オープニング


 世界の摂理からこぼれおちるロストナンバー。
 かれらを世界図書館は救い出し、ターミナルへと受け入れる。
 今日も、新しくロストナンバーとなったものたちが、世界図書館の旅人としての暮らしを始めようとしていた。
 図書館は、まずかれらにパスホルダーを与え、そして知っておくべき事柄の一通りを教え込む。すぐにはすべてを受け入れられないものもいるが……、だいたいのものはほどなく新しい生活に慣れていく。
 ターミナルはそんな旅人たちの拠点となる場所。
 さまざまな異世界のものたちが暮らす奇妙な街だ。


「あ、おつかれさまー」
 今し方パスホルダーを受け取り、自分達がこれから歩む道についての教えを受けたロストナンバー達に話し掛ける姿があった。
 片手に持った本――『導きの書』が無ければ、思わず迷子かと思ってしまったかもしれない。それくらい、顔にあどけなさを残した少女だ。左右に分けて編んだ鮮やかな色の髪が、その動きに合わせて小動物の尻尾のように揺れている。
 エミリエ・ミイ。彼女は溌剌とした声でそう名乗った。この『世界図書館』に籍を置く『世界司書』の一人である。
「これからロストレイルに乗って、冒険に行くんだよね? みんなのお話、楽しみだなぁ」
 今から待ち切れないとばかりに瞳を輝かせるエミリエ。と、そこで何かに気が付いたかのようにポン、と手を叩く。
「あ、でもね。この0世界――『ターミナル』にも、面白い場所がたっくさんあるんだよ! 冒険の合間にはこの世界にいる事になるんだし、初めての冒険に出る前にお散歩してみるのもいいんじゃないかな♪」
 それから彼女は、少し得意げな様子で「お勧めスポット」とやらについて解説を始めた。ふと、ロストナンバー達の脳裏に、先程聞いた話の一節が浮かぶ。
 記憶と引き換えに0世界への帰属を望み、その多くが世界司書になるという、元ロストナンバー――ロストメモリーは、特別な場合に限ってロストレイルに乗る事はあっても、旅先の異世界に降りる事はできず、ほとんどの時間を0世界という限られた場所で過ごすのだと。
 ロストナンバー達がそれぞれの思いを抱いている間にも、エミリエの話は続いた。内容を端的にまとめると、以下のような感じになる。

・お勧めスポットその1、露店通り
 その名の通り露店が並ぶ商店街で、種族も文化も雑多な人々が入り混じっている。最近は、旅先での安全を祈願する様々なお守りが流行なんだとか。

・お勧めスポットその2、通称「猫の門」
 古い遺跡の名残なのか、門のように組まれた石が点在する場所。現在は整備され、小さな公園になっている。日当たりの良さからか、あちこちに野良猫がいる為にこう呼ばれるようになった。

・お勧めスポットその3、カフェ『glorious rainbow』
 各種軽食の他、飲み物も珈琲からスピリッツまで揃っている。店名にもなっている名物メニュー『グロリアス・レインボー』を頼むと、「凄いの」が出てくるらしい。甘い物が得意な人以外はやめておいた方が賢明だとか。

「それじゃ、いってらっしゃい♪ 迷子になっちゃ駄目だよ!」
 大きく手を振るエミリエに見送られ、ロストナンバー達は全ての始まりの場所『ターミナル』へと足を踏み出すのだった。

管理番号 b46
担当ライター 権造
ライターコメント  初めまして。今作にて皆様の旅をサポートさせて頂く事になりました『権造(ごんぞう)』と申します。お付き合いが長いものとなるか、短く終わってしまうのかは定かではありませんが、今この時出逢えた御縁を大切にしたいと思っております。どうぞよしなに。

 得意ジャンルは、ライトなノリの冒険譚でしょうか? シリアスからギャグまで引き出しは持っているつもりですが、複雑な伏線や謎解きを散りばめるのは不得手だと自覚しております。
 もっとも、基本的に雑食性なので、苦手分野も含めて色々挑戦していきたいところです。OPがお目に留まられた際は、宜しくお願い致します。

 今回は0世界でのお話をお届けしたいと思います。列車に乗り込む一歩手前という事で、旅の準備をしたり、決意を新たにしたりして頂ければ幸いです。
 それでは、皆様の御参加をお待ちしております。

