オープニング


「『浮遊諸島・モフトピア』をごぞんじですか」
 古風な装束をまとった黒髪の少女が、ふいに、口をひらく。
 ほそく小さい声。けれど不思議と、よく通る声。
 左手に書物型のトラベルギア――『導きの書』を手にし、右手指を紙の上に滑らせながら、ゆっくりと言葉を紡いでいく。
「アニモフという種族が住み、苦しいことや、悲しいこととは縁遠い上層世界。その浮遊島のひとつに、数多の星が降り注ぐ地があるようです」
 島は別の大きな浮遊島の日陰に位置し、大島と同じ周期で空を周回している。
 そのため常に太陽の光が届かず、島はいつ訪れても夜闇に包まれているのだという。
 通常の星であればモフトピア他島でも見ることは可能だが、ひんぱんに流星が降り注ぐ島は滅多にみられないという。
「島の中央には大きな湖があります。島の中で、もっとも多くの星が降る場所です。現地のアニモフたちはそこに舟を浮かべ、降る星を眺めては、うたを歌い過ごすのだそうです」
 自然に満ちた島には、ひとが乗れるほどの巨大な葉を持つ植物があるらしい。
 アニモフたちはその葉を舟に見立て、湖に繰りだす。
 湖に沈んだ星は、水中で七色の光を放つ。
 頭上に輝く星々と、湖底できらめく星々。それらを写し込む水鏡とで、あたりは幻想的な光に包まれるのだそうだ。
 モフトピアに到着すれば、星の降る島へは雲に乗って移動することができる。
 およそ警戒心のないアニモフたちは訪問者を歓迎し、こころよく目的地まで案内してくれることだろう。
「世界図書館の依頼は『現地調査』の体裁をとっています。しかし、かの地には一切の危険因子が存在しません。あなたがたはただ現地を訪れ、アニモフとの交流を楽しむ。それだけで良いのです」
 そう伝えると、手にしていた本を閉じる。
「モフトピア行きの乗車券は、わたくしが預かっています。ロストレイルは定刻に出発です。くれぐれも、乗り遅れのないように――」
 少女はそう告げると、滑らかな所作で音もなく一礼した。

管理番号 b31
担当ライター 西尾遊戯
ライターコメント はじめまして、こんにちは。
西尾遊戯(ニシオ・ユウギ)と申します。

ロストレイル初のシナリオは『浮遊諸島・モフトピア』への旅をご案内いたします。
世界司書の説明通り、モフトピア内では危険な出来事はなにひとつ発生しません。
のんびり、まったり、メルヘンな世界を堪能するシナリオとなります。
星降る浮遊島で、アニモフたちと楽しい夜をお過ごしください。

なお、島のアニモフは緑色の体で、胴長のカエルのような姿をしています。
どうやら泳ぎも得意なようですよ。

それではみなさま、良い旅を。

参加者一覧
野宮 祐樹(czee1436)
塔木 惺一郎(ctew9663)
ロナルド・バロウズ(cnby9678)
東江 千星(cxpa4160)
香我美 真名実(cpcv2147)
オフィリア・アーレ(cfnn8798)

ノベル


 世界司書の依頼を受けた六名の旅人は、渡された乗車券を手に定刻どおり0世界を出発し、モフトピアを訪れていた。
 到着のアナウンスを聞き、待ちかねた旅人が、我先にと駅へ飛びだしていく。
 降り立ったそこは、見渡すかぎりの広大な野原。
 陽光がふりそそぎ、青々と生い茂る草花はさざ波のようにそよぐ。
 野原の向こう、島の大地の先には、つい先ほど旅人たちが駆け抜けてきた雲海が広がっている。
「素敵!」
 旅人たちの沈黙を破ったのは、オフィリア・アーレだった。
 ドレス姿の少女は、胸中に浮かんだ感動を素直に口にする。
「わたしの出身世界では、こんな景色見られなかったわ!」
「これが、レンズ越しに見てきた星空の向こうの世界……」
 世界探求の想いを胸にロストレイルへ乗りこんだ塔木惺一郎は、感慨深く島の情景を見つめる。
「こんな世界があるなんて……!」
 野宮祐樹は、ロストレイルの出発に間に合ったことを改めて喜んだ。
 前日、旅行への期待からゆっくり眠ることができなかった祐樹は、危うく列車を逃すところだったのだ。
 東江千星は同行者たちのようすを静かに見つめていた。
 安全な世界だということはわかっている。
 しかし、この世界に馴染めるのか。アニモフたちとうまく交流できるのか。異世界旅行に対する不安は尽きない。
 旅人たちそれぞれの思惑をよそに、香我美真名実は乗務員と言葉を交わしていた。
「向こうに、雲に乗れる場所があるようです。行ってみましょう」
 野原の先に、虹の橋の架かった場所がある。
 そのふもとで、雲に乗ることができるらしい。
 一行は目的地である星の降る島へ移動するべく、緑のさざ波をかき分け、歩いた。


