上にリープゲートが発生しニューラエリットが飲み込まれそうになっているのだとか。
「それはまさかプラネットカノン……いえ、惑星では中で自壊するはずです」
 あるいは何者かがニューラエリットを破壊しようとしているのか。ジューンが訝しみながらトラベラーズノートで図書館に確認するが、どの司書の導きの書にもそのような未来は示されていなかった。
 後にこれは誤探知だったことが判明する。しかし何故誤探知が起きたのかは最後まで謎だった。物資輸送用のリープゲートなら元からいくつかあるのだが、何故そんな所に「反応が1つ増えた」のだろうか……。
 ただ都市圏から宇宙港に人々が移動し始めたため、都市攻略はこれまでより若干やりやすくなった。

「ほら、ちとてん。炎ちょうだい!」
 月見里咲夜ギアのタオルに炎を纏わせ、獣人と変異獣の混成集団に果敢に攻撃を加える。しかし不意に割って入った一般人に思わず攻撃の手が止まり、その隙を突いた獣人の有線手斧が腕をかすめる。
「痛っ……」
 思わず顔をしかめる咲夜。しかし次の瞬間には痛みは引いていた。
「頑張れよー」
 咲夜を魔法で回復させたタイムは、襲い来る変異獣達をギアの毛布でなぎ倒しながら他の負傷者にも回復魔法をかけて回る。MMORPG風に言えば辻回復だ。
「勇者なめるなぁ」
 獣人の攻撃を華麗にかわし、みぞおちに毛布を叩き込む。とはいえメインは味方の回復だ、勇者だけど。

「この世界にも縮地を使える能力者が多数存在するのですか」
 いえ、能力じゃなくて技術です。あと生物が使うと死んじゃいます。
 まあその辺りの誤解はともかく、カグイホノカは周囲に巻き込んではいけないものが無いのを確認して、体内で錬成した炎を吹き出した。正面から編隊を組んでやって来た獣人がまとめて炎に包まれる。
 その横を走り抜ける武装バイク、操者はシィ・コードランだ。
「殲滅の時間だオラァ!!」
 運転中につきご注意下さいとテロップが出そうなくらい普段とは別人の彼女が、行きがけの駄賃とばかりに炎に焼かれる獣人達にバイクの武装でとどめを刺しながらビル陰に消える。一見無茶苦茶な運転のようだが、その実極めて繊細なハンドリングを行っている事が通が見れば分かっただろう。まあ警察が機能していたら捕まりそうだが。

 シィが走り回って見つけたマンファージは一見ただの子供だった。しかしその周囲を大勢の操られた人々が囲っていて、容易には手出しが出来ない。
 オゾ・ウトウはギアの大槌を構えながら、人垣をじっと見つめる。
(僕の力など、微々たる物ですが……)
 だが落とし子のもたらす滅びを防ぎ、この世界やそこに済む生きとし生けるものを守りたいたい思いは、皆同じはず。そして彼は感情を力に変える術を持っていた。
 僅かに目を薄め集中し、ギアを投げる。一見対象が危険なようだが、皆の守りたい思いを乗せたそれは操られた人々に当たるたびに弾かれ、しかしその接触のたびに触れた相手の攻撃力を奪っていった。これで少しはやりやすくなるはずだ。
 硬軟織り交ぜ人垣を少しずつ崩し安全圏に運ぶ。操られた人々を気絶させながら、イェンス・カルヴィネンは変異獣と獣人が迫ってくる方向を見つめていた。それらの前に立ちふさがるのは、ナウラとアルウィン・ランズウィックの2人。
「私達が来た! 世界図書館が来た! この名を胸に刻んで冥土へ行け! ラエリタムは滅びない!」
 高らかに唱えながら、迫り来る敵の足元を岩槍に変化させるナウラ。怯んだ相手に素早く刃と化した腕で斬りかかる。重い一撃ではなく、素早く接近と離脱を繰り返しながら波状攻撃で敵の攻撃を削ぐのが狙いだ。
 アルウィンもまたギアから光る刃を放ち、それに気を取られた敵を別角度から攻撃する。時々ナウラと目配せしながら、互いが互いのために敵の隙を作り、確実にダメージを与えていく。
「ニコニコ顔守る為なら、怖くない。アルウィンの騎士道、むこの民護る事!」
 だから、ここは通さない。少なくとも操られた人々が安全な場所に移動される、それまでは。
 2人の戦う姿に頼もしさを覚えながら、少なくなってきた人垣から離れイェンスも加勢する。
「頼むよ。ガウェイン、グィネヴィア」
 彼のセクタン、ガウェインが火炎弾で牽制に加わり、ギアのグィネヴィアを手に巻いて攻防一体の腕とする。
 2人の攻撃にしびれを切らし強行突破を計ろうとした獣人に、強烈なカウンターパンチが炸裂した。
 人垣を崩され、増援も断ち切られたマンファージはそれでも抵抗したものの、シィのバイクに蜂の巣にされ、ホノカの火炎弾に飲まれ燃えながら溶けていった。