参加者一覧
日向 蘇鉄(ctwd2438)
廻 イツキ(czuh5410)
棗(csen7377)
蓮見沢 理比古(cuup5491)
セレン・ラディッシュ(cnfc1700)
セシル・シンボリー(crpc9765)

ノベル


●幕開けは騒々しく
 廻 イツキはベーグル職人である。
 ゆえに、朝はとても早い。
 理由はとても単純だ。ベーグルが最も売れるのは朝から昼。特に朝食の時間帯は、手軽に食べられる事も手伝って上々の売れ行きである。
 その時間に充分な数を用意するとなると、仕込みは当然夜明け前からとなる。
 小麦粉を練り、熟成させてからケトリングと呼ばれる「茹でる」工程を経て、オーブンで焼き上げる事で完成するベーグル。
 この日も彼は、黙々と作業をこなしていた。飽きる事など無い。むしろ、毎回変わらぬ味に仕上げる事こそ、職人の腕の見せ所である。
 ぐらぐらと煮えたぎるお湯を目の前にして、ふと視線が外れる。ぽつりと、一言。
「あ、旅に出るんだった」
 ロストナンバーとなって約三年。あまりに遅すぎる、コンダクターとしての自覚であった。

「――って、聞けよお前ら」
 思わず半眼になるイツキの目の前では、盛況な『露店通り』の雑踏にも負けない勢いで騒いでいる男が二人。
「よお、姉ちゃん。その羽根綺麗だな。お茶しない?」
 背中から翼を生やした見た目麗しい女性に声を掛けている日向 蘇鉄と、
「ねえ、このニンジンでお守り譲ってくれないかな。えー、ダメー? どーしても? ねえねえ、お願いだからさー」
 人参片手に露店の売り子に迫っているセシル・シンボリーだ。
 他人が聞いてどうこうという内容で無い事は自覚しているが、完全に無視というのも微妙に腹の立つ話である。
 「まあまあ」と苦笑い混じりながらも場を取り持ったのは、蓮見沢 理比古。
「でも、そういう事なら、俺も似たような境遇だ。他の仕事が忙しくてな」
 ちなみに、蓮見沢がロストナンバーとなったのは、およそ六年前。もっとも、それで何かが変わったわけでもないが。彼の生きる道は、幼い頃より一本道だ。今は霧に隠れているとしても。
 そっと溜息をついた理比古の心情を知ってか知らずか、イツキはうんうんと頷き、
「大体、この俺がベーグルを焼かずに朝日を拝めるかっての」
「ベーグルというのは、その手にぶら下げているものですの?」
 鈴の音のような声に、一同の視線が下に移った。
 視線の先にいるのは、衣服こそ身に着けているものの、どこからどう見ても直立歩行する一匹の猫。純白の毛並みが美しく、まさしく猫目石の如き瞳の奥には、高い知性の色がうかがえる。
 1番世界であれば、たちまち衆人の注目を集めそうだったが、異種族の坩堝と化しているターミナルの町並みの中では、むしろしっくりと当てはまっていた。
 セレン・ラディッシュ――世界図書館で一同が会した際にそう名乗った彼女は、イツキの持っているバスケットをてしてしと肉球で叩く。
「あぁ。今日は店を休みにしたんだが、仕込みまで終わってたんで焼いてきた。何なら食べてみるか?」
 イツキは誇らしげに、バスケットの中身を取り出してセレンに示した。
「パンの一種ですの? 丸いですわね」
「……ドーナツ? 甘い?」
 ぽつりと呟いたのは、最後尾にいた棗だ。先程までは、セレンの動きに合わせて揺れる尻尾を遠くからじっと凝視していたのだが、その興味は食べ物へと移ったようだ。
 そんな彼女の一言に、イツキがくわっと瞳を見開き、
「これはドーナツではないっ。ベーグルだ! そして甘くない!!」
 声を荒げて抗議する。一般的な認知度からすれば間違われても仕方ないと思われるのだが、どうやら彼なりのこだわりがあるらしい。
「……怖いな」
 そしてそんな事は知らない棗は、顔をしかめながら距離を取った。と、そこへ蘇鉄がさっと割って入り、彼女を守るように大きく腕を広げる。
「男たるもの、女を怖がらせるんじゃねぇぜ! 凄むんなら俺が相手だ!」
 続けて棗へ向き直り、爽やかさ120%(当社比)の笑顔を。
「棗! この日向 蘇鉄、あんたの為なら死ねる!!」
「日向さん、さっきの女性はどうしたんだ?」
 理比古の放ったツッコミは、見事に蘇鉄の急所を貫いていた。
「ぐっ……用事があるんじゃ仕方ねぇだろ!?」
 あまりにもお約束過ぎる、お断りの文句。女心に疎い蘇鉄にも流石にそれは分かったのか、若干涙目である。
 そして当の棗はといえば、
「……死なれても困るよ」
 と、さらに遠くへと後ずさりしてしまっていた。
「あれー? 皆どうしたんだい? ――日向君、何で泣いてるの?」
「……目にゴミが入っただけなんだぜ……」
 ようやく戻ってきたセシルに、止まらない涙を堪えながら、そう答えるしかない蘇鉄であった。
「棗には、いずれベーグルの何たるかをじっくり説明するとして――セシル、結局お守りは売って貰えたのか?」
 徐々に冷静さを取り戻してきたイツキが気を取り直して尋ねる。正直、人参なんて貰っても、喜ぶのは馬か行き倒れ程度だと思うのだが……
「うん、バッチリ。いい人で良かったぁ」
 マヂで!?
 一同の視線が集まる中、セシルが「ジャジャーン」と取り出したのは、
「どう? カッコイイでしょー」
 「守ルンです」と書かれた、謎の物体。
((うわぁ……))
 騙されてる。というか、適当にあしらわれた?
 しかし本人が満足しているのだから、指摘するのも野暮な話。それぞれに素知らぬ顔をしながら、微妙に気まずい空気を引きずって歩みを進める一行であった。
「君の無事をいつも見守ってるよ……」
 女性陣に向けてとびっきりの笑顔――と、本人は思っているらしい。実際にはかなりわざとらしい上にキザな笑みであったが――を向けるセシルただ一人を除いて。