 モフトピアの島々は『浮遊諸島』と呼ばれるとおり、空に浮かぶいくつもの島から成りたっている。
 島と島の間の移動は、おもに雲や虹の橋を使っておこなわれる。
 とはいえ、壱番世界のように定刻通り行き来する移動手段があるわけではない。
 訪れた旅人たちも、乗務員から聞いた「あちらのほう」というおおまかな言葉を頼りするしかない。
 ロストレイル車中ではなかなか言葉を交わせずにいた旅人たちも、同じ地を目指すうちに、しだいにうち解けてくる。
 やがて自己紹介がはじまり、自然と会話が飛び交うようになった。
 野宮祐樹と塔木惺一郎はお互いの紹介を聞くなかで、同年であると知った。
 香我美真名実は自己紹介の次にドングリフォームのセクタン『聖』を示し、壱番世界出身のコンダクターであると告げる。
 同じく、壱番世界出身という千星が、真名実に続いて口をひらく。
「東江千星です。よろしくお願いします」
 こうして雲に乗って移動しているという貴重な経験ができただけでも、異世界を訪れたかいがあったと思う。
 過ごす時間の楽しさに、駅で抱いていた不安は少しずつ消えはじめていた。
 そして、さきほど駅で感嘆の声を漏らした少女は、
「オフィリア・アーレよ」
 実に簡潔な自己紹介をした。
 旅人たちの中では最も幼い少女だったが、その言動の端々に気の強さが表れている。
「若い子のなかに中年一人で恥ずかしいわー。仲良くしてね」
 最後に、それまで沈黙を守っていたロナルド・バロウズが気さくに会釈する。
 タキシードを着用したロナルドは、出身世界で楽団員をしていたという。
 愛用のバイオリンも持参しており、自身の演奏の幅を広げるためにアニモフの歌を聞きにきたらしい。
 ちなみに、今回訪島のために荷物を持参した者はほかにもいる。
 祐樹はスケッチブックや鉛筆、水彩絵の具を用意していた。
 天体観測が趣味という惺一郎は、観測道具を万全に整えてきている。
 それぞれ、準備に抜かりはない。
 旅人たちはいくつかの島を経由し、雲を乗り換えていく。
「乗務員さんの言っていた島は、あの島のようですね」
 真名実の視線の先には、切り立った崖を多くもつ、巨大な島が浮かんでいる。
 縦に長さのある巨島で、島の先端と下端が雲に埋もれていた。
 おそらく、モフトピア内のどこから移動してきたとしても、崖の島を目にすることができるだろう。
 その島は、あらかじめ教えられていた目印だった。
 『星の降る島』は、そのすぐそばに浮かんでいる。
 崖の島の影に隠れた、とても小さな島だった。