 8つめの都市、作戦開始から12番目のエリアにいたマンファージ。それこそが、移民船に発生しニューラエリットを支配し続けているマンファージだった。
 丁寧に操られている人々を引き離し、無数の変異獣や獣人を倒しながら目標の研究施設にたどり着く。
 ネモ伯爵の蝙蝠と十三の飛鼠が偵察に潜入したが、何者かに瞬殺された。
 エータのセツとジューンのサーチが内部状況を捉える。
「マンファージと獣人だね。獣人もみんなファージ変異獣みたいだよ、情報を上手く読み取れない」
「今回のマンファージ、これまでと別格のエネルギーを保有しています。皆様ご注意を」
 マンファージを含む敵の大半は施設入り口、少数が別の場所へと向かっている。
「敵性体、入り口付近及び各階壁面に展開」
 ジューンがそう告げた次の瞬間、扉と窓が開け放たれ無数の銃口が向けられる。
「チッ」
 アマリリスが急いで展開した結界がかろうじてライフル弾の直撃を防ぐ。
「連携も鋭いな、どうしたものか」
「私が吶喊し突破口を開きます」
 ジューンは返事を待たず施設へ突撃、電磁波の放射で焼き尽くそうと試みるも。
「なっ、しまっ――」
 突如飛び出した獣人に腕をつかまれ、見た目よりずっと重い彼女を軽々と振り回しものすごい勢いでロストナンバーの方へ投げ返した。あまりの勢いに数名のロストナンバーが避けきれず飛んできたジューンに押しつぶされる。十三の配った護符が発動したおかげで戦闘不能は免れた。
「弾の備蓄は無いみたいだよ」
「そうか、ならば弾切れを待つか」
 エータの指摘にアマリリスはライフル弾を結界で防ぎ続ける。程なく弾切れになったのか攻撃はミサイルに切り替わった。
「いつまでも好き勝手はさせんのじゃ」
 ジョヴァンニが花びらの嵐を起こし、ミサイルを誘爆させる。揚羽公主や十三にホノカも火炎で軌道をそらせ、スカイとアルウィンとシィが撃ち落とす。その後もドリルロケット、ショットガンと次々と攻撃を浴びせられた。遠距離攻撃による反撃も試みられたが、治療体制は整っているようですぐに回復される為ほとんど効果は無かった。
 荒れ狂う散弾を耐えきると、ようやくマンファージと獣人達が建物から姿を現す。
「攻撃は集中しろ、1体ずつ確実に倒すんだ」
 アマリリスが将軍の威厳を醸し出しながら叫ぶ。ジョヴァンニは花嵐で全体を牽制しながら茨で拘束しようとしたが、冷凍光線ですぐに拘束は解かれる。ネモ伯爵の蝙蝠は竜巻に吹き飛ばされた。スネイクヘッドが鞭で打てば敵も触手を打ち返し、咲夜は火炎タオルで殴ろうとするもロケットパンチや有線トマホークに狙われ近づけない。
「炎王招来急急如律令、雹王招来急急如律令、皆と協力し1体ずつ確実に葬り去れ!」
 十三が式を召喚するもそれぞれ冷凍光線と熱線放射に晒され長く持たない。春臣の指は皮がめくれ、ミチルは喉を潰しかねない勢いで歌い続ける。回復にてんてこ舞いのタイムにも容赦なく攻撃は飛び、あかりは多方面からの攻撃を受け止めるので手一杯だ。それでも集中攻撃が功を奏し僅かずつではあるが敵の数は減ってゆく。しかしこちらの消耗も馬鹿にならずこれではどちらが先に力尽きるか分からない。
 目標エリアはまだ宇宙港が5つも残っているし、リープゲートの情報を受けて宇宙に避難するならそちらに人が向かっているはずだ。体力も時間もここで使い果たすわけにはいかない。
「冷凍光線は威力が低いみたいだね。熱線は消耗が激しいみたいだ」
 エータは戦場の情報を淡々と読み取り続ける。敵の各攻撃手段の威力、命中率、射程、エネルギー消耗等々。彼はあくまで情報を処理するだけだが、皆が戦略を立てるにはそれで十分だった。
「炎王招来急急如律令、今度は長持ちさせてやる、行け!」
「ほれ、受け取るのじゃ」
「援護します」
 十三が召喚した炎王に揚羽公主の火炎妖術、ホノカやフォックスフォームの火炎弾が撃ち込まれる。糧を得てますます勢いを増した炎王は冷凍光線を構う事無く獣人を襲う。
「ほらほら、こっちだよこっち」
 狙いをつけた獣人の攻撃をあかりが引きつけ、一人が有線兵器のワイヤーを斬り飛ばしスネイクヘッドが鞭で捕縛、ネモ伯爵が体内に入り込み一瞬敵の動きが鈍った所を橡の居合抜きが襲う。
 アマリリスとナウラとアルウィンが連係攻撃で、スカイとシィが高軌道射撃戦で攪乱し、電撃砲を放つジューンへの攻撃をイェンスが防ぐ。
 ジョヴァンニが他の敵を牽制し、オゾが戦闘で生じた残骸で即席バリケードを作り敵の行動を阻害する。
 パワーと連携で苦戦を強いた獣人達も、特性を見切りより連携を強めたロストナンバー達にとっては勝てない敵では無かった。徐々に数を減らし、戦況がロストナンバー側に傾いてゆく。気付けばマンファージ1体のみ。
 サポートに回っていたメンバーも攻撃に回る。春臣が体内水分を操作し、ミチルの竹刀が衝撃波を飛ばし、タイムの毛布が、オゾの大槌が、イェンスのギアを纏わせた拳が、マンファージを襲う。マンファージの無数の触手と有線トマホークは炎王にまとめて焼かれ、強力な攻撃を受け止め続け邪神すら凌駕しそうなすさまじい顔となったあかりのギアの仮面が胴に突き刺さった。
「フォアハハハハハハハハ」
 その笑い声はマンファージのものか、あるいはあかりのギアのものか。
「楽園が、我らの理想郷が……」
 最後にそう呻いて、元凶たるマンファージは倒れた。シュウシュウと煙を上げながら、原型を失い溶け、そして消えていった。
 そしてマンファージが消滅していくのに合わせて、赤と黒の世界は元の色彩を、生命溢れる青い星を思わせるそれを取り戻していった。