「さて、と。こんなところかな?」
 紙袋一杯のお守りを手に入れる事が出来た理比古はホクホク顔だ。実は彼は、重度のお守りマニア――ではなく、「家族」と呼ぶ間柄のロストナンバー達へのプレゼントである。列車の旅であるからして『交通安全』は分かるのだが、一つだけ『安産祈願』のお守りが混じっているのは、本人にしか分からない謎である。
 それぞれに見て回りたいものもあるだろうという事で一旦解散している一行の集合時間も近い。目当ての物は買えたし、そろそろ戻ろうか……、と思案し始めた彼の視界の端に、いささか場違いな雰囲気を放つ存在が飛び込んできた。
「占い……か」
 見慣れぬ文様の描かれた布が天幕のように張られた中に、小さな卓が一つと椅子が二つ。椅子の一つには、漆黒のローブをまとった影が微動だにせず鎮座していた。
「……いらっしゃい」
 理比古が前に立つと、ローブの人物は陰気に出迎えてくれた。抑揚の無い、高いとも低いとも言える声。性別も年齢も、全くうかがえる事はなかった。
 そしてそのまま沈黙が続く。どうやら、先を促されているらしい。理比古はイスに座り、占い師らしき人物をじっと見つめたが、まだ声は無い。まだこちらが口を開く番、という事なのだろうか?
 ここまで来て何もせずに帰るのも勿体無い――相手の態度に不気味なものを感じながらも、理比古は意を決して切り出した。
「捜し人がいるのだけど、どうすれば見つける事が出来るのか、占って貰えるか?」
「貴殿はもう、その答えを持っているのではないかな?」
 全てを見透かすような物言いに、理比古の鼓動が一瞬だけ早くなる。
「占いとは、目的すら見失った子羊の為の道標。確固たる決意をもって突き歩む騎士(ナイト)にとっては雑音となろう」
「…………」
「ゆえに、これは占いではなく個人としての言葉になる。御代は要らぬ」
「……聞かせて貰おうかな」
 逡巡はあったものの、答える声に躊躇は無かった。占い師は頷くと、
「信じるのだな。この世界を」
「信じる?」
「あぁ。喜びも悲しみも、全てはそこに『在る』もの。それ自体に善悪など無い。そこに何らかの意味が見えるのだとしたら、それは己の心の声だという事だ」
 まるで禅問答のような言い回し。最後にもう一度、占い師は繰り返す。
「信じるのだ。世界を、他人を、そして己を。信じる者は救われる」
「占い師らしい言葉だね」
「占い師だからな。今の言葉は占いではないが」
 笑みを浮かべて腰を上げる理比古。見送る占い師もフードの奥で、ほんの微かに笑っている気がした。