 島に到着した一同は、駅に到着したときとは別の感嘆をもらさずにはいられなかった。
 頭上には、空を埋めつくすほどの星がきらめいていた。
 『星の降る島』周辺は、そのほかの島とは違い、常に夜闇に包まれているのだ。
 この島は崖の島と同じ周期で移動しており、常に島の影に入っている。
 だから昼間も陽の光が届くことはなく、天上には常に星が浮かんでいた。
 ちなみに、島は特に太陽から遠く隔てた場所ではないため、暑くもなく、寒くもなく、島の気候は快適そのものだ。
「ここなら、いつ来ても観測しほうだいじゃないか!」
 すでに目的の星空を目にすることができたとあって、惺一郎は喜びを隠せない。
「それはそうと……。灯りがないと、暗いですね」
 島についたらスケッチを行おうとしていた祐樹は、作業をするだけの灯りがないことに少しばかり落胆していた。
 目が慣れれば歩ける程度の闇とはいえ、これでは絵の具の色を判別するのは難しい。
「なにか、灯りになるようなものがあれば良いのですが……」
 真名実にしても、初めて訪れる場所を進むにしては、お互いの顔色が良く見えない状態では心許ないと思っていた。
 どうしたものかと一同が思案していると、眼前にぽつ、ぽつと、光球が浮ぶのに気づいた。
「あれ、なにかしら」
 オフィリアが気づき、他の者が引きとめる間もなく近づいていく。
 少女の背を追ったロナルドが目をこらせば、そこには棒状の灯りを手にした奇妙な生き物が佇んでいた。
 世界司書の資料で見た覚えがある。
 壱番世界の『カエル』という生き物に似た顔を持つ、ぬいぐるみのような生き物。
 モフトピアに住むという種族、『アニモフ』だ。
「だれ?」
「だれかきた!」
「だーれー?」
 数名のアニモフたちが灯りを振りながら、代わる代わる口にする。
 少年とも少女ともつかないこどもの声で、ぴょこぴょこと跳ねるようすは、言動とあいまって不思議な愛嬌がある。
「きみたちが、アニモフさんだね」
 「おじさんはロナルドと言うよ」と、地面に膝をついて――なにしろ、アニモフは彼の腰より下の背丈しかなかった――挨拶をする。
 呼びかけられたアニモフは、「ろなるどー!」と名前を反芻した。
 どうやら歓迎されているらしい。
 光が危険なものではないとわかった旅人たちも近づいてきて、初めて見るアニモフに視線をそそぐ。
「あ、あの、みなさんの絵を描かせていただいても良いですか。あ! その前に、灯りをひとつ貸してもらえると嬉しいんですけど……」
 もしかしたら断られるかもと不安に思っていた祐樹だったが、問いかけたアニモフの「いーよー」という無邪気な声に安堵する。
 アニモフが呼びかけ、ほかのアニモフから灯りを集め、旅人たちに手渡していく。
「ありがとうございます」
 可愛らしい言動に、千星もすっかり警戒心を解いている。
「ありがとう。あなた、偉いのねえ」
 真名実はアニモフに礼を告げ、渡された灯りをしげしげと観察する。
 壱番世界に『ホオズキ』という植物があるが、まさにその植物に近い外観だ。
 ほど良い長さの小枝に発光するホオズキを絡め、灯りにしていると考えたら想像しやすいだろうか。
 オフィリアは別のアニモフに声をかけ、「少し撫でても良いかしら?」と問いかけていた。
 問われたアニモフは嫌がるふうもなく、「なでて! なでて!」と飛び跳ねる。 
 そっと頭を撫でてやると、アニモフがふいっと手を逃れ、茂みに向かって、走って行ってしまった。
 なにか悪いことをしてしまったのかと心配していると、茂みの中から次々とアニモフが現れ、オフィリアを取り囲む。
「なでてー!」
「なでて!」
「なーでーてー!」
 どうやら嫌がって行ってしまったのではなく、撫でられたのが嬉しくて仲間を連れに行っていたらしい。
 最初に撫でたアニモフはどの子だったろう。
 オフィリアはひとり、ひとりのアニモフを優しく撫でながら、拗ねたように少し離れた場所にたたずむアニモフを見つける。
 声をかけ、ちいさな手をにぎりしめた。
「わたしたち、星の降る湖があると聞いてきたのよ」
 一番最初に撫でられたアニモフは、オフィリアの声にピンときたようだった。
「こっち! みずうみ、こっち!」
 少女の手を引き、案内するという。
 旅人たちはそれぞれの灯りを手に、島の中心にあるという湖をめざした。