「エータ、行くぞ」
「うん、分かったよ」
 首領を倒したが全てが終わったわけでは無い。とはいえ宇宙港は普段は専門スタッフしかいないので妨害が少ないらしい。急げば避難した人達がたどり着く前に攻略できるだろう。
 エータは立ち去る前に施設の情報を出来る限り収集した。入手した情報は、見ようによっては人間を含む生物をファージの寄生対象として管理していた記録にも思われた。
 しかしマンファージの事だ。それが目的だったのか儀式の一環だったのかあるいはそれ以外なのか、それは誰にも分からない。世界を滅ぼすつもりがあったのかどうか、それさえも。


 ニューラエリットが色彩を取り戻してゆく様子は、周辺宙域で戦っていたメンバーもはっきり確認する事が出来た。
「地上は順調みたいだね、そろそろ終わるかな?」
「そうだな……おっ、ノートにメッセージが」
 ユーウォンと一緒に宇宙を駆け回りながら優が開いたトラベラーズノートには、ブラックホールカノンの阻止に成功した知らせが入っていた。
「あっちも上手くいったみたいだ、もう一踏ん張りだな」
「ねえ、あれっ」
 ユーウォンが腕を引く。その指が示す先には。
「あれ、ひょっとして」

 その変化にいち早く気付いたのは奇兵衛だった。
「結界との比率がさっきよりも……縮み始めましたか」
 宇宙空間に空いていたディラックの空へと通じる穴、それが縮み始めたのだ。星の色彩といい、おそらく地上班は大物を――おそらくボスクラスを倒したのだろう。マンファージの支配が弱まった影響がこちらにも出始めたようだ。
「まあ、最後まで油断は出来ませんがね」
 同じく穴の警戒をしている劉も、ようやく見えた終わりの兆しに安堵する。
「やっと終わりか……ああ、ハラ減ったなぁ、おっと」
 閉じてゆく穴を無理矢理抜けようとするワームを鋼糸でふん縛って切り刻む。けだるげなのは通常運行、もちろん油断なんかしていない。