「理比古くーん、遅かったじゃないかー」
「ごめん」
「あら。少し見ない間に、顔に吉兆が現れていますわよ?」
「何だ何だ、何かいい事でもあったのかよ?」
「……甘味三昧」
「それは、俺にとっては地獄だな。――御神籤で大吉でも出たか? こっちでも売ってるのかは知らないが」
「大吉……あながち外れちゃいないな。――悩み事がほんの少しだけ軽くなったって感じだよ」


●肉球の魔力
「セレンちゃんのお仲間がいっぱいだー! ほわあぁ、可愛いねぇー!」
 人混みに疲れ、休憩も兼ねて次の場所へと移動した一行。
 『猫の門』は話に聞いた通り、猫の楽園だった。目の前の光景に思わず突撃しようとしたセシルを、セレンが押しとどめる。
「いきなり追い掛け回すと嫌われますわよ」
「あ、もしかしてジェラシー? 大丈夫だよ。同じ『にゃんこちゃん』でも、セレンちゃんの可愛さはとび――アウチ!」
 まくし立てられる言葉を遮って、ごす、と鈍い音。見れば、先端にクリスタルらしき宝玉のはめられた杖を、セレンが両腕でフルスイングしていた。
 セシルの向こう脛――いわゆる「弁慶の泣き所」に向かって。
「メグリさん、そのベーグルは、お肉やお魚とも相性が宜しいのですの?」
「ん? あぁ、個人的にはそのままで食べて欲しいが、サンドイッチにしても美味いぞ」
 悶絶しながら地面を転がっているセシルを横目に、イツキは答えた。どうやら、今の言葉の中にセレンにとってのNGワードが含まれていたようだ。涼しい表情に女の恐ろしさを感じながら、二の轍は踏むまいと心に誓う。
「いくつか分けて下さいませんか? もちろんお金は――」
「いいっていいって。さっきも言っただろ。ついでに焼いてきただけだ。宣伝も兼ねてサービスしとくよ」
「では、有難く御馳走になりますわ」
 イツキからベーグルを受け取ると、セレンは優雅な足取りで一際数の多い猫のグループへと歩いていった。その手には、『露店通り』で購入した包みも握られている。一緒にランチタイムと洒落込むつもりらしい。
 ふっ、と視界を遮る黒。棗はセレンの後を追うように飛び出すと、しかしかなりの距離を置いてベンチへと腰を下ろした。そこからチラチラとセレン達の方の様子をうかがう姿に、寛いでいた人々が訝しげな視線を向ける。
「男たるもの、女性が不審者扱いされるのを見過ごすべからず!」
 すかさず駆け出した蘇鉄がどうするのかと思いきや、棗の隣に座り、同じように挙動不審な動きを始めた。棗は物凄く迷惑そうな表情だが、そこは気にしないというか気づかないのが、蘇鉄の蘇鉄たる所以である。
「『赤信号、皆で渡れば怖くない』……って奴なのかな? あれは」
「俺に聞くなよ。――にしても、1番世界の外に出ると、やっぱり3年前とは違うんだなって実感するな。変なヤツがたくさんいる」
 何とも言えない表情で笑う理比古に素っ気無く答え、イツキは陽光に包まれた広場を見渡した。
 先刻の『露店通り』もそうだったが、1番世界で言う「人種」とはわけが違う。獣人、翼人、竜そっくりの者や、中には1番世界の言葉では表現できないような存在まで。
 加えて、度々目にする事になる『真理数』。かつての非日常は確実に日常を浸食し、慣れと共に自分の感覚すらも変えていっている。それが良い事なのか悪い事なのかは、まだ分からないけれども。
「でも、このままだと帰る場所が無くなってしまうわけだし、ポジティブに受け止めて頑張らないとな」
「だなぁ」
 穏やかな空気の中で決意を新たにする二人だったが、「柄でもない」という思いも同じだったらしい。
「それはともかく、そろそろ棗さんを助けにいこうか?」
「面倒だな……」
 蘇鉄を何とかするべく、二人して歩き出す。ふと、イツキが理比古に尋ねた。
「そういえば、覚醒したのは六年くらい前だって言ってたよな? 今はいくつなんだ?」
「35歳」
「え゛」