 先を行くアニモフたちの燈火が、ころころと揺れる。
 ただでさえ陽の光の届かないこの島のこと。
 緑の深い森林の中で、その光は幻想的に映った。
 アニモフたちによれば、ここは島のぐるりを深い森林が覆い、中心に湖を抱いた円形の島なのだという。
 島はそれほど広くなく、一日あれば歩いて回ることができるらしい。
 彼らの愛らしい長さの足で一日なら、旅人たちはもう少し短い時間で一周できるだろう。
 湖までは森林を通り抜ける必要があるという。
 森の中にはホオズキの灯り以外にも多彩な光があふれており、視界には困らない。
 木々の幹にはぼんやりと光る苔。
 湖から流れてできたであろう小川の中には硝石が沈み、赤や青に色を変えて明滅している。
 ホオズキの群生する場所もあった。
 どうやら島の中で最も安定した光を放つのがこのホオズキらしい。
 群生の周囲は温かな光に包まれ、別のアニモフたちが戯れていた。
 旅人たちは行く先に広がる木々や光源に目を奪われ、時に足を止めて風景に魅入りながら進んでいく。
 いったいどれほどの年輪を刻んでいるのか。
 居ならぶ木々はどれもが巨木ばかりで、天高く広がった枝葉が、天幕のように頭上を覆っている。
「陽の光が届かないのに、なんでこんなに木がデカイんだ?」
 先を行くアニモフの背中に、惺一郎が疑問を投げかける。
 彼の背後を歩くほかのアニモフたちは、「これなに?」「なんだろ?」と言いながら、天体観測の機材である大きな荷物を興味深そうに眺めている。
 惺一郎に問いかけられたアニモフは、どういうことかわからないと首をかしげた。
「で・か・い?」
「そう。デカイ。……長生きしてる感じ、で、わかるか?」
 言い直した言葉に、理解したらしい。
「みずうみに、ほし、ふる。だから、みんな、げんき!」
「……ふ、ふうん?」
 わかったような、わからないような。
「星の落ちた湖の水が、栄養になっているということでしょうか」
 つたないアニモフの言葉を読み解こうと、千星が首をかしげる。
「降ってきた星そのものに、なにか特別な要素があるのかもしれませんね」
 真名実も同意し、頷いた。
「湖に行ってみれば、なにかわかるかもしれませんよ」
 祐樹が眼鏡をかけ直しながら、木の根の上で踊るアニモフを見て微笑む。
 オフィリアは、先ほどから同じアニモフと手を繋いで先を歩いていた。
 少し離れた場所から一行を振り返り、手を振る。
「はやくおいでなさいよ。湖に着いたみたいよ!」
 少女の示す先の空は、もう木々に覆われてはいなかった。
 森を抜けたのだ。
「みずうみ!」
「いこうー!」
「はやく! はやく!」
 立ち止まって話しこむ旅人たちにしびれを切らしたのか、オフィリアの声にアニモフたちが急かしはじめる。
 千星と真名実が手を引っぱられ、一緒になって走りだす。
「ああ、おい! 機材の上に乗っかるなー!」
 観測道具の大きな荷物に興味を抱いていたアニモフが、惺一郎の背中に飛び乗ったらしい。
 その悲鳴に続き、
「うわああ絵の具は食べちゃだめです! 食べものじゃありません!」
 同じく荷物を奪われた祐樹が、絵の具を口に入れようとしたアニモフから慌てて画材を取り戻す。
 再び奪われる前にと画材をしっかり詰め直すと、右往左往していた惺一郎の背からアニモフをおろしてやり、同年の背を押して走った。
 アニモフたちのいたずらに、唯一、ロナルドだけは難を逃れていた。
 それもこれも、高身長の役得である。
「これはだめよ」
 バイオリンに飛びかかろうと跳ねるアニモフたちをさとし、
「みんな、走って転ばないようにねー」
 先を行く旅人たちの背を見送る。
 バイオリンケースを抱えなおし、残ったアニモフたちとともにゆっくりと後を追った。



 森を歩いている間に夜が訪れたのか。
 それとも、島の中心にだけ、特別な夜の天幕が張られているのか。
 湖上の空には深い藍色の夜闇が広がっている。
 森の外で見た空とは、ケタ違いの星がきらめいていた。
 天上に色とりどりの宝石を散りばめたかと思うほどの華やかさだ。
 手にしていたホオズキ燈火の灯りさえもかすんでしまう明るさに、一同は目を奪われていた。
 少し見あげている間に、いくつもの星が流れおちる。
 湖面を見れば、落ちた星々が湖底で光を放ち、煌々と明るい。
 光のそばをアニモフたちが泳いで横ぎれば、揺らめく影が楽しげに踊った。
「これは見事だね」
 しんがりのロナルドが森を抜けるころには、他の旅人たちはすでに舟代わりの植物の葉を探しだし、それぞれ準備を整えていた。
 一番世界出身の女性たちに言わせると、その植物は『蓮の葉』に似ているらしい。
 『舟』の代わりになるというだけあって、かなりの大きさがある。
「あ、あの、せっかくなんで一緒に見てまわりませんか?」
 祐樹は改めて惺一郎を誘い、気のあったアニモフを数名連れて湖に出るという。
 オフィリアの姿はというと、すでに件のアニモフとともに湖の上にあった。
 千星は湖を前に、少しとまどっていた。
 周囲の景色は、とても綺麗だ。
 だが悲しいことに、それと、自分がカナヅチであることはなんの関係もない。
「お先に行ってきますね」
 そうこうしているうちに、聖を連れた真名実がアニモフを乗せて湖上へとこぎ出していく。
 様子を見かねたロナルドが、少し迷った後、声をかけた。
「せっかくの機会だし、一緒にどうかな」
 素晴らしい景色が見られるのなら、この湖で溺れるのも怖くないはず。
 そう言い聞かせ、今にも湖に出ようとしていた千星は、思いがけない申し出に驚いた。
 けれど、おぼれることにおびえながら一人でいるよりは、うち解けた同行者と一緒の方が楽しいに違いないと思い、微笑む。
「はい。よろしくお願いします」
 そうして、六名の旅人は目指す湖上へと繰りだしていった。