「また連絡か。地上から、えーと……『宇宙港を1つ解放。現地の協力要請あり、味方が上がるので間違えて撃たないように』?」
「大変だ、みんなに伝えないと」

 程なく穴は完全に閉じ、地上からも全てのマンファージを倒したと報告が入る。
「よぉし、フィニッシュといくぜ」
 ファルファレロはファウストを構え、戦闘が行われているエリアのやや外側に4発の紫弾を撃ち込む。それらは何もない宇宙空間で突如静止する。
「Dodona、Aquila、Quercus、Jupiter」
 宇宙空間に浮かんだ4発の魔弾。彼を知る者には、その後に起こる事態は容易に想像できた。
「追い込むわよ」
 ヘルウェンディはファルファレロを気遣いつつ、ハクアと一緒に銃撃で敵を魔弾の内側へ追いやる。PNGやリジョル、ニヒツ、チャルネジェロネ、ルンもそれぞれの持ち場から弾幕や矢の雨などで敵を追い込む。1人は眠気で平常運転だった気もするが結果的に追い込んでいたので問題ない。静夫やドアマンはこれまでと同じように誘い込み、楽園とスタンとスズが波状攻撃で動きを制限し、ルサンチマンや業塵やゲーヴィッツが怪力で魔方陣の方向へ叩き込む。それでも捕らえきれない敵はモック支配下のMFが追い回し、魔方陣周辺には劉の鋼糸の網と奇兵衛の結界が異変を察知した敵の離脱を食い止め、それでも逃げ出そうとする敵を燕の雷燕が襲う。優は魔弾の近くでギアの剣を構え、ユーウォンは地上からの増援を伝えて回る。リジョルは放出した魔力の一部を自分の周囲に集めた。
「派手に咲いてくれよ」
 その一言と同時にファウストの銃身に浮かぶ魔方陣。魔弾も魔方陣に変化する。飛び道具を持つ者達もそれに合わせるべく得物を構える。
「keraunos!」
 ファウストの引き金が引かれ、それと同時にリジョルが集めた魔力を使った強力な攻撃魔法『インドラの矢』を放つ。他にも銃弾や矢、鱗、氷柱に砲弾ビームミサイルその他諸々が殺到し、紫電の中の敵に叩き込まれる。そして、それら全てを優の防鏡壁が内向きに閉じ込める。鏡壁牢とでも言うべきだろうか、閉じ込められたエネルギーはその全てが内部の敵に注がれた。
 やがて優がその内圧に耐えきれなくなり離れながら鏡壁牢を解く。残っていたエネルギーが周囲に拡散し闇に消え、動かなくなった敵が残される。ファルファレロがフィニッシュの引き金を引くと、それらは次々と爆発し、宇宙へ溶けていった。
「ちょっと、無茶してないでしょうね」
 予想以上に派手な雷を見て、ヘルウェンディは心配になったが。
「心配するな、同じヘマを何度もするかよ」
 ファルファレロは防御時に展開した魔方陣で受け止めた攻撃の威力をちゃっかり魔力に変換しギアに吸収していたのだ。加えてリジョルが拡散した魔力も加わった為、威力の割りに消耗はそれほどでもなかった。
「ん? まだ増援か?」
 と、2人の目に新たに接近してくる光点が入ってきた。
「違うよ、味方だよ。現地の人が協力したいって」
 ユーウォンがまだ伝えていなかったファルファレロに告げる。
「へっ、ご機嫌じゃねぇか。あらかた倒したが残党狩りといくか」
 大打撃を受けたファージ残党軍と、ロストナンバーと現地の連合軍。もはや負ける要素は見当たらなかった。あっという間に撃ち漏らした敵を殲滅し、モックが乗っ取っていたMFは現地軍の戦艦に回収された。リクレカからノートに連絡が入る。
『ラエリタムに向かった皆様へ、全作戦の目標達成を確認しました。導きの書にラエリタムの滅亡の予言ありません。作戦成功です、帰還後に負傷者収容などの必要があればお伝え下さい』
「それより戦勝パーティーでもやってたらふく食わせてくれねぇかな」
「いいっすね、それ」
 劉とスタンのやりとりに、帰りの列車はどっと沸いた。





「所長、イータムより通信が入っています」
「ふむ……そうだな、返事を出してくれ」

『遠い故郷の皆様、そちらは元気ですか?』



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螺旋特急ロストレイル

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