「あら。あなた、なかなか良い毛並みですわね。どなたかに飼われているのかしら?」
 日向ぼっこを満喫する猫達の輪に混じって寛ぎながら、セレンは早速食べ物の包みを広げていた。するとあっという間に、周囲に猫が集まってくる。
「お肉とお魚がありますわよ。どちらがお好みですの?」
 幸い、ターミナルの野良猫達は食料に恵まれているらしい。奪い合いが起こる気配も無く、猫達は素直にセレンが取り分けるのを待ってくれた。
 ベーグルを細かくちぎり、タレや塩胡椒で香ばしく焼き上げられた肉や魚を載せれば、ちょっとしたオードブルだ。
 自分も同じように食事を楽しみ、セレンは柔らかな光に目を細める。
「ふわ……眠いですニャ」
 似たような姿の猫達に、故郷の同族を思い出したのか、崩れた口調で欠伸を漏らすと、丸くなったセレンはすぅすぅと寝息を立て始めた。
 が、至福の時をぶち破る闖入者現る。
「あはは、まてまてー!」
 先刻の忠告もすっかり忘れ、猫を追い掛け回していたセシルだったが、眠ったままのセレンが器用に尻尾で振るった杖から飛び出した光弾を全身に浴び、再び地面を転がる羽目になった。今回はさらに、そこへ棗が「猫達の邪魔をするな」と言わんばかりに追い打ちを掛けている。華奢な手には漆黒のサーベル。流石に鞘はつけたままだったが。
「うるさいニャ」
 セシルの悲鳴をBGMに、セレンと猫達の午睡はゆるやかに過ぎて行った。


●迫り来るは、虹色の脅威
 緩やかな坂道を上って丘の上。石畳に影が伸びる。
 小腹の減ってきたタイミングで『glorious rainbow』に到着した辺り、エミリエの提案した観光コースというのは、実はかなり計算されたものだったのかもしれない。真実はおそらく、長年ターミナルに住んでいる経験の為せる業、といったところであろうが。
「ここが……glorious……rainbow……」
 木の温かみを感じる建物を見上げて呟く棗。その表情は幾分引き締まって見え、何故か戦場に向かう戦士のそれを彷彿とさせた。
 その横に蘇鉄が仁王立ちで並ぶ。
「男たるもの、『やめておけ』って言われたからって逃げるわけにはいかねぇな! 棗、一緒に頑張ろうぜ!」
「…………」
 横目でチラリと見遣り、大きく一歩距離を取る棗。
「しくしくしくしく……」
「浮き沈みの激しい奴だな」
 滝のような涙を流す蘇鉄はとりあえず放っておくとして。イツキは店の外観を眺めつつ、顎に手を当てる。
「悪くないな。周囲の景観ともマッチしている」
 どうしても商売人の視点になってしまうのは不可抗力というものであろう。
 それぞれに熱い視線を注ぐ者達に気圧されつつも、理比古は店の扉に手を掛けた。このまま立ち往生していても迷惑になりそうだ。
 ぞろぞろと店に入ると、すぐに店員らしき女性が近寄ってくる。
「いらっしゃいませ、こんにちは! 何名様でしょうか?」
「六人だ」
「六名様ですね。奥のテーブル席へどうぞ!」
 一見普通の人間のように見えるが、どこか違和感がある。何故だろうか?
 内心首を傾げながらも、一行は円卓を囲むように席についた。すぐに人数分のコップと、氷水の入ったピッチャーが運ばれてくる。こういうところは日本式らしい。
「御注文は既にお決まりでしょうか?」
「えーっと、ここの名物メニューだという『グロリアス・レインボー』を……」
 理比古が――ダントツで最年長である事が分かってから、何かと面倒な役割は彼に回ってくる事になっていた――視線を巡らすと、親指を立てる蘇鉄に、小さく頷く棗、元気良く手を挙げるセシルが応えた。
「四つ。あとは?」
「わたくしは、ハーブティーにお勧めのケーキを添えてお願いしますわ」
 セレンには子供用兼低身長種族用の椅子が用意されていた。それでも若干大きいらしく、上に乗っかるような形になっている。
 最後に、イツキがメニューを眺めながら口を開いた。
「コーヒーと、何かお勧めがあれば、それ」
「お客様、甘いものはお好きでしょうか?」
 間髪入れず返ってきた声に、内心感心する。
「いや、大嫌いだ」
「でしたら、日替わりのホットサンド・セットなどいかがでしょう? 本日はジャーマンポテトになっております」
「じゃ、それで」
「かしこまりました。少々お待ち下さいませ!」
 甘い物を持ってきたらまた一悶着起こりそうだったが、流石はお勧めの店といったところであろうか。
「えー、セレンもイツキも食べないのー? 皆で食べよーよー!」
「うるさい、甘いのは嫌いだって言ってるだろ! お前の脳味噌は鳥並みか!?」
「あっはっは、せめて馬並みって言ってくれよー」