 ともに湖にこぎ出していた祐樹と惺一郎は、葉の上にそれぞれの荷物をひろげ、スケッチと天体観測に勤しんでいた。
 舟は二人が乗って、さらに二人分の荷物を広げても余裕のある大きさだった。
 天体望遠鏡が固定できるかどうかが心配だったが、水の上に浮かんだ舟は意外なほどの強度をもっていた。
 惺一郎が機材を固定するために脚を立てても、びくとも揺らぐことはない。
 湖面は水鏡となって天上を映しこみ、視界すべてが万華鏡のように彩られている。
「こんなにたくさんの色、絵の具だけでは表現できません……!」
 嬉しい悲鳴に同調するように、惺一郎もまた声をあげた。
「見たい星だらけで、一日だけじゃ絶対に時間が足りない!」
 同行したアニモフたちはというと、少年二人の悲鳴をよそに、さきほどからコロコロと歌い続けている。
 どうやらそれがアニモフたちの歌らしく、それぞれが違った音階の声を出し、響きは幾重にも重なって、ひとつの旋律を生みだしていた。
 耳を澄ませば、どこからかバイオリンの音色が聞こえてくる。
 同行したロナルドが、同じように空を見あげながら演奏しているのだろうか。
 優しい風景と旋律にこころを満たしながら、少年たちは時間いっぱいまで作業に没頭した。
「ああああ! だから、それは食べものじゃないんですって!」
「望遠鏡をのぞいてる時に、背中に飛び乗るんじゃない!」
 ときおり、同乗したアニモフたちの妨害を受けながら。


「君の世界には、流れ星に願い事をすると叶うという話はある?」
 「ここなら願いごとし放題だね」と、降りそそぐ流星を眺めながらロナルドが笑う。
 最初はおぼれることを恐れて不安がっていた千星だったが、舟代わりの葉が意外に丈夫なことと、ロナルドとの他愛ない会話によって、周囲の風景を楽しめるまでに余裕を取り戻していた。
「はい、ありますよ。流れ落ちるまでに、三度願い事を唱えられたら、その願い事は叶うと言われています」
「あら。じゃあ同じね」
 どうやらロナルドと千星の出身世界には、少しばかり共通する習慣があるらしい。
 ふいに、ロナルドが黙りこむ。
 少しして「あ、一つ。流れ落ちるまでに間に合わない」とつぶやいた。
 どうやら、その願い事をしていたらしい。
 千星も同じように試してみるものの、いくら多く星が降るとはいえ、なかなか三度は間に合わない。
 やがてアニモフたちのうたを耳にしながら、星空を見あげて、ひとりごちた。
「星になったみたい……」
 空も湖も星に彩られ、闇に沈んだ自分も空に同化したような錯覚を覚える。
 こんな幻想的な体験は、モフトピアの他の島でもそうできるものではないだろう。
「ろなるどー、これは?」
「これはー?」
 同じ舟に同乗したアニモフが、先ほどからロナルドのバイオリンケースを気にしていた。
 楽器だということは説明している。
 音をだす道具だよと話したが、それだけでは満足できないらしい。
「じゃあ、一曲良いかな」
 舟の上で立ちあがり、バイオリンを取りだす。
 凪いだ湖面の光を見つめながら、弦を閃かせた。
 この美しい世界に、家族や仲間も連れてこれたらと想いを馳せる。
 すると、バイオリンの音色に千星の歌声が重なった。
 ロナルドは小さく笑みを浮かべると、今も十分楽しいのでまぁ良いかと思いなおし、湖上の共演に集中した。