 閑話休題。

 頼んだ料理が届くのを待つ間、今日一日で多少なりとも打ち解けた面々の間では、ゆっくりと見て回ったターミナルの話に華が咲いた。そして、近い未来――ロストレイルでの旅や、有象無象の噂にまで話題は及ぶ。
「女の子が喜びそうな場所もたくさん見つけたし、彼女が出来たらデート三昧だぜ!」
 無駄に自信満々な蘇鉄の言葉には、その場にいた全員が「はいはい」と適当な相槌を打ったりしているが。
 と、そこへ軽やかな弦の音が聞こえてきた。見れば、カウンターの隅に座っていた男性――耳が長いところを見ると、俗に「エルフ」と呼ばれる種族だろうか?――がおもむろにアコースティックギターを取り出し、巧みな指遣いで爪弾いている。客が増えてきた事で商売を始めた、流しの演奏家らしい。
 どこか物哀しげな音色にしばし酔う。
「お待たせしましたー!」
 一曲終わりチップが飛び交う中で、タイミング良く料理が登場した。
「こちらが『グロリアス・レインボー』になります」
 中を見られない為だろう、頭上に掲げるようにした大皿を、ゆっくりと下ろすウェイトレス。
「「うわぁ……」」
 その中身を見て、六者六様の溜め息が漏れた。
 純白のキャンバスに広がっているのは、まさしくグロリアス(壮大な)レインボー(虹)――てんこ盛りされた七色のアイスと、同じ色のソース。脇にはウエハース等の焼き菓子も添えられた、人によっては見るだけで胸やけしそうなプレート料理だった。現に、イツキは既に顔色が悪い。
「お、男たるもの、これくら……い……」
 流石の蘇鉄も視線を逸らし、浅はかだった己の挑戦を呪っている。
「えっと……これって……」
 珍しく言葉を濁らせ、それでも儚い希望を込めて尋ねるセシルだったが、
「はい、これで一人前になります」
 やっぱり……
「で、でも、俺にはこれがある! ――てれれてってれ~、生の人参~」
「……邪道」
 謎の効果音と共に取り出した秘密道具は、憐れ棗によって没収されてしまった。
 この後、蘇鉄とセシルはうんうんと唸りながら、食べても食べても減らない甘味地獄に苦しむ事となる。
 一方、セシルを邪道と断じた棗は。
「……ごちそうさま」
「「ええぇーーー!」」
 味の異なるアイスを一口ずつだけ食べて合掌。そっと蘇鉄の方へプレートを寄せる辺り、抜け目が無い。
「や、やあってやるぜぇぇぇ!」
 変なスイッチが入ったらしい蘇鉄におかわり追加。
 結局、一人で完食できたのは理比古のみであった。
「何か、凄い事になってるな」
「甘い物が好きだから、どれくらい凄いのか気になったんだよ」
 食べ切れなかったのが多少なりともプライドを傷つけたのか、棗は頬を膨らませてそっぽを向く。と、その視界を遮る影があった。
「何だぁ? ひよっ子共が観光気分かよ。ケッ」
 剣呑な気配に、全員の手が止まる。棗の目の前には、明らかに泥酔している大男の姿があった。片手に持った酒瓶をさらに煽り、アルコール臭い息を撒き散らす。
「こちとらイライラしてんだ。暢気に笑ってんじゃねぇぞ!?」
 いつでも飛び出せるよう、それぞれがトラベルギアにそっと手を伸ばす中、悠然と口を開いたのは。
「あなたこそ、暢気にお酒を召している場合ではないかもしれませんわよ?」
 カチャリ、とフォークを皿の上に置き、ハーブティーを一口。セレンは男を見上げると、きっぱりと言い切った。
「あなた、凶兆が出ていますわ」
「何だとコ――らぁ!?」
 次の瞬間、巨大な体躯があらぬ方向へとねじ曲がっていた。苦悶する男の腕を捉えているのは――この店のウェイトレスだ。
「お客様。他のお客様の御迷惑となるような行為は御遠慮願います」
「くっ、このっ」
 男は抵抗する素振りを見せるが、がっちりと極まった関節技はびくともしない。ウェイトレスの二の腕には浅く亀裂が入り、そこから鉛色の中身が見えていた。
「……やめておけ。彼女は元々、戦闘用のロボットだ。本気を出せば、この店くらい一瞬で壊してしまうぞ」
 新たな声に全員が振り向くと、今まで黙々と珈琲を作っていた店のマスターであった。「ろ、ロボット……?」、へなへなと崩れ落ちる男の姿には、憐みすら感じてしまう。
「マスター。私、そんな乱暴そうに見えますか?」
 ウェイトレスの見当違いな言葉に、六人を含めた店の客全員からどっと笑い声が起こったのだった。