 真名実は聖と数名のアニモフとともに、舟の上から流星を眺めていた。
 その星を食べられると知ったのは、ふいに葉の上に落ちた星をアニモフが拾いあげ、口に含んだからだ。
 驚いて止めようと思ったが、どうやら彼らは食べても平気らしい。
 さすがに得体が知れないので、真似をしようとは思わない。
 その後も、ときおり葉の上に降る流星を拾っては、手のひらの上に乗せて眺めていた。
 光をうしなったそれは、一見すると金平糖のようにも見える。
 しかし天上から降ってきたことを考えると、これが空の上で輝いていたものなのだろう。あるいは、そのかけらなのかもしれない。
 水の底でも輝く光が不思議でならず、大きめのかけらをつまみあげ、湖に落としてみる。
 すると星はほのかに輝きを取り戻し、静かに湖底に沈んでいった。
 小さなかけらはしゅわしゅわと水に溶け、消えていくものもある。
 島の木々は、こうして星の溶けた水を吸いあげ、長い時を生きてきたのかもしれない。
 方々から聞こえてくるアニモフたちの合唱や、少年たちの悲鳴。そして響くバイオリンの音色に耳を傾けつつ、幻想的な情景に穏やかな気持ちを抱く。
 最初はどんな世界かと思っていたが、訪れてみれば同行者にも恵まれ、良い記念の旅行になったと思う。
「みどりいろの仲間も、できましたしね」
 並んで駆けまわる聖とセクタンを見やり、微笑む。
 列車に戻るまで、まだ時間がある。
 真名実はそれまで、この世界を堪能することにした。


「いま水に沈んだ星は、どう見えるのかしら?」
 星の落ちた水面に手をかざし、覗きこむ。
 乗りだした体が湖面に触れる寸前、オフィリアは舟の葉から少し離れた湖面に瞬間移動していた。
 湖面すれすれに浮かび、静止する。
「一緒にどうかって誘ってみたひとがいたのだけど、断られてしまったわ」
 色とりどりに輝く湖面を見おろしながら、誰に聞かせるでもなく小さくつぶやく。
「ほかの世界の依頼を受けたのですって。……こんなに綺麗なのに、もったいないことしたわねぇ」
 それは、少しばかり皮肉を含んだ言葉。
 同時に、幾ばくかの寂しさも混じっていて。
 実際にモフトピアを訪れ、湖上で過ごす今、オフィリアの言葉は心からの想いに違いなかった。
 その声は、葉のうえで歌っていた『彼』にも届いたらしい。
 コロコロと歌っていたアニモフが、歌を中断して「もったいない?」と首をかしげる。
「ええ。精一杯楽しんで、覚えて、帰ってたらたくさん自慢してやるわ」
 「こうして、あなたと知りあうこともできたしね」と続け、舟に戻りアニモフの頭を撫でてやる。
 「つやつやねぇ」と褒めてやると、アニモフは気を取りなおし、ほかのアニモフに混ざって再び歌いはじめる。
 もう一度この場所を訪れたとしても、オフィリアには最初に撫でた『彼』を見分ける自信があった。
 そういったら、あの不機嫌そうな相方は、どんな顔をするだろう。
 大いに自慢をするためにも、この光景を目に焼きつけねばならない。
 オフィリアは想いを胸に、水中へ沈む星の光を追った。



 流星の演奏会を堪能した一行は、そろって湖を引きあげることにする。
 それぞれ抱く感想はあったものの、ロストレイルはいつまでも彼らを待ってはくれない。
 アニモフたちは帰り道の森林を抜けるまで、ずっと一緒について歩いていた。
 森を抜けるまで、それぞれがともに在ったアニモフたちに礼を告げる。
 旅人たちの言葉に、訪れたときよりも多く集ったアニモフたちが手を振り、別れを惜しんだ。

 雲に乗った旅人たちの視界から、星の降る島が見えなくなるまで。
 島の端で、いつまでもいつまでも、ホオズキの灯りが揺れていた。




 了

クリエイターコメント お待たせいたしました。
帰還列車の到着が遅れ、誠に申し訳ありません。
浮遊諸島モフトピア『星の降る島』への旅をお届けいたします。

私自身もはじめて訪れる世界だったので、
旅人のみなさまと一緒に
モフトピアを訪島する気分で書かせていただきました。

もう一度モフトピアを訪れたいと思えるような、
そんな作品に仕上がっていれば幸いです。


このたびはご参加いただき誠にありがとうございました。
これから先も続く異世界への旅が、
みなさまにとって素敵な記憶となるよう祈っております。

それでは、
また別の旅でお会いする、その時まで。

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螺旋特急ロストレイル

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