●明日へ繋ぐ線路
「あ、ロストレイルじゃない? あれ」
 セシルの声に、帰途を歩く一行が空を見上げれば。
 そこには言葉通り、空を駆ける螺旋特急の姿があった。
 これから、自分達もあれに乗る事になるのだ。何となく厳粛な雰囲気になり、六人は黙ってそれを見送っていた。
 と、その後に続いて現れる七色の架け橋。思いがけない光景に、誰からともなく上がる歓声。
 セレンが思い出したように告げる。
「虹というのは流れ星と同じで、吉兆とされていますの」
「お願い事しないと!」
「そういうものか?」
 イツキはあまり興味が無い様子だったが、
「お願いするだけならタダだよ」
 棗の言う事ももっともであった。
 神社に詣でるように、一斉に手を合わせて空を拝む。
(彼女とデート! これっきゃねぇ!)
(いつか必ず、至高で究極なベーグルを作ってみせる……!)
(……のんびりできればそれでいいかな。あと、甘味ともふもふ)
(いつか、絶対に見つけるから……待っててくれ)
(新しいお薬、そろそろ作りたいですわね)
(世界中の美人は俺のもの!)
 それぞれの想いを孕みながら。ロストレイルの軌跡に乗せて。
 彼等の旅路は、まだ始まったばかりだ。


(了)

クリエイターコメント  今回は当方のシナリオに御参加頂き、誠に有難う御座いました。
 『ロストレイル』で初めて作ったシナリオであり、こちらとしても手探り感満載でお送りしましたが、少しでも楽しんで頂けましたら幸いです。

 もう少しコンパクトにまとまらないかと推敲もしたのですが、あまり変らなかったような……。今後の課題かもしれません。
 ともあれ、プレイングは楽しく拝見させて頂きました。何となく、良い具合に大雑把な方が多く集まったような(笑)。一度脳内でキャラ達が動き出すと、次のお勧めスポットまで一気に展開が転がっていくのが面白かったです。まるで、坂道を転げ落ちる岩のように(笑)。楽しく執筆させて頂きました。改めて感謝を。 

 最後に。誤字脱字の他、「こんなキャラじゃない!」等の御指摘があれば、遠慮無く事務局に御報告下さいませ。

 それでは、再びお逢いする事を祈りまして、筆を置きたいと思います。あなたの旅路に、良き風の導きがあらん事を!

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螺旋特急ロストレイル

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